にじさんじヤンデレ物語   作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員

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リゼ26

 刃の付いた刃物とは違い、鋼鉄で加工された棍棒でもない、一般女性の柔らかい平手。

 痛みなぞ感じるわけもなく、皮膚同時が衝突する簡素な音と僅かばかりのこそばゆさが、かろうじて自身の頬が叩かれたのだと知覚させる。

 

「リゼの気持ちをちゃんと考えたことあんのか!」

 

 痛くない。

 だが、普段の余裕綽綽を見せつける整った顔を歪め、大粒の涙を流し続けているアンジュの震えた叫びを聞くとチクリとした痛みに襲われた。

 

「答えろよ! リゼは自分の気持ちを伝えてたはずだろ! 好きでもない男なんかにあの子が四六時中護衛なんてさせるわけじゃないじゃん!」

 

「……」

 

「好きじゃない男と一緒に家に住むわけないだろ! ただの友達に時間をわざわざ合わせて一緒に登下校したいだなんて思うわけない! 絶対に!」

 

「……」

 

「護衛してたなら分かるだろ⁉ あの子が友達に向けるのとお前に向ける笑顔が違うことぐらい! 技術を学んだんじゃねえのかよ!」

 

「……」

 

「答えろよ! ナナシダァ! リゼに告白されたとき、勘違いだって言ったらしいじゃん……勘違いで、勘違いで十年以上想い続けられるのか⁉ 勘違いで何年も悩み続けると思うのか⁉ お前こそ勘違いすんじゃねえよ!」

 

「……」

 

「なんで黙ってるんだよ! 何とか言ってみろよ! 誰よりもリゼのことを大切にしてるんならさぁ! 命を懸けてでも守るって言うんだったらさあ! リゼの想いに向き合ってみろよ軟弱野郎!」

 

 呼吸も忘れてひたすらに訴え続けたアンジュ、慣れてないのだろう1分程度におよぶ思いのたけに呼吸を荒くする。

 

「あぁ……」

 

 あぁ、もう駄目だ。

 

「そう、だな」

 

 隠しているつもりはなかった。

 理解していた、見たくなかっただけだ。

 怖かったのだ。人は明確な変化を前に、恐れを抱いてしまうのだ。

 

「すまなかった……」

 

 いくら肉体を化け物のソレへと書き換えたとしても、結果を積み重ねても。

 俺の心は幼い泣き虫なままだった。

 

「俺は怖かったんだ」

 

 いつの間にか積上げられて固まった泥山に亀裂が入る音がした。

 

「前世はなんにもなかった、全ての色がモノクロに見えてたんだ」

 

 割れた内側から泥になりきっていない乾いた砂が水のように流れ出てくる。

 

「どのぐらい生きたのかも思い出せないけど、どうしようもない偏屈なまでに無難な人生だった……と思う」

 

 流れ出る砂の勢いはゆったりとしたものだ、砂時計をひっくり返して重力に無抵抗な砂を見ているじれったさがあった。

 

「人間の精神が成長するのに必要なのは時間じゃないって分かった。たとえ100年生きていたとしても子供と大差なかったはずだ」

 

 前世が何十歳だからとか関係ない。小説と全然違うじゃないか。

 ただ時間だけを無為に積み重ねた精神は、自我が芽生えたばかりの幼児と同じ色を映すが、放つ光だけがくすむのだ。

 

「この世界に生まれなおしてもそれは変わらないはずだった。研鑽されていない人生観を持ったまま、加速度的に早くなる世界の光景を目に映すだけの人生なんだと思った」

 

 当主に初めて会ったとき、俺はさぞ人形染みた異質な子供に見えたのだろう。じゃなければ闇鍋みたいに何を考えているのかが一切分からない、裏稼業を人生と語る男は見向きもしなかったはずだ。

 

「だが俺は光に出会った。幼きリゼ様のお姿を見た俺の世界は輝いた、久しぶりに食を空気を色が意味のあるものになった。俺は誓った、この御方に命を捧げることこそ身命。意味のない人生ではなかったのだと……」

 

 声は震えない。事実を述べているだけだから。

 声は張り上げない。過去をどれだけ脚色して感情的になろうと無意味だから。

 声は乱れない。そんな覚悟ながらもとより俺はここにいなかったのだから。

 

「……リゼ様が外界と関わるのは素晴らしいことだ。外的要因なくして成長はあり得ないからな」

 

 リゼ様が外の世界に憧れる姿はお美しかった。

 酸いも甘いもその身で経験したのならば、熟成させたワインの豊潤な味わいを御身で体現してくださるだろう。

 中学高校、そしてこの先もリゼ様は 齢を重ねるたびに多彩な輝きで、民衆を夜闇から照らされることだろう。

 

「だからこそ、私は不要なのだ。聖書に垂らされる水は聖水でなくてはいけない、泥水ではどれだけ崇高な文字だろうと滲んだ不出来な悪筆を綴った、ただの古びた本になる」

 

「ナナシダ君……」

 

「どれだけあの光に照らされようと泥水は聖水にはならない。自ら光れぬ存在は光に群がることでしか享受できない、光になることは決してないんだ」

 

