神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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14話 遠き空の星に手を伸ばす

 

 

 

『よーく聞くっす志歩ちゃん! 男の子が着る学ランの第二ボタン——二番目のボタンにはっすね! 恋する乙女にとっては神聖な意味が込められているんすよ!』

 

 その日の深夜。

 志歩はフレイア達に丁重に送られて帰った家の自室の布団の中で、スノトラから熱弁された内容を思い返していた。

 そして、小さく自身の口で呟く。

 

「『一番大切な人』か……昔は卒業式の日に男の人が一番大切な人にボタンを送ったり、逆にその人にとって一番大切な人になりたいって思う人が、逆に貰いに行くっていう話。つまりは……ジンクス」

 

 志歩は今まで、そんなジンクスと呼ばれる類の事柄は殆ど信じてこなかった人間だった。

 どんなに縁起を担いでも、失敗する時は失敗するし、成功する時は成功する。

 つまり、全てはその本人の努力に左右されるものだと思っていた。

 しかし——

 

『それでっすね……好きな人の第二ボタンを持っていると、なんと将来その人と結婚できるって話もあるんすよ! まぁ与太話っすけど、それでもちょっと心惹かれるものを感じないっすか……? 感じるっすよね!? だったら是非貰いに行くっすよ志歩ちゃん! 文化が廃れてるなら寧ろ好都合と考えるっす! 間違いなく言えるっすけど、絶対に司くんは学校で人気者っすよ? 本気度は志歩ちゃん程じゃないにしても、それでも憧れてる子は何人もいるはずっす。そんな子達から志歩ちゃんは一人だけ違う方面でアタック出来るんすよ! これは間違いなくアドバンテージっす! やるしかねぇっすよ志歩ちゃん!』

 

 その言葉には、たとえジンクスと言えど無視できないものがあった。

 

「私が司さんにとって一番の存在に……そして、司さんと……けっ、結婚……」

 

 その言葉を口にするだけで、脳が茹だるように熱を帯びるのを感じる。

 そんな熱に浮かされる思考のままで、志歩は思わずその脳裏にあり得るはずのない司の言葉を、勝手に都合よく合成して幻聴として再生する。

 

『志歩、オレはお前を一番大切な者だと思っている。愛しているぞ……志歩』

『オレと……結婚してくれ。オレはお前を一生かけて愛すると誓おう』

 

「~~~~っ!!」

 

 そんな司の幻聴に思わず志歩は顔を真っ赤にし、恥ずかしさと嬉しさで枕に顔をうずめて足をバタバタさせてしまう。

 そしてたっぷり5分程そんな想像の世界に浸った後で冷静に戻り、自身のさっきまでの行動がもし他人に見られたら、自害すら視野に入れる程の恥ずかしい行為だったと自省する。

 

「本当に……重症だな私」

 

 元から分かっていた事だったが、再度改めて自身が抱える司への想いが日増しに大きくなっていっている事を志歩は悟り、そんなため息をつく。

 

「でも私は……まだ選べてない。司さんとみんなの、どっちを選ぶのか……私は……」

 

 そんな悩む志歩の背を押したのは、フレイアの言葉だった。

 

『もっと自分にワガママに生きてみろや——志歩。お前なら出来るだろ』

 

 志歩はゆっくりと布団から起き上がり、ポツリと呟く。

 

「自分に……ワガママに……」

 

 その言葉を合言葉に、志歩は今この時だけはどちらを優先する事なんか一切考えずに、自分の心の思うままに、司に対してメッセージを送信していた。

 

 

志歩:司さん、夜分遅くに申し訳ありません。一週間後の卒業式の日に、会いに行ってもいいですか?

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 一週間後の平日。

 司の通う都内の公立中学では例年通りに卒業式が行われていた。

 その卒業式の終わりを表すように、校門辺りでは今も卒業生たちが涙や笑いと共に学友や恩師、後を任せる後輩たちとの最後の別れの言葉を交わし合う。

 

 そんな光景を、遠目の物陰に隠れながら見つめているのは宮女の制服姿の志歩だった。

 それもさもありなん。何故なら司の通う公立校の卒業式の日は、中高一貫校である宮女の中等部終業式の日とは違う。

 つまりは本日は志歩にとっては平日の通常授業日。という事は必然的に志歩は——

 

「は、初めて、学校サボっちゃった……なんだか今、すごく悪い事してる気分……」

 

 志歩、初めての学校サボタージュ。

 家を普通に出た後で学校に連絡。通学途中で気分が悪くなったから帰宅する旨を担任に伝えての欠席だった。

 つまりは仮病。

 志歩は今までの中学校生活の無遅刻無欠席記録を全て投げ捨てて、この場所に立っているのだった。

 志歩は今までにない事をしているという冒険心のようなものと、これから自分のする事に対し、ドクドクと拍動する心臓をなんとか抑えながら、じっと司が出てくるのを待っていた。

