にじさんじヤンデレ物語   作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員

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戌亥15

「奈田さんっ⁉ その腕どうしたんですか⁉」

 

「な、奈田君……まさかっ」

 

 新たに巻かれた腕と小指の包帯を目にしたことで、声を上げて驚く三船さんと山寺さん。

 俺は取り繕うように笑みを浮かべた。

 

「ちょっと……料理中に怪我をしまして」

 

 嘘だと見抜かれていることは目を見開く二人の表情で読み取れた。

 だけど、二人を巻き込まないためにはこういうしかない。

 

 相手が人間ならいくらでもやりようはある。この傷をもって病院に行き、診断書と共に警察に行けばいいのだから。

 それができれば、こんなまがい物じゃない笑顔を浮かべ、二人に安心して貰うことができただろう。

 

「でもその腕、絶対にいぬ――」

 

「三船さん……っ!」

 

 三船さんが言い切る前にその口を手で塞ぐ。

 

「お、お客さんの口を手で塞いでしまって申し訳ありません。ですが、それ以上は言わないでください。お願いします……」

 

「……ッ⁉」

 

 なんと滑稽だ、戌亥に嘘をつかないために三船さん達にバレバレな嘘を話し、あまつさえ俺を心配してくれる二人の善意を踏みにじっているのだから。

 

「しかしだね奈田君、君に様子は誰が見ても異常だ。普通じゃない」

 

「はい、そうですね」

 

 そんなこと、俺が一番分かっている。

 だからってどうしたらいいんだ……。戌亥の目的すら未だ不明慮なんだぞ。

 

 彼女自身は喰わないと言っていたが、なにを持ってそれを信じろと言うんだ。

 

「でも大丈夫です、これ以上関わらなければお二人に危害が向くことはないはずですから」

 

「奈田さんはどうするんですか……その包帯、絶対に前よりも酷いはずです……」

 

「対策はあります」

 

 どこまで話したらいいのか分からないが、現状で言えるのは戌亥さんが危険なこと、戌亥さんへの対策が一応でも存在しているということだ。

 

「本当、なんですね……?」

 

「はい、ただこの対策を取れるのが現状俺だけです。もしもお二人が巻き込まれたときの対策にはならないんです」

 

「それが本当のことなら、奈田君がこれ以上怪我をすることはないと考えてもいいんだね?」

 

 問い詰めるような視線を向けてくる山寺さんに頷く。

 そうすれば一度ため息を吐いた山寺さんは全身の力を抜いて、椅子に体重を預けて寄りかかった。

 

「そうか……それならいいんだ。私達の目的は奈田君の身の安全だ。件の女性が如何に危険だとは言え、君が安全であれば問題のないことだ」

 

「山寺さん! それじゃあ奈田さんが……!」

 

 食らいつこうとする三船さんを一瞥した山寺さんは、柔らかな表情を浮かべた。

 

「世の中には全部が思い通りにいくなんてことはありえない。どれだけ最悪な状況でも、その中での最善を選ぶのが社会だ」

 

 そして、今度はこちらに視線を向けてくる。

 

「全てが思い通りに行くのなら、君と彼女が離れて互いに干渉しないこと。しかし君の顔を見ていれば理由は分からないがそれができないということも分かる。ならば、ここでの最善は奈田君の無事ということになる」

 

 ちらりと俺の腕に視線を移した山寺さんが眉をひそめて、業腹だと頭を振った。

 

「これ以上の怪我があってたまるものか、君が大丈夫というならその言葉を信じよう。だが、本当に危うく感じたのなら頼ってくれ。それを約束してくれるのならば、私からはこれ以上の詮索を行わないと約束しよう」

 

 俺の目に映ったのは普段の陽気な山寺さんではなく、50年以上も生きてきた頼もしい大人の山寺さんだった。

 

「三船さんも、それいいね?」

 

「……はい、それが奈田さんのためになるなら。でも頼るときは山寺さんだけじゃなくて私にも頼ってくださいね?」

 

