神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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短編集:神山高校の志歩の日常

神山高校の志歩の日常短編集① 

【孤高のロンリーウルフ?】

 

 志歩が神山高校に入学して早2週間。

 彼女は今まで通っていた女子校である宮女とは違い、共学校である神高ならではの、生徒達全体の“独特なノリ”に少しだけ翻弄されながら、杏や瑞希の助けも借りながらも、徐々に順応しつつあった。

 そんな最中、昼休憩の際に一人で廊下を歩いていた志歩に、同クラスの二人の女子が声をかける。

 

「あっ、日野森さーん! 今日これからお昼? 何時も暁山さんとか、時々杏とも一緒に食べてるけど今日は一人なの?」

「え……あ、はい。二人共今日は用事があるらしくて」

「じゃあ、良かったら今日は私達とご飯食べようよ! 私達、ちょっと宮女ってどんな所だったのか気になっててさ、話とか聞けたらな~とか思ってるんだけど」

 

 そんな普段は面識のない、クラスメイト女子二人からの好意的な誘い。それに対して志歩はほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をしながらも、キッパリと答える。

 

「ごめん、誘ってくれたのは嬉しいけど、今日はご飯食べた後に図書室に用があるから、また今度でいい?」

「あ……うん、そっか。急に誘っちゃってゴメンね?」

「全然私達も無理には言わないしさ、またね、日野森さん」

「うん、ごめん。またね」

 

 志歩はそうクールに言って二人をあっさり袖にし、スタスタと歩いて行く。

 そんな志歩の後ろ姿を見て、二人は小さく小声で彼女の事を話し始める。

 

「いやぁ……分かってたけど、日野森さんって難攻不落だねぇ。杏や暁山さんとは楽しそうに喋ってるから、悪い子じゃないし、人付き合いは嫌いじゃないタイプと思うんだけど」

「そうだよねぇ……まぁ、普通に今日はお昼一人で食べる気分だったんだろうね。でも普通は誘われたら自分の予定とか変えそうなのに、日野森さんはキッパリ断れるんだからすごいよねぇ……なんか、他人に流されないクール系っていうかさ」

「そうだよねぇ、なんだか、適当に群れるのを嫌う孤高の人って感じだよね」

「うんうん、私、なんだかああいうの憧れちゃうなぁ……私、学校で一人になっちゃったら不安だもん」

「わかる~」

 

 そんな彼女達の志歩の総評は、今しがた誘いを袖にされたにもかかわらず、総じて志歩に対する悪印象はなかった。

 それは、杏や瑞希が普段から志歩に話しかけ続け、彼女が悪人ではないという印象をクラス全体に伝え続けているが故の結果だった。更にその上、彼女自身が持つ整った顔立ちの魅力も、彼女の好印象を押し上げる後押しともなっている。

 だからこそ、そんな志歩へのクラス全体の印象は——

 

「いやぁ、日野森さんこそ『一匹狼』って感じだよね!」

「そうそう! 孤高のロンリーウルフ! 髪だってサラサラの銀髪のセミロングだし、一層オオカミの印象が強いっていうか……カッコよくてクールな美人だよねぇ」

 

 そんな、クールでミステリアスで、だけど時々覗かせる笑顔が美しいような、クラス内でも高嶺の花のような存在となっていた。

 当然、男子からの人気も密かに非常に高いし、そんな志歩の評判は他クラスへも広まりつつあった。

 そう——まさに今、神山高校一年生の間では『クールな一匹狼(ロンリーウルフ)・日野森志歩』の大ブームが巻き起こっていたのだった。

 そんな高値の花である志歩の後ろ姿を見つめ、二人は残念そうなため息交じりに言う。

 

「はぁ……まぁ今回は駄目だったけど、また今度は杏か暁山さんが一緒に居るタイミングで誘ってみる?」

「うん、そうだね。いつも日野森さんは暁山さんと二人で食べる事が多いから、その時に声かけようよ。それに、暁山さんって本当にファッションとかコスメに詳しいって聞いてるし、案外私達と話も合いそうだしね」

