にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
リゼ様が10歳を迎えられた。
この素晴らしき事実にヘルエスタ王国は国を挙げてのお祭り騒ぎとなった。
テレビやネットの動画配信サイトではリゼ様の10年を振り返る番組が放送され、国民はそれを肴に酒を飲み国の繁栄を謳った。
そんな騒がしくも心温まる光景を国内に映してから早二ヶ月。7月の熱さを強く感じるとある日、リゼ様は海に来ていた。
「ひゃー! 冷たい! あ、ちょっとアンジュ! 水を飛ばしてこないでよ!」
「へっへー! おらおら! いやだったら抵抗してみやがれってんだ!」
「わ、私がやれないとでも⁉ へ、へへ。いいだろう! ヘルエスタ家に伝わる秘伝! 水鉄砲を喰らうがいい! いけ! ナナシダ!」
「お任せください」
「うわっ⁉ ちょ、それはんそぐぶぶぶぶぶ!」
「わっはっはっは! 家臣の力は私の力! これが権力というものよ!」
すくすくとご成長しているお体で盛大に笑うリゼ様。
今日はご家族全員での海、貸し切りとなっている海には見知った人物以外はいない。
この場にいるのは国王、王妃、ご子息ご息女、俺を含めた影付き、そしてなぜかいる赤毛の錬金術師。
本来はアンジュが来るということもなかったのだが、遊びに来た際にポロっとリゼ様が海の話をしてしまったのだ。
「ズルい! 私も行く!」
二十歳にもなって地団太、そして床に大の字で寝転んでの講義。
まんま子供の抵抗を見せた後「出会いがないの! せめて夏を感じさせて!」と言われてしまえば、お優しいリゼ様は断ることもできずに承諾してしまったのだ。
「へ、へへ。これを機に王子を狙ってやるぜぇ……」
部屋から出て行くアンジュの呟きさえなければ、本当に海を楽しみに来たのだと思えたんだけどな。
しかも、その話をご子息の影付き達が知ってしまったのだ。
海で楽しく遊んでいる俺達に注がれる視線に、ドロッドロの殺意が混じっているのはそれが理由だ。
……哀れよのアンジュ。アイツ等は俺同様ガチ勢、今後アンジュからご子息に近づくということはできなくなったはずだ。
「なんだいナナシダ君、私のことをじっと見つめて……。ま、まさか私の水着姿に……」
「はぁ……」
「ねぇ、ため息だけは本当に止めない? そこそこあった自信が粉々になっちゃうしさ、普通に刺さるんだわ」
「ナ、ナナシダはアンジュになんか興味ないもん!」
あらぬ誤解をするアンジュに猛抗議するリゼ様。
ぉお……! リゼ様が俺を庇ってくださっているぅ!
「わ、私の、その……み、水着でしょ?」
ho……。真夏の太陽を反射する海に照らされ、クリームを塗っても赤らみを見せるお顔でモジモジとするリゼ様。
ですがリゼ様、そのようなお言葉をこういった人前でとなると少々困ります。
見てください、ビーチにおられる国王から向けられる殺気。
影付きのように特殊な訓練を受けていないはずですが、アンジュに向けられるのと負けないくらいドストレートな敵意が向けられてるんですけど。
リゼ様が10歳になられたということは、俺も年を重ねて15歳になったということだ。
15と10、この数字が持つ差は確かなものだ。
下世話な話、精通をするのかどうかだ。
特殊な訓練のせいで遅かったが、それでもこの体は立派に男として成長している。
つまり、国王陛下にとって小さな蟻だと思っていたやつが、今では害獣のように映っているのだろう。
「リゼ様はどのような装いでもお美しいです。ですが少々離れ過ぎましたのでパラソルまで一度お戻りになられてはいかがでしょうか。海での活動は自覚以上に疲労が溜まりますから、適度な休憩が必要です」
「むぅ……そうやって誤魔化すぅ」
「ナナシダ君もなれたもんだね~」
長い歳月を経てリゼ様との関係は確かなものになっている。と、俺は思っている。
だからだろう、リゼ様から向けられる好意がエスカレートしている気がするのだ。
この間の雷雨の激しかった夜とかも、雷が怖いと言って添い寝を所望された。
最初はどうにか断っていたのだが、比類なき知性を持つリゼ様の手練手管は俺の硬い意思を壊すのではなく、すり抜けていった。
「ナ、ナナシダが一緒に寝てくれないと私、泣いちゃう……」
断るとか、断らないとか、不敬だ不忠だとそんな小さなことで悩んでいたのか。
