神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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10話 Peaky Peaky

 

 ステージが暗転し、観客達の間にこれから始まるステージに対する期待と緊張感が走る。

 そして——

 

 

 

「———— ♬ !!!」

 

 

 

 フレイアの咆哮(シャウト)に似た歌声が響き渡った瞬間だった。

 まるでライブハウス全体が燃え盛る火焔に包まれたかのように灼熱の緋色に染まり、観客は歓喜の表情でその場で飛び跳ねる。

 

「なっ……なんだ、これはっ……!? ライブハウスが()()()!?」

 

 そんな、突然の火災発生を目撃したような反応をする司に、店長は笑みを浮かべながら言う。

 

「こらこら、本当に燃えたら困るよ彼氏君。でも気持ちは分からなくないよ——この歌声が彼女の異名である“炎帝”の由来だからね。彼女の歌を初めに聞いた人間は、殆どそんな反応をするんだよ。ほら、見てごらん?」

 

 店長が指さし、司が目を擦り再び見た視界には赤いステージライトが明るく照らす舞台だった。しかし、それでも司は燃えているという視覚から抜け出す事が出来ない。

 

「これは……どういう事だ……いや、違う。そうか……! ステージが燃えているように見えるのではない、オレ自身が燃えているように感じてしまうんだ……!」

 

 司はそこでようやく気付く。フレイアの歌声を聞き自身の心臓の鼓動が暴れ狂うように拍動し、体全体を燃えるように熱くしてしまっている事に。

 ——ほんの一瞬で、自身がフレイアの歌声に熱狂するように魅せられてしまっている事に。

 それを観て、波音はもう届かない高い空を見上げるような目で、しみじみとフレイアの歌声に浸るようにポツリと呟く。

 

「……やっぱり、愛兼(あかね)ちゃんの歌はすごいなぁ……3年も聴いてないのに、今聞いてもあの頃と全く同じドキドキを感じるんだもん……すごいよ」

 

 そして、そんなフレイアの後を追うかのように、スノトラとシェヴンは互いに少し視線を交わしてアイコンタクトをとる。

 

(——やっぱ、流石自分らの信じる(カシラ)っすね、シェヴン?)

(スノトラ、行きますわよ? あの人に一生ついていくって、私達そう決めたではありませんか)

(……んな事、目で言われなくても勿論分かってるっすよ——!)

 

 

————♬ ♬ !!

————♪♪ !!

 

 

 その次の瞬間、スノトラのキーボードとシェヴンのドラムの衝撃(オト)がライブハウス全体を打ち抜く。その威力は、司の視界全体を振動で揺るがす程だった。

 

「——なっ、なんだぁ!? 雷と地震が同時に来たのか!?」

「“雷神”と“地龍”の面目躍如ってとこさ彼氏君。ドラムとキーボードを弾ける人間は多く居れど、あのフレイアの絶唱(ウタ)に負けない演奏が出来る人間はきっと、この日本っていう狭い島国を隅々まで探せど……あの二人しか存在しない」

 

 その店長の言葉を証明するかのように、二人の演奏はこのライブハウス全体を支配するかのように歌い続けるフレイアの声量に完全に追従し、フレイアの歌と共に観客達の心を捉えて離さない。

 そんな二人を観て波音は、フレイアの歌声と同じく聞き入るように呟く。

 

利音(りお)ちゃん……キーボードの指捌きがもっと良くなってる。また器用さに磨きかけた? 朱恩(しゅおん)ちゃんは……ふふっ、もっとパワフルになったね。ドラムヘッドまた破っちゃだめだよ?」

 

 そんな三人の演奏に、司は己の魂そのものが強引に鷲掴みにされたかのような錯覚を覚えながら、その表情を心配で青く染めながら言う。

 

「これは、確かに物凄い……! 今まで聴いていたバンドの演奏とは、格そのものが一段階も二段階も違う! まさか、ここまでとは……志歩は!? 志歩は大丈夫なのか!?」

 

 司はこんな想像以上の化け物が暴れる舞台(戦場)に、何も知らずに残してきてしまった妹を心の底から心配するような表情でそう言う。

 そんな司に店長はニヤリと笑って口を開く。

 

「大丈夫だよ彼氏君——志歩ちゃんなら無事、()()()だ」

「何っ……!?」

 

 そう驚愕して司はステージの上を見る。するとそこには、圧倒的な演奏を続ける格違いの三人に囲まれながらも、必死で表情を苦しげに歪めながらベースをかき鳴らす志歩の姿があった。音楽の事が分からない素人の司でも分かった。それが、志歩が懸命に三人に食らいついている姿なのだと。

 志歩は歯を食いしばりながらその心で思う。

 

(——っ!! やっぱりっ……! この人達の演奏、練習の時より更に違うっ……! 事前に言われて分かってたつもりだったけど、まさかここまでなんてっ……! まるで地震と雷と火災の三大災害が同時に起きてる現場に放り込まれた感覚がするっ……! イズって人は本当にこんな場所でベースやってたの!? 信じられない……! でも——!)

 

 挫けそうになる志歩に、今も手の中にピッタリと温かみをくれるように収まってくれる父親のペースがその心に闘志を与える。

 そして、何よりも志歩を心を突き動かしているのは、観客席から今も志歩を見つめる司の姿だった。

 

(——司さん、何そんな心配したような顔をしてるんですか。あなたが信じて送り出してくれた私は……この程度で音を上げる人間じゃないですよ……! だからっ、そこでいつも通り貴方らしい自信満々な笑顔で居てください。そして、『これがオレの自慢の友だ』って、そう言って貰えるぐらいに最高の演奏を、私は……貴方にッ——!)

 

 志歩はそう覚悟を更に強く固め、一瞬目を閉じた後に再びその瞳をカッと大きく見開く。

 その翡翠(ひすい)色の瞳の虹彩を更に強く、恒星(こうせい)が如き意思の光を宿しながら、曲に合わせてベースの弦を一気に弾き上げる。

 

————♪ ——♪ !

