神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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19話 受験会場の縁

 

 

 

 遂に始まった受験本番。

 それは、私の今までの努力の全部を試す時でもあった。

 

「……よしっ、こういう系統の問題だったら何度もやってる。大丈夫」

 

 そしてその試験の経過は、ついそんな言葉を小さく呟いてしまうぐらいに、私は順調そのものだった。

 それもこれも、司さんからもらった大量の参考書を全部やりきって、フレイアさんに苦手な国語の文章題の解き方のコツを教わったお陰かもしれない。

 勿論それでも分からない問題はあるけども、それは解けないなら解けないと割り切って飛ばして時間のロスをなくし、その分の時間を他の問題を解くのに使う。

 そんな入試でやるべき基本の戦い方を問題なくこなせるぐらいに、私は落ち着いた状態でテスト本番を戦えていた。

 

 だけど、私にとっての一番の問題は、一科目が終了する毎の休み時間で、徐々に顕著に表れ始めていた。

 

「……ねぇ、見てよあの子の制服」

「あ……もしかしてあのセーラ服のデザインは、宮女(ミヤジョ)の子? え? 似てる制服じゃなくて? あそこって中高一貫の有名女子校でしょ? なんでこんな所にそんな箱入りのお嬢様が来てるの?」

「うわぁ……俺、宮女の子初めて見たけど、あそこの女子全員レベル高いって話マジだったんだ。可愛い……なぁ、ちょっとさ、話しかけに行かね?」

「馬鹿かよ、今受験本番だって忘れたか? 余裕かお前? あの子だって迷惑に決まってるだろ。まぁ……すっげぇ可愛いのは分かるけど」

「ねぇ、私わかんないんだけど、なんであの子がこの学校受けに来てるの?」

「ひょっとしてさ、向こうで何か問題起こして、学校に居られなくなったとか……?」

「えっ、こわ~い何ソレ……! あの子、ああ見えて危ない子なの?」

 

 ……ああ、すっごく今私、針のむしろって感じする。

 遠巻きにチラチラと見られながら、教室のあちこちで聞こえてくるそんな話。

 入試の科目が終わる毎に私の存在が知れ渡っていったのか、徐々に大きくなる話し声に、私は否応なしに教室内で悪目立ちしてしまっている現状を感じ、居心地の悪さを覚えた。

 ああ……もう、どうして私の事を放っておいてくれないんだろ。みんな本番なのに、どうして他人を気にする事が出来るの? 余裕? この試験に本気なのは私だけ? まぁ……そりゃ、こうなる事を予想しないで対策をしてこなかった私も悪いけど、それでも流石にこんな、まるで動物園のパンダみたいな扱いは気分が悪くなる。

 

 ……気にするな、気にするな私。周囲の雑音なんか消し飛ばせ。

 学校でもいつも私はそうやってるじゃん。他人が私にどんな評価をして、何を言おうと私は何も知らないし関係もない。今日の入試に真剣になれないような、そんないい加減な人達の言葉になんて耳を貸すな、冷静になれ。

 だって私は誰よりも真剣に、この学校に入りたい理由があるんだから。

 

 

『待っているぞ志歩! 頑張れ! お前の受験をオレは応援しているからな!』

 

 

 そんな一心で、私は頭の中で司さんがくれた応援の言葉を思い出しながら、ポケットの中の合格祈願のお守りをギュッと握りしめると、それだけで気分が少し和らいだような気がした。

 

 ありがとうございます司さん。

 私、頑張ります。

 そんな想いで私は気分を新たにし、周囲の声もシャットアウトしながら次の英語の単語帳を開いて、英単語の再確認をしようとした。

 するとその時、視界の端でチラリと私を見つめる目線があるのに気づいて、思わず私は顔を上げる。

 それは最前列の外の窓際の席で、さっきまで寝ていたにも関わらず、いつの間にか起きて私をジッと見つめている、薄い桃色髪を三つ編みにした男の人——暁山(あきやま)さんの視線だった。

