「さーて、じゃあとりあえず自己紹介しよっか! なんだか日野森さんは君の事少し知ってるっぽいけど、私全然君の事分かんないからさ。じゃあ早速どうぞ!」
暁山さんに連れられて訪れたファミレス店内。
そこの席に座って各自でドリンクバーと、私が暁山さんにと山盛りポテトを注文した後で、白石さんは意気揚々と暁山さんに自己紹介を促していた。
それに対し、暁山さんはつい今しがた運ばれてきた揚げたてのフライドポテトの山を一瞥した後で、白石さんに呆れたように言う。
「……はぁ、それにしても君はさっきからどうしてボクの名前を知りたいの? 別にボクが君に何かしたわけじゃないでしょ? しかも、なんならボクの苗字ならさっき、そこの
「まぁそうかもだけどさ、だからって自己紹介しないのは寂しくない? あとは何と言うか……勘? 私さ、何となくだけど君とは気が合いそうな予感がするんだよね~! だから仲良くしたいな~って、そんな感じ! だからさ、君の名前ちゃんと教えてよ」
そんな白石さんの、屈託のない笑みと共にグイグイ詰められる関係の距離感に、暁山さんはさらに呆れたように返す。
「えぇ、何それ? もしかして……逆ナンとかいうやつ? だったらこんな所まで来ておいて言うのは悪いけどボク、そういうの本当に興味ないからさ……別の人当たってくれない?」
「いやいや! そういうヘンな意味とかじゃなくてさ! 本当に、君に対する人間的な興味で言ってるから私。というか、そんなつもりなら君と二人っきりになろうとするじゃん、その時点で違うって信用してよ、単純に、私は君と友達になりたいの! ——あ、勿論、日野森さんとも友達になりたいって思ってるよ?」
そう言って不意に私の方にも視線を送る白石さんに、私はつい驚いてしまう。
「えっと……私も、ですか?」
「うんうん、勿論! というかさ、そろそろ固い口調は良いって、私たち同い年でしょ? だったら敬語とか気遣いもナシでいいから、ね?」
……本当に、ヘンな人だな。
そう思いながら私は、白石さんが向けてくれる笑顔に応じる。
「えっと……白石さんにそう言って貰えるのは嬉しいんですけど私、いきなりタメ口で話すのは慣れてなくて……でも、慣れてきたらそうさせてもらいます」
「うん、わかった。いいよいいよ! 日野森さんのペースで全然いいから、よろしく!」
「はい……ありがとうございます」
そんな私達を見て暁山さんはため息を吐いた後で、私の方に何故か刺すような視線を向けながら言う。
「はぁ……なんだか、変に勘ぐったボクが馬鹿みたいになってきた。分かったよ、言うよ。それに……そもそも、もう全く目立たないっていうボクの予定は、君のお陰で台無しになっちゃってるしね」
「えっと……暁山さん、それはどういう事ですか?」
「ボクの名前は
私の疑問を敢えて無視するように挟み込まれた、そんな暁山さんのぶっきらぼうな自己紹介に、白石さんは目を輝かせて笑みを浮かべる。
「うんっ、ありがとう! 私の名前は
「——ま、あくまで“予定”で、まだ決まった訳じゃないけどね?」
「うっ……だ、だからそれを確認するために集まってもらったんじゃん! そういう事言うの良くないよ!?」
「はいはい、そうだったね……で、君は? 日野——なんとかさん?」
そう言って暁山さんは私に視線を送った。
「え……私ですか?」
「そうだよ、何驚いてるのさ。君とそこの白石さんは元々知り合いだったみたいだけど、ボクは君が一方的にボクの名前知ってるだけで、ボクは君の事知らないから。そういうの……なんか不公平な感じがするしさ。だから教えてよ、君のこと」
「えっと……」
私は、暁山さんがそんな事を言ってくる事が意外だと思った。
てっきり自分以外の人にはあんまり興味ないような、そういう人だと思っていたから。
だから、そのまま私の事なんて無視して採点を始めると思っていた。でもそうしないって事は……もしかして暁山さん、私に何か特別な興味があるとか?
そういえば試験の休み時間の最中に、私の事をジッと見てたっけこの人。
あの同情みたいな視線がよく分からないけど……でも聞かれたんだから、二人と同じような感じで言っておいた方がいいよね。ちょっとだけ、気は進まないけど。
「……私の名前は、
「日野森……志歩さんだね、わかった。それと……やっぱり君って、教室の奴らが色々言ってたように、あの宮女の生徒で合ってたんだね。他の人達が適当言って騒いでるんじゃなかったんだ」
「——っ」
暁山さんにそう言われた瞬間、再び私の背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
……やっぱり、この人にとっての私への興味って、そこなのかな? 私が変わった人だからって、そんな面白い人としての興味? 私は見世物扱い?
