神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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16話 繋ぐものと戻らないもの

 

 

 

 朝から新幹線を乗り継いで移動した地方にある国立医大病院。

 そこが私の幼馴染である咲希が、もう二年もの間入院を続けている病院だ。

 一歌と仲直りをした週末の昼。

 私は朝から新幹線を乗り継いでその病院を訪れ、自動ドアの入り口の前で一歩を踏み出せずにいた。

 

 ——どうしよう、どうしても前に進めない。

 つい勢いで来てしまったけど、咲希にとったら二年もの間ずっとお見舞いにも来なかった薄情者が、今更どの面下げて会いに来たのって感じだよね?やっぱり……ここまで来ておいてなんだけど、帰ろうかな。

 だけど、そんな弱気になった私の心を見透かしたように、ここまで一緒に付いてきてくれた一歌は優しく微笑んで言う。

 

「……志歩、大丈夫だよ? 咲希は今まで志歩がお見舞いに来なかった事なんて、本当に気にしてないから」

「いや……でも……」

 

 そんな言葉でもまだ踏ん切りがつかない私に、一歌は軽く首を横に振ってため息交じりに続ける。

 

「まぁ、ここまで来るの本当に時間かかったでしょ? だから咲希は来なくても気にしてないし、むしろ定期的に来てる私の方が逆に気を遣われちゃうんだよ? 実際、咲希にも何回か『もう無理して来なくても大丈夫だよ、いっちゃん』って言われた事あるし、咲希のお父さんやお母さんにもここまで来るのに使った交通費を渡されそうになったこともあって……」

「え……そ、そんな事あったの? というかそこまで気を遣われるなんて、一歌って定期的に来てるって言ってたけどどれぐらい来てるの?」

「いや、そこまで来てないよ。精々月に一回か、余裕があったら二回来れるかなってぐらいで……そんな気を遣われる程じゃないって思ってるんだけど」

「え? 最低でも月一で来てるの? 三ヶ月に一回とかそんなのじゃなくて?」

「うん、そうだよ。……え? 何かおかしい事ってある?」

「え、えっと……あはは、ちょっと私は分からないかな?」

 

 真顔でそう首を傾げる一歌に私は、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 いや、確かに凄いって思ってたけど、そこまで行ってたなんて。

 それは気を遣われて当然だよ一歌……だって、片道一万五千円以上したよ? 往復だったらその倍かかるよね?

 それを月一でずっとなんて……なんていうか凄いを越えて、ちょっと(おも)——い、いや、そんな考えは駄目だって。ここまで一歌が咲希を想ってくれてるからこそ、咲希が感じてる一人の寂しさっていうのはマシなんだろうし。

 だから、一歌の友達に向ける愛が重いなんて……そんな事は思っちゃ駄目。もし重かったとしても、そういう所を含めて一歌はいい子なんだから……。

 そんな風に私が少し圧倒されていると、一歌は頷きながら清々しい程の笑顔で言う。

 

「それに何より、私が咲希に会いたいからやってるんだし……だから、お礼を言われるよりも元気な咲希の笑顔が私は見たいんだ。それだけでここまで来た意味はあるから」

「…………そっか、一歌らしいね。咲希にもお父さんやお母さんにも、そう言って説明したんだ?」

「うん、そう。そんな感じで説得したら咲希にも二人にも分かって貰えてよかったよ。それからは何も言われなくなったし」

 

 ほら出た。イケメン一歌。やっぱり……ちょっと重いかもって思う時もあるけど、それは一歌の性格が、こうしてどこまでも友達を優先しちゃう所にあるんだろうね。本当はもっと自分の事を優先してもいい筈なのに。だからこんなにイケメンなんだ一歌。本当、敵わないよね。

 私が幼馴染にそんな感想を抱いていると、そこで突然クスリと思い出したように笑みを浮べて一歌は言う。

 

「ふふっ……そういえば思い出した。咲希のお父さんとお母さんにそう言ってお金を貰わなかった時なんだけどね、ほら、二人共感情表現がとっても豊かな人でしょ? だから涙流すぐらいにとっても感激されちゃってね? 『もう司でも咲希でも好きな方を婿か嫁に持って行ってくれて良いから、是非うちの娘になって!』って変な事言われちゃって……それでね? それをすぐ近くで聞いてた司さんね、とっても大慌てで二人に怒ってたんだよ? あの時の司さんの慌てっぷりは面白かったなぁ……」

「——え? 一歌って、司さんと結婚してって二人からそう言って貰ってるの……?」

 

 そのあまりにも笑う事が出来ない笑い話に、私は思わず一歌の顔をじっと見てしまう。

 すると、今の話がようやくマズイ事に気が付けた一歌は、それこそ大慌てで首をブンブン横に振った。

 

「いっ、いやいやいや! 違うって……違うから! 私は司さんの慌てっぷりが面白かったってそういう話がしたかっただけで! 司さんの事なんて一ミリもなんとも思ってないから! 実際その時冗談みたいな感じでその話は流したから! し、信じて!?」

「わ、分かってる。ゴメン……今のは流石に私に余裕が無さ過ぎた。そりゃそうだよね、一歌が咲希にそこまでしてたら、咲希のお父さんとお母さんに気に入られるのは当然だよね。でも……そっか、一歌ってもし司さんと付き合おうって思ったら、もう完全に外堀は埋まってるんだ……」

「埋まってないよ!? もし埋まってたとしても私は掘るよ!? すごく掘るから! というか、司さんか咲希かどっちかを選べって言われたら私は絶対咲希を選ぶから! だから私が司さんの事を狙ってるみたいな扱いはやめて!? 気にしないで頑張って……!」

 

 そんな必死の一歌の訂正に私は、そこまで必死にならなくてもいいのにと思わず笑えてきてしまう。

 いや……でも、本当に一歌が司さんの事好きじゃなくて良かった。もしそうだったら強敵すぎて勝ち目なんて見える気がしない。

 そんな安堵の想いで私は慌てる一歌を宥める。

 

「……分かってるよ一歌、そこまで否定しなくていいから」

「そ、そうだよね……良かったぁ……私、全然そんなつもりないのに、これから咲希のお見舞いに行きづらくなる所だったよ……」

「それこそ私が悪く思っちゃうからやめてよ。でも……ありがとう一歌。色々話してくれたお陰で緊張みたいなのは取れたかも。だから……行くよ、私」

「志歩……うん、良かった。それじゃ……行こっか?」

 

 その言葉に私は頷き、その一歩を前に踏み出して病院の中に足を踏み入れた。

 そして慣れた様子の一歌の案内を受けながら、私は入院患者のお見舞いの受付作業を終え、咲希の病室の前にまであっという間に、あまりにもあっけなく辿り着いてしまった。

 

 そして戸をノックしようとした指を一旦止め、その場で数回深呼吸をした後、私は意を決してノックする。

 

『はーい! もしかして今日も来てくれたの? 入ってもいいよいっちゃん!』

 

 すると中から咲希は、週末の面会時間で来てくれる人が一歌だと判断したように、明るい声を上げて私を中に招く。

 そしてここで立ち止まると決心が鈍ると思った私は、一息で引き戸をガラッと開ける。

 その中には個室で、お手玉を三つも上手にクルクル回している、私の記憶の中よりずっと手足が伸びて成長した咲希の姿があった。

咲希は器用にお手玉をしながら、入ってきた人を出迎えるような明るい笑顔で、私の方を見て言う。

 

「いっちゃん、いらっしゃい! 見て見て! 隣の病室のお婆ちゃんに教えてもらってアタシこんなにお手玉上手くなっ——」

 

 だけど私の顔を見た瞬間に咲希は、ポトポトポトと三つもお手玉を同時に取り落とす。

 そして咲希は暫く黙って私の顔を見た後、その目にジワリと涙を滲ませながら震える声で言う。

 

「う……嘘……しほちゃん? き、来て……くれたの?」

「うん……何て言ったら良いか分からないけどさ、その……久しぶり咲希……元気?」

 

 そう言った瞬間、まるでこの前一歌で見たような反応のように、ボロボロと涙を零しながら咲希は言う。

 

「——っ、元気……じゃないけど、元気だよっ……! 久しぶりしほちゃんっ……! 髪伸びて雰囲気変わった? でも、元気そうでよかった……!」

 

