にじさんじヤンデレ物語   作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員

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戌亥19

「出て行ってくれへんか?」

 

 予想だにしない戌亥の提案に、彼女を除いた全員が提案の意図にたどり着けないでいた。

 

「とこちゃん、それってどういう意味なの……?」

 

「簡単よ、これから私と奈田くんはとても大事な用があるんや。だから、ごめんやけど二人には帰って欲しいってことよ」

 

「奈田君、それって本当なんか?」

 

 アンジュが理解できないという表情でこちらを見るが、勘弁してくれ。

 俺にだって戌亥の言葉の意味は理解できていないんだ、用事なんてあったらアンジュ達を呼ぶはずがない。

 

 でも……。

 

「……そうだ。うっかり忘れていた。わざわざ来てもらったのに申し訳ないが、今日は解散ということにしよう」

 

 戌亥の標的が彼女達から離れるのなら乗るしかない。

 

「あはぁ……流石奈田クン、分かってくれるんやねぇ……」

 

「奈田さん……」

 

「リゼさん、バイトの話はまた今度させてください。だから今日は帰ってください」

 

 頼む、帰ってくれ。

 

 さっきの戌亥を見ていれば分かるだろ、今の彼女はまともじゃないんだ……!

 離れる機会を逃せば、今度こそ確実に戌亥の殺意は本物になってしまう。

 

「帰って、ください」

 

 もう一度、二人に懇願するように言う。

 

「……分かりました」

 

 帰って来たのは了承だった。

 覚悟を決めた表情をしたリゼさんの瞳が、俺に向けられる。

 

「リ、リゼッ⁉」

 

「ほら、アンジュ行くよ」

 

 リゼさんの選択に驚いたアンジュだが、戌亥の殺気に当てられ腰を抜かしていたらしく、抵抗すらできずリゼさんに引きずられていく。

 

「リゼッ! ま、まって! 奈田君が心配じゃないんか⁉」

 

「……」

 

 喚くアンジュの言葉を黙殺し、リゼさんは凛とした足取りで店を出て行った。

 

「ようやっと、二人きりになれたなぁ?」

 

 上気した表情を隠すこともせず、戌亥の両手が俺の頬を優しく掴む。

 

 だが、触れられれば分かる。そんな優しい思いの篭った手ではない、獲物を品定めして状態を確かめるような手だ。

 体が動かない、見えない鎖が彼女の手を通して巻き付いているからだ。

 

「それで……用事ってなんだ」

 

「……なんや、気付いてくれてへんかったんか。私寂しいわぁ」

 

「血のことで怒ってるなら俺に怒ればいいだろ、だからアン――」

 

「黙れ」

 

「――ッ⁉」

 

 言葉を遮ったのは先ほどまでの嬉しそうな声色ではない。

 機械のように無機質で、その奥にどす黒い憎悪が潜められた、暗い声だった。

 

 鋭く細められたオッドアイが睨みつけてくる。

 

「ここにいるのは誰や、私やろ? どうして私以外の名前が出てくるんや?」

 

「そ、それは……」

 

「次、私の前で他の名前呼んでみろ。そいつの首、目の前に持ってきてやるからな」

 

 有言実行。それがたとえ友人であろうと即座に実行する、戌亥の声は確かにそう語っていた。

 

「わ、分かった。すまない」

 

「フフッ、分かればええんよ! 奈田クンはいい子やって、ちゃぁんと知ってるんやから!」

 

 即座に反転して笑顔を見せる戌亥、その様子はどこまでも異質だった。

 

「私凄いやろ? 偉いやろ?」

 

「あ、ああ……」

 

 芸を見せた後の愛犬が見せる期待の眼差し。

 褒めろ。褒美を寄こせ。なぜならそれに準じる働きをしたのだから。

 

 取るべき選択は至極単純、でも……手が動かなかった。

 

「どないしたん? ほら、撫でてぇ……。なんや、撫でてくれへんの? じゃあ何をしたら撫でてくれるんや?」

 

 両方の頬に添えらていた戌亥の手がゆっくりと這い始める。

 

「なぁ、教えてくれんと分からんで? なにをして欲しいのか、それをしたら褒めてくれるんやろ?」

 

 頬から顎、首、胸、蛇のようにゆっくりと、確実に締め上げていくように戌亥の手が這っていく。

 

 ぞわぞわと鳥肌が立つ。

 

