にじさんじヤンデレ物語   作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員

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個人的に予測できたら戌亥さんじゃない気がする。


戌亥12

 時間もおそくなっていたこもあり、アンジュとリゼさんは早々に帰っていった。

 一時とは言えかなり賑やかだったな。ゲームで人と遊んだのはいつ以来だろう。

 

 サラリーマン時代に友人と遊ぶこともなかった、独立してからは忙しくて休日は体を休める日になっていた。戌亥さんは対戦ゲーム関連をあまり好んでいないようで、配信でもプレイしている物はほのぼのとした物が多いから、仕方のないことなんだが。

 

「お風呂上がったで-」

 

「了解です、ご飯の用意できてますよ」

 

「あ、ジャガイモやー!」

 

 テーブルに並べられた好物に戌亥さんの目が輝く。

 普段はどこか掴み所のないミステリアスな戌亥さんも、好物を前にしたときは分かりやすい。

 

 食事を始めれば自然と今日の出来事が話題の中心を占めた。

 

「そういえばアンジュとリゼさんって面白い人達でしたね」

 

「……そうやろ? 私も二人と遊ぶの楽しいねんな。たまになに言ってるか分からへんときあるけど」

 

「リゼさんって皇女なのに礼儀正しいし、気配りもできるし、凄い人ですね」

 

「せやな、リゼは学校でも人気があるらしいで。本人が人見知りやから苦労してるみたいやけど」

 

「そっか、年齢で言えば高校生ですもんね。それに引き換えアンジュは……リゼさんと10近く年上とは思えない言動ですよね」

 

「アンジュは空気を盛り上げようとしてくれてるんよ、にじさんじに入ったときに話しかけてくれたのはアンジュの方からやったし」

 

「そうなんですか、確かにアンジュの趣向はともかくコミュ力は高いですよね」

 

「……せやね」

 

「しかも年が近いから女性に初めてタメ口で話せましたよ、そういう所はアンジュの良いところなんでしょうね」

 

 あのコミュ力で彼氏が出来ないのが不思議で仕方ない。いや、原因はわかりきってはいる。

 それを本人がどうにかしようとしないのが問題なんだろうなぁ、今日初めて会った人にあそこまで言い切れるのは才能であり欠点だろ。

 

「なぁ……奈田くん」

 

「はい?」

 

「どうして私にはタメ口を使わへんの?」

 

「へ?」

 

 唐突な質問。

 どう答えるかよりも先に、戌亥さんらしくない発言の方が気になってしまった。

 戌亥さんって、そういう所を気にする人だっけ?

 

「アンジュはタメ口やろ? しかも今日会ったばかり、私はずっと前からおるのに敬語ってどういうことやねん」

 

「あ、あははー。アンジュさんはほら年齢も近いですし、あの性格ですから敬語で話すのもちょっと違うかなーって……」

 

「私にもタメ口で話して」

 

「え、えぇっとー……」

 

 無理無理無理。

 アンジュさんは錬金術師だけどまだ人だし、リゼさんは人だけど皇女だし、戌亥さんにいたってはケルベロスなんだからタメとか無理だろ。

 

 出会った当初のビクビク感に比べればこれでも頑張った方だと思わない?

 

 まだ冥土には行きたくないし、土産なんてまだ半分も貯まってないしまだまだ貯める予定なんだぞ。土産が足らないって怒られたくない。

 

「敬語、禁止な? 破ったら仕置きや」

 

 おかしな感覚だ、目の前で微笑みを保っている戌亥さんの空気が少し違う気がした。

 普段のさっぱりとした風のような雰囲気なのに、今のはまるであの時の……。

 

「し、仕置きって……そんなまた変なこと言わないでください」

 

「……仕置き」

 

 呟くように戌亥さんが言った次の瞬間、体の内側から燃えるような痛みを感じ、たまらず床を転げ回った。

 

「ぐぅっ……⁉」

 

 鼓動の度に襲ってくる痛みは想像を絶した。

 戌亥さんに噛まれたときの比じゃない、まるで心臓を鷲掴みにされているようだ。

 

「ぁあああああぁああぁぁあっ!」

 

 痛い。

 堪えようもなく、痛い。

 

「ほら、タメ口で話さないとずっと痛いで?」

 

 絶叫を上げるそんな中でも、戌亥さんの声だけは掻き消されることなく鮮明に聞こえた。

 

「いぃぃいいいぬ、いざん! グッ⁉ ど、ドゥじで……」

 

 戌亥さんが直接なにかをしたわけじゃない、だって痛みを感じたとき戌亥さんは動いていなかった。

 しかし彼女の言動を見れば分かる。この痛みは彼女によって引き起こされたのだと。

 

「……また敬語。いけん子やねぇ……もっと痛いよ?」

 

「や、やめで……ぐだざ、い……」

 

「奈田くん……」

 

 なんなんだ……!