 そんな咲希を見て、私は今まで色々考えていた事とかが全部要らない心配だったと思い直した。

 本当にありがとう一歌、私の背を押してくれて。私はこんなに……咲希に大切に思われてたんだね。

 

 そして私は、微笑みを浮かべた一歌に背を押されながら咲希の病室に入り、そしてようやく落ち着いた咲希の、久しぶりの再会に目を輝かせた怒涛のトークに対応する事になったのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そして咲希はここ最近の事を元気いっぱいに語り、病院で仲良くなったお婆ちゃん達から教わったお手玉やあやとりの特技の数々を披露して、他にも色んな事を語った後でようやく一息ついて言う。

 

「はぁ……それにしてもこうして会うの本当に久しぶりだね、しほちゃん! 髪少し伸びてたから入ってきた一瞬、本当にいっちゃんだと思っちゃったよ。でも、いっちゃんにしては髪短いし髪色も違うし誰だろ……えっ!? しほちゃんだ! ってなっちゃって——」

「もう、咲希はそっそっかしいって。私、髪伸ばしてるけど一歌程じゃないでしょ? 今やっと毛先が肩に届きそうってぐらいの長さなのに」

「あはは! ホントだね! ねぇねぇ、最終的にはいっちゃん位に長くするの? 短い髪のしほちゃんも良かったけど今のしほちゃんもいいよね、いっちゃん?」

「——うん。志歩は本当に似合ってると思うよ。そう言えば最終的にはどうするつもりなのか聞いてなかったね、どこまで髪伸ばすの?」

 

 そんな咲希と一歌の疑問に、私は少し悩む。

 そうだな……司さんは長い髪が好きって言ってたけど、具体的にどれぐらいの長さなのかってそう言えば聞いてなかった。

 やっぱり、一般的には一歌やお姉ちゃんぐらいの長さがロングヘアなのかな? 

 だったら——

 

 

『それにしても……しぃちゃんが髪の毛を伸ばしたら私とお揃いねぇ。もしかして私とお揃いにしたくて伸ばしてくれてるのかしら? そうだったら嬉しいわぁ……短い髪のしぃちゃんも素敵だったけど、長い髪のしぃちゃんも絶対素敵よ? 楽しみだわぁ……!』

 

 

 そんな私の脳裏にお姉ちゃんの言葉が浮かび、私は考えを改める。

 

「いや……そこまでは長くしないつもり。肩に少しかかる位まで伸ばしたらあとは切る。一歌とヘアスタイル被るし、それにお姉ちゃんとお揃いって言われるのも少し嫌だし……」

「あぁ……成る程、志歩はあんまりそういうの苦手だもんね? それに長すぎると色々面倒な所もあるからそれで良いと思うよ」

「えぇっ? そうなの? せっかくいっちゃんとしほちゃんでお揃いになるのかなって、ちょっと楽しみだったのに~」

「咲希は何を楽しみにしてるの……」

 

 そんな能天気な咲希に、私は思わず口元を緩めてしまいながらも軽くため息をつく。

 ため息をつきながらも私は今のこの、咲希と一歌と居る時間に懐かしい気持ちになっていたりした。

 本当に……こんな風にみんなと話すのって久しぶりだな。なんだか、とっても楽しい。私やっぱり……ひとりで居る時も好きだけど、みんなと居るこの時間も好きなんだな。

 

 そんな事を思っていると、それは咲希も同感だったようで、色々話した後でとっても満足そうな笑みと——同時に、少し寂しさのような感情の色を乗せながら口から言葉を紡ぐ。

 

「あぁ……楽しいなぁ……こうしていっちゃんとしほちゃんと話してたら、なんだか少し小学生の頃に戻ったみたいで楽しいな……本当、楽しいなぁ……っ、楽しいよぉ……! グスッ……あれっ……? おかしいな、なんでアタシ楽しいのに泣いちゃってるんだろ……おかしいなぁ……うぅっ……うえぇぇん……!」

 

 そして、ついに堪えきれず泣き出してしまう咲希に、私は胸に締め付けられるような痛みを覚えた。だから、堪えきれずに私は言う。

 

「……咲希。……っ、本当に、ゴメン。ずっと本気で来ようって思ったら来れた筈なのに、今までそれをしようとしなかった。私……薄情だったよね? ごめん咲希……謝って咲希にとっての二年間が帰ってくる訳じゃないけど、それでも言わせて……ごめん……」

「——あ、謝らないでしほちゃん。気にしてないよ? 本当だよ? アタシ、ホントのホントに嬉しくて……! ずっと、もうこんな風にみんなと話せないのかなって思ってたから……!」

 

 そんな咲希を見て、一歌はその背を優しく手でさすりながら咲希を宥めるように言う。

 

「咲希……良かったね? いつも志歩と穂波に会いたいって言ってたもんね? お願い……半分だけだけど、叶って良かったね?」

「——っ、うんっ! よかったよぉ……!」

 

 一歌がそうやって慣れたように咲希を宥めているのを見ると、私が知らない間にも一歌にも、私と司さんの間であった事と同じように、咲希との間に沢山の“物語”があった事がなんとなく察する事が出来た。

 その日々の中で一歌は数えきれない位に、司さんと同じぐらいに咲希の心の支えになってきたんだろう。

 ……やっぱり、一歌はすごいよ。きっと、司さんと同じぐらい“主人公”って言われるような素質があるんだろうな。

 そんな事を考えながら邪魔しないように二人の姿を眺めていると、ようやく泣き止んだ咲希は指で目尻の涙を拭いながら笑みを浮べる。

 

「……あはは、ゴメンねしほちゃん。恥ずかしい所見せちゃって……アタシ、こうなっちゃうつもりなんて無かったんだけど」

「ううん、いいよ。今の咲希に恥ずかしい所なんて何もないから。泣きたかったら全然もっと泣いていいよ、私、待ってるから」

「えっ……や、やめてよしほちゃん。アタシそんなに泣き虫じゃないもん!」

「ふふふふっ……ほら咲希、泣きたかったら私の腕の中は空いてるよ? おいで?」

「いっちゃんまで……もう! アタシは子供じゃないんだから!」

 

 そんな怒った咲希を見て私は思わず笑ってしまいながらも、感傷に浸る気分で言う。

 

「……ふふ、でもそうだね咲希。一歌が言ってたけど、半分だけどお願い叶ってよかったね。私もその気持ち分かる気がするからさ。あとはこれで……ここに穂波が居れば完璧だったねって、そう思うから」

「うん……そうだねしほちゃん。まぁでも流石にこんな所まで来てなんて言えないよ、だから退院してからいっぱい、ほなちゃんに構ってもらうんだ~」

「そうだね咲希、穂波だったら沢山甘えさせてくれそう……そうだよね、一歌?」

 

 私がそう同意を求めると、一歌は何故かどこか寂しそうな表情をしながらポツリと呟くように言う。

 

「……………うん、そうだね。きっと……咲希が退院したら、穂波も……きっと大丈夫。だって、志歩が戻ってきてくれたんだもん……だから、絶対大丈夫」

「……どうしたの? 変な顔してるよ一歌」

「——あっ、ううん! なんでもない! そうだね、穂波はとっても優しいから美味しいアップルパイ作ってお祝いしてくれるよ、だから頑張って元気になって退院しようね咲希?」

「うん! ほなちゃんのアップルパイ美味しいからまた食べたいなぁ~! アタシ、頑張るよ!」

「咲希……うん、そうだね。私もずっと食べてないし、そんな事言われたらなんだか穂波のアップルパイ食べたくなっちゃった」

 

 私はそんな一歌の反応に少し引っかかるようなものを感じながらも、咲希の笑顔にそれ以上は追及できずに、そう言って頷いた。

 そんな風な流れで私は一歌と咲希と沢山笑って話した後で、そろそろ“例の件”の話を切り出す為に口を開く。

 

「それでね……咲希、今日私が来たのは話したい事があったからなんだ」

「話したい事? うん、一体なに?」

「——あ、やっぱり志歩、あの話するんだ? その……話する順番には気を付けてね? 私の時みたいに勘違いされちゃうかもしれないから……」

 

