1話 あなたの事が嫌いです
私こと、
周囲の人間に無理して合わせて生きるより自分のペースで生きていきたいし、言いたい事はいつだってハッキリと言いたい。
でも——
『みんな、お昼食べよー!』
『うん! あ……ねぇ、日野森さんは誘わなくていいよね?』
『良いでしょ、誘わなくて。あの子すぐに怒るし』
そんな考えを持つ人間は、どうやら学校という名の小さな社会では異端扱いされるらしい。
それを学んだのが、私が中学二年生になって幼馴染で仲が良い友達である
私にとって一歌達が居ない教室は、いつもイライラさせられる場所だった。
自分と同じ考えじゃない人間は例に漏れず全て邪魔者扱いで、コソコソと裏で陰口の対象になったから。
でも、本当は私も分かってる。
私が融通が利かない性格で、その“イライラ”ともっと上手く付き合う方法も探せばあるのに、それをしようともしていない事を。
だから、私がクラスから排斥されるのは構わなかった。
クラスに溶け込む努力をしたくない私にとって、それは学校という集団社会が私に下す当然の罰だし、その罰は一人で居たい私にとって願ったり叶ったりでもある。
でも——
『たまに別のクラスから日野森さんに会いに来てる子いるよね。
『ね~。小学校からの幼馴染みたいだけど……なんか、日野森さんと“同類”って感じするよね~?』
『クールぶってるところがちょっと嫌だよね。自分は他とは違うから馴れあわないぞ、みたいな感じしてさ……』
そんな私の所為で、幼馴染の一歌達まで悪く言われるのだけは我慢できなかった。
だから私は、私の事情に巻き込みたくないから一歌を遠ざけた。
罪悪感で胸が一杯になったけど、そうしないと駄目だと思ったから私はそうした。
だって私は、自分を曲げられないから。
これからもずっと、誰かに合わせて生きるなんて器用な生き方が絶対に出来ないから。きっと、これからも同じような事が起きて、一歌達に私の所為で迷惑をかけてしまうと思ったから。
それだけは、どうしても嫌だったから。
だから、私は一歌達と一緒に居る事を諦めて、これからはずっと孤独に生きる覚悟を決めようとした。
だけど——
『でも——だからって諦められる?』
『誰かとバンドをやることも、あの子達と一緒にいることも……本当に諦められるの?』
私は、結局諦められなかった。
いや違う、諦められたら楽だったのに、そうしたくない自分がどこかに居るって事に気付かされた。
クラスで居場所をなくした私が、吸い寄せられるようにして向かった屋上で、偶然出会ったあの子——
転校続きで学校で親しい人を作るのに疲れてしまったけど、結局ひとりが寂しいんだと、今まで誰にも語った事もなさそうな自身の心情を私に語ってくれて、そしてそれは私も同じなんじゃないかと問いかけてくれたから。
私は、結局誰かと一緒に居たいんだと、孤独で生きるのはやっぱり嫌なんだと気づかされた。
だから私は中学二年生の初秋の今、もうどこかに引っ越していなくなってしまった高木さんが私に残してくれた言葉の通り、いつかひとりじゃなくなる日が来るかもしれないという微かな期待を心の片隅で持ち続けながら、一歌達と距離を取りつつ、プロのベーシストになる為に個人練習に励む日々を送っている。
——え? 『私の事情は理解したけど、どうして急にそんな事を語り始めたの?』って?
