にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
「何見てんの」
彼女、戌亥とこに初めて出会った時の第一声はとても友好的とは言えなかった。
「見てるって言っても……その……」
「何? めんどいからさっさと言ぃや」
ピンと張った犬耳と特徴的なオッドアイに映った明らかな警戒、というよりは本当に面倒だと思われているのだろう。
彼女がどれだけ目を奪われるほどの美人だとしても、普段なら絶対に声を掛けたりなんてしなかった。
「怪我。すごいけど大丈夫ですか?」
だけど全身が擦り傷などでボロボロな彼女の容体は、傍目から見ても異常だった。
そんな状態の人に声を掛けないのは人でなし以外の何者でもないだろう。
「ん? あぁ、これ……。なんかこっちの世界に来るときコケたんよ」
「こ、コケた?」
「そ、コケた」
コケたって何かの比喩だろうか。
コケて満身創痍って、そんなスペランカーみたいな弱さの人間なんていないからきっと冗談。
しかし、そう語る彼女は至って真面目。全身ボロボロなのに、平然と言ってのけたのだ。
「救急車、呼びます?」
「ん……なんや、それ?」
「救急車を知らないんですか?」
識字率驚異のほぼ百パーを誇る日本で救急車を知らないとか、明らかに嘘だろ。
いや、でも彼女の容姿は日本人離れしている。もしかして外国の人なのかもしれない。アメリカだと救急車は有料だし、そもそも存在しない国から来たのであれば知らなくても当然だ。
「えぇっと、今聞くのは場違いだと思うんですけど。ご出身はどちらですか?」
でも日本語は通じている、それほどの知識があるのならばなおさら救急車を知ってないのはおかしいとは思いつつも、直接問い詰める勇気なんてないからできる限り遠回しに聞くしかできなかった。
「出身? あぁ、どこから来たってことか」
ボロボロな状態もそうだが、どうも彼女の言葉は表現があいまいというか、致命的なズレを感じる。
「地獄やで」
「ジゴク?」
「そや、地獄」
ZIGOKU? じごく? 日本をニッポンとか、アメリカを米国と呼んだりする感じか?
いや、こういう時こそ固定概念を捨て去って考えろ。彼女が地獄といったのなら、地獄なんだ。
「地獄って天国地獄の……地獄ですか?」
「だから何度もそうやって言ってるやろ、喧嘩売っとるん?」
「い、いえ。決してそんな……ただ、珍しかったといいますか。未知との遭遇過ぎたといいますか」
うん、地獄だわ。
そして彼女はあれだ、電波さんだ。
でも大丈夫、そういう人の扱いは否定しないところから始めることだ。
「まぁそうやろな、人間からすれば信じられへんもんなぁ」
「そうですね、自分も人間と呼ばれたことは初めてです。てそうじゃないですよ!」
「へ?」
「怪我! 救急車、は通じないんだった。えぇっとその、怪我を治療する場所に行かないと!」
衝撃のあまり忘れかけるが、目の前の彼女は誰が見てもボロボロ。
気になる点とか言いたいことは色々あるけど、なによりも病院に連れて行くのが先決だ。
「あぁー病院なぁ。でも私地獄から来たばっかりやし、身元の証明とかできるのなんもないで?」
「そっか、そうですよね。地獄から来ましたもんね……」
「そや、だから救急車呼ばれてもドクター驚くで?」
それは困った、俺も救急車呼んでなんて説明したらいいんだ。
この人地獄から来たんです! なんて言ったら俺も仲良く搬送されてしまいそうだ。
いや、それよりも今彼女はなんて言った? 聞き捨てならないセリフだったぞ。
「きゅ、救急車って知らないんじゃ? 今の口ぶり、絶対に知ってますよね?」
「ぁぁ……」
はい、ダウトー。絶対知ってたやつじゃん。
この人、全身傷だらけの状態なのに余裕あるな。
「あはぁー」
数秒の間を経て、ようやく口を開いた彼女の言葉はまったくもって答えになっていなかった。
しかも、当の本人はどこか満足げなのが解せない。ムフーというオノマトペが聞こえてきそうだぞこれ。
「え、今のでごまかしたんですか?」
「だってなぁ、お医者さんに見せてもどうにもならんで?」
「消毒から診察、治療までつつがなく進みそうですけど……」
いくら電波さんだからと言って、この傷を放っておけるわけがない。むしろついでに頭に特殊な受信機が刺さってないかもチェックしてもらって欲しい。
だが、そんな心配も彼女の次の言葉によって、またもや優先順位が覆ってしまう。
「私、ケルベロスやもん。人間の医療なんて意味ないんよなぁ」
当然のように、さも当たり前のように人外宣言する彼女。俺は開いた口がふさがらなかった。
「人間でも分るよな? ケルベロス」
「ケル、ベロス……」
ある日、道端で超絶美人さんがボロボロの状態でいた。
しかもその人は人間ではなく、地獄から来たケルベロスだから傷は問題ないと言い張っている。
……なにこれ?
