にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
とある神の切り取られた大事なアレから"アフロディーテ"が生まれたり
メデューサの血からペガサスが生まれたり
「情熱・愛情・美」の花言葉を持つ”赤い薔薇”ですが、最も美しいとされた神"アフロディーテ"の血が白色の薔薇を"赤い薔薇"に変えたとか
つまり、神話において血とは「生命の創造」や「変化」に紐付いているとも言えますね。
ギリシアの神々の血は「イコル」と呼ばれ、吸血鬼の血も同じく「イコル」と呼ばれていてるみたいです。
練習のためだとは言え、自分の店に客として入るのは不思議な気分だ。
「いらっしゃいませー!」
「い、いらっしゃいませぇ……」
アンジュの威勢の良い挨拶と、リゼさんのおっかなびっくりな挨拶が出迎えてくれた。
美形二人による来店の歓迎は想像していた以上の破壊力だった、知り合いで自分の店でなかったら常連になりたいくらいだ。
「二人です」
先に入っていたご機嫌斜めな戌亥の隣に立ち、普段のお客を装う。
それに対して率先的に前に出たのはやはりアンジュだった。
「二名様ですね、席にご案内しますのでこちらへどうぞ」
おぉ……アンジュが凄くまともだ。
普段よりもワントーン落とした口調は落ち着いた女性の印象を与える、中身を知らない人がこれを体験すれば女性と言えど照れてしまうのではないだろうか。
どうして普段はアレなのか、今のようにしていれば絶対にモテるだろうに。
「ご注文が決まりましたら伺いますので、ごゆっくりどうぞ」
席に案内し終え、微笑を浮かべて優雅に立ち去るアンジュ。
……ホストクラブかな?
最初のお客を席に誘導するところまでは完璧と言えた、次はオーダーの確認だ。
「すみませーん」
「は、はーい……」
頬をほんのり赤くしてリゼさんが応対する。
視線は定まらず眼球がバタフライしてるし、伝票を持つ手はせわしなく動いている。
本来はあまり褒められた態度ではないが、リゼさんがそれをするとこう……父性とも呼べる守ってあげたい感が凄い。
飴ちゃん上げたくなってきた。
「ブラックのアイスコーヒーを二つ、砂糖とミルクもお願いします」
「は、はい!」
「ジャガイモあるだけ持ってきてー!」
黙ってたと思ったら唐突に何を言い出すんだこのケルベロス。
娘が頑張っているのに茶々を入れるんじゃない。
「ジャ、ジャガイモですか⁉」
ほら見ろ、驚きすぎて一番大きな声が出ちゃってるじゃないか。
「そのオーダーは戌亥さん専用なんで、聞き流してください」
「戌亥専用なら頼んでもええやん!」
「今はただのお客様なので。それにジャガイモなら夕飯にでも出しますから、今は堪えてください」
「むぅ……」
「オーダーは以上です」
「は、はい! すぐにお持ちします!」
いそいそと伝票に書き込んだリゼさんは逃げるようにその場を離れていく。
「もうちょっと真面目にやってくださいよ」
「だって……奈田くんさっきから二人のことずっと見てるし……」
言いにくそう、というよりはただただ不満で仕方ない様子で話す戌亥。
「今は二人の練習を見ているんですから、見るのは当たり前ですよ」
現状において主役と呼べるのは俺達ではなく、カウンターの奥でせっせとコーヒーの準備をしている二人だ。
「……大丈夫ですか? さっきから様子が変ですよ」
「変じゃないもん……」
どこか様子のおかしい戌亥に気を配っていると、お盆にコーヒーを二つ乗せた状態でカウンターからリゼさんが出てくる。
「お、お待たせ……しま、したぁ……」
練習していたときとは違い、お盆を手に持つリゼさんは重心ごとブレブレになっていた。
一歩踏み出す度に体は上下に、お盆は平衡感覚をなくしカチャカチャと甲高い音を響かせていた。
「リ、リゼさん落ち着いて!」
思わず声を掛けてしまったのが良くなかった。
「ひゃいっ⁉」
極限状態で集中していたリゼさんは、突然聞こえた俺の声に悲鳴を上げてしまう。
そして手に持ったお盆を持っていた手が反動で滑り、乗せていたコーヒーカップが地面に落下していく。
ガチャーンッ! と耳を叩く音と共に二つのコーヒーカップが割れる。
