次の日の放課後。
今日はライブハウスも開いていない日だから、私は何もすることがなく手持ち無沙汰で、ベースの練習場所を求めて無意識に学校の屋上に向かっていた。
いつも私が見学させてもらっているライブハウスは、他のライブハウスに比べて若手の新人グループを集めたライブやガールズバンドメインのイベントを主催する事が多く、そこの店長さんと仲の良い私は、今は中学生だから駄目だけど高校に上がったらアルバイトとしてそこで働かせてもらう約束をしている。
アルバイトで働くという事は、他のバンドのベースに欠員が出たら店長の口利きでヘルプのベーシストとして一時的に舞台で演奏させてもらえる事を意味する。
それが、特定のバンドグループに所属しない私が、舞台でベーシストとして経験を積める唯一の機会だと思っていた。
だから私は、こんなくだらない中学校生活なんて終わって高校生になってしまいたかった。
と、そんな事を考えながら屋上の扉を開いたら、そこには一歌達よりも顔を合わせたくない人達が、その内の二人がそこに居た。
二人はギター等の楽器をその場に準備しながら、私の姿を見た瞬間に揃って何とも言えない気まずい表情をする。
「あ~……日野森さん?」
「その、何か私達に用だったりする?」
「いえ、別に……今日はここで練習するんですか?」
「あ、あぁ……うん、いつも使ってる教室が今日は使えなくってさ。でも文化祭も近いから練習サボる訳にもいかなくって、空いてる場所がここしかなかったから今日はここでバンド練習しよって感じで……ね?」
「そ……そう、そんな感じ」
——嘘つき、どうせロクに練習もしないくせに。
しどろもどろになりながらそう言葉を返す二人を見ながら、私は内心で毒づいた。それと同時に、私の中で思い出したくもない少し前の記憶がフラッシュバックする。
事は、学校の廊下を歩いていたら三年生の先輩に話しかけられた事から始まった。
『私達つい最近軽音部を立ち上げたんだ。文化祭でバンド演奏したくって』
『でも、入るはずだったベースの子が都合悪くなっちゃって。そしたら噂で日野森さんが弾けるって聞いたんだよね。どう? 良かったら私達と一緒にやってみない?』
その先輩の誘いに、クラスのみんなと上手く折り合いを付けられていなかった自分は、ひょっとしたら自分の好きな音楽でなら、誰かと上手くやれるのかもしれないという一縷の期待を抱いて乗った。
でも、結局私はそこでも同じ事を繰り返した。
『実際上手いからあの子の前じゃ何も言えないけどさぁ……日野森さんって、結構面倒くさくない?』
『ね。いつも今のところ上手くいってないからもう一回やりましょうとかうるさいし、休憩してる場合じゃないですとか、こんなんじゃ文化祭までにいい演奏に出来ないとかピリピリしてるし。お前は運動部の顧問かっての』
『まぁ真面目なんだろうけどねぇ……こっちはプロになりたいんじゃなくて、文化祭で思い出作りたいだけだからな~』
私が居ない間に先輩達がそんな話をしているのを偶然聞き、私は堪えきれずその場に踏み込んで、音楽に対する姿勢はそんな程度の思いだったのかと文句を言った。
そして、予想通りの結末を迎えた。
『……あーあ、こんな空気になるなら誘うんじゃなかった。元々こっちはベースが弾けるなら誰でも良かったし、不満があるなら出て行ってよ』
『ちょ、それは言い過ぎ。でも、日野森さんと私達って多分合わないっていうか……このまま続けててもお互いの為にならないっていうか……』
『ええっと……そ、そうだね。日野森さんも忙しそうだし……』
そこから先はいつも通り。
クラスでの扱いと同じように、私もバンドメンバーからも弾かれてしまった。以上が、私の人生において特に珍しくもない、いつも通りの顛末。
結局私の居場所なんて、日常生活にも音楽の中にもなかったんだと、そう悟るには十分すぎる結末だった。
そんな奴らが今、私が高木さんと出会った思い出の場所を占拠して、特に熱の入っていないようなロクでもない音楽の練習の場にしている。
当然屋上は一般の生徒にも開放されていて、私にそれを止める権利など何も無いのだけれど、それでも何とも言えないやるせない気持ちになってしまう。
今目の前に居る二人は、あの時私の排除には消極的な方だったけど、それでも私にとっては同罪に変わりはなかった。
だから私はそんな二人に背を向け、これだけ言う。
「すいません、邪魔しました」
その瞬間、明らかに背後の二人からホッとした空気が流れるのを感じた。
——本当にダサい。
自分達の方から私を追い出した癖に、どうして堂々としていないんだろう。
まるで私の方が悪者のような扱いで、自分達はまるで何もしていない被害者で善人のようなフリをしている。いや、フリをしている自覚すらないのかもしれない。
まぁ……そうだよね、どうせ私はひとりぼっち。この学校ではひとりぼっちは基本的に悪人扱い、この人達のように自分の意見もハッキリ言わずに馴れ合って、群れを作ってるボーっとした奴らが大手を振れる大正義。