 

 その弦の音の響きは、音が生きた災害のように暴れ回る中でも潰されずにしっかりと観客席にまで響き渡る。

 観客はそれに目を見開いて驚愕を露わにする。

 

「すげぇ、あの子……まだ中学生なのに、こんなすげぇフレイア達の演奏に、全然潰されてねぇッ……! それどころかむしろ、どんどん存在感を増していきやがる……!」

「大人でさえ並のベーシストは、この人達の演奏について行けないって音を上げるのに、それなのにあの子……この嵐みたいな演奏の中で、()()()()()()()()()()()()()の!? あ、あり得ないっ……!」

「あの子供、何て名前だ!? 今までどこに隠れてやがったこんな実力者!?」

 

 最早、この場に志歩の実力を侮る者など誰一人としていなかった。

 中学生の子供であるが、彼女は一人の立派な“ベーシスト”だと、耳の肥えた観客(ギャラリー)はそれを認めたのだ。

 そんな光景に、司は険しい表情を緩めてフッと微笑んだ。

 

「——フッ、どうやら無用の心配だったようだな。流石、それでこそオレの自慢の友だ! 行けぇ志歩! お前の実力を見せてやれ!」

 

 その司の言葉への返礼は、更に高まるベースの音だった。

 そんな二人を見て、店長は微笑ましいモノを見るような目で口を開く。

 

「志歩ちゃん今さっき明らかに彼氏君の方を見て、ベース演奏の出力(ギア)を更に上げたね。ふふっ……全く、僕みたいな年寄りには若人の青春は少し眩しいねぇ」

「叔父さん、年寄りっていうにはまだまだ全然若いと思うけど。でも……なんなのあの子……信じられない。あの年で本当にあの子達の演奏に食らいついてる……あの子達の演奏を、ちゃんと聴ける曲に出来てる……!」

「——む? 聴ける曲に出来てるとはどういう事だ? あの者達は曲を演奏しているのではないのか?」

 

 そんな司の疑問に答えるのは店長だった。

 

「彼氏君、さっき僕は志歩ちゃんが“仕事中”だと言っただろう? これがまさにそうだ。バンド演奏の中でベースは確かに軽んじられる傾向にあるけど、だけどバンド演奏の中で要となる立場であるのもベースなんだよ」

「バンド演奏の要……?」

 

 呟く司に、店長はクスリと笑みを浮かべながら言う。

 

「分かりやすく説明するよ。実はね、フレイア達は確かに個々の実力は本当に素晴らしいんだけど、集まってバンド演奏をさせるには際物(キワモノ)中の際物なんだ。多分、今の演奏から志歩ちゃんを抜いたら、途端に彼女達の演奏は曲と呼べない騒音に変貌するだろうね」

「な、何ぃ——!?」

 

 そんな司の驚愕に、店長からバトンを引き継ぐ形で波音は口を開く。

 

「あの子達はね、一度演奏にのめり込み始めるとドンドン熱くなって、自分の中の感情を曲に乗せて表現する事に夢中になっちゃうんだ。だから、バラバラの三曲が勝手に一人歩きしちゃうような、そんな演奏になっちゃう。そうしないために、わた——志歩ちゃんは、ベースの音色で正確なリズムをとって、バラバラの三人が勝手に他の方向に走っていかないようにしているの」

「それは……暴れる犬にリードをつけているようなものか?」

「——ふふっ、まぁ分かりやすく言っちゃえばそんな感じかな。本当は他のバンドなら同じリズム隊のドラムも仕事を手伝ってくれるんだけどねぇ……朱恩(しゅおん)ちゃんは、心の中のドキドキをぶつける事しか頭にないから、リズムは最低限守ってくれるけど、後は勝手に暴れ回っちゃうんだよねぇ……でも、だからこそ出せるあの“雷”みたいなドラムの響き、それが私は好きだったから全然よかったんだけど」

 

 波音がそこまで語った所で、最後を締める形で店長は言う。

 

「つまり、バンド演奏の中でベースは個々の演奏が“曲”として成立するための土台を作る役割を担うんだよ。ショートケーキで例えるならギターボーカルがメインの苺、キーボードとドラムが生クリームなら——ベースはスポンジ生地。確かに生クリームや苺の派手さに隠れて見えはしないけども、スポンジ生地が無いケーキは“ケーキ”と呼ばないだろう? そういう事さ」

「な、成程……ベースは、大事な役割なんですね店長」

「その通り。縁の下の力持ちにして、それでいて時にはシフォンケーキのようにメインだってこなせる万能選手(オールラウンダー)。それが、ベースという役割の魅力さ彼氏君。そして——志歩ちゃんのベースが作る曲の土台は圧倒的に上手(美味)いんだ」

「土台が作りが、うまい……?」

 

 聞き返す司に店長は、志歩という少女の主観論を語る。

 

「志歩ちゃんは昔から他人のペースに合わせるのが苦手な子だった。それは今でもだ。そんなあの子の他人に合わせる事の出来ない人間性は、学校という名の小さな社会じゃうまくいかない圧倒的な不利要素だった。でも……僕に言わせれば、その欠点はベース演奏という舞台で大きく花開く大事な才能だ」

「志歩の……“才能”……?」

「そう、今までの話から分かってもらえるように、ベースはとにかく演奏する曲の基礎が大事なんだ。一ミリも狂う事の許されない、繊細なリズムと演奏を要求される——しかし、僕らのようなミュージシャンは、実力を発揮しなければならない現場はいつも常在戦場——観客の歓声、他のメンバーの演奏、そんな数々の心揺らす要因が存在する」

 

 そこまで語って言葉を区切り、店長は『だけど』と言葉を続ける。

 

「ベーシストはそんな中、常にミスのない一定のリズムを取りながらも自身の熱く燃え盛る情熱をベースの音色に乗せ、それでいて他のメンバーの演奏も聴きながら曲の流れから外れたメンバーを、ベースの音で外れた所から元の流れに引き戻すような動きを要求されるんだ」

「な、なんという重労働……!」

「まぁ、ここまで語ったのはあくまでも僕の主観的な意見だけどね? 実際そこまで考えてベースやってる人間なんて正直殆ど居ないよ……でも、志歩ちゃんは違う」

 

 そこで店長は、ステージで今もベースを弾き続ける志歩を見据えながら言う。

 

「あの子はさっき僕が語った理想論を当然の事のように語り、熱い内心を飼っていても曲のリズムは絶対的に崩さず、絶対的に他者に揺るがされる事のない自分の芯を持っているんだ」

「た、確かに……志歩は、融通というものが殆ど効かない人間だ、つまりそれは——!」

「その通りだよ彼氏君。彼女はどんな雑音が入る場でも流されず、自分の中にあるリズムを刻み続ける事が出来るという事だ。彼女のようなベーシストが一人居るだけで、例え他のメンバーが素人に毛が生えた程度の実力でも、バンド演奏で曲をベースの音で“聴けるレベル”にまで引き上げる事ができる……それが、僕の見出した志歩ちゃんの“才能”だよ」

 

 最後に少し熱を込めながらそこまで店長が語ると、ステージでは歓声と共に志歩にスポットライトが当たる。

 それは、目立ちたがり屋だった有明波音(楽曲製作者)の意向が強く反映され、『Asgard』のオリジナル曲に殆ど必ず存在する、ベースによる単独演奏(ソロパート)に曲が突入した証。

 

(——ここが……勝負!)

 

 そう覚悟し志歩は大きく息を吸い、そしてタッピング奏法を駆使しながら、リズムが早く非常に多い音数からなる高難易度ソロパートをベースの弦でかき鳴らす。

 

 

————♪ ♬ ♪ !!

