神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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15話 変わらないものと変わるもの

 

 

 

『司さん……! 私、勉強して、来年は司さんと同じ高校に行きます! 絶対行きます!』

 

 

 そんな自分の固い決意を、司さんに対して口にした私。

 勿論、その私の言葉はその場の勢いに任せた一時的なモノなんかじゃない。

 しっかりと本気で、私が今までの生きて来た人生の道から、思いっきり飛び降りる覚悟で吐いた言葉だった。

 

 やると決めたらすぐに行動に移すのが私の性分。だからその日の夜に私はまず、父さんに連絡を取った。

 私の父さんは今現在ロックバンドの本場アメリカのロサンゼルスに滞在し、向こうの大手の会社と年単位で契約してギタリストとしてアメリカ大陸各地を飛び回りながら活動中で、電話は国際電話一択。

 私が夜中に電話しても、時差で向こうは早朝に近い時間でも父さんはすぐに電話に出てくれた。

 そして私は反対を受けるのを覚悟で『今の学校が合わないから高校は外部の高校を受験したい』と伝えると、電話口から帰ってきた答えは予想外の上機嫌な笑い声だった。

 

『はははははっ! やっぱお前は母さんに似た(しずく)と違って、俺似だな志歩。良いぞ、穂波(ほなみ)ちゃん達に合わせて通う学校決めたもんな、もしかしたら合わなくなるかもなって俺は思ってたんだ』

「——え? 父さん、良いの?」

 

 あまりにすんなりと行く話に思わずそう聞き返してしまうと、父さんは電話先でニヤリと笑っていそうな声色で言葉を返してきた。

 

『ああそうだ。だって……他人が自分勝手に敷いた見えない規則(ルール)に縛られるのなんて大嫌いだもんな——()()は?』

「父さん……うん。私、今の学校から『神山高校』っていう学校に行きたい。そこだったら……私でもうまくやれそうな気がするから」

 

 そんな、私の事を理解してくれていると感じる父さんの言葉に私は思わず口元を緩ませてしまいながらも、転校したいという理由で『司さんを追いかける為』という理由だけを伏せてそう説明した。

 そうしたのは勿論、学校が合わないから転校したいという気持ちも確かに真実だったのもあるけど、何より一番はその方が話がスムーズに進むと思ったから。それに、司さんの事を言えば話がこじれそうなのは目に見えていたからでもあった。

 そんな私の内心を知ってか知らずか、父さんは嘆息しながら言葉を返す。

 

『へぇ……確か『SAMU』がシブヤに新しく高校が出来るって言ってたっけな、そうだ、『SAMU』は今でもそっちで元気そうにやってるか?』

「店長の事? うん、元気だよ。今日もライブハウスの経営頑張ってる」

『そっか……良い腕してたのに手の腱ダメにして、ベーシストとしてやってけなくなった時のアイツは見てられなかったが……でも、今は前を向けてるなら良かった——っと、んな話は今はどうでも良かったな。そうか……にしても宮女から神高か、“歴史と伝統”を捨てて“最新と革新”へ、ということか? そうかそうか、それはとても——』

 

 そこで父さんは感慨深げに呟いた後で言葉を噤み、そしてとても満足そうな声色で私に対して言葉を続ける。

 

『——(ロック)だな。ははっ、良いじゃないか……応援するぞ志歩。母さんには俺が許したって言っておけ。でも分かってるだろうが、やるからには全力だぞ? アイドル業でもバンド活動でもなんでも、やりたい事は好きにやれ。だが、一度決めた事に対して中途半端は許さない——それが日野森(ひのもり)家の家訓だ』

「うん、勿論分かってるよ……ありがとう父さん」

 

 そんな父さんからの応援の言葉に私は、一昨年に父さんがロサンゼルスに行ってから数年会ってないけど、やっぱり変わってないなって、改めてそう思いながら頷いた。

 だけど、私がそんな感想を抱きながら電話を切ろうとした時だった。父さんは思い出したように口を開く。

 

『そうだ、そういえばその神山高校って所は共学らしいな。もしかして……志歩が転校先をわざわざそこが良いって選んだのは、意外と男目当てだったりしてな?』

「………………」

『ははははっ! 冗談だ、そんなに怒るなよ志歩——って、おい、何故何も言わない? ま、まさか……?』

 

 お父さんのその発言に、私は思わず冷や汗を流してしまいながら答える。

 

「そ……そんな事ないよ。あり得る訳ない、だって私だよ? そうでしょ父さん?」

『そ……そうか? 本当にそうなのか? いや——まぁ、高校受験の件は勿論構わないが……だが待て? わざわざその学校を選ぶのは本当に男目当てなのか……!? まさかその学校に好きな先輩とかでもいるのか……!?』

 

 あ、不味い。段々と正解に近づかれてる……というか殆ど正解だ。やっぱり世の中の人間が全員、司さんみたいに無神経って訳じゃないよね。

 私はこれ以上話を続けるのは危険と判断し、少しだけ早口になりながら会話を強引に終わらせる為に言う。

 

「外部受験を許してくれてありがとう父さん。じゃあ私、これから勉強するから切るね?」

『——お、おお? 頑張れよ志歩……って待て、まだ話は終わっていないぞ!? おい、志歩。待て、ハッキリともう一回違うと言ってくれ……!』

「父さんもそっちで音楽活動頑張ってね、まぁ一応は応援してるから。それじゃ」

『あ、ああ! ありがとう志歩——って待て! 誤魔化そうとしてるんじゃない! ああもう……! 決めたぞ! 俺は今年の契約期間が切れたら来年は日本に帰るからな! 母さんにも雫にも会いたかったから丁度いい! その時にしっかり話を聞かせてもらうぞ! 分かったな!? おい、志歩——』

 

 父さんの言葉をそこまで聴いてから私は強引に電話を切り、ひとまず家族からの了解はもらえた事に安堵の溜息をついてしまう。

 ひとまず第一関門突破。父さんさえ説得できたら母さんは簡単だから——え? お姉ちゃんはって? 誰ソレ知らない人ですね。

 だから後は、一歌達に説明するだけ。

 そんな目標を設定して、私は自分の部屋に少し急ぎ足で戻る。

 

「とりあえず今は勉強しなきゃ。無駄にしてる時間なんてきっと、一日もないから」

 

 そう呟きながら私は司さんから貰った段ボールの中にある、司さんから貰った沢山の参考書の中から、数学の参考書を探す。

 なんで数学かというと、私が昔テレビで観たうろ覚えの知識では、勉強を長続きさせるコツは得意な科目から始めるのが良いと聞いたからだった。

 宮女のクラス内の成績で基本的に平均点より少し下の科目が殆どを占める私にとって、数学という科目は平均点より少し上の点数を安定して取れる、私にとっての得意科目。

 

 だって『数学』だけでしょ?