はぁ……うん、そうだね。いつまでも過去を振り返って現実逃避してられないよね。
よし……現実を見よう。もう見るしかない。
私はそんな覚悟と共に、耳障りな大声と直視に堪えない“その人”の姿の両方が共に消えている事を願いながら、意識を現実に戻す。
だけどそんな淡い期待は、耳から聞こえてくる大声と共に一瞬で消え去ってしまう。
「志歩ぉぉーーー!! おーーい! オレだぁぁーー!! こっちだぁぁーー!! 気づいてくれぇ志歩ぉぉぉーーー!!!」
それは、学校終わりにライブハウスに寄って色んなバンドを見学した後の帰りだった。
偶然に通りがかったスクランブル交差点の、その中心から端に居る私に向かって名前を呼ぶ、遠目からでもギラギラ目立つ金ぴかのタキシード風の服に身を包んだ……知らない男の人がそこにはいた。
だからこそ、私は思わず視線を明後日の方に逸らしながら呟いてしまう。
「た、他人のフリしたい……!」
そう——本当に残念ながら、誠に
正確にはたった今、知り合いになりたくなかった人間に好感度が一気にガクッと格下げになった人だ。
あの交差点の中心で無駄に光って叫ぶ恥知らずの人の名前は、
私の友達
小さかった頃は咲希のついでに私達ともよく一緒に遊んでくれて、みんなが砂場遊びに飽きて鬼ごっこをしてる中で、一人だけ砂場に残って可愛いお城を完成させることに執心していた凝り性の私に、心配してお城の完成を最後まで手伝ってくれた過去がある人。
当時は優しい人だなとか、ピアノだって上手に弾けてカッコいいなとか、こんなに面倒見が良いお兄さんが居る咲希の事が羨ましいなとも思った事もある。
だけど、今はそんな事を考えていた過去の自分の考えを、目を覚ませと全力で否定したい。今の司さんは、未来の世界的大スターを周囲に自称するとてもとても痛い人だ。
“アレ”なら、何時も要らないお節介まで焼いてきて正直うっとうしいけど、ウチのお姉ちゃんの方がまだマシだ。
あんなお兄さんを中学生になった今でも大好きだと公言している咲希には本当に申し訳ないけど、正直言って今の私はあの人の人間性さえ疑っていた。
だから私は、全力で他人のフリをする。だけど、目先の司さんは私がそんな事を考えている事など夢にも思っていないようだった。
「何、ここまでしてもまだ気づかないのか? ならば仕方ない……!」
すると、そんな感じの事を言ってそうな口の動かし方をした後で、金ぴかタキシードでギラギラ夕日の光を反射しながら駆けてくる司さん。
うわ最悪。もしかしなくてもあの人私の方に来てるよね?
本当にやめてほしい、ただでさえ今の私の立場的にも司さんはあまり会いたくない人だ。だから知らないフリをしていたのに、そんな私の関わらないでくださいというオーラはあの無神経な人にはまるで意味を成さないようで、構わず司さんは私の傍まで寄って言う。
「久しぶりだな志歩! 元気だったか?」
「……ど、どちら様ですか……?」
私は最後の抵抗で、無駄に金ぴかに輝いて目立つ司さんから冷や汗を流して目を背けつつ、知らない人のフリをする。
だけど、それが事態をさらに悪い状況に持っていってしまう事になるとは、私は思いもしなかった。
「む……? まさか、オレの事を忘れてしまったのか? まぁ、それも仕方ないか……こうして会話を交わすのも久方振りだからな、ならば——!」
「……あっ! ちょっと待ってください、今思い出しま——」
そこで私はある事を思い出して、司さんの行動を止めようとする。
それは、この人の自己紹介は一風変わっていて、こんな人通りの多い往来で、尚且つこんな目立つ金ぴかの恰好でやらせたら大変な事になってしまうからだった。
しかし、司さんは止まらない。天高く指をかざし無駄に恰好を付けたポーズになって、このスクランブル交差点中に届かんばかりの大声で言う。
「
「……う、うるさい……! 思い出したって言おうとしたのに……!」
私はキンキン耳鳴りがする耳を押さえながら、その大声の所為でただでさえ視線が集まっていたのに交差点の人達の視線がさらに一気に私達の方を向くのを感じていた。
私は完全にこの人の関係者だと認識されている現状に、とてもいたたまれない気持ちになりながら、キッと司さんを睨みつけてその手を強く掴む。
