にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
今どきのアニメとか見たら全然余裕、余裕……
どっかのブリキ王国の復活した人とかでも、シルエットでの表現とかあったし……
石は……投げないでください……
ルールには重みがある。
友人との口約束や決まり事、所属する組織での決め事、社会の暗黙のモラル、そして法律。
全てがルールと言い換えることができるし、内包している重さも比べるまでもなく偏りがある。
「ナナシダ、答えて?」
こちらを睨みつけるリゼ様を前に、リゼ様と決めたルールはどれに当てはまるのだろうかと考えていた。
「どうしてアンジュの部屋に来ているの? それにこの状況も説明して。嘘偽り欺きなく」
お願いの体を装って入るが、メッキを剥がせば命令の言葉が見えてくるだろう。
ファーストコンタクトで数多の可能性は消滅し、手に札に持つ選択肢はひとつしかなかった。
「申し上げます。実は――」
洗いざらい話した。
リゼ様に否定された銃弾を防ぐ話が諦めきれず、話しやすいアンジュの研究室に来たこと。そしてアンジュにも否定されるまではよかったが、その後に渡された道徳の本の話。
「ふーん、それで実力行使でアンジュを黙らせたと……」
「左様にございます」
「とりあえずを解放してあげて、結構苦しそうだし」
おっと、結構しっかりめに塞いでいた。
アンジュをリゼ様に従い解放すると、本当に苦しかったようで慌てて呼吸を繰り返していた。
「リゼが来るとこれだもんなー、ナナシダ君はもう少し手加減を覚えるべきだと思うね」
「手加減していたさ、じゃなければ……いや、俺が悪かった」
「え、なに? ちょっとホントに怖いから止めてよ」
アンジュが顔を青くして猛抗議する。
俺も謝ったんだからそれで終わりでいいだろ。
それよりもこの手だよ手。アンジュが縦横無尽に暴れたせいで手がべとべとになっていた。
「汚ねぇ……」
リゼ様の手前粗暴な態度は避けたいし、小さく愚痴るにとどめた俺はハンカチを取り出してアンジュの唾液を拭き取っていく。
そしてそのままゴミ箱に――
「ちょ、ちょちょちょ! なんで捨てるのよ! そこは大切に保管してさ、後で使おうとかならないの⁉」
アンジュは慌てた様子で俺とゴミ箱の間に立ち、進行を妨害してくる。
「なるかボケェ……」
思わず口から毒が出てしまうのも仕方がない。
「こんな美女の唾液ぞ⁉ ナナシダ君それでも男か! 見損なったよ!」
「どうしてそうなるんだよ……むしろ選択肢としては正しいだろ」
「変態として正しくないからいってんよ!」
変態として正しい行動を取ったらダメだろ。
しかも堂々と自分を美女と宣いやがったぞ。
「ねぇ、ナナシダ。アンジュはなにを言ってるの?」
「聞いてはなりません、理解してもなりません。あれは妖の類です」
「そっか……」
ほら見ろ、リゼ様だって憐みの目を向けてしまうほどだぞ。
一回成仏して悔い改めてから転生してこい唾液変態妖怪。
「なんや二人して私をそんな目で見るんじゃねえ!」
「アンジュ……」
「もう止めろ、それ以上は傷が広がるだけだ」
なんて悲しい生き物なんだ。
「アンジュ、お前の住む世界はここではない。さぞつらいだろう、早く自らの生まれ故郷に帰るんだ……腐海とか」
「生まれも育ちもヘルエスタじゃい!」
「分かった、分かったから早くコレを捨てさせてくれ」
「嫌じゃ嫌じゃ! ナナシダ君がそれを家宝にしてくれるか、目の前で使ってくれないと絶対にやだ!」
アンジュはそれからも訳の分からない持論を主張し続けた、だが話を聞けば聞くほど俺とリゼ様の思考は宇宙へと自由遊泳を始めてしまう。
だが、アンジュは腐っても天才錬金術師。
何かに閃いたと醜悪な表情を隠す様子も見せずに力強く口を開いた。
「もしも! もしもそのハンカチに付いているのが私ではなくてリゼのだったらどうだ!」
「ハァ⁉ ちょっとアンジュ! あんた何言って――」
「も、盲点だったあああああ!」
「ナナシダが膝から崩れた⁉」
このぐっちょりと濡れて汚いエフェクトを纏ったハンカチ、しかし! もしもこれがリゼ様の唾液だった場合、これは神器となる!
