ボクは、可愛いものが大好きだ。
見ているだけで気持ちがフワフワして、心が温かくなって、そして気づけばニコニコ笑顔になっちゃう。そんな可愛いものが、ボクは大好きだ。
何時だって身の回りをそんな可愛いもので埋め尽くしたいし、可愛いものを何時だって見て居たい。
だから、自分自身もそんな可愛いものになりたいって——そんな存在に近づきたいって、そう思うのは当然のことだとボクは思う。
なのに、世界はいつだってそんなボクに冷たかった。
男なのに可愛い恰好をするボクを、誰しもが理解出来ないって言って遠ざけた。
規則だからって言って、学校は無理矢理ボクに着たくもない制服姿を
だからそんなボクの思想が、みんなにとって受け入れられないような、そんな少数派の思想だって事に気付くのは、そう時間がかからなかった。
だけど、そんな人達に合わせて、ボクも“普通”になろうだなんて、そんな気は一切なれなかった。
そうやって自分を殺して生きる位なら、いっそ消えた方がマシだって、そう思った。
勝手な事を言う奴らなんか無視して、ボクの考えを貫いて生きてやるって、そう思った。
だけど——それでもボクは欲しかった。
こんなボクでも、温かく受け入れてくれるような人を。
ボクにとってここが“居場所”だって、そう胸を張って言える場所を。
……こんなボクでも、“ボクらしく”生きて居られるような居場所を。
でも、この冷たい世界は、そんなボクのささやかな願いすらも叶えてくれなかった。
仲良くなって、この人なら大丈夫だって、そう信じてボクの事を話した人達は——その全員が例外なく、みんなボクの前から消えていった。ボクの仲良くしたかった人達が、変わっていった。
みんな優しくて、明るくて、この人達ならありのままのボクの事を受け入れてくれるって信じていたのに……ボクの事を話した瞬間、ボクの扱いが変わってしまった。
『……え? 自分だけこの間の夏休みで、皆で遊びに行くのに呼ばれなかったのは何でだって?』
『いや、悪いとは思ったんだぜ? でもさ……プールに行こうって話になっててさ』
『そしたらさ……お前……
それ以降、気まずくなったのか連絡が来なくなった、アニメ趣味を通じて友達になった、気の良いオタク男子グループ。
『……え? 今日私達がショッピングモールに遊びに行くのに付いて来ていいかって?』
『……えっとぉ……その……わ、私はね? 全然、暁山くんの事気にしてないんだよ? でもさ……その、今日ね、私達……ちょっと、何て言うか、暁山くんが行きずらいお店に行くつもりでね?』
『——なんでそんな言いずらそうにするのって? えっとそれは……女の子専用のお店っていうか、そんな感じでさ。だから暁山くんは……その、
同じくそれ以降、段々遊びに誘われる頻度が減って、ついには関係が自然消滅した、裁縫趣味を通じて仲良くなった優しい家庭科クラブの女の子達。
そんな感じで、信じて裏切られてを何度も繰り返して、ボクは察してしまった。
こんなボクに、こんな世界に、ボクみたいな人間の“居場所”なんてどこにもないのかもしれないって。
だったらもう、最初から何も期待しないって決めた。
世界の人間なんて、どうせ最初から全員ボクの敵で。ボクを理解してくれる人なんてこの世のどこにも居ないなら、最初からもう誰もボクに近づけないって、そう決めた。
そんな、周りの人を全員遠ざけるような、敵を多く作ってしんどい毎日を送った。あの頃のボクはアニメを見て現実逃避したり、ニーゴの曲を聴く事だけが心の支えだった。
こんな苦しい毎日が続くなら、いっそ消えた方が楽なんじゃないかって思う位に。
——でも“あの日”、屋上に行って
『やあ
その先輩は、頼んでもないのにボクのクラスからの逃避先である屋上に、ずけずけと勝手に上がり込んできて。何度出て行ってくれって言っても、出て行ってくれなくて。
劇が大好きで演出家を目指しているんだと勝手に語って、頼んでもないショーの話なんかをベラベラ勝手に喋ってきて、本当にうっとおしかった。
でも、いつしかボクは、そんな変な先輩の変な話を、心待ちにしてしまっていた。
『孤独は、そこまで悪いものじゃないんじゃないかな』