もしそうだったら私は——
「ま、それだけ事実確認が出来たのなら良いや。じゃ、さっさと始めようよ。ボク早く帰ってやりたい事あるしさ」
「——え?」
だけど、暁山さんはそれだけ言って、後はまるで興味が無さそうにカバンを開いた。そんな驚く私を放置して、白石さんも同じくカバンを開きながら言う。
「そうだね、私も早く結果知りたいし、さっそく始めちゃおう! どの教科からする?」
「普通にテストがあった順番で良いんじゃない? 一科目目は国語だったよね、それからやろうよ」
「よっし、オッケー! それなら私自信あるし! 全然いいよ、やろ!」
「——っ、あ、あの! ちょっと待ってください!」
そうして、あまりにもスムーズに進んでいく話に、私は衝動的に口を挟まずには居られなかった。
だから私は驚いたような顔の白石さんと暁山さんに対し、さっきの教室の中でずっと抱えていた黒いモヤみたいな感情を、全て吐き出してしまうような気持ちで口を開く。
「え? どうしたの日野森さん? なんか問題あった感じ?」
「……何? どうしたの?」
「——おかしいって、思わないんですか? 知ってますよね? 宮女って、中高一貫校ですよ? そんな、黙ってたら普通に進学できる環境で、どうしてわざわざ他の学校受けに来たのか……疑問に思わないんですか? 変なのとか、何か問題起こしたのとか……あ、あと……男が好きなの? とか、そういう質問、どうしてしないんですか? 私なんて……どうせ他人から見たら『変な人』なんですよね? もしかして……同情とかですか? 可哀想な私を見て、そんな私に優しくすることで自分は良い人間なんだって思いたいだけなんじゃないんですか? だったらそんな
私がそんな自分の中にあるモヤモヤを、まるで八つ当たりみたいに二人に対して吐き出そうとした時だった。
「「それって、今の日野森さんと何か関係ある?」」
「い——って……え?」
白石さんと暁山さんの口から同時に発されたその言葉に、私は思わず言葉の途中で閉口してしまう。
そして二人は、言葉がほぼ同時に被った事に驚いた表情で互いに顔を見合わせ、だけどその後で白石さんは笑みを浮かべ「だから言ったじゃん、私達気が合いそうって」と、暁山さんに対して小声で言った後で、私の方に向き直って言う。
「……偽善だとか、そんな難しい事考えられないよ。だって私バカだもん。だから単純に仲良くしたいなって思った人と仲良くするし、例えその人がどんな事情を抱えていたって、それで私が仲良くしたいって思った“今の”日野森さんが変わる訳じゃない。だから私は、日野森さんの事情とか全く気にならないよ?」
「でも……それは、流石に綺麗事じゃないですか? 全く気にならないなんて、そんな事ある訳ない……」
私の反論に、白石さんは少しだけ困った顔になりながら頬を掻く。
でも白石さんは、それでも変わらないような自分の意志を、真っすぐ伝えてくるように私の目を見て言う。
「まぁ……そうだね、全く気にならないって言い方は確かに盛ったかもしれない。でも……だからって、本人が嫌がってるのに無理に事情を聞き出そうって私は思わないよ。だって、そんな事聞かなくても、日野森さんが緊張でパニックになってた私の事を助けてくれた事実は何も変わらないもん」
「そんな事ぐらいで……」
「ううん、それで充分。私にとって日野森さんは、とっても優しくて良い人。そこから私の結論は変わらないから、絶対に」
「——っ」
私は、気づけば何も言い返せなくなっていた。
確かに私は、この白石さんって人を、他の人とは何かが違う人だって思ってた。
でも、それでもここまで真っ直ぐで純粋で優しくて、それでいてハッキリとした自分の意志を持っている人だなんて、思ってもみなかった。
そっか……こういう人がきっと、本当の意味で他人を気遣える人間なんだ。
「——ま、ボクは気が合ってるって言われるのは少し引っかかるけどさ。白石さんが言ってる事に反対する気はないかな。でも……ボクは、本当に君の事情には興味ないよ? だって誰かと仲良くするのに、その人が抱えた心の傷とかそういうの全部ひっくるめて知りたいって思うのは……
そんな事を考えていると、不意に暁山さんがそう言った。
私は思わず暁山さんの方に顔を向けると、彼は続ける。
「それよりもボクが思ったのはさ……やっぱり君も、他人の目を気にするタイプの人間だったって事かな」
「……ど、どうしてそんな、私の事を分かったような事……!」
だけど、そんな言葉には到底頷ける訳なんてなくて、私は当然反論した。
すると暁山さんは、何処か物憂げな顔をしながら言葉を返す。
「いや……分かるよ。自分は他の人とは違うって自覚しててさ、だから周囲の人間には期待なんて一切しなくて、どうせ自分の事なんて誰も理解できないんだって思ってて、だから他人なんてどうでも良いって、口ではそう言っても——そのくせ、他の人が自分に対して何を言っているのかは気にして、ヒソヒソ声につい耳を傾けちゃう。そんな全部諦めたように見えて、結局は諦めきれないタイプの——そんな、優柔不断な中途半端人間でしょ?」
「~~~っ!?」
その言葉は、あまりにも私という人間の本質。ほとんど初対面の相手に言い当てられてしまった、私の心の奥の奥の一番脆い部分。
どうして……貴方にそれが分かるの?
そう思いながら暁山さんを見ると、彼はニヒルな笑みを浮かべていた。
「だから……
そんな彼の表情を見て、私は直感のような感覚で悟る。
もしかして……暁山さん、貴方も私と同じような経験を? それが……貴方が私に向けるその眼差しの正体なんですか?