 その視線には、教室のあちこちから私を見つめる好奇の視線とは種類が全く違う、別モノで異質な感情が(こも)っていた。

 

 それは、“同情”。

 

 私はそんな視線を、どうして暁山さんから送られないといけないのか分からなくて見つめ返してしまうと、暁山さんはその瞬間に再び顔を伏せてしまった。

 一体なんなんだろう、あの男の人。

 そう思いながら私は問題集に視線を落とし、自分の事に集中する。そしたらもう、何も気にならなくなった。

 

 ——そしてそれから数時間後、試験時間の終了を告げるチャイム音が、私の受験勉強の日々の終わりを告げた。

 

 私の実感としては、順調に自分の実力を発揮できたと思うし、これならきっと合格しているだろうと安心できるものだった。

 いや……やっぱり訂正する。まだ分からないかもしれない。

 だって、英語の文章題で思いっきり翻訳ミスをしていたら、小問全部が大惨事だし、その上に理科では思いっきり苦手な分野が出題された。『もしも』なんて考えだしたらキリがない。

 でも例え、どんな結果になったって後悔の無いような、そんな今の自分の実力そのものをテストにぶつける事が出来たという実感だけがあった。

 

 でも今は、そんな私の晴れ渡る快晴のような達成感に、まるで影を差す雲のような話し声の騒めきが教室内のあちこちで広がり続けていて、手が付けられない状態にまでなっていた。

 

 

「私、昼休憩に聞いた話が気になって来ちゃったんだけど……その“例の子”ってどこに居るの?」

「……ほら、あそこだよ。教室の真ん中あたりに居る、銀髪のミディアムヘアの子」

「うわ……ホントに居る。なんで宮女の良いトコのお嬢様が、こんな下々の民が通う一般の新設校なんて受けに来てるんだろ。確かさ、向こうの高等部と此処(ここ)って、偏差値5ぐらい差があったはずだよ? 勿論向こうの方が上。なのに何で? マジでミステリーだわ……」

「私よく知らないけど、聞いた話だとさぁ、なんでもあの子向こうで大きな暴力事件起こしたらしいよ~?」

「えぇ~嘘!? 怖―い! なんな可愛い見た目してるのに、意外と二面性あるタイプ子なのあの子って……!?」

 

「なぁなぁ、オレなんであの子がココ受けに来たのか分かっちまったわ。あの子実は有名な社長令嬢でさ! 家柄の所為で望まない結婚を迫られて、それでもせめて結婚する相手は自分で好きになった相手が良いって、そんな運命の出会いを求めて両親の反対を押し切って、女子高から共学校にやって来た悲劇のヒロインなんだって!」

「——ハイ、童貞の妄想劇場乙。家帰って小説書いてろ。あの子がここに来た理由なんてさ、どうせ普通に男漁りに来ただけだろ。女なんて所詮、家柄関係なくそんなモン。あの子だってああ見えて、裏じゃ色んな男とっかえひっかえして遊んでる女に決まってるって」

「え、マジ!? じゃあ、お願いしたらオレでも仲良くなれちゃう感じですか!? 俺でもチャンスある感じですか!?」

「さぁ? 分かんねぇけど話しかけてみたら? お前でもワンチャンあるんじゃね?」

「よっしゃ! じゃあオレ頑張っちゃおうかなぁ~!」

 

「ねぇ、見てあの子。さっきからずっと不満そうな顔しちゃってるけど……もしかして私達の事、下に見てるんじゃないの?」

「あ~、ありそ~。女子校の子って皆そういうお高い人みたいなイメージあるよね~? アタシ等の事なんて見下してそうだし……なんでここに来ようと思ったのか知らないけど、アタシああいう子と仲良くなれそうにないかも」

「ちょっと、声大きいよ? 聞こえたらどうするの?」

「知らないっての、どうせ向こうもどうでも良いって思ってるでしょ」

 

 

 ——妄想、捏造、決めつけ。

 どうして人って、事実かどうかも分からない他人の話で、こうも好き勝手に言い放題して好奇の目で見る事が出来るんだろ。

 結局……どこに行っても、人は群れるとこんなに下らない人達ばっかりなのかな。

 やっぱり私は……“みんな”なんて、大嫌い。

 