「うんうん、将を射るならまず馬からっても言うしね、暁山さんの援護を受けながら狼ちゃんと何とか仲良く——」

 

 そう言って、孤高のロンリーウルフとお近づきになる計画を立てる二人。

 ど、その時だった、二人の目先に居る志歩の進行方向の逆側から、先輩らしき金髪の男が歩いて来て、志歩に向かって手を振りながら大声で言う。

 

「おお! 志歩ではないか! 奇遇だな! 今から何処に行くんだ!? オレはこれから用事で職員室に行く途中だったんだが……」

 

 そう言って自分達の狼姫(ウルフプリンセス)に、馴れ馴れしく接しに行く年上の男を見て、クラスメイトの女子二人はやれやれとため息を吐く。

 

「あーあ、誰だか知らないけどあの金髪男、私達の姫様にあんなに馴れ馴れしく行っちゃってさぁ、威嚇されてもしらないよ~?」

「私、『邪魔です、消えてください』って一吠えされるに一票」

「あ、私も……にしても不幸だねぇ、あの先輩……ナンパするにも相手が悪いよ相手が」

 

 と、二人がこれから名も知らない金髪男の未来の不幸を気の毒に思った時だった。

 

「——あ、司先輩っ……!」

「「——えっ?」」

 

 なんと、二人の目の前で志歩は、まるで瞬時に犬耳と尻尾が生えたかのようにピンとその場で姿勢を正し、そのままトテトテと尻尾を元気に降ってるのかと錯覚してしまいそうな軽い足取りで、司の元へと向かったのだ。

 しかもその表情は、普段教室で見せるクールな顔とは全く違う、柔らかな明るい笑みだった。

 

「こちらこそ偶然ですね司先輩、職員室へは何をしに?」

「ああ、オレはクラス委員でもあるからな! 先生に頼まれて次の授業前にノートを教室にまで運ぶつもりなんだ」

「そうなんですね。あ、今日はちなみに放課後は予定あったりしますか? 何も予定がないなら、良ければ今日は一緒に帰りませんか?」

「うむ! それならば構わんぞ! おっと、だが今日は本屋に寄る予定だったのだが……それでも構わんか?」

「はい、全然構いませんよ。司先輩が行くところなら何処へでもお供させていただきます。私も、少し参考書が気になっていたので」

「おお! それならば——」

 

 そんな風に、自分達の目の前で楽しく会話を始める二人を見て、クラスメイトの女子二人はこう声を揃える。

 

「「やっぱ狼じゃなくて、ただの飼いならされたワンコだったわ。可愛すぎ」」

 

 結局、この日に発見されてしまった志歩の新たな一面は、その二人の口によって瞬く間にクラス中に広められ、志歩のクラスでのアイドル的立ち位置を確立させてしまう物となったのだった。

 

 

 

神山高校の志歩の日常小ネタ集② 

【球技大会で司先輩の応援を】

 

 

 九回裏、1アウト2,3塁。

 点数差は2-3の拮抗勝負。

 

 六月、神山高校では例年通りに球技大会が執り行われていた。

 天馬司が在籍する2年A組の野球男子チームは劣勢。

 しかし点数は一点差、ここで諦める人間はいない。クラスのチームメイトは一丸となって次の打者を鼓舞する。

 

「いけぇ天馬ぁ!! お前が出て満塁になればチャンスが広がるぞー!」

「本物のスターになってこーい!」

 

 そんなクラスメイトの期待を一身に受け、司は大きく胸を張る。

 

「ああっ!! この未来の大スター天馬司に任せておけ! 一発大逆転を見せてやる!」

「「「よく言った! いけぇーー!」」」

 

