にじさんじヤンデレ物語   作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員

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戌亥16

 

 

「バイト……増やしてぇ……」

 

 現在、我が犬カフェは大きな問題を抱えていた。

 

「まいど! おおきに!」

 

 視界の中では威勢の良い声と共に、フロアを忙しなく駆け巡る戌亥の姿が映っていた。

 

 彼女の地雷とも呼べる約束、それが果たされている限り俺の日常は順風満帆だ。

 とは言っても彼女と交わす約束は日々増えている、つい最近増えたのは二つだ。

 

 一つは管理する犬をオスは俺、メスは戌亥が担当と二つに分けたこと。

 そしてもう一つは、接客するお客も男性は俺、女性は戌亥が対応するというものだ。

 

 元々一人で仕事を回していたこと、そして最近は戌亥と二人で回していたこともありそこまで問題はないと思っていた。

 

 だが、現実はそう甘くはなかった。

 

「すみませーん!」

 

「すぐ向かいますー!」

 

「こっちもいいですかー?」

 

「はーい、少々お待ちくださーい」

 

 元々二人で回して余裕があったはずなのに、男女で分けた途端フロアの効率がかなり落ちたことだ。

 理由は単純、この店のお客はその大半が女性だということ。そして最近は戌亥自身の人気が出たことで、彼女が目当ての客が増えたこと。

 

 どちらも経営者としてはありがたいことだ。

 だが、現場では火の車状態で楽観的に見ても放置はできなかった。

 

 問題の解決策は単純、マンパワーを増やす。

 

「……それができたら苦労しねぇんだよなぁ」

 

 だが、バイトを増やすにしても大きすぎる問題がたった一つ存在していた。

 

 

 一日の営業が終了し、二人で夕飯を食べていたときに俺は相談することにした。

 

「戌亥、最近お客さんの数も増えてきただろ? 店としてはありがたいことだけど、フロアの回転率は正直言ってよくない」

 

「なんや藪から棒に、そない遠回しに言わんでもええやん」

 

「まあ、話を聞いてくれ。フロアが回らなくなると常連も新規も関係なく客足は遠のく、だから新しくバイトをやと――」

 

「ダメや」

 

 決して口調を荒げたわけでも、機械のように無機質な声でもなかった。

 いつも話すときと何ら変わらない口調で、戌亥が言い捨てた。

 

「で、でもそれじゃ戌亥が大変だろ……」

 

「そんなん関係あらへん。ここに私と奈田くん以外の人間を入れたくないんや。ここは私達だけの場所じゃないんか?」

 

「別に、そうと決まった訳じゃ……」

 

「私は嫌や、絶対に嫌。もしも勝手にバイト増やしてみぃよ、全員噛み殺したるからな」

 

 ここで初めて戌亥の言葉が重くなる。

 嘘を嫌う彼女が噛み殺すと言ったら本当にやる、今までの経験からこれほど断言できる理由はない。

 

 だが、それでは経営がままならなくなる。

 

「そこを、どうにかならないか? このままじゃ店もそうだけど戌亥にも負担を掛けてしまうだけだ」

 

「……ふん、私は別に疲れへんもん。ケルベロスやし」

 

「頼むよ。少しの時間、たとえばお客が多いピークの時間帯だけでも入ってもらうとか……」

 

「嫌やって言ってるやろ! なんべん言えば分かんねん! そんな私と二人が嫌なんか⁉」

 

 声を張り上げる戌亥。

 彼女の怒った姿は何度も見て来た、理不尽とも呼べるそれは数多く俺の心身に深く刻み込まれているから。

 

 だが、今の彼女は初めてだった。

 

「なんやねん! なにがアカンねん! 言うてや、怒ったんがアカンかったんか⁉ それとも腕を噛んだことか⁉ なぁ、答えろやぁ‼」

 

 子犬が痛みに叫び散らかすように、普段の落ち着いた声とは真逆の子供のような喚きは、俺の思考を十全に混乱させた。

 

「い、戌亥⁉ お、落ち着いてくれ! 話を聞いてくれ!」

 