 

 

 集中の結果、見事一息でミスなくこなす。

 瞬間、観客席から鬨の声のような大きな歓声が響き渡る。

 

「すげぇぇぇーーー! なんだあの代理ベーシスト! やっぱり技術ヤベェーー!!」

「きゃぁぁーー! 可愛いし演奏も上手いし、最強じゃないあの子!! もっとよ! もっと貴女の演奏を聞かせてーー!!」

「気に入った! 組んでるトコないならウチのバンドのやる気ないベースの奴と代わってくれぇーーー! お前のベースならウチのバンドはもっと上を目指せる!」

「見るからに未成年相手に何言ってんだお前! でも……気持ち分かるぜ! すげぇ、すげぇよ! よくその年でそのベース技術をここまで高めたな! お前天才だよーー!!」

 

 そんな観客の歓声を聞きながら、志歩は上手くいった事を静かに誇る。

 

(ああ……よかった、私の演奏が伝わった。初めてこうして沢山の人前で演奏するけど……ライブって気持ちいいな。今日、本当にこの場で演奏できて良かった——やっぱり私、プロのベーシストになりたい。こうして沢山の人に、私の演奏で感動を与えたい……!)

 

 そんな満足げな表情の志歩を横目で見ながら、フレイアはニヤリと笑う。

 

(志歩……ここまで舞台の上のアタシ等について来れるなんて、やるなお前……! あぁ……観客共の声が心地良い、皆がアタシの歌が作る熱に夢中だ。やっぱり舞台(ステージ)は最高だぜ……!)

 

 

愛兼(あかね)、どうしてお前は何をやらせても姉と比べて劣っているんだ? 歌のコンクールで一位? 短距離走で都大会一位? そんなものが経済社会で役に立つものか。この椿紅(つばい)家に生まれたからには、社会で役に立てる人間でなければ生きてる価値など何もない!』

 

 

(最高だ……ここじゃ、今でも耳に残るクソ親父のウゼェ声も、ぼやけて何にも思いだせねぇ……誰にも比べられねぇ、此処はアタシの歌と演奏だけが生きる場所! 此処が、アタシの生きる場所……! イズがアタシに教えてくれた、イズがアタシにくれた夢! サンキューな志歩、お前のお陰で3年振りに思い出せたぜこの気持ちをよぉ! ああ……キタキタキタ()()()()ッ!! オイ聴いてんだろイズ!? お前の“想い”、忘れちまったんならコレで思い出せッ! このアタシの全力の絶唱(ウタ)を聴いてなぁ!!

 

 瞬間、フレイアの紅い双眸が煌々と意思の光を放ち、そして曲が終了してすぐにフレイアは再びマイクを取って言う。

 

「最高だぜお前らぁ!! じゃあ名残惜しいが次がラストだ!! ワリィが追加演奏(アンコール)は受け付けてねぇ!! だけど安心しろや——この曲でテメェ等を(ちり)も残さず焼き尽くしてやるからよぉ!!」

 

 観客の熱狂の声の後、スゥゥゥと観客席にまで届きそうな程の大きな吸気音が響きフレイアの胸が膨らむ。

 そして——

 

 

 

「——♬!! ——♬!!」

 

 

 

 瞬間、フレイアを中心に爆ぜるように火柱が顕現した。それと同時に観客席にも皮膚が()ける程の激しい熱波が襲う。

 思わず志歩は圧倒されたようにフレイアの方を見る。

 

(~~~っ!? な、何この、炎は……!? フレイアさんの歌声の出力(ギア)がさらに上がった……!? まさか、今まですら()()()()()()()()()()()()()って事!?)

 

 ——勿論、本当に炎が出現したという訳ではない。

 だが聴く者に思わずそう錯覚させてしまう程に、フレイアの歌声には聴く者を魅了し、その心を燃やす程の“熱”があった。

 

「すげぇぇぇ…………!!! 本気だ、ついに“炎帝”が本気を出したぞ!!」

「イズが居ないならもう聴けねぇって思ってたこの歌声……! 最高だぜフレイア! お前の歌で焼け死ねるなら本望だぁ!! 歌でオレを殺してくれぇぇーーー!!!」

「きゃぁぁぁーーー!!! フレイア様ぁぁぁーーー!!」

 

 その熱波は司たちの方にまで勿論吹き付ける。

 

「ぐぅっ……!? 熱いっ……! 今度こそ燃えたんじゃないのか!? あの者の歌声は一体どうなっているんだ……!?」

「愛兼ちゃん——まさか“入った”!?」

「波音……!? 入ったって、一体何にだ!?」

 

 驚愕しながら波音にそう問う司に、解説するように答えたのは店長だった。

 

「フレイアは『ゾーン』に入ったんだよ、彼氏君」

「……『ゾーン』!?」

「言い換えるなら——『超集中(フロー)状態』。ある特定の精神の条件下でアスリートやミュージシャン、それのみならず他の様々な勝負師達が至る、本来自身が持つ実力より上位のパフォーマンスを可能とする人間の脳の“究極の集中状態”。それが今、フレイアに自分の歌と演奏だけに脳の全機能を集中させ、自分の限界を越えた歌と演奏を可能にさせているカラクリさ」

「そ、そんなものが……!」

「だけど、フレイアがあの状態に至るのは、舞台の上で自分の感情が最高潮に高まった時だけ——ふふっ、そうか。志歩ちゃん……君の演奏がフレイアの“本気”を呼び覚ましたのか。やはり、君の才能は本当に素晴らしい……!」

 

 そう言って店長が笑うと、それとは対照的に波音は冷や汗を流す。

 

「でも……不味いよ、司くん、叔父さん。愛兼ちゃんが“あの状態”に入っちゃったら……()()()()()……! そしたら、志歩ちゃんは……」

「——ああ、そうかもね。だから……志歩ちゃん、此処からが君のベーシストとしての真価が試される時だ。ボロボロになってもいい……だから、全力で喰らいつくんだ……!」

「なっ!? 志歩の身に何が起きるというのだ!?」

「司くん……見てたら分かるよ」

 

そう言って神妙な目つきで舞台を見つめる波音。すると、舞台の上で変化が起きたのはすぐ後だった。

 

(カシラ)……楽しそうっすねぇ。分かるっすよ、最初は成り行きで中学生の子を入れて演るってなって、どうなる事かと思ってたら……ドンドン目の前でワクワクするような事が起きっぱなしっすもんねぇ。まさか……自分にこんな日常が来るなんて、あの頃は思ってもみなかった……)

 

 

利音(りお)さん、何度言えば分かるのですか? ピアノが弾きたいなどと馬鹿な事を……由緒正しい黒龍(くろたつ)家の女に、琴や舞以外の趣味など不要なのです。そんな暇があるなら将来嫁ぐ事が決まっている家の為の花嫁修業をしなさい。貴女の人生は徹頭徹尾誰かに尽くす為に存在するのです。良いですか——黒龍家の女に、自分の未来を選べるような()()があると思ってはいけません』

 

 

(——クソみたいな日々だった。そんな囚われた人生から自分に“自由”を教えてくれたのが(カシラ)だった。だからッ——!!

