にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
早朝、アンジュと俺は国から与えられている研究室ではなく国営の錬金術研究所に出向くことになった。そもそも大事な研究室をアンジュが破壊して再建中なので、研究室が無い俺達は今のところ無職と呼べなくもないな。
「うへぇ~、皆頑張りすぎじゃない? 私無理だわ」
天気は快晴に近い晴れだというのに、国営の錬金術研究所へと踏み込んだアンジュの反応は酷くモヤっとしたものだった。
「そう言うな。お前のやり方が常識的じゃないってことを理解してくれ」
リゼ様に提案して始まったアンジュの錬金術奉仕活動だが、いざ研究所に来てみればアンジュのように自由奔放に錬金術を遊びのように楽しんでいる研究員は少なく、大抵が国や国民が抱える問題や需要を満たすための私欲皆無で公的な研究に勤しんでいた。
自分の知識欲、並びに興味が湧いた物にしか類い希なる頭脳に電気を流さないアンジュからしてみれば、目の前でセコセコと真剣な眼差しで試験管とにらめっこをする研究員達は同じ存在には見えないだろう。
俺だって見えない。
「すみません。本日からこちらで臨時の手伝いをさせていただくナナシダとアンジュです」
どこに行っても社会人たる物第一印象が何より大事だ。
特に隣で未だぶつくさ言ってるアンジュもコミュ力は高いが、こういった場では無駄に高い社交スキルを記憶消去したのかと疑うレベルで殴り捨てるのだから大抵は俺の役目だったりする。
「お待ちしておりました。この研究室の管理を任されております、ミーティラです」
ほんわりとした女性特有の柔らかく高い声と、それからイメージする容姿をそのままにした女性が研究員の波から顔を出してきた。
柔らかい口調と違わず現れたのはふんわりとした栗色の髪をなびかせる、それはもう研究医らしからぬ女性女性していた。どことは言わないがアンジュとは身長も体型も正反対と言って良いだろう。
「おー、おっぱいでっか」
おい、絶壁スレンダーボディ黙ってろ。
「ミーティラさんですね、今日から暫くお世話になります」
「話は既に伺っていますよ、よろしくお願いいたします」
その後、最近では廃れてきてはいるが様式美として名刺交換を行う。あまり世間話が得意ではない俺は早々に話を切り出すことにした。
「それで話自体がかなり突発的だったと思うんですけど、俺達で少しでも手伝いになる仕事ってありますか?」
「そーですねー」
人差し指で自身の頬を軽く押さえながらミーティラさんは思考する素振りを見せる。
そこには同じ女性でもアンジュやリゼ様はとは違った空気が辺りを包む、本来であればあざとい仕草なのかも知れないが、柔らかく可愛らしい見た目の彼女が行うにはあまりにも自然だ。
見れば周囲でせわしなく動いていた研究員の数名が足を止めてミーティラさんに視線を向けていた。もちろん、視線を向けていたのは俺とそんなに年が変わらなそうな男共。
どうやらこの研究室の管理人はアイドルやマスコット的な役柄も兼任しているみたいだ。
「ちなみにですが、アンジュは研究系が得意です。特に見上げる程のロッククライミング場や、殴っても壊れなさそうな強化ガラスのような難題を相手にすると遺憾なく力を発揮します」
「任せてください。全てをヌルヌルテッカテカにして解決してみせます」
「あー、やっぱりそうなんですね。アンジュさんは実績もそうですけど噂通りなんですね」
その噂というのはもちろん良い方ですよね? そんな視線を向けるとミーティラさんは「えへへぇ」とダメと言われたお菓子を食べた幼児のように、気まずそうに苦笑いを浮かべた。
アンジュよ、自慢気にするのはいいがミーティラさんの反応をしっかり見ろ、絶対ろくでもない噂だぞ。胸を張るな。
「逆に、俺はアンジュのように研究というよりは、どちらかというと雑務とか細かい作業が得意ですね。特にその手の作業には事欠かない職場環境だったので」
チラリとアンジュを見る。
アンジュの研究スタイルは全ての資料がこのボーリング玉にも満たないサイズの頭脳にぎゅっと詰め込まれていて、外部演算をするためだけに手当たり次第に紙やら斜め写りが大好きな老人の難しい写本に小難しい計算式を書き広げていくのだ。
