にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
ナンパ男騒動から早くも一月が経っていた。
その間も戌亥さんは足繁く通ってくれていたのだが、それが少し変わる日がきた。
「おはようございまーす!」
元気な挨拶と共に店の扉を開けたのは三船さん。
「まいど~」
答えたのは戌亥さんだった。
挨拶を返したのが俺じゃなかったことに、三船さんが笑顔のままで硬直しちゃったよ。
「あ、あれ~? 奈田さんって声変わりしました?」
「声変わりで女性の声にはなりませんよ、今日から戌亥さんがバイトとして働くことになったんです」
そう言って戌亥さんを紹介する。
「よろしくー」
いつものミステリアスな表情のまま、軽い口調で挨拶をする戌亥さんに三船さんが再び止まる。
だが、今度は停止状態から一気に動きが加速した。
「ば、バイト募集してたんですかー⁉ 聞いてないですよ!」
「募集してたわけじゃないですよ、ただ最近俺一人だと回すのが難しくなってきまして」
「は、はい! 私もここでバイトしたいです!」
真っすぐに手を上げて詰め寄ってくる三船さん。
元気なところは三船さんの良い所なんだが、度々勢いのあまり近づきすぎてしまうのは止めていただきたい。
三船さんは栗色のボブヘアーで結構な美人だ、接客業にとってお客と良からぬ噂を立たせるのはご法度。
リスク回避は社会人の必須スキル、一歩引いて距離を保つ。
「三船さん働いてるじゃないですか」
「会社辞めます!」
思い切りよすぎんだろ。これが若さなのか……。
正社員の方が絶対安定してるんだから、そっちで頑張ってください。
「申し訳ないです、バイトは現状一人で十分なので。追加で募集するつもりは今のところないんです」
「そ、そんな~」
「なんや? ここで働きたいなら私がやめ――」
「ささ三船さん、こちらにどうぞー」
適当なことを言いかけた戌亥さんの言葉を無理矢理遮って、三船さんを席に案内する。
「うぅ……はぁい……」
入店直後はあんなにも元気そうだったのに、肩を大きく落とし力なく歩く様は流石に申し訳ない気持ちにさせられた。
席に座った三船さんを気遣ってか、普段は呼ばれてじゃないと来ないメルルが自主的に近寄ってくる。
そして三船さんの膝上に陣取ると、欠伸をした。
「め、めるるちゃ~ん!」
メルルの神の一手で三船さんが歓喜の笑みを浮かべる。
グッジョブメルル! 今夜のジャーキーに一本プラスだ。
カウンター裏に引っ込むと直後に戌亥さんが不満げな顔で向かってくる。
「なあ奈田くん、私の言葉遮るっていい度胸やな」
何を言っているんだこの犬。なんで俺が悪いみたいに言われてるんだよ。
「暇だから働く、金寄こせっていったの戌亥さんじゃないですか」
バイトをしてくれと、俺から戌亥さんに頼み込んだわけじゃない。
むしろ戌亥さんが唐突に本読むの飽きた、と言い出したのが始まりだった。
「本読むの飽きた、奈田くんお金頂戴」
「なにを言ってるんですか無銭飲食のお客様」
無銭飲食は俺から始めたことだから、今更とやかく言うつもりは毛頭ない。
しかしだ、金をせびってくるのは別の話だろ。
唐突なカツアゲに思わず最速レスを叩きつけてしまった。
「だって暇なんやもん!」
「もん! じゃないですよ、それならどこか遊びに行けばいいじゃないですか」
むしろそうしてくれ。
「私お金ない」
そうだった……。この人無一文だった。
だからと言って金の無心はないだろ……。
「普通に働いて稼げばいいじゃないですか、そうすれば暇もなくなって遊ぶためのお金も手に入りますよ」
「じゃあ、此処で働けばええねんな!」
「ええわけないでしょ!」
どうしてそこに帰着しちゃうかな。
ここで働かれたら本末転倒なんだよ、戌亥さんがここ以外で働けばうちに来ることもない、お金が入れば遊びに行くためさらにここに来ない。
そんな完璧な循環を求めているのに……。
「聞いたで? 最近忙しいらしいな、手が回らんのやろ?」
「うぐぅ……どうしてそれを」
「私ケルベロス、耳が良くないと番犬できんねん」
確かケルベロスって冥界から逃げようとする人を捕まえるんだよな、なるほど目と鼻だけじゃなくて耳でもか。
そりゃフロアだろうとキッチンに引っ込もうと、俺の呟きは聞こえてるってわけか……。
……………………え?