 

指が燃える。

心に飼った龍が吠え、すぐ目の前の紅き紅蓮の(ほのお)についていけと轟き叫ぶ。

それが、利音の『ゾーン』突入の条件。

 

アンタが行くなら、火の中水の中——例え地獄の業火の渦にだって、どこだってそこが私の()く道だッ! イズ! (カシラ)を、そして私をここまで夢中にさせる音楽の世界に誘った責任、最後まで取りなぁ!!

 

衝動のままに両手の指をキーボードに叩きつける。そして曲のメロディーに沿って高速で運指に沿って指を鍵盤の上で走らせた。

 

 

————♬ ♬ !!

 

 

その瞬間、キーボードが奏でているとは思えない程の圧倒的な音圧が地を揺さぶる。

そして観客達は幻視する。大地を砕きながら利音の背後から一頭の大地の龍が出現し、客席に向かって音の咆哮を放つのを。

 

——そして、もう一人。

 

(フレ様……素敵ですわぁ……! 流石、それでこそ私の永遠の推し……! 揺るぎない心のベストワンですわ……! ああ、推しの輝きで世界が色鮮やかに満ちていくのを感じる。こんな色鮮やかな世界、あの頃の私じゃ絶対に見れませんでしたわ……)

 

 

朱恩(しゅおん)……僕の大事な大事な娘。家の事はお前の兄や姉が全部やってくれる。だから、()()()()()()()()()()()()()()。望む物があるなら全て買い与えよう。欲しい称号があるなら全て僕が与えよう。将来の恵まれた人生も全て僕が用意してあげよう。だから、何も考えず安心して毎日をただ幸せに生きるんだよ……?』

 

 

(——全てが満たされていて、だからこそ空っぽだった私の毎日。お父様、貴方が下さるものは私の心を何一つ満たしてくれませんでしたわ。私を満たしてくれたのは、ただ一つ……この私の目の前の、昔も今も魅力的過ぎる“推し”の輝き! 嗚呼(ああ)——あの頃の私に教えてあげたいですわ! 心の中に“推し”を作るだけで、こんなにも毎日は——色鮮やかに()()()のですと!

 

 両腕が燃える。

 推しの輝きに胸を脈打つ鼓動が今すぐに、この鼓動(ビート)をドラムで刻めと轟き叫ぶ。

 それが、朱恩の『ゾーン』突入の条件。

 

私は! フレイア様を生涯推すと決めたオタク! オタクの本懐(ほんかい)は、推しの幸せを見届ける事! 推しの幸せが私の幸せ! だから、私の推しがさらに輝くには、貴女の存在が必要なんですわ! イズ! だから——早く戻って来てくださいまし!!

 

 両手に持ったスティックを高速で手の中でスピンさせ、同時に上空に向かって放る。

 そして落ちて来たスティックを両手を交差させるように掴み、両手で思いっきりドラムに向かって叩きつける。

 

 

———— ♪♪ !!

 

 

 その瞬間、ドラムから(ほとばし)る無数の稲妻が客席を貫く。その稲妻は朱恩が再びドラムでビートを刻む度に発生し続ける。

 そして、観客達はその目に、朱恩の背に雷太鼓を幻視(げんし)する。

 雷太鼓を背に太鼓(ドラム)を鳴らし、稲妻を発生させ続けるその姿はまさに“雷神”の姿を彷彿とさせた。

 そんな、ステージに巨大な火柱だけでなく、地龍と雷神が爆誕したその光景に観客達は熱狂する。

 

「おおおぉぉぉーーー!! “地龍”と“雷神”も目覚めたぞぉぉぉーーー!! これだよコレ、魂まで揺さぶるようなこの演奏が聞きたかったんだぁーーー!!」

「すげぇすげぇすげぇ! もう凄すぎて訳わかんねぇよ!! 今日来て良かったーー!!」

「きゃぁぁぁーーー!! フレイア様もスノトラ様もシェヴン様も最……高……はぁん」

「オイ! アイツらの演奏が凄すぎて一人ぶっ倒れたぞ!! 担架持ってこい!!」

()()()()()()! 端にでも置いてろ! それが三年以上前から決まってる、俺達の中での暗黙の了解だ!」

「おい、今日は()()()()()()()()!? イズが居ないって事はそういう事だろ……!? じゃあ今日はもうやりたい放題だぁぁーーー!! 今日この場所こそが宴の場所だぁぁーーー!!」

「例え今日死んでも悔いはねぇーーー!!」

 

 今このライブハウス内は、覚醒した三人の化け物が暴れ狂う戦場と化した。

 フレイアの絶唱(ウタ)とそれを引き立てるギターの演奏が絶えず客席全体を(ほのお)で焼き、焦土と化した大地をスノトラのキーボードの演奏が揺るがし砕く。

 そして、砕かれた焦土をシェヴンのドラムの雷撃が降り注ぎさらなる破壊をもたらす。

 それは最早、演奏という名の心の略奪行為。観客を熱狂の渦に一方的に放り込み、さらに焚きつけ盛り上げ続ける無法地帯が完成した。

 そんな無法地帯と化した観客席で司は——

 

「……………………」

 

 ——立ったまま、焦点の合ってない瞳でただボーっと舞台を眺めていた。

 そんな司に慌てて店長は声をかける。

 

「彼氏君……? おい、目を覚ませ! しっかりするんだ彼氏君!」

「——はっ!? お、オレは……いったい何を……!?」

「立ったまま完全にボーっとしてたよ、多分あの子達の演奏に魂を持っていかれてたんだ。ライブハウスっていう大音量の環境に慣れてない人間が、殆ど初見で『ゾーン』状態のあの子達の演奏を生で浴びたんだ。無理もない」

「そうですか……ありがとうございます。それにしても本当に凄まじい演奏だな、あの者達は……」

 

 そんな司の言葉を聞き、店長は再び舞台を見上げて言う。

 

「さて……で、彼女達の本気が物凄い事は分かってもらえたと思うけど、こんなに素晴らしい三人の演奏を聞いて、君は今この状況がマズいという事が理解する事ができるかい? 多分、今までの僕の話をよく思い出して貰えれば分かると思うけどね」

「——はい、わかります。あの者達が行っている演奏はとても“曲”として成り立っているとは到底思えない……! 個々の主張が激しすぎる。これでは——!」

 

 司はそこで唇を噛んで舞台を見上げると、そこで苦痛の表情でベースの弦を弾き続ける志歩の姿があった。

 

「その通りさ彼氏君。気づいたようだね、今この場で()()()()()()()()()()()()()という事に。志歩ちゃんは今、あの三人の演奏に負けてるんだよ。レベルが高すぎる彼女達の演奏に紛れ込む雑音(ノイズ)にすらなれてない」

「——っ、このままでは志歩が! おい、波音……仲間だったのだろう? 何か志歩がここから何とか出来る手立ては———っ、なんだこれは……()()?」

 

そこで隣に存在する筈の波音の方から、ヒヤリと底冷えする冷気のような気配を感じ、司は疑問符と共に隣を見る。

するとそこには、その双眸(そうぼう)蒼穹(そうきゅう)を思わせるような群青色の光の輝きを宿し、車椅子の持ち手にある両の手の五指を動かしながら、舞台の上をじっと見てブツブツと言葉を呟き続ける波音が居た。

