このデスゲームに死人はいない   作:八雲せは

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第17話「NPCの涙は本物なのか」

「僕は思います。古文と漢文なんて覚える必要なんてないんじゃないかって」

 

 僕たちは城を抜け、住居区方面に向かっていた。

 途中で会ったプレイヤーによれば、この国の左右にある住居区が難易度が低いようになっているらしい。

 僕らはもう今日は戦うつもりはない。だから難易度が低い方向に向かっているわけだ。

 

「気づいちまったか。高等教育の歪んだ教育に」

「ええ。やっぱりそうでしたか」

「古文と漢文なんてもんは教育者ぐらいしか使わねぇ。何かおかしいよな」

 

 実際戦ってみると住居区方面の方が敵が弱い。というよりも、僕らが睨むだけで相手は逃げていってろくに戦闘出来ていない。

 経験値のために追って倒す、という選択も出来るが倒したところで大した経験値は得られないだろうし、何よりも気分が悪くなる。

 倒すのはNPCだ。つまり人型だ。表情がある。戦うと表情に出てくる、死ぬっていう恐怖を味わって歪んだ表情は、僕の戦闘意欲を削いでくる。

 それと比べると僕たちが転移した工業地区方面はこの国を守るぞー! っていう精神に溢れていたのか、戦いの最後まで闘志が失われることがなかったら、戦いやすかったな。

 

「あの、A。変な嘘ナチュア君に教えないでくださいよ。使う職種の人だってちゃんといるんですら」

「そうですよ。確かに、私も今後使うことあるのかな? なんて思いますけど、受験で使うのですから、そうやってやる気が削がれるような事言っちゃダメです」

 

 かぷちーのさんは両手の人差し指でバッテンを作り、Aを責める。

 受験か。その頃までにこのゲームを脱出で来てれば良いけど。

 そもそも、僕は大学に興味ないんだし、そう言う意味だと本当に漢文とか習う必要無いのではないだろうか? それを言ったら二人に怒られそうだから言えないけど。

 

「はっはっは。わりぃわりぃ」

 

 こうやって僕らは笑い合う。

 それはこのゲームがデスゲームだと言うことを忘れてしまいそうになるくらい、和やかな時間。

 国落としなんて、物騒なミッション中だとは思えない。

 実際、僕らが周りを見渡すと普段人が住んでいたであろう家が崩壊していた。

 壁が崩れ、割れた食器やタンスが散乱している。

 

 死体はないのはきっと時間が経っているだからだろう。

 だが、全てはNPCのゲーム話。

 実際に苦しむ人なんて存在せず、気にした所でどうしようもない。

 このゲームをクリアしなきゃこっちが死ぬんだから。

 

「誰かーーー! 助けてーーーー!」

 

 そんな、僕らに、一つの悲鳴が届いた。女の声だ。切迫した状況なのか、その声に平穏の文字は浮かんでいない。

 

「っ! A!」

「おう! ファットマンとかぷちーのも行くぞ!」

 

 最速。それを目指して僕は家の壁を足で踏み抜く勢いで強く蹴り上げ、空へ昇る。そして、そのまま天井を蹴って悲鳴の方向に真っ直ぐ向かった。

 声の大きさからしてそんなに遠くはない。上から見える他のプレイヤーの視線で、大体の場所は把握できた。

 

「ここだっ!」

 

 天井の屋根を破りながら、悲鳴の主がいるである場所へ着地する。

 そこはただの民家。おそらく小さい子供がいたのか、子供の用の食器が地面に転がり、割れていた。

 そして、部屋の壁にもたれかかる鎧を着た兵士。敵だ。だが、もう息をしていない。それに男だ。

 じゃあ、悲鳴を上げたのは?

 

「……どう……なにを」 

 

 その光景に僕は思わず言葉につまってしまった。

 そこには、三人の男と、二人の女がいた。

 奇妙な事に、女の服装は胸のあたりが破かれており、胸部が露出している。

 対して、三人の男は全裸。

 

 女の目からは涙が流れ、男を拒絶するように男の体に必死に腕を伸ばし、押し返している。

 そして、僕に救いの目を向けていた。

 男達は突然上空から屋根を突き破ってきた僕に目を丸くしていた。だが、それだけで決して剣呑は雰囲気はなく、どこかほっとした様子すらある。

 

「おいおい、驚かせねぇでくれよ。プレイヤーズクラ「助けてっ! お願いたすけっ」 うっせぇ! 俺が喋ってんだろうがっ! NPCは黙ってろ!」 

 

 殴打。助けを求め、僕に腕を伸ばした女の顔に拳がふり、彼女はふらりと僕に伸ばしていた手が地に向く。

 男達の下卑た笑み。涙がぽたりと地面に落ちる。地に汚れた拳。死亡した兵士。僕以外かけつけないプレイヤー。裸になった男。女の乱れた衣服。

 

「そ、そういう行為はお互いの合意の上に規定された宿屋じゃないと出来ないはずでは」

 

 こんな非道な光景を見て、僕が絞り出せた声は咎める声でもなく、ただの知識の確認だった。

 

「へへ。俺も知らなかったんだけどよぉ、このイベント中はOKみてぇだ。ほら、コイツらって敵対NPCだろ? 敵国がどうなろうっとどうだって良いって事じゃねぇか? ほら、金品の強奪だってOKなんだし、女も報酬の一部ってこった」