「聞いてるやろが! 私が奈田くんの言葉を聞き逃すはずがないやん、ケルベロスの耳は奈田くんの鼓動だって聞こえんねんぞ!」

 

 う、嘘だろ……。

 いったいどこまで聞かれていたのか、血の気と共に心臓が大きく跳ねた。

 

「今、心臓の鼓動が早くなった。な? 私耳がいいんやで、だから奈田くんが何を言うたかずぅっと聞いてたんよ。今まで余すことなく……」

 

 亡霊のようにふらふらとした足取りで、戌亥がにじり寄ってくる。

 

「今も聞こえてるで、奈田くんの鼓動だけやない。肺の呼吸の音もちょっと荒くなったな、呼吸が乱れると冷静に思考できへんよ? ほら、大きく息を吸うて?」

 

 目の前まで来た彼女の手が俺の右胸、丁度肺のある場所に当てられる。

 

「大きく吸え言うてんねん……吸えよ」

 

 右胸に乗せられた手がゆっくりを押し込まれる、その力に押されるようにして一歩、また一歩と下がっていけばとうとう背中と壁がピタリと接してしまう。

 

 これ以上下がれない状況でも戌亥の手は構うことなく肺を圧迫する。

 

「す、吸うから手を、どけ、て……くれ!」

 

 肺に残った酸素でどうにか伝えれば、肺を圧迫していた手の力が緩む。

 足りなくなっていた酸素を急いで取り込もうと一気に吸い込む。

 

「吸うたら次はゆっくり吐くんやで」

 

 言われずとも、吸い込んだ酸素の代わりに不要な酸素をゆっくりと吐き出す。

 数回もそれを繰り返せばようやく呼吸が落ち着いた。

 

 だが、依然として壁際に追いやられたことには変わりない。

 身長で勝っていようと、力関係で言えば大人と子供だ。当然、俺が子供側。

 

「私な、ここで働くの結構好きなんやで? 奈田くんと一緒に働いて、一緒にご飯を食べて、一緒に寝て。そんな日がずぅっと続いたらって、思ってるんよ……」

 

 途中から俯いてしまった戌亥は、消え入りそうな声で続けた。

 

「私だけなんか? そう思ってるんは……。奈田くんはどう思うてるんよ」

 

「お、俺だってこの店は続けていきたい、できれば戌亥とも。だけど現状のままだったら困るのは俺達だけじゃない、お客も困るんだぞ」

 

「なら減らしたらええ! 前にナンパしてきた男に言うてたやん!」

 

 数ヶ月も前の出来事なのに、憶えているのか……。

 

「それは相手が他のお客の迷惑になるからだ、普通のお客にそんなこと言えるわけないだろ!」

 

「嫌や! 私はここが好きなんや! 奈田くんと二人っきりのここが好きなんや! 好きな奈田くんと二人じゃなきゃ意味ない!」

 

 そんな好き好き言われても、結局それ餌としてだろ……。

 だけどここまで聞き分けの悪い、というよりも約束以外で主張する戌亥は初めてだった。

 

 でも、理由が理由なだけに俺自身投げやりになっていた。

 

「なら、他にもお気に入りの人間連れてくればいいだけじゃないか。その人をバイトとして雇えば戌亥も納得だろ?」

 

 言葉にはしなかったが、相手がケルベロスでも俺はそこそこ仲良くやれていると思っていた。

 

 過剰な反応を見せる約束や躾なんて行為も、ケルベロスという種族の特徴なんだと納得して、理解してきたつもりだった。

 

 結局彼女にとって俺は美味しい餌でしかなかったんだ。そう思ったら途端にやるせなくなった。

 

「なにを、言うてんの? 私、奈田くんのこと好きやで? 餌じゃなくて、子供が作りたい好きなんやけど……」

 

「……え?」

 

 …………あれ?

もうそろ戌亥さん編は一旦区切りが付くので、次の書く人をアンケートしてみます(戌亥さんのは完結しても、後日談とかは思いつき次第書いていくつもりです)

  • アンジュさん
  • リゼさん
  • 社さん(BLじゃないよ!)
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