にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
「わっはっはっは! 私が勝者だ!」
「待ってリゼ! ちょっと、ほんのちょっとだけ待って!」
「あーばよーとっつぁん!」
「ぐぬぬぬぅ! 腹立つぅ!」
「アハァー!」
どうやら今日二人がやって来たのは、夜に行うさんばか配信を行うためだとか。
それまで暇になった三人がゲームを始めた。タイトルは某配管工が仕事そっちのけでレースに向かいゲームだ。
プレイヤーは俺、リゼさん、アンジュの三人で戌亥さんは見ているのがいいと不参加となった。
なんで俺が参加してるかだって? いや、俺も知らない。気が付いたらコントローラーを持たされていたんだよ。
しかもマ〇カーやったことがなかったから、テンション高く騒いでいる二人の横で最下位独走中だ。
「戌亥さん、ずっと見てるだけでいいんですか?」
「んーええんよ。見てるだけでも面白いし」
「いにゅぃ! リゼが! リゼがぁあああ!」
「ああっ⁉ アンジュそれはズルだろ! とこちゃん禁止!」
「知ってんで! そうやって私のいにゅぃを独り占めする気やろ!」
「違いますー! とこちゃんを変態から守ってるだけですー」
「変態じゃないが⁉ 我、錬金術師ぞ!」
「どや、見てるだけでもおもろいやろ?」
「確かに見てるだけでも楽しそうです」
どんだけ仲がいいんだよ。もはや前世からの付き合いじゃん。
「うぁあああ! 戌亥がダメなら奈田君に助けてもらうからいいもん!」
そう言ってこちらに向かってくるアンジュ、華麗に避ける俺。
突撃対象がいなくなってそのまま壁にぶつかるアンジュ。避けてよかったんだよね俺?
唯一俺たちは年齢が近いこともあり、アンジュとはお互いにため口で話すようになったが、言動はどうであれ女性には変わりない。
酷いことをしてしまったが、さすがに男にタックルするなんてダメだろ。
「な、なんで避けるんだ! 美少女が来たんだぞ! 受け止めろよ!」
受け止めたら多分俺が死ぬ、刺される。
「アンジュ~26で美少女はないわー」
「なんでや! 可愛いのは事実だろ⁉」
「だったらまだ17の私の方が美少女だもんねー! ……うぅ」
普段のノリでアンジュを挑発するつもりだったみたいだが、チラリとこちらを見た後恥ずかしそうに顔を伏せる皇女殿下。
「へ、へへーんだ! 一人で照れやーんのー!」
「わ、童を馬鹿にしたな! 処す! 処してやるぅ!」
そうして今度はリゼさんがアンジュに突撃する。華麗に避けるアンジュ。
しかし独特なステップを取ってしまいバランスを崩してこちらに倒れてくる。
「おっと……ッ⁉」
この状況で避ける選択は流石に取れない、アンジュを受け止めるために咄嗟に差し出したのは右腕だった。
軽いとはいえ成人女性の体重を受け止めた右腕に声にならない鋭い痛みが走る。
「え、あ、だ大丈夫か⁉」
アンジュが心配そうにこちらを見る。痛みに耐性なんてないからきっと表情に出てしまったのだろう。
心配させないように努めて冷静を装う。
「柔らかいかと思ったら硬かったから、つい……」
「ゆ、許せねぇよあぁ! ライン越えだぞ! 責任取って結婚だ!」
怒るのはいいけど、もう少し安定した場所に話を着地させてくれ。
しかし、中途半端に助けてしまったせいでアンジュは俺の右腕にもたれ掛かっている状態。アンジュ個人で立ち上がるなんでできない体勢だ。
痛みがここまで思考を妨害するなんて、戌亥さんの時には気付けなかった発見だ。多分あの時はそれすら考える余裕がなかったんだな。
「ィ……ッ。責任でも結婚でも何でもいいからちょっとごめん」
「ぃひぁあ⁉」
左腕でアンジュの体を抱き込みながら、体重を真正面から受け止めるように体をずらす。
燃えるように熱い右腕は呪いでも掛かっているのかと思うほどに、思考が奪われて左手がどこに触れてどんな体勢になっているのかすら、理解するための無数の器官と選択肢を棄却していく。
「ちょ、ちょっと旦那⁉ どこ触――」
「うる、さいなぁ……」
ちょっと黙っててくれ。
「ぇ……ぁ、あわわわわんぶっ⁉」
よし、静かになったな。
右手の痛みは消えたが、代わりに右腕の熱が全身に広がっていた。
サウナで蒸されているのか、吸い込む酸素ですら喉を焼くようだ。
立っているのも面倒で、俺はなんでこんな重いものを持っているんだ……。
「んぷはぁ! 美少女の口を手で塞ぐとはセクハラだ! 訴えてやる!」
「また、うるさい……」
「わー! だ、黙ります! だまりんぶっ⁉」
なんだこの柱、喋ってる。
細くて柔らかい……。うちにこんな柱、あったか?