 あれほど痛かったのに、痛みが消えていく……。

 俺の体にいったいなにが……。

 

「なぁ、奈田くん……私の言うこと聞けへんの? そない難しいこと言うてるつもりないんやけど」

 

 近づいてきた戌亥さんの手が俺の頭に置かれる。

 しかし、それは添えるとか、撫でるとかじゃなく。押さえる付けるようで俺の頭は床から離れることができなかった。

 

 いくら力を入れても戌亥さんの手はピクリとも動かなかった。

 

「口が開かんわけはないよな? さっきはあんなに騒いでたやろ、なんならもう一度試してみようか?」

 

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! なんでも言うことを聞きます! 許してください!」

 

 これまでの関係性なんてなく、俺は惨めのも懇願していた。

 あの痛みに心がなによりも先に屈服することを選んでいた。

 

 どうして戌亥さんがこんなことをしたのか分からない、自分の身体の異常だって分からない、だがそんなことはどうでもよかった。

 

 怖い。

 

 それだけが思考を制御して体と口を動かしていた。

 

「あららぁそんな怯えて……まるでワンちゃんみたいやん。私そんなに酷いことしてへんよ? ただのお願い事やん」

 

「わ、わわわかった! 敬語、敬語をやめる! だ、だから……ゆ、許して……」

 

 涙が出ていた。正しい呼吸の仕方が思い出せず、時折コヒュと喉から音が鳴った。

 

「うん、タメ口やね。嬉しぃわー、奈田くんとまた一つ仲良くなれたきがするな。な? 奈田くん」

 

「は、はい! な、仲良く、なれま――」

 

「あ?」

 

 失敗した。

 恐怖に屈した心が上位者にへりくだった言葉を取捨させてしまった。

 

「す、ご、ごめっぐが⁉」

 

 地震のような声を聞き、すぐに謝罪をしようとしたがそれよりも早く戌亥さんの手が動いていた。

 顔を床に押しつけていた手が離れ、代わりにすくい上げるように首を掴まてしまう。

 そして人外の力をもって強制的に持ち上げられ、こちらを見つめるオッドアイが目の前に広がった。

 

「奈田くんって犬より頭悪いんか? 違うよな? 奈田くんは頭ええよな?」

 

「ぐっ……!」

 

 返答しなければ。

 しかし締め付けられる喉は当たり前に行えるはずの機能を放棄していた。

 

 くぐもった声しかでず、返答が出来ないことに焦ってしまう。

 

「声だけが答える方法じゃないよなぁ? 頭を縦に頷くだけでええんよ、ほら簡単やろ?」

 

 コクリと、即座に頷けば戌亥さんの目が細められる。

 

「じゃぁ、もう一度や。失敗はアカンよ? 奈田くんも痛いのは嫌やろ?」

 

 喉を掴まれている状態で首を動かすのは激痛がした、だが構わなかった。

 ここで頷かなければあの痛みがまたやってくるのだ。

 

 再び頷けば戌亥さんは嬉しそうに笑みを溢すと、俺の首を解放した。

 

 解放された喉でむせながら、両手を床に付いてどうにか呼吸を繰り返す。

 ようやく酸素が正常に回り始めたとき、目の前に戌亥さんが座る。

 

「それじゃ、もう一度やってみようや! ほら、私の名前を呼んでみ?」

 

 頬を赤くし、期待の視線を向けてくる戌亥さん。

 同じ失敗を繰り返せばまたあの痛みが待ち受けている、戌亥さんががっかりした表情を見せれば、また……。

 

 戌亥さんが浮かべる笑みを消してはいけない。

 

「い、戌亥。こ、ここ、これ、これでいいよな……?」

 

 指示された言葉を言ったのに、敬語を使わなかったことに未だに恐怖を感じて思わず下を向いてしまった。

 それが、また過ちなのだと気付かなかった。

 

「奈田くんは人と喋るとき下をみるんか? 私知らなかったわ、なぁ教えてくれへんかな。どうして下を向いて喋るん? 私は目の前におるよな?」

 

 戌亥さんの手が俺の頬に添えられる。

 人と同じ形をした手のひら、だが添えられた手は驚くほど冷えていた。

 

 跳ねるように顔を上げた俺の目に映ったのは。

 

「なぁ、奈田くんは私のこと嫌いなんか?」

 

 微笑みを消した戌亥さんだった。

 

「ご、ごめん! 違うんだ! か、顔を伏せたのはその……!」

 

「その?」

 

「い、戌亥さんの顔を見るのが恥ずかしかった――」

 

 何度失敗すれば良いのだろうか。

 物覚えが悪い俺は忘れていた。戌亥さんが最初に教えてくれた嫌いなこと、そして約束を。

 

「奈田くん、私言ったよな? 嘘吐いたらアカンって」

 

「ぁ……」

 

 笑えるほど間抜けな声が漏れた。

 

「でも分かるよ、奈田くんも言いづらかったんやろ? だから今回のは見逃してあげるわ、だからもう一度ちゃんと本当のこと言うて?」

 

 言葉は優しかったのに、鼓膜を震わせたのは血が気の引くほどに無機質な声だった。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「見逃してあげる言うたんやけど、ごめんなさいが理由な訳ないよな? また聞いてへんかったんか?」

 