 

「ああ——駄目駄目、全っ然駄目。愛兼ちゃんリズム走ってる、ちゃんと私の音聴いて? そして利音ちゃんもまた愛兼ちゃんに乗せられてペースアップし過ぎ。朱恩ちゃんはもう最低限のリズムすらブレブレだよ、確かにその雷は素敵だけどせめてドラムとしての仕事はキッチリしてよ。仕方ない、ここは私のベースの音が前に出て一旦適度に()()()()()もらうしか——

 

 そんな、どこか観客の歓声や自分達の話なんて一切聴いていないかのように集中した波音の姿に、司は恐る恐る声をかける。

 

「……波音?」

 

 瞬間、波音はハッとなった表情に戻り司の方を向いて言う。

 

「——っ!? あっ……あぁ、ごめんね司くん! 何か言った?」

「波音、まさかお前は——いや、なんでもない。志歩がここから何とか出来る手立てはないか聞こうと思ったのだが……」

 

 司は一瞬、そんな波音の状態に何か言おうとしたが、軽く頭を振ってそう尋ねた。

 そんな司の言いかけた言葉には敢えて触れないようにして、波音はその問いに答えを返す。

 

「うん……そうだね、ベースが完全にあの子達に飲まれちゃってる。このままじゃ志歩ちゃんが潰れちゃうよ……もう、本当にあの子達ったら私とやってる時と同じノリで全力出しちゃって。もうそこに私は居ないんだよ……?」

「ぐっ……もう志歩はどうにもならんのか?」

「たしかに、志歩ちゃんは周りに流されずに正確なリズムを刻める立派なベーシストだよ。でも……あの子達の本気の演奏は“規格外”。慣れてないのにあんな近くに立ってたら、意識を保つことですら難しいかもしれない。せめてあの子達を一瞬でも冷静にさせられれば、まだ気づいてくれるかもだけど……“あの状態”のあの子達を冷静にさせるなんて、今のあの状態の志歩ちゃんには到底無理……」

「くそっ……志歩っ……! 分かった! オレは結局見ているしか出来ないというのならば——!」

 

 司は苦渋を飲み込んだ表情で壇上の志歩を見上げた後、突然どこかに駆け出していく。

 

「——彼氏君!?」

「——司くん!?」

 

 突然の行動に驚き、司の後ろ姿に呼びかける店長と波音。

 そんな動きを見せる観客席の一方で、壇上で今も現在進行形でライブハウスを熱狂の渦に包みこんでいる熱の発生源に、一番近い場所での演奏を強いられている志歩の現状は——

 

(い、息が、苦しいっ……! 気を抜けばすぐにでも意識がこの人達の音に持っていかれそうになる……! 私、今曲のどの辺り弾いてたっけ? いや、違う、落ち着け……ここで合ってる。でも、私の弾くベースの演奏がフレイアさん達に潰されて聞こえない……! こ、このままじゃ……曲が滅茶苦茶になっちゃうっ……! 私が何とかしないと……! でもっ、届かないっ……!)

 

 ——当然、逆境。

 滝のような汗を流し、今の自身の全力を振り絞っても尚も届かない“壁”に阻まれ、諦めず挑み続けるもその志は風前の灯だった。

 

(これが……プロの全力の演奏? プロになるには、この領域にまで辿り着かないといけないの? こんなの()——いや、もう私は決めた。私はプロになるのを諦めない! もっと練習を重ねていつかこの領域にまで辿り着いてみせる! ——でも、今この瞬間のフレイアさん達にどうしても届かないっ……! 技術も、経験も、その両方が今の私に足りてなさすぎる! どうすれば——!?)

 

 しかし、志歩は自身の折れない強い心で何とか持ち直し、熱狂の渦の中で打開策を探る。

 耳を澄ませ、一瞬でも気を抜けば魂すら持っていかれそうになるフレイア達の演奏に耳を傾ける。

 すると、一番近くで彼女達の演奏を聞く彼女だからこそ気づく事があった。

 

(これは……フレイアさん達の演奏、確かに荒々しく暴れてるように見えるけど、その音色の奥に少し寂しさがあってまるで——()()()()()()()()()()()()()

 

 そこで志歩は思い出す。ライブが始まる前にフレイア達が語っていた事を。

 

『悪いが、アタシ等は全員揃って他人のいう事を素直に聞くような良い子ちゃんじゃなくて——とびっきりの『はねっ返り(Peaky)娘』だからよ……イズの奴の思い通りになってやるかって話だよなぁ!』

『ハハッ! まったくもってそうっすよねぇ! イズは自分らを何だと思ってんだっていうハナシっすよ!』

『ええ……その通りですわ。私、推しには粘着するタイプのオタクなんですの!』

 

そんな言葉が脳裏に浮かび、志歩は悟る。

 

(——ああそっか。この人達、イズさんが居なくて寂しいんだ。こうして自分の胸に抱えた想いを叫んで暴れて、そしてその先で受け止めてくれる人を——『一緒に居るよ』って言ってくれる人を求めてるんだ。イズさん……私はあなたに会った事もないけど……やっぱりこの人達は——『Asgard(アースガルズ)』は、あなたのベースを求めてるんですよ)

 

 そこまで思い、そして志歩は決意を新たにする。

 

(でも、今のこの演奏じゃそんなフレイアさん達の想いはイズさんには届かない——なら、私が届かせる! フレイアさん達の想いを、きっとこの会場の何処かでこの演奏を聴いてるイズさんに届けてあげたい! だから私は——まだ折れない!)

 

 指先を走らせる。ベースの弦を弾く強さを更に上げる。しかしそれでもまだ志歩の演奏は三人にかき消されてしまう。

 

(これでも駄目、一体私はどうやったら今のこの人達に私のベースを聴かせられるの!? 経験も、技術も……何もかもが足りてない事は分かってる! じゃあ、私は何でなら今この場でこの人達に匹敵する事が出来るの!? 一体、どうれば——え? あれは、司さん?)

 

 我武者羅に足掻き突破口を探す志歩の目にふっと映ったのは、観客席の後ろの方でこのライブハウスの何処にあったのかも知らないイエローグリーン色に光るペンライトを左手に持ち、それを大きく振りながら口を大きく開いて志歩に向かって何かを伝えようとしている司の姿だった。

 その声は残念ながらフレイア達の演奏に容易くかき消されて、志歩の耳には聞こえなかったが、それでも口の動きは志歩には伝わった。

 

 そして、司は志歩が見ていると気づいたと同時、右手で自身の胸をドンッと強く叩き、再びその口を大きく開いて言う。

 その身振りと口の動きで司が何を言いたいのかようやく志歩は悟る。

 

 

『——()()()()()()!!』

 

 

 思わずクスリと微笑む。

 

(司さん……そんな事を伝える為にどうしてそこまで必死なんですか、恥ずかしいなぁもう……でも、不思議と悪い気分はしない。そっか……そんな簡単な事でさえ私は、気づけてなかったんだ……教えてくれて、ありがとうございます司さん)

 

 笑みが零れると同時、志歩は胸の中に暖かく輝く星のような光が灯った感覚を覚える。

 その光はまるで、今の志歩の演奏に力を与えるように両手に移動し、志歩の両手は薄く発光する。

 ——思わずそう錯覚してしまえるぐらいに、今の自分の心の奥底から何処に眠っていたのか分からない程の力が(みなぎ)っていくのを感じていた。

 奥歯を食いしばり、今も暴れ回るフレイア達の姿を見据えながら志歩は覚悟を胸に宿す。

 

(フレイアさん達は自分の演奏に心を——魂を乗せてる。イズさんの心に届かせる為の演奏をしてる。なら、私だって同じぐらいの情熱を——魂を乗せた演奏をするしかない! 私にだって、()()()()()()ぐらいある!!)