「あ、あの~」
「んー?」
「つかぬことをお聞きしたいのですが……」
「言うてみ?」
俺が次に何を言おうとしているのか分かっているように、戌亥さんはニヤニヤと値踏みするような笑みを浮かべる。
「もしかして、俺が裏で色々言ってたことって聞かれてたりします?」
思い出すのはこの一か月、ナンパ男事件から少しだけ親しくなったこともあり、悪口のつもりはないがボヤキのような言動が増えていた。
正直に言おう、気が緩んでいたのだ。
「そうやんなー、本に集中してたからあんま聞いてたりはせえへんかったけど」
そうか、ケルベロスって番犬なのに結構な人数を逃がしてしまったことで有名、つまり何かに集中すると周囲への関心が薄れるということ!
勝てる! このポンコツ犬になら勝てるぞ!
見えた一抹の希望に、俺の表情は緩みそうになり。
「見た目詐欺、ゴリラ、無銭飲食、食い意地張ってる、なんで毎日来るんだ、暇人、暇犬、事実上おばさん、うちの犬の方が優秀、尻尾を触ってみたい、あの犬耳は本当なのか、まぁ少ないんやけどそんな感じのは聞こえとったなぁ」
「誠に、申し訳ございませんでした」
たった一ヶ月で得意科目となった土下座を披露。
どうにか命だけは助けてください、養わないといけない子がいっぱいいるんです。
「ええよええよ、別に怒っとらんから」
「いえ、それでも見えないところでそのような発言をしてしまったことは事実。本当に申し訳ございません」
これで何度目だろう、今世に別れを告げたのは。
あれ、俺ここで殺されたら冥界でもう一回顔合わせしなくちゃいけない?
すっげー気まずいじゃん。
「……本当に怒っとらんよ?」
「ゆ、許していただけるんですか……?」
全身から漏れてる謎オーラをしまってから言ってくれ。
なんだよそれ初めて見たよ。純粋に怖いんだけど。
「そこまで言うんやったらしかたないなぁ。此処で働かせてくれるんやったら、今日までの言葉を聞かなかったことにしてもええで?」
「……喜んで」
そんな出来事が昨日ありました。誰だよポンコツ犬とか言った奴ぅ……。
ちなみに、今日の朝一に身元保証書を含めた、書類全てを渡された。
この間までないって言ってたのにどうやってこれを……。聞かない方がいいよな、触らぬ神になんとやらだ。
「そうやったっけ? 私の記憶では奈田くんが泣きながらお願いして来た記憶があるんやけど」
「いつの間に世界線飛び越えました? もうそれでいいので働きましょう」
「なんや奈田くん、最近私の扱い雑やない?」
「そんなことありません、親しみやすくなっただけです。それじゃあ俺は裏方回るので、戌亥さんはフロアお願いします」
バイト初日に事前準備もなくフロアを任せるなんて非常識と思われそうだが、戌亥さんが謎の自信を引っ提げて、完璧にできるから任せろと言われてしまえば頷くしかなかった。
「よっしゃやったるで!」
戌亥さんは気合の掛け声とともに袖を軽くまくり、白く細い腕で力こぶを作る。
……不安だ。
「ホットコーヒーのブラック2つ、サラダパスタ1つ、ナポリタンのピーマンなし1つー」
「伝票は書きました?」
「勿論書いたで」
おや?
「まいど! 何名ですか……二名様ですねー、こちらへどうぞー」
戌亥さんの様子が。
「アイスコーヒー1つ、モンブラン1つな」
「了解です」
もしかして戌亥さんって、有能?