 頬に添えられた手が耳へと移動する。

 耳を優しく触られているのに、俺には「聞こえへん耳なら、いらんよな?」と彼女が暗に言っているように見えた。

 

「き、聞こえてた! し、下を向いたのは、け、敬語を使わなかった……から。き、気まずくて……」

 

「なーんや! そないなこと気にしてたん? 奈田くんはええ子やねぇ!」

 

 無機質な声は途端に色を変えた。

 嬉しそうに語る戌亥さんに、場違いにも俺も嬉しいと思ってしまった。

 

「私が言い出したことなんやから、奈田くんが気にする必要ないのに……でも、これからは気ぃつけてな? 奈田くんに嫌われたんかと不安になってまうやろ?」

 

「き、気をつける……ごめん……。戌亥を嫌いにならないから……あの、痛いやつもう……しないでくれ……」

 

「んーそれはダメやね」

 

 なっ、どうして……⁉

 前兆のない、いつ来るか分からないあの痛みに怯えろというのか⁉

 

「あはぁー、そんな怯えた顔せんでもええんよ」

 

 耳を触れていた戌亥さんの手が後頭部に回り、戌亥さんの方へ優しく引きつける。

 抵抗する気も起きなかった俺は、大人しく引っ張られた先にあったのは戌亥さんの胸元で、同じ人とは思えない柔らかな感触が俺を受け止めてくれた。

 

 柔らかくて、少し甘い匂いに包まれると不思議と気持ちが落ち着いてく。

 

「あれはな、奈田くんがいけないことをすると痛くなるんよ」

 

 まるで子供に言い聞かせているみたいな話し方だ。

 だけど、それが今はたまらなく安心させてくれた。この声を、この甘い匂いをもっと感じていたいと思ってしまった。

 

 見えないが、戌亥さんの手が俺の頭を優しく撫でる。

 あれほど恐ろしい力を持つ手が、全く別物みたいに柔らかくて自ら頭をすり寄せようとしてしまう。

 

「奈田くんが私の言うことをしっかり守ってくれれば痛くならへん、さっきのは私がタメ口でって言うたのに、悪い奈田くんが言うこと聞かなかったからや」

 

「言うことを……?」

 

「せやで。でも、タメ口で話してくれたから今は痛ないやろ?」

 

「痛く……ない……」

 

「ほら、私の言うことを……お願いを聞いてくれれば、あない痛くなることもないから安心やろ?」

 

「で、でも……戌亥がしようと思えば、で、できるんだろ?」

 

 ピタリと、頭を撫でてくれていた手が止まる。

 また、アレが襲ってくるのではないかと、思わず体に力が入ってしまった。

 

「奈田くんは……」

 

 戌亥さんの声が耳元で聞こえた。

 それこそ、彼女の息使いすら感じ取れるほどに戌亥さんの顔が真横にあった。

 

 彼女の吐く少しばかり熱を帯びた息が、耳を温める。

 

「私がそんな酷いことする人に見えるんか? 私、奈田くんのこと好きからそんな酷いことしたくない。でもな、あの時は奈田くんが悪い子やったから仕方なくやっただけ。良い子になるためにはやらなくちゃいけない、躾けなんよ」

 

「し、仕方ない……こと……」

 

「そや、今は良い子だからこうして上げてるんよ……だから奈田くんは良い子にならなアカンねんで? 分かる?」

 

「……ぁ、ああ、分かる」

 

 俺の鈍い頭でもようやく理解できた。

 そうなのか、あの痛みは良くないことをしたから起きたのだ。

 

 戌亥さんの言うこと、いや。戌亥の言うことを守れば悪い子にならない。

 悪い子は躾をされる。良い子なら優しくして貰える。

 

 簡単なことじゃないか、俺が普段から愛犬にしていることだ。

 

 そう思うと、あれほど分からなかった出来事が、簡単にストンと腑に落ちてしまった。

 

「悪い子じゃなければ、痛くないんだよな?」

 

「私嘘嫌いなんよ、だから奈田くんには嘘つかへんよ」

 

「分かった、言うことを聞く。なんでも……聞く……」

 

 正直、戌亥が嘘を付いているかなんてどうでもいい。

 彼女がその気になれば俺なんてすぐに殺せてしまうのだから。

 

 それよりも、頭を撫でてくれる彼女の手が離れることの方が怖いと思ってしまった。

 

「奈田くんは頭の良い子やから大丈夫。今日はもう怖いことなんて起きへんから、今日は寝た方がええよ?」

 

 そう言うと戌亥さんの手が頭から離れていく。

 もう少しと思ってしまうが、それをしたら多分彼女に躾をされてしまう。

 

 僅かな時間で刻み込まれた圧倒的なヒエラルキーに、俺はどうしようもなく無力だ。

 

「分かった。今日はもう寝ることにするよ」

 

「先に寝ててええよ、私も少ししたら行くから」

 

 行く? どこに行くのだろう。

 

「分かった」

 

 このときの俺は疲れ切っていた。訳の分からない出来事が起きすぎたのだ。

 最後の戌亥さんが放った言葉の意味も理解せず、自室に向かった俺はなにからか逃げるように眠りについた。

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