 そんな思いで私はわざと、ガタンッと大きめの音を立てて席から立ち上がり、耳から聞こえてくる雑音を心の中で全部無視して帰り支度をし、急いでコートを羽織って教室から逃げるように早足で歩いて飛び出した。

 

 環境さえ変われば、私は上手くやれるんだって特別期待してた訳じゃない。

 でも……それでも、こんな私でも、ちょっとぐらいは変わるって——変われるんだって、そう思ってた。

 でも、それも所詮は都合の良い話だった。

 

 まぁ、いいよ。もう別に良い。最初から私は、この学校に“居場所”を求めに来たんじゃない。

 結局本当の意味で私の事を理解してくれようとしたのは、一部の人達だけ。じゃあもう私はそれでいい。私の人生にはその人達だけいれば他に誰も要らないし、構う事なんて何一つもない。

 だって別の学校に行けば、これから私は一歌達に対して心の負い目もなく、普通に一緒に居られるんだから。

 もう二度と、私の所為でみんなに迷惑がかかるなんて事はない。

 

 それに私は、司さんの傍に居られる。

 

 思い出せ、私。元々本当の目的なんてそれが第一だったじゃん。

 だから例え、この高校に合格できたとして、クラスでの私の扱いが今まで通りだったとしても、私はそれでいい。

 “みんな”からどう思われようと、私はどうでも良い。

 私には一歌達と、司さんさえ居ればそれだけで良い。それ以外の存在なんて、誰も要らない。

 もう、親しい人なんてこれ以上誰も作らない。私はクラスで一人でも生きていく。学校での味方なんて、これからは司さん以外誰も要らない。

 

 ——それが分かってるのにどうして、私はこんなにも胸が痛くなるんだろう?

 

 そんな思いでジクジクと痛む胸を抑えながら、私が校門から出た時だった。

 駆け足で背後から近づいて来る足音が聞こえてきたかと思えば、私は肩を強く掴まれて引き留められる。

 

「ちょっとキミさ、オレと同じ教室で試験受けてた子だよね? じゃあ同じ神高進学志望生じゃん! これも折角の縁だからさ、ちょっと話しとかしようよ」

 

 私を掴んで引き留めてきたのは、教室で私の事を色々言ってた奴らの内の一人だった。

 ソイツはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべ、振りほどこうとする私に構わず肩を掴み続け、私の事を不躾(ぶしつけ)な目線で見つめながら言う。

 

「それに、やっと受験終わったんだしさぁ、記念にパァ~っと何処か遊びに行こうって気にならね? だったらオレと一緒に行こうよ、ご飯とか全然オゴるよ?」

「——っ!? は、離してください!」

 

 私は当然そう言って抵抗した。だけど、その男は私が嫌がっているのに全く意にも介していないようだった。

 

「……あれっ、どしたの機嫌悪い? もしかして試験の出来悪かった感じ? じゃあ、お疲れ様会じゃなくて残念会って事にしとくか! 大丈夫だって、ちょっと失敗したぐらいで落ち込まないでさぁ、オレでも良かったら話聞くよ?」

「そういうの要らないです! 私、本当に急いでるんで……!」

「まぁまぁ、そう言わずにさぁ~」

 

 しかし、私がそう言って必死に抵抗しても、その男の人は手の力を緩めてくれる気配が無かった。

 本当にしつこい……! なんなのこの人!? 話を聞くって言ってるクセに、全然私の話を聞いてくれない! 絶対に適当言ってるだけでしょ!

 こんな最悪な奴の言う事なんて、絶対に聞きたくない! ——っ、でも、さっきから全力で抵抗してるのに、力がとっても強くて振りほどけない……!

 これが……男の人の力なの?

 こ、怖い——けど、私は……!