伝票を置いてお冷の交換、さらには空いたテーブルの水拭き、お客さんの空いた皿の回収。そしてテーブルへの案内。
レジ打ちは流石に俺が行ったが、それでもバイト初日とは思えない手際の良さに開いた口が塞がらなかった。
「なんや奈田くん、あり得ない物見たみたいな顔しとるで?」
「い、いえ。戌亥さんがここまでバイトが上手だとは思ってなかったので……」
正直失敗しまくると思ってたし、戌亥さんは意外と食い意地が張ってるから盗み食いも可能性として考えていた。
しかし、結果を見ればどうだ。
まさかここまで即戦力な人材と誰が思うのか。だってケルベロスだぞ。
「私がなーんもできひんと思うとったんか?」
「そこまでは流石に、でもバイト初日ですからミスとかは前提に考えてました。流石戌亥さんですね」
「せや、私ケルベロスやからな」
んー、ケルベロスは関係ないのでは?
ともあれこれは嬉しい誤算だ。後は犬達が怯えなければ問題ない。
最近は近寄れる距離も2メートルになってきたし、こっちもいずれ解決するだろう。
「戌亥さん休憩に入ってください、後は俺がやるので」
「おおきにぃ」
店が混む時間帯を余裕を持って対応できたのは何時ぶりだろう。
お客さんがはけてきたため、戌亥さんには先に休憩に入ってもらうことにした。
鍋に山盛りの蒸かしたジャガイモ(賄いだけどそれでいいの?)を抱えて休憩室に向かう戌亥さんを見送った俺は、安堵のため息を吐いた。
「戌亥さん、有能すぎでは? それに戌亥さん美形だし、男性の集客も期待できるのでは?」
とは言ってみたものの元々穴場的な立地に位置しているため、地元のお客から口コミとかで根を張るように集客しているのだ。
ネットで告知とかすればまた変わってくるのだろうが、一年とはいえ積み上げてきた今の店の空気を壊したくないのが本音だ。
ま、そんな簡単にお客が増えるとか客層とか関係なかったんだけどね。むしろ女性客が増えた。
戌亥さんがバイトを始めてしばらく、色々問題が起きると思っていたのが嘘のように、波風の立たない日々を送っていた。
そうして来たのが給料日。
なにげにバイトを雇ったことすら初めてなので、給料明細とはいえ従業員に給料を払うことにちょっとした達成感があった。
「戌亥さん、店閉めたらちょっといいですか?」
「わかったけどなんの用や」
最後のお客を見送った後、閉店作業をする戌亥さんに声を掛ける。
「今日が給料日なので、給与明細を渡したいんです」
「おぉ! 今日なんか!」
途端に声のトーンが上がる戌亥さん。
普段微動だにしない尻尾が少し揺れている。相当嬉しいようだ。
給料という魔法のワードによって瞬く間に閉店作業を終えてしまった戌亥さんを連れて、奥の事務所に移動する。
「はい、これが給与明細です。あとで口座と合わせて確認してください」
「おおきにおおきに!」
ケルベロスが口座を持ってるとか不思議で仕方ない、しかもケルベロス口座とかいう都市伝説にすらならないネーミング。
多分地球産じゃないんだろうから、俺は一切触れなかった。
地獄とか冥界とか引きずり込まれたりしたら嫌だし。
「それで、戌亥さんはどこか遊びに行くんですか?」
「え、なんで?」
あれ? そういう話じゃなかったっけ?