 

「というか、どうしてこんな所で待っちゃってるんだろ私。司さんと待ち合わせしてるのは公園だった筈なのに……こんな所で待ってても意味なんてないのに」

 

 そんな自分の現状に、思わず自分でも分からずにそう呟いてしまう。

 そもそも事前連絡の時点で志歩は司に、今日自分は卒業式の関係で学校は午前までだと嘘をつき、卒業式が終わったらそのままの足で公園にまで来て欲しいと司には頼んでいた。

 しかし、結局は居ても立っても居られず、こうして物陰に潜んで司が学校から出るのを待ってしまっていた。

 

 本当は最初から制服の第二ボタンだけ後日渡して欲しいと言えば、こんな面倒くさい小細工なんて必要は無かったのだが、そこは素直になりきれない彼女の悲しき(さが)

 第二ボタンの意味を知ってしまった時点で、司にその事を伝える事は不可能だったのだ。

 だからこそ、卒業式当日に家に帰って学ランから着替えられてしまう前に、司に志歩は会う必要があった。

 

「うぅ……い、いつまで待ってたらいいんだろ。時間がとっても長く感じる……わ、私、そろそろ心臓が限界……」

 

 緊張感に耐え切れず、思わず志歩がそう呟いてしまった時だった。

 

「おや……志歩か? どうしてこんな所に? 待ち合わせは公園ではなかったのか?」

「~~~っ!? つ、つつつ司さん!? いつの間に学校から出て……!?」

 

 背後から司の声に唐突に呼びかけられ、その場から小さく飛び上がりながら志歩は勢いよく背後を振り返る。

 するとそこには両手いっぱいに花束を抱え、花束のスキマからギリギリ顔を出している状態の司の姿があった。

 司はそんな志歩の疑問に答えるかのように、胸を張って大声で言う。

 

「——フ、それはオレが偉大すぎる存在が故だな! 見るがいい、オレを慕う後輩達から送られたこの花束の数々を! とても有り難かったが、この状態では表門から出る時にみんなの邪魔になると思ってしまってな。裏門を用務員さんに特別に開けてもらって、そこから出て来たんだ。もう友達とは別れの言葉は充分に済ませた後でもあったしな!」

 

 司の言う通り、腕の中に目をやると色とりどりの花々が一纏めになった大きな花束がいくつもあり、そこには沢山のメッセージカードが添えられていた。

 志歩は、スノトラが涙目でネットで必死に調査をしながら言っていた言葉を脳裏に思い浮かべる。

 

『どうやら最近の流行(はやり)は、花束を贈る手法らしいっすねぇ……! 成る程、第二ボタン文化が廃れたのは、学校の制服で学ランを選択する学校が減少しているのが背景にあるみたいっす。あと、TrickTrickやピクシェアとかのSNS文化の普及による若者の“()え”意識も後押しになってますね。お世話になった先輩に色とりどりの花束を贈る動画をSNSアップするのが人気らしいっす……くっ、これの所為で一つの卒業式の文化が消えた……自分は悲しいっす……!』

 

(スノトラさんが言ってた通り、本当に今は花束なんだ……いや、そもそもそんな常識も知らないぐらい、私は同年代の友達とずっと話してないって事になるんだけど。まぁ、今はそんな事はどうでもいいや。それにしても——司さん、いっぱい花束貰ってるな。やっぱりそれだけ、学校で司さんは人気者だったのかな)

 

 司が確かに後輩達からとても慕われていたという事実を目の当たりにし、志歩は胸に複雑な思いが湧き上がるのを感じてしまう。

 そんなどこかバツの悪いような感情を覚えながら、志歩は目を伏せつつ口を開く。

 

「そ、そうだったんですか。その、私は……すいません、司さんの所の卒業式がどんな風になっているのか、少し気になってしまいまして」

「おおっ、そうか! だがまぁ、オレの中学は志歩がここまで見に来る程に特別な事は何も無い、普通の卒業式だったがな」

「そうみたいですね……皆さんがとても思い思いのひと時を過ごしている感じが、遠目から見ているだけでも伝わります」

 

 そう言って校門の方を見ながら小さく頷く志歩に対し、司はところでとばかりに言う。

 

「ところで志歩、公園ではないが折角出会ったんだ、オレにわざわざ何の用だったのか聞いても良いか?」

「——っ、そ、そうですよね。あの……私の用事は……」

 