「ご、ごめんなさい!」
悲鳴にも近い謝罪をしたリゼさんは、とっさに割れたコーヒーの破片を拾おうと手を伸ばす。
「ダメだ! 触るな!」
席を立ち、半ば怒鳴るように声を張り上げる。
リゼさんはその怒声に全身をビクリと震わせ、首だけを動かしてこちらを見た。
目を潤ませて、今にも大粒の涙が溢れそうになっていた。
「大きな声を出してごめん。だけど割れたガラスは切りやすいから触らないで」
怯えさせてしまったことに後悔するが、リゼさんが怪我をするよりはました。
落ち着かせるようにできる限り優しい声で言い聞かせる。
「ご、ごめんなさい。カ、カップが……」
「そんなことは気にしなくていいです、カップを割ることなんて普通なんですから。それよりも怪我はないですか?」
幸いにも注文したのがアイスコーヒーだから火傷とかの心配もない、ゆっくりとリゼさんをその場から下がらせる。
「戌亥さん、箒とチリトリを持ってきてください」
「了解」
「なんか大きな落としたけど……て、あちゃー……」
店の奥に消えた戌亥と変わるようにして、カウンター奥にいたアンジュが出てくる。
割れたカップと、近くで申し訳なさそうに佇むリゼさんを見たアンジュは、状況を察したように声を溢した。
「二人とも、もしもバイト中に同じようなことが起きた場合は、近くにいるお客様の怪我の確認。次に近づかないように声を掛けたら俺を呼んでください」
丁度良いからこれも説明に使ってしまおう、あばよコップ。お前の死は犠牲にしないから。
「そして、大きな破片は慎重に拾って、残りの細かい破片は箒で回収します。落ち着いて行動することを心がけてください」
「はい!」
「はい……」
「箒とチリトリ持ってきたで」
店の奥から戌亥が戻ってくる。
その間に大きめの破片は回収しておこうと、破片に手を伸ばす。
「――ッ!」
人差指を鋭い痛みが襲う。
痛みを感じた箇所を見ればやはりガラスで指が切れていた、最近見慣れた自分の血がプクリと楕円を形成していた。
二人に色々言っておいて何という体たらく、俺も少なからず動揺しているようで情けない限りだ。
「だ、大丈夫ですかっ⁉」
指を切ったことに気付いたリゼさんが慌てて声を出す。
「あ、あはは……。二人に偉そうに話したのにこのざまですよ、こういう感じで簡単に指を切ってしまうので注意してください。皮の厚い男の指でこれですから、二人だともっと切れやすいんですよ」
安心させようと笑って誤魔化そうとすれば、リゼさんは眉をひそめてさらに申し訳なさそうにしてしまう。
あぁ……失敗してしまった。
「戌亥さん度々申し訳ないんですけど、今度は救急箱を取ってきて貰えますか?」
「もう、しゃーないなあ……」
渋々とではあるが救急箱を取りに行ってくれる戌亥。
しかし困った、指を切ってしまった状態だと下手に破片も拾えない。
そうして誰一人動かず、声も出さない微妙な空気が流れてしまう。
「あ、ああ! そういえばよく傷は唾を付ければ治りが早くなるって言うよな?」
空気に耐えられなくなったのか、アンジュがわざとらしくしゃべり始める。
「アンジュ、それ半分迷信だよ。大きな傷は逆効果だってネットに書いてあったもん……」
「逆を言えば小さい傷なら効果あるってことやろ?」
「まあ……そうだけど……」
おお、アンジュ凄い。
凄い気まずかった空気が少し緩んだ。コミュ力の高いアンジュにしかできない芸当だ。
「なるほどな、じゃあ戌亥さんはまだ戻ってこなさそうだし、先に唾でも付けておこうかな」
この流れを切るわけにはいかない、それに指先の怪我は少しでも早く治って欲しいし、唾を付けるだけで一石二鳥だ。
「あ、ああ! ちょっと待って!」
早速指を口に入れようとしたところでアンジュが待ったを掛けてきた。
折角いい流れだったのにどうして止めるんだ、と思っていると散らばった破片に気をつけながらアンジュが近寄ってくる。
「な、なにもせぇへんで? おじちゃん嘘つかんから、ちょっとだけ、ちょーっとだけおじちゃんに傷を見せて貰えへんかな?」
怪しい、凄く怪しい。明らかに何かを企んでいるという顔だ……。
いや、まさかアンジュ……あるのか? さらにこの気まずい空気を変える一手が……!