戌亥さんがバイトを始めてから今日までの間に、俺の中で戌亥さんに対する認識は結構変わっていた。
仕事できるし、マイペースで我が道を行く感じだけどそれは彼女の魅力的な部分だ。
どっか行ってほしいな、からうちでこれからも働いてください! と経営者として思うようになっていた。
「バイトを始めた理由って暇つぶし兼遊ぶための資金稼ぎだったじゃないですか」
「あー、確かにそういえばそうやった。なんか遠出するの面倒になってきたんよな」
身も蓋もねぇ……。
「じゃあ、給料の使い道って家賃とか食費……」
そこまで言いかけて俺はとあることに気が付いてしまった。
「戌亥さん、今どこに住んでます? 何処で寝てるんですか?」
「住んでないよ、適当に山で寝たり東京タワーの上やったり、この間はスカイツリーで寝たな。風強くて寝づらかったけど」
そっか、野宿か。
ケルベロスがアパート住まいとかあんまりイメージなかったけど、野宿なら納得だ、野生感じるよね。
「戌亥さん、何処か住みましょ? ケルベロスでも見た目は女性なんですから」
「え~、ええよ面倒くさい」
「いやいやいや、ダメですって。見つかったら通報されますよ⁉」
「んな見つかるヘマせぇへんよ、ケルベロスだもん」
ケルベロスに信頼置き過ぎだろ。自信満々じゃん。
それでもちゃんと人目は避けているか。
「でも遠い所まで寝に行くと朝の出勤とか大変じゃないですか? 近くに住めば色々便利ですよ?」
「ん~……。じゃあここに住めばええやん! 起きたら出勤できる!」
「なにそのゴールでスタートすれば最速理論。もうちょっと遊び持たせません?」
答えがストレート一本しかないというか、キャッチャーも「嘘、それでいくの?」て心配するだろ。
「奈田くんもここに住んどるんやろ、部屋とか余ってないんか?」
「あ、余ってますけど……」
家兼職場ってちょっと憧れてたが故に、我が犬カフェは家と店の両方の役割を持っている。
当然、居住スペースはいくつか確保している。
しかし! それは未来の伴侶と子供の三人仲良く犬カフェ経営という夢のためだ!
決して地獄の番犬を住まわせるためじゃない!
「で、でもあの部屋は使い道があるので……お貸しできないと言いますか、その……」
「その部屋何に使ってるんや?」
「み、未来で……」
「ならええな!」
よくない! でも言えない! 目の前でニッコニコしてるの美人の皮を被ったケルベロス!
未来の伴侶、若しくは息子の部屋を他の女性に使わせるなんて……未来の伴侶に対する裏切りだ!
か、かくなる上は……。
「わかりました。ここに住んでいただいて構いません」
「やーっと折れたなぁ。じゃあどの部屋に――」
「ただし! 俺の部屋を使ってください、俺は余ってる部屋に移動するので!」
これならまだ裏切りにならない……はずだ!
納得してください戌亥さん!
「んー。まぁそれでええか」
勝った……。
「明日丁度定休日なのでそのときに移動すませますから、明日の夜に来てください」
「おっけー」
「あと、必要な物があれば準備お願いします。ベッドは来客用のがあるので、こだわりがなければ使ってください」
山で寝るぐらいだからこだわりとか無いだろうけど。と思っていれば案の定なんでもいいらしい。
翌日、俺は急いで荷物を空き部屋に移動させた。
幸いにもあまり物に執着がなかったため、半日程度で移動を済ませることができた。
「まいど~!」
その日の夜、持参なし状態の戌亥さんが我が家に転がり込んできた。
……俺のポケットマネーで戌亥さんの必需品を揃えることになりました。
元俺の部屋に入った戌亥さんが物珍し気に見回し、鼻をクンクンと匂いを嗅ぐ仕草をする。
「おー、奈田くんの匂いばっかや」
忘れていた、ケルベロスだから匂いとかに敏感なのかもしれない。
掃除用具を入れている箱から、新品の消臭スプレーを戌亥さんに渡す。
「すみません、これ消臭スプレーです。使ってください」
「……ありがとうな」
その後、居住スペースの間取りの説明をしたり、一応戌亥さんは女性なので簡単なルールを設けていった。
諸々の説明が終わったのは夕暮れを過ぎ、辺りが暗くなった頃だった。
「戌亥さん、結局給料の使い道ってあるんですか?」
翌日のお客がいない時間帯。
暇になった俺はなんとなく先日聞きそびれていたことを戌亥さんに聞いてみた。
「ジャガイモ」
「それだけじゃないですよね?」
「だけや」
「だけですかー」
ジャガイモ買うだけだったらバイトする必要ないんじゃないですかね、バイトする前だって無銭飲食でジャガイモ食ってたじゃないですか。
……ここを詰めると自分の過ちに気づきそうだ、考えない方がいいな。