 ドキリとしながら志歩は、司の学ランの第二ボタンの方を見る。

 そこには金色に輝くボタンがあり、志歩は心の中だけで誰にも先を越されていない事を安堵した。

 後は、志歩自身が『司さんの第二ボタンをください』と言うだけ。

 しかし——

 

「……やっぱり、こんな所で立ってする話でもないと思うので、移動してもいいですか?」

「む、そうか。わかったぞ! では行こうではないか! 歩いている間、未来のスターたるオレが見事に卒業生の答辞を読み上げた時の話をしてやろう! 涙ぐむ者も多く居たぐらいだぞ!」

「そ、そうですか……すごいですね司さん。是非聞かせてください——あ、よかったら少し花束を持ちますよ? それだと歩くのも一苦労ですよね?」

「そうか? 助かる……これぐらいなら持てるか?」

「——っ、この量になると、お、思ったより花束って重いです……よくコレを一人で運ぼうと思いましたね……」

「ハーッハッハッハ! まぁそれはオレが完全無欠のスターの卵だからな! オレに不可能はない!」

「……そうですか。まぁいいですから、落とさないように慎重に行きましょうね?」

「勿論だ!」

 

 志歩は、日和(ひよ)ってしまった。

 そんなどこまでも大事な所で素直になりきれない自分に呆れて内心でため息をつき、志歩は司から花束を少し渡してもらいつつ、卒業式の思い出話に相槌を打ちながら公園に向かうのだった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 そして二人が歩く事約15分後、公園に着きベンチに花束を置いた後、司は両腕を組み仁王立ちになり、いかにも『さぁ何処からでもかかってこい』と言った立ち振る舞いで言う。

 

「さぁついたな! さて志歩! 一体オレに何の話だ? なんでも話すといい!」

「あっ……ええっとその、そこまで仰々しくならなくても良いです。頼みたい事は簡単な事なので……」

 

 そんな覚悟完了といった司に、思わず弱気になりそう言ってしまう志歩。

 すると司は首を傾げる。

 

「なにっ? そうなのか? わざわざ卒業式の日の呼び出しだ。オレはてっきり志歩にまた何か問題があったのかと心配だったのだが……そうか、違うのか。よかった」

 

 そう言って少し安堵のため息を吐く司を見て、志歩はキョトンと目を少し丸くする。

 

「……わ、私の心配を、してくれてたんですか?」

「当然だ! 友として、お前は放っておく事は出来んからな!」

 

 そんな屈託のない笑顔での司の言葉。

 以前まではその言葉に志歩の心は喜びで跳ね、自然と笑みが零れたのだが——今は少し、その心に陰りがあった。

 志歩は横目でベンチに大量に置かれた花束を見ながら、どこか沈んだ表情で口を開く。

 

「それは……私が、手のかかる子だからですか? 司さんにとって私は……学校で司さんの事を頼りにして慕ってくれる人達と、殆ど変わりはないんですか? もし私が、司さんを頼りにしないような人間だったら……司さんにとっては私は、どうでもいい存在になってしまいますか?」

「志歩……?」

「……っ!? す、すみません……私、変な事を言ってしまいました。例え司さんが私の事をそう見ていたとしても、司さんが私に親切にしてくれている事実は何も変わりませんし、それで良い筈なのに……ごめんなさい、私が今言った事は全部忘れてください」

 

 志歩は自分が思わず衝動的に言ってしまった事を、言ってしまった後で後悔する。

 

(あぁ、私……面倒くさい子だ。司さんが今まで私にしてくれた沢山の事は、司さんにとっては数多く居る自分を頼りにしてくれる後輩さん達の一人を相手するのと何も変わりはない事なのかもって、そう思ってしまったら……なんだか、胸のモヤモヤが収まらない……ああ、駄目だ。早く収まって。このままじゃ私、またイライラして司さんに迷惑をかけて——)

 

「そんな事はない。例え志歩がオレを必要としない程に強くなったとしても、オレはお前に対する気配りを忘れん。何故ならお前は、オレにとって特別な友だからな」

「えっ……?」

 

 しかし、そんな後ろ向きな暗い思考を全て明るく吹き飛ばすかのように、司は星のような自らの意志を口にする。

 

「オレはお前が、ずっと一人で頑張っていた事を知っている。本当は一歌達に全て話してしまえば楽になれるというのに、それを一歌達に迷惑をかけない為にずっと堪えてきた人間だ。オレがどんなに言っても、自分の心で決めた意志を曲げなかった強い人間だ」

「……そんな、司さんにそこまで言って貰える程、私は立派な人間じゃありません。ただ……人に迷惑をかけるのが嫌で、それが耐えられなかっただけで——」

「何を言う、それを人は“強さ”と呼ぶのだ。お前はたった一人で、ずっと頑張って夢に向かって努力して、そしてその努力をステージの上で芽吹かせた。オレはそんなお前を友として心の底から誇りに思うし——本当に、応援したいと思っている。だからオレにとってお前は特別な存在なんだ、志歩」

