にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
ただ頭に浮かんだ台詞を書いてただけなのに……俺は悪くない、俺は悪くない……
全部世界が悪いんです、ハイ。
それから数日。リゼ様は学校をお休みになられた。
リゼ様が行かぬのであれば護衛である俺も登校する必要はなく、まるで逃げるようにリゼ様に付き従っていた。
「今日は土曜だしさ、ちょっと外に出ない?」
「あぁ……」
「さっきテレビでね、近くに新しいスイーツ専門のお店が出来たらしいから、そこに行ってみよう」
「そうだな、そうしよう」
電池の切れかけたミニカーのようにふらふらとした足取りの俺と、対照的に終始笑顔を絶やさないリゼ様。正反対な属性はゲームなら闇と光の関係を表しているようだった。
街にくりだせばリゼ様のテンションはさらに上がった。
少し手前で軽いステップを踏む姿は無邪気で、周囲の人間を性別関係なく魅了していく。
「早くいかないとお店が混んじゃうかもしれないんだから、そんなおじいちゃんみたいなペースだと間に合わないよ!」
「すまない、すぐに……」
足首に鉄球の付いた鎖を巻き付けて水中を歩かされている気分だ。
空気はいつのまにか粘着物質の特性を獲得したのか、少しでも前に進もうとする手足に絡みついてくるようだった。
「ほらほら! はーやーくー!」
ゾンビよりもゆっくりとした動きにしびれを切らしたリゼ様が、重力に抗うことを諦めた俺の手を引っ張っていく。
周囲の視線に懐疑的な物が混ざる。突如現れた天女がゴミを引き攣れているのだ、誰もが何かの間違いだと目を擦るのも頷ける。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二名です。私達カップルなので、カップル席をお願いしまーす」
「はい、畏まりました。こちらへどうぞ」
この店はカップル専用のフィールドを作っているのか。
どこかの錬金術師が知ったら顔を真っ赤にして、自らの不幸と理不尽に地団太を踏んだことだろう。
「ふっ……」
容易に想像できる悪友の姿に思わず吹いてしまった。
「なにか楽しいことでもあったの?」
「いや、なんで――」
「教えて?」
少し前までのうら若き乙女の特権を遺憾無く発揮した愛らしさは消え、どこまでも深い闇を纏った声。
心臓の鼓動が加速した。全身が体の芯が冷えた直後に熱されたように、火照った体に汗が吹き出す。
「かひゅっ……はっかっ……」
上手く息が吸えなかった。体が酸素を求めているのに、呼吸の仕方を忘れた体は耐えるように身を縮こまらせるのみだった。
「お、お客様っ⁉ 大丈夫ですか!」
受付をしてくれた店員が慌てて近づこうとするが、
「大丈夫です、よくあることなので」
まるでこれ以上近づけさせないように、リゼ様が間に入ると俺の顔を優しく持ち上げる。
直後、リゼ様のお顔が目の前に迫り、金魚のようにパクパクと無意味な開閉を繰り返していた俺の口が塞がれる。
そして、塞がれているというのに口の中に酸素が押し込まれる。
熱を帯びた生ぬるい気体の塊が喉の奥に押し込まれていく。
「んんっ⁉」
突如送り込まれた無法者に肺が自動的に膨らみ、その後不要とばかりに押し込まれた酸素が逆流。生体構造から自然と吐き出した空気が、元の持ち主へと帰還を果たす。
口を放さぬまま、リゼ様は目元を弧に歪める。
「……っ⁉」
今度はゆっくりとではあったが、再び口の中に酸素が送り込まれてくる。
肺まで送り込まれた酸素を再び返し、それをまたリゼ様が返す。
今では危険と判断され非推奨となったが、リゼ様が行ったのはペーパーバック再呼吸法と呼ばれるものだった。
違うところがあるとするのなら、本来は紙袋を用いるところが人間に置き換わったことだ。
「ぷはぁ……はぁ……はぁ……落ち着いた?」
ようやく口が解放され、急増した二酸化炭素の苦しみから深く呼吸を繰り返す。
長く交わった両者の間を粘着質な体液が繋ぎ、数秒後に途切れる。
「も……ごめん。助かった」
こんなやり方で過呼吸が収まるわけがない。だが、俺の過呼吸は確かに止められて正常な呼吸法を取り戻していた。
理由なんて自明の理。リゼ様が俺に触れたことでパニック症状が鎮静されたのだ。
「あ、あの……お客、様?」
「はい、もう大丈夫っぽいです。見ての通りカップルですから!」
「は、はぁ……? でわ、お席にご案内します?」
店員の内心は混沌を極めているはずだ。