 お客さんにここまでの心配をさせてしまったことへの申し訳なさ、そしてここまでこの身を按じてくれることの嬉しさに、言うべきこが喉の奥で詰まった。

 

「あ……ありがとう、ございます」

 

 ぎこちなく頭を下げて、精一杯の感謝を伝えた。

 

「ふぅ! なんか真面目な話をしたら疲れちゃいました! 私カボチャタルトお願いします!」

 

「かしこまりました」

 

「ふむ、それは新商品だね。ならば私も同じのを頂こう」

 

「ありがとうございます、すぐにお持ちいたします!」

 

 先ほどまでの重い空気が嘘のように、しかし取り繕ったわけでもない軽やかな空気に自然と笑みが零れた。

 

 

「おりゃぁああ!」

 

「ぁあああ! 私のヘルエスタセイバーがぁぁぁあぁ!」

 

「それは新しく作ったらええやん! それより私達のお城を早く取り戻さへんと!」

 

 夜、自室で俺は配信を見ていた。

 定期的に行われているさんばかのグループ配信だ。

 

 彼女達がプレイしているのはマインクラフトと呼ばれるゲーム、世界の殆どが九十度の四角で構成されたサンドボックス型のゲームだ。

 

 そして彼女達は絶賛阿鼻叫喚の真っただ中にいた。

 

 それは三人がマイクラ世界で自分たちの城を作ったところから始まった。

 

「よーし! さんばか城も完成したことだし、皆で見て回ろうよ!」

 

 嬉しさを隠すことなくそう言ったのはリゼだった。

 グループでコツコツと作って来た建築が完成したことによる、一時的な興奮状態となっていた。

 

「お、いいねぇ。私と戌亥の愛の巣、見せてやんよ」

 

 決め台詞なのか、普段のハスキーボイスよりも意識して低く落ち着いた声と共に、隣に立っている戌亥這い寄ろうとした。

 

「ンジュの部屋汚いからいやや~」

「アンジュキモイって……」

 

 しかし、そんなアンジュを戌亥が一刀両断にする。

 そうなれば先ほどの落ち着いた魅惑のハスキーボイスはどこへやら、別人と疑われても仕方のない声変わりを見せる。

 

「そんなひどいこと言わないで! 私達これからここで仲良く暮らすんだよ! 三人寄らば何も起きないわけがなくってやつじゃん!」

 

「私を巻き込まないで! 一緒にされたくないわ!」

 

「じゃあいにゅぃ! 傷ついた私の心を癒してぇ!」

 

「あ、ジャガイモ育ったー!」

 

「いにゅぃ? もうちょっと関心もたへん? なぁいにゅぃ?」

 

「焼いたろー」

 

「あんれぇ、っかしぃなぁ? マイクの故障かな? リゼと私だけの二人配信だったのかな?」

 

「とこちゃん私お腹空いちゃったから少し分けて―」

 

「ええでー」

 

「すぅ……そっかぁ。いつの間にか私ソロ配信してたのか。さっきまでの会話は妄想だったんやなぁ」

 

「ばりむしゃー」

 

「ばりむしゃー」

 

「……お待たせ、まった? 皆、今日はマイクラの配信をしていくでんな、え? 泣いてないが?」

 

「あ、とこちゃんお城の中見に行こ!」

 

「ィゼの部屋どうなってんのか見てみたいなー」

 

「いいよ! 来て来てとこちゃん!」

 

「うぁああああああん! 無視しないでよぉおおお!」

 

「いった、いったぁあ! なにすんだよぉお!」

 

「私を無視するのが悪いんや! 放置プレイなんて望んでないの! せめて罵ってよ! 一方的なコミュニケーションほど悲しいものはないんよぉおお!」

 

「うぁああ! とこちゃん逃げて! 変態がくる!」

 

「アハァー!」

 