そんなもの、クソくらえだ。
そう思いながら屋上を後にしようとすると、目の前で唐突に屋上の扉が開かれる。
「ふ~ドラム重かった、みんなお待たせ! ——って、何よあんた、ベースなんか持っちゃって。まさか、今更もう一回やり直そうって言いに来たんじゃないよね?」
そして入ってきた人物は待たせた仲間に向ける為の笑顔で第一声を放った後、私の姿を見つけて明らかに不機嫌そうな顔になる。
それは、私に一番初めに一緒にバンドをやろうと声をかけて、そして最後は私の事を決定的に追い出す言葉を吐いた
そんな先輩の剥き出しの敵意に私は、話にもならない後ろの二人よりかはマシかと思いながら口を開く。
「いえ、違います。ここはいつも私がベースの練習で使ってる場所だったので、習慣で来ただけです」
「あっそ、なら今日はここ私達が使うから別の所行ってくんない? あんた居ると邪魔だから」
「言われなくても行くつもりですよ。先輩が道を塞いでさえいなければ、今すぐにでも出ていけるんですけどね」
「あ~はいはい、どうもごめんなさーい。さぁ、どうぞ行ってくださいな、高飛車なお嬢様さーん?」
「一言余計ですけど……まぁ、失礼しました」
私はそう言いながら、先輩の脇を通り抜ける。
その先輩の背後には、オドオドした感じの知らない1年の女の子が居た。多分新しいベースの子なのか、見た目からして他人の頼みを断り切れない人のよさそうなオーラを漂わせている所から見るに、私が抜けた穴を埋めるために、この先輩にやや強引に参加させられていそうだ。
でも別に可哀想だとは思わない、だって断らない本人が悪いんだから。
「……最悪……なんで今日に限って……」
そう愚痴を吐きながら私は階段を下り、学校を後にする。
練習をしようとしていた予定が台無しになって、私は今度こそ本当に手持ち無沙汰になってしまった。
そうして本当に何もやる事が無くなってしまえば、つい考えてしまう事は咲希の事。
スマホを取り出し、咲希のメッセージ画面を見つめる。
あれから結局悩んだ末に何も返信できず、昨日から何も変わらないその画面を。
そしてまた暫く悩んでも答えが出ない現状に、何を考えてしまっているんだろうと溜息をつく。
「はぁ……何まだ私、取り繕おうとしてるんだろ。今更私のした事に取り返しなんてつくはずないのに……」
一度自分から縁を切ると決めた癖に、まだこうして返信するかどうかグズグズと悩んでいる。まるでまだ未練がましいみたいだ。
咲希が一番辛い時に支える事が出来なかった私の事なんて、きっともう咲希は嫌いになったに決まってるのに。
……結局は私も、あの話にもならない屋上の二人の方と同類か。
「——あ、そういえば」
そんな未練がましい自分に軽く失望していると、ふと咲希と最後に直接会った時の記憶を思い返す。
それはみんなと一緒にお見舞いに行った日に、無機質な病室でベットの上の咲希から満面の笑みと共に、黄色いフェニーくん人形の可愛いストラップキーホルダーを差し出された記憶だった。
『はい、しほちゃん! 色々あってアタシだけお誕生日プレゼント渡すの遅れててごめんね? しばらく会えなくなっちゃいそうだから、これをアタシだと思って大切にしてね~?』
『咲希……別に良いのに。今は私の事考えるより自分の身体を大事にして』
『えへへ……そうだね! よーし、すぐまた元気になって、こんなつまんなさそうな病院なんて退院してやるぞ~!』
『……うん、そうだね。待ってるよ咲希』
結局、それから今日まで咲希と直接会う事は一度もなかった。
その時に咲希からもらったフェニーくんストラップを、部屋に飾っている黄色フェニーくん人形と同じく密かに内心で“咲希フェニー”と呼び、咲希が退院するまでカバンに付けておこうと思った。
だけどそのままずっと1年以上もの間つけたまま外せていない。私でもつけている事すら今の今まで忘れていたぐらいで、そろそろボロも目立っているはずだ。
……もしかしたら、私の未練はその咲希フェニーが原因なのかもしれない。
「もう、大切にする理由もないよね……」
そう小さく自分に言い聞かせるように呟きながら、私はカバンにつけているはずのそれを手に取ろうとした。だけど。
「あれ? 咲希フェニーがない……!?」
確かにそこにあったはずの感触はなにもなくて、私は気づけば走り出していた。
■ ■ ■ ■ ■
薄っすらとした記憶で私が咲希フェニーを最後に見たのは、昨日の授業終わりで帰り支度をしていた時だった。
つまり、落とし物は昨日の下校した後に私が行った先の何処かにあるということになる。
可能性が高いのは、昨日バンドのライブを観て長い時間を過ごしていたライブハウスだと思い、私は途中の道で落ちていないか再度探しつつ向かっていた。
「……っ、やっぱり閉まってる」
だけど今日は定休日のライブハウスの入口はやっぱりシャッターが閉まっていて入れず、私は思わず肩を落とす。
「……仕方ない、今日は他の場所を探そう」