「——っ! 司さん、いいから何も言わずこっちに来てください!」
「おお! 思い出してくれたか——って、ちょっと待て……! 急に手を掴んで早足で歩くな! 転んでしまったらどうする!」
「そうですね、いっそ転んで頭でも打ってくれたほうが、その無神経な思考回路マシになるんじゃないですか?」
「なっ、どうした志歩? 怒っているのか? 何故……?」
「何故もどうしてもないですからっ……! とにかく、そのうるさい口を閉じてこっちに来てください!」
「わ、わかった、分かったから引っ張るな……!」
そして私は司さんの手を引いて暫く歩き、ようやく人通りが少ない通りにある公園に辿り着いて、そこで司さんを開放する。
開放して第一声で司さんに言ってやりたい言葉は、もう決まっていた。
私は司さんを睨みつけながら、怒っている事を全力でアピールするように腕を組んで言う。
「で、どうしてそんな無駄に光った格好で私に話しかけてくるんですか、司さん?」
だけどこの無神経な人には私が怒っている事なんてまるで通じていないみたいで、反省とは真逆の態度で、自慢げに笑みまで浮かべられてしまう。
「——フ、愚問だな志歩! 未来のスターとは輝いて見えるものだ!」
「まぶしい方の理由は
駄目だこの人、会話が通じない。私がそう思って内心ため息をつくと、司さんは腕を組みながら言う。
「む、ならば話しかけた理由か? そんなもの、
「いえ結構です……やっぱりどうせ大した理由じゃないでしょうし。だけど、声をかけるにしてもそんな恰好してる時はやめてください! 目立つじゃないですか!」
「何? 目立って何が悪いというのだ?」
キョトンとした目で、本当に何も分かっていなさそうな様子の司さんに、私は再び深い溜息をつく。
「はぁぁぁぁぁぁ……そうですね、私と司さんの価値観はまったく違いましたね。ならこの機会にハッキリ言っておきますけど、私はあんな目立ち方をするのが嫌いなんです! 分かりましたか!?」
私がそう強く言うと、流石の司さんも少しバツの悪い表情になる。
「そ、そうか……それは申し訳ないことをしたな、オレは志歩に対する配慮に欠けていたようだ。どうやら暫く会わないうちに、性格は変わってしまったようだな……」
「別に変わったつもりはないですけど……ただ、今まで咲希たちが居る前で注意するのも面倒くさいから言ってなかっただけで……でも、司さんが分かってくれたならいいです」
「なるほど、確かに今までこうして志歩と一対一で話す事は中々なかったからな……そういうことか。わかったぞ! 次からは心がけるとしよう! 安心してくれ志歩!」
「本当に分かってるんですか……?」
私はそんな司さんの言葉が信用できず、思わずジーっとその顔を見つめた。
すると、司さんは改まったように言う。
「では、改めて久しぶりだな志歩! 暫く会っていなかったが体調やその他の日常生活に問題はなかったか? 悩みなどは抱えていないか? 遠慮せずなんでも言ってくれ! この未来の大スターであるオレが全て聞き届けてやるぞ!」
「なんでわざわざ改まってそんな事を聞くんですか? 別に……司さんに報告するような事は何もありません」
その問いに対し私は、本当は何も無いというのは嘘だけど、さっきのひと騒動の仕返しの意味も込めて、そんな少しの皮肉を込めた返答を司さんに返す。
しかし、司さんは。
「そうか……ならば良かった! オレも昔のようによく顔を合わせることは無くなったからな、心配していたんだ!」
「……全然分かってないし」
「——む? 小声で良く聞き取れなかったが、今何か言ったか志歩?」
「いえ……何でもないです。はぁ、どうしてこんな事に……」
この無神経な人にはそんな皮肉など一切意味を成さないみたいで、私は思わず溜息をつく。
本当に厄介な人に絡まれてしまった。
認めよう。確かに私は、結局のところ孤独に生きる覚悟が決めきれない人間だった。
一人で居るのが好きでも、それがずっと続くのは耐えられない人間だった。
こんな自分でも、受け入れてくれる誰かが現れる事を、それこそ一歌達のような人が現れる事を諦められない人間だった。
