にじさんじヤンデレ物語   作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員

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後数話で終わる予感。
早く社さん編を書きてぇでござる
今作とは別に同時並行で書いてたりするので、どっちかが煮詰まれば両方の手が遅くなるし……。かといって片方に注力するのも……。
脳と手がもうワンセット欲しいですシェンロン様。


リゼ22

 どうやら意識を失っていたようだ。

 鼻につく特徴的なアルコールの匂いがここが保健室なのだと、靄に浸食された脳が呆然と認識し始める。

 

 頭を打ったのか後頭部に鈍い痛みが残っている、触ってみれば少しだけ腫れていたからおおよそ間違ってはいないはずだ。

 

 保健室の薄く硬いベッドと無駄にふかふかな布団は、自宅の高級なベッドと比べてしまうほどにはミスマッチだった。

 

「あら、起きたのね。ナナシダ君」

 

「はい、俺ってどれくらい寝ていましたか?」

 

 白衣を着た女教師の強い「私保健の先生」感は、保健の先生かどうかを確認する必要を感じさせなかった。

 

「ここに来る前のことは憶えてる?」

 

「……」

 

 ……ここに来る前。というのが思い出せなかった。

 正確には小さくない前頭部の痛みが、記憶のタンスを厳重に守っているのだ。

 敵意を感じない痛みの不快感に眉を潜めれば、女教師が慌てたように俺の頭を両手で包み込んでくる。

 

「無理に思い出そうとしなくていいの、ごめんなさいね。ナナシダ君をここに運んできたのはアンジュ先生よ」

 

 驚いた、あの人に成人男性を運び出すほどの筋力があるとは思えなかった。

 

「よく私をここまで運んでこれましたね」

 

「あ、あはは~……。ま、まあちょっと参考にはできない運び方だったけど……」

 

 なるほど、後頭部の痛みの原因が判明した。人間の弱点でもある頭部の堅さにはかなりの自身を持っていたが、どんな運び方をしたのやらここまでの痛みは久しぶりだ。

 ということは、俺はアンジュと一緒にいるときに倒れたのか。頑丈さにはオリンピックを総なめできる程度には自身があったのだが、ヘルエスタ王国代表になれるぐらいに下方修正するしかないのかも。

 

「アンジュ先生には感謝しないとですね……。そう言えばアンジュ先生は今どこに?」

 

「あ、そうだった。ナナシダ君が目を覚ましたら連絡する約束だったのよ」

 

 業務用スリッパはパタパタとリズムを刻み、女教師は校舎の内線電話でアンジュに連絡を入れてくれた。

 それなりに大きな学校とは言え、数分も待てば呼吸を荒くしたアンジュが保健室に入ってきた。

 

「ナ、ナナシダ君大丈夫っ⁉」

 

「大丈夫ですよ、先生」

 

 すこし歯がゆいが目の前に別の教師がいる都合上、アンジュには先生と生徒として接する必要がある。

 

「アンジュ先生、私は少し教員室に用があるので。ナナシダ君を少しだけお願いします」

 

「分かりました、任せてください」

 

 外受けの良い笑顔を見せるアンジュに、女教師は小さく微笑むと保健室を後にした。新任教師のくせに信頼されているようだ。

 アンジュは廊下に第三者がいないことを一応確認、未だにベッドにいる俺の隣に座るとため息を吐いた。

 

「もぅ、心配したんだぞ! 急に倒れたから心臓飛び出るかと思ったし……まああの映像を見たわけだし仕方ないとは思うんだけどさ」

 

「映像……。つまり俺はアンジュと一緒に映像を見ていて、突然倒れたということか?」

 

「え……?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔するアンジュ。

 拷問を笑顔で行える程度には強靱な精神を持っている。アンジュの言った映像を見た程度で倒れるとは到底思えなかった。

 

「もしかして、そのときの記憶がない感じ?」

 

「ない。思い出そうとすると頭痛がして、思い出すに思い出せないんだ」

 

「そんな……。えっと確認なんだけど、リゼの――」

 

「ひゅっ」

 

 どこからか息を呑む音が聞こえる。それもかなり近くから。

 不思議と背筋に違和感と少しばかりの寒気を感じた、空調の温度がかなり低いのかもしれない。

 男性より女性のほうが寒がりだと思っていたのだが、保健室の主である女教師はかなりの暑がりだということだ。

 

「ナ、ナナシダ君……手が……」

 

「手? 手がどうし……」

 