 

 

『……フ、流石だな志歩、それでこそオレが認めた友だ。お前のような人間ならばきっと必ず、いつか欲したものを全て手に入れる事が出来るだろう!』

 

 

 司さん……私を信頼してくれるあなたの為に、そんな貴方の隣に立てるような強い人間になる為に……私は絶対にこんな事ぐらいで、自分の意志を曲げて誰かに従うような、そんな弱い女になんかなりたくない!

 そんな一心で私はソイツを睨みつけると、男の人は眉をひそめて怪訝な顔になった。

 

「——え? なに? 何でそんな親の仇みたいな目でオレを見てんの? オレなんかそんな悪い事言ってる? 何だよ、気分悪いんだけど。ちょっとさ——」

 

 男が文句ありげにそう言って、私の肩を掴む手に更に力を込めた瞬間だった。

 背後から、ほぼ同時に二人分の声が聞こえた。

 

 

「……あの、やめて貰っていいかな? その子、ボクと約束してるんだけど」

日野森(ひのもり)さん! こんな所にいたんだ、待ち合わせ場所に居ないから私探しちゃったよ~!」

 

 

 そんな、思いもしなかった他人からの言葉に、私は思わず後ろを振り返る。

 するとそこには、今朝私がほんの少しだけ会話を交わしただけの関係だった筈の、暁山さんと白石(しらいし)さんが居た。

 

 ——え? もしかして、二人で一緒に協力して私を助けようとしてくれてるの? そんな……どうして?

 

「「——!?」」

 

 しかし、協力しているにしてはおかしな事に、暁山さんと白石さんはそこで初めてお互いの事に気付いたような、そんな驚いた目でお互いに視線を送り合う。

 でも、二人はそんな視線で互いを見つめ合ったのは一瞬で、暁山さんと白石さんはお互いにコクリと頷き合って、二人してまるでその場で阿吽(あうん)の呼吸で通じ合ったように、私の肩を掴む男に厳しい視線を向けて言う。

 

「ところで……あなた誰? 悪いけど私達これから約束あるから、日野森さんにこれ以上ヘンな事するのやめてもらっていい?」

「そうだよ、ボク達これから集まって遊ぶ約束してるから。正直君の誘いに乗ってる暇、ないんだよね。だから……さっさと帰ってもらっていいかな?」

 

 そのまま二人は男の人を睨みつけると、その人はガッカリしたようにため息を吐く。

 

「はぁ……なんか()えたわ、これじゃオレが悪者みたいじゃねぇか。可愛い子と仲良くなりたかっただけなのにさぁ……もういいよ、じゃあ勝手にどっか行ってろっての——ったく、あのヤロー適当言いやがったな……」

 

 そのままブツブツ文句を言いながらその場を去っていく男の人の後ろ姿を十分に見送った後で、暁山さんと白石さんはフゥと小さく安堵のため息を吐く。

 

「……行ったみたいだね」

「あっさり引き下がってくれて良かったぁ……日野森さん、大丈夫だった? あの人に何かされてない?」

 

 そこでようやく、驚いてばかりで何も言えていない事に気付いた私は、慌てて口を開く。

 

「あのっ、その……助けてくれてありがとうございます。でも、どうしてここに?」

「いや、日野森さんに何も無くて本当に良かったっていうか——ってやっぱり、その調子じゃ聞こえてなかったっぽいね」

「……何がですか?」

 

 何のことか分からず問い返してしまう私に、白石さんは苦笑しながら言う。

 

「私さ、実は日野森さんに教室で声かけてたんだよ? あなたのお陰で落ち着いて今日の試験受けれたから、そのお礼が言いたくって。でも日野森さんさっさと行っちゃうんだもん。だから私、後から追いかけちゃってさ」

「え? そうだったんですか? ゴメンなさい……私、全然聞いていませんでした」

 

 白石さんを無視してしまっていた事実に、私はすぐに頭を下げて謝罪する。

 信じられない。初対面で教室でちょっと話しただけの私の事を、わざわざ追いかけるまで心配してくれてたなんて……この白石さんって人は、どれだけお人好しな人なんだろう。

 私がそう思って頭を下げていると、ポツリと冷めた声がした。

 

「……無理もないでしょ。あんな場所、耳も塞いですぐに出たくなるだろうしね……君は悪くないよ」

 

 それは、どこか憂いを帯びたような眼差しで私の事を見る暁山さんだった。

 ——また、その目だ。

 どうしてこの人はずっと、私をそこまで気にかけてくれるんだろう? どうして、私に対してそこまで同情してくれるんだろう?