どうでもいいか、それより、なんで立ってるんだ俺……。
ダメだ、足がふらふらする……。なにかに掴まらないと……。
「んー! んー!」
「アンジュ⁉ と、とこちゃん! 奈田さんの様子がおかしいよ! とりあえずアンジュから引きはがそう!」
「……」
「とこちゃん! とこ……ちゃん?」
「……あかんね、あれ」
「そ、そうだよ! だからはやく引きはがさないと!」
くそ、なんだこの柱。どこを掴んでも頼りなさすぎる……
冷静になれ、まずは明日、この柱を交換するところからだ。
にしても赤い柱だ。こんなにも色鮮やかな赤があっただろうか、しかもサラサラとしていて手触りもいい。ずっと触っていたい。
できれば同じ柱を買うか。
「んー⁉ んんんんん! んっ!」
「……リゼはアンジュを頼むな、奈田クンは私が部屋に運ぶから」
「お、おっけー!」
しかもこの柱いい匂いがする。
アルコールとか薬の混ざったような、少しだけ病院とか保健室を思い出す。意外とこの匂い好きだったんだよな。
「はーい、奈田くんはこっちー」
唐突に襲った浮遊感、それと最近馴染んできた匂いが鼻孔に届く。
確か、この匂いは……。
「い、ぬぃさん?」
「せやで、いこか」
戌亥さんなら、安心か。瞼が重い……。
「寝ててええで」
「じゃぁ……」
あやすような戌亥さんの声を最後に、俺は瞼を閉じた。
「おー! とこちゃん力持ち! てぅおおお! アンジュしっかりしろー!」
「はへ、ハへへへへ……これが男か、へへ、ええもんやで……グフッ……」
「あ、あんじゅ⁉ アンジュ鼻血がっ⁉ 誰かっ! メディック! メディイイイイック!」
☆
意識を失い人形のようにぐったりとしている奈田をベッドに横たわらせる。
「はぁ……はぁ……」
奈田の容体は悪く、全身から汗が吹き出して荒い呼吸を断続的に続けていた。
その様子を戌亥は覗き込む、無表情に見開かれたオッドアイが奈田の頭から顎、首筋にまで移動していく。
「やっぱり……」
奈田の右腕に巻かれている包帯を取る、そこにはくっきりと残っている噛み傷。
化膿している様子はないが、それでも噛み後が体についているというのは異常だった。
「奈田クン、これが包丁で切ったなんて……」
ある日、奈田の腕に包帯が巻かれていた。
不思議に思い質問を投げれば、料理中に包丁で切ってしまったと奈田は答えていた。
だが、目の前にある傷を見ていったい何人が包丁の傷だと言うのだろう。
ましてや獣のように深く刺さる牙は人間にはない、そして綺麗に噛み傷を残す動物もまれだ。
「ケルベロスの牙は猛毒なんやで……奈田クン。抑えてなかったら骨すら残らず溶かしてまうって知らんかったんか?」
普段であれば毒性を一切分泌させることはなかった。初めて地上に連れ出されたときに失敗したから。
だが、寝ぼけていたのだろう。制御が緩んだか、自らの意思で死なない程度の少量を含ませてしまったのだ。
ふと思い出す、死者の向かう世界。
「奈田クンがこのまま死んだら、あっちで会えるなぁ? 奈田クンはどう思う?」
今になって気づいた、彼は人間で死ねば冥界に来る。それが自然の摂理だから。
不思議と心が高鳴る、純然たる歓喜。未来に待つ確定の幸福に酔いしれる。
死んでもいいのか? 眠っている彼から返答がないことなんて分かりきっている。
だが、戌亥には確信があった。彼なら笑顔で受け入れてくれると。
なぜなら彼は自身を受け入れてくれた、食事に睡眠薬も何も入れなかった。罵らなかった。
「ハデスには私が言っておくから、邪魔するなって。そうすればずっと一緒に楽しく遊べるやろ? 凄いやろ?」