そんな私の内心を知ってか知らずか、暁山さんは続ける。
「だからさ、どうでも良いんだよそんなの。君がどんな事情を抱えて、それで違う学校に行こうって思ったかなんて、ボクにとっては心底どうでも良い」
そこまで言った後、暁山さんは私の目を真っすぐ見据え、真剣な表情になって言う。
「だって
「あ……」
目から、ウロコが落ちたような気分だった。
——そうだ。私は、司さんの傍にただ行きたいわけじゃない。
これからもずっと、ずっと司さんの隣に居続ける為に。
あの光輝く
そんな自分になりたくて、自分を変えるつもりで神高に行きたいって、そう決めたんだ。
だったら……暁山さんの言う通りだ。これからは、胸を張って生きよう。
だって私の大好きな司さんは、周りの人達の目なんて何時も気にしてなくて、いつでも大声を張り上げて自分の生きたい生き方を、胸を張って生きているんだから。
そんな司さんと同じように——には、流石に出来ないけど。それでも私は、せめて自分で選んだ人生の道だけは、胸を張って生きたい。自分勝手に他人を見限って、話もせずにクラスの人達から逃げるように生きてた今までの人生は、今日限りで終わりにしたい。
関係なく人と関わって、そして例え相手から何を言われても『私は私』だって、そう言って『文句あるか?』って、言い返してやれるぐらいに割り切れる心の強さが……私は欲しい。
この、私の目の前に居る暁山さんみたいな心の強さが……私は欲しい。
「ま、色々言ったけどさ、初対面のクセに偉そうな事言ってるなって、勝手に聞き流してくれていいよ。とにかくボクは——」
「ありがとうございます、暁山さん」
「——って、え?」
気付けば私の口は、暁山さんにお礼を言っていた。
それは、所詮今日会ったばかりの他人であるはずの私の事を、何度も助けてくれたり親切な言葉もかけてくれた、この皮肉屋だけど本当はとても優しい人に、今の私の感謝の心を伝えたかったから。
「暁山さんのお陰で私は……さっきの教室で嫌な事があって、それで私いじけてただけだって、それに気づく事ができました。だから……ありがとうございます」
「……あっそ。ま、これからも君は君らしく頑張りなよ。ボクが言いたい事はそれだけ」
私が頭を下げると、暁山さんは途端にそっぽを向いてしまった。私はそんな照れ屋な暁山さんの事が急におかしく見えてしまって、思わず笑ってしまう。
「はい、本当にありがとうございます——ふふっ。暁山さん、私……ずっと思ってたんです。貴方って口ではそんな冷たい事を言ってますけど、本当はとっても優しい人ですよね?」
「~~っ!? なっ、なんなのさ急に!? 急に人の事持ち上げて何企んでるの?」
そんな憎まれ口を叩き、焦って明らかに頬を赤らめて照れた様子を見せる暁山さん。
白石さんはそれを見て、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「あ~、やっぱり日野森さんも分かっちゃう? 暁山くんってさ、態度とか冷たいけど、本当はとっても優しそうな感じするよね~?」
「ちょっと、そんな適当言わないでよ……!」
「あ……はい、そうですよね。白石さんもやっぱりそう思ってたんですね」
「うんうん、ほら……なんかこうさ、隠し切れない人の良さが滲み出てるっていうか、これからもっと仲良くなれそうっていうかさ——それ以前に、男の人に絡まれて困ってる女の子助けて、そのまま殆ど何も言わずに帰ろうとしてた時点で、今更悪人ぶっても全部無駄っていうかさ~?」
「……はぁ!? ボクの事勝手に言うのやめてくれないかなぁもう! ……さっきの試験の自己採点するんだよね!? 早くやるよ!」
「あぁ、ごめんごめん。君、からかったら面白そうだったしさ……つい」
「はぁ……全く、これだから君みたいな陽キャタイプの人は困るんだよ……! 面白そうってだけですぐ人の事をイジろうとしたりさぁ……もう!」
そういいながら暁山さんは、脇に置いてあるフライドポテトの山から一本取り、そのまま照れ隠しのように口の中にポテトを放り込む。と、その瞬間に彼は、突然涙目になりながら口元を押さえた。
「——熱っ!? ちょ、まだ冷めてなかったの!? ポテトの揚げたてホヤホヤのサービスなんて要らないって……!」
そのまま慌てて冷水を口に含む暁山さんを見て、私と白石さんは思わず顔を見合わせた後、お互いに笑ってしまう。
「……あははははっ! も……もしかして、暁山くんってさぁ、さっきまであんなにカッコつけてたのに……実は猫舌?」
「ふっ、ふふふふっ……ちょ、やめて白石さん。笑ったら、暁山さんに悪いですから……ふ、ふふふふっ……」
笑う私たちに、暁山さんは顔を真っ赤にしながら口を開く。
「ねっ、猫舌で悪かったねぇ!? やめてよもう! それ以上笑ったらボク帰るから! 本気だから!」
「ああっ、ちょっとゴメンって、もう笑わないからさぁ……くっ、くくくっ……!」
「笑い隠せてないよ白石さぁん……!? もう怒った! 帰る! ボク帰るから!」
「ご……ごめんなさい、すぐ、笑い、止めますから……ふ、ふふふっ……」
「日野森さぁ~~ん!? ボクのリアクションで、笑いのツボに入るのやめてもらって良いかなぁ!?」
そう言って怒ってヘソを曲げてしまった暁山さんを、なんとか白石さんと二人で宥めた。
その後で私たちは問題用紙と参考書を広げ、ブツブツと文句を呟く暁山さん主導の下で自己採点を始める。
