にじさんじヤンデレ物語 作:にじさんじヤンデレ委員会非常勤員
今回は戌亥さんの元ネタ、ケルベロスと周囲の関係性についてでーす。
三頭のケルベロスの両親も人と獣の姿をしています、めちゃんこ強かったらしいですね。
特に父親なんかは対ゼウス兵器だったとか。↓の感じですね。
ケルベロスの両親は父:テューポーン 母:エキドナ
ケルベロスを使役したハデスの両親は父:クロノス 母:レア―
そしてテューポーンとクロノスの母はガイアって言う神様なんですね
つまりケルベロスとハーデースは血のつながりが少なからずあるということです。
ですが、ケルベロスの父:テューポーンを殺したのはハデスの兄弟:ゼウスです。(父ちゃん負けちゃったよ……)
そしてゼウスの武器を作ったのがガイアの別の子供
さらに、ゼウスの武器を作る切っ掛けを作ったのもガイアなんですね。(新背同士でなにやってんねん)
当初の目的は違いましたが結果的に、ガイアは自分の子供Aが使う武器を、自分の子供Bに作らせ、武器を手にした自分の子供Aによって、自分の子供Cが殺されたってことですね。
A:ゼウス B:鍛冶する神 C:テューポーン
父を殺した存在の兄弟に仕える、これは現代の倫理観で見ればモヤっとした気持ちになりそうですよね
でも、ヘラクレスが贖罪だかなんだかぬかして、ケルベロスを捕まえるためにズンドコやって来た際には
「傷つけたり殺したりしない」という条件をつけたりしているらしいです。
そう聞くと両者の関係は意外と仲はよさそうですよね。
ちなみに、ヘラクレスはケルベロスの兄弟を結構殺してます。それが贖罪のためだとか、すごいですね。(ガイア行けっ! 息子の敵だっ!)
なので、ハデスが条件を付けなければどうなっていたか……。グッジョブハデス
酒乱の父を親に持つ子が酒を嫌悪するように、子は周囲の環境をよく見ているものです。
戌亥さんが「勝負」とかがニガテってなんとなく納得できますね。
にじさんじにヘラクレスを元にした人とか出てくれないですかね……。
戌亥「あんときはよくもやってくれたな、めっちゃ眩しかったわ!」ゲシッゲシッ
贖罪男「す、すんません! 調子乗ってました!」
戌亥「あんときめっちゃ眩しかったんやで!」ゲシッゲシッ
贖罪男「ヒーッ! ごめんなさいー!」
あ、これ本編には関係ないんですが、猛毒で有名なトリカブトってあるじゃないですか?
贖罪男がケルベロスが地上に連れ出したときにビックらこいて、涎ダバーしたので生まれたらしいですね。
つまり、トリカブトを食べればケルベロスの一部を体内に取り込めるということ
さ、みんなでトリカブトを食べよう! 上手くいけば戌亥さんに会えるかもだぞ!
戌亥さんが某動画投稿サイトで有名だと知ってから数日後、営業中だがピークの時間帯を抜けてお客さんのいなくなる時間。
驚きが減って来た日常に隕石が降ってきた。
「スカウトされた」
「へぇ、スカウトですか。凄いですえええええ⁉」
めちゃくちゃ驚いた俺とは違い、当事者である戌亥さんはキョトンとしている。え、そんな驚くことじゃないの?
しかし、有名なアイドルとかもスカウトされて芸能界に入ったとか言ってるし、見た目だけならめちゃくちゃ美人な戌亥さんなら必然なのかもしれない。
「い、いつの間にスカウトを……」
戌亥さんがうちに住むようになってから、不思議と彼女の外出する姿を殆ど見たことがなかった。
ジャガイモを求めて放浪することがあったから、もしかしたらその時なのかもしれない。
「昨日」
「昨日⁉ お店で働いていたじゃないですか⁉」
「そのときに来た」
ま、まさか神聖なる俺の店でスカウトだと……。
玄関から土足で我が家に踏み込まれたような怒りがこみ上げる。
「そいつの特徴とか覚えてます?」
「特徴? なんや丁寧な感じやったかな、多分」
なるほど、戌亥さんが丁寧と評価するということはまともな人かもしれない。
じゃなければナンパ男が辿るはずだった終焉が、スカウトマンを主人公にしたものになっていたはずだ。
「見た目とかは分かりますか? あと時間とかも教えてください」
幸い店には防犯用の監視カメラがある、時間と特徴さえ分かれば……。
「えっとな……13時23分00秒やった」
「凄い正確っ⁉」
じ、時間まで正確に覚えてしまうほどそのスカウトマンは凄かったのか⁉
地面が揺れたのか、俺があまりのショックに打ちのめされたのか、久しぶりに膝から崩れ落ちた。
「なんや急に落ち込んで、悪い物でも食うたんか?」
「いえ……まさか戌亥さんがそこまで時間を正確に覚えているほど、そのスカウトが嬉しかったのかとか。店でそんなことをされたこととかに憤っているだけです」
「怒ってる体制には見えへんね、それよりこれ見てよ」
それよりって……もう少し気遣ってくれません?