 

 そんな志歩の脳裏に自然とフラッシュバックしたのは、幼い頃に一歌(いちか)達と初めてバンド練習をした帰りに、ジャングルジムに登って一緒に流れ星を見上げた時の記憶だった。

 

『わぁ、きれい……! そういえば今日って、流星群が見られる日だったね。ニュースでやってたよ』

『へぇ、そうなんだ。穂波は星の事よく知ってるね、じゃあ少し待ってたらもっとたくさん見られるのかな』

『もっとたくさん……。きっと、キレイだろうな』

『……ずーっと、こんな風だったらいいな』

『——え? 咲希、どうしたの?』

『えへへ……アタシ、いっちゃんと、ほなちゃんと、しほちゃんと、こうしてたっくさんおしゃべりして、帰り道に星見たりして……そんな風に、ずーっとみんなと一緒にいられたらいいなぁって思ったんだ』

『……そうだね、私もそう思う』

『——わたしも』

『……うん』

 

(……そうだね、そうだったね。私も……あの頃本気でずっと皆と一緒に居たいって思ってた。それは——()()()()()()! 学校でのしがらみも何もかもを忘れられたら、私だって今すぐにでもそうしたい! そんな今の私のどうにもならないこの心の“想い”を……魂ごとぶつけるつもりでベースの音色に乗せて——!

 

 そんな決死の覚悟を込め、志歩はベースの弦を弾く。

 瞬間、志歩は周囲の音が遠くなるのを感じた。ライブハウスには自分とベース以外何も無いような空間に居るような気がした。志歩はその脳が冴えた感覚を——極限まで研ぎ澄まされたこの静謐な精神(クリア・マインド)を、さっき『Asgard』のオリジナル曲を暗記する時にも自身が至った感覚だとすぐに悟る。

 そんな中で、志歩はただ自らの心を——魂を全て込めるようにベースをかき鳴らす。

 そして志歩は心の中で、司に対して胸を張るような誇らしさで告げる。

 

(……いいですよ司さん、今日ここで貴方に見せてあげます。これが正真正銘、今の私の全力を超えた——“魂の演奏”です!!

 

 

————♪ ! ——♪ !

 

 

 志歩がそう心の中で吠えると同時、ベースからまるで夜空に星屑(スターダスト)が散るような(ぎん)色の音の煌めきが爆ぜ、そのベースの音色は流星のようにライブハウス全体に降り注ぎ、フレイア達の演奏の(ひかり)()す道となる。

 その地の底から響くような弦の音色はまるで、舞台の上に降臨した、満天の星空色の毛並みをした(フェンリル)の遠吠えをライブハウス全体の人間の脳裏に幻視させた。

 そんな志歩の姿に店長はその目を見開き、心からの驚愕と共に言葉を発する。

 

「——驚いた。まさかこの逆境で()()()()志歩ちゃん……! やはり僕の目に狂いは無かった。日野森さん、アンタの娘は天才だ……! ただ才能があるだけじゃない、与えられた機会を逃さずその才能を発揮する事ができる、そんな強い精神(ココロ)を持った人間だ! 間違いない! 志歩ちゃん、君はいずれこの音楽界に、その名を刻む人間になれる!」

 

 そんな志歩のベースの咆哮は、熱狂の渦中にあるフロア全体をほんの僅かな一瞬ではあるが、観客の全員の瞳を志歩の演奏に釘付けにして僅かに理性を取り戻させる。

 

「忘れてた……あの中学生の子、居たんだった」

「——いや、待てよ、逆にすげぇだろ。こんだけすげぇフレイア達の演奏の一番ヤベェ所に居て、それで俺達にも誰にも見向きされてねぇのに腐らず、演奏に潰されもせず、ここで一矢報いた……! なんて熱い奴なんだ……!」

「間違いない……あの子、この先もっとすごいベーシストになれるわ!」

「よくやったー! それでこそ、イズの代わりにそこに立つ資格があるベーシストだぜ!」

「お前、最初あの子が出てきた時に言った事と真逆じゃねぇかよ……だけど、気持ち分かるぜ。あのナリでとんでもねぇ根性飼ってやがるぞあの子……! 俺、あの子のファンになっちまいそうだぜ……!」

 

 そんな声が客席で上がる中、舞台の上のフレイアは目を覚ましたような表情になる。

 

(——驚いたな。今、ほんの一瞬だけだが、まるでイズのベースに(いさ)められたような感覚がした。だけど、今の一瞬だけでもう精力は使い果たしたみてぇだが——ははっ、でもマジですげぇよ志歩お前……充分合格点、いやそれ以上だ。どうやらアタシはまたやっちまってたみてぇだな、お前には返しきれねぇ恩が出来ちまった。後は任せろや、キッチリ締めてやる——!)

 

「——♬!! ——♬!!」

 

 暴走状態から目を覚ましたフレイアは、今度こそ心の全てを曲に乗せ、魂の全部をその歌声に乗せて声を張り上げる。

 

(志歩ちゃん……やるっすねぇ。志歩ちゃんみたいなちっさい子にそこまで気張られたら、大人の自分が頑張らねぇ訳には行かねぇっすよね——!)

(ふふっ……また“推し”が一人増えましたわ。勿論ナンバーワンはフレ様ですけども、推しは本当に何人居ても良いですわよねぇ……! 新しく出来た推しが見てる前で、これ以上カッコ悪い所は見せられませんわ!)