そんな暁山さんの解答は、やっぱり試験前にあれだけ熟睡を決め込む余裕を見せていただけの事はあって、私よりも多くの問題に正答を出していた。だから、暁山さんと私の答えが一致した問題は正解の可能性が高いと仮定して、それ以外の問題を参考書で調べる形で、自己採点はとても順調に進める事ができた。
ちなみに白石さんは、私か暁山さんのどちらかが間違っている問題は殆ど必ず間違っていて、残念ながら自己採点においては完全に戦力外だった事は、白石さんの名誉の為にも今日の最後まで全力で黙っておく事にした。
■ ■ ■ ■ ■
そして自己採点が終わった私達は、もうすぐで日が沈みそうな夕暮れの中、ファミレスから外に出た。
白石さんは頭を抱えてうめくように言う。
「あぁぁぁ……英語がやっぱり駄目だったぁ……正答率4割しか行ってないぃ……しかも数学も5割しか正解出来てないし……やっぱり私落ちたかもぉ……!」
「ま……まぁまぁ、白石さん。でも、ちゃんと理科は6割以上正解してましたし、国語も結構正解してたから、後は小論文の出来さえ良かったら足りない点数分はカバーできると思いますよ? それに正解した問題の実際の配点次第じゃもっと伸びる可能性も……」
「うぅぅ……それでも結局私は去年の合格ライン行くかどうかじゃ~ん! あぁ~! モヤモヤするぅ……! こんなのなら全然ダメダメの点数で不合格確定の方がいっそ良かった! そこそこ点数取れてて中途半端とか生殺しでしかないよぉ~~!!」
「し、白石さん、落ち着いて……」
結局、白石さんは自己採点をしても悩みから解放されなかったみたいで、ファミレスから出た後でそんな悲鳴を上げる白石さんを私は慰めていた。
ちなみに私は、努力の成果もあり苦手だった国語はなんと六割に近い正解率。その他の教科は六割以上の正答は固いし、得意科目の数学に至っては八割程正解している事が分かった。
これなら去年の合格ラインは余裕でクリアしている——けど、この点数はあくまでも自己採点で、絶対じゃない。だから結果が出るまで油断は出来ないけど、それでも、ひとまずは安心できる結果だった。
——だけど、隣でここまで微妙な結果で悲しんでる人が居るのに、喜んだり安心したような雰囲気出しちゃ悪いよね。
私はそう思いながら白石さんを励ますけれど、そんな気遣いなんてどうでも良いとばかりに、私の隣の暁山さんは気楽にあっけらかんと言う。
「はーい、残念でした白石さーん。ま、別に高校落ちたからって人生終わる訳じゃないんだしさ、切り替えていこうよ」
「あっ、ちょ、暁山さん……!?」
私が止める間もなく、希望も慰めもへったくれもない言葉をかける暁山さんに、白石さんは当然の如く鬼の形相で暁山さんを睨みつけた。
「~~っ! あぁきぃぃやぁまくぅぅん!? 傷ついた女の子に、どうしてそんな言い方しかできないのかなぁ~!?」
「え? だって白石さん言ったじゃん、結果を待ってドキドキするのがイヤだって。良かったじゃん結果分かったんだし。ボク何か間違った事言ってる? それに本命落ちたからって、流石に滑り止めの方は合格してるでしょ? じゃあ切り替えなよ、君が自分で言ってたようにさ」
「ま、まぁそれは正論だけど……でも、もっとこうさ、点数取れなかった私に対する優しい言い方ってもんは無いの!? そんなんじゃ女の子にモテないよ!?」
「悪いけど、無理矢理にボクを自己採点に付き合わせてきた白石さんに対する気遣いは、モテたい願望と同じく一切ありませーん」
「この、自分が全教科七割以上正解してたからって、さっきから余裕の顔して……!」
「あーあ、折角君の心の傷を広げない為にボク自慢しなかったのに、なんで自分から言っちゃうかなぁ? はーい、そうでーす。ボク全教科正解率七割越えでーす。どんなに自己採点の精度が悪くても殆ど絶対安全圏内確定でーす」
そんな風に思いっきり煽る暁山さんに、白石さんは歯ぎしりして苛立ちを露わにし、遂には暁山さんにビシッと指を突き付けて言う。
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……! もう怒ったからね! こうなったら、私の中に実は眠っていた文才が開花してて、小論文で奇跡的な巻き返しがある事を信じてやるんだから! 暁山くん! もし私が合格してたら、駅前にある
「うわぁ……あり得ない奇跡に縋る人ってこんなに可哀想に見えるんだ。ボク知らなかったなぁ……」
「うるさぁい! 良いから君は私が合格してたらアイス奢る事! 分かった!?」
「はぁ……しょうがないなぁ、例え気休めでも可哀想な子に少しは未来に希望を持たせてあげるのも、正しい人の行いだよね。良いよ~」
「言ったね!? 絶対奢ってよ!? 約束だから!」
「だから良いって言ってるじゃん。まぁ、どうせもう会わない人だしね? あるようで無い約束でしょ」
「う、うぅぅぅっ……! 日野森さ~ん! 暁山くんが酷いよぉ~~! 何か私の代わりに言ってやってよ~!」
そう言って、白石さんは私に思いっきり縋りついてきた。
そんな、喧嘩しているようでどこか和やかな二人のやり取りに、私はやっぱりこの人達は、仲が良い友達になれるんじゃないかと思ってしまう。
それに、なんだか気の所為かもしれないけど暁山さん、最初に会った時よりも今はだいぶ、私達に対する人当たりが柔らかくなった気がする。
白石さんをからかうなんて、そんな自分から積極的に人に絡むような人には見えなかったのに……もしかして、今こうして話してるのが暁山さんの素の性格に近いのかな?