「げへ、げへへへ~! おじちゃん逃がさへんでぇ! ちょっとあそこのお城でおじちゃんとえぇことしようやないの!」

 

「オイコラ! さんばか城を汚すんじゃあねえぜ! 私のヘルエスタセイバーを喰らうがいい!」

 

「な、なにぃい!」

 

「とこちゃん! 私やったよ! 諸悪の根源を――」

 

「アハァー!」<バシッ!>

 

「え? とこちゃん? とこちゃぁああああん!」

 

「やーい! いぬぃに落とされてやんのー」

 

「いえーいアンジュ―!」<バシッ!>

 

「え? 嘘やんいぬぃ……」

 

 出来上がったさんばか城そっちのけで行われた鬼ごっこが終わるまで数分、画面の端には常に寂しげに佇むさんばか城が映っていた。

 

「と、という訳で、さんばか城を見ていきましょぅ……」

 

「お、おー……」

 

「おー!」

 

 散々暴れまわった三人、というか戌亥が一方的だった。

 疲弊したアンジュとリゼ、そしてテンションが上がっている戌亥の三人はさんばか城の探検を始めた。

 

 入口まで伸びる横幅数ブロックの海面から伸びる階段、巨人が通ることを想定しているのかと思えるほどの巨大な門。

 石レンガに囲まれた巨大な空間には玉座が鎮座し、自身の王が座する日を静かに夢想しているようだった。

 

 そんな豪華絢爛な城を巡っていけば、ようやく三者の個性が詰まった自室の探検となる。

 ゲームとはいえ女性の部屋、といっても全てが角ばった部屋は可愛さというよりも武骨な印象を与えた。

 

 戌亥、リゼの順で部屋を見て互いに感想を述べていく。

 最後にアンジュの部屋が紹介されるとき、事件は起こった。

 

「アンジュ―、これなにー?」

 

 リゼが何気なく聞いたのは机の上に置かれた一冊の本だった。

 アンジュの部屋の紹介となったときにざわついていたコメント欄が本の話題になった瞬間を境に、ダムの水を放流したかのように濁流の如く加速した。

 

「ふっふっふ! これは私が力作! 制作コスト度外視の最高傑作よ!」

 

「ぁ、ィゼ!」

 

 不敵な笑みを浮かべるアンジュの見たからか、欲望を体現化したコメント欄を見たから、本を手にしようとしたリゼに戌亥が声を掛ける。

 

 だが、間に合わない。

 

「……ぁ……ぁあ……!」

 

 一枚、また一枚とページを捲るたび、リゼが苦しみで悶え始める。

 進むごとに症状は悪化していき、とうとうリゼは耐えきれなくなった。

 

「ぁあああああああああぁぁああ‼」

 

 絶叫。

 この世の名状し難い悍ましい存在を本能が拒絶する悲鳴が木霊した。

 

 リゼが手にしたのは禁忌とされる書物。この世の理が生んだ歪みをインクに書き記した、宇宙の始まり”ビックバン”と同等の破壊力を持っていた。

 

 のちに呼ばれる特級呪物。その産声は生娘の声帯を媒介してこの世に解き放たれた。

 

「なんやこれ、うわぁ……」

 

「いぬぃぃ! ストレートすぎるんよぉお!」

 

 なんてことはなく、26歳の侘しい一人の女が書いた妄想小説だった。

 

「ダメだ、これを残してはいけない……世界が侵食されてしまうぅ」<ポン、ポン、ポン>

 

「り、リゼ? どうしてTNTを置いてるのかな? お気持ち表明にしては過激過ぎるんとちゃうかなぁって思うんやけど……」

 

「うぅぅ……私の心を汚してぇ……なにおぉ……!」

 

「そこまで酷くはないやろ!」

 

「酷いわぁあ!」

 

「やめ、やめるんやリゼ! そんなことをしても誰も救われない!」

 

「えぇい! 邪魔をするんじゃあない! お前の罪はただ一つぅ! その特級呪物を生み出したことだぁ!」

 

