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ンフィーレアと漆黒の剣は帰還することになったが……。
エンリはエ・ランテルへは付いて行かないことになった。遠因としては対人戦の訓練をした時に、エンリが思いもよらぬ動きをしたことになるだろう。しかし、そのことでエンリが対人戦を覚える必要があるのかと思った事が直接の原因である。
具体的に言うと、遠距離攻撃である衝撃波を防御で使ったのだ。
「なっ……剣が弾かれた?」
「隙あり!」
「くっ……」
ペテルの打ち込みが内側から外へ流れた。
剣に感じた痺れもあるが、攻撃したつもりなのに動きが阻害された事実に驚いて隙を産んでしまった。幾らエンリがまだ弱いと言っても、絶好の機会を見逃すはずは無かった。
剣と盾の組み立てよりは格闘戦の方が手数が多い事もあり、ペテルが態勢を立て直す前に次の一撃を喰らってしまったのである。
「エモットさん。今のは?」
「ええと……剣を防御しきれなかったので、つい衝撃波で……ダメでした?」
エンリの拳は革製の護拳で守られている。
ナックルを兼ねた物で普段は甲の部分で弾くのが普通だ。もしそこでガードしたのならば、ペテルもそれほど驚かなかっただろう。間に合わない時に自分の得物で強振して剣を弾くことはままあるからだ。
驚いたのは間に合わないからと、衝撃波を掌から放ったことである。衝撃波は拳を放つ動きの方が威力が強いだけで、確かに掌からでも放てなくは無いのだが……。
「本来ならば悪い癖は直すべきなのでしょうけどね」
「自分も故郷の自警団で習った時は早い内に直せと言われた物です」
「対人戦を突き詰めるならば余計な癖は命取りですから」
「……ただエモットさんならば、それで良いのかもしれません。そもそもカルネ村では安全に攻撃できる方が重要な訳で、その意味では今の使い方には一考の余地があると思います」
ペテルは道場剣法を習ったわけではないし、対人戦もオマケだ。
冒険者だから同じように亜人種相手の戦いの方が多くなるし、『野暮用』とされる盗賊相手の方が少ないくらいである。それを考えれば、エンリの発想もアリなのではないかと思うのだ。
そして、こういう部分から見られる過去の発言の是非である。
「やはりアルトホーンさんの指導方針は正しいと思います。エモットさんに何が必要なのかを覚えてからエ・ランテルに来られても良いでしょう。癖は直すのに苦労しますが、本当に悪い癖とも限りませんから」
「そ、そうですね。私ももうちょっと考えてみます」
ペテルが武技に付いて説明した当初にラズロックは言っていた。
エンリにとって何が重要なのをかを知らなければならない、その為にオーガと戦う事を解禁するとも言った。おそらくだが今ならば苦労はすまい、いや、遠距離攻撃がある事を考えたら、エンリ一人の方が早いくらいである。
もっとも、ラズロックとてここまで見通していたわけではない。
故郷で弟子を取って教えることがないでもないが、途中で不要な呪文を覚えようとすることが多かったので戒めただけだ。成長の最終形を見据えているかどうかで、成長性に差が出ることを知っていただけなのである。
(しかしアレが武技か。確かに鑑定結果にも載っているが……)
(やはりこの世界の成長は歪だな。武技に関しては今までリストになかった)
(鑑定術式の問題かと思っていたが、クラスという未知の言葉は載っている)
(おそらくギュンギュスカー商会の悪魔どもが知り得る世界にも、『クラス』という概念のある世界はあるんだろう。だが、武技は無い……行為や本人の自覚で左右される存在? いや、この世界の住民自体がそうなのか? まるでサナギが蝶になるような……)
この時、ラズロックはこの世界独自のルールに近づきつつあった。
あえて言うならば、『サナギ型人類』とでもいうべきか。自覚あるなしに関わらず、行為の延長上であったり、自覚によって促されて覚える武技……そして『クラス』であり『スキル』や『呪文』など。
その異様な成長性に歪さを覚えると同時に、武技に注目することで整合性を見出すのだ。