もしそうなんだったら……暁山さんはもしかしたら、今まで外じゃ殆ど周りに気を許せるような人がいなくて、それであんなに冷たくて、周囲から人を遠ざけるような性格になってしまったのかもしれない。
なら、暁山さんにとって私たちが少しは気を許せるような人に見えたのなら……それは、ちょっとだけ嬉しいかも。
そんな事を思ってしまいながら、私は暁山さんに対して口を開く。
「……暁山さん、そんな事言っても知りませんよ? 神高の今年の入試倍率は去年より少し低いみたいですから、合格点のボーダーラインも下がってる可能性もあります。だから本当に白石さんでも合格してるかもしれませんよ?」
「そうだよね! ありがとう日野森さ——って……ちょっと、白石さん“でも”って、それどういう意味~?」
「あ……ええっと、ごめんなさい、つい……。私、思った事割と口に出ちゃうタイプの人間で……」
「じゃあそれって、本心って事じゃん! うわーん! 結局日野森さんも敵だぁ~! こうなったら二人共合格発表日覚えててよ!? 絶対に見返してやるんだから!」
「……ええっと、その、すいません。本当にすいません……」
そんな私達を見て、暁山さんは軽く嘆息した後に白石さんを見据えた。
「はぁ、それにしても元気だね……ま、それだけ無駄に騒ぐ元気があるなら大丈夫だよ。わざわざ慰める必要もないでしょ」
「む……ちょっと、まだそんな事言う? あのね暁山くん、私だって——!」
相変わらず皮肉を吐く暁山さんに、白石さんが怒って突っかかろうとした時だった。
暁山さんは言う。
「だって……白石さんってさ、何がなんでも目的に向かって突き進んで、そして例え壁にぶち当たってもそれを乗り越えて前に進もうって、そう思えるタイプの熱い人でしょ? だってそうじゃなきゃ、普通の人は試験終わった直後に、不安になったからって自己採点しようなんて思えないし」
「……え?」
暁山さんの白石さんに対する人物評価に、白石さんは目を見開いて黙る。
その白石さんに、暁山さんは少しだけその口元に笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「君がさ、神高に何を求めて受験しに来たかは知らないけど、それでも例え落ちてても合格してても、君だったらきっと、どっちでも後悔のない人生が送れるよ。だからさ、いつまでも今日の結果を気にせずに、家に帰って歌の練習しなよ。多分だけど
そんな暁山さんが浮かべる微笑を見て、白石さんは少しだけ照れたようにフイっと顔を背けた。
「……なんか、上手く言いくるめられちゃってる気がするけど……でも、確かにそうだね。暁山くんの言う通りだよ、私はこんな事で落ち込んでる暇なんてない。クヨクヨしてる暇があったら、帰ってから歌ってスッキリするのが私の性に合ってるのかも」
「——でしょ? やっと悟った?」
「……ま、そうかもね。でも、今日会ったばかりのはずの君に、私の性格がもう全部見抜かれてるのはちょっとだけ悔しい気がするけど。暁山くん、君ひょっとしてエスパーだったりする?」
「……そんなんじゃないよ。ただボクは人をよく観察する癖があるだけで、それだけだよ」
「あはは……何ソレ。ま、いっか、励ましてくれてありがとね、お陰で元気出た。君ってさ……やっぱり本当に優しいよね」
「うるさいな……別に、そんなつもりないよ。ただボクは、君が何時までもうるさいから放っておくのも面倒になっただけだから」
そんな風にまた善意を皮肉で誤魔化す暁山さんに、私は思わず笑ってしまいながら言う。
「ふふっ……暁山さん、また照れ隠しですか? あなたも白石さんと同じぐらい、分かりやすい性格してますよ?」
「あっそ、ボクは良い人じゃないってずっと言ってるんだけどな。ま、そう思いたいなら勝手に思ってたらいいじゃん」
「はい、勝手にそう思ってますね」
「——っ、日野森さん、君ってさ……案外頑固な性格してる?」
「ええ、よく言われますし自覚もしてます。例えあなたが何と言おうと——あなたは優しい人だって、私はそう思ってますから」
平然とそう言ってやると、暁山さんは顔を私から隠すように、その場からくるりと踵を返して背を向けた。
「もういい……君とこれ以上喋ってたら調子狂いそうだからボク帰る。帰ってボクやらないといけない作業があるから、それじゃ」
「え、暁山くんもう帰っちゃうの? ちょっとまってよ、折角だし連絡先交換しよ? ほら、アイス奢りの件もあるしさ」
「……驚いた、白石さんはまだ本気にしてるんだその約束? ……悪いけどいいよ、ボクあんまり連絡先とか交換しない主義だし。じゃあね、バイバイ」
そういい捨てて一方的に暁山さんは、男の子にしては珍しい長めの三つ編みの髪を揺らしながら歩き始めた。
暁山さんのそんな後ろ姿に、私は思わず衝動的に声をかけてしまう。
「……あのっ! 今日は本当にありがとうございました! また……もし合格して学校で会う事があったら、その時はよろしくお願いします!」
その言葉を言ってしまった後に、私は暁山さんとの再会を願ってしまっている自分自身に少し驚く。
最初は、私の人生にはもう司さんと一歌達以外誰も親しい人なんて要らないって、そう本気で思っていたのに。
だけど私は今、暁山さんとそれと同じぐらいに隣に居る白石さんとも、また会いたいと思ってしまっている。
そう思ってしまうのはきっと、私は心の中でもう、一緒に居ても全然疲れないし、むしろもっと話したいと思ってしまうこの二人となら——“友達”になれるかもしれないって、そう期待してるからかもしれない。
そんな事を考えてしまう私の視線の先で、歩いて去っていく暁山さんは後ろ手で右手を振りながら、どこか惜しむような声色で答えてくれた。
「……そうだね、
最後にそれだけ言い捨てて、暁山さんは路地の角を曲がって私の視界から消える。その言葉に何故か私は、少しだけひっかかるようなニュアンスを感じてしまった。
それはまるで、もう私が暁山さんの事を見つけられないみたいな、そんな風にも聞こえてしまうような言葉を。
「ボクを見つけられたらって、どういう意味……?」
そう呟く私に、白石さんはクスクス笑いをかみ殺していた。
「ふ、ふふっ……! あんまり気にする事ないって日野森さん。きっと暁山くん、照れてあんな言い方してるんだって。だって
「……本当にそうでしょうか? 私、何か引っかかるような……」
「はいはい、もういいじゃん。とにかく、今日は本当にお疲れ様! また合格発表の日に会えるといいね、その時はお互い合格してる身分でさ」
「あ……はい、そうですね。きっと白石さんも合格してますよ、私もあなたの合格を祈ってますから」
「うんっ、ありがと! だって一緒に合格しよって約束したもんね、日野森さん」
「ふふっ……はい、そうですね」
そんな笑顔の白石さんと再会の約束を交わし、私は家に帰るのだった。
本当に、二人とまた会えるといいなって、そんな事をつい考えてしまいながら。
■ ■ ■ ■ ■
その夜。母さんが受験が終わった私にお疲れ様という意味合いで作ってくれた、いつもより豪華で美味しい晩御飯を食べ、お風呂に入って部屋に戻る頃にはすっかり夜が遅い時間になっていた。
ちなみにお姉ちゃんは、今日は遠方で今人気のドラマの最終回の収録があって帰りは遅くなるらしい。相変わらずお疲れ様だ。
そう思いながら私は自室の隅に置いてあるベースに目をやる。
それはライブハウスの店長から借りてから、返そうとしてもなんだかんだで断られ続けて結局私の家にずっとある、目が覚めるような鮮やかなエメラルドグリーン色のボディをした高級ベースだった。
「……やっと受験終わってスッキリしたし、これで今日からまたベースに集中できる。ここ最近勉強の追い込みで練習出来なかった分、今日は練習頑張ろう」
私はそんな意気込みを口に出しながら、部屋にあるベース置き場からベースを取る。
そしてピックを構えて弦を鳴らすと、その弦の振動は夜の静かな空気を震わせながら心地よい重音となって私の耳に届き、やがて私の身体を骨まで震わせる。
——ああ、やっぱりベースは最高だな。
この独特な、まるで身体全体を震わせるような低い重厚な音ばっかりは、ギターには出せない弦の音色の響きがある。それに、ベース自体が良いモノだから尚更気持ちいい音がする。
でもコレ……早く店長に返したいんだけどな。でもあの人、元々私のお父さんのモノだから返すつもりで渡したんだって言って、ずっと受け取ってくれないし。まぁ、返す方法を考えるのは後でいいや。
よし……とにかく、折角勉強から解放されたんだし、今日ぐらい夜遅い時間だけど近所迷惑にならない範囲でベースの練習ガッツリしてても、バチはあたらないよね?