 心配そうに私を見る一歌に軽く頷きを返し、私は咲希の目を真っすぐに見据えて言う。

 

「その……私、来年は宮女の高等部に進学するんじゃなくて、神山高校を受験しようと考えてるの。だから……今いる宮女に通うのは今年で最後にするつもり」

「——えっ?」

 

 そう切り出すと、予想通り咲希はびっくりしたように目を見開いた。

 だけど一歌の時とは違って、咲希はどこか納得したような表情をして、比較的すぐに落ち着きを取り戻す。

 そして咲希は私の事を気遣うように言う。

 

「しほちゃん……やっぱり、学校で何か嫌な事でもあった? それってさ、去年アタシに突然通話してきた時の事と関係があるんでしょ? よかったら……しほちゃんに何があったか、全部聞かせてくれる?」

 

 そんな察しの良い咲希に、今度は私が少しびっくりしてしまう。

 だけど咲希の言う通り、いつまでも咲希は私が知ってる頃の、子供だった咲希とは違うんだと思い直して落ち着きを取り戻す。

 ——でも、どうしよう。どこまで話したらいいんだろ? 司さんの事も話す? いや……でもそしたら、また一歌の時みたいに色々言われちゃうんじゃ? だったら話さない? いや、それは何か違う気もするし……。

 そんな風に私が悩んでると横から小さく指先で肩を叩かれ、軽く横を向くと内緒話をするように私の耳元に手をやる一歌が居た。

 

「ねぇ……何悩んでるの? やっぱりやめる?」

 

 私を気遣う一歌に、私は咲希に聞こえないように小声で答える。

 

「……いや、話すけど……どこまで話そうかなって。だって、司さんの事まで話しちゃったら……その……咲希の事だから色々言われそうだし、どうしようかなって」

「話すつもりはあるんだ? だったらもう、全部話すしかないんじゃない?」

「……ぜ、全部って……でも……」

 

 思わず尻込みしてしまう私に、一歌は悪戯っぽく微笑んで言う。

 

「だって——もし志歩が司さんと上手くいったら、咲希は最終的に志歩の義妹(いもうと)になるんだよ? だったら、ちゃんとしっかり説明した方がいいんじゃない?」

 

 私は一歌にそんな、今まで考えてこなかった可能性を言われ、つい顔が熱くなってしまうのを感じた。

 そうだった。今まで考えた事なかったけど、もし司さんに私を好きになって貰えて、最終的にその……けっ、結婚できたら……私は咲希のお義姉さんになるんだ。

う、うわぁ……そう考えたらなんだかすごく変な感じするけど……友達のお兄さんを好きになるって、そういう事なんだよね?

 だったら——

 

「……わかった。私、ちゃんと話すよ……咲希が大好きって言ってるお兄さんの事が欲しいって言うんだから、ちゃんと誠意をもって話さないと駄目だよね」

「うん……そうだよ。大丈夫、確かに咲希の大好きな司さんが絡んだ事だから、面白がって色々言われちゃいそうだけど、きっと私と同じように咲希も志歩の事を応援してくれるに決まってるよ。だから、頑張って志歩?」

「ねぇしほちゃん、いっちゃん、二人でなにコソコソ内緒話してるの? そろそろアタシの事を放っておかないでよ……」

 

 そういって少し頬を膨らませて不満を口にする咲希に、私は意を決して口を開く。

 

「ゴメン咲希、分かったよ。私……話すから、最初から最後まで、全部。だから……長い話になるけど、付き合ってくれる?」

「しほちゃん……分かったよ。アタシ長くてもちゃんと聞くから……全部、話して」

 

 そう言って真剣に頷く咲希相手に私も同じように頷き、もうすっかり話す事に慣れてしまった一年前から今までの、私と司さんの間にあった全ての出来事のその始まりを——まるで語り部のように、長い“物語”の始まりを語るように口を開く。

 

 

「私は……基本的に一人で居るのが割と好きな人間なんだ。周囲の人に無理して合わせて生きるより自分のペースで生きていきたいし、言いたい事はいつだってハッキリと言いたい。でも、そんな考えを持ってる人って、学校っていう名前の小さな社会じゃ異端扱いされるらしくて——」

 

 

 語る話は私の心の奥深くに今でも残り続ける——今だ遠き空に輝く星のような物語。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 そしてそれから約二時間後、私は咲希にようやく全てを語り終えた。

 全てを聞いた咲希は、情報量に圧倒されたように少しポカンと口を半開きにして、私の話を自分の中でかみ砕いて理解している最中のような表情をした。

 

 さぁ……話したよ咲希。私が一歌と仲違いみたいな感じになっちゃってた事から……私が、司さんを好きになるまでの話を。そしてついでに、私が神高に行くって決めた時の経緯の話も、話せる範囲で細かく語ったつもり。

 だからこそ私は、咲希が話を理解した後にする第一声を、ドキドキする心で待っていた。

 まぁでも……反応の予想なんて大体できてるけどね? さぁ……咲希、分かってるよ。咲希だったら絶対、私が司さんの事を好きになったって分かったら——

 

『え、えええええーーー!? しほちゃんが、お兄ちゃんの事が好き!? 嘘嘘嘘、じゃあ……え? じゃあ最近通話でお兄ちゃんの事を色々聞いてくるのって、そういう事だったんだ! へぇ、へぇぇぇ~~~!!』

 

 ——って、そんな風にニヤニヤされるに決まってる。咲希って面白がりだから。

 それに一歌も今同じ事考えてそう。だってもう見るからに、興奮した咲希を落ち着ける準備してそっと手を構えてるもん。横からさっと咲希を抑えて『まぁまぁ咲希』って言うつもりだよアレ。はぁ……憂鬱。

 

だけど実際の咲希の反応は、そんな私の予想とは全く反したものだった。

 

「……………………」

 

 咲希は全てを理解したように半開きだった唇をスッと引き結んだ後、騒ぐような事なんて一切しないで黙り、ジッと真剣な表情で私の顔を見た。

 そんな予想とは全く違った反応を見せ、さっきから数分間も黙り続ける咲希に、一歌は少し困惑したように口を開こうとした時だった。

 咲希は真面目な表情で、ゆっくりとその口を開く。

 

「その……しほちゃん。アタシ言いたい事が二つあるんだけど……順番に話して良い?」

 

そんな咲希の明るい雰囲気なんて何処へやらといった様子に、堪らず一歌は言う。

 

「咲希……? ど、どうしたの? どうして驚かないの? ほら、まさか“あの”志歩が司さんの事を——」

「……いっちゃん、とりあえずそっちの話は後——いや、うん。やっぱりその質問にだけは先に答えるけど、確かにアタシも急にいきなりその事だけ言われたら、いっちゃんの言う通り凄く驚いたと思う。でもこんなに丁寧にしっかり理由を話されちゃったら、驚く気なんて出ないっていうか……それよりも(すご)く言いたい事が——って、こっちの話も後。とりあえず、いっちゃん……アタシ、今からしほちゃんと大事な話するから、ごめんだけど今だけは静かにしてもらっていい?」

「えっ? さ、咲希……?」

 

 そんな明らかにおかしな咲希の反応に、一歌は明らかに動揺を見せる。

 当然私も、一歌みたいに口には出さないけど、内心では困惑した気持ちを表に出さないようにするだけで精一杯だった。

 そんな私に咲希は、ベットの上で頭を下げながら言う。

 

「まずは……ゴメンねしほちゃん。アタシの身体が弱い所為で、今まで辛かったしほちゃんに何も出来なくて。アタシがこんな所に居なかったら、しほちゃんを絶対一人にはしなかったのに……その所為で、しほちゃんはそんな目に遭っちゃった。全部アタシの所為だ……本当に、ゴメンね」

 

 そんな謝罪を聞いてしまえば私は、今の自分の思いの丈をぶつけずには居られなかった。

 私は咲希を真っすぐ見据え、強く語り聞かせるように言う。

 

「咲希……! それは違うよ、絶対に違う。最終的に一人で居るのを選んだのは私だから、その責任は咲希には全くないよ。それにっ……! 咲希は辛かった時に傍に居なかった私なんかを心配してくれて、そして司さんに頼んでまで私を助けようとしてくれた! 咲希が司さんに頼んでくれたから、あの時の私は救われたんだよ? だったら……咲希が私を救ってくれたようなものだから。ありがとう咲希……本当にありがとう。私を……司さんに会わせてくれて、本当にありがとう」