アンジュからすればそんな書き連ねた物も数秒後には頭の中にビット形式で記憶されていくようで、いらぬ物となったゴミの処理や、計算途中の資料と必要になるであろう資料をかき集めるのがいつの間にか俺の仕事になっていた。
「なるほどです。じゃあアンジュさんはあちらの研究が煮詰まっているようなので、アイスブレイクも兼ねてお願いしても大丈夫ですか?」
「えー、じゃあナナシ」
「了解しました。アンジュが行けばすぐに解決して見せますよ。な、アンジュ?」
アンジュが余計なことを言いそうだったので慌てて遮る。
俺をあそこに連れて行こうとするんじゃない。見れば虫眼鏡のようなメガネを掛けて頭を抱える研究者達の墓地が出来上がっていたのだ、あんな所に俺を入れたところで肩こりのマッサージか季節の花の話しかすることはないぞ。
「ぶー、ナナシダ君の意地悪ー。どーせ私なんかよりミーティラちゃんみたいなかわい子ちゃんと一緒がいいんでしょー?」
アンジュは遮られたことが嫌なのか、はたまた口を開けばアルファベットと数字しか吐かなそうな爺様のお会いでが嫌なのか、あからさまに不貞腐れて不満の矛先をミーティラさんに向けようとする。
「あは、あはは……」
おい馬鹿止めろ。折角生まれて20と数年、ようやっと巡ってきた出会いの季節かもしれないんだ。見ろ、ミーティラさんがなんとも言えない目で俺をチラチラ見てきちゃってるだろうが。
「そんなわけがなかろう。確かにミーティラさんはお前が道ばたに捨ててきた女性らしさを持っていて、男共の憧れの対象であったとしても仕事は仕事だ」
「そ、そんな……あ、憧れだなんて……」
ああもう、いじらしくもモジモジしちゃってまー。どうしてこれで今までお持ち帰りされなかったのか不思議なくらい耐性がないじゃないか。
よし、こういうときは男らしくいこうじゃないか、俺がしっかりお守りいたしましょう。
「鼻の下伸びてるよ」
「……つまりだ。俺は公私をしっかり分ける男ということだ。それこそが社会人としてのマナーであり、引いてはミーティラさんに余計な気遣いをさせないためにも俺はそのような不埒な感情を持たないと言いたいんだ」
なんだよその気になる女の前だからって格好つけようとしているイタイヤツを見るような目は。
俺は別にそんな思春期男子高校生はとうの昔に卒業しているんだぞ、いいからお前は早くあっちに行って老人と茶を啜って世の若人を嫌みったらしくなじってこいよ。お前年上ウケ良いんだから。
「はぁー、ナナシダ君に振られちゃったなー」
「今日の晩飯はお前の好きなの作ってやるから、さっさといけよ」
仕方が無いので交換条件を持ちかければ、コロリと機嫌を裏返したアンジュが前のめりで詰め寄ってくる。
「言ったね! やっぱりナシはナシだかんね!」
「分かったから。早く行ってこい、お前ならちゃちゃっと解決できるはずだからさ」
「へっへー! ま、美少女天才錬金術師だかんね。お茶の子さいさいよ!」
どうにも年齢と比べてチョイスするワードから埃の被った匂いのするセリフを残して、アンジュは颯爽と頭を抱える哀愁漂う爺様軍団に突撃を敢行していく。
おい、めっちゃ笑顔で頭叩くな! ほーらみろ、茹でタコ見たいに真っ赤になっただろうが。
「本当にあの馬鹿が申し訳ないです」
これが俺の役目なのは分かっているの。隣でオロオロとするここの管理者に俺は頭を下げた。
「い、いえ全然大丈夫ですから! 頭を上げてください!」
ギョッとした顔で頼りない力で俺の肩を持ち上げようとするミーティラさん。
どうでも良いことだが、行動の一つ一つが可愛らしいなこの人。
そんな臨時上司の可愛らしい一面を堪能したい気持ちと、先ほどから突き刺さる嫉妬のジャックナイフの狭間で問答すること数秒、ようやく頭を上げた俺にミーティラさんはほっとした表情を見せる。
「それで、俺は何をしたらいいですかね」
「あ、そうですねぇ……」
小動物のように周囲の状況をつぶさに観察したミーティラさんは思いついたように人差し指を立てる。
「じゃあ、しばらくは私の助手をお願いしてもいいですか?」