 答えの数値がハッキリしていて、定められた公式を頭に刻み込む事さえできれば、どんなに数値を弄られた問題でも解く事が出来る。

 唯一、努力の量がハッキリとモノを言う教科。

 だから私は好きな教科を一つだけあげろと言われれば、数学を迷わずにあげる。努力さえすれば結果が出るのだから。

 結果さえ出ると分かっているのならば、私はいくらでも努力出来る人間だ。

 

「あった数学——って、この参考書、付箋が沢山ついてる。司さんが付けたのかな?」

 

 そんなこんなでやっと見つけた参考書は付箋だらけで、何度も折り目がついてヨレヨレでボロボロだった。

 これを見るだけで、司さんのあの何も考えていなさそうに見える屈託のない笑顔の裏で、目指す目標の為に血のにじむような努力を平然としていた事がすぐに分かる。

 

「司さん、あなたもやっぱり努力の人だったんですね。ふふっ……私と、同じだ」

 

 そんな司さんの一面を知って、私は一層司さんの事を身近に感じて胸が温かくなる気持ちを覚え、すぐに頭の中がその人の事で一杯になって思わず笑みを零してしまう。

 そんな気の緩みに気付いてすぐに私は強く頭を振る。

 

「——っ、駄目駄目! 勉強しないと。全く……気を抜いたらすぐにこれなんだから、今は色ボケなんてしてる場合じゃないんだって」

 

 重ね重ね思うけど、本当に重症だな私って。これじゃすぐに何も手に付かなくなるから、これからはあまり司さんの事は考えないようにしないと。

 そう思いながらボロボロの本を開くと、ページの開き癖で自然とページが開いてしまう。

 それは、最近学校で習い始めたばかりの因数分解の範囲だった。私はその範囲が本来なら中学三年生で習う範囲だと記載されているのを見て、少しだけ驚く。

 

「へぇ……この範囲って、普通なら二年生だったらやらないんだ。やっぱり宮女って進学校なだけあって、勉強のカリキュラムが他の学校とは違って前倒しになってるのかな? それなら少しだけ、他の受験生の人よりも私は有利なのかも……」

 

 そう自分を少し勇気づけながら書いてある内容に本格的に目を通すと、そこには因数分解の公式という名の、xとかaとかbとかの、数学には全く関係ない筈の英単語が急に羅列されていて、私は思わず軽く眩暈を覚えた。

 ——いや、何これ? 私は数学やるつもりの筈だったよね? なんで急に英語が始まってるの?

 しかもコレ“公式”って事は暗記しないといけないんだよね? うっ……気乗りしない。い、いや、でも……頑張らないと……!

 

 そんな風に逃げ出しそうになってしまう自分を励まし、再び公式に目を落とす。

 するとそこには手書きで、司さんらしい整った文字で公式の上に小さな書き込みがされていた。

 

【因数分解二乗の公式】

公式① x^2 + (a+b)x + ab = (x+a)(x+b)(くすじ エビくす エビ は くすエ くすビ)

 

 そんな親しみのない無機質なアルファベットの羅列を、何とかして親しみのあるモノに変えて覚えようとした司さんの努力の跡に、私は思わず笑みを浮べてしまう。

 語呂合わせ? それにしてもエビって……ふふっ。もう……どこで調べたんですかこんなの。笑わせないでくださいよ、頑張ってあなたの事を忘れて勉強に集中しようとしたのに、これじゃ全然忘れられないじゃないですか。

 そんな風に思っていると、ページの隅々にまで細かに記された司さんの書き込みの数々から、私は司さんからの熱いメッセージを受け取っているような気になってしまう。

 

『オレでもこんなにやれるんだ! なら志歩ならもっとやれるはずだ! 頑張れ大丈夫だ! 応援しているぞ!』

 

 ああ……勝手に頭の中で司さんの声が聞こえてくるなんて、もうダメだな私。

 わかった。忘れて集中しようとしても駄目ならいっそ——私は貴方の事を想いながら勉強を頑張ります。

 そんな風にもう自分の心の中の想いを抑える事を諦めながら私は、机の上に置いた司さんから貰った制服の第二ボタンを見ながら呟く。

 

「頑張ろう……司さんと一緒の高校に行くために。司さん……私は絶対、貴方にとって一番の存在になってみせます……!」

 

 そう決意を口にして、私はノートを開いて数学の問題を解き始める。

 走り出したペン先は止まる気なんてしなかった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 その日の夜から早くも3ヶ月の時が過ぎた日の朝。

 私は朝起きて洗面台の前で鏡を見て、新たに最近発生した悩みをつい口にしてしまう。

 

「うっ、また髪が変な感じに跳ねてる……これじゃ見た目悪い……」

 

 それは、自分の髪が全く思い通りにならずに朝のセットの時間に洗面台の前で、以前より倍以上の時間をかけてしまっている現状だった。

 自分がそうなってしまった理由なんて、考えなくてもすぐにわかる。

 それは——

 

「あらしぃちゃん、おはよう。まだ洗面台使ってるの?」

 

 そんな私の思考を遮るように、引き戸を開けて顔を出したのはお姉ちゃんだった。私はその声で時計を見ると、朝起きてから15分も洗面台を占拠して髪と格闘してしまっている事に気付いて慌てて言う。

 

「あ……ご、ごめん。お姉ちゃん使う?」

「いいえ、しぃちゃんが使ってるなら全然大丈夫よ? 私は後でも大丈夫だから」

「そう……ありがとう。さっきから頑張ってるんだけど、どうしても変な癖がなおらなくて」

 

 そんな私の髪をしげしげとお姉ちゃんは眺めて頷く。

 

「それにしてもしぃちゃん……髪、伸びたわねぇ。肩に届く長さになりそう……その寝ぐせはそれの所為なんじゃないかしら?」

 

 そうお姉ちゃんに言われてしまった言葉は、まさに図星。

 鏡を見て私は、もう肩にかかりそうな程に伸びている自分の髪に対して小さくため息をついた後に口を開く。

 

「うん……今まで髪なんて伸ばした事なかったから、いつもと感じ変わってるのかも。前まではこんな変な寝ぐせなんてつくこと無かったのに。どうしたら良いんだろ……」

「ふふっ、しぃちゃん大丈夫よ。私に任せて?」

「えっ、お姉ちゃん?」

 

お 姉ちゃんはそう言って私の背後に回り込み、そして洗面台のお姉ちゃん用の収納スペースから小さな霧吹きのようなモノを取り出して、私の跳ねた髪の部分にシュッと軽く霧を吹きかける。

 

「お姉ちゃん、今何したの?」

「私がいつも使ってる寝ぐせ直し用のスタイリング剤よ、これで髪を濡らしてから乾かすのが良いの。水でも良いんだけど、こっちの方が早く直るから良いのよね。ふふっ……私のメイク担当の人が薦めてくれたから買っちゃったんだけど、コレすごく良いの。少し待ってて頂戴?」

「う、うん……」

 

 お姉ちゃんはそう言った通り、数分待った後に少し湿った私の髪をドライヤーで乾かしながら、プラスチック製のヘア櫛で丁寧に髪を()く。

 すると、あれだけ頑固だった寝ぐせがあっという間に真っすぐになり、私は思わず魔法でも見せられてしまったような気分になってしまう。

 

「すごい……本当になおった。どんなに櫛を使っても直らなかったのに……」

「しぃちゃん。髪はね、濡れた状態から乾く時に形が決まるのよ。多分、昨日の晩に充分に髪を乾かしてない状態で寝ちゃったんじゃないかしら?」

「えっ? そんな……ちゃんといつも通りドライヤーを使ったのに」

「だからね。髪が伸びた分、毛先が充分に乾かなくなっちゃったのよ。ちゃんとドライヤーだけじゃなくてタオルも使って、しっかり髪から水分を取らないと。髪を伸ばすつもりなら、しっかり髪の毛のお手入れ方法も覚えないとね?」

 