「あ、こんなところに奈田クンの手があるやん! フフッ、この手をこうしてな、こうすれば……」

 

 わざとらしく声を上げた戌亥は、俺の手を取って自分の頭に乗せる。

 抵抗を見せない脱力しきった俺の手を操作して、ようやく戌亥の頭を撫でる。

 

「じゃーん! こうすれば幾らでも撫でてもらえるで! 天才や! 私ってすごいやろ? なぁ、なあ、なあ!」

 

 狂気。戌亥を駆り立てるそれを安直に言い表すならこの言葉だろう。

 しかし、彼女の中で渦巻いているのは一言で表せるような、簡単な物ではない。

 

 あれほど待望したはずなのに、戌亥は表情に影を落とす。

 頭を撫でていた俺の手移動させ、今度は自身の頬に掌を当てる。

 

「なんで……撫でてくれないんや? 私、奈田クンに酷いことまだしてないやんな? 痛いこと、してないやん……」

 

 匂いを付けるためか、心中の寂しさを少しでも誤魔化すためか、俺の掌に戌亥は頬を擦り付ける。

 

「あ、そうやった!」

 

 何かを思い出したように、戌亥は暗い表情から驚きの表情に変わる。

 

「奈田クンを縛ったままやった! ごめんな! それじゃあ撫でられへんよな!」

 

 まるで全身の拘束する糸が切れたかのように体の自由が利くようになった。

 

 全身の力が抜けたみたいに、思わず床に座り込んでしまった。

 

 自由落下をする体に上手く力が入らなかったが、咄嗟に戌亥が体を支えてくれてゆっくりと床に座り込んだ。

 

「はい! じゃあ今度はちゃぁーんと撫でてな?」

 

 期待値マックスな笑顔で強請ってくる戌亥。

 

「わ、分かったよ」

 

 動く体でどうにか答えるが、右手は絶賛戌亥に拘束されて頬擦りされ中だ。

 代わりに左腕を彼女の頭上に持っていく。

 

 そして、ゆっくりとサラサラとした触り心地のする頭を撫でてやれば、戌亥は嬉しそうに耳をピクピクと動かす。

 

「はあぁ……やっぱこれやわぁ……。撫でさせるのと撫でてもらうのって、こんなにも違うもんなんやな。新しい発見や!」

 

 それから戌亥が満足するまで、俺は彼女の頭を撫で続ける。

 

「うん、満足~」

 

 いつの間にか体制は変わり、床に胡坐をかいた俺の足を占領する戌亥が、体重ごと体をこちらに預けながら何度も頷く。

 

「それじゃ、奈田クンいこか」

 

 戌亥の表情は普段見るものに限りなく近づいていた。

 だからこそ、俺は勘違いをしていた、彼女の狂気は終わっているのだと。

 

「行くって、何処に……」

 

「私の部屋」

 

「どうしてだ?」

 

 素直に聞き返せば、戌亥は呆れたように肩をすくめる。

 

「子供を作るためや」

 

「こ、子供……⁉」

 

 俺の胡坐の上に座って背中を見せていた戌亥がモゾモゾと動き、こちらを正面に向きなおす。

 彼女の表情を見たとき、まだ何も終わっていないことに気づく。

 

「血ってな、人間はただの体液やと思っとるやろ? でもな、神は違うんよ」

 

 戌亥が前かがみになり、俺の首元に抱き着いてくる。

 耳元で囁くように、熱の籠った彼女の声が反復する。

 

「神はな、髪の毛一本に至るまで肉体には全て意味を持つんや。その中でも血は特別……あ、頭はもう少し撫でて欲しいなぁ」

 

 先ほどと状況は近いが戌亥の頭を撫でることはできている。

 だが動いてはいけない、今の彼女がそれを許すはずがないんだ。

 

 ザラリ。

 

 耳に感じた確かな不快感、水が小さく跳ねるような音に体が思わず反応する。

 

「あ、ビクッてなったで? フフッ、かわええやん、な。もっと見せてや……」

 

 俺の反応を気に入った戌亥は、ゆっくりとした動きで耳を濡らしていく。

 時折唇で挟まれているのか、少しばかりの圧迫感と彼女の吐く息がこそばゆく、そのたびに体が小さく跳ねてしまう。

 

 そうすれば戌亥はさらに嬉しそうな声を出し、執拗に耳を責め立てた。

 

「神の涙は海を作る、肉片は大地を、そして血は子を産み落とす」

 

「血が……子供?」

 