カップルが店に来たと思ったら、男の方が突如として過呼吸。対処しようとすれば女の方が苦しんでいる男の口を自分の口で塞ぎ、傍目からすれば濃厚な口づけを交わしたら容態が安定したのだ。
誰がどんな状況で見たとしても目を疑う光景だったことだろう。
「ナナシダ―」
「今……行く」
夢から未だ覚めていない店員を先頭に、別の店と合併したのかと思うほどに境界線を持って内装が華やかとなっている空間に入る。
入口を中心とした落ち着いた内装から、一歩踏み込めば明るめでカジュアルな空間に様変わりだ。聞かずともここがカップル専用の場所なのだと理解させられた。
「こちらの席になります。ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンをお使いください。若しくは近くの店員にお声を掛けてください」
「分かりました」
よほどこの場から立ち去りたかったのだろう、店員は早歩きを超えて走って逃げていった。
当事者が言ったところで喧嘩を売るようなものだが、俺だって驚いているし未だに混乱しているんだぞ店員。俺達は仲間だ。
「それで、さっきはどうして笑ったの?」
ニコニコとほほ笑むリゼ様だが、細められた瞼の隙間から覗く光は決して柔らかなものではなかった。
「カ、カップル専用と聞いたときにアンジュがこの場にいたら……と」
リゼ様が目を丸くしてこちらを見る。おそらく別の回答を想像していたのかもしれない。
「アハ、アハハハハハ! 確かに! アンジュだったら受付で地団太とか踏みそうだよねー」
「容易に想像できたから、面白くて……堪えきれなかったんだ」
五月蠅くない程度に弱められたリゼ様の笑いに、抱いていた一抹の不安が杞憂だったことに内心胸を撫でおろした。
心理的に人間は何かを隠す、若しくは不安を抱えた時に手を組むか、二の腕といった部位を触るなどをして無意識に誤魔化そうとするらしい。
だからと言ってテーブルの上で手を組んでいるのは、他に隠していることがあるわけじゃない。どちらかと言えば不安から少しでも精神を守ろうとしている。という訳でもない、なんとなくだ。
「ねえ……」
なんとなく組んでいた手に、一回りも小さなリゼ様の手が覆うように載せられる。、
「私と一緒なのにアンジュのこと考えていたんだ」
「……ッ⁉ も、もうしわ」
即座に謝罪をしよとするが、細い指先が栓をする。
「そう言えば。ナナシダが倒れたとき、本当はどこにいたのかな?」
「それは……」
「私が保健室に行ったときナナシダも保健室にいたよね?」
解答用紙を持って回答を求めるような、ただの答え合わせを目的とした姿に視界が歪んだ。
バレたのか……。いや、それならあの時点で問い詰めればよかった。
これは揺さぶりだ。
「俺は確かに保健室にはいたけど、すぐに教室――」
「もういいよ」
遮られた言葉を続けることはできなかった。
直後、俺は突き付けられた。
「アンジュが消えれば、ナナシダは私だけになってくれる?」
一度踏み外した道を、正すなんて都合のいい話は存在しないのだと。
間違えてはいけない選択を間違えたとき、それは罪科となって周囲を巻き込んだ災いと成り果てるのだと。
「リゼ様……なにを言っておられるのか、分かっているのですか……?」
「うん。もちろん。ナナシダに教えてあげるよ、人間には二つの大切な物があるの」
未だ握られ続けている手を、愛おし気に撫でつけながら。
「捨てられない大切な物と、捨てられる大切な物」
究極の取捨選択。
だがその言葉に俺は共感していた。俺にとって捨てられない大切な物はリゼ様にまつわるものだ、そして必要であれば俺を育てた影の一族を己が手で粉砕する覚悟を持っている。
両方大切だがそこには確かな優劣が存在する。だが常人はこれを一緒くたにまとめてしまう、だから切り捨てることができずに中途半端な道を選ぶ。しかし例外はどこにでもいる、例えば、
「ナナシダ。妾の勅命ぞ」
真っすぐに俺を射貫き、震えることのない芯の通った声で、ためらうことなく言ってのけた。
「アンジュを、妾の捨てられない大切な物を取ろうとする存在を……殺してきて」
☆
全身を包む黒い外套。今みたいな闇が支配する時間であれば数メートル先から見られていたとしても、闇に溶け込んだこの姿を見つけることはできないだろう。
いくつかの頼りない街灯と、夜行性の民家のまばらな光の隙間を音もなくすり抜けていく。
数度の跳躍を繰り返して見えてきたのは、ようやく親しみが持てるようになってきた校舎。