貴方に住まいと職と食を提供してる人ですよ?
しかし、ゴーイングマイウェーな戌亥さんに期待するだけ無駄と言うもの、黙って見ろと言われた戌亥さんの携帯の画面を見る。
「画面のどれを見たらいいんですか?」
「これや」
視界外から侵入した、絹のように品やかな指が画面の一部を指さす。
一件のメールのようだ。タイトルに「にじさんじプロダクション人材スカウト部よりVタレントスカウトのご提案」と書かれており、メールの受信日は昨日日付の13時23分00秒となっていた。
「あ、メールだったんですね」
「言うてなかったっけ?」
「言ってなかったですね、スカウトされたとしか」
セーフッ!
我が聖域は穢されてはいなかった!
土足で上がりこまれたと思ったら実際は靴に似た靴下を履いていただけで、慌てて謝罪したくなったときのような申し訳なさに包まれた。
すみませんでした、スカウトマンさん。
「まぁええやん」
ええわけあるかい!
「にじさんじ? 聞いたことない所ですね」
「私もないから奈田くんに聞いたろと思ったけど、失敗や」
「面目な――」
「にじさんじはここ近年で台頭してきたV専門の芸能プロダクションです!」
二人で頭を捻った直後、第三者の声が回答権を掠め取っていった。
ていうか三船さんだわ。いつ来店したのか気が付かなかった。
「三船さん⁉ すみません。席にご案内しますね」
いくら馴染みのお客とはいえ、それで対応を変えるなんて言語道断。
直ぐに普段座っている席に案内してお冷を出す。
「アイスコーヒーとチーズラスクお願いしまーす。メルルちゃーん! おいでー!」
「かしこまりました」
「私ジャガイモ―」
「かしこまりませんよ」
「ケチ」
注文の品を三船さんに提供する。
一応蒸かしてあったジャガイモをバターと一緒に戌亥さんに渡す。
「さっすが奈田くん! ジャガイモ―!」
気分が急上昇した戌亥さんは、そのまま三船さんの向かいに座るとジャガイモを頬張り始める。
「戌亥さんってジャガイモの時だけテンション違いますよね……」
「せめて裏で食べてくださいよ、戌亥さん」
お客さんと一緒に食べるとか犬カフェとしてどうなんだ?
犬耳だから犬扱いならいけるか……。
「私は全然大丈夫ですよ! むしろ戌亥さんと一緒にご飯食べれるの嬉しいですから!」
「すみません、気を使って頂いて」
「んー、ひふへひゃんあいいっへいっへふんやははら、んえんえはん」
「何を言ってるか分からないです」
「んー……」
気にせずどんどん頬張って頬袋を膨らませていく戌亥さん。
少しは気にしよう? 綺麗なお顔がリス見たいにパンパンじゃないですか。
「そう言えばにじさんじのお話してましたよね! 二人とも好きなんですか?」
同士を見つけたとばかりに目を輝かせる三船さん。
「実は名前を知ったのも今日が初めてでして……。戌亥さんがそのにじさんじという所からスカウトのメールを貰ったらしいんです」
「へぇ、スカウトですか。凄いですえええええ⁉」
お、デジャブ。俺とまんま同じ反応だ、つまり俺の反応は正しかったというわけか。
戌亥さん、ジャガイモにくぼみを作ってバターの池を作ってないで、俺達の反応を見習ってください。
バターって結構なカロリーだけど、毎日バグバグ食べてるのにスタイルが維持されてるのはどういう理屈?
聞いてもケルベロスだからとしか返ってこなさそう。
「い、戌亥さん本当ですか⁉」
「んー」
左手にジャガイモ、右手に持った携帯を見せる戌亥さん。
見せられた画面を見た三船さんが再び驚きの声を上げた。
「ほ、本当だ……凄いです! 凄いですよ戌亥さん!」
「それで、二人とも知らなかったのでこのメールをどうしたらいいのかと、考えていたんです」
「ええ⁉ 受けましょうよ! 戌亥さんなら絶対人気になります! 私ファン第一号名乗っていいですか!」
「んぐんぐ……ん? ん~……ッ! んぐんぐ~」
「ありがとうございます!!」
「違う! 絶対違う!」
完全に理解するのを諦めてジャガイモに逃げてただろ!