長年に渡り耐え続けて、自らが作った覆しがたき固定概念すらその時は些末なものと成り果てた。
「ナナシダー?」
「ハイ、ナンデゴザイマショウカ」
「どうして片言? 折角一緒に寝てくれたのにー!」
「イエイエ、イツモドウリデゴザイマス」
俺頑張った、超頑張った。
抱きしめて頭を撫で繰り回したくなる衝動を必死にこらえたさ。
……その分リゼ様の不機嫌オーラがモクモクと立ち込めたけど。
「ま、今日はこれぐらいでいいやー。一緒に寝てくれるだけでも嬉しいしー!」
不動の俺に抱き着いてきたリゼ様の純粋なお顔を見れば、不純な気持ちはどこへやら吹き飛んでいったさ。
「……リゼ様、ナナシダはいつでもお傍におります。ご安心ください」
同時に、不安を隠しきれない瞳の揺れを前に少しでもその靄を取り払いたくなった。
「……知ってる」
理由は分からないが、求められていることは理解できているつもりだ。
自分の言葉でリゼ様が少しでも信頼してもらえているのは、俺がリゼ様に対して嘘を言わないからだ。
だから俺は嘘はつかない。
「ナナシダ―? おーい?」
「あら? ナナシダ君は美少女二人を前に別のことを考えるんだねぇ……」
思考が明後日の方向に飛んでしまっていたらしく、二人の声に首を振る。
今日はリゼ様がご家族で夏の遊びをしたいと申されたのが始まりだ、リゼ様のご希望に答えるため俺も色々動き回った。
それなのに俺がこの空気を壊しては本末転倒というものだ。
「いえ、少々日の照りも強くなってきたなと思いまして」
「確かにー、ちょーっと肌がピリピリするよねー」
アンジュの言葉にリゼ様も頷く。
これ幸いと俺達は広い砂浜にぽつりと設置されたビーチパラソルまで戻ることにした。
「ずいぶんとリゼは楽しんでいるようだな」
ビーチパラソルの日陰に用意されたシートにいた国王が話しかけてくる。
愛娘が楽しみにしていた海だ、流石の国王も今日ばかりは海パン姿でとても政務ばかりとは思えない、屈強な体を見せびらかしていた。
「そのようです、お忙しい国王を始め。ご家族と一緒の時をお楽しみになれているのでしょう」
「ふん、お主もそれに含まれているようだがな」
「……身に余る光栄です」
「よい。今日のためにお主も色々動いていたそうじゃからな。影付きとして誇るがよい」
「御意」
臣下の礼を取る俺を国王は一瞥すると、直後には浜辺で遊ぶリゼ様達に目をやる。
「あの子の無邪気に笑う顔が見れた、今日の成果としては申し分ない」
「写真等で拝見されているのでは?」
それぞれご子息ご息女の日々の生活の報告、影付きの業務の一つだ。
だが、国王はそれを鼻息一つで吹き飛ばす。
「分かるまい。分かればリゼも苦労せなんだ」
言葉の意味をくみ取れず、俺は黙って礼をするに努めた。
「それよりだ、報告せよ」
「よろしいのですか?」
今日は政務から離れ、国王に許された数少ない家族の時間。
仕事の、しかも報告なら今日でなくてもいいはずだ。緊急性の高い物はすぐに報告が入るようになっているのだから、わざわざ俺から聞く必要も無いはず。
「お主が儂に意見するのか?」
「過ぎた言葉でした、申し訳ございません」
「報告せよ」
リゼ様達を見つめる瞳を覗き、それ以外の全てが王の姿を見せる国王に俺は深く頭を下げた。
家族を守るためなら、私情すら殺すの御方にこれ以外の敬服の表現が思いつかなかったのだ。
「報告します。リゼ様の中学校入学に関する情報がどこからか漏れているようです」
リゼ様は10歳を迎えられた。
ヘルエスタ王家では、小学校までの勉学を教師を招いての個人授業で履修する。
そして12歳を迎えた後、日本かヘルエスタ王国の中学校へと入学する。
前世の日本と違う理由は王族の教示を幼い頃から教え込むため、そして中学以降は社会を学ぶためだとか。
「耳の早い連中が多いことだ、警戒を怠るな」
だからこそだろう、国に匿われる秘宝が正式に公の下に降りてくるこのタイミングを前に、有象無象が手ぐすねを引き始めている。
国に取り入ろうと、少しでも権力を得ようと、庇護を得ようと。
これはヘルエスタ王家の試練でもあり、実践を踏まえた教育でもあった。
「ハッ!」
だからと言って秘宝に傷を付けるなんてするわけがない、そのための俺達だ。
「高校だ、高校を卒業さえすれば何処へなりと羽ばたけばよい」
次期国王は決まっている。