 流石の現役アイドルからの本格的な美容の手ほどきを受け、思わず心を刺されたような気分になってウッとなってしまう。

 そうだったんだ……知らなかった。髪って切らないでいたら勝手に伸びて、お姉ちゃんや一歌みたいになれるものじゃなかったんだ。

 じゃあ一歌って、あんな綺麗な黒髪ロングをどうやって維持してるんだろ……本当に凄いな、私に出来る気がしない。

 そんなショックを受ける私に、お姉ちゃんはふわりと優しく微笑んで言う。

 

「心配しなくても大丈夫よしぃちゃん、私がちゃんと教えてあげる。しぃちゃんのしたい髪型を私は応援してあげたいもの。髪が長いしぃちゃんもきっと、可愛くて素敵だわ」

「お姉ちゃん……ありがとう」

「さて、じゃあこのまま今日は私がしぃちゃんの髪の毛を整えてあげちゃうわ。動かないで頂戴ね……」

 

 そのまま私の髪を、プラスチックの櫛で整えていくお姉ちゃん。

 お姉ちゃんの手さばきは、髪を完全に扱いなれた人の手つきに感じて私は思ってしまう。

 やっぱり、プロの世界で頑張ってる人って違うんだな。一つしか違わないのにこんなに頼りになるなんて……やっぱり、お姉ちゃんは凄い人なんだ。

 そう思いながら、お姉ちゃんが髪のセットをしながら色々髪の手入れ方法を教えてくれるのを、しっかりと心のメモ帳に刻み込む私。

 そんな私にひとしきりコツを教え切った後、お姉ちゃんはご機嫌な様子でニコニコな笑顔を浮かべながら言う。

 

「それにしても……しぃちゃんが髪の毛を伸ばしたら私とお揃いねぇ。もしかして私とお揃いにしたくて伸ばしてくれてるのかしら? そうだったら嬉しいわぁ……短い髪のしぃちゃんも素敵だったけど、長い髪のしぃちゃんも絶対素敵よ? 楽しみだわぁ……!」

 

 あ、でも……ちょっとそう思われるのは遠慮したいかも。

 そう思って私は、見当違いの事を言い始めるお姉ちゃんに軽く首を横に振り、どうせ私の気持ちなんてバレてるお姉ちゃんには今更隠す事でもないので素直に言う。

 

「ううん、違う——司さんが、長い髪の女の子が好きだって言うから伸ばそうって思った。別にお姉ちゃんを意識した訳じゃないから、勘違いしないで」

 

 瞬間、お姉ちゃんの手元の櫛からベキベキッと盛大な音が鳴り、何事かと思って振り向くとそこにはプラスチック製の櫛がお姉ちゃんの握力で握りつぶされ、バラバラになって地面に落ちていくのが見えた。

 そのままお姉ちゃんは、笑顔のまま無言の圧を含ませたような口調で言う。

 

「しぃちゃん、髪を切らないかしら? 全然似合ってないわその髪型。やっぱりしぃちゃんは短い髪が一番可愛いわよ?」

 

 はい、ちょっと見直したと思ったらすぐコレだ。本当に残念だよお姉ちゃん。

 お姉ちゃんの面倒くさいスイッチが入った事を察した私は、新しい櫛を取り出してそのまま自分で髪のセットを続ける。

 

「切らないよ。お姉ちゃんの意見なんてどうでも良いから……というか、さっきと言ってる事が全然違うじゃん。どういう事?」

「気が変わったのよっ! う、うぅぅぅ……! しぃちゃん! どうしてまだ司くんの事諦めてないのっ!? というかそもそも、どうしてしぃちゃんは司くんの事が好きなの!? あんなに司くんの事を苦手に思ってたじゃない! 納得のいく説明が欲しいわ……! しぃちゃんのお姉ちゃんとして、私はそれを聞く権利があると思うの……!」

 

 はぁ……鬱陶(うっとう)しい。

 私は内心でそんな大きな溜息をつきながら、首を横に振って言う。

 

「なんでお姉ちゃんにわざわざそんな事を説明する義務があるの? 意味わかんないんだけど。そもそも私まだ、お姉ちゃんが私の司さんへの告白を邪魔したの許したわけじゃないからね? あんまりにメソメソしてるから仕方なく口利いてるだけなんだから……折角あの時、すごく勇気出したのに……!」

「……え、ええっと……それは……どうしても我慢できなくて、その……」

 

 途端にしどろもどろになるお姉ちゃんに、私はわざと大きな溜息を吐き出し、呆れたように言ってやる。

 

「はぁっ……! お姉ちゃんさ、私が司さんに言い寄られて困ってるんだったらまだしも、私の方が司さんの事を好きでやってるんだから、要らない口出ししないでよ。本気で邪魔以外の何物でもないから」

「う、うぅぅぅ……で、でもね? でもねしぃちゃん……? お姉ちゃん不安で……!」

 

 そのお姉ちゃんの発言にイラっとしてしまった私は、売り言葉に買い言葉で返してやるような気分で言う。

 

「——は? 何が? お姉ちゃんが何を不安に思ってるのか知らないけど、司さんは素敵(すてき)な人だから。あの人の事で不安に思う事なんて何もないから。まぁ……でも、目立ちたがりな過ぎな所はまだ困るかなって思うけど……その欠点も含めても、もう私は司さんの事が好きなの! 分かった!?」

「そういう所よしぃちゃん……! どうして? 司くんを苦手に思ってた“あの”しぃちゃんが、一体何があったらそこまで司くんにお熱になれるの? あまりにも変わり過ぎじゃないの……? も、もしかして司くん、私のしぃちゃんに洗脳(せんのう)を……!?」

「洗脳なんてされてないっ! いくらお姉ちゃんでも……司さんを悪く言うような発言は許さないから」

「そんな、しぃちゃん……! 目を覚まして? その発言はまるで司くんの熱心なファンの人みたいな発言よ? しぃちゃんがそんな事言っちゃダメ……!」

 

 そんなお姉ちゃんの、まるで私の性格(キャラ)を勝手に決めつけられたような言葉に、私は思わずカッとなって言葉を返す。

 その言葉は、紛れもない今の私の本心で——それでいて、以前までの私しか知らないお姉ちゃんにとったら、聞いたら卒倒しそうになる言葉だと思ったから。

 そんな言葉を私は、敢えて大きな声でお姉ちゃんに対してハッキリと言ってやる。

 

「何? 今の私が言いたい事を言って何が悪いの……!? それに私が司さんの熱心なファン? ……いいよそれで、合ってるから」

「しぃちゃ……!?」

「私は咲希と、あと冬弥(とうや)って人に続く——司さんのファン第三号だから! 栄えあるトップ3だって、司さんからもそう言って貰えてるから! 司さんはいつかきっと、世界に羽ばたく大スターになれる人だって……今の私はそれを本気で信じてるから!」

「し、ししっ、しぃちゃぁん……!?」

 

 そんな言葉が私の口から出るとは思ってなかったのか、強いショックを受けたように膝からその場に崩れ落ちるお姉ちゃん。

 それをいい気味だと思いながら放置して、髪のセットが終わった私は櫛を元に戻して洗面所を後にする。

 ——あ、そうだ。ついでに後から色々言われるのも面倒だから、今このタイミングで言っとこうかな。お姉ちゃん仕事が忙しくて多分、母さんからも聞いてなくて知らないと思うから。

 そう思って私はお姉ちゃんの方を振り返り、そして言う。

 