「——っ!」

 

 ——もう本当に、この人は何度自分の心を救ってくれたら気が済むんだろう。

 志歩はそんな事を思わずに居られなかった。

 その司の言葉に胸がいっぱいになって何も言えなくなっている志歩に対し、司は微笑ましい者に向ける笑みを浮かべながら言う。

 

「なんだ……何を言いたいのかと思えば、そんな事か? まぁオレは多くの人間に愛される宿命にある未来の大スターだからな! 志歩は多くの人間に慕われるオレを見て、オレが誰かに取られてしまうような感覚を覚えたのだろう? 咲希にもよくヤキモチは焼かれるからよく知っている。そんな感じだろう?」

「えっ……あぅ……そ、それは……」

「心配するな! 志歩はオレにとって特別な存在だ! それに忘れたか? お前はこのオレのファン第三号だ! 咲希、冬弥(とうや)に続く三番目のファンで、栄えあるトップ3の内の一人なのだ! だからもっと自分に自信を持つと良い!」

 

 そんな、どこかズレていながらも、司に自分が感じていた心のモヤをハッキリと指摘され、志歩は悟る。

 もう自分はこの先一生この人には敵わないんだと。

 そしてきっと、もし半年前に自分が司と出会っていなかったとしても、ずっと先の未来でこの人に自分は惹かれる運命にあっただろうと、そんな事すら思えてしまう。

 それほどに志歩は強く、自分が司の事が好きなのだと再度理解させられてしまった。

 だからこそ志歩は——

 

「では、これで話は終わりだな! 早く家に帰って花を花瓶に移さねばならんからな、オレはこれで失礼する! ここまで花を持ってくれて感謝するぞ志歩!」

「——待ってください」

「なにっ? どうした志歩?」

 

 去ろうとする司の服の裾を掴み、羞恥で潤む瞳のままに司の目を真っすぐに見据えて言う。

 

「司さん、私……貴方の制服の第二ボタンが欲しいんです。くれま……せんか?」

 

 ——志歩は、司にとっての『一番大切な人』になりたいと強く思った。

 その力強く輝く星のような両瞳に映っているのが自分一人だけが良いと、ワガママにそう思った。

 そんな志歩の消え入りそうな程に弱々しい言葉に、当然の如く司は首を傾げて言う。

 

「制服の……第二ボタン? そんなものが何故欲しいんだ?」

「あっ……ええっと……その……フレイアさん達に聞いたんです。学生服の第二ボタンには持っていると私の願いが叶うっていうジンクスがあるって。ですから私……司さんの第二ボタンが……欲しいんです。お願い……します」

「成る程……フレイアさん達は物知りだな。分かった、そういう事ならお安い御用だ!」

 

 司は胸を張り、躊躇なく自らの第二ボタンを外すとそれを志歩の掌の上に乗せた。志歩は掌にコロンと乗ったそのボタンに、まるで唯一無二の宝物を手に入れた純粋な子供のようなキラキラした瞳になる。

 

「あ、ありがとうございます……! 私っ、これ、大切にします……!」

「お、おぉ……そうか、少し大げさに思うが……志歩がそこまで喜ぶ程に良い意味が籠っていたんだな。そこまで喜んでくれるならよかった」

 

 そう言って優しく笑みを浮かべる司。

 無神経な司は当然そのボタンが意味する事など何も知らず、その場は青春の甘酸っぱさなど皆無だったが、それでも志歩は満足だった。

 それは半年前、司に背負われて帰ったライブの帰りの日。あの日に司の頬にしたキス以来で、初めて自分が司に対する想いを素直に表に出せたから。

 その結果、ちゃんと司に応えて貰えたから。その証が手の中にあったから。それだけで志歩は充分だった。それ以上を望めなくても全く構わなかった。

 

 ——しかし、勇気を出して一歩踏み出した者に対する神様からのご褒美かどうかは分からないが、ここで志歩にとって思いもよらない話の進展が発生した。

 

 司はしばらく考え事をするように黙った後、何かに気が付いたような表情になった後、志歩に対してからかうような笑みを浮かべて言う。

 

「それにしても……制服の第二ボタンにジンクスか。確かに言われてみればご利益のようなモノはありそうだな。この位置にあるボタンは、まるでオレの心臓や心に直接繋がっているみたいではないか。成る程、これではまるで……オレの心を志歩に捧げたみたいになってしまうな?」

「~~~っ!?」

 

 天馬司、ここでまさかの慧眼(けいがん)

 制服の第二ボタンの本当の意味を分からないままでも、近い所にまでにじり寄る。

 司の事を完全無欠の無神経だと侮り、自分の気持ちを悟られるわけなどないとタカをくくっていた志歩は、ここでの思わぬ展開に目を白黒させる。

 

(し、しまった。流石にやり過ぎた……? っ、いや……もういい。私の気持ちがバレたんだったらしょうがない。だったら……ここで、こ、告白を……!)