そんな事を考えながら、私は音を抑えながらベースの演奏に没頭する。
そんな時間を過ごして暫くすると、スマホの画面から通知音と共に一件のメッセージが目に入る。
司:志歩、夜分遅くにすまない。今日は神高の受験日だったのだろう? 出来の方は大丈夫だったか?
「——っ!? つ、司さん……!?」
突然の緊急事態発生に、私は慌てて練習を中断してベースを置く。
まさか無神経な司さんが、私の本番の日を覚えてて心配してくれたなんて、嬉しい。
でも……今は、今だけは優先順位を司さんの方を上に置かせて。
心の中で私は相棒に謝罪し、心臓の鼓動がドキドキと高鳴っていくのを感じながら、文面だけは普段通りの冷静な私の話し方を心掛けて、司さんにスマホでメッセージを送る。
志歩:ありがとうございます、おかげさまでバッチリ実力を出す事が出来ました。司さんが私に買ってくれたお守りのおかげです。
司:おおっ! それは良かった! 神様のご利益があったのかもしれんな! 苦手科目だった国語も何とかなったのか?
志歩:はい。フレイアさんにあれからも勉強で分からない所を教えて貰ったので、国語の文章題でも比較的以前より点数が取れるようになりました。私、国語で六割近い点数取れたの初めてです。
司:何っ? もう点数がわかっているのか!?
志歩:ええ、少し色々あって知り合ったばかりの人達と試験の自己採点したんです。だから一応全教科どれぐらい正解していたか、正確ではないかもしれないですけど把握してます。
司:何ぃ!? あの志歩が、知り合ったばかりの人間と共に自己採点をしただと……? いったい何の事情が……いや、文字でやり取りするのも手間だな。志歩、今よければ通話しても良いか? 直接お前の話が聞きたい。
——つ、通話!? そんな、いきなり……? どうしよう。私、心の準備が……。
私は司さんのそのメッセージを見て、今までだらしなく座っていた座り方を思わず正し、風呂上がりでまだ少しだけ湿り気が残った長めの髪の毛先を、慌てて鏡を見ながら手櫛で整えてしまった後で、ふと冷静になって呟く。
「……って、別に通話するだけなら顔は見えないじゃん。何やってんだろ私……」
相変わらず司さんの事が絡むと馬鹿になってしまう思考回路に自分でも思わず呆れてしまいながら、私は司さんにメッセージを返す。
志歩:ええ、いいですよ。いつでもかけてもらって大丈夫です。
そんなメッセージを送った後、約一分後に司さんからの通話の着信が入る。
スマホに表示された司さんの名前を見て、私は再び嬉しさで跳ねてしまう心音をなんとか沈めるように数度深呼吸をした後、司さんからの通話を取った。
すると私の耳元のすぐ近くで、久しぶりに聞く大好きな人の、相変わらず大きくて元気な声が私の
『おお、出たか! こんばんわだな志歩! 初詣に行った時から暫く会えていなかったが、元気だったか?』
ちょっとだけ、耳を塞ぎたくなってしまうぐらい大きな声だけど……それでも元気で明るくて、いつまでも聴いていたくなるような、そんな太陽のように明るくて暖かい声。
「……つ、司さん。元気に挨拶してくれるのは嬉しいですけど、ちょっとだけ声の大きさを控えてくれると助かります……」
でも、耳元で聞くには流石に心臓と鼓膜の両方に悪いから、申し訳ないと思いつつも私は司さんにそう言った。
——いや、嫌いじゃないんですよ? 本当に私は司さんのこと大好きですよ? でも……それとこれとは話が別というか、とにかく仕方ない話なんです。ゴメンなさい司さん。
『おっと……そうだったか、すまない志歩。これぐらいで大丈夫か?』
すると、私が困っている事を察してくれた司さんは、途端に申し訳なさそうに声をひそめてくれた。ほんと、貴方って人はそういう所ばっかり察しが良いのはずるいですよね。
「ええ、大丈夫です。それで……あの、何の話でしょうか」
『ああ、そうだな。それで、今日は一体何があったんだ? 普通に試験を受けて終わったのではなかったのか?』
「えっと、それは——」
そんな司さんの疑問に、私は少しだけ悩んだ後に今日あった事を全部そのまま話した。
受験会場の教室で他の人達が話していた心無い会話を聞いてしまった事や、その後にあった、私にとって貴重な出会いだと思えた白石さんと暁山さんの事も、全部。
きっと今までの私だったら、こんな困った事があったなんて絶対誰にも言わなかっただろうけど、でも司さんは、何があっても一番頼りになる私のお星さまだから。だから私は辛かった事を含めて全部を正直に話した。
そして全てを聞いた司さんは、少しだけ落ち込んだ声のトーンになった。
『そうか、そんな事が……すまない。お前にそんな思いをさせてしまったのは、オレの所為でもあるかもしれん。オレがお前に転校をそそのかすような事をしてしまったから……』
「いえ、司さんは悪くないです。これはこうなる事を予想して対策しなかった私が悪いですし、それに、司さんに何を言われたって関係ないです。だって、私自身が決めた人生の選択肢ですから。それに——」
私はそう言った後に少しだけ深呼吸し、高鳴る胸の衝動に身を任せるように、思い切ったような気持ちで言う。