 

 そう言った私に、咲希は納得したような反応を見せてくれるかと思えばそれは全く違い、自分の頭を押さえて深く後悔するような表情を見せた。

 

「あぁぁっ……! そう言われてみたらそうじゃん! アタシじゃん……! そうなってくると、あの時アタシがお兄ちゃんに頼んだから今こんな事に……あぁぁ……! 墓穴掘っ——いやでも、あの時に頼んだから志歩ちゃんは今こうして明るく居てくれてるの? だったら結果としては良かった? いやっ……うぅぅ……ふ、複雑っ……! もう、お兄ちゃん……! 志歩ちゃんを元気にしてくれたのは嬉しいし流石だって思うけど、やりすぎだって……! そこまでしてってアタシ頼んでないっ……!」

 

 そんなさっきから明らかに意味不明な反応を見せる咲希に、私は思わず尋ねてしまう。

 

「咲希……? ねぇ、さっきから変だけど一体どうしたの?」

「……うん、ゴメンね? 今すごく、しほちゃんにとったら訳わかんない反応しちゃってるよねアタシって。大丈夫、もうすぐ分かると思うから」

「もうすぐ分かるって、何が?」

「とにかく……うん、分かったよ。しほちゃんがそう言うんだったら、アタシはこれ以上言わないようにする。だって……ここから先が、アタシにとってすごく大事な話だから」

「大事な話……? 分かった。言いたい事二つあるって言ってたね、次の話しても良いよ」

 

 そんな私に、咲希はまるで何かの覚悟を固めるように目を閉じてその場で深く何度も深呼吸をし、そして次に目を開いた時の咲希はその瞳に、まるでこれから一世一代の合戦に挑む前の戦乙女のような闘志を宿していた。

 その瞳のまま咲希は私の事を真っすぐに見据え、そしてまるで過去に思いを馳せるようにポツポツと語り始める。

 

「しほちゃん……お兄ちゃんはね、アタシが小さい頃によく身体の調子を悪くして家に居なきゃいけなくていっちゃん達と遊べなくて悲しんでた時に、公園で同じ男の子の友達と遊ぶ約束も断ってまでアタシの傍に居てくれて、一緒にお人形遊びをしてくれた。夏祭りの時だって、人混みは避けた方が良いってお医者さんに言われて家で一人のアタシに、お兄ちゃんは絶対一緒に家に居てくれて、アタシが寂しくないようにって、行けなくてもお祭り気分にさせてやるって、そう言って出店屋さんごっこしてくれた。新聞紙で輪投げを作ってくれたり、お父さんとお母さんに内緒でおせんべいにソースをつけて食べさせてくれた……そしていっしょに、部屋から打ち上げ花火を見てくれた。アタシを……いつだって笑顔にしてくれた」

 

 咲希の口から語られたその司さんとの過去の話は、それば私が語った物語にも負けないぐらいに深く濃密で、それでいて司さんがどれだけ咲希の事を大切に思っていて——そして、咲希が司さんを大切に想う気持ちも全く同じか、もしくは……それ以上の感情すら伺い知れるようなものだった。

 咲希はそんな話を尚も語る。

 

「それでね、アタシがシブヤの病院に入院してた頃は、お兄ちゃんは今よりももっと沢山アタシの所にお見舞いに来てくれた。小学生の足だったらとっても遠い距離の病院にだよ? ……すごいでしょ? なのに小さかったアタシは、そんなお兄ちゃんの苦労も知らなくて、みんなと会えなくて寂しくて、元気なお兄ちゃんが羨ましくて色々酷い事言っちゃって——それでもお兄ちゃんはアタシの所に来てくれた。楽しみにしてたひな祭りの日も病院で過ごす事になって、さみしかったアタシにボロボロになりながらも雛人形を見せに来てくれた……! 今だって、こんなに遠い所に入院してるのにお兄ちゃんは沢山お見舞いに来てくれて……ほんとに、ほんとにお兄ちゃんは……アタシに沢山笑顔をくれた、本当に……沢山の事を、アタシにくれた」

 

 そんな咲希の話を聞いて、何も察せない程に私は司さんみたいに無神経じゃない。

 そっか……咲希、『もうすぐ分かる』って“そういう意味”だったんだね? わかったよ咲希。あんたは絶対に——私と司さんの仲なんて応援してくれない。

 成る程ね、本番は“この次”だと思ってたけど、もうあんたの時点で本番だったんだ。

 ……いいよ咲希。私はとっくに誰が相手でも覚悟は出来てるから——()ろっか?

 そんな思いで、それ以上に長く続きそうな咲希の話を断ち切るように私は言う。

 

「——それで咲希、一体何が言いたいの? 遠回しにせずハッキリ言って」

 

 そう強く、私は負けない意志を視線で咲希に訴えると、そんな私と咲希の間の空気がピリピリしてきたのを敏感に察知したのか、一歌はオロオロとした様子で、私と咲希を交互に見まわしながら言う。

 

「し、志歩? 咲希? え? なにこの空気……? こ、これから何が始まるの……? ね、ねぇ……私に教えてよ……ねぇ……」

 

 ……ゴメン一歌。

 本当は巻き込みたくなかったけど、こうなったからには諦めて。

 私も咲希も、譲りたくないものは一緒だったみたいだから——もう、正面からぶつかり合うしかない。

 だけど安心して一歌。私は絶対に……こうしてぶつかり合った先で訪れる結果を、その結果を受け入れてまた一緒に笑える未来を、そんな未来を掴む事を最後まで諦めずに咲希と戦うから。

 そう覚悟を固めた私に対し、咲希は同じく対立する覚悟を言葉に宿しながら——言う。

 

「アタシは……お兄ちゃんの事が本当に、本当に大好き。こんな事言っちゃったら引かれるって分かってるから、他の人には絶対に言わないけど……義理の兄妹だったらよかったのになって、そんな事本気で思ってるぐらいに好き。だから……アタシは決めてるの、アタシよりお兄ちゃんが好きじゃない人に、絶対にお兄ちゃんは渡さないって……! だから!」

 

 そこまで言って咲希は、ビシッと私の事を指さしながら、まるで宣戦布告でもするように力強く言う。

 

「——しほちゃんっ! お兄ちゃんが好きって言うんだったら、まずアタシよりお兄ちゃんの事が好きだって証明してみせて! そうじゃない人に、絶対お兄ちゃんは渡さないんだからぁ!」

 

 そう宣言する咲希に、負けないぐらいの意志を込めながら私は言葉を返す。

 

「……そういう話だったら上等、絶対咲希より司さんの事が好きだって事を分からせてみせる。そして——」

 

 そこまで言って私は、敢えて挑戦的な笑みをニヤリと浮かべながら咲希に言ってやる。

 

「私が司さんと結婚して、咲希のお義姉さんになってみせるから、宜しく」

「~~~っ! 認めない! 絶対にしほちゃんがアタシのお義姉ちゃんなんて……認めないんだから……!!」

 

 言葉を互いに交わし、交差する視線でバチバチと火花を散らす私と咲希。

 そんな私達を見て一歌はいつの間にか涙目になっていて、叫ぶように言う。

 

「ちょ、ちょっと!? なんでこんな事になってるの……!? ねぇ、咲希? 志歩? お願いだから仲良くしてよっ……!」

「ゴメンいっちゃん。しほちゃんの事はとっても大好きだし、こうなっちゃった今でもその気持ちは変わらないけど……でもやっぱり、だからお兄ちゃんを渡せるかって言ったら……それはまた違う話だから! まぁそれでも、全く知らない人にお兄ちゃんを獲られるよりは何百倍もマシだけど……!」

「じゃあ良いでしょ!? 咲希、志歩の事応援しようよっ……! こんな事司さん望んでないって……!」

「一歌、やめて。私そんな感じで気を遣って譲られるの一番嫌いだから。私はこれで納得してる。だから咲希——教えてよ、一体どうしたら咲希は私の事を納得してくれるの?」

 