 

 目を閉じ、勢いのまま志歩は口を開く。

 

「あ、あのっ……それはっ——」

「ハーッハッハッハ! 悪い、冗談だ! そう変に照れさせて悪かったな、お前は反応が面白いから時々ついからかってしまいたくなるんだ。許してくれ」

 

 しかしそんな悪戯っぽい司の笑みに、たちまち志歩は決意が萎え、ため息と共に口を開く。

 

「………はぁ、そうですか。まぁ、どうせそんな所だろうと分かってましたけどね」

「おっと……今回の冗談は本気で怒らせてしまったか? つい少し調子に乗ってしまったようだ……すまない」

「いえ……大丈夫です。元から今日はこれ以上の成果を望んでいなかったので、そこまで気にしてません」

「成果? ああボタンの事か……そうか、ならまぁ良かった。だが——そうだな、心か……」

「司さん……?」

 

 すると、そこで司は不意に寂寥感を帯びたような表情になり、ポツリと呟く。

 

「思えば志歩に、オレの心を救ってもらったなと改めて思い直していたんだ」

「——えっ? 私が、司さんの事を……?」

 

 思いもよらないその司の言葉に、志歩は思わず呆然とした表情でそう呟いた。

 そんな志歩に司は過去に思いを馳せるように口を開く。

 

「お前はオレに言った事があるだろう? 入院して悲しんでいる咲希に対して、何も出来ない無力さを誤魔化すために、オレは志歩の事を構おうとしているのだと。オレが、お前を咲希の代用品として見ようとしているのだと、そう言っただろう?」

「あっ……あ、あのっ、その件は……本当にすいません……私、あの頃は司さんの事を本当に何も分かってなくて……」

 

 志歩はそんな、昔こそ本心で言った言葉だったが、今の自分自身の司に対する心情状態において、最早心の底から今でも司に詫びたい黒歴史の言葉を掘り返され、思わず謝罪の言葉を口に出す。

 そんな志歩の謝罪に、司は静かに首を横に振る。

 

「構わん。オレは認めた筈だ、事実だと。オレはあの頃……本当にどうしようも無かった。オレがどんなに素晴らしいショーをしても咲希の病態は日に日に悪くなっていくし、場合によっては面会謝絶にまでなってしまう日もあった。咲希の為に、なによりそんな咲希の回復を信じて今でも見舞いに来てくれる一歌の元に、咲希を絶対に帰してやりたいと誓って頑張っても……現実は、どうにもなってくれなかった。今でこそ咲希の病態は持ち直しているが……そんな時期もあったんだ」

「——っ、咲希……司さん……」

 

 そんな、静かに語られる咲希と司の悲しい過去に、志歩は静かに絶句して二人の名前しか呟けなくなった。

 司は尚も言葉を紡ぐ。それは、司自身の内心の吐露だった。

 

「それでも弱気にだけはなってはいけないと、信じていればいつか必ず咲希は元気になると、オレが弱気になってしまえば咲希はそれこそどうにもならなくなると、オレは咲希の前で必死に笑顔で振舞った——内心の不安や本心を、笑顔で完全に覆い隠すという卑怯な手段を覚えてしまった。そうしないと……優しい咲希にはすぐに察せられてしまうからな」

「それは……なんと言いますか……」

 

 そんな司の優しさの片鱗を、志歩はもう既に見た事があった。

 自分が咲希の病状を知った時、不安そうにする自分に対して、司がいつも浮かべていたあの笑顔。それが、司が誰かの笑顔を守る為に身に着けざるを得なかった、望まない|笑顔《嘘)だったと、それでも咲希の為に通すと決めて真実にすると誓った“本気の嘘”だったと知り——志歩は、たまらない気持ちになった。

 励ます言葉を出そうとしても、何も言葉にすることが出来なかった。

 

「だが、そうすると誓っても……揺らいでしまう時だってあった。特に一人になっている時がそうだ。平日で咲希の見舞いに行けない時や、家に帰って一人で母さんが作り置きしてくれた晩御飯を食べている時に……つい、咲希は一生このままではないのかと、オレはこんな事をしている暇はあるのかと、少しでも咲希の為に何かできないかと、そんな余計な事を考えてしまうんだ。それから……なんだか、一人でじっとしているのが、自分がいかに無力なのかを思い知らされていまうようで、苦手になってしまってな」