幾万の亡者が手を伸ばし、世界を巻き込んだ大戦へと発展してしまうほどの代物になるということだ!
「クソ……ッ! これが変態錬金術師ので本当に良かった! もしもリゼ様のだったら世界が……世界の危機だった!」
「あんのー、ナチュラルに変態言うのは止めてくれないかな? ほら、ふざけていてもさ、そうやって自分の唾液塗れなハンカチを力強く握られてるとさ、謎の背徳感が凄いんだ……」
「ナナシダ! 帰って来て! たとえ私のだったとしても絶対にそんなことはないから! 普通に洗濯されて終わるだけだから!」
「そんなことはありません! 天使たるリゼ様の聖水ですぞ!」
「止めて! 唾液をそんな呼び方しないで!」
「ナナシダ君も相当だよね……地雷が顔出してるみたいだよ」
俺は思いっきりダストシュートした。
☆
アンジュとの騒動があった夜、俺はリゼ様の部屋を訪れていた。
「りぜ様、ナナシダです」
「入ってきてー」
軽い返答を受けて扉を開ける。
中に入ると鏡が備え付けられたテーブルの椅子に座っているリゼ様が笑顔で迎える。
「ね、早くやって」
「はい」
手わされた櫛を柔らかな髪に通していく。
寝る前にこんなことが必要なのかと思うが、リゼ様曰く絶対に必要なのだとか。
結果的にこうして毎日行うルーティンの一つとなっている。
櫛を使う必要もなく、乱れもなくサラサラと風に靡く長髪。だが数回でも整えるだけで月の光を反射するに至る。
音もなく、髪に通される櫛の微かな音だけが薄暗い部屋に響く。
特別なことはない、だが窓から入り込む月の光がスポットライトのようにリゼ様を輝かせるのだ。
リゼ様のために用意される入浴剤の匂いが部屋に満ちて、小さな呼吸ですら甘い匂いに不要な思考が巡る。
日常と切り離された静かな非日常となるこの時間が、俺はたまらなく愛おしかった。
「ナナシダ、手を出して」
「はい」
櫛を持つ聞き手とは逆の左手を差し出す。
しかし、リゼ様はゆっくりと首を振った。
艶を放つ長髪がゆらゆらと揺れる。
「こっちじゃないの、もう片方の手」
「こっちでいいのか?」
「うん……こっちがいい」
右手を差し出す。
リゼ様は俺の手を両手で掴むとわざわざ掌を上に向けて、ご自身の顔を掌にすり付けてくる。
押し付ける、とは言えないほど弱さ。
擦る、とも言えない微かな接触。
なのにどこまでも安心した表情で俺の手を慈しむのだ。
「今日もありがとう、私の傍にいてくれて」
労いではなく感謝の言葉。
不思議なルールが作られた日から形は違えど、リゼ様は必ずこの言葉をくださる。
「……はい」
俺は、このお言葉にどう返したらいいのか分からなかった。
否定をすれば安らかな笑みに影を落としてしまう。
感謝を返せば今ではないと首を振られる。
だからこうして、曖昧な言葉しか俺は返せないでいた。
それでもリゼ様はそれでいいと仰る。
多分、今の俺はなんとも言えない表情をしているのだろう。目の前に鏡があると言うのに、この時の自分の顔が見れずにいた。
「ね、ナナシダ」
「はい……」
ひとしきり俺の手を堪能されたリゼ様は決まって同じ所望を申される。
俺は椅子に座るリゼ様の前に手を通し、両腕を巻き込むようにして後ろから抱きしめる。
綿の形を変えないほどの力で拘束する。
「強くして」
抱きしめる腕に力を加える。
「ん……」
密着から聞こえる微かに漏れる声を無視する。
「も、もっと……ぅん!」
体を遊ばせる余裕すらなくなるほど、両腕に力を込める。
弱弱しい悲鳴は痛みからなのか、それでも別の感情からなのか。決して人まで出してはいけない声が部屋に木魂する。
「もっと、もっとぉ……!」
もはやどこが密着していて、何処が密着していないのかすら分からなくなるほど、華奢な体を抱き込む。
痛みを感じているはずなのに、リゼ様は嬉しそうに、そして切なさを噛み殺すように声を漏らす。
訓練で培われた理性に感謝しつつも、リゼ様のこのお姿を見るたびに自分の行いが間違っているのではないのかと苛まれる。
リゼ様は小さなお体をさらに縮こませながら、何かに耐えるように震えている。