 おかしい。

 どうして手が震えている。

 いや、先ほどの寒気に対抗しようと筋肉を振動させて熱を生み出そうと、シバリングをしているだけかもしれない。

 

「気にしないでくれ、少し部屋が寒いせいだ。シバリングと言ってな、寒い環境で体温を保つために筋肉を振動させるんだ。身近なところだと貧乏揺すりもこれに近いな、脚の筋肉量は身体において最も大きくて生み出せる熱量も最も大きくなるんだ」

 

「え、あ、うん、そうなんだ。それよりリゼのこと――」

 

「止めろっ!」

 

 空気が震え、窓ガラスがビリビリと振動させるほどの絶叫が出ていた。

 突然の奇行にアンジュが体を縮こめてしまうが、俺自身もかなり驚いた。

 自分の声量にではない。愛おしくて仕方がなく、その名前を呼ぶだけで春の木漏れ日が差し込むような爽快感が頬を撫でつける。

 魔法の名前だった。それ一つで己の人生を懸けてもよいと思える、何物にも代えがたいはずだった。

 

「……すまない。少しだけ……少しだけ時間をくれ」

 

 どうしてこんなにも心が締め付けられる、なぜこれほどまでに恐ろしいと思ってしまうのか。

 もしも俺の心の中を映し出したのなら、世界は曇天に蓋をされ、上昇気流が竜巻が全てを巻き込み、見上げる程の高波が全てを飲み込んでいるだろう。タイトルを付けるなら「この世の終わり」と安直なのがピッタリな光景だ。

 

「大丈夫……大丈夫だから……私が一緒にいてあげるから……」

 

 優しい声だった。

 柔らかく照らす木漏れ日でも、包み込む春風でもない。子供の頃から変わらずに鎮座する巨樹に、体を預けているような安堵。

 触れる程度にアンジュの手が肩に添えられ、意識の隙間に入り込むように体を引っ張られる。

 

「こういうときは人肌が落ち着くんよ」

 

 抵抗する気は起きなかった。

 少し硬い合成繊維の感触と、その奥に感じる確かな人の柔らかさが驚くほどに愛おしかった。

 俺はこんなにも弱い男だったのだろうか、もっとこの優しさに浸ってしまいたい。弱い男の腕が無意識に細い肉を抱きしめていた。

 

「アハハ、ナナシダ君って結構甘えん坊さんだね」

 

「軽蔑したか?」

 

 弱り切った心を口実に、彼女の優しさに甘えたくなってしまう。

 もっと、もっとこの陽だまりのような暖かさを愚鈍にも求めた。

 

「軽蔑なんかしないよ。でも……ちょっとだけ恥ずかしい、かな?」

 

「ごめん。お前、いい女なんだな。初めて知った」

 

 体制が少しだけ辛かったから肩に押し付けていた頭を下にずらす、ようやく落ち着く場所を見つけた俺は再度抱きしめる。

 図らずもそこは腹部にあたる場所だった。

 

「ひゃっ!」

 

 聞き慣れたのとは違う高い悲鳴。

 なぜか、その声をもっと聞きたいと思った。

 普段どんな食事をしているのかと心配になるほど細い腹部に、ぐりぐりと顔を押し付ける。

 女性特有の甘い匂いが鼻孔をしびれさせる。

 

「いい匂いがするな、香水でも付けてるのか?」

 

「つ、付けてないよ……! ん、匂いが分からないと、錬金術で困るから……」

 

「甘い匂いだ……」

 

「な、ナナシダ君。す、少しだけその……離れてくれると嬉しいかなって。今の体制を誰かに見られたら……」

 

「離れるのは辛いな。今の俺は弱っているんだ、慰めてくれるんじゃないのか?」

 

「そ、それは……」

 

 あぁ、俺はここまでのクズ野郎だったのか。

 こうやって、付き合ってもいない友人関係の女に甘えて、無作法に女の体に浸ろうとしている。

 アンジュが拒まないのを分かっていてやっているのだ、いつの間にこんなゲスな思考回路が構築されていたのか甚だ疑問だ。

 

「頼むよ。お前しか、アンジュしかいないんだ……今日だけだ。今だけこうさせてくれ……」

 

 喉を細めて弱い息で吐き出す。教え込まれた身体技術をこんなところで遺憾なく発揮させて演じる、弱り切った男の姿。

 放さない意思表示を腹部に顔を擦り付けることで伝え、より一層アンジュの体を貪ろうとする。

 

