クラス表を見た後、校舎の方に向かったっていう教室の男の子の話を元に、杏にも協力してもらって校舎内でピンクでサイドポニーの子を見なかったかって、片っ端から生徒の人に尋ねて回った。
そうしてやっとたどり着いた屋上で私は——この学校の上ブレザーを羽織り、そして下にはスカートを履いた、どこをどう見ても可愛い女子生徒にしか見えない暁山さんの姿を、やっと見つけることが出来た。
「……
そう言った瞬間、暁山さんは両目をこれ以上ないぐらいに大きく見開いた後で、見ているだけで可哀想に思える位に震えながら、口を開く。
「だっ……誰の事っ……かなぁ? ボ——
そんな、誰でもわかるような無理のあり過ぎる嘘を言った後で、暁山さんはサッと目を逸らして顔を伏せる。
そんな暁山さんの行動を、今の彼の恰好を見るだけで分かる。
この人は、今までどれだけの周囲の冷たい視線の中で生きて来たんだろう。
それこそきっと、私が今まで味わって来たような——いや、もしかしたらそれ以上の仲間外れの扱いを受けて来たんだろう。
そんな彼の姿を見て、私は酷く可哀想で——それ以上に『辛かったんだろうな』って、そんな感情を覚えてしまう。
ああ、そっか。これが“同情”なんだ。
誰かの痛みが伝わって来て、それを分かち合ってあげたいって、そう思ってしまう気持ち。
これがあの日、受験会場で暁山さんが私に向けてくれた感情なんだ。
私を、助けてくれた感情なんだ。
だったら……私は、そんな今の暁山さんを、今度は私が助けてあげたい。今、私の目の前で辛くて苦しんでいる暁山さんを“笑顔”にしてあげたい。
絶対、そうしたい。
そう思っていると、後ろから私を追いかけてきた杏が、ようやく到着する。
「はぁっ、はぁっ……志歩、ここに暁山くんが居るって——あ、ほんとに、居た…っ!?」
瞬間、暁山さんの姿を見て驚いたように目を見開く杏。
そうだよね? 後ろ姿じゃわかんなかったけど、流石に顔を見たら恰好は全く違うけど、確かにあの日の暁山さんだって、すぐわかるよね杏?
「——っ!」
すると杏の声がした瞬間、暁山さんは数歩即座に後ずさりした。
そんな暁山さんを杏は暫く目を見開いたまま見据え、今の怯えきった彼をじっと観察した後で——まるで、なんでもないように笑って言う。
「暁山くん、久しぶり! どーだ、あんなに馬鹿にしてくれたけど、私この高校受かったよ~? あ、そうだ! ラムレーズンアイス! もちろんオゴりの話、忘れてないよね? 今日入学式の帰りに一緒に行こ?」
「あっ……そのっ、私、瑞希って人じゃなくて……」
「あ~! 別人のフリして誤魔化そうとしてるな~? そんなので私が騙せると思ったら大間違いだよ? ほら、顔見たら絶対同じってすぐわかるもん。“私”なんてキャラ作っちゃってさぁ、まぁ努力は認めるよ? でも残念でした~! 私のアイスへの執念の勝ち!」
「~~~っ!」
そんな怒涛の杏のトークが、暁山くんが誤魔化そうとする言葉を完全にシャットアウトしきる。
多分、杏は今の暁山さんの様子を見て、そして入試の時に会った暁山さんの素っ気ない対応を思い出して、それで全部察したんだと思う。
暁山さんが、今までどれだけ沢山大変な事にあってきたのか。だからこそ、自分はそんな暁山さんの事を敢えて気にしない方が、一番彼にとっていいんだと。全部察したんだと思う。
流石気配りの人だね杏、心強いよ。
そんな杏の援護を受けながら、私は言う。
「……ほら、杏もこう言ってますし、とりあえず賭けの件は杏の勝ちという事で。教室に戻りませんか? アイスの件はまた入学式の後で、一緒に帰って約束を果たしましょう。それでどうですか?」
出来る限り、いや、本心から私は、暁山さんを安心させるつもりで笑顔を浮かべる。