 

 その歌声に志歩のベースで冷静になったスノトラとシェヴンは、次第にフレイアの歌声に合わせるようにキーボードとドラムの音を奏でる。

 その三人が同時に力を合わせたセッションは、激しさの中にも寂寥感を滲ませたような、そんな聞く者の心を静かに熱く揺さぶるような感覚があった。

 そんな演奏を聴き、静かに波音は——イズは涙を流していた。

 

「愛兼ちゃん……利音ちゃん……朱恩ちゃん……どうして、どうして、私の事を諦めてくれないの……? やっと、やっと、諦められたと思ってたのに……でも、私は、私の身体はもう——! こんな私が、一緒に夢を叶えたいって言ったら、またみんなに迷惑が……!」

 

 自身の唇をそう強く噛み締め、車椅子の上で固く握り拳を作りながら涙と共に声を上げる波音。

 そんな、店長からいつしか離れた場所で曲を聴いていた彼女の傍らに司はやってきて、言葉をかける。

 

「波音……まだ分からないのか? あの者達にとって、そんなものはもう関係ないんだ」

「——つ、司くん……?」

 

 波音は驚いて、そう言葉を発した司の方を驚いて見上げる。

 そんな波音に司は優しく微笑みながら言う。

 

「あの者達は、“最強のベーシスト”であるイズを求めているのは勿論だろうが、それはきっと初めから最強のお前なんかじゃない。弱くても良い、それでも自分達に向き合ってくれて、共に強くなってくれるお前という存在なんじゃないのか?」

「で、でも……私はもう音楽への情熱なんて……」

「馬鹿を言え、そんなものが無いなんて嘘、自分につくのは止めろ。あの者達の本気の音楽を聴いた時——お前も『ゾーン』とやらに入ってたんじゃないのか? 楽器を持ってもいないのにあそこまでの集中力——それを発揮出来る人間が、音楽への情熱が無いなんて事はあり得ないという事ぐらい、素人のオレでも分かるぞ」

「————っ!?」

 

 司の言葉に目を見開く波音。司はそこで天井を見上げ、遠くに居る誰かを想うような目で言葉を続ける。

 

「——すまない。少々個人の事情に首を突っ込み過ぎているという自覚はあるのだがな。それでも、どうしてもオレにとって今の波音は、オレの妹と重なる所が多すぎて放っておけないんだ」

「……今も入院してるっていう、妹さんの事だよね」

「ああそうだ。妹は——咲希(さき)は、病気で会えないと自分でも分かっているが、それでも今でも幼い頃からの友たちと——志歩達と共に居られる日が来る事を諦めずに、今だって病気と闘っている。なら、病魔に打ち克ったお前が、本当は友と一緒に居たいのにそれを我慢している姿を、オレは見ていることなどできん!」

「司……くん……」

 

 涙目で自分を見上げる波音に対し、司は舞台の上を指さしながら強く波音に対して呼びかけるように言う。

 

「だからこそ波音——いや、イズ! お前が本当に欲しているものは、すぐそこにあるのではないのか!? お前の夢は——本当に“世界最強のベーシスト”になる事だけだったのか!? よく思い出せ! お前の本当の夢を!!」

「わっ……私っ……私はっ……!!」

 

 震える声でそう呟き、波音は司が指さす舞台を見上げる。

 そこには演奏が終わり、肩で息をしながら疲労困憊の様子の志歩と、観客の熱狂の声を一身に受けながら終わりの言葉を告げているフレイア達の姿があった。

 そして、フレイア達は確かに、イズの方を見据えて退場前の最後の言葉を告げる。

 

「今日は本当にありがとうな……これからアタシ等は活動を再開する。だけどそれはメジャーとしてじゃない、インディーズとしてだ。元々契約してくれてた会社にはもう(ナシ)はついてる。アタシ等がメジャー復帰するのは——ここに帰ってくる筈の奴を待ってからだ! だからッ——もう自分の身体がどうとかウダウダ言ってるんじゃなくて、お前がやりたい事を言えよ!! あの頃みてぇに、お前の理想(ユメ)にアタシ等を巻きこめよ! 今のアタシ等が目指す“世界(セカイ)”はまだ、お前が居ないと始まってすらいないんだよ!! だから——何時まででも待ってるぜ、イズ」

 

 それだけ言って、フレイアは自分達の復帰宣言に湧く観客の歓声をその身に受けながら舞台を去る。

 そんなフレイアに続くように、スノトラとシェヴンはイズの方を見てニコリと微笑み、その後で舞台裏に歩みを進める。

 そして志歩はフラフラになりながらも、それでも確かに司の方を向いてペコリと頭を下げ、舞台裏の方にまで歩いていって見えなくなる。

 そんな者達の姿を見送り、波音はその両目から零れ落ちる涙が止めどなく流れていた。

 そして、涙声で司に叫ぶように言う。

 

「う、うぅぅぅ……! ()()()()()っ……! 私、この三年間ずっと自分の事ばっかりでいつの間にか見失ってた……! 私はっ……私の夢は——“想い”は! 私のベースで仲間と一緒に最高で世界一のバンドを作り上げる事! 世界最強なんかどうだっていい……私は、みんなと一緒に居たいっ……! どれだけかかっても良い、またあの子達と一緒に、バンドがしたいよぉ……!!」

 

 そう強く、波音が——イズがその“想い”を叫んだ瞬間だった。

 

 

 

——      ——

 

 

 

 波音のズボンのポケットにあるスマホの画面が輝き、そこから色とりどりの光の粒子が現れ、そしてそれは車椅子のイズの周囲を取り囲むように舞い散った。

 

「えっ……この光は、まさかっ……!?」

 

それを見て、イズは驚愕と共にその場でスマホを取り出す。そして、その画面を凝視して信じられないような声を上げる。

 

「う、嘘……()()()……! 私の“セカイ”が、戻ったっ……! そっかぁ……消えたのは、私の音楽への情熱が無くなったからじゃなかったんだ。私が、“想い”を見失っちゃったからなんだ……! そうだったんだ……! ゴメンね……ミクちゃん、レンくん、ルカさん、リンちゃん、カイトさん、メイコさんっ……! 私が馬鹿だったよ……!」

 

 そう感極まったように呟き、再びポロポロと涙を零す波音。

 そんな波音の姿を、司は圧倒されたような目で見つめつつ、呆然とした表情で言う。

 

「お、おい……イズ……お前……」

 

 そこでようやくハッとなった表情でイズは、涙を袖で拭いつつ取り繕ったような笑みを浮かべる。

 

「あっ……ご、ごめんね、変な事呟いちゃって……! な、なんでもないから! ただの独り言だから! でも……本当にありがとう司くん、君のお陰で私は——」

「いや……独り言以前の問題で……なんだ、その……さっきお前の周囲を漂った水色だとか黄色だとか赤だとかの色の光の粒子は何だ……!? 何かしたのか!?」

「————え?」

 

 そこで初めてイズは目を丸くする。

 そして、さらに信じられないといった表情で司を見て呟く。

 

「まさか君……()()()()()()()()()?」

「あ、あぁ、そんな派手に光っているものなら当然見えると思うが? 何がおかしい……?」

 

 イズは目を見開き、口元に手をやりながら驚愕といった表情で口を開く。

 

「見えるって事はもしかして……君も“セカイ”を持ってる……!? え? 他のセカイ持ってる人と初めて出会っちゃったかも! え、何!? 何ていう名前のセカイ? ちなみに私のは『ライブハウスのセカイ』って名前で——」

「……“世界”? 世界は持てるものなのか? す、スマン……オレにはイズの言っている事はまったく分からん……」

「いや、そっちじゃなくて……もしかして、本当に知らない? えぇ、どういう事?」

 