「そうだ、もう父さんと母さんには了解貰ってるから言っとく。私——高校は宮女に進学するんじゃなくて、神高を外部受験する事にしたから」

「……えっ!? ど、どうしてっ……!?」

「え? 説明する必要あるの? 司さんが行く高校だからに決まってるでしょ」

「し、しぃちゃ……!?」

「なんでショック受けてるの? 別にどうでも良いでしょ? そもそもお姉ちゃんの通ってる単位制と私の通ってる全日制は殆ど接点なんて無いんだから。そんなに気にする事?」

「で、でも……! しぃちゃんが居ない学校は寂しいわっ……!」

「はいはい、私は別に寂しくなんてないから。それじゃ、来年から別の高校だから——宜しく」

「そんな、しぃちゃん……! 待って! お姉ちゃんを捨てないで……!! 戻って来てしぃちゃん……!!」

 

 崩れ落ちた状態で涙目で手を私に手を伸ばすお姉ちゃんを無視して、私はピシャリと後ろ手で引き戸を閉める。

 はい終わり。まぁお姉ちゃんへの説明はこんなもので良いでしょ。まぁ本当は司さんだけが理由じゃないんだけど、ヘタに今の私の学校での扱いを話しちゃったら、絶対にめんどくさい事になるだろうから。私が司さんに色ボケしてるだけって思って貰った方が丁度良いだろうし……まぁ……それで実際、間違ってる訳でもないしね。

 そう思って私は朝ごはんを食べる為に居間に向かう。

 その最中、お姉ちゃんに聞こえないようにして小さく呟く。

 

「それと別に……お姉ちゃんの事を捨てるつもりなんてないってば……めんどくさい所もあるけど、それでもやっぱりお姉ちゃんは……私の自慢のお姉ちゃんだから」

 

 ——と、絶対に本人に面と向かって言う気なんてない言葉を呟いて、私はその場を後にした。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

一歌(いちか)ぁ~今日の小テストどうだった? 全く、先生も抜き打ちテストするなんて最悪だよねぇ? 私30点中12点だったよ……」

「あはは……私もちょっと良くはなかったかな。一応普段から復習はするようにしてるけど、急に言われても困っちゃうよね」

「そーそー! というか中学三年生になってから小テストの数増えた気がしない? 嫌だよねぇ、折角私ら受験生って訳じゃないのに。お気楽で居させて欲しいよねぇ~」

 

 その日の学校の昼休み。

 私は中庭で遠目に、クラスの友達の子と話しながら焼きそばパンをモグモグと食べている一歌を、そっと見守りながら一歌が一人になるタイミングを見計らっていた。

 その目的はただ一つ。まずは一歌に、この学校を出ていく事をキチンと説明する事。このまま勝手に自分から距離を置いて、その上で何も言わずに出ていくのはやっぱり違うって思ったから。

 

 本当はもっとこんな三ヶ月も期間をあけずに、すぐにでも話すのが筋だとは思った。

 だけど、一歌とは自分から距離を置いた身。そんな私が今更どの面を下げて一歌の前に立つのかって、そんな事を考えてしまったらどうしても、今まで中々踏ん切りが付かなかった。

 だけど、もうこれ以上先延ばしには出来ない。

 私はそんな覚悟と共に、この場で一歌が一人になるタイミングを見計らっていた。

 ちなみに、学校には他にも事情を説明したい人に穂波(ほなみ)が居るけど、穂波は咲希にも分かってもらった後の一番最後に回したい“理由”が私にはあった。

 その“理由”は――いや、やっぱり今はこの事を考えるのは気が重いから、後回しで。とにかく、今は一歌に話をするのが優先だ。

 そんな事を考えながら一歌と、名前も知らない一歌のクラスメイトの人を見守っていると、唐突にその場で動きがあった。

 

「あ、そうだ。ゴメン一歌! 私昼休みにソフトボール部の顧問の先生に呼び出されてるの思い出した! 悪いけど後一人で食べてて!」

「うん、分かった。行ってらっしゃい」

 

 そう言って慌ただしく駆けていく友達の人を見送りながら、私は一歌がようやく一人になったのを確認し、思わず身体が強張るのを感じた。

 よし……今だ。一歌に声をかけるなら誰も居ない今しかない。

 

「……っ!」

 

 だけど、そんな私の決心に反して身体は動いてくれなかった。

 それは自分から一歌を避けてきた今までの事を、全部自分からひっくり返すみたいな事だったから。

 それどころか、もう私は一歌に嫌われていても何もおかしくない。

 この学校から出ていく前に、(すじ)をしっかり通したいって私は思っているけど、今でも変わらず一歌は大切な友達だって思っているのは私だけで、当の本人はもう私の事なんてどうでも良いと思っているかもしれない。

 そんな悪い想像ばかり動いて、どうしても私の足は前に進まなかった。

 すると、そんな私の目の前で一歌がのんびりと焼きそばパンの次の一口を食べようとした時だった。

 

「し……志歩……!?」

 

 一歌がほんの気まぐれで見まわした視線が私の目と合い、一歌はその目を大きく見開いて手に持った焼きそばパンを地面に落とし、ベンチから立ち上がった。

 その一歌の行動に、思わず私はビクリと震えてしまう。

 しまった。見つかった——って、何考えてるの、これで良いでしょ。

 最初からそのつもりなんだって。普通に一歌の所に行って、『今までゴメン』って、そう言うだけでいいのに。でも。

 

「今までずっと無視してきて、今更になって謝るなんてやっぱりそんなの……っ!」

 

 だけど、そんな決心と身体の行動は一致せず、私は思わずそう小さく呟いてその場から逃げ出してしまう。

 でも一歌はそんな私を——

 

「——捕まえたよ志歩。もう……どこにも行かせないから」

 

 そう言って一歌は私の後ろ手を掴みながら、力強い眼差しで私を真っすぐ見据えた。

 そんなまるで、私を掴んで離さない意志を露わにする一歌を見て、私は悟る。

 やっぱり一歌には……本当に敵わないな。

 そう思いながら私は、懐かしさとか申し訳なさとか悲しさとか色んな、本当に色んな沢山の想いを込めながら、ゆっくりと口を開いてその言葉を口にする。

 

「……今までゴメン、一歌。久しぶり」

 

 私のその言葉を聞いた瞬間、一歌はその目からボロボロと涙を零し始めてしまった。

 

「……っ、うん! 志歩っ……! 久しぶり……! ちょっと、髪伸びた……? 本当に久しぶり……!」

「えっと、髪はちょっと色々あって……」

「ううっ……ありがとう、また私と話してくれて、本当にありがとう……!」

「いや……ちょっと、一歌……」

 

 ……やめてよ一歌、確かに私達久しぶりに話すけどさ、そんなオーバーリアクションする程じゃないでしょ。恥ずかしいから、やめてよ……私までなんだか、もらい泣きしそうになるから。

 そう思ってしまった時にはもう、私の目からは涙が零れてしまっていた。

 

 そんな涙ながらの“再会”を果たした私と一歌は、それ以上は言葉も交わせずに暫くその場で、互いに涙を流し続けたのだった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 それから約十数分後、ようやく落ち着いた私と一歌はとりあえず午後の授業が始まりそうなのもあって、放課後の学校の屋上でまた会う約束だけ交わしてその場では別れた。

 

 そして放課後。

 屋上で、誰もいない二人きりの空間で私と一歌は向かい合う。

 正面の一歌は固唾を飲んだような真剣な表情で口を開く。

 