そんな、まるで何事もなかったように話しかけ続ける私たちに、暁山さんは震えながら顔を伏せ、今だに私たちと視線を合わせないままに言葉を紡いだ。
「……な……んで? どうして……ボクの事、そんな、何でもないみたいに……? その……
そんな、まるで少し前の自分を見ているような反論に、私は迷わず返す
「それが、暁山さんと何か関係ありますか?」
「そんなの、私が仲良くしたいって思った君に何も関係ないよ」
杏と殆ど同時に言葉は被った。あぁ、でも残念。私は流石に杏と暁山さんぐらい、言葉選びも一致ってぐらい息がピッタリって事じゃないみたい。
杏は一歩、前に歩み出て暁山さんと距離を詰めながら言う。
「君がどんな格好してたって関係ない。私にとっての暁山くんは、ちょっとひねくれてて、そっけなくて、それでも困ってる誰かの事は放っておけない——そんな、不器用だけど優しい人」
「…………!」
「もしかしたら、君があんなひねくれて不器用だったのは、今の君の事を周りの人に色々言われて、それでムカムカってして、それでああなっちゃったんじゃないの? いや~、気持ち分かるよ? 私もさ、お父さんがスゴイから歌の練習いくら頑張っても親の七光りって言われちゃう事あってさ……もー、良く知りもしないのに色々言う人って、腹立つよね? 君がああなっちゃう気持ちも分かるよ」
「…………ボク、は」
「大丈夫大丈夫、分かってるから。別に騙されたとか私そんなの思ってないよ? 出会ったばかりで、趣味とかそんな突っ込んだ話する方がおかしいじゃん」
「それは、でも——」
「じゃあ……それでも騙したって気にしちゃうなら、今日から始めようよ、私たちの付き合いをさ! あ、自己紹介するね、
「~~~っ!」
暁山さんは白石さんの言葉に、堪らず下唇を噛み締めてさらに俯いた。
そんな、殆ど一人で暁山さんの心を解きほぐしていく杏の手腕に、私は感服する。
やっぱり杏はスゴイな……うん、これなら私が口を出す必要も無さそう。
やっぱり暁山さんにとって杏が——
と、そう思った瞬間だった。
「————れ、ないよ」
「え? 何て言ったの?」
ポツリと呻くように、俯いた暁山さんの口から声が漏れる。
そして暁山さんは、尋ねた杏に対して大声で叫ぶように言う。
「——っ、だからぁ! 騙されないよって、そう言ったんだよッ!!」
「……えっ?」
「いつだってそうだッ! ボクの事を知って、それで最初はみんな君みたいに調子の良い事言うんだッ!! 『話してくれてありがとう』『私達は大丈夫』『これからもよろしくね』って……最初は、そんな……ッ!」
暁山さんは歯を食いしばり、拳を握りしめ、心のドロドロとした傷を吐き出すように言葉を紡ぐ。
「……でもっ、一緒に過ごしていくうちに段々小さな違和感が重なっていくんだ、色んな所で本人たちも無自覚で、悪気はないって分かってるんだけど、段々ボクに対して遠慮が見えてくるんだッ! ボクの事を……まるでっ、腫れ物に触るみたいな扱いしてきてッ……! そして、気が付いたらみんな離れていくんだ! 君もッ! どうせそんな奴らの内の一人だろッ!?」
「——わ、私はそんなんじゃ」
「うるさいうるさいうるさいッ!! 聞き飽きたんだよそんな上っ面だけの綺麗事ッ! やめてよッ……どうせ裏切られる期待なら、最初からない方がいいんだ……もう、ボクに期待させないでよッ!!」
「暁山くん……」
暁山さんの拒絶の言葉に、杏は表情を悲痛に歪める。かける言葉が、見つからなくなったんだろう。
そう言って杏を拒絶する暁山さんを見て、私は胸が締め付けられる気持ちになった。
——ああ、この人、本当に私と同じだ。
二年前、私が一歌達と離れて一人でいようって、そう決めたあの頃。
だれとも上手くやれなくて、クラスから追い出されて、それでもまだ音楽でなら誰かと一緒に居られるんじゃないかって、先輩達の誘いに乗って文化祭の為にバンドを組んで——それでも、上手くいかなかったあの頃。