「貴方達、【愛人(ラバー)】なんですか」

 

 【愛人(ラバー)

 Fate:30人以上と性行をすること

 

「あ? 俺はちげぇよ。でもよぉ、俺の親友がな。ほら、コイツだよ。そこで青い顔してるこいつが【愛人(ラバー)】なんだよ。ったく、コイツらはNPCなんだから気にするなって。ほら、楽しめって。お前、童貞だったろ?」

 

 話を纏めると、この男達は知り合い。このイベント中は性行に関する一部規制が解除されているため、友人の【愛人(ラバー)】Fate達成のために協力をしている。

 つまりは、友人のためだ。不幸になる人間はいない。

 強いて言うなら不幸になるNPCはいるが、NPCだ。NPCなんだ。不幸、なんて言葉を当てはめる相手なのかすら、迷う相手なんだ。

 

 今僕に救いの目を向けているのも、その涙も、表情も、気持ちも、全て作られた偽物。

 そうだろ。そうだと、思わないと。

 ――手が、出てしまいそうだ。

 

「なにしてんだ、テメェら」

 

 そんな僕の思いが、表面化したかのように、裸の男が壁に吹き飛ばされる。

 

「なぁ、おい。何やってやがる」

「なな、何だよお前! 大丈夫か!? くそ、なにマジになってんだよ。俺達プレイヤーで争う必要なんてないだろっ! デスゲームなんだぞ!」

 

 慌てふためく男を見下ろすのは、Aと呼ばれる男。僕やファットマンよりも年上の彼から明るい表情ばかり僕は見てきた。

 でも、この時だけは見た事の無いほどに冷酷な目が彼らを貫く。

 

「これは…………」

「ひどい…………」

 

 遅れてやってきたファットマンとかぷちーのが、部屋の惨状をみて絶句していた。

 そういえば、AはNPCをただのNPCとして捉えるのではなく、人として接するようにするスタンスだった。

 僕もAほどではないが、そのスタンス。

 対してファットマン&かぷちーのさんはNPCはどこまでいってもNPC。そういうスタンスだったが、それでもこの惨状には思うところがあるのだろう。

 

「ファットマン。かぷちーのとナチュアを連れて外に出てろ。ガキが見るもんじゃねぇ」

「え、ええ」

 

 僕はファットマンさんとかぷちーのさんに連れられ、家の外に出る。その際にかぷちーのさんに頼んで、女の人のNPCも、一緒に外に着いてきて貰う。

 女の人を見る。NPCだ。流石ゲームと言うべきか、綺麗な女の人。

 僕の視線に気がついたからだろうか。彼女は顔を赤く染めて、少し怯えた表情で、身を縮こませる。

 

「ダメですよ。ナチュアさん」

「はい」

 

 この表情も、嘘なのか?

 でも、こうしないと【愛人(ラバー)】の彼は今後どうやって生きていく? リスクを抱えて、何時死ぬか分からない状況でこれからも生きていくのか?

 僕が敵を倒すのと、これに何の違いがあるのだろうか。

 僕が今まで倒した敵対NPC。彼らもまた、彼女たちの様に何らかの表情が、気持ちが付与されていたのではないだろうか。

 そんな彼らを容易に、無感情に、なんの感慨もなく切り捨ててきた僕が、彼女たちに対して同情していいのか? 

 あの男達を責めていいのか? あの人達は生きるために行動している。だが、僕は?

 

「大丈夫ですか?」

 

 そんな声をかけられた。それは、かぷちーのさんの声色とは違う。

 今回の被害者だった女のNPCの声だった。

 

「ありがとうございます。あの人たち、突然家に入ってきて、私たちを……」

 

 恐怖がぶり返したのか、彼女から涙がこぼれる。肩が震え、声が弱々しく、力を失っていく。

 ファットマンさんとかぷちーのさんを見る。彼らの表情は強ばっていた。

 彼らはNPCだ。でも、この涙は偽物なのか?

 

「いえ、あの、はい」 

 

 うまく言い返せない。慰めることも、何も出来ない。

 もしも、彼らがNPCだと知っていたら僕は助けにいっただろうか。そう考えると、彼女たちに僕は声をかけられない。

 

 ドンっ!!

 気まずい雰囲気の中、そんな音が僕らに響いた。Aのいる家からだ。

 

「A?」

 

 Aの実力なら、裸で装備無しの男達に負けるって事は無いだろうが、それでも心配にはなる。

 僕はファットマンさん達に目線でこの場を任せ、一人で家の中に入っていく。

 家の中は静かだった。

 先ほどの音は気のせいだったんじゃないか、そんな風に思ってしまうくらいの静けさ。

 

 おかしくないか?

 

 だって、ここには男三人+Aがいる筈なんだぞ。なのに、なんで静かなんだ。

 ゆっくりと、歩いて行く。玄関から数歩歩いた先にある扉を開けば、A達のいるリビングに着く。

 

 そして、僕はゆっくりと扉に手をかけた。

 この時、僕は扉を開くことを躊躇したのはこの先で何が起こっているかを理解していたからなのだろう。

 

 その部屋にはAだけがいた。

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