 そう言い、クラスメイトの熱い声援に送られて司はバッターボックスに立ち、相手のピッチャーと対峙する。

 正しくその場は真剣勝負の静けさがあった。

 だがしかし、そんなクラスの勝敗がかかった真剣な場面で、2年A組のクラスの男子の半分は、そんな司には目もくれずに金網フェンスの外に立っている、見物に来ている女子達の方を見つめていた。

 その中でも、彼らの注目を集めていたのは志歩だった。

 

「あぁ……あの一年超可愛くないか? あんな子が応援してくれるんだったらちょっとカッコいい所みせたくなっちまうよな?」

「分かるわぁ……俺も、あんな可愛い子に応援されたい人生だった……」

「非モテのオレ達じゃ逆立ちしたってあり得ねぇけどなぁ……」

「てかあの子誰応援しに来たんだよ? まぁ間違っても俺たちじゃないのは確かだけど」

「ほら、相手チームのピッチャーやってるアイツだって。ウチの野球部でも実力エースみたいでさ、他学年の女子にも人気らしいぜ?」

「マジかよ……はぁ、結局俺達は女子に縁のない学校生活を送るしかねぇのかよ」

「こんなのならいっそ、天馬みたいにネタ芸人枠になってでも、女子からキャーキャー愛されたいぜ……」

「それ、嬉しいか? 『変人ワンツーフィニッシュ』っていう汚名を着せられてでも、欲しい人気か?」

「いやスマン、前言撤回するわ。ナシ中のナシ」

「……あれっ? ちょっと待てよ、よく見たらあの子少し見た顔のような——」

 

 そう言って、学校行事にいまいち熱を乗せられない者達は、司とピッチャーの睨み合いを尻目に、そんな雑談に興じて地面に座り込んでいた。

 ——するとその瞬間、そんな彼らの視線の先で、美少女だともてはやされた志歩に動きがあった。

 志歩は真剣な表情でバッター席に立つ司を見つめ、口元に手を添えながら大きな声で叫ぶ。

 

 

「頑張ってくださぁぁーーい!! 司せんぱーーい!!」

 

 

 そんな志歩の大声はしっかりとバッター席まで届き。司は笑顔で志歩に向かって手を振る。

 

 

「ありがとう志歩ぉーーー!! オレは、必ずお前の為にこのクラスを勝利に導いてやるからなぁーー!!」

 

 

 そんな、二人のやりとりをモロで聞いていた者達は、瞬時に地面から総立ちになった。

 

「はぁっ!!?? 天馬ァ!? 何で天馬ぁぁ!!??」

「え……いや待てよ、あの子、今天馬の応援しなかったか……!? え、嘘だろ、なんであんなクッソ可愛い子が天馬なんかの応援してるんだよぉ……!?」

「変人の……変人の癖にぃ……!!」

「爆ぜろや天馬テメェェーーー!!」

 

 それは、クラス行事に真剣でない彼らが、この球技大会の中で初めて真剣に大声を出した瞬間だった。

 そして、その熱はクラス全体にも伝播する。

 

「天馬ぁ! やっぱ前言撤回だぁ! 三振しろぉぉぉーーー!!!」

「思いっきり無様に惨めに見逃し三振しろぉぉぉーーーー!!」

「もう勝敗なんてどうでも良い! 負けてもいいから塁に出るなぁぁーー!!」

「バット振るな! 振ったらオマエ潰すぞぉぉ!!」

「テメェ、会長から気に入られてる時点でもう勝ち組だろうがよ! なんでまだ女を欲しがるんだよぉ!!」

「ピッチャー! 全力でいけぇーー!! 間違っても天馬をヒーローにするなぁ!」

「デットボールを狙えぇ!! 思いっきり顔面にボールぶん投げろぉ!!」

 

 それまで司に声援を送っていた者達ですらも、志歩の声援に熱い手のひら返しを行い、この瞬間、初めてこの2年A組というクラスは天馬司という存在の為に一丸となった。

 それは、ある意味でとても美しい青春の一ページだった。

 

「な、なんだコレは……なぜ、オレはこんなにも敵意を向けられている……?」

 