 その理由がどうしても私には分からなかった。

 でも、理由はどうあれ助けてくれたのは事実。それに、これで朝の受験票の件と合わせて助けられたのは二度目。

 ならちゃんと、お礼を言わなきゃ。

 

「その……貴方もありがとうございます。お陰で助かりました」

 

 私がそう言うと、途端に彼はフイッと顔を背けてしまう。

 

「……別に、お礼はいいよ。ボクは元々今日は、試験だけ受けて速攻で帰ろうと思ってたから。そしたら帰り道に偶然に君の事を見つけて……なんだか、放っておけなくてさ。それだけ」

 

 そんなどこまでも冷めた反応の暁山さんに、白石さんは笑顔で声をかける。

 

「そうだ! 君もさっきは私の話に合わせてくれてありがと! お陰で助かっちゃった」

「いや……君みたいな子が居たならボクは要らなかったよ。余計なお世話したね」

「ううん、そんな事ないよ! だってアイツ、女の子二人だったらまだ絡んできそうな雰囲気あったし、君みたいな男の子も居てくれたからあっさり何処か行ったんだと思うしさ」

「……“男の子”……か。ボク、よく女の子っぽい顔してるねって言われるけど? 男だって普通に分かるんだ?」

「あれ、もしかして女の子っぽい顔を気にしてた? だったらごめんね? 大丈夫だって、確かに君カワイイ顔してるけど、行動は最高にイケメンだったよ? だって普通は絡まれてる女の子助けようって思えないもん。今の君ならバッチリその男モノの制服ブレザー似合ってるよ! うん!」

「……あっそ、でもそれを言うなら君も女の子だけどイケメンって事になるけどね」

「あ、バレちゃった? でも私イケメン系女子目指してるから、全然問題なし! だから改めて言うけど、本当にありがと! ——というか、むしろ私が、君がこの子のヒーローになるの邪魔しちゃった感じかな~?」

 

 悪戯っぽく笑いながら言う白石さんに暁山さんは冷たく、どうでも良さそうに返す。

 

「……ヒーローとか、そんなのボク興味ないよ。その子の事が放っておけなかっただけだって、そう言ってるじゃん」

「あははっ、そんな事言っちゃって~。でも何回も言うけどさっきの君、とってもカッコよかったよ? 本当にありがと!」

「はぁ……違うって言ってるのに、君は随分お気楽な人だね。じゃあ勝手に言ってなよ」

「うん、そうするね!」

 

 そんな親しげに会話をする二人を見て、私は思わず尋ねてしまう。

 

「あの……もしかして、二人は元から知り合いだったんですか?」

 

 私の問いに、二人はキョトンとした顔でお互いに視線を交わした後で言う。

 

「ううん? 私この人のこと全っ然知らないよ? けど、さっきの教室で一緒に試験受けてた人だって事は覚えてる。だって、男の子であなたみたいに長い髪を三つ編みしてる人って、あんまりいないからさ」

「……悪いけどボクは、君の事全然覚えてない」

「あはは! いや、それは当然でしょ。君は前の方の席だったし、後ろの席の人なんてあんまり見ないよね~」

 

 二人が知り合いじゃないっていう事実に、私は思わず口を半開きにして驚いてしまう。

 だって……そうでしょ?