にじさんじ、どこかの怪しい事務所かもと思っていたけど、三船さんの反応を見る限りかなりの優良事務所?
だけどまだ情報が足らないな。
「三船さんが来てくれて助かりましたよ、やっぱり頼りになりますね」
「そ、そうですか~? えへ、えへへぇ」
「にじさんじにスカウトされたってことは、その動画サイトでアイドルのような活動をするんですか?」
芸能、事務所、スカウト。大抵の人はアイドルか女優関連なのだろう。
戌亥さんが動画を投稿しているサイトで活動、ということは戌亥さんの歌ってみたを聞いてのスカウトなのか。
「えぇっとですね……アイドルもあるんですけど、ちょっと説明が~……」
「では、私から説明しよう」
「山寺さん⁉」
二児の娘を持ち、超美人なお嫁さんを持つ頼れる大人の山寺さん!
でもなぜだろう、ナンパ男のときのようなかっこよさというか頼れる大人感が……ない?
「すみません、席にご案内しますね」
「大丈夫ですよ。それより先ほどのお話したいので私もこちらに……お邪魔してよろしいかね?」
山寺さんはジャガイモを頬張っている戌亥さんを一瞬だけチラ見して……。
見なかったことにして三船さんに許可を求めた。
三船さんもにじさんじについての話がしたいと、快く受け入れてくれた。
「では、にじさんじについてご説明しましょう。まずはさかのぼること2016年、とあるバーチャルユーチューバーが産声を挙げたのです」
「あ、ユーチューバーって言っちゃうんですね」
「大丈夫ですよ三船さん、そもそもが二次小説なんで。趣味で書かれているので問題はないですね」
「んぐ、んぐ……んぐんぐんぐんぐ!」
普段よりも饒舌、そして恍惚な表情を見せる山寺さん。記憶違いかな、口調が違うような。
そして始まったのが彼によるバーチャルユーチューバーと言う存在の歴史、その文化だった。
話が始まって5分、俺達はみな後悔していた。
そう、目の前で話し続ける頼れる大人の山寺さん。彼は廃にじさんじ箱推しだったのだ!
「――というわけで、にじさんじの活動の幅は実況、声優、歌手、アイドル、クリエイターと幅広いものになります」
「あ、あははー。私もそこまで深く知りませんでしたー」
「そうですねー、俺もここまで深い沼だとは思いませんでしたー」
「スー……スー……」
山寺さんの演説がようやく終わったとき、俺と三船さんは目のハイライトを消し、戌亥さんは寝ていた。
「先ほど見せていただいたメールにも記載されていましたが、戌亥さんの歌。これがかなり強いようですね」
「再生回数凄いみたいですね、三船さんに教えていただくまで知りませんでしたよ」
やっぱり歌か、誰でもあの歌を聞けばあの魅力に引き込まれる。
にじさんじ以外からもスカウトは何時来てもおかしくはないな。
山寺さんの話を聞く限り、にじさんじとホロライブの二強らしい。しかしだからと言って他グループや事務所が弱いわけではなく、それぞれニッチな分野に富んでいたりと群雄割拠といった情勢のようだ。
「Vチューバ―の利点は自身の分身を作り、それを用いて活動ができるということです。身バレ等を防ぎ、美醜関係なく活動できるのということは活動におけるハードルを何段も下げてくれます」
「何というか凄いですね」
「逆に、美醜に関係なくということは戌亥さんのように容姿が優れている方にとってみれば、自身の強みを一つ無くしてしまうということです。そして見た目に優劣がなければどこで強みを出していくのか……」
「個性、才能……」
「そうです」
話を来ていて、分不相応に自分でもできるのかと思ってしまったが、個性や才能が関わるなら話は別だ。
美醜が関係なくなるのは戌亥さんにとってマイナス、だけど代わりに歌がある。
「戌亥さんの人を引き付ける歌声はVチューバ―となっても劣ることはなく、むしろキャラクター性を強く持たせることができるのです」
「私の推しも歌が上手い人なんですよね~、私としては戌亥さんにVになって欲しいです」
戌亥さんが活躍できるなら諸手を挙げて賛同したい、しかし問題があった。
「俺もそう思いますけど……」
「大丈夫です、活動は週に一回だけ、しかも1・2時間と言う方もいます。視聴者の生活習慣に合わせるため、時間帯も18時以降が多いので本業との兼業も可能です」