少しショックなのは確かだけど、それでも開いていないのだから仕方ない。私は頭を切り替えて、その場を後にしようとした時だった。
「——あ、志歩ちゃんじゃないか、昨日ぶりだね。今日ウチは見ての通り開いてないけど、何かあったのかな?」
人の良さそうな男の人の声に反応して振り返ると、そこには赤いニット帽と黒ぶち眼鏡がトレードマークな、あご髭を生やした
現在ギタリストとして世界で活動している私のお父さんの昔のバンド仲間で、小学校高学年の頃からここに一人でよく入り浸っていた私の事を、色々気にかけて話しかけて親切にしてくれて、高校に入ったらここで働かせてもらいたいと私が言うと『志歩ちゃんみたいに情熱のある子ならウチは大歓迎だよ』と受け入れてくれた、とても優しい人。
それに今は引退しているけど元ベーシストという事もあり、色々ベース演奏のアドバイスも貰っていて、普段から話す事も多い人だった。
本当だったら演奏の事に関して少し話を聞いてもらいたい所ではあるけれども、今はそんな場合じゃなく、私は店長に慌てて尋ねる。
「あ、あのっ……店長、昨日ここで落とし物が届いていませんでしたか?」
「……落とし物? どんなのだい?」
「えっと、フェニランのマスコットって分かりますか? 黄色いペンギンのキャラのキーホルダーで」
「フェニーくんの事かな?」
「そうです! あのっ……届いてませんか?」
私が尋ねると、店長は難しい顔で腕を組んで言う。
「うーん……昨日の話だよね? 悪いけどそんな落としものが届いた話は聞いてないかな」
「そうですか……」
そう肩を落とす私に、店長は人当たりの良い笑みを浮かべながら言う。
「……なんだか、大切な物みたいだね。よし、だったらライブハウスの方は僕が探しておいてあげるよ。これから少ししたら清掃業者の人達が来てくれることになってるからね、もしここに落ちてて見落としがあったとしてもきっと見つかるだろう。終わったらまた志歩ちゃんに連絡するよ」
「あ、ありがとうございます……! わざわざそんな事まで……」
「いいんだよ、日野森さんには——『AKUTO』さんには昔まだ僕が駆け出しだった頃に色々お世話になったからね。あの人が昔僕にしてくれたように、若くて才能ある音楽家の雛鳥の力になってあげるのが僕のモットーで、このライブハウスをオーナーと一緒に立ち上げた理由でもある。だからこれぐらい迷惑でもなんでもないさ」
……やっぱり、とってもお人好しな人だな。そんな事を思いながら私は頭を下げる。
「本当に……ありがとうございます。じゃあ私の方でも、もし見つかったらその時に連絡させてもらいますので」
そう言って私はその場を後にしようと踵を返す。
すると、そんな私に向かって店長は軽く呼び止めるように声をかけてきた。
「そうだ志歩ちゃん。一応今伝えておくけど、今月末にまたウチでライブのイベントやるけど来るかい? 実力あるグループも参加するから、見たらきっと勉強になるよ」
「あっ……ええっと……」
「——おっと、そういえば志歩ちゃん所の学校は丁度その頃文化祭だったか。じゃあひょっとしたら準備とか色々で忙しいかな?」
「…………………」
店長の問いに、私はどう答えたら良いか少し悩んだ後で、当たり障りのない返答で意思を伝える。
「……いえ、大丈夫です。そういう話でしたら是非行かせてもらいたいと思います」
「そうかい、ならチケットを君の分も取っておいてあげるよ。一応当日券もあるから友達とかも気楽に誘ってくれても大丈夫だからね」
「あぁ……はい、わかりました。……来れそうな子が居たら誘おうと思います、ありがとうございます」
「ああ、急いでる所呼び止めて悪かったね。それじゃあ早めに見つかる事を祈ってるよ」
「はい、それじゃあまた」
そんな会話を交わした後で、私はライブハウスの捜索を店長に任せて他の所に咲希フェニーを探しに行くのだった。
■ ■ ■ ■ ■
「ない……。いったいどこ……?」
それから私は再度学校からの帰り道を辿り、人を避けながら地面を見続け、落ちている可能性が高い咲希フェニーを探していた。
近くの交番に届けられていないか尋ねたけど届いてなくて、親切な駐在のお巡りさんにこの辺りの交番全てに連絡して聞いてもらったけど何処にも届いていなかった。
だから恐らくそのまま咲希フェニーは落ちているはず。なのに帰り道を辿ってしらみつぶしに探しても、今だに全然見つかっていなかった。
「おかしい……何で無いの? もしかして蹴られてどこかに飛んで行っちゃった? それとも……誰か他の人に拾われた? いや、拾うのだったらもっと新しいものでしょ。つけっぱなしでくたびれてるストラップをわざわざ拾う理由がないし……」
焦る自分に言い聞かせるようにそう呟きながら道を探すけれども、時間だけが無駄に過ぎていった。
そしてもうとっぷり日が暮れた夕方、私はついにスクランブル交差点にまでたどり着いてしまった。
この広い場所を……これから探さないといけないの?