自然と、戌亥の口元は微笑みを作る。
奈田にとって知る由もないが、戌亥にとっては地球での毎日が遊びだった。
「せや! お店を向こうでも開いたらええやん。向こうでお店を開こう思う人なんておらんから、私達だけやんな」
無意味な会話を初めてした。
「ちょっとここよりも危険なんやけど、奈田クンに何かしようとする奴なんておらんよ? もしおったら前みたいに私が噛み殺したる、そしたら……褒めてな?」
会話というのはあれほど心が躍ることだとは思わなかった。
彼が従業員と呼ぶ犬達を撫でるときの光景が浮かぶ、頭を撫でられたことはないが至福なものになると確信できた。
「アンジュ達には申し訳ないけど、100年もすれば会えるで? たった100年、意外と短いやろ……?」
自分は吼えることしかできなかった。それを理解できるものは主人であり友でもあるハデスと数名。
会話には困らなかった、だが彼らは嫌いだった。
血の繋がった者同士で殺し合うなんて、神が聞いて呆れる。
「いいこと思いついた! 私と奈田クンで子供を作らへんか? 奈田クンは優しいから、絶対いい夫になるで。私が保証したる! ケルベロスのお墨付きなんて奈田クンだけなんよ? どう、嬉しい?」
「なぁ、我が儘を言ってもええか? この傷、残しといてくれへん?」
我が儘、奈田が起きていれば耳を疑うだろう。なんせ戌亥のことを自由奔放のゴーイングマイウェーと認識しているのだから。
だが、これでも戌亥自身は我慢し続けていた、ただ奈田がそれを知らなかっただけ。ケルベロスを、神の子宝という存在を正しく認識しきれていなかっただけのこと。
「塞いだらダメ、見せるのはええで? 私の奈田クンって書いてあるみたいやろ? でも塞いだら……もっと大きいの付けたるからな」
戌亥の言葉が呪詛のように奈田を覆っていく、逃げられないよう見えない鎖で縛るように、雁字搦めに。
しかし、それは絶対に見えないよう細心の注意を払う。軋みの音を出さない無色の鎖が、身勝手にも奈田の全身を張り廻った。
「……ちょっとだけなら、ええよな?」
不意に戌亥は顔を奈田の首筋に近づけ、異常な発熱から発汗している首筋を躊躇いなく舌で舐めあげる。
汗で濡れていた皮膚が、拭き取られると同時に新たに濡らされていく。
「あはぁ……」
熱で溶けたチョコレートのように甘くトロけた声が戌亥の口から洩れる。
下腹部を襲う締め付けられるような感覚を享受し、それでも物足りないと体を捻って意味もなく体をしならせる。
「ずぅっと……ずぅっと一緒。逃げるなよ? 逃げたらその足を切り裂く。離れたら首を噛み千切るからな」
舌だけでは足らない、腕を奈田と鏡合わせにして密着させる。支えを失った上半身は重力のままに落として上下する奈田に押し付ける。
異常な発熱をみせる奈田の体温に、戌亥は恍惚な笑みを浮かべる。
自身の毒が、奈田の体を内側から侵しているからだ。自身の一部が、奈田の体内に溶けている。
我慢強い自制心がかき回される様は、興奮剤を脳に直接叩き込まれたようだった。
「他の女に触れんのは仕方ないから……許したる。嫌な奴がいたら言ってな? すぐに消したるから」
優しい声で呟けば途端に奈田を襲っていた異常症状が消えていく。
体温が下がり、呼吸は乱れを整えていく。
戌亥が穏やかな表情で寝息を立てる奈田を見つめていると、扉からノックが聞こえる。
「とこちゃん、入っても大丈夫?」
「ええよー」
了承を受けたリゼたちが扉を開けて入ってくる。
その時にはいつもの戌亥に戻っていた。恍惚に歪む表情も消え、体を合わせるように覆いかぶさってもおらず、ベッドの横で看病している姿で二人を迎え入れた。