「そ、それで志歩……どうして、急に私と話してくれる気になったの? もしかして、何か大変な事でもあった……?」

 

 そんな、一方的に友好関係を断ち切られた相手である筈の私に対して、本気で心配したような顔を向けてくれる一歌。

 そんな一歌に私は、改めてこの幼馴染が優しすぎる事を実感する。

 そしてそんな一歌を今までずっと、一歌の為とはいえ遠ざける事で傷つけ続けていた事に罪悪感を強く感じてしまう。

 だからこそ私は、改めて謝罪をするつもりで口を開く。

 

「いや……そんな大変な事は無いよ。ただ……私が一歌と話したかっただけ」

「そうなの……?」

「うん……そう。一歌、本当に今までごめん。私……勝手に拒絶したりして、一歌にずっと今まで酷い事してた。だから……本当にごめん」

 

 そこまで言って、私は深く頭を下げた。

 すると一歌は、私の謝罪が正当なものにも関わらず、まるで自分の方が悪い事をしたかのように表情を歪ませながら言う。

 

「そんな……! 頭上げてよ、そんなことしなくても良いってば……! 私、志歩がこうして今話してくれてるだけで本当に嬉しいんだよ!?」

「でも一歌、私は……」

「いいから。でも……ひとつだけ聞かせて? 志歩は……私の事が嫌いになった訳じゃ、ないんだよね?」

 

 そんな恐る恐ると言ったような一歌の質問に、私はコクリと頷く。

 すると一歌はその場で口元を押さえて目元に涙を浮かべながら、安堵の溜息と一緒になったように言葉を漏らす。

 

「よかった……っ! わ、私っ、志歩に嫌われたって思って……もう、ずっとこのままなのかなって思ってたから……! 本当に、良かったぁ……!」

「一歌……うん、本当に……ごめんね。色々、あったんだ……本当に、色々」

「うん、そうだよね。志歩が理由もなく、あんな事する訳ないもんね? ねぇ……良かったら、その理由を教えてもらってもいい?」

 

 そんな問いを投げかけられ、私は話すか少し悩んでしまう。

 だけどここまで来たらもう今更だ。それに、こんなに心優しい幼馴染に私は、誠意をもって応じたかった。

 

「わかった……話すよ。どうして、私が一歌達にあんな事をしたのかを——」

 

 そんな切り口で私は一歌に、私は中学二年生の時のあの頃の話を——私が、司さんと再会する理由にもなった一件の話を、私が一歌に話さなくなった頃の過去の話を語る。

 

 そして全てを聞いた一歌は、下唇を強く噛み締めながら、その目からボロボロと涙を零し始めた。

 

「——っ、志歩は……見てたんだね。私達の事を、この屋上からずっと……! それなのに私は一年以上も……っ、志歩に何もできなくて放置して……!」

 

 涙する一歌に私は慌ててしまう。

 だって、私は一歌にそんな顔をして欲しい訳じゃなかったから。

 

「泣かなくていいよ、私は一歌が悪いって全然思ってないから。悪いのはどちらかと言うなら私だよ。私が……勝手に決めたのが悪い。優しい一歌を傷つける事をした私が……いちばん悪い」

「だけど私は、志歩の気持ちなんて全然知らないで……!」

「一歌、私はいいって言ってるよ」

「でも、でもっ……! ごめん志歩、私のせいで今までずっと一人にさせちゃって……!」

 

 尚も食い下がる一歌に、私はこのままじゃ延々と同じやり取りを繰り返しそうだと思って、敢えて厳しくするように一歌を鋭く睨みつけて言う。

 

「一歌、くどい。次謝ったら私本当に一歌の事を嫌いになるかもれないよ?」

「うっ………うん、分かった……」

 

 そこでようやく一歌は謝罪の言葉をやめ、私の顔を真っすぐに見た。

 

「志歩が私達から離れて行っちゃった理由は分かった。でも……だったらどうして今更私と話そうなんて思ってくれたの? その……ずっと、私達から距離を置こうって思ってたんでしょ?」

「うん……それで私、決めた事があってそれを一歌に言いに来た」

「決めた事……?」

 

 首を傾げるそんな一歌に、私は頷いて言う。

 

「一歌……私、来年は宮女の高等部じゃなくて、外部の高校を受験するつもり。もう担任の先生には正式に話はしてる。だから、私がこの学校に居るのは今年が最後」

「――えっ!!??」

 

 その私の言葉に一歌は目を大きく見開いて驚愕する。

 そしてまた再び、その両目から大粒の涙を零しながら、震える声で後悔を吐き出すように一歌は言う。

 

「――っ、や、やっぱり、私の所為だ……! 志歩がそこまで思い詰めるまで放置しちゃった、私の所為だ……! ごめんっ……! ゴメンね志歩……!」

「あっ……ちょっと一歌、泣かないでって言ってるでしょ」

「だって……! 私が志歩に遠慮しちゃったから、最終的にそこまでする事になっちゃったんでしょ? きっとイジメが酷くなって、この学校が嫌になっちゃったんだ……!」

「学校が嫌になったのは否定しないけど……でも違う、そうじゃないんだって……!」

「絶対嘘だよ……! もうこれ以上私の事は気遣わなくていいよ。今の話を聞いて、それが想像できない位に私は馬鹿じゃない……!」

「違うって……! 話聞いて一歌?」

 

 涙を流しながら思い込みをヒートアップさせていく一歌を見て、私は話す順番を間違えてしまった事を悟る。

 しまった……失敗した。いくら一歌に誠実に説明したいって思っても、さっきの話の後に外部受験の話をしたらそう思われてしまうのは無理ないって。ど、どうすれば……。

 内心で慌てる私に、一歌はその瞳に(あお)く静かで、それでいて何よりも高熱に燃ゆる覚悟の蒼い焔を灯しながら、私の両肩に手を置いて言う。

 

「志歩、お願い。志歩にそんな辛い思いをさせた人達の名前を教えて? 大丈夫——後は全部私が()()()()()()()()。二度と志歩にそんな事が出来ないようにするから」

 

 ——あ、不味い。今の一歌と怒った時のフレイアさんが完全にダブって見える。

 私は内心でそう思って、冷や汗をダラダラと流した。

 

 一歌は、黒髪ロングで大人しくてクールな子だと一見では思われがちだけど、一歌の事を小さな頃から知っている私からすれば、そんな事は全くないとハッキリと断言する。

 一歌は中学に上がってこそ大人しくなったけど、その実は、私達の為なら――大切な友達を守る為ならどこまでも無鉄砲で苛烈で、それでいてどこまでも好戦的になれる子だ。

 

 それを裏付ける事実として、昔小学生の頃に穂波がクラスの男子数人に嫌がらせを受けていた時、一歌は迷わずその現場に飛び込んで、穂波を守る為に男子数人相手にたった一人で真っ向から立ち向かった事がある。

 その時に一歌は、どんな事があっても降参なんて一切しようとしないで、しまいには相手の男子全員が泣き出すまで抵抗を続けた。

 それから穂波への嫌がらせは止んだ。

 ――が、その代償として、一歌に小学校でついた裏のあだ名は“女番長”。

 一歌は女子はおろか、男子からも恐れられ遠ざけられる存在になってしまった。

 だけどそれを一歌は一切気にしなかった上に『私が怖がられて穂波が守れるならそれで良い』と真顔でそう言って、自分よりも穂波の事を何よりも優先した。

 それぐらい――ちょっと過激にすら思えてしまう程に、一歌は友達想いの人間だ。

 その精神性は、遠方に入院している咲希のお見舞いを新幹線に乗ってまで定期的に継続している事から、中学生になった今でも全く変わっていない事を私は確信できていた。

 

 今この宮女でこそそんな一歌の過去を知る子は私達以外に居なくて、一歌は普通に学校生活を送れているけれど――まずい。今のこの一歌をそのままにしていたらきっと『女番長・星乃一歌』が帰って来てしまう。

 そんな私の内心の焦りなんて知った事かと、一歌は蒼く燃える瞳のままで私に言う。

 

「大丈夫……志歩は何も悪くなんてないから。私の志歩に悪さをしたその人達が悪いんだから。だから教えて……その人達は“今”、どこに居るの?