 今出会ったばかりって事は、さっき私を助けてくれようと声かけてくれた時に、出会い頭の事故みたいな言葉の被り方をしたのに、そこから一瞬で互いの存在を把握して、その上で話を合わせたんだから。

 

 この二人、初対面で息がピッタリ過ぎる。

 

 多分二人して、人としての波長が合うんだろうな。クラスでもよく見る、性格のタイプが全然違うけど何故か仲が良い二人組の典型例。

 だったら、白石さんだけじゃなくてこの、一見冷たい人みたいに見える暁山さんも——やっぱり、根はいい人なんだ。

 

「——あ、そうだ! これも多分何かの縁だし、君の名前も教えてよ。だって私達、これから同じ学校に通う仲間なんだしさ! 仲良くしようよ!」

 

 そう言って白石さんは、暁山さんに人の良い笑顔を向ける。

 でも暁山さんは、それに冷めた目で応じた。

 

「別に……要らないでしょ、そんなの。まだ一緒の学校に通うって決まった訳じゃないんだしさ、そんな事ボクに聞く余裕があるって、君はさっきの試験余裕だったの?」

「うっ……そ、そういう事言うのよくないんじゃないかな……!?」

 

 瞬間、痛い所を突かれたように自分の胸を押さえる白石さん。

 あ……落ち着いて試験を受けれたけど、それでもそこまで試験の出来に自信がある訳じゃなかったんだね。……大丈夫かな?

 でも白石さんは、自身の不安を振り払うように頭を振った。

 

「——ううん! 大丈夫! だって最後の理科は私結構自信あるから! 絶対に受かってる筈だから! だって、電流の問題とかバネ定数とか、そんな難しい計算問題が殆ど無くて、植物とか動物の問題とか、そういうのがメインだったじゃん! 訳わかんない計算さえしなかったら私自信あるもん!」

「へぇ、じゃあ動物の種類を分類しろって簡単な問題あったけど、勿論余裕で全部出来たんだ?」

 

 暁山さんがそう言うと、白石さんはムキになったようにカバンから試験の問題用紙を取り出しながら答える。

 

「あったりまえじゃん! むしろ一番自信あるし! ええっと……哺乳類はヒト、ウシ、イヌの3つでしょ? で、魚類は……ヒラメ、エイ、タツノオトシゴ、イルカ、ウミガメの5つで——」

 

 あ、それ……! 私も同じ回答してる。良かった……同じ答えの人が居るって、何だか安心する。

 これなら私も絶対受かって——

 

「ハイ、残念。さっきサラッと仲間外れにしたイルカも哺乳類でーす、しかもウミガメに至っては爬虫類。多分君さ、そこの大問全部間違ってるよ?」

「「——えっ!?」」

 

 暁山さんの衝撃的な事実に、私は白石さんと声を揃えて驚きの声を上げてしまう。

 嘘……え? 私、間違ってる? 海で過ごしてるから全部魚類じゃ……って、あ~……今冷静に考えたら、少なくともイルカは哺乳類だったっけ、一度覚えてた筈なのに抜けてた。なら私のケアレスミスだ。あぁ……悔しい!

 そんな後悔をしていると、白石さんが仲間に助けを求めるような目で私を見る。

 

「——日野森さん! そうだよね!? 間違ってるのはあの人の方だよね!? 私、間違ってないよね!?」

「……すみません白石さん。やっぱり、少なくともイルカは哺乳類だった気がします」

「そんなぁ……!?」

「いや……まさか、二人共そんな反応するとは思わなかったけど。ウミガメも立派な爬虫類だよ。身体がウロコに覆われてるし、卵も殻つきだから。まぁ、そこのところ勘違いしちゃう人って結構多いらしいけどね」

「あぁぁ……! そうかぁぁぁ……! 私やっちゃったぁ……!」

 

 白石さんはあまりにショックだったみたいで、真っ青になりながらその場に蹲って、頭を抱えながら大声を上げる。

 

「え? え? じゃあ私……唯一の自信があった理科でも、駄目な可能性出て来たってことっ? 嘘、そんなぁ……! もうダメだ、お終いだぁ……!」

「ちょっと……落ち着いてください白石さん、まだそう決まった訳じゃないですから」

「日野森さぁん……! もう私駄目かもしれないぃ~! 一緒に合格しようって約束、守れなくてごめんねぇ……!」

「まだ諦めちゃダメですって……! そこが駄目でも、他の部分は正解してるかもしれないじゃないですか」

「あああぁぁ~~! せっかくさっきまで受験終わった~! って感じで気分良かったのにぃ! 本当に落ちてたらどうしよう~~!!」

 