 そう言って一歌の要らないお節介を制しながら、私はこれから始まる長期戦に備えて客用のパイプ椅子に座って腰を据える。

 今日の面会時間は17時までか、あと3時間以上は面と向かって咲希と話せるね。全然オッケー。

 良いよ咲希、とことんまで話そうよ。分かってくれるまで私、絶対に諦めないから。

 そんな徹底抗戦の構えを見せる私に、一歌はさらに涙目になる。

 

「ちょっ、志歩ぉ!?」

「……わかったよ。とりあえずしほちゃん、お兄ちゃんのどこが好きなのか聞かせて? 話はそれから」

「ふーん……それってもう一回言わなきゃ駄目? さっきの話の中で全部説明したつもりなんだけど」

「ごめんね、アタシそれどころじゃなくてしほちゃんの話の細かい所、ぜんっぜん頭に入ってこなかったから。分かりやすく言って欲しいなって」

「え、嘘、本当に始めちゃうの? 待ってよ私、胃が痛くなってきたんだけど……! ねぇ、やめようよ、ねぇ……!」

 

 そんな咲希の言葉に、私は一歌の泣き言も無視しながら確かにと納得する。

 もし咲希がそんな気持ちを持っていたんだとしたら、さっきの私の話は冷静な気持ちで聞けた訳が無いから。

 だから頷きながら私は言う。

 

「そっか、分かった。じゃあまず初めに言うけど、司さんってとっても無神経だけどさ……でも、私が悲しんでたり辛いって思ってる時には必ず察してくれるんだよね。そんな優しい所が……私は好き」

「——っ……そうでしょ……! お兄ちゃんそうなんだよっ……! お兄ちゃんお見舞いに来てくれる時もね、お兄ちゃんの事気遣って帰って良いよって言っても、アタシがまだ居て欲しいなって思ってる時は、絶対色々理由つけて残ってお話してくれるの……!」

「うん、そうだよね。私も司さんの卒業式の日に会いに行って、司さんが沢山花束貰ってて後輩の人達から沢山慕われてるのを見ちゃって、つい複雑な気持ちになっちゃった時に司さんは、お前はオレにとっての特別だって——オレのファン第三号だって言って、特別扱いしてくれて……本当に嬉しかった。……ズルいよね、司さんって」

「ああもう、本当にそうだよ! お兄ちゃんはズルいんだよ! 分かる、その気持ち本当にアタシわかる! ——というか、待って? 今お兄ちゃんのファン第三号って言った? それ——本気で言ってる?」

 

 そこで少し鋭い目になって問う咲希に、私は一歩も退かない。

 

「うん、言ってるよ。もう今の私は、司さんが将来世界的な大スターになってるって、そう本気で信じてるから」

「ふ~~ん……へぇぇ……しほちゃん、それ、お兄ちゃんファンクラブの創設者にして不動の会員ナンバーワンのアタシに言う? お兄ちゃんが将来大スターになるなんて当然の事だから。そんな表面的な部分だけふわっと語るだけの『ファッションお兄ちゃんオタク』に、お兄ちゃんの真のファンは名乗らせないよ? 具体的にどういう所がすごいって思うの?」

「咲希、なに急に同担拒否の強火厄介オタクみたいな言動してるの? 私が知ってる年上の女の人にそんな感じの人が居るからやめて欲しいんだけど」

「はい口答え禁止! しほちゃん、これは立派なお兄ちゃんファンクラブの入会試験だよ!? 真面目に答えること!」

 

 そう言って鼻息荒く私をビシッと指さす咲希に、私は軽く嘆息しながらも真面目に答える事にした。

 

「……じゃあ真面目に言うけど、何を言ってもやっぱり一番は、どんな時もハッキリと自分の意志を貫ける事かな。そんな司さんを見てたら、自然と私まで勇気を貰える。それが出来る司さんは、もう立派な私の“スター”だから。この私にそこまで思わせる司さんならきっと、沢山の人にも勇気をあげる事が出来るって私は本気でそう思ってるし……そういう所がすごいって思ってる」

 

 私がそう言うと咲希は悔しげに拳を握りしめながら、苦渋を飲んだように言う。

 

「~~っ、分かってるじゃん……! 分かったよしほちゃん……お兄ちゃんを渡すかどうかはさておいて、とりあえず会長のアタシの権限で、しほちゃんをお兄ちゃんファンクラブ第3メンバーとして認めるよ! アタシと“とーやくん”だけの特別な会に入会を許すんだから、光栄に思ってよ?」

「それって、少しは私の事を認めてくれたって事で良いの?」

「違うもん! というか、お兄ちゃんファンクラブの会員は、お兄ちゃんと特別な関係になる事を認めてませーん! これ、鉄の掟だから! 入ったらしほちゃんも従ってもらうから!」

「——は? 咲希、それ絶対今適当に決めたでしょ。そんな横暴な人が会長なファンクラブに入るなんて私イヤなんだけど。もしあったとしてもそんな掟に従う気なんてないよ?」

「知りませーん! もうしほちゃんはお兄ちゃんファンクラブに入会決定でーす! 新参のしほちゃんは会長で先輩のアタシに絶対服従なんだよ? 分かった!?」

「いや、何その生産性なんて全くない上下関係。即時撤廃して欲しいんだけど」

「あーあーあー! 聞こえませーん! もうしっかり、メンバーが三人になったこれを機会にアプリでグループも作って地盤固めちゃうから! ——あ、しほちゃん、“とーやくん”って男の子が居るんだけど、また今度グループ作ったら一緒に招待しちゃってもいい?」

 

 私はその“とーやくん”っていう名前に、司さんの口から度々出る冬弥(とうや)って人の事だと理解する。

 でも知らない男の人か……別に男の人が苦手って訳じゃないけど、少し気遅れする気持ちはあるかも。

 そう思って私は、眉をひそめてしまいながら言う。

 

「それって冬弥って人の事だよね? 私、会った事も無いんだけど大丈夫な人なの?」

「大丈夫大丈夫、同い年だし、お母さんが開いてるピアノ教室で知り合って、アタシも小さい頃からお兄ちゃんと一緒によく遊んでるけど、とっても優しいしカッコいい男の子なんだよ? しほちゃんもきっと仲良くできると思う!」

「いや別に優しいしカッコいいからとかそんなので私、興味とか出たりしないんだけど。なにその謎の押しは、そんなに私にその人の事紹介したいの?」

「まぁ待ってよ、それだけじゃないの! 何よりとーやくんは……お兄ちゃんの事をとぉぉぉっても尊敬してるの。それに、お兄ちゃんを追いかけて神山高校に進学するって言ってるから、合格したら同じ学校になるかもしれないよ~? きっと知り合っておいて損は無いと思うから! そんな事言わずに仲良くなってみようよ、ねっ!?」

 

 そんなまるで、冬弥って人を私にゴリ押しするようにも見える咲希に、私は思わず少し目線で睨みを効かせてしまう。

 

「ねぇ咲希——随分私にその男の人を紹介したいみたいだけど……もしかして、何か変な事考えてない? 言っとくけど私、司さん以外の人に一生なびく気無いから。その冬弥って人を私に押し付けて司さんを守ろうとしないでくれる? 冬弥って人にも失礼だよそれ」

「——うっ!」

 

 瞬間、咲希は自分の胸を抑えて苦悶の表情になる。

 はぁ……やっぱり図星だったみたいだね。友達目線でも中々最低な動きだよそれ、司さんを守りたいからって咲希、なりふり構わなさすぎじゃない? 今の咲希、なんだかウチのお姉ちゃんと今すごくダブって見えてるよ? 大丈夫?

 そんな感想を抱く私に、咲希は少し涙目で言う。

 

「う、ううっ……でも、でも……とーやくん、お兄ちゃんの素晴らしさを分かってくれる人がもっと増えたら良いのにっていつも言ってるもん……だからしほちゃんの事を教えたら喜ぶって思ったもん……その気持ちは本当だもん……」

 

 うわぁ……そんな事言うって、その冬弥って人、中々筋金入りの司さんのファンだね。

 まぁ……いっか。男子目線での司さんの事を知れるいいキッカケになるかもしれないし、それにこれから共学に行くつもりなんだし、同年代の男の人とのコミュニケーションに慣れておいた方が良いよね?