 

 まずい、本当にまずい。一歌が完全にフレイアさん達で言う所の『お礼参り』に行くテンションになってる。

 ——仕方ない、やっぱり話すしかない。

 私は意を決して、恥ずかしさも全部投げ捨てる覚悟で白状する。

 

「ちっ……違う! 確かにそれの理由もあるけど、私が一番その学校に行きたい理由は……すっ、好きな人がその学校に通ってるから! 私が、その人と一緒に居たいからなの!」

「————えっ?」

 

 瞬間、今までしていた真剣な表情はどこへやら。一歌は間抜けに口をポカンと開けてそう言った。

 そして段々と顔を赤くした後に一歌は、再び驚愕と言った様子で声を上げる。

 

「えっ、えっ!? えっ……!? 好きな人居るの!? “あの”志歩が!? しかもその人の為に一緒の学校に通いたいから、この学校辞めるって……嘘っ……!?」

 

 あぁ……やっぱりそういう反応だよね。分かるよ一歌、多分過去の私が今の私を見たら、机の角に頭ぶつけたんじゃないかって心配したくなると思うから。

 それでも、私は一歌に分かってもらう為に真剣に言葉を重ねる。

 

「……わ、分かってる。私だって(がら)じゃないって事ぐらい……でも私……その人の事が……本気で好き。好きで好きで、本当にどうしようもないぐらいに……だから私、その人の所に行きたくて外部受験したい。それはみんなの事がどうでも良くなったからじゃない、その人と同じぐらいみんなの事を――いや、ゴメン。今はもう、ちょっとだけその人の方が好きかもしれないけど……それでもみんなの事も諦めたくないぐらいに大切だから、こうして話に来た。だから……ごめん、私は別の高校に行きたい。それを……一歌に分かって欲しい」

 

 最後にそう言って頭を下げると、一歌はそんな私を見て暫く黙った後、暖かな笑みを浮べて頷いた。

 

「そうなんだね……志歩。分かった、そういう事なら私は反対出来る訳ないよ。好きな人の為に頑張るんだよね? だったら……頑張ってね志歩。私は応援するよ」

 

 その一歌の言葉は想像通りで——それでいて、私が一番欲しい言葉でもあった。

 そんな言葉を笑顔でかけてくれた一歌に、私は心からの感謝の想いを伝える。

 

「一歌……うん、ありがとう。私、頑張るよ」

「ふふっ……でも、あんまり好きな人の事ばっかりで、友達の私を放っておかれちゃったらそれはそれで悲しくなっちゃうけどね?」

「もう……そんなことしないよ。むしろ私の方から言いたい、別の高校になっちゃうけど……それでも私の事、今までと変わらず友達だって思ってくれる?」

「志歩……うん、勿論だよ。ありがとう……戻ってきてくれて、本当にありがとう」

「……だから、大袈裟だってば」

 

 そう言葉を交わし合って、私と一歌はお互いに笑った。一歌の笑顔を見ながら私は静かに実感した。

 ――ああ、私はまた、一歌達の所に帰ってくる事が出来たんだ。

 そう思って内心で喜びをかみしめていると、一歌は気を取り直すように言う。

 

「じゃあ、これからはまた学校でも話かけるから、よろしくね志歩」

 

 そんな突拍子もない発言に、私は思わず呆気にとられた後で慌てて言う。

 

「えっ? い、いや、私の話聞いてた? 私と話してたら一歌に迷惑が――」

「――え? そんなの気にしないよ。どうせ後一年しか一緒に居られないんでしょ? だったら言いたい人には言わせておいたら良いと思う。むしろ、私が志歩と仲良くしてて私を嫌うような人なんて、私の方からお断りだから。それぐらい……私にとって志歩は大切な人なんだよ? だから、もう二度と私を気遣ってこんな事しないでね?」

 

 そんな、竹をスッパリと割ったように単純明快な結論を出す一歌の言葉に、私は思わず笑みが零れてしまう。

 

「……ふふっ、もう……一歌って本当、時々すごくカッコいい時あるよね。参ったよ……じゃあ、私は警告したから。それでも一緒に居るって言うなら、後は知らないよ?」

「うん……! 改めてよろしくね志歩。それにしてもカッコいいって……もう、大袈裟だよ。私は別に思った事を言ってるだけだから」

 

 そう言って照れたように笑う一歌を見て、私は一歌の在り方にどこか司さんと同質の——人を集めて束ねる統率者(リーダー)としてのカリスマ性の片鱗を見た。

 もしかしたら一歌も、司さんと同じように何かの形で世界にその名を轟かせる存在になれるのかもしれない。

 そんな予感と共に私は目の前のイケメンな幼馴染を見ていると、一歌は唐突に咳払いをした後に、少しその頬を染めながら言う。

 

「ええっと……それでその……志歩に少し、聞きたい事があるんだけど良い?」

「――? なに一体? どうしたの?」

 

 そう尋ねる私に一歌はズイッとその顔を寄せながら、その瞳に少しキラキラした輝きの色を灯しながら、興味津々と言った様子で私に言う。

 

「そ、その……志歩が好きになった人って、一体どんな人? “あの”志歩が学校違ってまで追いかけたいって思う人なんて、それぐらい素敵な人なんだよね? ちょ、ちょっと気になるな~なんて……」

 

 その質問で、私は一歌が何の話をしたいのかすぐに悟る。

 ああ……恋愛の話? まぁ女の子として、やっぱり気になっちゃう所あるのかな?

 そんな一歌の姿に微笑ましいものを感じつつも、私は司さんの名前を出すかどうか、とても難しい判断に迫られた。

 うーん、どうしよう。司さんの事が好きって白状するのは……恥ずかしいし。出来るなら避けたい。でも、名前を言わずに逃げられる感じしないし……うーん。私は司さんの事を言うか言わないか……どうしよう。

 

 ——そんな躊躇(ためら)う私の脳裏に、小学生の頃の穂波の姿がふと浮かんだ。

 

 そうだね……一歌に限って多分無いと思うけど、一応……()()()()()()()()()()を無くしておこう。

 でも……もし“そう”だったらどうしよう。一歌って、咲希のお見舞いの時に司さんと結構二人で話してるんだよね? 