もうどうせこんな自分には、一緒に居てくれる人なんて現れないって、出来やしないって、そう周囲に期待する事にも疲れかけていたあの頃。
そんな昔の私と——司さんと出会う前の私と、今の暁山さんは同じだ。
『司さん、私は……
あの頃の私は、司先輩に差し伸べて貰えた手すらも握れなくて、そう言って突き放して自分の心を守るので精一杯で。
何も、本当の意味で相手の事を理解しようとしてなかった。そんな気すらも無かった。
もし、そんな私と今の暁山さんが同じなら——私は、あの日に私が司先輩に助けられたみたいに、今度は私が、暁山さんにとっての“司先輩”になってあげたい。
それが、あの日に司先輩が私にしてくれた事への
「暁山さん……それで、あなたの言いたい事は終わりですか?」
「えっ………志歩?」
「——っ、日野森さん……」
前に進み出て、杏の間に割り込んで暁山さんの前に立つ私に、二人は驚きの声を上げた。
二人に構わず、私は言う。
「暁山さん、どうしてあなたは私達の事を信用してくれないんですか?」
「——っ、あ、当たり前でしょ! そんな、出会って少ししかしてないじゃん! そんな相手なんで、どうして信用できるのさ! だから——」
「でも、それは私も同じ事が言えます。暁山さん、貴方はどうして私達を信用する努力を
「えっ……?」
私の反論に言葉を失う暁山さん。でも、私はここで手を緩めず続けて言う。
「暁山さん、私はあなたが今までどんな目に遭って来たのか、具体的には分かりません。ですが……私は、今のあなたの心の痛みを、少しだけ理解できる気でいます」
「そんな……まだ出会って間もない癖に、ボクに勝手な事言わないでよ!」
「いえ、言わせてもらいます。だって貴方もした事じゃないですか、最初に出会ったあの日、私のような人間の事がよく分かるって、そして貴方は出会ったばかりの私に言ったじゃないですか……誰が何と言おうと、私は私なんだから胸を張って生きてやれって、そう言ってくれたじゃないですか……!」
「あ……それは……」
「だから……私はやめません! お節介だろうが何だろうが、例え自己満足の偽善だって言われても……私は、やらない善よりやる偽善を選択します! 私は、貴方を放っておけないんです! あの時の貴方がきっと私に感じてくれていた気持ちのように……私も、貴方の事が放っておけないんです!」
「~~~っ! なんだよそのめちゃくちゃな理論! 付き合ってられないよ!」
「いいえ、付き合ってもらいます! だって……信じて貰うもなにも、私達はまだ出会ったばっかりなんですから! 私はあなたに私の事を信用してもらいたいんです! だから、私はあなたともっとこうして、言葉を交わして分かり合いたいんです……!」
一歩、暁山さんとの距離を詰める。
「暁山さん……怖いですよね? 誰かを信じる事って、とっても怖い事ですよね?」
「なっ、そんな事……ない……」
「分かりますよ。私も……同じ経験があります。私……実はけっこう融通が利かない性格で、その所為で前の学校じゃ、仲間外れにされてきたんです。それで、好きな音楽の事なら一緒に上手くやれる人がいるかもしれないって、そう思って組んだバンドメンバーとも、結局うまく行かなくて……中学の私は、何時も一人ぼっちでした」
「え……?」
一瞬顔を上げて目を丸くする暁山さんに、私は今居る屋上を見回しながら言う。
「——それで、どこにも居場所が無かった私は、丁度ここみたいな感じの屋上で、いつも一人でベースを弾いていました。ひとりで居るのが気楽で——でも、それでも心のどこかでは、こんな私でも一緒に居られるような人を、いつも探してました……こんな私でも、一緒に居てくれる人を、この場所でいつも諦めきれずにいました。……私達、どうやら選ぶ場所も一緒みたいですね?」