 そう思って私は、ため息交じりに頷く。

 

「はぁ……まぁいいよ。その冬弥って人さえ良かったら私をそのグループに入れてくれていいから」

「えっ、ほんと!? やったー! じゃあこれで、とーやくんとアタシが夢見たお兄ちゃんファンクラブがついに本格始動しちゃうんだ……! アタシこれから頑張ってしっかりした名前考えてグループ作っちゃおっと! それにやっぱり会員証って必要かな? とーやくんだったらノリノリで作ってくれそうだし、頼んでみちゃおうかなぁ……」

「いや……すごい熱意だねその冬弥って人。そんなに司さんの事を尊敬してるの?」

「うーん……悔しいけど、このアタシですら負けたって思う事がある位お兄ちゃんの事を尊敬してて……いや、もうあれは“崇拝”って言っても過言じゃないかもしれないね」

「す、崇拝……? 凄いねそれ。ちょっと割と本気でその人に興味出て来たかも……でも、司さんの事を一番尊敬してるってところは、その人にも負けるつもりないけど」

「アタシもお兄ちゃんの事なら誰にも負ける気ないもん! まぁとりあえず、ファンクラブを創設するなら、会長のアタシがビシッとお兄ちゃんファンクラブの名前考えるよ! こうなったら思いっきりカッコいい名前にしちゃうんだから!」

「え、咲希のネーミングセンスに任せて良いの? どうせならちゃんとしてよ? 変な名前の集団になんて入りたくないから」

「ふっふっふ……本気のアタシはちょっとすごいんだよ、しほちゃん? まぁ、楽しみにしててよ。アタシどうせ病院で一人で暇だし、考える時間だけなら沢山あるんだから!」

「……そうやって地味に自虐ネタ入れるのやめてよ、ツッコミずらいから」

 

 そんな風に、司さんファンクラブについて話を始めた私達を見て、一歌はハラハラした表情から次第に落ち着きを取り戻し始めていた。

 

「な、なんだ……咲希と志歩、意外と前よりも仲良くなってくれそうかも。よかったぁ……私、二人が司さんを巡ってすごく喧嘩しちゃうんじゃないかって心配だったよ……」

 

 でもそんな一歌には悪いけど、私と咲希の話はこれで終わりなんかじゃない。

 私は咲希を見据えながら口を開く。

 

「——で、これで私を認めてくれる気になった? 咲希?」

「え? 何言ってるのしほちゃん、話聞いてたの? あくまでもとーやくんと同じファンとして認めただけで、お兄ちゃんに相応しい人としてしほちゃんを認める気なんて、まっったくないから!」

「あ……あれ……志歩? 咲希? さっきまでの仲良くなりかけた雰囲気は? ちょ、ちょっと……?」

 

 一歌はそんな、まるで購買の行列で限定焼きそばパンが目前でどんどん無くなっていくような全力の焦り顔を見せる。

 そんな一歌には構わず、私は溜息を吐く。

 

「はぁ……咲希、まだ言うの? もうそこまで認めたならどっちにせよ一緒じゃん、いい加減に認めてよ」

「む、勝手に一人で結論出さないでよしほちゃん……! 本当はこんな事言いたくなかったけど、そんな性格だからしほちゃんクラスで孤立しちゃうんじゃないの……!? というか、いっちゃん達と距離おこうって決めたのも、結局しほちゃん一人の結論じゃん。確かにアタシはしほちゃんに無視されてたの気にしてないよ? でもね、そんなしほちゃんの独断で学校でいっちゃん達から離れてさ、何も言わないでいっちゃんに悲しい想いをさせた事に関してだけは、正直アタシ思う所あるんだからね? そんな勝手な人にお兄ちゃん任せて大丈夫なのかなって、アタシ思っちゃうんだけど……!?」

 

 そんな的を射た咲希の正直な正論に、私は何も言い返す事ができなくて思わず歯噛みしてしまいながら言う。

 

「い——言ったね咲希? それ言っちゃったら私達、戦争するしかないよ? というかそもそも、そんな風に司さんに相応しい人を勝手に決める事自体が司さんに失礼だって思わないの? 一番は司さんの意志でしょ? 私の事勝手って言うけど咲希も充分勝手だから。自分の事棚に上げないでくれる? そういうのも分からないんだったら、小さい頃はさぞ咲希のワガママに振り回されて、司さんも大変だったろうね」

「ふ~~~ん……! そんな事言っちゃうんだぁ……! 知らないよアタシ、ずっとみんなと一緒の学校に行けなくて、ずっとここで一人だから色んな気持ちが溜まってるんだからね? 色々爆発しちゃっても知らないよ……?」

「良いじゃん、爆発させれば? そんなの溜めてても良い事なんて無いでしょ。全部真っ向から受け止めてやるから——それがお義姉ちゃんとしての器量ってやつでしょ?」

「いっ……言わせておいたら随分言ってくれるじゃん……! いいよ分かったよ! ちゃんと警告はしたからねアタシ……!」

 

 そう言って睨んでくる咲希に、私も同じような目つきで応じる。

 そんな一触即発の私達の間に、もう我慢の限界とばかりに私達を制するように一歌は割り込んだ。

 

「わーー! やめてよっ……!! さっきまで良い感じに仲良くなってたでしょ!? どうして急に……そんな風に言い争う二人、私見たくないよ……! というかそもそも、なんで私が二人の仲裁とかこんな事しないといけないのっ……!? 司さーーん!! お願いしますから、貴方の責任なんだったら貴方が責任とってくださーーい!!」

 

 そう叫んだ一歌の大声は看護師さんを呼び、『隣の患者さんの迷惑になりますから』という注意で、この場での咲希との決着は残念だけどお預けになってしまった。

 ——まぁいいけどね、どうせ最後まで咲希も譲る気無かっただろうし……これから根気強く、咲希に認めてもらう為に頑張っていこう。とりあえず今のところは、ファンとして認めて貰えただけで一歩前進かな。

 と、そんな事を考えながら私は帰りの新幹線の中で疲労困憊といった様子の一歌に、焼きそばパンを買ってあげて機嫌をとるのだった。

 こんな時に焼きそばパン数個っていう安価なコストで機嫌を直してくれるのが、この親友のありがたい所だと私は思う。

 

 でも、今日の反応を見る限りやっぱり一歌は、次に話に行くつもりの人の所へはついて来させない方が良さそうだし、次は絶対私一人で会いに行こう。

 これ以上、私の都合で一歌を振り回すのも悪いから——って、私のこういう所が誰にも相談しないで勝手に決める独りよがりな人間だって、咲希に言われちゃう所なのかな?

 でも、悪いけど何を言われてもここは変わる気はしない。私一人で背負える苦労なら、私はこれからもいくらでも背負ってみせる。

 

 だって——他人に背負わせてしまった時に感じる心の痛みよりも、自分一人で背負う痛みの方が何十倍もマシだから。

 

 

 

 ちなみに——それから早くも次の日の朝にはもう、私は咲希からグループの招待の連絡がやって来ていた。

 

 そのグループの名は『白馬王子親衛隊』。

 

 白馬王子とか親衛隊(しんえいたい)だとか、とってもストレートなパワーワードが並んでいるグループ名で一瞬ウッっとなったけども、私の横暴な会長様曰く『会長の意志は絶対なんだよ志歩ちゃん!』と熱弁されてしまったので、渋々加入した。

 はぁ、こんな名前のグループに所属してるって、あんまり大っぴらには言えないなぁ……。

 

 ちなみに、その冬弥って人からはとても丁寧な物腰の文章で挨拶され、簡単なやり取りを交わして互いに友達登録を済ませる事ができた。

 意外と本当に凄く真面目で良い人そうで、聞いていた話から想像する人物像からかけ離れていて、私はとっても安堵したのだった。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

『あ、あの……つかさくん! わ、わたし……いつもさきちゃんといっしょにあそんでくれるおれいに、つかさくんにもバレンタインのチョコつくったの。さきちゃんたちにもあげて、つかさくんにだけあげないのは、へんっておもったから。だ、だから……よかったらたべて……?』

 