「奈田さん、大丈夫?」
「少し寝かせたら熱も引いたから多分大丈夫」
「体、凄く悪そうだった……心配だよ」
「ごめんな戌亥」
「なんで?」
奈田を襲った異常事態の原因はアンジュではない、トリガーになっただけ。
だから戌亥には分からなかった、アンジュが謝ってきた意味が。
「私が魅力的すぎたせいで奈田君をノックアウトしちゃったからだぜ!」
それはアンジュなりの気遣いだった。
リゼとアンジュの目に、戌亥はどこか疲れ切った表情が見て取れた故の励まし。
アンジュの意図に気づけばリゼもそれに乗った。
「なにがだぜ! だよー、アンジュはもう少し奈田さんにも気を使いなよ」
「なにおー! リゼだって最初あったときビクビクしてたじゃん! 言ってみ、恥ずかしかったですーって」
「ちゃ、ちゃうわ! あれはヘルエスタ家に伝わる秘伝のコミュニケーション術なんですー。アンジュみたいに一日でため口とかしないんですー」
「だって奈田君と私の年が殆ど一緒だったんだもん! いいじゃん年の近い男の人と仲良くなる機会がなかったんだから、今日ぐらいいいじゃん! 私にも甘い青春を送らせろってんだ!」
「そういうところが他のライバーに面倒がられてるんだよ! とこちゃんもなんか言ってやってよ!」
「奈田くんは上げへんでー! アンジュ!」
「戌亥めっちゃ乗ってくるじゃん。ふ、ふん! たとえ戌亥が相手でも負けないかんな! 私の魅力で奈田君を彼氏にするんや!」
「いえーい、鼻血出したばっかのアンジュゥ―、ちょっと前は結婚とか言ってたのに彼氏? ふぅ! チキってるぅー!」
「いや、それはホント恥ずかしいのでアンタッチャブルでよろしくお願いします」
「配信でいじっちゃおーっと」
「いぬぃいいい! リゼが苛めるぅううう!」
「はーいはい、奈田くん寝てるから部屋に戻ってからねー」
「うぅぅ、ばぶぅ」
「とこちゃんにバブみ感じてんじゃないよ! 年齢考えろ年齢! 26歳!」
「めっちゃ辛辣じゃん。躊躇なくジャックナイフを振ってくるじゃん」
「あ、アンジュとリゼ先に戻ってて。布団とか整えてからいくから」
「なんだーいぬぃ⁉ さっそく牽制かー⁉ 私だって布団直す! なんだったら添い寝する!」
「いいからアンジュ、ほら戻るよ。どうせそんなことする勇気もないでしょー、26歳なら自己分析できるよねー?」
「ジャックナイフから一旦手を放さない? 刺さったままなんだけど、肉ズタズタになってるの見えない?」
「はいはい、鼻血アンジュちゃんはこっちでちゅよー」
「あれ、おっかしいな……。なんだか前が霞んで見えるや、あははー」
部屋を後にする二人を見送った戌亥は、先ほどまでアンジュ達に見せていた表情を一変させる。
無表情に見えるそれは、心中で渦巻く戌亥の感情を表しているようだった。
「アンジュにも、リゼにもわたさへん……。あ、あぁ……あっははは。私もハデスを馬鹿にはできへんなぁ」
奈田は知っているはずだった。ケルベロスという存在が現実だと知ったときに調べたから。
だが、理解しきれていなかった。
ケルベロスが冥界で仕えている存在を、その男が恋に落ちた時に取った行動を知識として知っているのに。
あくまで情報、現実の物として認識しきれていなかった。
恋焦がれた神が取った行動を……。
「そういえば奈田クン……私に嘘ついたな」
奈田を見つめるオッドアイが鈍く光を放つ。
物語テンポ確保のため、土台の準備はできる限り削いできましたが
今後、日常回的なのは少なくなる予定です。