 いつの間にか涙を流すことを辞めたアンジュの視線を前に、首を振った。

 

「遠回しだったな」

 

 延々と頭に浮かんだ言葉を垂れ流すことを止めて、十数秒と中途半端な沈黙で乱雑に散らばるナナシダとしての自己を集める。

 統一性のない建前と本音と呼ばれる潜在的な建前を並ばせ、無駄を排除していく。

 

「あ……」

 

 思わず声が漏れた。

 並べ精査し積上げた結果、檀上に置かれた至極シンプルな回答に肩透かしを食らったのだ。

 

「俺は……リゼ様が好きなんだ」

 

 情報を単純な物にまとめて書に写す。今世で培った技術はこんなところで自己を置いていき、最適な手順で私情を排除した誰にでも分かる回答を突き付けて来ていた。

 

「全てを捧げたいと思うほどにお慕いしている」

 

 どうりで。理解すれば納得だ。

 こんな簡単な想いを覆い隠すために、言葉に余計な装飾を施して絢爛な物として吐き出していたのか。

 

「怖かった。俺のような存在がリゼ様と対等になれるはずがないと、勘違いでリゼ様から拒絶されるのが恐ろしかった……」

 

 ポタリ、ポタリ。

 微かな音が足元から聞こえて視線を向ければ、半球状の水たまりが斑点模様を立体的に表現していた。

 

「アンジュ……俺はどうしたらいいんだろうな。初めて人をこんなにも想ったことがない、分からないんだ」

 

 他人であるなら関わらなければいい。

 敵であるなら首を刎ねればいい。

 友人であるなら適度な関係性を保てばいい。

 じゃあ最愛の人にはどうすればいいんだ……。

 

「バカだね。そんなのなんだっていいんだよ」

 

 無気力にぶら下がっている手が温かい感触に包まれる。

 

「好きなら好きって言えばいいんだよ、手を握りたいなら手を握ればいい。頭じゃなくて心で考えればどうするかなんて簡単に見つかるよ。それに、リゼは対等かどうかなんて考えてないんだから」

 

「だが、それは」

 

「リゼとナナシダ君の話なんだよ? 二人以外の基準なんていらないじゃん、世界の価値観で関係が変わるなんておかしいよ。そんなの悲しすぎると思わない……?」

 

 悲し気に微笑むアンジュ。

 

「怖がることなんで何もない。想いを伝えて、振られたからって二人の関係が終わるわけじゃないじゃん。一度ためだったら二度目、二度目がだめだったら三度目の正直にすればいいんだよ。想いが伝わるように自分を磨いて、相手に受け入れてもらえるように努力を重ねるんだよ」

 

「俺の得意分野だな。トライアンドエラーには慣れている」

 

 自分のため、というよりは目の前の悪友にずっと暗い表情を見せられてはたまらないから、空元気でも笑顔を見せる。

 そうすれば悪友は安堵したように不格好な笑みを返してくれた。きっと俺も似たような顔をしているのだろう。

 

「ナナシダ君、質問」

 

「またか……? まあいいけど」

 

 こんな状況で質問か。アンジュなりの気遣いと受け取ろう。

 

「リゼのことどう思ってるの?」

 

 なるほど、そういうことか。

 

「明確に俺の気持ちを代弁する言葉がない。愛している、これが一番近いな」

 

「お、言うね~」とアンジュは挑発的な笑みを浮かべると「じゃあ次」と質問を続ける。

 

「リゼのどんなところが好きですか?」

 

「頭のつむじから足先までの全て。常に清く正しくおられる姿、褒められたときに見せる照れ笑い。お菓子の誘惑に葛藤する真剣なお姿。リゼ様は隠しているおつもりのようだが、勝負事に熱くなりやすく、負けたときに少しだけ不機嫌になられるお姿。落ち込んだ時に無心でコンクリートを眺めるという、特殊な趣味に勤しんでおられるときのお姿。幼少の頃、海で第一王子と第二王子の悪戯で溺れかけて以降、水に対する抵抗感が高くなり、その克服のため密かに――」

 

「お、おっけー! もう、もう十分! 多分これ以上はもたない気がするから!」

 

「そうか」

 

「じゃあ次! 私とナナシダ君の間には友人以上の関係はございませんね?」

 

 ん? リゼ様に対する質問だけではないのか。しかも、よりによってアンジュ自身に関する質問か。

 

「そうだな、俺の中では悪友ぐらいな感覚だ。良くも悪くもアンジュとは長い付き合いだからな、友人の中では一番親しいとも言える」

 

「お、おお……それはそれでこそばゆいね」

 

 嘘をつくなと言われたから答えているんだぞ。おい、体をくねらせるな。

 

「保健室で隠れたのはちょっとした茶目っ気が発動しただけ! そうですね?」

 

「いや、そうもなにもアンジュが」

 

「茶目っ気ですよね⁉」

 

「……はい、そうです。茶目っ気です。友人関係を逸脱した行為は行っていません」

 

「ふぅ……おっけ!」

 

 なにが?