「あれ、有名なんかと思ってたんやけど。違うんかなぁ?」
「地獄の番犬ですか?」
「なんや知ってるんか、それならさっさと答えなアカンよ」
注意された……。世間話をしているのかと錯覚するほどにあっけらかんとした会話だ。
「えっと、じゃあ傷はどうするんですか?」
「ん? こんなんひゅっと治るで」
そう言うと、彼女の言った通りに全身の傷が逆再生のように消えていく。
あまりに唐突で非現実的な光景を目の当たりにした俺は一つの結論に帰着した。
……これ、夢だわ。
どこか遠くでダイスを振る音とデデーン的なあまり愉快ではない音が聞こえてきた。
「な?」
な? じゃねぇよ。
「は、はは。さすがケルベロスさんですね、凄いです」
「せやろ」
自慢げに微笑む彼女、つかそれができるならさっさと治せばよかったじゃん、心配し損だったな。
「いやぁ、それにしてもケルベロスさんってこんなにも美人さんだったんですねー」
夢の俺は美人に飢えすぎなのではなかろうか、犬カフェを経営してるからって犬にそっちを求めるとかやばいな。
それにしても、夢ならこんなセリフが簡単に出せるけど現実じゃ出せないんだよな。
夢なら、このまま彼女は俺が不意に放った賛美に顔を赤くするんだろうなぁ……。
少し照れながらどこか嬉しそうに微笑んで……。いや、ここはツンデレもありだな。
「……」
「……」
少し期待して待ってみるが、目の前の美人さんは目を皿にしてこちらを見てくるのみで、待ち望んでいる反応は一切見せてくれなかった。
「……」
「……あ、あのぉ」
「ん、あ、急に褒めてきてキモイなコイツなんて思ってへんよ?」
俺の夢、結構辛辣。
「す、すみません」
「全然えぇんよ! うん! 次から言葉に気を付けてくれれば、噛み殺したりせぇへんから」
噛み殺すって言った。地獄の番犬が噛み殺すって……あぁでもいい笑顔。
「今後気を付けます」
「ま、もう会うこともないやろうけどな」
「そうですね、はい」
所詮夢ですし、こんな超絶美人が現実にいるわけないし。
はぁ……泣きたくなってきた。早く夢から覚めないかな……。
「あと、女性の胸とか見てくるのも止めたほうがええで? 正直な、そういうのって分かりやすいし毛が逆立っちゃうんよなぁ。どう思う?」
「……はい、その通りです。本当にすみませんでした」
「ほーんと、あんさんのはまだ気持ち悪い感じじゃなかったから、今回は許してあげるんやけどなぁ。覚えておきぃ? その細い首ぐらい瞬きする間に狩れるんやからな?」
「…………はい、生まれてきてすみません」
早く夢から覚めないかな。
精神的ダメージが許容量を超えたのか、そこからの記憶はなく気が付いたら自室のベッドで目覚めた。
そして鮮明に思い出してしまう、黒歴史確定の悪夢。
「はぁ、いい夢はすぐ忘れちゃうのに。悪夢はめちゃくちゃ鮮明なのは呪いなんだろうか……」
あの悪夢を忘れることはないだろうな、そう思いながら触った枕はものすごい濡れていた。
……違うから、これ頭皮から汗が多量に分泌されただけだから。泣いてなんかないから。