 それは、遠い昔の記憶。

 今から約10年前の幼い頃の[[rb:穂波>ほなみ]]が、司さんが居る家にまで行って手作りのバレンタインチョコを手渡ししている光景だった。

 それはまだ幼かった頃の私が、偶然通りかってその場面を目撃してしまい、慌てて物陰に隠れてしまった時の昔の記憶。

 口では親しい友達に贈るついでに作った友達へのチョコを装っていても、その真っ赤な表情からは幼い純粋な恋心が見えすいているような、そんな穂波の姿だった。

 

 もしかしたら、幼い頃に感じていた私の司さんへの純粋な好感情を『初恋』だったと思えないのは、その好感情が恋心に育つ前に、穂波のその姿を見てしまったからだと私は思う。

 その頃の幼い私はきっと、それを見て心のどこかで司さんを穂波に譲ったんだ。

 

 ——だけど。

 

 

「ゴメン穂波……悪いけど今はもう、絶対に譲らないから」

 

 

 私はそう呟き、学校の昼休みに大量のプリントの束を抱えて職員室に向かう穂波を、睨みつける勢いで私は物陰から見ていた。

 咲希と和解したその週明けの月曜日。

 私は敢えて最後に回した、最後の幼馴染である穂波との久しぶりの“再会”を試みようとしていた。

 穂波を最後に回したのは、もう説明なんて要らないと思うけど言葉にするなら、神高へ行く事と司さんとの件を話せば、穂波は高確率で波風が立つ相手だと私は思ったからだった。

 

 そんな事を言うと、何で今更に穂波の事を思い出したのかと言われそうだけど、それに対して言うなら、私は穂波の事を敢えて考えないようにしていたのだと答えるしかない。

 白状すると——私は今まで、親友の穂波と正面衝突する可能性を考えるのが怖くて、ずっと逃げ続けていた。

 

 でも、密かに心の中で司さんの事を想うだけだった今までとは違って、司さんへの想いが私自身でも抑えきれない程に育ちつつあって、そして現にこの想いを叶える為に行動に移そうとしている今になって、私は思った。

 ——このまま、穂波に話をせず黙って司さんに対してアプローチを続けて良いのかと。

 それは、穂波に対して何よりも不義理な事なんじゃないかと。

 

 勿論、私が今感じている心配は全部杞憂で、今はもう穂波は司さんへの想いは綺麗さっぱり忘れている可能性を私は考えていない訳じゃない。

というか、むしろそうであって欲しいと今でも思っている。

 でも——あの穂波だ。

 穂波は小さい頃からとっても優しくて、いつも一緒に遊びながら私達全員の事を見守ってるような、そんな気配りが出来る子で——でも、心の何処かにしっかり自分の意見を持っているような、そんな優しさと強さを合わせ持っているような子だった。

 そんな穂波が、例え幼心でも軽い気持ちで人を好きになるとは思えない。

 だから予想だけど、十中八九今でも穂波は司さんの事が好きだと私は思う。

 

「だったら——もう正々堂々と、戦うしかないよね穂波」

 

 そう決心を口に出し、私は職員室に入った穂波を見送った。

 本当は少しプリントの束を重そうに運んでいたから、早めに声をかけて手伝ってあげた方が良いかと悩んだけど、タイミングを見計らって躊躇している内に結局出来なかった。

 仕方ないから出てきた時に、話すついでに重そうなプリント運ぶの手伝わなくてゴメンと後から穂波には謝る事にする。

 そして次に無視してきた今までの事を謝って、そして——司さんの事が好きだって白状して、今まであった事を全部話そう。

 それからの穂波の出方を見て、私はどうするか考えようと思う。

 

 もし穂波が、徹底抗戦の競争を選ぶのなら望むところ。

 私は正々堂々と、どちらが先に司さんに好きになって貰えるかで穂波と勝負する。

 そして負けたら私は何も文句は言わない、司さんと一緒に居る穂波を素直に祝福する。

 穂波になら——私の大好きな親友になら、本当はとってもとっても嫌だけど、司さんを譲っても良いって思えるから。

 

 だけど問題は、穂波は優しい子だから、もしかしたら自分の気持ちを押し殺して私に司さんを譲る可能性があるという事。

 普通の人ならそれをラッキーだと喜ぶかもしれないけれど、私は違う。

 私は気を遣って譲られた勝利(モノ)なんて要らない。それが、ましてや相手が本当は譲りたくない程に大事なモノであればある程、私はそれを受け取る気なんて一切ならない。

 欲しいモノは、必ず自分が努力してこの手でつかみ取って見せる。

 だからもし、穂波が司さんを譲ろうとする素振りを一瞬でも見せたなら、私は一歌や穂波を無視してきた今までの自分を全力で棚に上げて、怒って『逃げるな』って言ってやる。

 私も自分の想いから逃げないから、穂波も自分の心から逃げるなって、そう言って聞かせてやる。

 そして、穂波を絶対に戦いの土俵に上げてみせる。

 

 だからこそ、私は穂波と話すその場に一歌を立ち会わせたくなかった。

 どっちに転んでも、もう修羅場は不可避。

 そんな場に一歌を置いてしまえば、この間の今日だからこそ、一歌の胃に本当に穴が開いてしまうかもしれない。一歌だけは、なんとしても私が守らないと。

 ——それにしても、私の親友が一歌以外全員敵だったって何そのオチ。

 本当に、司さんの無自覚な人タラシには頭が痛くなりそうだ。

 でも、私がそんな司さんだからこそ(ほだ)されてしまったんだから仕方ない。

 

「だから……今日ばっかりは巻き込めないよね。一歌に見つからないうちに、穂波とまたどこか別の所で会う約束をしないと」

 

そう呟いていると、そんな私の想いは通じたのか穂波が職員室から廊下に出てきた。

 

()………」

 

 待ちわびたタイミングに、私は急いで廊下の物陰から飛び出し穂波の名前を呼ぼうとする。

 しかし——

 

「ほ、穂波……!」

「一歌ちゃん……」

「~~っ、なんで一歌がここに……!」

 

 それより先に廊下の向こうから一歌が現れたのを見て、私は急いで再び元居た場所に逆戻りする。

 全くもう……! 本当、タイミング良すぎない一歌? 

司さんと同じぐらいに、ここしかないってタイミングに限って現れるんだけど。“主人公”の素質って、もしかしてこういう所に現れるの?

 はぁ……そんな馬鹿な事考えてないで、大人しく話が終わるまで待ってよう。

 

「あの……穂波? 話したい事があるんだけど、放課後、時間良い?」

「話したい事……?」

 

 そう私の目の前で、どこかぎこちない様子で会話を始める一歌と穂波に、私は少し違和感を覚えた。

 ……あれ? なんだか一歌、少し緊張してる? ——どうして?

 そんな私の疑問をよそに、尋ねる穂波に対して一歌は頷いて、まるで祈りでも込めるような面持ちで言う。

 

「——っ、うん。あのね……最近とっても良い事があったの。きっと、穂波にとっても良いニュースになる筈だから。だから……良かったら放課後その話をしたいから、時間くれたら嬉しいなって……そう思って」

 

 そんな一歌の言い方に私は、その良いニュースが私との関係修復の件だと悟る。

 ああそうか……そういえば一歌経由で私の件が穂波に伝わる可能性を考えてなかった。

 でもまぁ、それでも私がやる事は変わらないから、それはそれで良いか。むしろ話が早いから逆に助かるかもしれない。

 よし、そうと決まったら今日の所は私の件を話してもらうのは一歌に任せて、また私が穂波とする本題は明日以降に回してしまおう。

 と、そう思って私が二人から背を向けた時だった。

 

「…………ご、ゴメンね一歌ちゃん。私……今日、先に約束してる人がいるから……」

 

 そんな穂波の申し訳なさそうな声に、私は思わずその足を止めて再び二人を見る。するとそんな穂波に対し、残念そうに項垂れて頷く一歌の姿があった。

 

「……っ、そっか……じゃあ仕方ないね。また都合がいい時があったら言ってね、私……待ってるから」

「う……うん。それじゃ……」

 