(やはり『クラス』はギュンギュスカーみたいなやつらが持ち込んだんだろう)
(この世界で本来いる住人達は、繰り返して覚えた行為や、必要な事を身に着ける)
(本来は何百何千回と繰り返して覚えるからこその自由度だが、そこにクラスが挟まった)
(それは俺のように事故でやって来たのかもしれないし、この世界の住人がギュンギュスカーみたいな連中を召喚したのかもしれないな)
史実のモモンガよりも早く、ラズロックは世界の秘密に気付きつつあった。
途中で何があったかは分からないが、どんな状況なのかは理解ができる。何しろラズロックの世界にもまた、悪魔がやって来て商会を作っているからだ。そしてラズロックは学者ではない、これ以上の究明は必要ないと自覚した。
よって彼が選択するのは、エンリに多くの選択肢を与えつつ、より良い未来を選ばせることであった。
「そうだね。しばらく悩んでみると良い」
「まずは今の動きを洗練し、何時でもできるようにする」
「そうすれば新しく防御の技は覚えなくても良いかもしれない」
「覚えるとしたら冒険者になって活動するとしたらだろうか? 亜人たちと戦うならば、今の技より射程の長い攻撃を覚えるか、威力の強い技を覚えるか、それとも走る事で誰かの元へ駆けつけることを優先するかどうかかな? 勿論もっと他の道でも良い」
ラズロックは現在判るスキルや、想像できる武技を挙げた。
防御系スキルの硬身功に回避系スキルの軽身功が鑑定リストに見えているが、今のところ不要そうに見える。そしてペテルが思ったよりも射程が短い武技だと言った事で、射程の長い武技もあるのだろうなと推測した。そして威力そのものを増やす武技や、移動系スキルを覚えられる可能性にも誘導して置く。
こうしたスキルや武技をエンリが必要になるかどうかは分からない。
だが、そういった選択肢があると告げた後で、エンリが自分で覚えようと努力する事は無駄に成らないと思うのだ。スキルの方はクラスの問題もあるので分からないが、少なくとも武技の方は意味があると判ったのだから。
「とはいえ薬草や素材を売りに行くことはあるだろう。その時はバレアレ家に売りに行くこともあるだろうな」
「……その時は是非に買わせていただきますよ。この辺りの草は質が良いので」
ンフィーレアにもプライドがあるが、それ以上にエンリの事が大切だった。
ラズロックが今の自分よりも凄い人であることは痛いほどに承知した。だからといってここで我儘を口にしたり、エンリを誘惑するような真似はできない。そんな事をする方がよほど恥ずかしいからだ。もしエンリに声を掛けるとしたら……。
もっとすごい薬師になろう。錬金術のみで仕上げる最上位のポーションを祖母に習って、いや、それ以上の物を仕上げるのだと自分に喝を入れたのである。
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ンフィーレアと漆黒の剣はエ・ランテルへと帰還した。
やがて『その時』がやって来たが、その時が何時であったかは分からない。史実で言えばモモンがミスリル級として知られるよりも後であったろうし、執事が王都で行動を始めるよりも前であったとだけ言っておこう。
また首謀者が何を思ったのかも分からない。
だが、後から見ればこれ以上ないという程に的確な時期であった。これを逃せば『ザイトルクワエ』と呼ばれる魔物が、周囲の魔力を喰らう事件が起きたのだから。
「どういう事よ! 暫く大人しくしてろですって?」
「あたしの所が落ち目だからって、他所の部門に言われる筋合いはないわ」
「それとも八本指は、いつか部門の長抜きで命令できるようになったの?」
「あたしが知る限り、すくなくともあたしを含めた複数の部門の長が集まる会議が必要だったはずよ! で無ければ同格の長に命令される筋合いはないわ!」
リ・エスティーゼ王都の闇を司る八本指という組織がある。
そこの奴隷部門の長の一人が、別の長の訪問を受けていた。会談の内容は『暫く奴隷売買に関する事を控えろ』というものであったのだ。自らの部門が手がける商売が王国に寄って規制され、斜陽であるからと言って……いや、斜陽だからこそ中止など出来る筈がなかった。
