にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
「リゼ様、おはようございます」
朝、ベッドから未だ目覚めぬリゼ様を起こすために声を掛ける。
丸まって繭のようになっている布団がモゾモゾと動き始める。
「ぁ~、ナナシダだ~」
乱れた長い髪も気にすることなく、布団から顔だけ出したリゼ様が呆けた様に口を開かられた。
「おはようございます、今日もいい天気ですね」
「うへぇ……日差しがぁ、私を滅するぅ……」
当てられた日光に目と眉を歪めたリゼ様は、光から影へと逃げるように布団から這い出る。
そして未だ寝ぼけた麗しい表情のまま、トテトテと直立するこちらの前に移動すると。
「お~え~」
謎の掛け声と共に抱き着いてくる。
といっても30センチ以上の身長差だ、胸部より少し下に来る頭を見下ろす。
「んへへぇ……ナナシダ~なーでーてー」
「かしこまりました」
リゼ様の細く羽のように軽やかな感触を手に受けながら、慣れた手つきで優しく撫でれば感無量とばかりに頬がお緩みになる。
「えへぇ……もっとぉ~」
「はい」
ここで御意と答えてはいけない、最初にこれを言ったらご機嫌が急転直下してしまったのだ。俺、学ぶんで。
海での一件以降、リゼ様と俺の朝のルーティンとなってしまった作業はそれから10分以上は続いた。
「アンジュがね、こういうときはチャージ完了! て言うんだってー」
「あの詐欺錬金術師のお話は聞き流してもよろしいのでは?」
天使たるリゼ様になんてことを吹き込んだのだ、自称モテモテ美少女錬金術師め。
二十歳を迎えた淑女とは思えない下卑た笑みが目に浮かぶようだ。
「メイドを呼びますので、お召し替えが済みましたらお食事になります」
「うぃ~」
誰の影響を受けてしまわれたのか、リゼ様のお言葉が最近軟化しているような気がする。
公私はしっかりと分けていらっしゃるから問題というわけでもないが、普段の口調というのは咄嗟のときに出てしまうのだ。
できることなら今のうちに直していただきたい。
「リゼ様、私が申すには厚かましくありますが。斯様なお言葉、控えていただくのが賢明かと」
「えー……私から表現の自由を奪うのかー!」
「そのような腹があれば割いて御覧にいれましょう、ですが今後は中学校高校と社交の場が多くなります。そのときに咄嗟に口を出るのは平常時のお言葉です」
「むぅ……」
わざとらしく膨れて見せるのもご理解あってのことだろう、現にこちらの言葉を否定することなく不満だと表現するに留めていらっしゃる。
「じゃ、じゃあさ。少しだけ、ナナシダの二人だけのとき限定で許して、ね?」
愛らしくも両手の平を眼前で付け合わせ、ウィンクと共に首を傾げてしまうリゼ様。
クッ……⁉ なんと完璧な交渉術……!
「ね、ナナシダ。おねがーい」
こ、ここにきて抱き着きだとぉおおおおお!
この交渉術であればいつでも他国の魑魅魍魎と渡り合えるであろう……。ここまでご成長なされましたか、リゼ様!
耐えろ……耐えるんだナナシダああああ!
「だめ……かな……」
「ぐっ⁉ し、仕方ありま……せん……!」
「ホント? わーい! やったー!」
無理だよ、だって目がウルウルしてるんだもの。
あの大きな瞳から涙を一つでも零すようなら見せちゃうよ? 俺のジャパニーズハラキリ見せちゃうぞ?
「ですが、他の者達の前では決して今のようなお言葉は控えてください」
「仕方ないな~、でもナナシダと二人っきりのときだけはいいんだもんねー」
そしてまた表現するには難しいが、凄く可愛らしい幼さを強調するポーズで笑顔を向けてこられるリゼ様。
あぁ、言質を取られてしまった……なんと末恐ろしい手練手管……!
くやしい! でもなんでか嬉しいと思っている自分がいるぅ!