でも、だからと言って。
「おい、どうした志歩? そんな浮かない顔をして……何か嫌な事でもあったか? よし、ならばこの未来のスターたるオレに任せておけ! 今この場でお前を元気にするために劇を披露してやる! 王子ペガサスの新たな冒険譚を——!」
その“存在”は、例え天地がひっくり返ったとしてもあり得ない程に、この目の前の無神経男なんかじゃ絶対にない。
私は笑顔を届けてくれるスターのような存在なんか、求めてない。
「結構です……いいから私の事は放っておいてください司さん」
そんな思いと共に私はそう吐き捨てると、司さんは意外そうな表情で言う。
「な、何っ……? 今回の劇は自信作なんだぞ! 魔女に黄金の呪いをかけられてしまった王子ペガサスが、身体が完全に動かなくなる前に魔女の手によって闇に染まった世界に自らの輝きで光を灯し、そして仲間と共に魔女を倒して呪いを解く物語だ! どうだ、明るくて希望がある物語だろう?」
司さんが語るその劇の内容に、ようやく私は今の司さんの恰好の真意を悟りつつ言葉を投げかける。
「全く、何が自信作ですか……でも、成程。だからそんな目立つ金ぴかの格好してるんですか司さん。その劇をやった帰りで?」
「その通りだ! 今日の学校は創立記念日の休みで、オレは咲希の病院に見舞いに行った帰りでな! 咲希はこれを見て笑顔で笑ってくれていたぞ!」
そう言って屈託なく笑う司さんに、思わず私は毒気が抜かれたような気分になる。
「そうですか……本当に、司さんは咲希の事が大切なんですね」
「ああ勿論だ! この世でただ一人の大切な妹だからな! 兄として、オレは咲希を元気にする義務があるんだ!」
「司さんは相変わらず……良いお兄さんしてますね。咲希も早く良くなって、学校にまた通えると良いんですけど」
そう、司さんは本当に嫌になるほど無神経だけれども、咲希に対しては良いお兄さんだ。
そこに関しては穂波も一歌も私と同意見だった。穂波に至っては司さんのこういう部分は尊敬しているとまで言っている。
確かに私も、普段は正直嫌になる位に迷惑な人だけど、こうして『咲希のお兄さん』をしている時の司さんの事はそこまで嫌いじゃなかったりした。
それに私も、咲希の病気は心配だ。
私自身はもう咲希と友達はやめたつもりだけど、でもそれとこれとはまた別問題。
もう今後咲希とは連絡をあまりとらないし、病気が治って退院して学校に復帰しても話す気はないけども……それでも咲希には、私の知らない遠く離れた所で元気でいて欲しい。
もう咲希が今から学校に戻っても、その傍には私は居れないけれど、それでも咲希には一歌と穂波が居るから。だから、大丈夫。私がその場所に居る必要なんて……ない。
——と、私がそう思っていると、そこで不意に司さんは視線をさ迷わせ、そして少し躊躇った様子を見せた後その表情に、普段はあんなに明るい司さんには似合わない程の影を落としながら口を開く。
「……実はだな、咲希の検査の結果が、また悪くなっていたらしいんだ」
「…………えっ?」
ヒヤリと、背筋に寒いものを感じた。
司さんはそんな私に続けて言う。
「オレも昨日父さんから聞いて知ったんだがな、治療の効果があまり出ていないらしい。その上で今回の検査結果だ……病院の入院が、当初の予定よりもさらに長引きそうなんだ。だからオレは……落ち込んでる咲希を、どうしても励ましてやりたくてな。だから今日咲希の見舞いに行ったんだ」
司さんの言葉に思わず息をのむ。それは、私が思っていた以上に厳しい、病気で入院中の咲希の病状の現実だった。
「——っ、その、咲希が今入院してる病院って確か……あの、とっても遠い病院の事ですよね? まだ……入院が長引きそうなんですか?」
「……ああ。このまま改善の様子が見られなければ1年……もしくは2年入院予定が伸びるかもしれないらしい」
「そ、そんな……2年もなんて、中学校卒業しちゃうじゃないですか。どうしてそんな……咲希はなにも、悪い事してないのに……」
「オレが病院に行った時には『中高一貫で良かった、受験勉強する事になったら困っちゃってたよ』と冗談めかして笑っていたが……強がっているのは一目瞭然だった」
「……咲希」