『孤独は、僕に色々なモノをくれたよ。沢山のショーを見る時間に、様々なアイディアを考える時間に——』
『それに、屋上にいる孤独な仲間も、ね』
……本当に、本当に変な先輩だった。
孤独なのに仲間だなんて、そんな矛盾した事をボクに言って、言葉遊びで煙に巻くような、そんなつかみどころのない先輩だった。
もしかしたらボクは、そんな先輩にいつしか友情っぽいものを感じていたのかもしれない。
だけど先輩は、卒業していなくなって、ボクはまた一人になった。
だけどそんな先輩との出会いは、ボクにもう一度だけの勇気をくれた。
もう一度だけ、探してみよう。
ボクがボクらしく生きて居られる、居場所を。
こんなボクでも、ありのままのボクを受け入れてくれる居場所を。
だからボクは、ニーゴの動画制作担当として、もう一度誰かと関わる事を始めた。
こんなボクを必要としてくれて、ボクの心を救ってくれた曲を作った『K』の為に。
今度こそはって、そう信じる為に。
『——お前って、やっぱ変わってるよな』
……でも、そう決めて頑張っているけど、ボクはまだ怖い。
今度こそ大丈夫だって信じて——そしてもし、その相手にまた裏切られてしまったら、ボクは一体どうなっちゃうんだろうって。
そんな弱い自分に見ないフリをして、ボクは今日も生きる。
■ ■ ■ ■ ■
「はぁ、さーて、そろそろ教室行かないといけないんだけどな……やる気でないなぁ……」
ボクはそうわざと言葉を吐き出して、やる気の出ない身体に活を入れた。
今日はボクにとって、新しい生活が始まる日。神山高校の入学式。
そんな入学式までの待機時間を、ボクは人目から隠れるように屋上にやってきて、鉄柵から校舎全体を見下ろしていた。
何処で時間を潰すかって考えたら、真っ先に出てきた場所が
よく、馬鹿と煙は高い所が好きだってことわざを聞くけど、ボクは馬鹿じゃないから気にしない。なんなら、むしろ頭は良い方だって自覚もある。
——まぁ、天才って訳でもないんだけどね。だって
「……はぁ、それにしても、ボクはこの学校で高校デビュー上手くやれるかなぁ。ま、ざっと見た感じボクと同じ中学の人いなさそうだし……うん、大丈夫でしょ。それに、制服だってカワイイしね、言う事なしだって。ここに来るまで凄く見られちゃったし……『可愛い』って言われちゃったしなぁ……あははっ、最っ高」
ボクは屋上に来るまでに集めた視線を思い出し、思わずニヤけてしまう。
ふっふっふ、カワイイでしょボク?
やっぱり制服の規則が自由な高校選んでよかったなぁ、こうやって学校でもカワイイって言われるの最高。これだったらボク、いっそ本当に女の子としてやってけるんじゃ——いや、いいや、やめとこう。別にボクは女の子になりたいわけじゃない。
女の子も女の子で面倒だし、それに、女の子になる事をボクがボクらしく生きる手段として認めてしまったら——
女の子じゃないと、カワイイ服を着られないって世間のクソみたいな一般認識を、自分で認めたような気がする。
それは駄目だ。それはボクにとっての唯一の“負け”だ。
負けてたまるか、ボクはボクだ。お前らの作った一般常識の型にボクを押し込めるな。
誰も、ボクの可能性を縛るな。ボクは誰にも縛られず自由に生きてやるんだ。
周囲の目なんか関係なく、ボクはボクの生きたいように生きる——それが、ボクの
例えこのエゴがボクを孤独にするとしても、それでもボクはそう生き続けてやる。
「……なーんて。そう決めてるくせに、どうしてボクは割り切れないんだろね……ハァ」
ため息を吐く。
胸の中にこんなにも譲れない
いっそ、全部諦めてずっと、中学のあの一番荒れてた時期の尖ったままの自分で居て、そして人間関係の全てを諦められたら楽だったのに。
まぁいいや、もういい。そんな弱い自分も含めてボクだ。認めろ、ボクは弱い。
「さーて、流石にもう時間的にそろそろ行かないとね。ボクの高校デビューはどうしよっかなぁ~?」
金網から離れて、ボクは歩き始める。
さて、こんなにも可愛く髪のロールとサイドポニーも決まってる事だし、ボクはどんな感じでクラスでやっていこうかな。いっそ、本当に女の子のフリしてやってく?