今は少しでも実績を上げ、組織に対して貢献できると見せなければならない時期なのだから。
「落ち着けコッコドール」
「俺はな、むしろお前の役に立つためにやって来たんだ」
「いや、俺だけじゃない。みなお前に協力しても良いとすら思ってる」
「それだけの事態が起きた……とも言えるがな。王国を揺るがす大事件が、だぞ」
話を持ち掛けた禿頭の男は静かに語り掛けた。
落ち着いているように見えるが、油断なくそしてランランと輝く野心に満ちた目。その姿を見る者に恐怖を覚えさせることはあっても、決して安心感を与えることはないだろう。もし安心感を覚えるとしたら、彼を敵に回さないという言葉があればこそだ。
だからコッコドールと呼ばれた痩身の男も尋ね帰すことが出来た。
「何よ。何が起きたっての?」
「エ・ランテルからアンデッドが溢れた。直に王国中が大騒ぎになるぞ」
「なっ!? ……ええと、待って、待ってよ。そう言う事なの?」
「流石だな。そうだ、間もなく忙しくなるだろう。溢れるのは死体だけじゃない。難民もだ」
この世界のアンデッドは突如として増えることがある。
だが、王国でも有数の都市であるエ・ランテルならば常に対処しているし、即座に冒険者に依頼を出したはずだ。つまりはその対処の枠を超えた……いや、冒険者を動員しても間に合わないほどの大騒ぎになった事を意味している。
そして腕っぷしはともかく、頭の巡りでは八本指でも有数と信じているコッコドールはその先の事を二歩も三歩も見抜いたのである。
「判ったわ。暫く王都はダミーだけ動かしとくわね」
「接待用の連中もその間は自粛させておくわ」
「連中の落とす金は惜しいけれど、新しい商品を用意して居ますって言えば納得できるはずよ。まあ……王都で再開するかは別なのかもだけどね」
いま王都で何かをすれば、それは八本指の仕業である。
王国の妨害があろうとも、貴族を味方につけている彼らに問題はない。だが、その後に理屈をつけて臨検され、事あるごとに奴隷を扱っているのではないかと文句を付けられるのは割に合わないだろう。後で報復するにしても、『自分はさらわれて奴隷にされました!』などと主張されては面倒なのだから。
だが、彼ほどに先を見据えていなかった禿頭の男は僅かに唸った。
「どういうことだ? 他の領地で奴隷売買を行うのか?」
「違うわよ。まだ先だけど例年やってるアレ……次は本気になるかもってね。開拓村の話知らない?」
「帝国か。なるほど、それを考えれば王国での商売は一度縮小するのも良いかもしれんな」
「そう言う事。とりあえず『不死王』を貸して頂戴。エ・ランテルで死人が闊歩してても、こっちも死人なら幾らでもなんとかなるでしょ」
八本指は開拓村が帝国を名乗る兵に襲われたことを聞きつけていた。
その兵士たちが捕まったものの、何故か証拠不十分で釈放されたことまで知っている。その流れを知っているならば、相当な部分まで帝国が王国に浸透しているを想像できるだろう。だからこそ、この国は長くないかもしれないと想像できたのである。
と言う訳でエ・ランテルがナレ死しました。
時期的にはカジットが動く時よりもずっと後、ナザリックが王都へ動く前。
理由としては、何らかの情報が入り、放っておくとザイトルクワエが暴れ始めて計画が台無しになる事を知ったから。くらいになります。
●エンリの防御
武技はゲーム由来ではないので特に細かい挙動が決まって居ません。
「こんな感じで使いたい」「危険だから驚いて使った」と言う感じで
先人たちも出来たけど、特に有効ではないからやらなかった使い道になります。
しかし、エンリ主体で見ると、緊急避難で切るというは重要で
シューティングで言うボム回避が出来るのは有効なので、使い道を探る感じになります。
実際の話、オーガの攻撃が届かない位置から大技+衝撃波でズドンを繰り返せば勝てる。
飛び掛かって来た時に何とかする技があれば安心……というレベルなので。こういう自由な発想を残した感じですね。