 だったら……どうしよう、もし“そう”だったらすごく強敵かもしれない。い、いやでも……! そんな事は多分無いと思うし、ないと思ったから先に話をしようって思ったし、それにもし万が一“そう”だったとしても——私がやる事は変わらない。

 そんな覚悟と共に、私は思い切って口を開く。

 

「私の好きな人は……絶対に、一歌も知ってる人だよ」

「——えっ!? 嘘、だ、誰っ? あっ……も、もしかして穂波? そっか、女の子同士とかそういう考えも全然アリって言うしね、大丈夫だよ私……応援するから!」

 

 そんなド天然丸出しの一歌の発言に、私は思わず虚を突かれて笑ってしまいながら言う。

 

「ふ、ふふふっ……なんで穂波が出てくるの? それに、穂波だったとしたら私が他の高校に行く理由なんてないでしょ?」

「あっ、そうだった……穂波と志歩って、いつもよく一緒に居たからつい……じゃあ一体誰なの? もう他の人の可能性なんて思いつかないけど……咲希?」

「いやだからそれも違うって。話聞いてる?」

「え……じゃあ誰……? 分からない……」

 

 すると、とうとう腕を組んで悩み始めてしまった一歌。

 いや……そこまで悩む? 流石に分かるでしょ? この友達なんて殆ど居ない私の、そんな私の知り合いで一歌も絶対知ってる人なんてもう……司さんしかいないでしょ?

 そう思って暫く放置するけど、そのまま数分が経過して何も答えが出ない状況に、ついに私は我慢できずに、恥ずかしさを堪えながらなんとか口を開く。

 

「つ……司さんだよ。咲希のお兄さんの、天馬(てんま)(つかさ)さん。私は……司さんの事が、好きなの」

「————へっ?」

 

 私がそう言った瞬間、一歌はまるで目の前でトンビに焼きそばパンを掻っ攫われたかのような衝撃の表情を見せた。

 ……って、そんなに驚くの? 今のリアクション、私が別の高校に行くって言った時より大きい気がするんだけど。

 そんな私の感想も無視したように、一歌はワナワナと震えた後で屋上全体に響く位に大きな声で叫ぶ。

 

「えっ、えっ……ええええええええええええええーーー!!!?? しっ、志歩が、司さんの事が、好き!? えっ、嘘っ!? えっ、待って待って待って? え、志歩……司さんって、“あの”司さんで合ってるよね? 咲希のお兄さんって、一人しか居ないもんね? 同姓同名の別人でもないよね?」

「いや……勿論そうでしょ。何言ってるの? 一歌が知ってる、昔私達と一緒によく遊んだ司さん以外に居ないよ」

「や、やっぱりそうだよね……? えっ? 嘘でしょ……!? “あの”志歩が、司さんの事が……好き? えぇぇぇぇ……!?」

 

 そう言って驚愕の極みのような声を上げる一歌。

 そんな反応に、とりあえず私が心配しているような事は無さそうだと安心するけど、同時にそこまで言われる程かなと、何とも言えない気持ちが私の内心を支配してきた。

 いや……司さんって、そんなにあり得ない位に駄目な人かな? まぁ……確かに前までの私なら、今の一歌みたいな反応をしたかもしれないけど。でも……もう今の私は、司さん以外の人なんて考えられないから。——って、こんな考えになっちゃう時点でもう私はとっくに手遅れなんだろうなぁ……

 そんな事をしみじみと思ってる私に対し、一歌はとても気まずそうな顔で言う。

 

「ね、ねぇ……志歩? あの……その……人の好みにアレコレ言うのは悪いって分かってるし、本当に気分悪くしちゃったら申し訳ないんだけど……でもその……どうしても言いたくなっちゃったからその……い……言っていい?」

「あ~~……うん、良いよ。何となく、次に一歌が何言おうとしてるのか分かっちゃったから。お姉ちゃんにそう言う事を言われたら怒るけど……一歌だから、言っても許す」

「ありがとう志歩……じゃあ、言うね?」

 

 そこで一歌は息を軽く吸い込んで、そして言葉を選ぶようにしながら言う。

 

……“あの”司さんだよ? 正気? 確かにあの人は悪い人じゃないよ? 咲希にとって本当に良いお兄さんだと思うし。私も少し本当のお兄さんみたいに思ってる所もあるし。でも、その……何て言うか、結構……特殊な人でしょ?」

「ま……まぁちょっと、目立ちたがりの所はあるよ」

「そうだよね? だからそういう恋愛対象として選ぶ人とはちょっと思えないっていうか……というか何より私、良いお兄さん以上に思えないしあの人の事。だから、志歩が司さんの事が好きっていうのが、ちょっと現実感なくて信じられなくて……というかそもそも、志歩も前は司さんの事『周囲に迷惑な人』って酷い言い方してなかった?」

「う……そう言われれば、言った事ある記憶がある……」

「でしょ? だからちょっと本当に真面目に言ってるのかなって、疑っちゃう私の気持ちも分かるよね……? だから、ごめんだけど志歩の言ってる事信じられなくて……」

 

 そんな一歌の真面目な意見が、今の私の心にグサグサと刺さっていく。

 確かにそう。何度だって思うけど、前までの私は本当に一歌の言う通りだった。司さんの事は、本気で鬱陶しいし大声を出してうるさい人だって思ってたし、目立ちたがりで『未来の世界的大スター』とか何言ってるのこの痛い人——って、本気で思ってた。でももう、そんな司さんの事が好きになってしまったんだからしょうがない。

 よし……分かった。一歌がどうしても信じられないっていうなら、本当はあまり言いたくなかったけど話すしかないよね。

 

「一歌……これから時間ある?」

「え、あるけど……どうしたの?」

「じゃあどこか喫茶店に行こう。そんなに言うなら、私がどうして司さんの事が好きになったか……去年、一歌達と距離を置いた後で私が、司さんとの間でどんな事があったのか、長い話になって聞くのが手間だと思うけど、それでも良かったら全部話すよ。それを聞いたら多分、納得してくれると思うから」

「えっ、私達と離れた後であった事……? う、うん! 聞く……聞きたい!」

 

 そう言って、興味大といった様子で食いついた一歌を引き連れて、私は落ち着いて話せる場所に移動するのだった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 そして数十分後、私は一歌を連れてセンター街通りの目立たない裏路地にひっそりとある、まるで隠れ家のようなチーズケーキ専門の喫茶店にやってきた。

 その喫茶店のシックでモダンな落ち着いた内装を見回し、一歌は感嘆の溜息をつく。

 

「へぇ……センター街の隠れた所に、こんなすごく落ち着いた感じの喫茶店があったんだ。知らなかったな……」

 

 そんなソワソワとした様子の一歌を、無精髭を生やし気だるげな風体で接客もおざなりな店のマスターから受け取った二人分のコーヒーとチーズケーキをトレイに乗せて運びつつ私は見て、一歌の目の前にコーヒーとチーズケーキを置きながら言う。

 

「すごいでしょ? なんかこう……立地からして利益度外視でやってますって感じがするよね? でも、ここのコーヒーとチーズケーキ本当に美味しいんだよ。私チーズケーキ特に好きって訳じゃないけどここのはもう一回食べたいって思ったぐらいだし、ここのコーヒーはブラックでも全然飲めるんだ。ちょっと食べてみて」

「うん。いただきます——っ、なにこれ美味しい! 匂いもバターのいい香りがするし、チーズ生地が本当にふわふわで、食べた瞬間に溶ける感じがする! 私、これ好きかも……! それにコーヒーもこれ、ブラックなのに全然苦くないし寧ろ甘く感じる位で……凄くおいしい。よくこんな店見つけたね?」

「私、去年この辺りの裏路地で司さんとずっと追いかけっこしてる時期があったんだけど、その時に偶然見つけたんだ。あの頃は大変だったけど、ここを見つけられたのは怪我の功名って感じかな」