いや、それだと後でバレた時に面倒くさい事になるのは中学で経験済み。
……性別を隠してうまくやれるのは、今の『ニーゴ』のネットの関係だけ。
それじゃ……面倒くさいけどクラスの皆には言うしかないか。はぁ……やだなぁ。
でも仕方ない、それでも、中学の頃の自分を知られているよりずっとマシ。
それに流石に、クラスの外にまでボクの噂は広がらないでしょ。そこまで他人がボクに興味があるなんて考えにくい。
でも、ただ、ボクにとって唯一の弱みは——あの、白石さんと日野森さんだ。
二人共合格発表の時に少し見たけど、あの様子だったら二人共合格してる。
あの二人は駄目だ。あの二人には、今のボクの姿を見せたくない。
だって、そんな事したら……こんな趣味があるのを隠して、自分達と接してきたのかって、そう思われるかもしれない。
それはいやだ。ボクはもう……誰かがボクを見る目が変わる瞬間が、たまらなく嫌だ。
仲良く出来てた人が、ボクの本当の事を知った時から段々と掌を返されていくあの時間が、堪らなくイヤだ。
最初から嫌われるのには慣れてる。何も感じない。
でも——あの二人は、ボクの事を優しい人って言ってくれたんだ。
これから捨てるつもりの自分を、誰の記憶にも残したくないって思って、散々冷たくしたボクの事でも、優しいって、良い人だって、また会いたいって、そう言ってくれた。
そんな人達にボクは……嫌われたくない。
ボクの事を見る目を、変えて欲しくない。
本当にボクは馬鹿だ。
こんな事になるなら、最初からあんな馬鹿なお願いなんて断っとけばよかった。
そしたら……あの二人だったらボクを受け入れてくれるんじゃないかって、そんな期待なんて持たずに済んだのに。
ボクの事を知っても変わらずにいてくれる人だって、ボクがずっと探し求めていた人があの子達なんじゃないかって、そんな期待を持たずにいられたのに……どうせ裏切られる期待を、持たずにいられたのに。
でも、ボクはずっとあの子達を避けてこれから学校生活を送るの? また、逃げるの? これから先も、逃げ続けるの? そんなの無理に決まってる。
ならボクは……いったいどうしたら……。
「ああっ……! もういい、割り切れボク、過ぎたことは仕方ないんだって……! そんなネガティブな事なんかより、楽しい事考えよ! これからのボクは、楽しい事だけを考えて生きていくって決めたじゃん! よし! 行こ!」
そう口に出して、無理矢理ボクが前を向いた時。
ギィッと金属音をたてて、ボクの目の前のドアが開き、そこから息を切らせながら入って来た人を見て、ボクは思わず声を漏らしてしまう。
「——えっ?」
何故ならそこには、ボクが今一番会いたくない子が立っていたから。
その子は切らした息を整えて、驚くボクの顔を見つめた後で、自慢げに笑ってその銀色にたなびくセミロングヘアを揺らしながら頷いてこう言った。
「
——この日の事をボクは、後日振り返った今でも鮮明に思い出せる。
だって、今日この日こそがボクにとっての記念日になったから。
ずっと欲しかったものを、“居場所”を見つけられた。そんなボクの記念日。
そんな大切な日になったこの日の思い出を、ボクは日野森さ——いや、
それは、この時の志歩がボクに向けたその翡翠色の瞳の奥には——確かに