 そんな大騒ぎをする白石さんを見て暁山さんは呆れたようにため息を一つ吐き、その場から(きびす)を返す。

 

「はぁ……ご愁傷様。じゃあね二人共、もう会う事は無いだろうけどボクはこれで帰るね、バイバイ」

「——ちょっと待ってよ君」

「……えっ!? ちょ、何さ急に!?」

 

 しかし、そう言って去ろうとする暁山さんの肩を、白石さんは必死の形相で掴んで止めた。

 そして暁山さんを睨みつけ、その目に薄っすらと涙すら浮かべながら、有無を言わせぬ気迫をその言葉に込めて白石さんは言う。

 

「君さ……私の気持ちを……こんなに滅茶苦茶にした責任とってよ……!」

「——はいっ? ちょ、ちょっと、何言ってるの君!?」

 

 白石さんがそう言うと、もしこの場を何も知らない通りすがりの人が見たら、涙目の女子中学生が、男子に縋りついて『責任取って』と叫ぶ構図が完成してしまった事実に、暁山さんは勿論、私も驚いて目を白黒させてしまう。

 白石さん……相当切羽詰まってそう。試験前も大分パニックになってたし、多分ふざけてるんじゃなくて、真剣に言ってるんだろうな。

 そんな私の仮定を証明するように、白石さんは涙目で暁山さんに迫る。

 

「何って……当然でしょ!? 君がそんな事言わなかったら、私は帰ったら試験の事なんか忘れて、晴れやかな気持ちで歌の練習してたんだよ!? それがたった今、君の所為で台無しになったの! だから責任とってよ! 私をこんなにした責任取ってよぉ……!」

「——いや、言ってる事意味わかんないから! 君が何やってるのか知らないけど、歌とか勝手に練習してなよ! そもそも責任って言ったってボク、君にどう取ればいいって言うの!?」

 

 白石さんの強引な押しに、暁山さんはついにさっきまでのクールな性格(キャラ)を脱ぎ捨ててしまいながら、大きな声で反論する。

 そんな言葉に、白石さんはズイッと暁山さんの眼前に顔を寄せて言う。

 

「——さっきの試験の自己採点、付き合ってよ。さっきみたいな感じでさ。私にそんな事言えるんだから君、絶対頭良いでしょ? だったら私が何点かすぐに分かるよね?」

「えっ? いや自己採点って……多分明日か明後日とかにネットで今日の試験の解答速報上がってるって。それに点数分かったからって、それで君が合格になる訳じゃないんだし、寧ろ結果によっては逆効果じゃないの?」

 

 そんな暁山さんのもっともな指摘に、白石さんは首を横に振った。

 

「そんなのもう待てない! 私、受かってるか受かってないかでドキドキするこの時間が一番嫌なの! 良いなら良い、駄目なら駄目でハッキリさせて切り替えて前に進みたいの! だから早く自分の点数を知りたいの!」

「いやでも、だからって……流石にボクが全問正解してる訳ないし、二人分の解答突き合わせただけじゃ、教え合っても正確な解答なんて出ないでしょ? 二人で自己採点なんてやっても意味ないって」

「うっ、そ、それは、その……」

 

 そう言い、白石さんは困ったように視線をさ迷わせた後でスマホを取り出す。しかし、その表情は芳しくなく、今呼び出せる心当たりは見つからないと言った様子だった。

 それって……どうしよう。私なら今、白石さんの助けになれるかもしれない。

 二人の分に私の解答も合わせれば、それなりに正確な答えが出せるはず。

でも……もう誰とも深く関わらないって、私はそう決めた筈なのに。

 どうしてだろう。

 どうして、こんなにも私は——

 

「あの……でしたら、私も協力しましょうか? その……助けて頂きましたから、そのお礼もしたいですし。試験の出来は……私、多分悪くはないと思いますので」

 

 ——『この人達ならもしかしたら』って、そう思ってしまうんだろう。

 自分以外の他人の事なんてもう諦めたはずなのに、どうして私はまだ、こんな期待を持ってしまうんだろう?