……ふっ、仕方ない。ここは乗ってやろうじゃないか。
「変なことしないでくれよ?」
下手ながら俺もフリを入れてやろうじゃないか。そう思いながら指を切った右手をアンジュの前に持って行く。
だが、アンジュは何を思ったのか、突然俺の手を掴み。
「あんむっ」
怪我をしている指を咥えてしまう。
「なっ⁉」
「ア、アンジュッ⁉ 何してるの!」
驚愕する俺達をよそに、咥えられてしまった指をアンジュの舌が襲ってくる。
ざらりと熱を持った舌が指全体を這うように絡め取っていく。
「ちょ、ちょアンジュなにをやってるんだ! 早くぬけすっごい力っ⁉」
「んー! んー‼」
慌てて引き抜こうとするが、アンジュの両手がガッチリと掴んできて、女性とは思えない力で抵抗してくる。
最悪なのは指が彼女の口の中にあるということだ、下手に暴れれば彼女の口内を傷つけてしまうし、もっと大きな怪我につながってしまうかもしれない。
引き抜こうとする間もアンジュの舌は執拗に俺の指を舐めていく、大きなため息と共に抵抗を諦めるしかなかった。
「はあ、普通女性はこんなことしないだろ……」
「アンジュ……あんた……」
「んっふっふっふー!」
「咥えたまま声を出さないでくれ、擽ったいだろ」
なんとなくここで過剰に反応すると負けた気がするから不思議だ、普通に考えて女性はこんなことしないだろ。
男の妄想ならこの手のはあるけど、女性からすれば怪我した指を舐めるって、その男の血を舐めるってことだぞ。
「なあ、怪我した指舐めて嬉しいのか? 普通に汚いと思わない?」
「んーんー」
自分のしていることを正しく認識できていないのかと、聞いてみればなんてことはないと首を横に振るアンジュ。
なにが彼女をそうさせるのだろうか……。
しかも妙にいやらしく舐めていくから腹立つ。
「なー、指がふやけそうだから放してくれないか?」
「んー‼ んー‼」
不思議だ、んーしか言えてないのに「美女の唾液やぞ! もっと喜べよ!」と聞こえてしまう。
「奈田さん、アンジュがごめんなさい」
「いえ、リゼさんが謝ることじゃないですよ。はあ……」
「ん⁉ んんんん! んー!」
いや口開けて放してくれよ、よくも飽きずに舐めてられるよ。
「奈田くん。救急箱持ってきた、で……」
戌亥が救急箱を手に戻ってきた。
そして、俺とアンジュを見る。正確にはアンジュの口と咥えられた俺の指だ。
「なあ、奈田クン……その指って怪我したとこやろ?」
「あ、ああ……」
「と、とこちゃん?」
戌亥の纏う空気ががらりと変わる。
俺にとっては何度経験しても恐ろしい光景、そしてリゼさんやアンジュには初めて見る光景だったのだろう。
今度は空気が質量を持ったように重くなり、冷房を効かせていないのに体が震えて呼吸が浅くなる。
「……ぃ」
少し離れた位置にいる戌亥の声、しかし小さすぎる声を俺は聞き取ることができなかった。
「……血ぃ。私の、奈田クンの……血ィ、飲まれた……」
何度も経験? 違う。
今までに経験したことのないほどに、目の前の戌亥が恐ろしかった。
操り糸がいくつか切れてしまった人形の様に、戌亥がフラフラと統一性の皆無な足取りで近寄ってくる。
