にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
経営して一年経つ我が犬カフェの人型従業員はたった一人、俺だ。
だからその都合上、店の大きさは犬カフェとしてそこまで大きいわけではない。
とは言っても決して狭いわけでもないんだが、最近はどうしても手狭に感じてしまう。
原因? そんなのは分かりきっている。
「奈田くんコーヒー貰ってもええか?」
お店の隅っこ、お一人様用席で優雅にくつろいでいる戌亥さんの存在だ。
「はーい、ただいまお持ちしまーす」
戌亥さんが初めてうちに来てから数日、彼女は毎日のように来店してくる。
別に店を荒らされているわけでも、無理難題を吹っ掛けられることもなく、早朝に入店した彼女は夕暮れの適当な時間までここに居座るのだ。
「どうぞー、コーヒーです」
「おおきに~」
砂糖とミルクを合わせてコーヒーを出す。
流石に数日もすれば見た目も相まって少しは慣れた、こうやって他のお客さんと同じように接することができるようになっていた。
「ここのコーヒーはなんか美味しいんよな」
「あはは、ありがとうございます」
誰もが振り返るほどの存在感を放つ戌亥さん、彼女が店の窓際に座っているだけでどことなく店内の雰囲気も一段階上がった感じがする。
他のお客さんとしても、彼女の存在は楽しみの一つになりかけていた。
「ねえねえ奈田さん」
常連客の女性が声を小さくして話しかけてくる。
しかし女性客の視線は戌亥さんに向けられていた。
「あの人、すっごい美人さんですよね! 最近毎日いますけど一体誰なんですか?」
「誰と言われましても、戌亥さんとしか……あ、コーヒーは気に入ってくれてますね」
「いや、そうじゃなくて……」
なんだろう、目の前の女性客は普段からハキハキとした物言いをするのに、今日に限ってはその本領が発揮されていない。
「い、戌亥さんと奈田さんって親しい感じがすると言いますか、その……」
あーなるほど、確かにかなりの頻度で来店してくれている彼女からすれば、突然の常連となった戌亥さんに興味があるのか。
地獄の番犬であるケルベロスです。ああやって優雅にコーヒーを飲んでるけど、あれって無銭飲食なんですよ。
なんてストレートに話すことができればどれだけよかったか。
「お客さんですから、特別親しいわけじゃないですよ? 三船さんみたいにこうやってお話することも少ないですし」
とりあえず笑って誤魔化せ。笑顔はなによりも相手を安心説得させる最強ツールだ。
「そうなんですか……え、えっとその別に何かあるって訳じゃないんです! ただ、ちょっと気になったと言いますか、かなりの美人さんだったので……」
女性客、もとい三船さんは安心した表情を見せたかと思えば慌てた様に声を上げる。
ははーん、分かったぞ。これでも接客業を生業にしているのだ、お客さんが何を考えているのかある程度は理解できるつもりだ。
「三船さんも十分美人だと思いますよ?」
くぅっ! 自分の言葉ながらなんて歯の浮くセリフだ!
普段であれば絶対に言わないセリフだが、言わなければならないんだ。
この店の客層は若い女性か中年以上の男性が殆ど、比率で言えば女性客が多い。
「そ、そそそそそんなことないですよ!」
慌てた様に、それでもどこか嬉しさを隠しきれていない様子で声を荒げる三船さん。
そう、女性客は歯の浮いたセリフでも褒められれば喜んでくれる! 流石に全員がというわけではないけど。
別に自分がイケメンと自惚れているわけではない、普通の容姿と言われれば普通だと思う。しかし写真を撮るのにも鏡を見るのにも、抵抗を感じる程度には自分に自信がない。
しかしターゲット層が若い女性客であり、開店当初サラリーマン時代とは違い女性客への接し方が分からなかった。
そんな時、とある人から頂いた「不愛想、女性はとりあえず笑顔で褒めればいいのよ。でも、下心とか少しでも見せたらセクハラだから。あとキモイ笑顔はそれだけでセクハラで死刑」というアドバイスを切っ掛けに頑張ったのだ。
笑うだけで死刑とか怖過ぎだろ。ちなみにその人に笑顔を見せたらセクハラ判定喰らい、合格を出してもらえるまで続けさせられた。
多分三桁は死刑判決を持った気がする。
「いやいや、三船さんは普段から明るいですし。三船さんと話すのちょっとだけ楽しみですよ」
「えへ、えへへぇ。てちょっとだけですか⁉」
今でもセリフを吐く自分に鳥肌が立つし、俺に言われたって嬉しくないだろ、普通にキモイだろ。とか思っている。
しかし! しかしだ! それでも続けていると不思議と常連と呼べるお客さんが増えたのだ。
中にはちゃんとキモがられる時もある、そういう時は無難に接客すれば問題ない。個人的にはこっちの方が助かる。
「あはは、すみません嘘ですよ。めちゃくちゃ楽しみにしてますって」
「そ、そーですよね! 私だってお店来るの楽しみにしてるんですから! ワンちゃん達可愛いですし!」
多分、俺はこの後カウンター裏で悶えることだろう。
だが、客が来ないと店が潰れるのだ。やれることはなんだってやるさ!