何かに怯えているのか、不安に押しつぶされまいと抵抗しているのか。
鏡に映るリゼ様は顔を伏せてしまわれているため、窺い知ることはできない。
腕の中で震えるだけだったリゼ様の体が動きを見せる。
わずかな隙間を手に入れようとしているのか、全身をしならせる。
巻き込まれている腕が痛いのか、腕を無理矢理にでも動かそうとする。
それでも拘束は解かない、緩めることも許されない。
なにも分からず……いや、分からないように目をそらし、理解しないように知らぬふりをする。
「ふっ……ふ、ふっ……!」
姿を変えた呼吸音を聞き流す。
「ナ、ナナシダ……おね、がい……」
短い単語ですら震えて満足に紡げず、それでも懇願するお姿を視界から外す。そしてリゼ様を抱きしめたまま立ち上がる。
「あぁ、ベッドだな」
この時のリゼ様は強めな言葉を求められる。
優しい言葉ではなく、強く、強要するような表現をしろと仰せになる。
普段の口調を使えば涙ながらに訴えるのだ、止めてくれと。リゼ様のナナシダに成れ、と。
だからこそ、そんな仮面を通してリゼ様の表情を見たくない。
「降ろすぞ」
「……うん」
ベッドにゆっくりとリゼ様を寝かせる。
中学への入学が迫ったこの時期の夜はかなり冷える。毛布を上から被せて寒くないように整える。
「ナナシダァ、は、はやくぅ」
「待っててくれ、このままじゃ寒いだろ?」
「寒かったらナナシダが温めてくれるから大丈夫だよぅ」
「……他の男の前じゃ絶対に言わないでくれ。勘違いする被害者が量産されるぞ」
月明かりで微かにしか見えないが、上気した様子を見れば世の男性だけではなく女性ですら魅了してしまうだろう。
「……、は?」
か細く、そして呼吸音に近い言葉は衣擦れの音にすら負けてしまいそうだった。
この化け物じみた聴覚を持っていなければ「ナナシダ、は?」なんてセリフを聞き逃していただろう。
「なにか……言ったか?」
聞かれたと思われてはいけない。
この質問の回答に嘘も偽りも欺きも許されないから。これに答えてしまえば抑えが利かなくなると分かっているからだ。
これ以上はいけない、今でさえ超えてはいけないラインを超えているのだ。
薄皮で繋がっているコレは守り通さなければ、歯止めが利かなくなる。
「な、何も言ってない……! だから早く来て」
湿り気を帯びた手が伸ばされ、俺の手首を掴む。
じっとりした感触に不快感はなかった。
子供のそれでしかない力にこれ以上の抵抗をすることなく、空けられていた空間に入り込む。
「うぇへへぇ……」
力の抜けただらしない笑み。
そして隣に寝ている俺の腕の中にいそいそと潜り込もうとするリゼ様に、腕を動かしてスペースを作る。
「ナナシダ~んふふふっ」
腕の中で至福に普段は見せない笑い声。
だが、その声はすぐに沈みを見せる。
「ねぇ……ナナシダ。私、もう少ししたら中学校に入学だよ?」
「そうだな、アンジュ以外のお友達ができるといいな。きっと楽しいはずだ」
「ふふっ。ナナシダだって小さい頃から訓練ばっかりで学校行ったことないって言ってたじゃん」
確かに言った。今世の話ではあるけどな。
前世は普通に学校生活を謳歌していた……はず。
「それでも、学校って楽しいものだろ?」
「まあ……アニメとか漫画だとそうだよね」
ちなみに、ヘルエスタ王国で売られている漫画の半分以上が日本製だ。
「でも、二次元と現実が一緒ってわけじゃないじゃん。もしも一緒だとしても、いじめとかあったら怖いし」
「リゼがいじめられることはないと思うけどな、むしろ皆に慕われて人気者になれるかもしれない。それに……」
「それに?」
「文武両道なんだ、皆から頼られるかもしれないぞ」
よくある話だ。勉強だけだと嫌味を言われる、運動だけできてもどこかで馬鹿にされる。
でも両方が整って性格もよければ頼られ、人気になる。
リゼ様は皆から好かれる、慕われる。
それは今までだってそうだった。ヘルエスタ王国の第二皇女だからではなく、リゼ・ヘルエスタとして皆から愛されているのだ。