脳裏に中学校に入学してすぐのクラス分け発表を思い出す。奇跡的に私達四人が同じクラスになって、まるで小さい子供のように素直にはしゃいでいた咲希の姿を。
『やったー! みんな同じクラスだよ! これから中学校生活いっぱい楽しもうね!』
そんな咲希が、私達の中で誰よりも中学校生活を楽しみにしていた咲希が、体育の授業中に倒れて入院する事になったのは、それからほんの2か月後の話だった。
そんな咲希を思い出して、私は胸が痛むのを感じた。
私がそんな苦い表情をしたのを見て、司さんは話題を変えようとしたのか慌てて口を開く。
「あ、ああ……まぁ、咲希の事はオレに任せておけ! 心配するな! それより……今日は一歌や穂波は一緒じゃないのか? お前一人なんて珍しいじゃないか」
「……っ」
だけど、司さんが逸らした先の話題は、私にとって特に触れて欲しくない話題だった。
どうしてそんな事をこの人はわざわざ聞いてくるんだろう、と咲希の件もあって苛立っていたのか、私はつい言葉の端にトゲを含ませてしまいながら言う。
「……別に、一人で居ても良いじゃないですか。なんでそんな事を聞くんです?」
「……まぁそうか。もうお前達も子供ではないしな、一人でいるのも不思議はないか。いや、穂波も元気しているのかと気になっただけだ」
「穂波は……元気にしてますよ。吹奏楽部の後輩の子からよく慕われてます。それに一歌はクラスでも友達が——って、一歌の事は聞かないんですか?」
と、一歌の事も言いかけ、私はそんな疑問を感じて問いかけた。
すると、司さんから思いもしなかった答えが返ってくる。
「ああ、一歌とは最近病院で会ったばかりだからな」
「え……病院で、ですか?」
「そうだ、一歌は今でも定期的に咲希の見舞いに来てくれているんだ。だから時々鉢合わせる事もあってな、その時に色々学校の事を聞くことがあるんだ」
「一歌が……!? そうなんですか……一歌はずっとあれからも、咲希のお見舞いに行き続けてたんですね」
私は驚きを隠せなかった。
だって、咲希が今入院しているのは本当に遠くの病院で、新幹線で片道数時間もの距離にあったから。
中学一年生の頃に一度、咲希の入院が決まった時にみんなでお見舞いに行って以来、私はそれから一度も咲希のお見舞いには行っていない。
それは、私が咲希の事をどうでもよく思っていたという事じゃない。
どうしても距離があったから、交通費も馬鹿にならないから、一人で遠方に行って親を心配させたくなかったから——と、他にも色んな小さな理由が複雑に絡み合って、私は咲希のお見舞いに行こうと思う事は出来なかった。
その事情を他の人に話しても、帰ってくる答えはきっと『仕方ない』という言葉だろう。
だけど、一歌はそうじゃなかった。
一歌にとっては咲希との距離なんて関係なくて、自分の両親は勿論、遠慮してお見舞いの申し出を辞退しようとする咲希の両親側も説得して、そんな様々な障害を乗り越えて咲希の為に一歌は尽くしているんだと私は理解した。
……本当に、一歌はすごいな。
よく本人は私の事を『芯が通った強さ』があるって褒めてくれるけど、私に言わせればそんな事なんて全くない。
それが本当にあるのは一歌の方だって思った。
一歌はきっと、自分にとって大切な人の為なら何でもできるし、何にだってなれる。自分にとって譲れない存在の為ならきっと、自分を曲げずにどんな無茶だってやる。
だから私は、一歌に対して何も事情を言わずに離れる事しか出来なかった。
だって——言えばきっと、私に影口を言ったクラスにたった一人で怒り心頭で乗り込んで来る一歌の姿が目に見えたから。
そんな人だから、私は一歌に無茶をさせたくなくて何も言わずに孤独の道を選んだ。
そんな事を考えながら私が黙っていると、司さんは不意に口を開く。
「……勘違いするな志歩、オレは別にお前や穂波の事を一歌と比べて責めるつもりはない。お前たちが見舞いに来ない事を咲希は責めた事なんて一度もないし、無理してまで来て欲しいなどと願うはずもない。ただ……一歌が、特別にすごい人間なんだ」
そう言う司さんの瞳は空を向いていて、その先には夕日が沈みかけの頃に
その星を司さんは、まるで尊いモノを慈しむような目で見据えていた。