「ナナシダだってもうそろそろ私と二人だけのときはさ、もっと砕けた口調にしてもいいじゃん」
両手をモジモジとさせながらリゼ様が上目遣いでこちらを見る。
「申し訳ございません」
最近の悩みのひとつだ。
アンジュ主催のレース対決に敗北し、しばらくリゼ様のことをリゼさんと呼ぶことになった一件があった。
それ以来、燻っていた火種が再燃したように再び所望されるようになってしまった。
「なんでー! ね、お願いだからー!」
パターンの増えたお願いポーズをされるが、それでも無理な物は無理なのだ。
「罰ゲームのときはやってくれたじゃん!」
「あの時とは状況が違います。理由なくそのような蛮行、私自身が許容できません」
これ以上の問答は不毛でしかない。
「砕けた言葉の間柄はアンジュがおります、仲良きご友人はすでにリゼ様のお隣にいるではありませんか」
「……」
「中学校へのご入学まで一年と少々、私がその役目を担う必要もなく手に入る物にございます」
個人的にはたかだか同じ中学校で同級生だからと、リゼ様に馴れ馴れしくされるのは癪に障る。
だが、こんなものはどこの馬の骨かも分からない愚か者の独りよがりでしかない。護衛の領分を超えた不要なものだ。
「私はリゼ様の護衛なれば、求められる働きは別にあると心得ます……。申し訳ございません、口が過ぎました」
これ以上はいけない、自分の働きを自分で決めるような発言こそ控えるべきものだ。
俺の価値も成果も求められる言動全てがリゼ様のためにある。逆らうなんて言語道断。
「メイドをお呼びします」
口が滑るなら開かぬように塞ぐか、滑っても問題ない場所に移すだけ。
そうして俺がドアの外で待機しているメイドに声を掛けようとした時だった。
「いやだ!」
背後から聞こえた拒絶の言葉に思わず振り返ってしまう。
見れば両手が白くなるほど力いっぱい握り拳を作り、強くこちらを睨むリゼ様がいた。
「どうしたらその喋り方をやめてくれるの」
「止めるわけにはいきません」
「いつも私のお願い聞いてくれるじゃん、一緒に寝てくれたし、皆で海に行きたいってお願いしたら叶えてくれたじゃん!」
まるで糾弾するかのように声を張り上げるリゼ様。
言っていることは確かにその通りだ、俺はリゼ様が願うものならできる限り叶えるために行動してきた。
当たり前のことだからだ。
「添い寝をしたのは怯えられてしまい、就寝時間が遅れてしまうのを避けるためです。海の件は幼いリゼ様にとってご家族との時間は何物にも代えがたい宝物になるからです」
「……いつも、私を助けてくれる」
「私はリゼ様をお守りするのためにいるのです。リゼ様をお守りできなければ私は無用の長物です」
「私のこと、大切じゃないの……」
「大切ですとも。何物にも代えがたく、何者よりもリゼ様は尊いお方です」
でなければ初めてご尊顔を拝見していなければ、あの日々を耐えることはなく逃げ出していただろう。
当主の言葉一つで命を懸ける、そんな錆びだらけの刃となっていた。
「大切だからこそ、貴方様に無礼な言葉を使いたくないのです。言葉には魂が宿ります、吐けば吐くほど薄れ、汚れた言葉は向けられた相手を静かに汚します」
たとえば、言葉の全てに相手を貶す意図が込められたものを受け続ければ、受け手はやがて精神を摩耗させ、思考からゆがめられてしまう。
囚人と看守の実験というのが前世ではあった。
学友の中で行われるそれは、時間と共に囚人役の知人を本当の囚人へと姿を変え、仮初の看守は本物の看守となり囚人役の知人を囚人として扱い始める。
対等な関係は役割一つで簡単に崩れ去るのだ。
言葉も同じだけの力を持つ。
だからこそ、添い寝や多少の難題を前にしても俺は全霊を賭して役割を担うだろう。
「私はリゼ様を汚したくないのです。お分かりください、私は護衛という役割がなければ何者にもなれないのです。貴方様の隣に立つ権利はこれでしか持てないのです」
言葉を飾るのは止めよう。
護衛という立場は居心地がいいのだ。
リゼ様のお命を守ることに至福を得た。
リゼ様に頼られるたびに名状しがたい喜びが鼓動を刻んだ。
リゼ様を見つめる名分を存分に活用した。
リゼ様の一挙一動を見、リゼ様の経験を知れるこの立場は……堕落の蜜だった。