「わ……私が、司さんと一緒に居たいから決めた進路ですから。だから……何があっても私は、全然平気なんです。後悔なんて……何一つないんです」
そんな、もう殆ど告白となにも変わらないような言葉を言い切り、私はドキドキする胸の鼓動や顔が熱くなるのを感じながら、司さんの返事を待つ。
すると、そんな私のドキドキする気持ちを全部返してほしいと思ってしまう位に、馬鹿みたいに明るい司さんの声が通話口から帰ってきた。
『お、おおっ……! そうかっ……そうかっ……! う、ううっ……! 最初はオレにあれ程冷たかった志歩が、ついにオレの事を年長者としてそこまで
「…………あ、はい。ありがとうございます。ワタシ、とってもウレシイデス」
「ハーッハッハ! この未来の大スター、天馬司が居る限り! お前の高校生活は虹色に輝く未来が約束されている! だから大船に乗ったような気分でいるがいい! アーッハーッハッハッハ!!」
「……あの、すいませんが静かにしてもらって良いですか? 私、また耳が痛くなってきました」
「おっと、それはすまない……」
本当……どこまで無神経なんだろ司さん。普通、女の子がここまで言ってるのに、気持ちに気づかない人って居る?
あぁ……もうダメだこの人、この調子だったらきっと『あなたの事をお慕いしてます』って直球で告白しても、“慕う”って言葉選びの時点で無駄なんだろうな。
本当……どうしてこんな人を好きになっちゃったんだろ私。でも……うん、それを自覚してても、やっぱり私はこの人の事が好きだって思っちゃうんだから、本当に私はどうしようもない。
『……む? 急に黙ってどうした志歩?』
「いえ……なんでもないです。司さんはいつも通り無神経だなって、そう思ってただけですから」
『ぐっ……また無神経か……! 志歩、そうは言うが、オレ程他人を気遣える人間はいないとオレは自負しているぞ! 何故なら、真のスターは悲しんでいる人間を決して見捨てはしないからだ!』
「あ、はい。とにかくその実績が私以外殆どないその無駄な自信は、さっさと捨てた方が司さんの為だと思いますよ? 自覚してください、あなたは無神経なんです」
『むぐっ……! どうやら、オレはまたお前を怒らせてしまったようだな……どうしてオレはいつもこうなる……?』
そう困ったような声で司さんは唸った後、気を取り直すように言う。
『まぁいい、いずれまた汚名返上しよう。とにかくその後、その暁山と白石という者達に出会えたお陰で、お前は危ない所を助けて貰えたんだな』
「……はい、そうです。二人共とってもいい人で……また、会えたらいいなって、私はそう思ってます」
『フッ、そうか。“あの”志歩がそこまで言う者達なら、まず間違いなく良い人間なのだなその二人は。良かったではないか、もう学校に通う前から友人が二人も居るのなら、お前の高校生活は輝かしいモノになりそうだな!』
「いや、別に友達とかそんなのじゃないですけど——」
そんな司さんの言葉に、私は今日出会った白石さんと暁山さんの姿を脳裏に思い浮かべてしまう。
『ううん、それで充分。私にとって日野森さんは、とっても優しくて良い人。そこから私の結論は変わらないから、絶対に』
『だって
本当に、優しくてあたたかい人達だったな。
私が誰かを相手にこんな気持ちになるのは、一歌達や司さん以来かもしれない。
会えるなら、絶対にまた会いたいな。
私はそんな事を考えて、気づけば口元が緩んでしまっていた。
「——それに、二人とも合格するって決まった訳じゃありませんし、そもそも私も合格するとは限らないんですけどね。でも少しだけ……そうなったら良いなって、都合の良い事考えちゃってます」
『……そうか。試験の結果といい、新たな出会いといい、今日は志歩にとっていい日になったようなで何よりだ。後は合格発表の時を待つだけだな』
「はい、自己採点の結果は悪くはないですけど、それでも楽観的には考えすぎないようにはしていますから、今からでも結果が待ち遠しいです」
私がそう言って今日の感想をまとめると、司さんは明るく提案するような声を上げた。
『そうだ、言うのが遅れてしまったが今日まで受験勉強お疲れ様だったな! よく頑張ったぞ志歩、祝いに何かオレにできることがあれば、何でも言ってくれ! オレに出来る事があればなんでもしてやるぞ!』
「——えっ? なっ……なんでも、ですか?」
『ああ、なんでもだ! 去年お前はオレの為に料理を振舞ってくれたからな、ならばオレも未来のスターとして、その分の礼はキッチリ返さねば不作法というものだからな! オレに出来る事があるならばなんでも言ってくれ!』
自信満々にそう提案し、想定外の幸運をプレゼントしてくれた司さんに、私は思わず固まってしまう。
——な、なんでも? 司さんに、なんでも言う事聞いて貰えるの? え? 私が? ど……どうしよう。じゃ、じゃあ、頑張ったから沢山褒めて欲しいって言ったら、沢山褒めて貰えるの?
いや……そんなので良いの私? せっかく何でも言う事を聞いて貰えるんだったら、そ……その……つ、付き合ってくださいって言ったら、付き合ってくれるとか? いやいや、なんでもって……その、
——って! なに私いま、司さんでヘンな事考えようとしたの!!??