「私がアンジュに怒った理由が分かったやろ? 自分の男の血を自分以外が飲んだ姿を見せられた、私の気持ち……奈田クンなら分かってくれるやろ?」

 

 後半は弱弱しく、戌亥が俺の体に温もりを求めるようにしなだれかかる。

 彼女が耳元から離れる際、本来では感知できないほどの風の流れが生まれ、ひんやりと濡れた耳に当たるのが分かった。

 

 耳を胸元にあて、聞こえているはずの心音を確かめるように押し付けてくる。

 

「アンジュが憎く見えてしまったんや、あの体を裂いて、奈田クンの血を取り除かないといけないんやって……。ンジュは友達やのに……」

 

 沈み込む声には後悔の色がにじみ出ていた。

 

 戌亥が見た光景は、どれほど彼女に衝撃を与えたのだろう。

 人間とは違う価値観、今まで何度も見てきたそれ。今回は、人間に例えるなら許されざる行為の一つなのかもしれない。

 

「でも、人間は違うんやもんな。血ぐらいでそう騒ぐほどでもないんやろ? ちゃんと理解してるで……。私……偉いやろ?」

 

 消え入りそうな笑顔、初めて見る弱々しい笑顔を戌亥が浮かべた。

 

 理解されない、自分だけが持っている神の倫理観。

 言葉では伝えられても心では理解されにくい感性は、きっと多くの不安と焦燥を彼女に与えていたのかもしれない。

 

「戌亥……ごめん、俺――」

 

「でも、もう無理。我慢ができそうにないんや……頭の中が真っ赤になってな、奈田クンの血を飲んだンジュを殺して、奈田クンをグチャグチャに犯してな、貪りたくなる……」

 

 先ほどまでの弱々しい笑顔は消え、禍々しい光を放つオッドアイが不気味なまでに俺を射貫く。

 

 戌亥の手が再び俺の両頬を包む、違うのは彼女の手が異常なまでに熱かった。

 

「ンジュは大切な友達、傷なんて付けたくない。でも、奈田クンを取られるのが我慢できへん。取られるくらいやったら、奈田クン以外の人間全部殺す。そうすれば私だけやろ?」

 

「俺とアンジュはそんな仲じゃない、戌亥を介した……友達だ」

 

「分かってんで? ンジュの好きだって奈田クンの子を孕みたくなる好きとは別やってぐらい……。でもいつかそうなるかもしれへん」

 

「無いです」

 

「フフッ、断言するんやね」

 

 アンジュの場合なんというか面白ければいいというか、本気で好きになったら今の距離感ですら顔を赤らめてしまいそうな光景が思い浮かぶ。

 

 そう考えれば今のアンジュがたとえ俺を好きといっても、それは友達としての意味でしかない。

 

「でもな、そんなの関係ないんや。可能性が少しでもあるなら、私は耐えられへんの。奈田クンなら分かってくれるやろ? ただ寂しいだけなんや、慰めてくれや……」

 

 まただ、彼女はなんども理解を求めてくる。

 口では種の違いを理解していると言っているのに……。

 

 落ち込む戌亥とは対照的に、頬に触れる手の熱が急激に強まる。

 

「あっつ⁉ やめてくれ!」

 

 その熱量はすぐに許容を超え、たまらず彼女の手を乱暴に振り払ってしまった。

 

 パシッと手を弾く乾いた音が、すがすがしいまでに反響した。

 

 弾かれた自身の手を見つめる戌亥。

 直後、最大の過ちを犯してしまったことに気づくが全てが遅かった。

 

「……なんでや? なんでなん……奈田クン…………」

 

 困惑した戌亥の声は次第に聞き取れないほど小さくなり、ブツブツと呟きながら俯いてしまう。

 

「い、戌亥……? ごめん、手があ、熱くて……思わず……」

 

 その言葉に反応したのか、顔を持ち上げる戌亥。

 しかし、その瞳に映っていたのは果てしない闇だった。

 

「……はぁ、やっぱり最初からこうするしかなかったんやな」

 

 弱弱しくもなく、感情的でもなく、ただひたすらに平坦な声。

 まるで間違った問題の解答を見て、やっぱりかと納得しているような、淡々としたものだった。

 

 色を失ったオッドアイが俺の頭から腰までを舐めまわすように凝視する。

 そして……。

 

「犯す」

 

 その一言と共に、戌亥の手が俺の服を引きちぎった。

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