「なに……いって、るの……ナナシダは、ナナシダ……でしょ?」
「ナナシダ、それは当主が付けたものです。それ以前の私は名を持たないただの孤児です」
前世の自分と成熟した視点を持ってでしか自分を騙せない、弱い存在だ。
たとえ前世があろうと、自分が何者なのかも分からない恐怖を消すことはできなかった。
「まるで自分が霧のように透けて見えるのです。風が吹けば消し飛んでしまいそうだったのです……」
「ナナシダ……」
「生まれて間もないリゼ様を見たとき、私は自分の存在意義を知りました。薄っぺらな私でも命を懸けるという言葉を心から言えたのです」
よく聞くだろう。
命を懸けて。
なんと軽薄。ありふれた誓いの言葉でしかなく、命しか差し出せないだけではないか。
とんでもない。
「ようやく手に入れたのです……リゼ様を誰よりも近くで感じられるこの場所を……。伏して……伏して!」
幾らでも膝を付こう、額が擦り切れても笑って地面に擦りつけよう。
心を揺らすことなくこの手を赤く染め上げよう。
心臓に手を突き刺す準備はいつも研ぎ澄ましている。
幾ら自分が汚れようとも、貴方様に嫌われようとも、侮蔑の的になろうとも。
貴方のために作る屍の数えて見せてご覧に入れましょう。首を神棚に飾ってご覧に入れましょう。
貴方のお言葉一つで己の四肢を差し出してご覧に入れましょう。
「私にリゼ様のお隣に……! 薄汚れた脆弱なこの身で、卑しくも貴方様を汚すことなくお守りいたします……!」
だから……。
「私の身勝手な我が儘を! 汚れ無き、尊き貴方様のお側に……!」
あぁ、これはリゼ様が俺に求める姿ではない。
幻滅させてしまったのだろう。
何者にも負けない体を手に入れてもこれだ。
価値を見いだせず懇願するしかない……なんと醜い。
「ナナシダ、床ばかり見てないで私の方を見て」
だが、聞こえてきたのはなんとも穏やかな物だった。
「申し訳ございません。恐れ多くもこの醜い顔をリゼ様にお見せすることは……」
「醜くなんかないよ。私はナナシダの顔が見たいの、ねぇ……見せて」
甘い誘惑だった。
そのお言葉に従えば全てが手に入るような、満たされるのだと思えてしまう程に。
俺に抗う選択肢は……なかった。
「申し訳……ございません」
せめてもの謝罪を道連れに顔を上げてこちらを見ているリゼ様に向ける。
「……ッ⁉」
目を見張った。
清廉潔白の空気を纏い、理髪的な中にも知性を両立させた麗しきご尊顔が、歪んで見えてしまったのだ。
「今のナナシダ……かわいいねぇ」
リゼ様の目が細められ、口元は弧を描く。
しかし、今はそれがどうしてもいつものリゼ様には見えなかった。
「怖かったんだね、寂しかったんだね。でも大丈夫」
風のように透き通るお声にノイズが混じって聞こえる。
いつの間にか頬に添えられた手は粘着質を纏っているのか、べっとりと張り付いているようだった。
頬に添えられた手とは別の手に式典用の小型ナイフが握られていた。
「……ぁ……ぁあ……」
「ナナシダが怖くないように。寂しくないようにしてあげるから」
止めなければならない。長年裏の世界を見てきた勘がけたたましく鳴り響いていた。
だが体が動かない。
「よーく……見ててね?」
ゆっくりとリゼ様の持つナイフが、怪我すら負ったことのないご尊顔に向けられる。
ナイフの先がぷっくりと膨れた唇に向けられ、その光景を俺は見ていることしかできなかった。
それは……なんともあっけない物だった。
「――ッ」
鈍い輝きを放つナイフが、リゼ様の唇を切り。
少量の出血を起こす。
「んー、ちょっと痛かった」
血が固まるよりも早く、リゼ様は唇を合わせる。
リップを伸ばすように、唇を血が赤く染め上げる。
「ふふっ、これはもういーらない」
用済みとばかりにナイフが地面を転がる。
空しく響く甲高い金属音が鼓膜に突き刺さる。
ナイフを放した手が包み込むように俺の頬を掴む。
弱い力で角度を調節させられ、リゼ様の瞳とまっすぐに向かい合う。
唇を血で彩った妖艶な皇女が微笑む。
「……ん」
唇に感じたのは柔らかな感触。
そして微かな鉄の味。
触れるだけの口づけは熱を伝えるよりも早く放される。
「……もう、怖くないよね?」
微笑みを浮かべるリゼ様を前に、俺は目が離せなかった。