「もう、本当にツイてない……」
私は肩を落としながら思わずそう呟いた。
その時だった。私の最悪な気分にさらに追い打ちをかけるような、耳障りな大声が響く。
「ハーッハッハッハ! 通行人の皆様こんにちは! オレの名は天馬司! 輝き過ぎる男、天馬司! 奇跡を起こす男、天馬司! 未来は世界のトップに輝く大スターの名だ!! 今のうちに是非覚えておいてくれ!!」
自己主張の激しすぎるその名前に思わず顔を上げるとそこには、スクランブル交差点で通行人の視線をガンガンに集めている司さんが居た。
司さんは天を指さすようなポーズを取りながら、真っ白なタキシード風の服に身を包み、その背にビジュアル系バンドのボーカルの人も着けるのを躊躇う程に大きく派手な白い翼を装着していた。
いや……何アレ? 天馬だからペガサスのつもり? 馬っ鹿じゃないのあの人? 何やってるの? 酷いとしか言いようがない。
しかもその周囲には司さんをパフォーマーと勘違いした外国人の人達が数人輪になって、写真撮影をしているのがその光景の痛々しさに拍車をかけている。
時折『ワオ、ペガサスボーイ!』だとか『イッツ、クレイジー!』だとか聞こえてくるのは、司さんの名誉の為にも聞こえなかったフリをする。
——というか、人の輪が出来てるってことはあの人、あの恰好で暫くあそこに立ってたって事? うわ……尚更関わりあいになりたくない。昨日あの人と縁を切っておいて本当に良かった。
そう思いながら私は、その人の存在を無視して探し物を続けようとした。だけど——
「……お! ようやく見つけたぞ志歩ぉぉー―!!」
——は? いやいや待ってよ。あの人こっちに走って来てない? しかも私の名前呼んでない? ……いや、学習能力ゼロ!? 私、あなたの事嫌いって言いましたよね!? 昨日の話もう忘れたんですか!? というかそんな恰好で来ないでください!
私は慌てて元来た道を引き返し、全力でダッシュしながら叫ぶ。
「なんで来るんですかっ……!?」
「待て! 待ってくれ! 何故逃げるんだ志歩ぉぉー-!!」
「いや、逃げるに決まってますよ……!」
私は横道に入り、細い路地を走りぬける。
すると後ろから司さんの慌てた声が聞こえてきた。
「頼む、止まっ——!? つ、翼が引っかかって進めな……待て志歩ぉー-!!」
よし、なんだか知らないけどラッキー、今のうちに逃げないと……!
暫く路地裏をジグザグに走って、大通りに抜けて司さんの追手がないことを確認すると、私は安心して肩で息をする。
「はぁ……はぁ……な、なんだったのあの人……! 意味わかんない……!」
そしてやっと息が整ってから気が付くと、もうすっかり辺りは薄暗くなっていて探し物をするには難しくなっていた。
「これじゃもう探せない……はぁ、余計な邪魔が入ったせいだ。何で、まだ私に関わってくるの司さん……! ほんっ……とうに、今日は最悪!」
私は災難続きの今日に対する文句をそう吐き捨てた後に、家に帰る事にした。
結局、ライブハウスの方でも咲希フェニーは見つからなかったらしい。だから私は、明日の放課後にまた探そうと心に決めたのだった。