「んぁ、ナ、ナナシダ君……⁉」

 

「頭、撫でてくれ」

 

「――っ⁉」

 

 声にならない声が上部から聞こえる。

 そして暫くして恐る恐る俺の頭を細い指が撫でる。

 

「ありがとう、アンジュ……」

 

「ナナシダ君って、意外とそっち系のお仕事とかあったの?」

 

 影の一族はヘルエスタ王家に絶対の忠誠を誓い、数多の血ぬれた道を作ってきた。

 必要であれば殺人や拷問は当たり前だ。情報を集めるためなら泥水を啜ってでも、敵対する組織の人間の靴でも笑顔で舐める。

 

「俺は影付きだからな、その手の仕事は管轄外だ」

 

 影の一族の構成員であればそういった仕事も行っているだろうが、王家の親衛がそのような所業に手を出す訳にもいかないのだ。

 というか、そんな目で見られたことにムカッとした。なので音がするようにわざと匂いを思いっきり嗅いでやった。猫吸いのような物だ。

 

「ンンンンン~ッ⁉」

 

 効果てきめん。擽ったいのか恥ずかしいのか、アンジュが体を丸めたせいで頭部全体が柔らかい感触に包まれた。

 うん、これはこれでいいな。

 

「ナナシダ君変なことしないでや! そんなんするならもうやめてー!」

 

 そして、少し膨れた様子で苦言を呈される。

 先ほどまでの心身を恐怖に侵食されるような感覚はいつの間にか消えていた、このまま眠りにつけたらどれほどの安らぎを得られるのだろうか。

 そんなことを考えていると、保健室のドアが開く。保健の女教師が所用を済ませて戻ってきたのだろう。

 

「ちょ、ちょっとナナシダ君離して! こんなところ見られたら私すんごい噂になっちゃうから!」

 

 新任教師が担当するクラスの男子生徒に手を出した。なんてスキャンダルにでもなれば明日の朝刊は決まったような物だ、流石にそうなれば方々から叱咤されて処罰されるのはアンジュだけじゃない。

 名残惜しいが離すしかないと手を離そうとしたときだった。

 

「ナナシダー? 急に倒れたって聞いて来たんだけどー」

 

 鼓膜を震わせた声は女教師のモノではなかった。

 離そうとしていた手が動きを止め、それどころか全身にあらん限りの力が無意識に込められる。

 

「……ッ⁉ い、いたい!」

 

 きつく抱きしめてしまったせいでアンジュが小さくない悲鳴を上げてしまう。

 その声に導かれるように、上履きの硬いゴムの足音が近づいてくる。

 音が大きくなる度に全身の震えが強く、加速度的に分泌された汗で服が張り付いて気持ちが悪かった。

 

「えっと、誰かそこにいますか? 私、ナナシダって人を探してるんですけど……」

 

 幸いにも各ベッドを仕切るカーテンによって、声の主からは俺達の姿は見えていない。

 王家のご息女として最高峰の教養を身につけられた御方だ、無作法にカーテンを開けることはしないだろう。

 

「女性の方ですよね? 開けても大丈夫ですか?」

 

 だが、それなら無作法にならない手順を踏めば済むだけのこと。

 幸いにもアンジュの悲鳴が一瞬だったことで、中にいるのがアンジュではなく見知らぬ女性だと思われていること。中にいるのがアンジュだとバレていれば問答無用で開け放たれていたはずだ。

 

「ナナシダ君……ちょっと我慢してね……!」

 

 アンジュは囁くほどの小さな謝罪をすると、靴を脱いでベッドに乗ると俺を隠すようにして布団を被る。

 薄い掛け布団とかなら明らかな膨らみが出てしまうが、このときばかりは無駄に分厚いふかふかの布団が人一人を起用に隠蔽してみせた。

 

「んぁ? リゼ?」

 

 アンジュは少しの深呼吸をした後、まさに今起きたと思える声を出す。

 再び聞いてしまったその名前に鈍い頭痛が響く。

 

「あれ、アンジュ。どうしてここにいるの?」

 

 カーテンが開け放たれる音に次いで、リゼ様の声が布団の中にまで届く。

 

「いや~ちょっと研究のし過ぎでちょーっと寝不足だったんだ。だからこうして脳をリフレッシュさせてたってわけ」

 

「ふ~ん、アンジュの研究に没頭しちゃう癖は治した方がいいと思う。このままじゃいつか倒れちゃうよ?」

 