だからこそ、私は俯きながらそんな司さんに言葉を返す。
「ええ……本当に同感です」
——でも、それに比べて私は。
「……ところで司さん、咲希がその検査結果を知ったのはいつ頃かってわかりますか?」
「……む? 何故そんな事を聞く?」
「いいですから……教えてください」
「……? 分かった、咲希が結果を知ったのは昨日の昼頃だな。それぐらいに主治医の先生から話があったと言っていた」
それを聞いたと同時、私はスマホを取り出してメッセージアプリを見直して確認する。
そして、私の嫌な予感が間違っていなかった事が分かると、胸に刺すような痛みを感じながら、絞り出すように司さんに対して言葉を返す。
「——っ! そう……ですか……わかり、ました。ありがとう、ございます……それじゃあ、私は家に帰りますので……!」
「なっ……! どうしたんだ急に、志歩? 何かあったのか!?」
私は耐え切れずにその場から
だけど、私の決意は変わらない。
「……どいてください。私に何があったとしても、司さんには何も関係ありません」
「関係ない事あるか……! お前は咲希の大事な親友だ、そのお前がそんな今にも泣きそうな表情をしているのに、何故オレが放っておけると言うんだ!」
——ああ、本当に
そういう所ですよ……私があなたの事を嫌いなのは。
他人の気持ちなんて一切考えず、自分が正しいと思った事を行動するその無神経な在り方が——本当に大嫌いです、司さん。
「……ここまで言ってもまだわかりませんか? 私は、あなたに関わり合いになられたくないんです」
「——なっ!?」
「そういえば言ってませんでしたね、報告が遅れてすみません。私、咲希達とは“友達”やめたんです。今日私がみんなと一緒に居ないのはそれが理由です」
「なに……? 友達を……やめただと!?
司さんはショックを受けたような表情をしていたけど、私はそんなのどうでも良かった。
「だから、もう司さんは私に構う理由なんて何もありませんよね? 咲希の友達をやめた私は、司さんにとって何者でもありませんよね?」
「いや、待て志——」
「待ちません。それに司さん……私、あなたに一番大事な事を言い忘れていました」
そこで私は、真っすぐ司さんの目を射貫くように見据えて言う。
「
「——っ!」
そこで何も言えずに黙る司さんを見て、私はその横を通り過ぎながら最後に言い捨てる。
「もう今後、二度と私に話しかけないでください。私は……司さんの顔なんて見たくもありません」
そして私は一度も司さんの方を振り返らず、そのまま公園を後にする。
一時の感情に任せたのもあるとはいえ、司さんに対して言い過ぎてしまった事を、後になってズキズキと痛む胸を押さえて後悔しながら。
——でも、これで良い。
私なんて薄情な人間は、形はどうあれ私に親切にしてくれようとした司さんに対して、これぐらい酷い事を言う悪役を演じるのがお似合いだ。そう思いながら、私は手の中のスマホの画面に目を落とす。
それは昨日のお昼過ぎ、司さんの言葉を信じるなら咲希が検査結果を知った後ぐらいの時間帯に、咲希から私に来た一件のこんなメッセージだった。
咲希:久しぶり! しほちゃーん! 最近どう? アタシは今日も病院で退屈だよ~! 何か学校で面白い事あったら教えて?
そんな既読スルーを決め込んで、今の今まで何も返事を返していないメッセージ画面。その、いつもより明るい調子での文章を私に送った咲希の裏の心情を思うと、例えどんな理由があったとしても、咲希にわざと返事を返さなかった自分が泣きたくなるぐらいに醜い人間だと思えてしまった。
「本当……私って、最低だな」
そんな罪悪感に支配された私の脳裏に再び浮かぶのは、あの日の高木さんの言葉。
『でも——だからって諦められる?』
『誰かとバンドをやることも、あの子達と一緒にいることも……本当に諦められるの?』
「違う……諦める諦めない以前の話だったよ、高木さん。私はきっと……今後一生咲希の……いや、もうみんなの友達を名乗る資格もない」
私はそう自嘲した後、知らなかったとはいえ咲希にそんな仕打ちをしてしまった自分に対して、強く強く拳を握りこんで苛立ちを覚えた。