「——っ。司さんのお母さんやお父さんには、相談できなかったんですか? 司さんが……そんなしんどい思いをしているって、二人は知らないんですか?」

 

 そんな志歩の、せめてもの司の心を案じた言葉に、司はなんでもないような笑みを浮かべて口を開く。

 

「何を言う志歩? オレなんかより咲希の方がずっとずっと大変に決まっているだろう? ただでさえ二人は、咲希の高額な医療費を稼ぐ為に仕事を頑張っていて、それでたまの休みも全て咲希の見舞いの為に使っているんだ。そんな二人に……オレは迷惑などかけられん」

 

 そんな司の笑顔に、志歩は司の抱えているモノが自分が一歌達に対して抱えている感情と同一で、司の悩みも自分と同じくどうにもならないモノだと悟る。

 悟りながらも——悔しさで拳を握りながら、ベンチにある大量の花束を見て言う。

 

「……実は、少しおかしいと思ってました。なんで司さんは、これだけの花束を一人で抱えて家に帰ろうとしたのかを……司さん、もしかして今日の卒業式にも……お二人は来てないんじゃないんですか?」

 

 志歩の核心を突いたような疑問に、司はフッと微笑んだ後に答える。

 

「——ふっ、見事な推理だな志歩。探偵にでもなれるのではないか?」

 

 そんないつも通りの司の笑顔が、どこか痛々しいものに志歩は見えてしまい、思わず俯きながら下唇を軽く噛み締めて志歩は言う。

 

「……こんな悲しい推理、当たってほしくなかったですよ。なんですかそれは……確かに咲希はとっても大変です。ですけど、これじゃ……まるで司さんの事がどうでも良いみたいじゃないですか。私、咲希のお母さんやお父さんは、咲希と司さんの事を平等に愛している人だと思ってました……でも、それは違ったんですね……お二人は咲希の事ばかりで、家じゃ司さんの事はほったらかしなんですねっ……!」

「志歩、それは違う。母さんも父さんも、帰って来れない日は必ず電話をしてオレに声をかけてくれる。苦労をかけてすまないと、いつも言ってくれる。オレは愛されていないなどと思った事は一度もない。ただ……()()()()()なんだ」

「……なんですかそれ。司さんは優しすぎですよ。つ、司さんの方こそ、もっと……わ、ワガママをっ……言って、良い筈なのにっ……」

 

 志歩は目にこみあげて来るモノを堪えながら、震える声でそう言葉を紡ぐ。

 そんな志歩の肩にそっと手を置き、司は優しく志歩を気遣うように、そしてここで話を元に戻すかのように言う。

 

「気にするな。だから言っただろう? オレの心は、お前に救われたと」

「——えっ?」

 

 目を丸くする志歩に、司は言う。

 

「覚えているか? お前をフェニランに連れて行ったあの日、寂しい思いをしているだろうお前に文化祭が始まるまでの二週間、ずっとお前の傍に居てやると言った時だ。あの時、勿論お前の事が心配だったのもあるが——本当は、少しでも家で一人で居る時間を少なくしたいという思いもあったんだ」

「……だ、だからあの日、司さんはあんなに強引だったんですか?」

「ああ、そうだ……オレが打算的な人間で、幻滅したか?」

 

 そんなどこか弱々しい司の問いに、志歩は首を強く横に振った。

 心の寂しさを埋めたい為に、誰かと共に居たいと思ってしまう心の考えを、志歩は打算的だとは全く思わなかったから。

 寧ろ、あの日の司の心の真実が知れて、志歩はとても嬉しいとすら思えた。

 自分が司に助けて貰っていたばかりでなくて、自分も司に何かを与える事が出来ていたのだから。

 そんな志歩を見て、司は小さく微笑む。

 

「——ありがとう志歩。だからお前はずっとオレに恩があると言っているが、オレにとっては違う。お前と一緒に未来の事や小難しい事を何も考えずに騒がしく過ごしたあの日々は、オレの心を癒してくれた。オレが感じていた心の陰りを忘れさせてくれた……」

「そう……だったんですか。私も、司さんのお役に立てていたんですね……」

「ああ、オレにとっては——お前と再会してから過ごした、あの短くも濃密だったあの日々こそが、オレの中学校生活で一番の“青春(せいしゅん)”と呼べる日々だった。だから——」

 

 そこで司は言葉を区切り、志歩の目を真っすぐ見据えて、心からの想いを乗せたように続く言葉を紡ぐ。

 

「改めてオレの方から言わせて貰おう。志歩、今お前が持っているオレの第二ボタンを、オレの心を救ってくれた証として受け取ってくれ。本当に……オレと過ごしてくれてありがとう。お前と過ごした日々は、オレにとってとても大切な思い出だ。本当に……ありがとう」