「ンジュ……誰の、血を……飲んだ……」
名前を呼ばれたアンジュは慌てて口から俺の指を解放する。
「ぷはぁ……い、戌亥?」
戌亥の様子に怯えながらもアンジュは声を掛ける。しかし、戌亥はそれに反応を見せない。
「答えろ、誰に断って……誰の血を、飲んだ……」
咄嗟、もしくは無意識。
俺は近づいてくる戌亥の進む前に立っていた。
「戌亥! 止めてくれ!」
「奈田……クン……?」
大きく見開かれた戌亥のオッドアイが、こちらを向く。
鈍い光を放ち、揺れることのない瞳から目を逸らさずに必死に喉を震わせた。
「何をするつもりだ!」
「決まってるやろ……奈田クンの血は、私だけの……ワタシ達だけのものや……」
「な、何を言っているんだ……アンジュに何をするつもりだ、友達じゃないのか⁉」
アンジュが何をしようとしているのか、今の戌亥を見れば誰でも察してしまうだろう。
それほどまでに、戌亥が放つ殺気は禍々しく濁っていた。
「奈田クンも嫌やろ? 私以外に、血ィ飲まれるの……安心して、ええで……私に任せぇや。ンジゅ……そこ、動くなよ?」
「ひっ……⁉」
ギョロリと向けられた戌亥の瞳に、アンジュが小さく悲鳴を上げる。
背にしているから見えないが、ガラスの擦れる音が聞こえた。
「と、とこ……ちゃん……?」
体を震わせながらもリゼさんが戌亥に呼び掛ける。
しかし、それは戌亥にとっての標的を増やすだけだった。
アンジュ同様ギョロリとオッドアイがリゼさんを射貫く。
「……ぃゼは、ないよな?」
「な、なん――」
「奈田クンの血ぃ……」
「の、飲んで、ない……。ね、ねえとこちゃん止めよ? 奈田さんの血がどうしたの……」
困惑するリゼさん。
チラリとこちらに視線を向けられるが、俺だって説明できるほどの確証も情報もない。
説明しようにも下手なことを言ってしまえば、何が戌亥の地雷になるのかも分からない。
静かに、俺から視線を外している戌亥にバレないように、ゆっくりと首を横に振るが――
「グッ⁉」
こちらを見ていないはずなのに、戌亥の右手が正確に俺の首を鷲掴みにする。
咄嗟のことにくぐもった声が出てしまい、リゼさんを見ていた戌亥の顔がこちらに向けられ、鼻先が接するほど近くに顔が接近する。
「仲……よさげやね?」
戌亥の吐いた息が、顔に拭き掛かる。
人の吐く息とは違う、甘ったるい匂いが香る。
「ガッ……い、いぬい……は、はなじを……ぎぃで、ぐれ……!」
喉の痛みに耐え、絞り出すように声を出す。
「……ええよ、聞ぃたる」
暫しの沈黙の後、首を絞めていた戌亥の手が緩む。
しかし、緩まって入れどその手はいつでも締め付けることができる状態だった。
「ど、どうして、血にそこまでこだわるんだ……」
「あぁ……そうやった、そうやったね……人間には、分からんことやったね……」
思い出すように、まるで今まで忘れていたかのように、一人納得する戌亥。
「ンジュ……」
「な、なに?」
「リゼと二人で、今すぐここから出て行ってくれへんか?」
急に百八十度変わった戌亥の言葉に、アンジュだけではなくリゼさん、そして俺も皆が一様に困惑した表情を浮かべた。