にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
「リゼ様に何をしたっ⁉」
「なにって……ちょっとばかしお寝んねしてるだけだよ。それが永遠になるかはナナシダ君しだいってところかな」
アンジュは手に持った携帯を揺らしながら、ニヒルな笑みを浮かる。
ピクリとも動かないリゼ様、冷静な頭が本物のリゼ様かどうかを疑うが、見ただけで判断が付けられれば苦労はしない。
「どうするつもりだ。逃げるための時間稼ぎか?」
「あれ、問答無用で私を攻撃しないんだ」
「悪友を舐めるなよ」
どうせアンジュのことだ、自身に危害を加えられないよう人質を有効活用しているはず。
アンジュの笑みが深くなる。
「分かる? 分かっちゃう? だよねー! そう! いくつかの条件を満たさないとリゼが大変なことになっちゃんだよねー!」
「殺しはダメだろうな……お前を無力化して拘束した場合は?」
「勿論、アウト。錬金術師ぞ? 準備に抜かりはないんだなーこれが」
ケタケタと彼女からは聞いたことのない下卑た笑い声が響く。
「おっと、携帯は渡してもらうよ。その携帯を見られたら困るからね」
「ちっ……」
後ろ手で携帯を取り出そうとするが、予想でもしていたのか?
要求を断ることもできず、携帯をアンジュの近くに投げ捨てる。
「そんな目で見ないでよ、ゾクゾクしちゃうじゃん……」
「変態が……!」
「否定はしない。でもリゼの方が結構変態じゃない? オープンな私と違って結構マニアックな部類だと思うよ」
……俺も否定はしない。
「それよりもさ、ナナシダ君はリゼのことを助けたいよねぇ? だぁって大切なご主人様だもん、私だったら居ても立っても居られないよ」
「焦ったところで状況は好転しないからな。リゼ様の身の安全を確保する手段を探すだけだ」
とは言ったものの、状況は考えれば考えるほど最悪の言葉に尽きる。
アンジュが隠しているいくつかのピースを集める必要がある。リゼ様の位置、リゼ様の身が危険にさらされる条件。
最低でもこの二つが判明しない限り手出しができない。
「ここで天才で容姿端麗。生徒達から絶大な人気と欲情を向けられる私。アンジュ・カトリーナから提案です」
どこまでもふざけた物言い。
リゼ様が人質に取られていなければ、その自称天才的頭脳か自称絶大的な人気を誇る顔面に平手打ちをかましてやりたい。
「今からするいくつかの質問に答えて貰います。全ての質問に嘘偽りなく神……今回はリゼにしよっか。リゼに誓って答えること。全てに真摯に向き合い答えることができたのなら、リゼを解放しよう」
「何が目的だ。リゼ様を解放すれば死ぬのはお前になるんだぞ」
やはりどこかのタイミングで逃げ出すつもりか。
リゼ様がどうしてアンジュを殺せと命令を下したのかは分からない、なにかを盗まれた物言いだったがリゼ様がそれについて教えてくださることはなかった。
「もしもお前がリゼ様の何か大切な物を盗んだのなら、それを渡すんだ。そうすればリゼ様にご再考していただく為に進言しよう」
「……うーん、なにいってんの?」
呆れを通り越して思い切り肩を落として項垂れるアンジュ。
ちっ、お前の為に言っているのになんだその態度。
「まあいいや、別にそんなつもりはないんだけどさ。私も正直なところ気になってはいたんだ、色々悩んだ結果こうしているってわけ」
「覚悟の上ってことか……いいだろう、リゼ様のお命が最優先だ。なんだったらこの場で俺を好きにしてもいいぞ」
「えっ⁉ 好きにしてもいいの⁉ やっぱり⁉」
「あぁ、肉なり焼くなり好きにしろ。ただ、お前が思っている以上に硬いぞ、回復能力も持久力も高い。先にお前の方がバテるだろうな……」
「さ、先に私の方が……そんなになの……?」
余裕ぶっていたのは逃げることが目的ではなく、俺を倒す腹づもりだったのだろう。
俺の肉体に驚いたのはそれが理由だろう。
「先に行っておく、お前が俺の体を調べたときよりも成長しているとな」
「マジで⁉ え、ホント⁉」
……違う、騙されるな。
一見アンジュの反応はバカとしか言いようがないが、その実コイツからは焦燥の類いが一切ない。
だが、ここで引けば奴の思うつぼだ。別に問題はない、最終的に俺が死んだところでリゼ様が助かるなら憂いはない。
「試してみるか……?」
「ゴ、ゴックリンコ……ホントか? ホントにええんか?」
「何度も言わせるな。好きにすればいい」
俺の言葉に、アンジュは取り繕うことを止めた。
みるみると表情は歪み、どこまでも下品で下劣な笑みを浮かべる。
やはり俺は何も見えていなかったんだな、友人の魂がここまで腐敗していると気づかなかった。なんと滑稽。
「ゲヘ、ゲヘヘ……リ、リゼには悪いねぇ……こんなところで、見せつけるようにナナシダ君を貰っちゃうなんて……」