 

 そんな司の心からの感謝の言葉に、志歩はついに堪えていた涙が溢れて頬を一筋伝うのを感じた。

 そしてそのままダムが決壊するように止めどなく涙を溢れさせながら、感極まったかのように志歩は言う。

 

「わ……わたっ、私の方こそっ……ありがとうございます……! 司さんのお陰で、私っ……私っ……!」

 

 志歩はその場で涙を流してすすり泣いた。その脳裏には、今まで司と過ごした日々がフラッシュバックする。

 そして、暫く泣いて涙を制服の袖で拭った時——志歩の決意は決まった。

 自分の肩に優しく乗せられた手を両手で握り、突然の行動に驚いて目を丸くする司の目を真っすぐに見据えて、志歩は自らの決意を揺るがぬ意志を言葉にして宣言する。

 

 その決意は——彼女の“()()”が明確に変わる程の決意だった。

 

 

「司さん……! 私、勉強して、来年は司さんと同じ高校に行きます! 絶対行きます!」

 

 

 そう大声で宣言する志歩に、司は驚いて目を丸くする。そして、その覚悟の是非を問うかのように確認の言葉を紡ぐ。

 

「志歩、それは……()()()()()()? お前は、咲希達が大切だと言っていたではないか。それを、諦めてもいいのか?」

「司さん……言ったはずです。あそこに居る事が逆に咲希達と一緒にいられなくなる原因かもしれないって。だから、私のこの選択はみんなの事を諦めない私の決意の表れでもあります」

「だが、理解してもらえないかもと躊躇したではないか。それはもう良いのか?」

「はい、()()()()()()()()()。みんなに話を通して、私が高校を外部受験する事を分かってもらいます。私は、そう決めました」

「受験勉強をするという事は、それだけ練習の時間を勉強に割かれる。それは、お前のプロになるという夢から遠ざかる事ではないのか?」

「当然、ベースの練習も怠りません。学業ばかりして夢を疎かにする事は、私にはあり得ません」

「——っ、そんなの、無茶だ! 並の努力で成せる事ではない。それでお前は良いのか?」

 

 そんな司の問いに、志歩は自分の胸に再度問いかける。

 その心に響いたのは、二人の人物の声だった。

 

 

『志歩……“友情”か“恋”。どっちかを諦めなきゃいけねぇなんて情けねぇ考えはやめろ。どうしてお前には()()()()って選択肢がねぇんだ?』

 

『でも——だからって諦められる?』

 

 

 それは、まるで自分の心に発破をかけるように響くフレイアの言葉と、いつの日か志歩に高木(たかぎ)という少女が、『諦められない』志歩の心を見透かしたように問いかけた言葉だった。

 その言葉が、志歩の覚悟を後押しする。

 志歩はそんな意志を言葉にして、司に大声で宣言する。

 

「はい、かまいません。私は決めたんです! 私は……自分がやりたいと思う事を我慢しないって! そして、私の“想い”も、“友情”も、“夢”も、全部諦めないと決めたんです! ですから——」

 

 そこで志歩は言葉を区切り、司に優しく笑みを浮かべた後で告げる。

 

「——私が来年、司さんの高校に入学したその時は……司さんの事を、“司先輩”って呼ばせてもらっても良いですか? 私は——また、司さんと“青春”を過ごしたいんです」

 

 そんな覚悟が乗った言葉に司は(しば)し沈黙し、そして笑みを零して言葉を返す。

 

「そうか……分かった! ならばもう何も言わん! オレは一足先に神高で待っているぞ志歩! お前が来るまでの一年で、オレはお前に(した)われるに相応しい最高に輝くスターのような先輩として、己の輝きにさらに磨きをかけてやる! だから、お前もオレに負けるなよ、志歩!」

「——はい! 司さん!」

 

 そんな誓いを二人は交わし、この日の公園で、二人きりの卒業式は終わりを告げたのだった。

 

 ちなみにその後、その日の帰り道では。

 

「あの、司さんは勉強するのに使ったオススメの参考書とかありますか? 私も勉強はどちらかというと苦手な方なので、司さんが使ってたモノを参考にしたいと思ったのですけど」