「つ、司さんと裏路地で追いかけっこ!? 一体何があったらそんな事になるの……?」

 

 席から身を乗り出して驚愕する一歌に、私は落ち着くように手で制す。

 

「まぁ……気持ちは分かるけど落ち着いてよ。とにかく、その辺りも踏まえて本当に全部話すから——聞いて貰って良い?」

「……うん。分かった、聞くよ」

 

 私の問いに、ゴクリと生唾を飲んだような真剣な表情で頷く一歌。

 そんな一歌に私は意を決して口を開き、去年の司さんとのスクランブル交差点での再会から、咲希フェニーの一件や司さんに吐き出した想いと、私の心を救って貰った話や、強引に付きまとわれた二週間の日々の話に、最後にライブハウスでのフレイアさん達との一件。

 ——そんな、思い返すだけで色々な事があり過ぎた司さんとの今までの思い出を、私はその全てを語った。

 そして約一時間後にようやく私が全ての話を語り終え、それを聞いた一歌は。

 

「……う、うぅぅっ……グスッ……な、何それ……そんな事があったなんて……」

 

 ポケットティッシュを取り出して鼻水をかみながら、大粒の涙を零し続けていた。その姿に私は少し、フレイアさん達の反応と似たようなものを感じてしまう。

 ……いや、その、確かに分かってほしいとは思ったけど、どうして今のところこの話を聞いた人全員がそんなにオーバーなリアクションをとってしまうのだろう。理解されないのよりは良いのは確かだけど、でもこれはこれで困るっていうか……。

 

「あ、あの、一歌? 大袈裟だよ……そこまで泣く必要ないって——」

「~~~っ、志歩!」

「え? ちょ、ちょっと何!?」

 

 そう思って一歌を宥めようとしたら突然一歌に私の両手を取られ、焦る私に一歌は涙目で言う。

 

「——それは絶対! 司さんに責任取ってもらおう!! 私っ……本当に応援するから!」

「ちょっと、声大きいって……分かってくれて良かったけど、それはそれとして声は抑えてってば……」

「うっ、うううっ……志歩、辛かったんだね……本当にゴメンね……! 司さんが居てくれて、本当に良かったね……!」

「あの……ちょっと、一歌……店の人に迷惑だって……!」

 

 そんな風に涙ながらに大声で騒ぐ一歌を、私は数分かかってなんとか宥めた。

 いや……本当に、この店のマスターが騒がしいのに寛大な人で良かった。そうじゃなかったら出禁間違いなしだよ。

 そう内心ため息をついていると、一歌は涙を拭ってポケットティッシュで鼻をかみ、何度も頷きながら口を開く。

 

「いや……それにしても私、司さんの事すごく見直したかもしれない。そこまでしてくれるぐらい良い人だったなんて……もうそれは、志歩が何も出来なかった私なんかより司さんを選ぶのも納得だよ。というかそれだったらもう、私に義理立てなんてしなくて黙って出ていってくれても良かったのに……」

「いや、そんな事はしないけど……でもちょっと一歌、その言い方だと元の印象が酷い人みたいに聞こえるんだけど? 一歌にとって司さんは良いお兄さんなんじゃなかった?」

「あ……いやごめん。司さんを悪く思ってるって訳じゃないんだけどつい——って、え? い、今、志歩すごく自然に司さんの事を庇ったよね……!? 今までだったら絶対そんな事しなかったのに……! そっか、本当に司さんの事が好きなんだね志歩……わぁ……!」

「…っ、まぁ……そうだけど……」

 

 目をキラキラと輝かせながら私を見る一歌に、私は恥ずかしさで顔を熱くしつつも否定は出来ないから、渋々目を逸らして頷いた。

 は、恥ずかしい……! やっぱり、司さんの事話すんじゃなかったかな。いやでも、そうするしかなかったんだけど……やっぱり私、外野から色々こういう好きな人について言われるのはちょっと苦手みたい。まぁ、相手が一歌だし本当に嫌って訳じゃないから良いんだけど……でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 そう思っていると、一歌はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて私の髪を見ながら言う。

 

「ねぇ、もしかして……志歩が髪を伸ばし始めたのも司さんの影響だったりする?」

「うっ……ど、どうしてわかるの?」

「そりゃ分かるよ、今の話を聞いた後なら分からない人の方が居ないって」

「そっか……いや、司さんに女の人の髪の長さの好みを聞いたら……その……長い人の方が好きって言うから……伸ばす事にしたんだ」

「わぁすごい、そんな事を自分から聞くなんて攻めてるね志歩……! へぇ、でも意外だなぁ。司さんに女の人の好みがあったなんて……てっきり司さんの事だから、そういうの拘り無いと思ってた。意外と明確に好みのタイプとかあったんだね、司さんって」

 

 そんな一歌の感想に、私も同意するように頷く。

 

「うん、それは同感。あの時自分から質問したけど正直言って、司さんだったら『髪の長さで女性の魅力は決まるものではない!』って言われると思ってたから予想外だった。でも……ないよりある方がやりようはあるから、そこは助かったけど」

「うん、そうだね。髪伸ばせばいいもんね? あ、そうだ。良かったら今後のために髪のケアの方法とか、長い髪を早くしっかりと乾かす方法とか教えるよ? あとトリートメントも自分の髪質に合ったのを使った方がいいし、良かったら私が一緒に選んであげるよ」

「あ……それは助かる。お姉ちゃん私が髪を伸ばしてる理由知ってから、ずっと切れ切れうるさいもん。アドバイスとか聞けなくて……」

「あぁ……雫先輩、志歩の事とっても可愛がってるもんねぇ。無理ないよ」

「いや、アレは可愛がってるとかそんな微笑ましい感じじゃないよ。ただ単純に迷惑でしかないから」

 

 私がそうため息をつくと、一歌は困ったように笑みを浮べた後で明るい笑顔で言う。

 

「あはは……まぁ、でも私は志歩の事を本気で応援するよ? 頑張って司さんを振り向かせようね! 私も出来る事があったら志歩の為に精一杯頑張るから!」

「うん……ありがとう、一歌。私……やっぱり今日一歌と話せて本当に良かったって思う。お陰で少し元気出た気がするから」

「そんなの、私の台詞だよ。今日は本当に志歩と仲直り出来て良かった……改めて、これからも宜しくね志歩」

「そうだね……宜しく一歌」

 

 そう言って私は、一歌が微笑みと共に差し出してくる手を握り、まるで仲直りの印のように握手をした。

 こうして私は、司さんへの想いに協力してくれる心強い味方を一人手に入れる事が出来たのだった。

 

 よし、じゃあ次は——

 

「ねぇ一歌、所で聞きたいんだけど……咲希の入院してる病院への行き方って、一体どうやって行けばいんだっけ? 前に一度行ったっきりで今はもう全然覚えてないから教えてほしくて」

「え? 志歩、それってもしかして……!」

 

私の言葉に、次に何をするつもりなのか悟った一歌は目を大きく見開く。

そんな一歌に私は頷いて言う。

 

「うん……私、咲希にも私の話を分かってもらいたい。だから……直接会いに行くよ。思えば最初に行った時からずっと、一度も咲希のお見舞いには行ったことなかったしね」

 

一歌はそれを聞くと、とても嬉しそうな様子で咲希が入院している病院への行き方を教えてくれた——というより最早、今度の週末に一緒に付いてきてくれる事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

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