夜中ともなれば生徒は一人として残っておらず、教員室といくつかの特別教室に灯が付いているのみ。おそらく残っているのは数名の教師と夜間の警備員。
「警備に銃を使わないなんて、不用心にもほどがある」
警備なんて名ばかりの張りぼて。戦闘能力で言うなら一般人と同等だ。
訓練も受けず、ただ決められたルートを自分はここですよとライトで喧伝しながら練り歩くだけ。
外壁を一足で飛び越え、防弾仕様でもないガラスを専用の器具でくり抜く。
人一人分が侵入できるほどの穴を通り、校内に侵入。
そのまま目的地まで真っすぐに向かい、警備員や教師がいればルートを変更しながら進めば数分も経たずに到着した。
「普段は待たせてばっかだけど、今日だけは私が待ちぼうけだったよ」
薬品の匂いが充満する部屋に侵入した俺を迎えたのは、女性にしては低く落ち着いた声だった。
「アンジュ……」
「保健室ではあれだけ求めてくれたのに、数日経ったらもうお役御免なんて酷くない?」
「……」
俺がここに来た目的も、自分がこのあとどんな結末を迎えるのかも理解しているはずなのに、アンジュはいつも通りの服装で、いつも通りの調子で、保健室で向けて来た優しい目で俺を見る。
「許してくれとは言わない……恨んでくれ……」
「ほーんと、ナナシダ君ってリゼにぞっこんだよね。お願い一つで親友を殺しちゃおうとするなんてさ」
「……そうだな。俺は最低な男だ」
「別に責めているわけじゃないよ? ナナシダ君の生い立ちも、今までどんなことをしてきたのかも知ってるし」
ヘルエスタ王国きっての天才錬金術師。
王家に身柄を保護された類まれなる天賦の才は、俺達影の一族を飛躍的に強くした。
特に既存の薬が一切効かなくなった俺は、アンジュが改良した新薬によって自分でも恐ろしくなるほどに進化した。
そのときだった、アンジュにナナシダという存在がどれほどの怪物なのかを知られたのは。
「必死に隠してたのに、やっぱりリゼにはバレちゃってたんだ」
「聡明なリゼ様だ、国王や俺がいかに隠そうと些末なこと。知ろうと思えば幾らでも調べつくせるからな」
国王はリゼ様に俺が裏の仕事をしていたことを知られたくなかったようだが、隠せるはずがない。
隠せばそこに無理が生まれる、無数に積みあがったそれは矛盾やゆがみと成る。そんな存在が目の前にいるのだ、怪しまないはずがない。
「聡明……ね」
アンジュは陰のある笑みを浮かべる。
「私さ、リゼのこと結構知ってるって思ってたんだ」
「俺の知りうる限りなら、アンジュが一番リゼ様を知っている」
「そうだね、だから最近のリゼを見てびっくりしちゃったんだ……私はリゼのことをなんにも知らなかったって」
それを言うなら俺もそうだ。
リゼ様の歪みを一番に察知しなければいけないはずの俺は、幾度とあった予兆から目をそらしていた。
「すまなかった。全ては俺のせいだ」
「あっはは。そりゃそうだよ。ナナシダ君がもっとしっかりしてくれれば、こんなことにはならなかった」
「あぁ……」
幾らでも吐き出してほしかった。気が済むのであれば俺の体に刃を突き立てて貰いたかった。
どれだけ強靭な皮膚や骨を手に入れても、常人のそれではないとは言っても眼球といった弱点自体は存在している。流石に銃弾を目で受け止めるには不安が残るほどだ。
「これを使ってくれ」
懐から無数に持っているカーボンスチールのナイフを手渡す。
「気が済むまでこれで俺を攻撃してくれ」
「……やっぱりナナシダ君ってバカだよね。君がもっとちゃんとしてくれていれば……」
「すまない」
「ううん、違うよね。私も同罪ってことぐらい分かってる」
「……」
額がないとこういうときに困る。
言葉が見つからないのだ。これから殺そうとしている人になんて言葉を掛けたらいいんだ。
「いくつか言いたいことがあるんだけど、いいかな?」
「何にだって答える。俺にできることなら……」
「まず一つ目、私のことどう思ってるの? あ、異性的な方ね」
……質問の意図が読み取れなかった。
何か裏があるのか、それとも表面上は取り繕えていたとしても流石に内心は恐怖に震えているのかもしれない。
「あ、君を信用しないわけじゃないけど嘘偽りなく答えてね。一言でも嘘を吐いたら……」
アンジュはおもむろに携帯を取り出して画面をこちらに見せてくる。
「……っ⁉」
「リゼの命はないよ?」
映像に映っていたのは椅子に縛られ、意識を失っているリゼ様の姿だった。