ある種の確信を持っていたからか、思いのほか俺は自身満々でリゼ様を安心させようとした。
「頼られる……ね」
「リゼ?」
「ナナシダは、私を頼ってくれないの? 私、ナナシダのためなら何でもするよ?」
見上げるようにこちらを見るリゼ様と視線が交差する。
こちらを見つめる二つの瞳に吸い込まれる感覚が俺を襲った。そして、自分より小さく偉大な存在に身を委ねる選択肢が脳裏をよぎる。
この言葉に頼れば、身を委ねれば。
ゆりかごに揺られる微睡みと、不安や心配から解放される。そんな気がした。
「ね、私を頼って。ナナシダは今までいっぱい頑張ってきたんだもん。私のために……だから今度は私に恩返しをさせて。ね? 絶対にナナシダを喜ばせてあげる、だから――」
「いけません。リゼ様」
「ぇ……」
「そのようなお言葉がなくとも、私はリゼ様のお傍におります。恩などございません、私が自ら選び今日までの全てに感謝しているのです」
リゼ様の勘違いは続いている。あの日、今よりも幼き頃からの思い違い。
だが、それも中学に入学すれば時間が解決するはずだ。
ここなんだ、ここが最後の分岐点。
こんな生まれで、血に染まった手でリゼ様に添い遂げることはできない。
しては……いけない。
たとえ何を言われようと、この場でリゼ様を傷つけることになろうとも。俺という不純物を取り除くんだ。
「……そう、分かった」
覚悟しての行動。しかし、そんな予想に反してリゼ様は気にした様子も見せず端的に返答するだけだった。
「じゃ、もう寝よっか。明日から入学の準備でバタバタするしさ、ナナシダも一緒に日本に来るんだから早く寝たほうがいいよ」
「……は、はい」
肩透かしを食らった俺をそのままに、リゼ様は腕の中で寝返りをうって背中を向けてしまう。
しばらくして聞こえてきた寝息に、少しばかり……いや、めちゃくちゃ落ち込んで傷ついた俺も次第に睡魔に飲み込まれていった。
それから数日。俺とリゼ様は日本に向かった。
☆
月明りすら沈みこんだ深夜。
ナナシダの腕に包まれて寝ているはずのリゼが身動ぎする。
「……ナナシダ」
就寝中でも警戒を解かない優秀な護衛は、リゼの動きに対して離れたりしなければ一切の反応を見せなかった。
それはナナシダが見せる遠慮だ。
特に腕の中にリゼがいるのなら外敵のみに気を張れば十分だから、そして護衛という性質上意識は残しても体はしっかりと休める。たとえリゼがナナシダの体をまさぐったり、叩いたりしても変わらなかった。
リゼがルールを設けてナナシダと一緒に寝るようにしてから色々試した成果だ。
どこまでも特別な扱いをしてくれる護衛に、自然と頬が緩む。
この特別だけは何があっても自分だけのものだと、リゼにとって幼い頃から信じて疑わない物の一つとなっていた。
「もう一回……見たいなぁ」
思い出すのはナナシダが初めて見せた脆く儚い姿。
みじめにも床に這いつくばり、涙ながらリゼに懇願して見せたあの姿。
今まで何者からも守ってくれる絶対の騎士が、他人に弱みを見せず自身の父親。現国王に対しても毅然とした態度を見せる最強の男が。
自身の前で懇願したのだ。傍に置いてくれと。
リゼはそんな騎士の情けない姿を見たとき、なぜか下腹部の奥が締め付けられる感覚に襲われた。
説明のつかないあの時の感覚はいまだ鮮明に覚えていた。
「ん……んん」
あの感覚が何なのか、いまだ理解に至っていないが。確信があった。
あれ以上の多幸感は無いのだと。
疼く。
体の奥が。何かを求める。
最近新たに覚えた感覚。
なにをどうしたらいいのか、これにも明確な説明ができない。
だが、体は十二分に理解していた。
リゼはそれに逆らうことなく、ただ従う。
麻薬に侵された体が起こす禁断症状のように、耐えがたい本能的欲求に身を委ねる。
「ナナシダァ……私を……はぁ……ん。頼って……私だけに、みっともないあの姿を……もっと…………」
月明りにも照らされなくなった一室で、盛り上がった毛布が蠢き、衣擦れの音と何かに堪えるような息遣いがひっそりと闇に消えていった。