因みに中年の男性客も基本褒めたり、愚痴を聞いたりしてると常連になってくれたりする。
「そう言えば聞いてくださいよ奈田さん、この間女友達の子が――」
最初はお客さんと仲良くなるなんてと思っていたが、こうして女性客と話せるようになると女子の流行とかが直接聞けたりと、かなりのメリットがあったのは嬉しい限りだ。
同僚なんて存在はいないし、犬は会話できるわけでもないし、誰かと話す機会はここだけだったりする。
「でも三船さんならストレートに返しそうですけどね」
「勿論返しましたよ? でもそうしたら――」
今回は愚痴っぽいな、こういうときは確か批判的な言葉は避けて、解決を目的とせずだっけか。
元々本を読むのは好きだが、最近は話術系を読むようにしている。意外と馬鹿にできない成果だ。
「ふぅ、奈田さんに話したらちょっとスッキリしました」
「それならよかったです、三船さんも大変ですね」
「分かってくれるのは奈田さんだけですよ~!」
愚痴を言われたときは「自分、分かってますよー」返答が有効、誰でもできる話術マスターの第三章参照。
「あ、もうこんな時間! 奈田さんごちそうさまでした、愚痴聞いてもらってありがとうございます!」
「はい、愚痴ぐらいだったらいつでも聞きますよ」
ダメ、違う、いや、と言った直接的な否定言葉は避ける、難しい場合は「そんなことない」といった表現に変える。自分を相手の鏡に見立てて受け入れる気持ちで。
教本の第三章に同じく記載。
「また来ますね~」
「ありがとうございましたー」
三船さんは笑顔で言うと店を出ていく。
俺は笑顔を保ったままカウンターの裏に回り。
「はぁ……」
笑みのまま固まってしまった表情筋を解しながら、おもいっきり溜息を吐く。
感情の吐露は絶対に人目のつかないところ、マイバイブルの後書きに書いてあった。
しかし完全に緊張を解くのはダメだ、何故なら店内にはまだ――
「奈田く~ん、おる~?」
挨拶で死の呪、ジャブで磔の呪を撃ってきそうなラスボスがいるのだから。
「はい! ただいま!」
体育会系並みの速度で急いで向かう。
到着すると戌亥さんは空になったコーヒーカップを見せてくる。
「おかわり~」
「はい! すぐに持ってきますね!」
因みに戌亥さんは店にいる間ずっと本を読んでいる。
一人席でコーヒーを飲む以外の動きを見せなかった戌亥さんに恐怖した俺が、せめてと本を渡したからだ。
「どうぞ、コーヒーです」
「おおきに~」
新しくコーヒーを入れて持ってくると、本から目を離さずに戌亥さんは答える。
どうやら結構集中して読んでいるらしい、いいぞそのままずっと読んでてくれ。
「すみませーん」
「はーい、伺いますねー」
別のお客さんから呼ばれて戌亥さんから離れる。
お客さんは俺よりも二回りは年の離れた中年の男性客だ。膝の上にはチワワのミュウが寛いでいた。
「コーヒーと、イチゴのショートケーキ一つ」
「はい、畏まりました。すぐにお持ちいたします」
この人も常連さんで、毎回スーツで来店してくれるのだが、そのたびチワワのミュウを抱えるため抜け毛が凄い付くのだ。
でも、お客さんはそれが嬉しいのか毎回笑顔。どういうことだろう。
「コーヒーと、イチゴのショートケーキです」
「おぉ、待ってました」
どうも家ではケーキが食べづらく、うちでしか食べれないらしい。
本人曰く甘党は家族で自分だけらしく、ちょっと肩身が狭いとか。
「ごゆっくりどうぞー」
席を離れ、三船さんの使っていたカップを洗う。
一人で接客と裏方両方をするため、結構大変だ。嬉しい悲鳴ともいえるが、そろそろ人型の従業員を一人でも増やすべきだろうか?
なんてことを考えながら洗っていると、聞き覚えのない男性客の声が聞こえてきた。
「ねえねえ、名前なんて言うの?」
声と言葉からするにナンパなのだろう、若い女性客の多いこの店ではたまにこういう輩が出現する。
個人経営ということもあり、こういうときはスッパリと来ないでくれと言えるのがうちの強みだ。
「お姉さん、無視しないでよー」
ふむふむ、相手にされてない感じか。
そのままトラブルを放置するわけにもいかないので、洗い物を一旦中止。フロアに向かう。
「ちょっとー、俺のこと見えてるー? ねー?」
ナンパ男はすぐに見つかった。
「なんやお前、さっきからうるっさいねん」
「あ、大阪弁じゃん。可愛いねー!」
だって戌亥さんにアタック決めてるんだもん。虎の前で裸踊りをしてる人がいたら一目で見つかるのと同じだ。
無理だよナンパ男、ラスボスに挑むには経験値が足らなすぎるよ。始まりの街を出たばっかり見たいな見た目じゃん。
その証拠に、戌亥さんはめちゃくちゃ鬱陶しそうにしてるじゃん、分かれよ~。
「奈田くん、あれ止めなくていいのかい?」
「え、あぁ、まぁ……」
ショートケーキを食べていた中年のお客さんが心配そうに話しかけてくる。
確かに、普通なら慌てて止めに入るところなんだろうけど、どうしてだかそんな気持ちになれない。
今の気持ちを正直に告白するのなら、きっとこうだろう。
がんばれナンパ男、俺は応援するぞ。マジで。