立てた人差し指を口元に、そして上目遣いと片目ウィンクを見せるミーティラさんは先ほどまでのが全てが演技だったのではと思ってしまうほどに小悪魔な一面を見せてきた。
「こ、光栄ですね。頑張らせていただきます……」
こりゃ結構な人に目を付けられたのかもしれん。
どんどんジャックナイフが突き立てられるから背中はズタボロだ、俺は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
「……やっぱり鼻の下伸ばしてるじゃん」
☆
一研究室とはいえ、国営ともなれば規模は民営の研究所の規模と比べるべくもない施設だ。そんな場所の管理者をまかりなりにも勤め上げているミーティラさんのスケジュールはかなりタイトだ。
「進捗はどうですか?」
「何か足りない物はありますか?」
「この間、日本国で発表された論文に確かこれに近い事象を取り上げたのがあったと思います」
「そうですね、これについては私の方で上に確認しておきますね」
出会った当初に見せていたウサギのような愛くるしさを残しつつも、いざ現場に入ったミーティラさんの活躍は目を見張る物があった。
最初はマスコット的なポジションにいるのかと思っていたのだが、各研究グループを見て回るミーティラさんの差配は的確の一言だ。各グループの進捗やリソースの管理、アラートが出ないところでも事前にその要因を取り除く姿はまさしく理想の上司といえるだろう。
「じゃあナナシダ君はこれをA-2に持って行って、その後はB-1の確認をして来てくれるかな。先週当たりからアプローチを変えてるはずだから、何か問題が発生していないかを重点的にお願いします」
「はい!」
ミーティラさんの下で動くようになって数日。小さくも敏腕を振るう上司の熱に当てられたのか、六割の力で頑張るがモットーなはずなのに気がつけば普段でも出さないような体育会系の返事を上げて、ドタバタと研究所の中を駆け回っていた。
「ナナシダです、ミーティラさんからこちらの資料と追加の論文です!」
「ありがとう、助かるよ」
「いえ、少しでもお役立てになっていれば」
柄にもないセリフだとは分かっていても、ミーティラさんだけではなくここで働く研究員は皆優秀の一言に尽きる。天才の弟子を名乗りながら一向に花開く気配すらない俺はとは大いに違うのだ。
井の中の蛙になったつもりはないが、見れば見るほど自分とは根本から違う存在が住まう世界なのだと、この数日間でまざまざと見せつけられてた。
「走り回って疲れているだろう、少しお茶でも飲んでいかないか?」
色々な所に顔を出すようになったこともあり、こうして話しかけて貰える機会も増えたが、俺なんかに気を遣わせるのは彼らの有益な時間を無駄にすることだ。まだやらなくちゃいけない仕事も残っていたこともあり、申し訳なくも断りを入れて次の目的地へと足を進める。
「……と、ここは確かアンジュが」
そんな中、ふと足を止めたのは朝と夜以外めっきりと話す機会が無くなったアンジュがいる研究室だった。
換気のために開けられているのか、引きっぱなしのドアからなんとなく中の様子を窺うと、中ではアンジュと他研究員がなにやら楽しげなやり取りをしていた。
ここに来てからというもの、最初は誇張を疑われるほどの実績から色眼鏡で見られていたアンジュだったが、そんなものは初日に放り込んだあのじいさん連中が頭を悩ませていた問題をささっと解決した実績によってワンナイト色眼鏡となった。
以降は他分野の研究チームに入ってはブレイクスルーを繰り返し続けたことにより、研究所におけるアンジュの評判は元の実績と相まって指数関数にように天井知らずとなっていた。
「アンジュさんに先日手伝って貰った研究なんですけど」
「あー、それなら多分ここの式の前にこの値をこっちに移して」
さほど離れていない距離ということもあり、アンジュと研究員達の楽しげな会話は雑談の域ではないことは明らかだ。
アンジュはその性格のこともあり、実績を噂話が覆うようにして一部の錬金術師や有力者から適切な評価を受けることがなかった。だからこそ、こうして彼女が本来の評価を周囲から受けることとなったのは素直に喜ばしいことだ。