「あはは~。面目ない……。ところでリゼはどうしてここに? はっ! まさか私に会いに来てくれたの⁉」

 

 普段と変わらない、二人のやり取り。

 だが、それを聞く俺の精神状態は異常そのものだった。名前を聞くだけで心臓に爪を立てたと見まがう痛みが襲ったのだ、その存在が布団一枚を隔ててそこにいるのだ。

 長くこの状態を続けること自体が今の俺には耐え難かった。

 

「アンジュのためじゃないよ~、ナナシダがここにいるって聞いて慌ててきたんだよ」

 

「あ~、ナナシダ君ならさっきまでいたんだけどね。もう教室に戻っちゃったんだ」

 

「え~! 私せっかくここまで来たのにー! もう、スマホにも連絡来てないし……どこいったんだろ」

 

 リゼ様は携帯を操作しているのか、微かにタップ音が聞こえてくる。

 まずい……! ここで連絡を入れられたら隠れていることなんてすぐにバレてしまう!

 

「ふぅん……。あ、そうだ連絡してみようかな……」

 

「あーリゼ? 一応ここって保健室だから。電話をするなら教室に戻ってからの方がええんでない?」

 

「……それもそうね。教室に戻ってるかもしれないし、そうしてみるね」

 

「そうしなー。私はもう少しここで寝ていくからさ、ナナシダ君を見かけたら気遣ってあげてね」

 

 どうにかアンジュのフォローで見つかるピンチを避けることができた。

 ……おかしい。どうして俺はそんなことを考えているんだ。

 いつもの俺ならすぐさまリゼ様の御前に急行するはず、なのに今の俺はまさにリゼ様から逃げている。

 

「ねぇ、アンジュ……ナナシダは本当にここにいないんだよね?」

 

「もちのろん! むしろナナシダ君だったらリゼの前に飛んでいくって」

 

「……分かった。じゃあ私教室に戻るね」

 

「バイナラー」

 

 何時間と感じられた数分のやり取り。

 リゼ様が保健室を出て行くまでの足音が延々と耳に残るようだった。

 

「ナナシダ君、リゼは出て行ったよ」

 

「……すまない。色々助かる」

 

 久方ぶりにの外の空気は存外に澄んでいた。

 布団の中はアンジュの匂いと二人の人間の熱気によって、快適とはほど遠い状態だったからな。

 

「これ以上いるのもまずいな、俺は教室に戻る」

 

「大丈夫なの? 教室にはリゼがいるんだよ?」

 

「あぁ……」

 

 だからといってこのまま保健室に居続けても事態は好転しないだろう。

 原因は分からないが、気絶する前の俺に何かがあったのは確かだ。

 

「アンジュは俺がこうなった原因を知っているのか?」

 

 保健室に来たときの話しぶりを見れば、アンジュは俺がこうなった理由を知っている様子だった。

 しかし、それを問うてもアンジュは表情を曇らせるだけで、答えを渋る。

 

「これから教室に戻ってリゼに合うわけだし、今は知らない方がいいと思う……。明日のお昼に私の所に来て、そしたら教えるから」

 

「……分かった」

 

 やはりこの異変の中心はリゼ様なのだろう。

 だが、俺がこんな状態になる理由が分からない。リゼ様のことであれば、たとえどんなことでも受け入れ、普段通りに接する覚悟はできている。

 いや、もしかしたらリゼ様ご本人が原因ではなく。リゼ様を中心としてなにかが起きているのかもしれない。

 

「アンジュ、今日は本当に助かった」

 

「ええんよ、ナナシダ君の甘えたところとか初めて見れたし。なんだったら明日もやってあげるで?」

 

 茶化したアンジュの物言いが以外にも心を落ち着けてくれた。

 今はできるだけリゼ様に対して普段通りに接しなくてはいけないのだ、少なくとも明日アンジュに事情を話して貰うまでは……。

 俺は携帯を取り出して、”どこでも場所が分かる君”のアプリを起動させた。

 マップを見ればリゼ様は丁度教室に戻られたところ、今から俺も戻れば言い訳のしようは十分にある。

 

「明日、また甘えさせてくれ」

 

 昨日までの俺だったら絶対に言わない言葉だ。良くも悪くもアンジュとの関係は悪友のようなものだったからな。

 それほどまでに俺の精神は弱り、どこかに救いを求めているのかもしれない。

 

「んん……! なんやろこの気持ち……これが母性⁉」

 

 ……そこで母性とであるあたり、アンジュが男にモテない理由なんだろうな。

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