王族として生きるもよし、平民として自らの足で歩むのもよし、世界を見るのだと飛ぶのもよし。
そのための試練。
「皆まで言うつもりはない、虫が寄るなら好きにせい」
「逃がしはしません」
「リゼに悟られるな、あの子の鋭さは年々輝きを増しておるからな。影を知るには早すぎる」
嬉しそうに語るのは親としてか、それとも国王としてか……前者だろうけど。
影付きとしてはたまったものではないが、それでこそリゼ様という思いもある。
問題はない。
要は気づかれなければいい、悟られる前に終えてしまえばいいだけだ。
「リゼ様が輝かれるのは必定。なればこそ、この日のために私の刃は研がれてきました。羽音すら立たせぬことをお約束します」
「言葉は要らん、結果を示せ」
「御意」
全てはリゼ様の輝かしい未来のために。
この手でいくらでも血を流す。
☆
リゼとアンジュは暫しの休憩を取ったが、流石に疲れがまだ残っていたこともあり砂浜で遊んでいた。
「リゼ、今日はよかったね」
波の満ち引きに吸い込まれる不思議な感覚に首を傾げていると、アンジュが唐突に話題を変えた。
「うん、海って楽しいね!」
「ナナシダ君も色々頑張ってくれてたみたいだし」
今日の日のために、ナナシダは文字通り奔走した。
関係各所とのスケジューリングから始まり、当日に隙間を開けるために他の仕事も請け負って少しでも余剰を作るようにしていた。
それを見ていたアンジュだからこそ当然のように話題に出せた。
「ナナシダってね、凄いんだ!」
もしろん、主であるリゼこそナナシダの活躍を一番に知っていた。
「いつもあーでもないこーでもないって言うんだけど、私が本当にお願いしたときは絶対に叶えてくれるの!」
一種の確信。
人間が呼吸を無意識に行えるように、ナナシダという存在にリゼは無意識下での確信を持っていた。
「ナナシダはね! 私のためなら真剣になってくれるの! 怒ってくれるし、助けてくれる!」
「ははっ、確かに王族を咎めるんなんてそうそうできないよね。自害し掛けたって聞いたときは私も驚いたぐらいだし」
「や、止めてよぉ……結構トラウマ物なんだから……」
上辺だけではない、確固たる信念によってリゼのために時には自身の命すら差し出すのだ。
一度や二度ではない、数年という長い時を変わらずに。
リゼがナナシダへ向ける絶対の信頼は、朝日が昇るのと同等と言えるほどにはリゼの価値観と姿を変えていた。
子が親の愛情を疑わないように、リゼはナナシダが自身に向ける忠誠を疑わない。
自分が危険に晒されれば誰よりも早く駆け付け、誰よりも迅速に助けてくれる。
自分が過ちを犯せば自身の命を対価に諫めてくれる、過ちを犯した愚かな自分のためにだ。
例外はない。
「いいなー、私もナナシダ君みたいなお傍付き欲しい! 顔だって特別イケメンじゃないけど、普通ってある意味王道だしさ」
「ナナシダはカッコいいの! 私が木から落ちたときなんか――」
「はーいはい、その話は少なくても百回以上は聞いたよ。私の耳見てな、タコができてるから」
茶化すようにアンジュが耳を見せる。
しかしその顔には確かにウンザリとした影が見え隠れてしていた。
「ナナシダは私の王子様なの!」
「いやお姫様がなにいうとんねん、頭大丈夫? ナナシダ君ってもとは孤児でしょ、能力があっても現実問題として王子さまは無理があるね」
「……じゃあ、何ならナナシダにピッタリか教えてよー!」
リゼとて王族、王族としての教育は受けている。
だからこそアンジュの言葉を安易に否定できない、否定すればナナシダがまた命を対価に諫めようとするから。
「うーん……ナナシダ君って何が来ても守ってくれそうじゃん? しかも音もなく、だから騎士とか影の騎士とかどう?」
図らずともアンジュが持ったナナシダのイメージは、彼の裏の顔を言い当てていた。
「騎士……」
「私的には結構いい線いってると思うんだけどな」
騎士。その言葉はリゼの中ですっぽりと納まってしまう。
何者からも自分を守り、傍に立ち、揺らがない忠誠を誓い、自分のために身を捧げてくれる。
自分だけの騎士。
「それだ! さすがアンジュ、凄い!」
「そ、そうかな……えっへっへっへ」
「早速ナナシダに教えなくっちゃ!」
嬉しいことはナナシダと共有したい、純粋な想いからリゼが遠くにいる自分の騎士を呼ぼうとした時だった。