 そこで難しい表情でそう呟き、やがて何かに気付いたように口を開く。

 

「ああ……そっか、“素質”はあるけどまだ“未覚醒”なんだ。私も『Untitled』を見つけたのは高校一年生の頃だったしね……」

「あ、あんたいとる——?」

「ううん! ごめんごめん! じゃあさっきの光は、司くんが疲れて夢でも見ちゃってたんだって思って忘れてくれていいよ。……でもそっか、司くんが“素質”持ちか……ふふっ、なんか納得できるかも」

「——??? な、なんだ……? なにから何まで、本当にまったくわからんぞ……わからなさすぎて、いっそ本当に夢だと思って忘れてしまった方が楽かもしれん……」

 

 首を傾げてうんうんと唸り始める司に、波音はクスリと微笑む。

 

「ふふふっ……でもそうだなぁ、折角未来の後輩くんに出会っちゃった訳だし、偉大なる先輩として、可愛い後輩くんにちょっとしたアドバイスでもあげちゃおっかな」

「なに……アドバイス、だと……?」

 

 困惑する司の瞳を真っすぐに見つめ、イズは慈愛の笑みを浮かべながら言う。

 

「司くん……君の心の奥底には、とっても素敵な意思の力が眠ってる。その力は、文字通り自分の“世界(セカイ)”をガラッと変えちゃう程の大きな力。その力——“想い”と、どう向き合っていくかによって、君の未来は大きく変わる。だから君は()()()が来たら、自分の心の中に抱えた“想い”と、しっかり向き合うんだよ?」

「む……まったくわからんが……兎に角、オレは褒められてると受け取っていいのか?」

 

 そんな間の抜けた返事に、思わずイズは吹き出してしまう。

 

「——ぷっ、ふふふふふっ……! うんっ、そうだよ! 君は、最高に輝いてる“スター”だって事! なんだか、君だったら本当に心配いらなさそう。頑張ってね、未来のスターくん」

「そうか! やはりオレは未来の大スター、天馬司なのだ! ハーッハッハッハ!」

 

 ——そう言って、司が大きな声で笑っている時だった。

 今日のライブハウスのイベントが(すべ)て終わり、観客達は先ほどのライブの余韻(よいん)に浸りつつ帰る支度をし、スタッフは後片づけの為に奔走し始める中、一人の長い髪の高校生ぐらいの少女が司とイズの所まで歩み寄り、そして司に向かって言葉を発する。

 

 

「ねぇ——君が、さっきのライブでベースやってた子の()()()だよね?」

「な……? あ、あなたは、一体……?」

 

 

 見知らぬ年上の少女に話しかけられ、思わずそう尋ねてしまう司。

 そんな司にフッと笑みを返して少女は言う。

 

「——私? 私は……まぁ“今は”名乗る程の者じゃないよ。ただの一介の、仲良し友達グループでやる趣味の域を出れてないバンド活動をしてる、一人のミュージシャン。ちょっと……さっき聴いたベースの子の演奏が忘れられなくてね。あの子の彼氏君なら何か知ってそうだなって思って声をかけたんだ」

「そうですか……ですが、悪いですけどオレは彼氏ではありません。ただの友です」

 

 そんな司の返答に、少女はキョトンと虚を突かれた表情になり、それはイズも同じだった。

 

「——あれ? 違ったんだ。なんだ、舞台の上で皆に責められるあの子を、まるでお姫様を守る騎士さんみたいに庇ってたから勘違いしちゃった」

「えっ……!? 司くんって、本当にあの子と付き合ってなかったの!? てっきり私、友達って照れ隠しで言ってるんだって思ってた……!」

「なっ……!? 何故今日はこんなにも勘違いされる……! オレはただ、正しいと思った事をしただけだというのに……!」

 

 そんな頭を抱える司を見て、少女は少し口角を緩ませながら言う。

 

「——まぁ、私目線でそう見えたからそう思っちゃっただけ。でもじゃあ、君はあの子の事をそこまで知らないの? せめて、あの子の名前だけでも良かったら教えて欲しいな」

 

 そんな少女の頼みに、司は少し考えた後でそれぐらいならと頷きつつ言う。

 

「——日野森(ひのもり)志歩(しほ)。それが、今日『イズ』の代わりにベースを務めた、オレの自慢の友の名です」

 

 その名前を少女は深く心に刻むように頷きながら聞き、その後で悪戯っぽい笑みと共に司に言う。

 

「……ふーん。日野森さん……ね。わかった、覚えとく。教えてくれてありがとう彼氏君」

「なっ……!? 彼氏ではないと言ったではないですか! 何故そうなります!?」

「——え? だってもう私それで覚えちゃったから。それに、日野森さんもその扱いで満更じゃなさそうな感じが演奏から伝わってきたし、それで良いかなって」

「くっ……か、からかうのは止めてもらいたい……!」

「ふふっ……ごめんね天馬君? ちょっと反応が面白かったからつい魔が差しちゃった」

「——お、オレの名……!? お前っ!? 先ほどのオレの名乗りが聞こえて知っていたのではないか! このぉ……!」

 

 クスリとクールに微笑む少女に、司はワナワナと拳を震わせる。

 そんな司にクルリと背を向け、少女は去り際に言う。

 

「お詫びの代わりって訳じゃないけど教えてあげる——私の名前はイオリ。ガールズバンド『STANDOUT』のギターボーカル兼リーダー。まぁ……近い将来プロとしてメジャーデビューする予定の名前だからさ、ちょっとは憶えておいて損はないかもよ? それじゃ、よかったら日野森さんにベース最高だったって伝えておいて」

 

 そのまま出口に向かって歩いていくイオリの後ろ姿を見て、ポツリとイズは呟く。

 

「——なーにが趣味の域を出れてないバンド活動よ、謙遜言っちゃって。可愛くない後輩ちゃんだこと」

「何っ? 彼女を知っているのかイズ?」

「うん、『STANDOUT』って言ったら、私達が活動休止した頃ぐらいからこのライブハウスで頭角を現した、今一番人気と言っても過言じゃない実力派ガールズバンドの事だよ。多分、一年か二年もしたら本当にプロ入りするんじゃないかな」

「そんなに凄い人物だったのか……!?」

 

 そんな驚愕する司を尻目に、イオリは出口手前でふと思い出したように立ち止まり、首だけ後ろを向いて二人に向かって声をかけるように言う。

 

「あ……そういえば思い出した。さっき裏の方で少し店長さん含めたスタッフさん達がバタバタしてたよ。もしかしたら日野森さん、舞台からはける時に結構フラフラしてたから、ひょっとしたら何かあったのかもしれない。もし心配なんだったら様子を見てきてあげたら?」

「——っ!? な、なにぃ!? そうなのかっ!? 教えてくれて感謝するぞイオリ! 行くぞ、イズ!」

「——えっ、う、うんっ!」

 

 そう言い、司は慌ててイズの車椅子を押してライブハウスのスタッフ控え室の方に向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

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