 それだけ言って、どこか申し訳なさそうに足早で元来た道を後戻りしながら一歌から離れる穂波。

 へぇ……あの穂波が一歌のお願いを断ってるのなんて少し珍しい。

 でも、先約が居たなら仕方ないか、穂波はそういう所はキッチリしてる子だし。

 この調子だったら私も、もし一歌より先に話しかけてたとしてもどうせ断られてたね。だったら、無駄に話しかけずに済んで良かったかも。

 そう思いながら、私は穂波と鉢合わせないようにまた別の物影に隠れる。

 

 

 この時完全に私は、もう今日は穂波と話すのを諦めて明日にしようと思っていた。

 

 今日は運が悪かっただけで、明日になったら穂波と話せる機会があるだろうと、そう普通に考えていた。

 

 だけどそんな考えはまるで甘くて、私が思った“明日”なんて絶対に来ないって事を、私はまさか早くもこの直後に悟ってしまう事になるなんて、この時は夢にも思っていなかった。

 

 

「あっ、穂波~! 日直の仕事お疲れ、いや~今日のプリント集めは大変だったよねぇ。ゴメンね、アタシらが気づいて手伝えたら良かったんだけど、すっかり話に夢中になって忘れちゃっててさぁ……」

「マジでごっめ~ん穂波!」

 

 穂波は隠れている私の目の前で、そんな本当に悪いと思ってなさそうな軽い口ぶりで、両手を合わせて謝りながらやってくる、穂波のクラスメイトの友達らしい数人の女子グループと鉢合わせした。

 

 そんな奴らの穂波への態度に、私は頭にカチンとくるものを感じてしまう。

 何それ……穂波に悪い事したって思ってるならもっと真面目に謝りなよ。

 何ヘラヘラ笑って自分の過失を流そうとしてるの? 穂波がアンタらの事を許してくれる事前提で話さないで貰っていい? 

 ああなるほど——さてはアンタ達アレなんだね? 『流されて毎日を生きてますよ』ってタイプの人種。

 クラスで私の事を無視してみんなと一緒になってコソコソ陰口を言ったり、私の事をバンドのメンバーから追い出したのに堂々としていないあの二人の先輩達みたいに、そんなどっちつかずで毎日をふわふわ生きていて自分の意見なんて在って無いような、ただ周囲に合わせて生きてるだけの人種。

 

 私が一番大嫌いな、見ているだけで反吐が出るような人間の種類だ。

 だけどやっぱり穂波は優しくて、そんな奴らの口だけの謝罪にも笑顔で応じる。

 

「ううん、大丈夫だよ。私こう見えて結構力あるから」

「わ~、すごい。そう言えば穂波バイトもしてるって言ってたからそれで力ついたのかな? ええっと、なんのアルバイトだっけ……メイドさん?」

「ううん違うよ、家事代行サービス。他の人のお家に行ってお掃除とか色々するの。まだ今は少し見習いっていう扱いだけど、最近一件担当するお家が決まった所なんだ」

「そうそう、そうだった! でも実質それメイドじゃんすごーいって話してたんだったの思い出した!」

「キャハハハ! 覚えてなかったアタシが言うのもなんだけどさ、もうちょっとアンタも覚えててあげなよ。穂波がカワイソーでしよ?」

「ゴメンね穂波……ってアハハハハ! さっきから私謝ってばっかなんですけど~! マジでウケる!」

「……あはははは、うん。いいよ、別に全然気にしてないから」

 

 ——いや、流石に気にしたら穂波? 今ソイツら穂波の事どうでも良いって言ったようなもんだよ? 許して良いの?

 あぁでも……謝ったから別に良いかって判断なのかな? やっぱり穂波はすごい……私にはそんな事出来そうにないから。

 他人のこういう所がどうしても許せないから、私は“みんな”と上手くやれずに孤立しているのかもしれない。

 はぁ……もう私、これ以上こんな所見てたら気分悪くなりそうだし、もうさっさと帰ってしまおうかな。

 ——と、そんな事を考えた時だった。その頭の中が空っぽそうな女子が、穂波に対して笑顔でこう言った。

 

「そうだ、こんな話してる場合じゃないんだった。でさ穂波、さっき教室でみんなと話してて急だけど今日の放課後に合唱コンクールのお疲れさま会やろーよって話になったんだよ。私達なーんにも賞とか取れなかったけどさ、私達なりに練習頑張ったし、やっぱりこういうのってノリじゃん? だから穂波もお疲れさま会来るよね?」

 

 私はそれを聞いて気分がゲンナリしてしまう。

 あぁ……出た、そういえばそんなのやってたね。私のクラスも放課後にちょくちょく集まって練習してたみたいだけど、当然のように私には何にも声がかからなかったから、普通にライブハウスに行ったり図書館で勉強したりしてたよ。いつやるか教えてくれさえすれば、一応私も練習行ったのに……。

 そんな私が当然歌えるはずもなく、コンクール本番は口パクで乗り切ったのは何とも言えない思い出だ。

 というか……そんな少し前の話なんて思い出してても仕方なかったね、今は穂波だ。

 随分急な話で穂波に予定無い前提で言ってくれてるけど……残念だったねアンタ達。悪いけど穂波は先約あるみたいだよ? 

 だからさっさと諦めて——

 

 

「……うん、いいよ。今日の放課後暇だったから、私も行くね」

 

 

 ——は?

 私は、穂波のその言葉に自分の耳を疑った。

 あれ……? なんで? 穂波、一歌に先に約束してる人が居るって言ってたんじゃなかったの? まさか……嘘? え? 穂波に限ってそんな事無いよね? え……どうして?

 だけど穂波のその言葉は聞き間違えじゃなくて、目の前では会話が続行される。

 

「やったー、じゃあ決定ね? 放課後はシブヤ駅前のカラオケ店集合で!」

「アタシ、カラオケとか地味に久々だから超楽しみ~! ね、穂波は歌自信ある感じ?」

「え、わたしは……あんまり自信ないから、みんなの歌聞いてようかなって……」

「え~! ダメだってそんなの、やっぱりみんなで行くんだからさ、一曲ぐらい歌わないとノリ悪いよ~?」

「あ……じゃあ、簡単なのでよかったらわたしも歌おうかな……?」

「そーそー! というか、穂波別に音痴じゃないじゃん。どうして自信ないの? イケるって~! というか、廊下で話してるのもアレだし教室戻ろ?」

「あはは……あんまりわたし、カラオケとかそんなの行った事なかったから……うん」

 

 そんな会話をしながらクラスメイトと一緒に去っていく穂波の後ろ姿を、私は自分でも信じられない程に冷えた心情で見送り、口から悪態にも似た言葉を吐いてしまう。

 

「……ダサ」

 

 ——そっか、穂波は“そっち側”の人間になっちゃったんだね? 私達よりも“みんな”と一緒に慣れ合う事を選んじゃったんだ。

どおりで穂波に対する一歌の反応がおかしいって思った。あんな感じで、ずっと一歌の事を避けてるんだね?

 まぁ、私も人の事言えないからそこに関してはとやかく言うつもりは無いよ?

 でも……幻滅(げんめつ)したよ穂波。心の底から幻滅した。

 アンタだけはそんな事する子じゃないって思ってたのに……どうしようもない私の代わりに、一歌や咲希とずっと一緒に居てくれる子だって、そう思ってたのに。

 

 ——わかったよ。穂波がそのつもりなら私、もう何も言わない。

 だから好きにしたら? 私も……好きにやらせてもらうから。もし後で自分も司さんの事が好きだったなんて言ってきても、もう知らない。

 はぁ……まったく、変に騎士道精神なんて出そうとした私が馬鹿みたいだ。

 いいよ、穂波は私達の事なんて忘れてクラスのみんなと宜しくやってれば? 一歌や咲希の傍には、アンタの代わりに私がずっといるから。というか、是非そうしてよ……その方が私も色々好都合だから。

 そんな事を思いながら私はその場から踵を返して首だけで振り返り、クラスの子達と一緒に去っていく穂波の後ろ姿を見据えながら、別れの言葉を吐き捨てる。

 

 

「——アンタに、司さんは相応(ふさわ)しくないよ」

 

 

 まぁ結局、今でも穂波が司さんの事が好きかどうかなんて分からなかったんだけど。

 でもいいや、もう……どうでもいい。

 

 そう思いながら私は、そっと教室に戻った。

 

 

 

 

 

 

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