にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
「ご、ごめん! ま、間違えいぃいいっ⁉」
即座に謝ろうとするが、ガリッという音と共に戌亥に小指を噛まれた激痛で言葉が止まる。
切れた傷口から血が流れ彼女の口の中へと揉み込まれていく。ドクドクと血が流れる度に傷口にビリビリとした痛みが走り続けた。
手は掴まれたまま戌亥は一度小指から口を離すとコチラを睨みながら、隠しきれない怒気を孕ませて口を開いた。
「ごめんちゃうねん。なぁ、私と約束したやろ? 敬語止めるって……私の勘違いとちゃうよな?」
「ち、違わない……」
口で答えているのに何度も頷いていた。
へたり込んでいるせいでポタポタと垂れる血がズボンと床を汚していくのも気にせず、意識は目の前の存在にだけ向けられた。
一瞬でも意識を離してはいけなかった。
「せやね、約束したな。それに譲歩もしたやんな? 仕事中は敬語でもいいって……」
「ゴ、ゴメンナサイ!」
戌亥の顔を見ながら話を聞き続けるのが恐ろしく、たまらず謝罪と共に頭を下げる。
手は彼女に拘束されているせいで不格好な形になってしまうが、そんなことは関係なかった。
「こ、これからは気をつける! ぜぜ、絶対に、け、敬語を使わないから……ヒッ!」
何度も頭を下げ、謝罪を続ける。
しかし、再び小指が咥えられる感触に血の気が引き、体が石化したように条件反射で動きを止めてしまう。
「んー」
戌亥は小指を痛くない程度に咥えたかと思えば、今度は傷口から血を吸い始めた。
ピチャ……ピチャ……と聞こえてくる湿った音が自分の血を吸う音なのだと目の前で見せつけられる。
数秒か、数十秒か、満足したのか戌亥は再び俺の小指から口を離す。
「何度謝れば気が済むかしらへんけど、奈田クンの謝罪に意味なんてないで? 謝って許されるなんて都合のいい話あるわけないやん?」
「じゃ、じゃあ……ど、どうすれば!」
「決まってるやん、誠意を見せろ言うてんねん」
「誠意……?」
意図が理解できずにポカンと見上げれば戌亥は困ったようにため息を吐いた。
「悪いことをしたら謝るのは当然、謝ったら今度は誠意を見せる。今後このようなことがないように、対価を払って初めて謝罪が成立するんやで?」
「対価、な、なにを払ったらいいんだ?」
戌亥に渡せる対価なんて思いつかなかった。
よくある金銭なんて彼女にとっては些末でしかい、だがそれ以外に俺が出せる対価なんてない。
戌亥はそんな俺に微笑みかける。
「腕で許したる」
「……へ?」
言葉の真意を確認する間もなく、戌亥は掴んでいた俺の腕に噛みついてきた。
初めて噛まれたときと同様に彼女の鋭く尖った犬歯が腕に突き刺さる。
「がっ⁉ ア、ァああアあぁぁああああっ‼」
小指を噛まれたときの比ではない激痛に獣の悲鳴のような声が出た。
そんな俺に構うことなく、戌亥はゆっくりとより深く牙を差し込んでいく。
止めどなく溢れる真っ赤な血を戌亥が飲み込んでいく。
「――――――ンッグッ⁉ ヤ……ヤベデ! イダ、イィッ! イヌ……イヌイッ!」
抵抗しようが暴れようが関係なかった。
掴まれている腕だけがコンクリートに固められているように、どれだけ体が動いても腕だけはピクリとも動くことはなく、激痛だけがおびただしい電気信号となって脳に送られ続けた。
「んぷはぁ……」
痛みで意識が飛びそうになったとき、ようやく戌亥が腕への噛みつきを中断した。
そして噛み傷から流れ出る血を彼女は一滴も落とさないように飲み干していく。
いつまでそうしていたのか分からないが、空気に触れた血が膜を張ることで流血しなくなったとき、戌亥はようやく俺の腕を解放した。
慌てて未だ感じる痛みを堪えるように腕を抱え込む。
意味なんてないのかもしれないが、少しでもこの痛みを抑えなくては痛みでどうにかなりそうだった。