思わず言い渋ってしまったが、山寺さんは流石に気づいたようだ。
営業時間はもう少し遅くまでだが、その時間帯ならお客さんも少ないか。
「ま、我々だけで話していても船頭多くして船山に上るですから、外野は黙って本人の意思を尊重すべきです」
「船頭?」
山寺さんの言葉の意味が分からず、三船さんが聞き返す。
俺も分からなかったから助かる。
「あぁ、申し訳ない。指図する人が多いと意図しない方向に物事が進むという意味です」
「なるほど、当事者は戌亥さんだけですから。私達が周りからあーだこーだ言うのは良くないってことですね」
なるほど。解説ありがとうございます。
「じゃあその当事者を起こしましょうか。戌亥さーん起きてくださーい」
「ん、んぁ……」
仮にも一緒に住んでいるわけだが、それでも戌亥さんが寝ているところを見るのは初めてだ。
起こすのがもったいないと思わなくもないが、今の話は戌亥さんがいないと始まらない。
隣にいる戌亥さんの肩を揺さぶと、小さな唸り声が聞こえた。
ゆっくりと開かれていく瞼から覗くオッドアイが、光を当てた宝石のように幾重の輝きを散りばめて煌めく。
「やばいです、同性の私でもドキッとしちゃってます」
「ふふふ、私には勿体ないほどの妻と娘たちがいますから。この程度……」
「山寺さん、その携帯をテーブルに置かないと後悔しますよ?」
噛み殺されたくはないだろ? だから携帯を持って震える手を引っ込めろ! 奥さんに言いつけるぞ!
少し瞼を開いた戌亥さんは未だ眠りから覚めていないのか、肩に置いたまま放すタイミングを見失った俺の手を見つめる。
「……」
戌亥さんの細い手が、俺の手に添えられた。
心臓がドキリと跳ね上がった、視界の端で三船さんは小さく黄色い悲鳴を上げ、山寺さんが期待するような視線を向けてくる。
違う。
現代社会で衰弱した生存本能が、先祖返りしたのか今すぐ手を放せと今までにない最大限の警告を鳴らす。
ナンパ男の時の感覚が甦る。心に刻まれた名状し難い恐怖が、血流の如く全身に脈打つ。
これは……違う。
俺の手に触れている戌亥さんの手が、ゆっくりと掴んでくる。
細い腕からは想像もできない力で有無も言わさず引っ張られ、戌亥さんの前に捧げられる。
戌亥さんの口が開き、艶やかな唇楕円を描く。奥から覗く上下の鋭く鋭利な犬歯が、互いを銀色に輝く糸で結んでいた。
テレビで見た160㎞の剛速球の縫い目をスーパーカメラが鮮明に映し出すように、目の前の光景がスローモーションに見えていた。
見ていることしかできなかった。
体が…………動かない。
「あはぁ……」
たまに聞く、戌亥さんの独特の笑い方。いつもは楽し気に聞こえたそれが、今はまったくの別物。
たとえば。
料理を落としそうになり、間一髪で防いだときの、全身の脱力と共に出る安堵のため息。
飢餓の獣が血の滴る肉を眼前にしたときの、辛抱堪らず出てしまった咆哮。
食事中、犬が同族に自分の餌を取られないよう力を込めて放つ、威嚇の唸り。
いくつもの感情が混ざりこんでしまったような。
粘りけを帯び、零れ落ちるような熱のこもった笑い声だった。
戌亥さんの顔が近づき、口の開きが大きくなる、それこそ目の前に捧げられた腕に噛みつくには十分なほど。
たとえ見えていなかったとしても理解できただろう、腕に掛かる熱く湿り気を帯びた吐息が無慈悲に教えてくる。
ここまで来て、他二人の様子に緊張が張り詰めたのが分かった。
勘違いしていたのだと、だが気付くには遅すぎた。
唾液を纏った白い牙が、俺の腕を噛んだ。
「ぐっ⁉ ぁあ……‼」
味わったことのない激痛。
外聞もなくのたうち回り、悲痛に悶えて叫び散らかしたくなるほどの痛み。
だが、それが襲ってこない。まるで全身が火照り、ピリピリと麻痺するような感覚が駆け巡った。
「キャァア! 戌亥さん! 何やってるですか⁉」
「や、止めないか! 奈田君を放すんだ!」
俺を助けようと二人が立ち上がる、だが――
「ヴヴうヴぅヴうヴぅ……」
「……ッ⁉」
「……ッ⁉」
さして大きくはない唸り声に、二人の体が止まってしまう。
同じだ。有無言わさず、抵抗と言う概念すら奪うほどの何かが、二人を縛っている。