「分かったから! これは地中数百メートル深くに保管するから! 浄化されるまでまってぇ!」

 

「どこの核廃棄物だよそれぇ! 私が引導を渡してやるからそこをどくんだよぉお!」

 

「アッハハハハ! 二人とも楽しそうやな!」<カチ、シュー……>

 

「い、いぬぃ……?」

 

「と、とこちゃん……?」

 

「アハァー!」

 

 数秒後、二人の悲鳴と、一人の歓声がTNTの爆発音に掻き消された。

 

「……世界は、救われた」

 

「リゼそれ言うてる場合じゃないんよ! あそこの地下には私の実験体がいっぱいいるんよ!」

 

「ちょ、ちょっとアンジュなに勝手に変なところ作ってるの……てうわぁああ! モンスターが溢れ出てるー!」

 

「うわ、めっちゃ湧いてるやん。ンジュあんなに集めてどないするつもりだったん……」

 

「そ、そのぉ……未来の彼氏と上手くお話するための聞き手役? みたいなー……ほ、ほら、手を上手に繋ぐ方法とか色々……ね?」

 

「そんな話は後だよ! 二人とも武器持って! このままじゃさんばか城が魔王城になっちゃう!」

 

 見せるが早いか、リゼはダイヤで作られた専用武器ヘルエスタセイバーを手に溢れたゾンビに走り出す。

 

「私といぬぃの愛の巣やぞ! 返せぇえええ!」

 

「おりゃぁあああ!」

 

「いぬぃ? それ釣り竿、そんな子供の頃の虫取りじゃないんだから」

 

 そこから始まったのは三人と溢れかえったモブモンスター達との壮絶な縄張り争いだった。

 リスポーンを繰り返しながら、ときにゾンビの剛腕に吹き飛ばされ、スケルトンの弓矢に射貫かれ、クリーパーに爆散させられながらも、三人はようやく自分たちの城を取り戻すことができた。

 

 しかし争いは彼女達の心身を疲弊させた。

 上る太陽を茫然と眺めながらリゼが呟いた。

 

「私達……今日何する予定だったっけ……」

 

 ボロボロになった石の剣を手にしたまま、アンジュもどこか達観した表情を見せながら答える。

 

「なんやったっけ……でももっと煌びやかだった気がする……」

 

「ばりむしゃー」

 

 戌亥はジャガイモを焼いて食べていた。

 

 そうして、激動の配信を見終えた俺は……。

 

「これ……なんだ?」

 

 困惑していた。

 闇鍋が盛大に爆ぜたような光景に置いて行かれたのはきっと俺だけじゃない、なぜならこの惨状にコメント欄も困惑していたからだ。

 誰一人として、配信が開始されたときには想像もしなかった終焉を迎えて配信は終了した。

 

「……」

 

 携帯の画面を切り、ベッドに寝転んで布団を被る、低反発枕に支えられながら天井を見る。

 

「いや、本当になんだったんだ……」

 

 多分、言語化してはいけない気がした。

 

「配信おわったー!」

 

 バンッ! とノックの一つもなしに開け放たれたドア。

 戌亥がやり切った表情と共に部屋に入ってくる。

 

「……」

 

「今日の配信も面白かったでー」

 

 戌亥は当たり前のように俺が寝ているベッドに入ってくる。

 そして腕に抱き着いて鼻をスンスンと鳴らす。彼女にとって俺の匂いは一番のお気に入りらしく、落ち着く匂い? らしい。

 

 ……美味しそうとかじゃないよね?

 

「……」

 

「なあ奈田くん、今日の配信どうやった?」

 

 配信が終わると彼女はお決まりの質問をしてくる、俺がちゃんと見ていたかのチェックらしい。

 普段は色々言葉を組み合わせたりするのだが……。

 

「宇宙を……感じました……」

 

「宇宙……」

 

 それしか答えることができなかった。

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