よほど嬉しかったのだろう、アンジュは気絶したリゼ様が映っている画面を見る。
今のうちに少しでも状況を確認するしかない。
今回の犯行、とてもアンジュが単独で行ったとは思えなかった。アンジュは極度の運動音痴、対するリゼ様は皇女としての教練で武具にも精通している。
アンジュに敵対意識を持っていたリゼ様が、易々と捕まるはずがない。
「あ! う、動かないで! そのままジッとしてて!」
目敏い。
周囲の状況を確認しようと身じろいだのがバレたか……。
警告するには言葉の選択が少々稚拙というか、今でも俺のことを友人として接しているような物言いだが、それが持つ強制力は絶大。
「そうそう、これはナナシダ君の選択……。わわわわ私の勝ちってことだもんね、えへ、えへへへへへ」
「おい、リゼ様を必ず解放しろ。でなければ必ず呪い殺す」
「うひぃっ⁉ ちょ、ちょっとそんな怖いこと言わないでよ! わ、分かったから……!」
「なら携帯ではなく俺を見ろ」
コイツ……もはや俺は今日にすらならにとでも言うつもりか。
ハハ……確かにそうか。影の一族でも歴代最高傑作と呼ばれた男の最後にしては、一族の恥として記録されそうだ。
「え? あ、ああ、そうだよね……」
アンジュは少し引きつった表情で顔をこちらに向け、コホンと小さく咳払いをする。
「じゃあ質問。ナナシダ君は、私アンジュ・カトリーナが好きですか?」
「……ふざけているのか?」
「ふざけてないもん! 26歳の魂の叫びじゃオラァアア! 真理の扉は目の前なんじゃ! さっさとちゃっちゃと答えんかい!」
しまった。リゼ様を人質に取られている状態なんだぞ、アンジュを刺激して得られるものはない。
真剣にこんな質問に答えなくてはいけないなど実に業腹だ。
「こんな結果になってしまっているが、好きだ」
「えっ! ホント⁉」
「あぁ、お前は数少ない友人と呼べる存在だ」
「ふーん、あ、そー」
おかしい。素直に答えたはずなのに。
「えー、あー……うん、では次の質問。ナナシダ君がリゼの影付きになった理由は?」
途端にやる気をなくすなよ。今のアンジュは情緒不安定だ、どれだけおかしな質問でも答えるしかないな。
「影の一族の試練を突破したからだ」
「あー違う違う、そうじゃなくて。どうしてリゼの影付きになろうと思ったかだよ」
「リゼ様だからだ」
「……んー?」
首どころか体ごと傾けて疑問を呈するアンジュ。
「リゼ様を初めてお会いしたのは俺が5歳の時、赤子のお姿を拝見した。そのとき、俺はリゼ様に全てを捧げると誓った。初めて俺は生きるという選択を選んだ」
「5歳児の感性じゃないよ」
まあ、前世の記憶があったからな。
「お前も知っている影の一族が使用する秘薬。5歳の俺はアレを投与し続けた。全身が内側から書き換えられる痛みに耐え、モルモットのように実験と性能テストを続けた」
「うん……そこら辺はそうだね。今聞いても胸がモヤモヤする話だよね、よく心が壊れなかったよ」
「リゼ様のお役に立つため、万化の災いからお守りするため。吹けば飛ぶ燃えカスの炭でしかなかった俺がお役に立つには、それしかなかったからな。苦ではなかった」
人の形をした木偶人形。社会という操り糸に身を委ねて無意味に揺蕩う、決められた道で決められた手法で背景の一部として生きてきた。
初めてだった。己を吊るす糸を自分で握ろうと思ったのは。
「と言うことは一目惚れか、すごいねー」
「色々言葉を尽くしたいが、端的にいればその通りだ。こんな人間が持つには分不相応だったがな」
「なるほどねぇ……まだそこなんだ」
アンジュから向けられる視線には覚えがあった。
影の一族の研究所で働く研究者達がモルモットに向ける目だ、動きや習性はもちろん血肉すらただの数値をして分析する無情の目。
「リゼのことは好き?」
トーンを下げた、酷く落ち着いた声だった。
「恐れ多い。天上の存在を好きなどと……敬虔なる信徒が持ってはいけないものだ」
「それ……本気で言ってる?」
「本気だ。好き嫌いの次元じゃないんだよ」
好きは一方的な感情だ。相手を夢想し、自分の型にはめて好意を持つ。
あの人のこういう所が好き、仕草、容姿、性格、声、家柄、過去、未来、裏、全てに理由を付けて好きだという。
「リゼを愛しているって訳でもないんだね」
「見返りを求めないのが愛だとか、その人のために行動できるのが愛だとかよく言われるが。それはただの自己満足。相手のために何かをした自分に酔い、相手のために自分を犠牲にすることに発情する。そんな物をリゼ様に抱くわけがないだろ」
愛だの恋だの馬鹿馬鹿しい。自身にないものを他者で埋めようとするエゴイズムでしかない。
結局は己の価値観を基準に倫理観を見繕っているだけだ。そしてその好意が素晴らしいものだと道徳観で補強しようと躍起になる。