そんな中でも残った思考は状況を整理しようと稼働していた。
なぜか噛みつかれた腕に痛みはあまり感じない、だがそれは傷を負っていない訳ではない。
突き立てられた牙から、俺の血が溢れる。
それに反応したのは俺でも、三船さんたちでもなく、戌亥さんだった。
「い……ぬ、い。さん……ッ⁉」
あれだけ強く噛まれていたのに、戌亥さんは容易く牙を抜くと、溢れていた血を呑み始めたのだ。
零してはもったいないとでもいうように、一滴たりとも垂らないように口で覆い、舌を這わせ、溢れる血を呑んでいく。
喉をゆったりと上下させ、餓狼が渇きを潤すように、紳士が熟成されたワインを堪能するように。
味わい、飲み干していく。
戌亥さんを除いた全員が動けず、目の前で一方的に行われている食事をただただ見せられ続けた。
「ぁ、ぁな……だ、さん……」
そんな中、絞り出すように三船さんが声を上げ、こちらに震える手を伸ばしてくる。
こんな状況でも俺を助けようとしている、本当に優しい人なのだろう。
……だが、それは悪手。
手を出してから気付く、自分の命も贄の一つだったのだと忘れていたが故に出してしまった。
取り返しのつかない最悪の一手。
戌亥さんの瞳が三船さんに向けられ、俺に向かって伸びている手を見る。
宝石の輝きを放つオッドアイが鋭く細められ、明確な殺意が三船さんに向けられた。
「……ぁ」
意味を持たない諦めにも似た呟き。
その声が聞こえ、戌亥さんの口が腕から離れようとした瞬間。
「ぃぅさん……っ!」
唐突に動くようになった喉を震わせ、無傷の腕を回して戌亥さんの頭を抱き込む。
未だ流れを止めない血を今度は俺が飲ませるように、戌亥さんの口に押し当てる。
「い、ぃいくらでも! いぃ、です……から!」
動くが未だに痺れの引かない喉で声を張る。
回した手で戌亥さんの頭を無心で撫でた。
「の、のみたいなら……のんで、ください……っ!」
体の麻痺が薄れていくのと比例して、感じなかった痛みが強くなる。
それでも、他の人を傷つけられるよりはましだ。
「……」
ピクリと動きを止めた戌亥さんが、俺の言葉に答えるように再び血を呑み始める。
それが切っ掛けか、はたまた拘束時間が決まっていたのか、動きを止めていた三船さん達が糸の切れた人形のように椅子にへたり込む。
「な、なだくん……」
「なださん……」
声をできる限り潜め、心配そうに声を掛けてくれる三船さん達に俺は首を振った。
初めて知った自分とは違う空気のように軽い髪の感触、こんな状況じゃなければどれだけよかったか。
どれくらいそうしていたか、いつの間にか戌亥さんから小さな寝息が聞こえてくる。
「ふぅ……助かったぁ……」
「だ、大丈夫ですか……⁉」
三船さんが体の前で手を合わせ、震えを抑えながら声を掛けてくれた。
「はい、何とか……うぁ」
こちらに体重を預けてもたれ掛かってくる戌亥さんを受け止めながら、解放された腕を見る。
しっかりと噛み後を残した傷は、初めて体験するほどに痛々しかった。
「すみません、あそこのキッチンに入って右側、棚の中に救急箱があるので持ってきてもらえますか。今はその、ちょっと動けなくて……」
寝ている戌亥さんを見ながら申し訳なく伝えれば、二人は頷いてくれた。
「まだ何があるか分からない、私が見ておくから三船さん」
「はい、キッチンに入って右側の棚ですね。直ぐに持ってきます」
できるだけ音を立てないようにして三船さんがキッチンに消えていく。
「いったい……なんだったんだ……」
「分かりません、もしかしたら寝ぼけていたのかも」
「ははっ……。笑えない冗談だ」
しかし、あれが敵意ある行動だったのなら。
火に当てられているこの腕は噛み千切られていたはずだ、俺だけが知っている戌亥さんの正体。
皮肉にもそれが彼女の行動のいくつかを推察させ、僅かばかりの安堵をもたらせてくれた。
「すぅ……すぅ……」
分かりやすい寝息を立てている戌亥さんを見る。
綺麗だった唇を血で汚していなければ、この腕の痛みがなければ、バカバカしい夢だったのだと言い聞かせることもできたのに。
「救急箱! 持ってきました!」
救急箱を手に戻って来た三船さんに治療をしてもらいながら、今日一番のため息を吐いた。
【悲報】戌亥さんまだヤンデレじゃない