「ごちそうさまぁ」
人の腕を噛み、血を飲んだというのに戌亥さんが浮かべたのは恍惚とした表情だった。
いっそ色気さえ感じる彼女の姿に、吐き気すら感じてしまった。
腕を抱えて踞る、額に浮かぶ脂汗が床に染みこんでいく。
「あはぁ……痛かったやろ……ごめんな? でもこれも奈田クンが悪いんやで?」
「っは……っは……お、俺が……?」
痛みで朦朧とする意識のかなでも戌亥の声だけは鮮明に聞き取れた。
「そう、もう二度と同じことが起きないようにするにはな。意識よりももっと深い所……体に直接教えるんが一番やねん」
答える気力なんてなかった、だからか戌亥さんは口を止めることなく話し続ける。
「子供とか動物を躾けるときに確実なのが衝撃を持って体と脳に叩き込むこと、それを体が学習して頭で考えんと無意識にそれを避けるんよ。私物知りで凄いやろ!」
自慢気に語る戌亥は心の底からそれが正しいと思っているようだった。
「前んときは分かりずらかったみたいやから、今度は分かりやすく教えたってことや。見える傷を残せば見る度に今日のことを思い出す、そうすれば奈田クンも忘れへんし。これが本当の一石二鳥やんな」
そう語る戌亥だが、上気した顔とだらしなく垂れる目尻を見れば彼女の目的がそれだけではないのだと、容易に想像させた。
初めて噛まれた時は確かに無意識だった、だが今日はそうじゃないのに彼女は腕を噛んで、流れる俺の血を啜ったのだ。
まざまざと教えられた。戌亥にとって俺は餌と同義なのだと。
「むぅ、そんな顔せんでもええやん。勘違いしてるようやけど、私は人間の血なんかに興味ないで。食べれるけど美味しいなんて思ったことないんやから」
戌亥は可愛らしく頬を膨らませるが、口の端に残った俺の血を見ればどうしても言葉通りに受け取ることはできなかった。
「な、ならどうして……俺の血を……」
「奈田クンは特別やねん。とっくべつに、ものっ凄く美味しいんよ!」
表情を一変させ、戌亥は嬉しそうに言い放った。
ケーキを食べた女性が、その甘さに表情を緩めて誰かに言いたくてたまらないからと報告するように……。
「本当は毎日でも奈田クンの血が飲みたいし、余ってるところがあれば肉も食べてみたい!」
初めて見るほどの笑み、歪なまでに細められた瞼から覗くオッドアイが俺の体を見回す。
喰われるかも知れない恐怖から喉が詰まり、胃から逆流してくるソレをとっさに抑える。
「……ッ⁉」
「でも……人間って簡単に死んでしまうんよ。私はそれでもええけど、奈田クンだってまだ死にたくないやろ?」
「し、死にたく、ない」
「やろ? だから仕置きに合わせて少しだけ貰えばええやん! て思ったんよ……あ! これなら一石三鳥やな!」
狂っている、相手が人間であればそう吐き捨てることができた。
だが目の前の怪物は本来そう言う種族だ。
彼女にとって人間とは他の食材となんら変わらないの捕食対象でしかなく、俺達人間選ぶ食材と基準は変わらない。
「口に含んだとき一発で分かったんよ、他の人間と全然ちゃう! 今までのが濁った泥水だったのが初めて分かった……」
戌亥は自信の頬に手を当て、思い出すように宙を見る。
「奈田クンだけ……美味しぃなんて思えたのは……」
宙を彷徨っていた視線が再び向けられる。
蛇に睨まれたカエルなんて言葉があるが、今の俺はまさしくそのカエルだった。
「今日は許してあげるけどまた約束破ったりしたら……腕の穴が増えてまうからな、分かった?」
「わ、分かった……気を付ける……」
戌亥は俺の答えに一度頷くと手を軽く叩いた。
パンッと乾いた音が鳴り響き、同時に腕の痛みが嘘のように消えていく。
緩ませていた表情は瞬きをする間に普段のミステリアスな表情に戻っていた。
「それじゃ、腕と小指の治療したら掃除に戻ろうか」
「……そう、だな」
微笑を浮かべる戌亥に、俺はただ頷いた。