「……え? そんな……君も……?」
「でも……私をそんな日々から救ってくれた人が居ました。その人はナルシストで、勝手で、どこまでもマイペースで滅茶苦茶で、私の心の中に勝手に踏み込んできて……でも、気づけばその人は私にとって、居なくてはならない人になってて……そうやって私を……孤独から救ってくれた、そんな輝くお星様みたいな人がいました。だから私は……そんなお星様を追いかけて、この高校にやって来たんです」
「………………そっかぁ、それは……君は、幸運だったね」
私の語る話を聞いて、暁山さんは再び、上げたはずの顔を深くうつむかせた。
だから私は声を張り上げる。
「だから! 私は言えます! 暁山さん、貴方にもきっと私にとっての
「——っ、だからって! 勝手に自分の成功例を人に押し付けようとしないでよ! ボクは君とは違うんだよっ……! ボクはもう……信じて、裏切られて、また今度こそって信じても裏切られて……そんなのはもう沢山なんだよ……! ボクはもう、未来に希望なんて持てないんだよ! どうやったらそんな前向きに生きれるって言うのさ!? そんなの——」
そう言って、暁山さんは叫ぶ。自分の孤独を。
捨てられない
それでも私は、さらに一歩前に進む。この声が届くように、今の彼に一番必要な言葉を伝えてあげるために。
私が教えて貰った言葉を、暁山さんにも伝える為に。
「『今日がいい日じゃなくても、明日はいい日になるかもしれないって思えるように』」
「……今日が、いい日じゃなくても……?」
私の言葉を——みのりから貰った受け売りである言葉を、暁山さんは繰り返すようにそうポツリと呟いた。
私はそんな暁山さんに頷いた後で続ける。
「……この言葉はある子から教えて貰った言葉です。その子はアイドルになるって夢があって、それでもオーディションには落ち続けて、折れそうになる度にその言葉を思い出して、また夢に向かって頑張れるんだって、そう言っていました」
「……そんなの……ただの根性論じゃん」
「ええ、そうですよ。根性論ですよ。だけど……きっと、私達に足りてないのはそういう所なんですよ。私達みたいな人間は、結局沢山色んな人とぶつかっていく必要があるんですよ。私達にとって必要だって思える人は、きっと数限られた貴重な人だから……そんな人に出会う為に、私達は何度も出会いと別れを繰り返さないといけないんですよ。明日こそはいい日に——って、そう思って何度も立ちあがるしかないんですよ」
「——っ!」
私の言葉が心に届いたのか、暁山さんは動揺したように身体を震わせる。
そんな暁山さんに、私は声を張り上げて言う。
「そして、その時が今です! もう一度だけ、信じる勇気を持ってください! 今あなたの目の前に居る私が——私達が、貴方にとっての“その人”なんだって、そう信じてぶつかってきてください!」
「なっ——!?」
「そしたらきっと……私達は貴方にとっての“何か”になれます! 貴方は……こんなこれ以上にないチャンスを、自分から手放すんですか!? だから……さぁ! もう一度だけ、信じてみてください!」
「……そ、そんなの……」
「暁山さん! 私達を信じてください! お願いします……!」
そう声を張り上げて、私は暁山さんに手を伸ばす。
そんな伸ばした手を暁山さんは震えながら見つめ、そしてついに——
「——っ! そんな都合の良い話が今更ボクに……ある訳ないっ……!」
「——あっ……!?」
「暁山くんっ……!?」
一目散に、屋上から校舎内に向かうドアへと駆けて行く。まるで、私の手から怯えて逃げるかのように。私達の声も聞こえないかのように。
しまった、決断を急ぎ過ぎた……?