 この気持ちの、答えが知りたい。

 私の中のそんな衝動が、白石さんを助けようと決めた原動力だった。

 白石さんは私の申し出に目を輝かせる。

 

「え、嘘、ホントに? やったぁ! 日野森さん、ありがと~!!」

「え、ええっ……!? 本当に? ボク、君はそんな事言いそうにないタイプの子だと思ってたんだけど……?」

「フフン、これで文句ないよね? じゃ、時間遅くならない内に近くのファミレスとかに移動しよ? もし手ごろな所なかったら最悪、私の家が喫茶店やってるからそこでもいいし。あ~、でも今の時間ちょっと混んでそうだから、出来るなら避けたいけど……とにかく早く行こ!」

「え、えぇ……ホントに言ってる? でもなぁ……」

 

 そんな難色を示す暁山さんに、私は言う。

 

「その……暁山さん、ですよね?」

「えっ、どうしてボクの名前……!?」

「すいません、入試の受付で名前を言ってるのが聞こえてしまいまして。それに……これで私の事を助けてくれたのは、朝の受験票の件と合わせて二度目ですよね? ですから……少し変な経緯になってしまいましたけど、この機会にお礼として、是非何かご馳走させてください」

 

 私がそう言って頭を下げると、暁山さんは困ったように頬を掻いた。

 

「あ~、朝の事覚えてたんだ。忘れててくれていいのに、困ったなぁ……」

 

 暁山さんはそう小さくボヤくと、その後で観念したようにため息を吐く。

 

「はぁ、分かったよ……ボクも付き合う。でも代わりに、フライドポテト奢ってよ? それで、ボクと君との間の面倒な貸し借りは全部無しだから。オッケー?」

「……! はい、ありがとうございます」

 

 ——やっぱり、この人は優しい人だ。

 私はそんな確信をして、暁山さんに小さく笑みを浮かべてしまう。

 そんな私に笑顔の白石さんが話しかける。

 

「よっし、説得してくれてありがと日野森さん! じゃ、早速手ごろなお店探そっか!」

「ええ、そうですね。急がないと時間も遅くなってしまいそうですし……」

「ちょっと待って、私この辺りで店探すね? まぁ、私の家の迷惑考えなかったら最悪一件は場所はあるし……」

 

 そう言って白石さんは、手早くスマホを取り出して検索をかける様子を見せる。

 しかし暁山さんは、場所の話し合いをする私達から背を向け、歩き出しながら言う。

 

「はぁ……特に決まってないんだったらさ、この辺りにボクがよく行ってるファミレスあるから、そこにしようよ。この時間だったらまだ席も空いてるだろうし」

 

 そんな暁山さんの自発的な発案に、白石さんは少し驚いたように言う。

 

「え、ちょっと、どうしたの君? 急になんだか乗り気じゃん」

「別に……乗り気とかそんなのじゃないよ。ボクはただ、さっさと終わらせて早く家に帰りたいだけ。——ほら、どうしたの? ついて来なよ、置いてくよ?」

「おっと、ちょっと待ってよ~。じゃあそういう事らしいしさ、行こ、日野森さん?」

「あっ、はい分かりました」

 

 そう言って私は、スタスタと歩き始める暁山さんの後ろ姿を急ぎ足で追った。

 その時私は唐突に、暁山さんがため息交じりに小さく呟いた言葉を耳にしてしまう。

 

「あーあ、どうしてこんな事に……今日だけは、誰とも関わりたくなかったのに」

 

 ……? 暁山さんは一体、何を言ってるんだろう? 今日だけは誰とも関わりたくないって……どうして?

 

 そんな暁山さんに対する疑問を私は抱えながら、暁山さんの後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

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