「何? そうか、ならばオレが使ってたモノで良ければ、参考書などその他諸々を全て譲ってやろう。書き込みや付箋もあるが、それでもいいか?」

「つ、司さんが使ってたモノですか? ……は、はい。ありがたく使わせて頂きます」

「よし、ならばオレの家に寄っていくといい! ダンボールで量もあるからな、お前の家まで運んで行ってやろう!」

「ありがとうございます。後は、司さんの好きな音楽とかありますか? あ……あの、これから勉強する時間が増えるので、さ……作業BGMに良いかと思いまして」

「む? オレか? オレは……志歩の趣味に合うか分からんが、母さんの影響でよくピアノのクラシック音楽を(たしな)んでいてな。よく勉強中に聞いていたものだ」

「く……クラシックですか? 聞いた事はありませんけど……司さんが好きな音楽なら、聞いてみます。確かに勉強に集中できそうですし」

「お? そうかそうか! ならば音源が入ったCDも貸してやろう! 有名どころで言うならば、かのチャイコフスキーの名曲『白鳥の湖』、ドビュッシーの『月の光』、他にも色んな沢山の志歩が一度は聞いた事がある曲が入っている筈だ! オススメだぞ!」

「ちゃ、チャイコフスキー……? ドビュッシー……? ぜ、全然聞いた事ない……で、でも……はい、わかりました。聞いてみます」

 

 そんな、志歩からの司への質問が、ひっきりなしに行われていた。

 志歩が司にその質問をする真意など、第三者目線から見れば完全に、好きな人の好みを知って、それを自分も好きになりたいという微笑ましい少女心の表れのソレに他ならなかったが、当然の如く無神経な司には通じていなかった。

 そして志歩は、数々の質問の果てに少し頬を染めた後で、少し思い切ったように口を開く。

 

「あの、それでなんですけど……参考までに聞かせて貰いたいことがありまして」

「——む? 急に改まってなんだ?」

「司さんは……その、髪の長い女性と短い女性、どちらが好みですか?」

「——は?」

 

 ポカンとする司に、志歩は慌てて取り繕うように言う。

 

「あっ、あのっ……ほら、ベースの演奏する時に私ステージに立つじゃないですか。その、確かに演奏は外見じゃなくて中身が全てですけど……外見の第一印象で、演奏を聞いた感じ方も左右される所はあると思うんですよ。ですから、少しでもそういう不利要素は消しておきたいと思いまして……」

「そういうものなのか……? いや、ではオレに聞くのではなく、もっと広く意見を尋ねた方が——」

「ほっ、他にこんな事聞ける男の人なんて司さん以外に居ないんです! で、ですから、あくまでも参考程度に聞かせて欲しいんですけど……だ、駄目ですか?」

 

 流石に言い訳が苦しいかと、志歩が不安に思ったのも一瞬。

 司は安定の無神経を発揮して首を傾げながらも納得し、その表情を珍しく羞恥で少し赤くしながらも、躊躇いがちに自身の好みを志歩に告げる。

 

「——む、そ、そうか……そこまで言うのであれば……お、オレの好みか……短い方と長い方……どちらが良いかと問われれば、その……長い方が……好きだな」

「長い髪……ですね、分かりました。確かに男性ウケはそっちの方が良いとよく聞きますし、その意見も踏まえて少し考えてみます」

「お、おい、別にオレは今の志歩の髪の長さでも全然良いと思うぞ? だからそんな無理に自分を変えようとしなくてもな……」

「無理なんかじゃありません。私……()()()って、そう決めたんです。ですから気にしないでください」

「そ、そうか……ならば何も言わんが——と、話している間に着いたな。それでは待っていてくれ! 荷物をダンボールに纏めて持ってくる!」

 

 そう言って家の中に入っていく司を見送りながら、志歩は自分の銀髪のショートヘアの毛先をつまみ、そして呟くように言う。

 

「——よし、とりあえず少し髪伸ばそう。長さはどうしようかな……お姉ちゃんや一歌ぐらいにしたら、それはそれで手入れや髪を乾かすのがめんどくさそうだし……悩む。まぁ、伸ばしてみてから考えたらいいかも」

 

 そう呟いた後で志歩はふと自分が、今まであんなに嫌っていた『誰かに自分を合わせる』行為を自然と行おうとしてしまっている事に気付く。

 しかし志歩は、そうやって司の好みの女性に近づこうと自身を変えていく行為を、自然と嫌じゃないと思ってしまっていた。

 

「……ふふ。本当に、誰かを好きになるってすごい事なんだな。まさか私がこんなになっちゃうなんてね……半年前の私じゃ、本当に考えられない」

 

 思わず、そう呟いてしまう。

 そして薄っすらと陽が沈み、早くも一番星が見えはじめる空を見上げて、一番星に向かって司の第二ボタンを握りこんだ手をかざしながら、志歩は言う。

 

「司さん、今は全然ですけど、絶対にいつか、貴方の一番の人になってみせます。ですから……待っててくださいね」

 

 

 ——日野森(ひのもり)志歩(しほ)という少女は、前途多難な“青春”への道を、やっと今一歩踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

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