 

「汝ナナシダ、あなたはリゼ・ヘルエスタを病める時も健やかなる時も」

 

「ちょっと待て、何を始めるつもりだ」

 

 アンジュが唐突に結婚式のアレを始めたため、思わず待ったを掛けてしまった。

 ジャンルだけが掠っている程度の物だぞ、告白云々のくだりをスキップしながら飛び越えようとするな。

 

「いいから、いいから。ナナシダ君は最後に誓いますって言っておけばいいんだから」

 

 なにも良くないだろ。

 俺の訴えなんてお構いなしにアンジュは誓いの言葉を続けていき。

 

「誓いますか?」

 

 最後にお決まりの問答を投げてくる。

 どうしよう、そのままバットで撃ち返してやりたい。

 

「はぁ……。誓います」

 

「わー、わー! めでてーなー! こんりゃめでてーだよー!」

 

 牧師から参列者までを一人で熟していく多彩なボキャブラリーを見せつけてくる名女優。

 一頻り騒ぎ続けたアンジュは小さくため息を吐く。

 え、なんでお前がやり切った感を出してんだ?

 

「よっしゃ! 私の命は救われた!」

 

「さっきから何を……」

 

「さあ! 結婚式に必要なのは牧師と新郎といったらあと一つ足りないと思わない?」

 

「ま、まさか……」

 

 リゼ様の突拍子もない命令でアンジュの命を取りに来た俺、命が狙われているというのに終始余裕を見せ続けたアンジュ。

 俺がリゼ様のお側を離れるときは必ず別働隊が一時的に護衛が入るはずなのに、アンジュによる単独で行われたリゼ様の誘拐。

 俺を置いて全てがある物事を中心にズレているような違和感は、感性間近のパズルを完成させるように次々と結末に向けて紐解かれていく。

 

「では! ご登場いただきましょう! 我らヘルエスタ王国が誇る超絶完璧美少女! ヘルエスタ王国第二皇女、リゼ・ヘルエスタ新婦のおな~り~!」

 

 全てのパズルが組み合わさり、綻び一つない回答が脳裏をよぎったときだった。

 廊下に通じる扉とは別の、実験器具などを管理するための準備室に通じる扉がガラリと開いた。

 

「ぱぱぱ~ん! ぱぱぱ~ん! ぱぱぱん! ぱぱぱん!」

 

 アンジュによる結婚式で流れる正体不明のラッパを口で雑に奏でられる教室に、純白に身を包んだ女神が舞い降りた。

 

「リ、リゼ……様」

 

 ここが教室だということを忘れてしまうほどの衝撃と、全てが霞んでしまうほどにリゼ様のお姿に見惚れてしまった。

 白いドレス、そしてベールによって隠されたご尊顔。微かに覗く口元は艶やかな光沢を放っていた。

 

「ナナシダ、私リゼヘルエスタは、こんな私のために一生を捧げると誓ってくれた貴方が大好きです。強く頼もしく……そして少し頼りないナナシダと共にこれからも人生を共に歩んでいくと誓います」

 

 そう言って差し出された左手に意識が現実に思い切り引き戻される。

 

「ほら、ナナシダ君も何か言いなさいって。最愛の人だぞ、コラ」

 

 どこから取り出したのか、ちょび髭を付けたアンジュが牧師の立ち位置から野次を飛ばしてくる。

 用意も無しに言葉を用意できるわけもなく、しかし混乱する心に反比例して体は膝をつき臣下の礼を取る。

 リゼ様の手を恭しく持ち上げ、手の甲を上にする。

 

「リゼ様、私ナナシダは、何時如何なるとき万化の災いからも守護することをここに誓います。リゼ様の歩む道が茨があるのなら剣となり悉く切り伏せましょう。リゼ様に凶刃が迫るのなら我が身を持って盾となりましょう。私もリゼ様が大好きです。リゼ様のご命令とあれば我が身命を賭して世界ですらご用意いたしましょう」

 

 触れる程度の口づけを落とす。

 

「願わくば、リゼ様の隣に立つ権利を頂きたく」

 

 立ち上がり、そっとベールを持ち上げる。

 普段からしない化粧をしたリゼ様は美しく、だからこそ少しばかり赤くなった目元が特徴的に見えた。

 

「見ないで……」

 

「泣いた貴方様もお美しいです」

 

「ナナシダ、私から目を逸らさないでね。じゃないともっと泣いちゃうから……」

 

「はい、たとえリゼ様のお心が私から離れたとしても、私の全てを貴方様に捧げます」

 

「誓って……。私はナナシダを絶対に離さない。だからナナシダも私を絶対に離さないで」

 

「御心のままに」

 

 先に目を閉じたのはリゼ様。

 そして、今までの言葉を天上に捧げるための誓いを果たす。

 

 顔を少し離して数秒。閉じていたリゼ様の瞳が薄く開かれる。

 

「ね、ギュってして」

 

「喜んで」

 

 自身より一回り以上小さい華奢な体を抱き寄せる。

 

「もう少し、強く」

 

「はい」

 

「もう少し……」

 

「はい」

 

「うん、このくらいが落ち着く……好きよ。ナナシダ」

 

「俺も好きだよ、リゼ」




次回エピローグ(できれば今日中に)
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