「わっはっはっは! こんなところで遊んでないでもっと向こうで遊ぼうぜ!」
「そうだそうだ! 海なんだから泳ぐのが正しい遊び方ってね!」
現れた二人の男の声。
ヘルエスタ王国の第一皇子、そして第二王子だった。
「キャッ⁉」
「リ、リゼッ⁉」
第一皇子がリゼを抱きかかえて海へと走っていく、突然攫われたリゼが小さな悲鳴を残す。
そして残った第二王子がアンジュに向き直り。
「あの、アンジュさんもどうですか?」
「え、あ、いえ……ちょっと……急すぎるといいますか……」
話したこともない間柄にある微妙な距離感を保った交渉が始まる。
「ちょ、お兄ちゃん! やめ、やめてって!」
「よいではないかー! そーい!」
しかし、家族が故の遠慮のない第一皇子はあろうことか、そのままリゼを海へと放り投げてしまう。
年齢による体格差、そして性別の違いによる男性の純粋な筋力によって、リゼは想像以上に遠くへと投げ飛ばされる。
「キャッ⁉ ――ングブブッ⁉」
突発的な事態にリゼは状況も分からず、水中で最も恐れられる状況へと兄に気づかれることなく一人陥ってしまう。
天地の不測。
地面になっているのなら、自分の足が下。つまり大地に触れていることを観測し、三半規管によって”自分が立っている”ことを自覚する。
しかし、放り投げられての着水によって、自分がどの体制で水中にいるのかが分からなくなってしまったのだ。
さらに混乱した思考で全身を無作為に動かしたことで、そこまで深くない浅瀬でも足が地を観測するができなかった。
水中で平衡感覚を失う体験は、たとえ大人であっても焦らせ事態を悪化させる。
リゼが平常を失い、混乱と恐怖に陥ったのは当然のことだった。
(じ、地面! どこっ⁉ 鼻がイタイ⁉ なになになになになになになになに、とにかくとにかくどうにか……⁉)
とっさのことで息を整える間もなかったリゼは、焦りから酸素を求めてしまう。
「ゴボッ……⁉」
塩分を多量に含んだ海水が口を満たし、鼻を満たし、のどを侵食する。
(し、シんじゃ……たすけ、て……や、だ……こわぃ……くぅしぃ……)
どうしたらいいのか分からない。
唯一自分がどうなっていくのか、残酷にも理解してしまう。
上か下かも分からず、手を伸ばしていた。
(た……て……な……)
最後に想い人の名前すら頭の中でも呼べず、恐怖の底へとの前れていく。
意識が消えかけたその時だった。
唐突に強い力によって引っ張られる感覚と共に、体が水中を押しのけていく。
背中に感じるのは体を押す二つの力だった。
海面から体が出たのだと、海水で冷えた体を容赦なく照らす太陽の熱で理解した。
ふやけた体の感触もあいまいに、胸を押す強い力で強制的に肺を駆動させられる。
「ガハッ⁉ ゲッ、ゲェッ⁉ ゴッ⁉」
10歳の女の子が出すには生々しい咳き込みによって、中に入った海水が吐き出される。
「リゼ様、ご無事ですか?」
こんなにも苦しく、恐怖を感じていたと言うのに。
聞きなれた落ち着いた声を聴いた瞬間に確信した、自分は助かったのだと。
「まずは呼吸を正常に、私に合わせてください」
ゆったりと紡がれるまま、声に合わせて呼吸を繰り返す。
少し苦しいが、それでも続ければすぐに呼吸が楽になる。
「私の声にだけに集中してください」
助ける、安心して、そんな言葉はなかった。
ただ声に言われるまま意識を集中させた。
「そうです、お上手です」
目を開く余力はまだなかった、でもその人が優しい笑みを浮かべているのが想像できた。
「目は開きますか?」
目を開く。
あぁ、そうだ。想像していた通り、自身の騎士は想像通りの優しい笑みを浮かべていた。
(やっぱりそうなんだ。ナナシダは、絶対に私を助けてくれる。何があっても、絶対に……)
「呼吸も戻りました。失礼します……肺も、心臓も正常に近いですね」
ナナシダ顔が胸に押し付けられる。
接触部位が想像以上に熱く感じるのは体がまだ冷えているせいだろう。
いくらお願いしても受け入れてくれないであろう行為を、彼がしてくれている。
場違いにも顔の熱が高まるのは、多分太陽のせいだろう。
顔が赤くなったのなら、海水と太陽のせいだ。
「リゼ様、このナナシダが絶対にお守りします。ご安心ください」
待っていた言葉を聞いた瞬間、何とも言えない満ち足りた気持ちになる。
そのまま彼の腕の中で、ゆりかごに揺られるように上下する感覚に身を委ねた。