ただ、そんな感情に靄が掛かるのも否定しがたい物で。自分だけの穴場スポットが見知らぬ民衆の定番スポットになってしまったときのような、少しばかりの独占欲が針で突かれているようだった。
「はぁ……俺もまだガキってことだな」
一方的で独尊的な思考だということは分かっている。だからこそ、この数日間ミーティラさんの元で頭を空っぽにしたいがため精力的に仕事に没頭していたのだ。
そうでもしていないと、アンジュが全くの別人に見えてしまいそうになり、自分自身に嫌悪感を抱いてしましそうだったからだ。
「あ、ナナシダさん。アンジュさんに何か用向きですか?」
扉の前でセンチメンタルなお年頃をしていた俺に気がついた女性研究員が話しかけてくる。
「いえ、とくにありませんよ。アイツがまた皆さんに迷惑を掛けていないか気になっただけですから」
「ふふっ。ナナシダさんって本当にアンジュさんの保護者さんみたいですね」
ははは、と曖昧に返している自分は本当に俺なのだろうか。今の俺は母親が見知らぬ大人と仲良くしている光景を前に一人拗ねるガキそのものだ。
この場所に何時までもいては行けない、そう思った俺は足早にその場を去ろうとして、
「アンジュさん、いつもナナシダさんの話ばっかりするんですよ」
そんなセリフを聞いてしまった物だから、腹筋にめいっぱい力を入れて動きかけていた電気信号を力尽くで押さえ込む。
「自由に研究に打ち込めていたのはナナシダさんがサポートをしてくれたからだ、て。毎日のように言うんですよ」
「……そうなんですか」
「ええ。確かにアンジュさんって錬金術師としては凄いんですけど、それについて行ける人なんてこの研究所でもごく少数ですし。それ以上にあの自由奔放で至る所に起爆剤があるんじゃないかって思える、あの発想力について行ける人なんていないんですよ」
確かに、アンジュの突飛な思考回路は幼少の頃からそうだった。20年近い付き合いだからこそ慣れてしまってはいるが、他の人から見ればさぞ奇妙奇天烈に映ることだろう。
どこの誰が、最高にヌルヌルして洗っても絶対に取れない至高のローションを作ろうなんてほざいたあげく、完成したのが今では建築素材としても使用される耐熱に優れたジェルクリームを作り出せるだろうか。
明後日の方向に走り出したかと思えば、数歩先に隠しゴールのテープをあの薄っぺらい胸でぶっちぎって見せるのがアンジュだ。
「たまに笑えないほどの失敗をするときもありますけどね」
女性研究員は手を叩いてはにかんでみせる。
「あはは、確かにありますよね。この間なんて育毛剤を作ったって言って、低刺激の除毛剤を作ってましたよ。それを知らずに使った男性陣は阿鼻叫喚でしたねー」
「あのバカが誠に申し訳ございませんでした!」
数日でやらかすには大きすぎる事件じゃないか。
「頭を下げていただかなくても大丈夫ですよ。次の日にアンジュさんが本当に凄い育毛剤を作って無事解決しましたし」
それ、なんてマッチポンプ?
「流石に材料も高価な物ばかりで少量の開発しかできませんでしたけど、安価で作れるようになれば世紀の大発明ですよ!」
「そ、そうですか。アイツが上手くやれているようで安心しました」
「最初はあの救国の英雄って看板もあって皆どう接したらいいのか分からないって感じでしたけど、今ではこの研究所にとっても英雄ですよ。私もですけど、最近研究がスムーズに進むので楽しくて仕方がありません!」
満面の笑みでそう言われてしまい、先ほどまでウジウジと悩んでいたことが馬鹿らしく思えてしまう。
アンジュはどこでもアンジュとして自由にやっているのだ、それでこそ俺の師であり友だ。
小さな背で戦い続けたあの子を一人にしないために。俺はアイツの手助けをしたくて師と仰いだはずだ。ここですべきことは女々しい片思いをこじらせることじゃないだろ、バカか俺は。
「それが聞けて良かったです。もしもアイツが暴走でもしたら呼んでください、あの天才的な頭を引っぱたいてでも止めて見せますから」
「さすがお弟子さんですね。そのときはよろしくお願いします」
先ほどまでとは違う晴れやかな気持ちになった俺は颯爽とこの場を後にした。
「あの、さっき話してた育毛剤なんですけど。サンプルとかってまだ余ってたりします?」
心強い相棒を手にし。