「っ……待ってくださいっ……!」
急いで追おうとするけど、暁山さんの足は速く、もう屋上の扉は目と鼻の先の距離にまで近づいていた。
ダメだ……足が速くて追いつけない。
このまま逃げられたらきっと、もう二度と暁山さんは私の前から姿を消してしまうだろう。
そんな……私は、失敗してしまったの? 暁山さんを、笑顔に出来なかったの?
ごめんなさい司さん……やっぱり私には、貴方みたいに誰かを救う事なんて出来なかったみたいです。
私みたいな人間は結局、どんなに変わろうと頑張っても……結局いつまでも救われる側の人間のままなんでしょうか。そんなの、悔しいです……!
私は、暁山さんと友達になりたかったのに……!
悔しさを噛み締めながら私は、ついに扉に手をかけて出て行こうとする暁山さんの姿を見る事しか出来ない——
————そんな時だった。
暁山さんが手をかけようとした扉が、急に内側に開く。
そして、現れた人影が暁山さんを通せんぼする形で、入口に立つように現れた。
「ちょっ! 邪魔! 誰なのさ一体!?」
暁山さんは現れた人に当然文句を吐き捨てる。
だけど、ああ……駄目だ。ダメだよ、その質問を
だってその人は——!
「——フ! 初対面でいきなりオレの名を尋ねたいとは
その人は——私が困った時には何時でも助けてくれるお星さまは、天高く人差し指を掲げ、そして最高に彼らしい不敵な笑みを浮かべて——相変わらず大きすぎる声で宣言する、己の名を。
きっと、やがて世界に轟くその名を。
「
「……な……なんなのさ、それ……」
そんな、あまりにも空気を読まないその宣言に、その堂々とした立ち姿に、暁山さんはその場で立ったまま絶句してしまった。
そんな窮地に現れた司先輩の姿に、私の隣で杏は苦笑する。
「……ヤッバ、ちょっとだけカッコイイって思っちゃったかも」
「——でしょ?
「盗らない盗らない、だってとっても怖い狛犬ちゃんが守ってそうだもん」
「へぇ……よく分かってるじゃん」
私は杏とそんな冗談交じりの会話を交わし、司先輩がこれから言う言葉を待った。
もう、司先輩が来てくれたなら安心だ。全部、司先輩が解決してくれる。
と、そう思って安心していた時、司先輩は私の方を向いて口を開いた。
「さぁ、どうした志歩? お前は、この者と話をしていたのだろう? 続きを話せ」
「……え? いや、でも……」
「志歩、オレは会長に頼まれて、屋上扉前に予備で置いてあるパイプ椅子を取りに来ただけだ。オレは何も知らんし、この者にかける言葉も、お前の胸の内にしか存在しないぞ? オレに出来るのはここまでだ……後は、お前が頑張るんだ、志歩」
「えっ……」
急にそう言われ、安心していた心が一気に不安になる。
そんな弱気を見抜いたのか、司先輩はスターを目指す先輩らしい、芝居がかった台詞回しで私に言う。
まるで私を応援するように。
私の背を思いっきり押すように、司先輩らしい、大きな声で私を鼓舞する。
「頑張れ志歩! これは、
「——私の、物語……!」
そうだ……何を私は、司先輩任せにしようとしてたんだろう。
司さんに甘えるのは、もうやめるって決めたのに。私は——!