あ、危ない……司さんに変態な子だって思われる所だった。もう本当、私の心をかき乱すのはやめてくださいよ司さん……心臓に悪いです。
でもじゃあ、だったら何をお願いしよう……? あ、そうだ……! いや、でも、このお願いも結構恥ずかしい気が……いや、でも言わないと、この関係はいつまでも前に進めない……!
そんな一心で、私は思い切って口を開く。
「で、でしたら……今までずっと遊びに行けなかったので、また今度……フェニックスワンダーランドに遊びに連れて行って欲しいです。それで……どうですか?」
い、言えた。デート、私から誘えた……! ど、どうだろう、司さんの返事は……?
そんなドキドキで司さんからの返事を待っていると、そんな司さんからの返事は拍子抜けするぐらいにあっさりとしたものだった。
「ほう、成程な。よしそれぐらいならお安い御用だ! また連れて行ってやるから心待ちにしているといい! その日をお前の記憶に一生残る位の楽しいものにして見せるぞ!」
「——っ! あ、ありがとうございます……!」
司さんの返事は、相変わらず私と遊びに行く事をデートと一切意識していないような、そんなあっさりとしたものだった。
それでも私にとっては、自分から誘えたデートで、司さんが来てくれる事がとっても嬉しかった。
司さんとのフェニラン……楽しみだな。絶対、前に二人で行った時より楽しいはず。
そう浮かれている私に、司さんは今思いついたような明るい声のトーンで言う。
「——そうだ! 志歩、確か一歌とは無事仲直りできたと言っていたな? ならば予定を合わせて三人で行かないか? オレと二人より、一歌も居た方がお前はもっと楽しめると思うのだが……どうだ?」
「えっ……!? こ、このっ——! ~~っ!」
そんな司さんのマヌケな提案に、私は思わず『この鈍感ッ!』と叫びたくなった言葉を、何とかかみ殺した。
もう本当っ……この人は……! どこの世界に、好きな人とデートに行くのに友達を同伴させたいって思う子がいると思ってるんですか!? 司さんは私とデートに行くんだって自覚をもっと——って、そもそもそんな自覚ありませんでしたね! じゃあ悪気はない分もっとタチが悪いですよ司さん!
ほんっとう……司さん、鈍感すぎですよ。
いいですか司さん? 私じゃなかったら、あなたぐらい鈍感な人なんてとっくに愛想尽かされてますからね?
もう、百年の恋も冷めるぐらいの無神経さですよ? だから……そんなあなたのダメダメな所を見続けていても好きで居続けられる女の子なんて……多分世界中探しても私ぐらいですよ? まったくもう……仕方ない。
そんな思いで、私は意を決して口を開く。
「気を使ってもらった所悪いですけど、私は……その……つ、司さんと二人で、フェニランに行きたいです」
「なにっ……?」
「あっ……いえっ、そのっ! あ、あんまり……大勢で行くと騒がしくて苦手で……あっ、あと、一歌にも私の趣味に付き合わせてしまうようで悪いですし……だからです。べ、別に……他意がある訳ではないので、気にしないでください」
私は司さんのビックリしたような反応に、思わずそんな言い訳を付けてしまう。
ここでカッコよく、『貴方とのデートを誰にも邪魔されたくないからです』とまで言えれば、司さんへのアタックとしては上出来だったけども——そもそも、そんな度胸があるなら、もうとっくの昔に私は司さんに告白が出来てる。
はぁ……やっぱり肝心なところで、私は意気地なしだな。でも、誤魔化したけど言い訳に無理があり過ぎて、これでも殆ど告白みたいなものなんだけどね……まぁいいや。どうせ無神経な司さんだし、相変わらず笑いながら気にしないでしょ。
と、そう思っていた私に、司さんから返ってきた反応は予想と違っていた。
『む……そうか……いい考えだと思ったのだがな……』
司さんは小さくボソリと、とても残念そうな声を漏らす。
それはまるで、自信満々にクレヨンで描いた絵を見せて、それにダメ出しを貰った子供のような純粋な落胆の反応だった。
司さん、なんだか思ったよりガッカリしてる? どうしてそこまで落ち込んでるの?
私の頭にそんな疑問が浮かんだ時、司さんは気を取り直したように明るく言う。
『まぁ、志歩がそう言うのであれば、フェニランには予定通り二人で行こう! むむ……だが、オレは以前志歩を強引に振り回して怒らせてしまったからな……今度は気をつけねば。もし志歩が嫌だと思ったらすぐに言うのだぞ!』
そんな司さんの明るい言葉に、さっきのおかしな反応に対して深く考えないようにした。
きっと、前の失敗も踏まえて司さんなりに私が一番楽しめるように考えてくれて、それが私に却下されたからという落胆の反応だったんだと、単純にそう自分の心に言い聞かせながら。
「……はい、ありがとうございます。でも、そこは気にしなくても大丈夫ですよ? 私、司さんとの付き合いはもう長いですし、振り回される事に関して耐性ならついてます。ですから、司さんの行く所ならどこでも付いていきますよ? ——あ、ただ、大声で叫ぶのだけは少しだけ遠慮してもらえれば……それさえなければ後はもう私、司さんに関しては全部許せる気がするので」
「む、それは簡単なようで難題だ……オレの声は癖のようなモノでもあるからな」
「はぁ、それも難しいんですか……ふふっ、分かりました。じゃあもう当日は少しぐらいなら大目に見ますから、その分はしっかり楽しませてくださいね? 約束ですよ?」
「よし! 分かった! ならばしっかり楽しみにしているといい!」
そんな風に、私は司さんとのデートの約束をとりつけることに成功した。
司さんと一緒にフェニラン……本当に楽しみだな。
そう思いながら私は傍に置いていたベースを再び手に取り、ワクワクで弾む心を音色に乗せる気持ちで弦をかき鳴らし、ベースの練習に普段より没頭したのだった。