「……ナナシダ君だって、リゼのために色々頑張ってきたじゃん。それだってナナシダ君の想いじゃないの!」
「リゼ様のため? 違う。地球が自転と公転を繰り返し、重力によって地に縛られるように。俺が成していのはただの結果でしかない。そこに俺の意思は介在しない。恋や愛などの些末な感情ではなく、ただそうあるべきだと判断したからそうしているだけだ」
リゼ様のためなどとおこがましい考えはない。
「なにそれ、意味が分かんないよ。ナナシダ君に一体何があったの……」
「何もなかったんだよ」
息を呑む声が聞こえた。
「あるところに漠然と生きて、目標を持たず、何かを成そうと努力せず、腹を満たして寝てるだけの服を着た肉塊がいた」
訳の分からないことを口走る俺に、アンジュの呆けた視線が向けられる。
「やりたいことがなかった、面白いと思える物がなかった。まるでモノクロの背景画しか映っていないテレビを見ているように、世界を認識することなく眼球に光が当たるだけの日々だった」
当然だろう、なんせ誰も知らない前世の俺だ。
今と同じ無価値な男の話だ。
「気がつくと肉塊は死んでいた。バカは死んでも治らないと言うが、無価値な存在は生まれ変わっても無価値のままだった」
当主が俺を拾ったのはそんなときだったな、あの人の目にはさぞ殺人鬼の原石に見えたことだろう。
俺を拾ったのは当主でなく暗殺を生業にする者だったら、この手はどす黒い禍々しい物になっていた確信がある。
「転機が訪れた。醜い肉塊ですら照らす光に出会った。肉塊は気付いた、自分がここにいる意味に」
「止めて……もう……」
「己を全て使い切るのだ、血肉すら残さず捧げるのだ。無価値な人生に意味があったのだと叫ぶために。自分が人間だと思えるように」
そうだ。俺は自分を人として認識していなかった。
人の形をしたナニカだと思っていたんだ。
「気持ちが良かった。必要ともされず存在を認知されていなくても、光がそこにある事実を知っているだけでなんだってやれる気がした」
人らしい行動ができるようになった。
赤子の四足歩行と同じぐらい稚拙でヨタヨタとしたものではあったと思う。
「肉塊に自分の体に対する未練はなかった。メスで切り開かれようが、薬漬けにしようがどうでもよかった。力を持つのは簡単だった、ついでに笑みを作るのも意外と簡単だった。それっぽくすればいいだけだったからな」
練習を重ねた笑みを見せる。
心は笑っていなくても、笑みは笑み。全ては技術によってホンモノとして見せられる。
「力と人間の真似を手に入れた肉塊は喜んだ。これで光りの元に行けると、それは案外あっけなく叶った」
それだけで満足だった。求めていたものを手に入れたから。求めていた光に付き従うことができたのだから。
「ある日まで肉塊は色鮮やかな日々を送った。光の下は居心地が良すぎた。光が当たらなくなったら死んでしまうほどに」
「……リゼの気持ちはどうなの? ナナシダ君は自分がリゼにどう思われてるのか知ってるの?」
「知っているさ。幼少の頃は子供が陥りやすい気の迷いも見受けられたが、今ではあれほど心身共にお美しく成られた。こんな俺にも分け隔てのない優しさを向けてくださる」
「リゼはナナシダ君を大切な人だって言ってたよ……」
「そう、あの御方にとって全てが大切なのだ。アンジュもリゼ様の大切なものを盗むなどと、愚かな行為を犯さなければリゼ様の御友人としていられたはずだ」
リゼ様があれほどの激情を向けられたのはアンジュだけだ。中学で揶揄われようと、女子生徒からやっかまれようとも凜々しいお姿を崩さなかった。
まさか親友とも呼べる相手を手に掛けようとするほど……。そこに私情はないのかもしれない、ヘルエスタ王国第二皇女としてのお務めを果たそうとしているのだ。
「キス……されたじゃん。それ以上のことも……」
映像のことか。
「天上人にとって肉体はただの依り代。リゼ様のお心は尊き高みにおられる、下界の人間のそれとは別だ」
「……よーく分かったよ」
これで質問も終わりか。
期待していた回答が得られなかったのかアンジュは大きく肩を落とす。
そして陽炎のように揺らめいたかと思えば、手の届かない距離にいたアンジュが目の前にいた。
「こ……の……」
アンジュはピッチャーがキャッチャーのミットめがけて全力投球をするときと同じく、全身をそらせ溜めを作る。
まるで反り返ったバネが大きく反動を付けて元に戻ろうとするように、アンジュの腕が加速。
「ばっかやろぉぉおおおおお!」
まさか彼女がこのような行動に出るとは思っていなかった俺は、呆然と迫り来る平手打ちが頬に打ち込まれる瞬間まで目で追うしかできなかった。
叩かれたのは頬なのに心臓を中心に重く鈍い痛みを感じた。
「リゼの親友として……私はお前を許さない!」
目に涙を溜め、溢れた涙で頬を濡らしたアンジュが強く俺を睨んでいた。