そう自分に喝を入れた瞬間、青空の下での春一番の風が、私の背を確かに押した気がした。
「暁山さん……まだ、私との話は終わってない」
一歩、また一歩、言葉を紡ぎながら暁山さんとの距離を詰める。敬語を忘れてる気がしたけど、そんなのもうどうでも良かった。
暁山さんは何処にも逃げられないと、苦い顔で私を見た。
「——っ、な、なんなのさ! どうして、そこまでしてボクの事を構うんだよ! 所詮はボク達は他人でしょ!? ボクには君がそこまでする理由がわかんないよ!」
「そうだね……他人だね。でも、私はもう暁山さんの事は他人だって思えないよ。だから、これから貴方の事を沢山知りたい。そして——“友達”になりたい。理由なんてそれで充分でしょ?」
また一歩、距離を縮める。
「~~っ! だから滅茶苦茶だよ! その答えは答えになってない! 理解できないよ!そんな理屈で、ボクが納得するって思わないでよ!」
「そうだよ、結局他人の考えなんて理解できないんだよ。私達が今まで誰にも理解されなかったように、私達もきっと誰の事も理解できない。でも、理解しようと努力する事は出来る。一人一人がお互いを理解しようと努力して、そして歩みよる。その過程こそが“絆”って言うんじゃないの!?」
また一歩、距離を詰める。
「……う、うるさい! やめてよ……それ以上来ないでよ! やめてよぉ……怖いんだよ。誰かを信じるのも、裏切られるのも、もうどっちも怖いんだ。もう、ボクがボクである事を、大好きな人に否定されるのが怖いんだよ……! だったらもう、何も欲しがらない方が気楽なんだよ! 最初から、変わりたいって思うから駄目だったんだよ……ボクはもう、何も変わりたくない! 一生このままでいい!」
「変わりたくないんだったらどうして、暁山さんはこの高校を選んだの? それは、自分が自分らしく居られる環境を望んだ結果でしょ!? 結局は暁山さんも——変わりたかったんでしょ!?」
そしてまた一歩、距離を詰める。もう暁山さんとの距離は目と鼻の先だ。
「——っ! うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい! 知らないよ! 君にボクの何が分かるんだ!? ボクはッ! この世界が嫌いだッ! 多くの人間が信じる“正義”を免罪符にして、その“正義”から逸れた人間を袋叩きにするこの世界が嫌いだ! 『ジェンダーレス』って言葉を、自分に都合の良いように解釈して分かったつもりでいて、その本質を理解しようとしない奴らばっかりのこの世界が嫌いだ! こんな世界で、一体ボクは何を信じろって言うんだよッ!!??」
「——私もこの世界は嫌いッ! 言いたい事も言えなくて! 自分の心を押し殺して周囲に合わせる事が“正しい人”って扱われる風潮が嫌いッ! 周りとは違う事をする人を、皆で寄ってたかって悪人扱いするこの世界が嫌いッ! ——だけど、それでも……っ! この世界はそれだけが全てじゃないッ! ……いるよ? 居るんだよ! それでも、信じられる人は居るんだよ!」
「——っ、そんな、そんなの……ボクは……ボクは……」
そして、最後の一歩。
踏みこんだ私は、暁山さんの——
その心に響けと、叫ぶ。
「だから
そう叫んで、私は手を取ったままで瑞希の目を真っすぐ見据える。
一秒、二秒、やがて十数秒、決して短くはない時間が経った後で、ポトリと、瑞希の頬から涙が流れた。
「——っ、ど、どこまでっ……き、君はぁ……頑固なんだよぉ……」
「……悪いけど私、諦めが悪い女だから。一度決めた事は諦められないんだよね」
「あ、あはははっ……きみっ、本当に……変わってるよ……変わってるよぉ……」
そのまま、止めどなく涙を流しながら瑞希は言う。
「——っ、ぼ、ボクっ……可愛いものが、大好きなんだ」
「……うん、私も可愛いの大好きだよ。ウサギとか、白くてふわふわしたのがとっても大好き。一番気に入ってるキャラはフェニランのフェニーくんかな」
「ボクっ……可愛い服も大好きで、自分で作ってる服も結構あってっ……」
「ああ、もしかして合格発表の時に着てたあのゴスロリ服って自作? へぇ、やるじゃん。可愛かったよ、とっても」
「……っ、だから、この学校なら、こんなボクでも普通に可愛い制服が着れるって分かったから来てっ……これからも、この格好で学校来るつもりでっ……!」
「いいんじゃない? 今の瑞希、最高に可愛いと思うよ。そんな信念貫ける自分があるなんて、そういうの私凄く良いと思う。カッコいいよ」
瑞希は、流れる涙をそのままに私の腕を取る。
そして、まるで縋るような目で私を見て、ありったけの想いが籠ったような声で、言う。
「——っ、ぼ、ぼくっ……ボクっ……
「当たり前じゃん、私、友達付き合いが凄く狭い代わりに、その分一人一人をすごく大事にするタイプだから。瑞希が信じられるような友達になれるよう、これから私も頑張るね。だから宜しく、瑞希」
「……うっ、うぅぅぅぅっ……! う、うんっ! 宜しくっ……よろしく、志歩ぉ……!」
そう言って瑞希は、大声で泣きながら私の手を握った。
握られたその手はまだ震えていて、まだ瑞希自身でも怖さが拭いきれていないのが伝わって来た。
でも、それでいい。最初から全部信頼されるのも逆に不安になるから。これからだ、これから、始めて行こう。
……それにしても、高校に入ってからの友達、二人も出来るなんて思いもしなかったな。
これも全部、司先輩のお陰だ。
「ありがとうございます、司さん。貴方のお陰で私————あれ?」
だけど、そう言って首だけ振り返った先には、いたはずの司先輩はもう居なくて。
だから私は、あの人は全部見届けた後で何も言わずに去ったんだという事を悟る。
全く……どこまで貴方はカッコつけたら気が済むんですか、司先輩。
「は~! さっすが志歩だね! 気が付けば全部志歩が持って行ったじゃん。やるぅ~」
「あ、杏……ありがと」
そう思っていると、私達の事を見守っていた杏がやってくる。
すると杏は、ようやく涙が落ち着いた瑞希の肩にポンと手を置いた。
「でも、さっきは私の言った事を綺麗事扱いされて悲しかったな~、私だって、必死で頭で考えて
「あ……そ、その……あの時は……」
「いいよ、謝らなくても。イライラして勢いで言葉出ちゃう時あるよね。でも……私、志歩に説得任せた方が一番良いって思って敢えて黙ってただけで、気持ちは志歩と同じぐらい瑞希と仲良くしたいって、君の事理解しようと努力したいって、そう思ってるんだからね? そこんとこ忘れないで?」
「……! ふふっ……まったくもう……二人揃って、馬鹿なお節介ばっかりだなぁ……参ったよ……本当に参ったよ、降参……ありがとう。本当に、ありがとうっ……」
そう瑞希が再びポロリと、泣き止んだ筈の瞳から涙をこぼすと、同時に学校のチャイムが鳴る。あ、マズい、集合時間……!
「あ……! 杏、確か入学式は……?」
「あははっ、教室の集合時間とっくに過ぎてるねぇ~! 急いで教室か、もうみんなに先に行かれちゃってたら体育館に直接行かないと、私達三人とも入学早々問題生徒扱いだよ~?」
「だ、駄目じゃん……! ほら! 行こう瑞希!」
そんな大慌てする私を見て、瑞希は気づけばさっきまでの泣き顔が、嘘のように笑顔になっていた。
「……あ、あはははっ! もうっ……本当、今結構ボクにとって大事な瞬間だったんだけどなぁ~! 締まらないなぁ、も~! 君達と居るの、これから凄く大変そうだねぇ! ま、ボクそういうの嫌いじゃないけど~! よ~し! もうボク吹っ切れたから! 行くよ二人共! 一番遅れた人アイスクリーム奢りね~!」
「あっ! ちょっと待ってよ瑞希! それ、自分の得意分野に勝負を持って行って、私のラムレーズンアイスの件を有耶無耶にしようとしてない!? 絶対逃がさないから!」
「な、何で勝手に賭けになってるのっ……? ちょ、ちょっと待って二人共……私、そこまで運動が得意じゃないのに……!」
私達は、大騒ぎしながら急いで入学式へと向かう。そんな私達を、青空の中で輝く太陽が照らしていた。
これが、私の神山高校での入学式の思い出。
そして私がこの三年間、神山高校で駆け抜けた青春の物語の
誰の物でもない私の物語は今、始まったばかりだ。