 突如起こった異常なクラスの声援に面を食らっていると、そんな司の目の前でズバァンと音を鳴らしながら、豪速球がキャッチャーのミットに吸いこまれた。その投手は、不気味な笑いを浮かべる。

 

「……ふ、ふふふふふっ、球技大会程度で本気出さねぇつもりだったけどナァ……やっぱ、お前だけは全力で潰すッ……! 慕われてる可愛い可愛い後輩の前で、無様に沈めや天馬ぁ……! あの子はっ、俺の事を応援しに来てくれたって、そう信じてたのに……!」

「いや待てぇ!? 何がお前をそこまで駆り立てるのだぁーーー!?」

「問答無用ッ! 死ねぇぇぇーーー!!」

「うぉぉぉぉっ!? お前ぇ!? 今、よけなければデットボールだったぞ!? 何をやってるんだぁ!?」

「——チッ、力み過ぎちまったぜ……次は一発で逝かせてやるから安心しろぉ……」

「お前!? 野球もう関係ないだろそれはぁ!? 落ちつけぇぇーー!!!」

 

そして、もうその場は試合の様相を呈さなくなってしまった。

 

「え……? あれ? どうして……何が起きてるの?」

 

そんな、自分の声援一つで目の前に渾沌とした試合が始まってしまった事態に、志歩は当然の如く困惑してしまう。

それを見て呆れたのは、背後に立つ体操服姿の杏と瑞希だった。

 

「はぁ……志歩、君は罪な子だねぇ……ま、ボクの志歩への可愛さプロデュースが成功してるみたいで何よりだけどね~。志歩……やっぱり君は、クラスどころか校内のマドンナ目指せる逸材だよ! ボクにこれからもおめかしアドバイスさせてね!」

「あははは……天馬先輩ちょっとだけ可哀想だけどねぇ……ま、志歩のヒーローならなんとかするよね!」

「え……なに二人共? もしかして私の所為なのこれ?」

「まぁまぁまぁ、とりあえずさ、これ以上は何もしないでおこうか志歩、それが一番の応援だってボクは思うな~」

「な、なんだか……納得いかない……」

 

 そう言って、志歩は少し不満げに頬を膨らませるのだった。

 これが、志歩の球技大会での思い出の一ページ。

 

 ちなみに余談ではあるが、司は根性で相手のボールを避けてフォアボールで満塁になり、次の打者が志歩に良い所を見せようと奮起したのか、見事にヒットを打って司のチームは逆転をした。

 思っていた結果とは違うが、それでも司が活躍した事に、志歩はとても満足したのだった。

 

 

 

Mizuki Extra

【25時、ナイトコードで。】

 

 

 

 

 今この現代日本において、若者間で絶大な支持を受ける音楽サークルが存在する。

 

 

『——じゃあ、25時だから作業入るね』

 

 

 そのサークルが作った曲を聞いた者は皆、口を揃えて心を抉られるようだと形容する。

 

 

『オッケー『K』、じゃあボクはこの間『雪』が歌詞書いてくれたあの曲のMVの続き作り始めようかなぁ、素材あれからある程度出来てるかな『えななん』?』

 

 

 しかし同時に、その曲はまるで深い絶望の闇の中から一筋の希望の光を感じるようだとも形容する。

 

 

『ちょっと『Amia』! 絵を描くのも楽じゃないんだからそんな当然に出来てるみたいに言わないでくれる? ……ちょっと待っててよ、どうしても配色が気に入らない部分があって……それさえ終わったら追加の素材送るから』

 

 

 その音楽サークルは、そんな若者の心を捉えて離さない曲を作り続ける、どこか危うい雰囲気すら纏った集団だと——しかし、それ故に魅力で溢れていると口コミで、SNSで、またはネットで無数に存在する、新曲がアップされる度に記事が上がり続けるその集団専用の考察サイト群で語られ続けている。

 

 

『はーい。じゃあボクはそれまで他の素材探しでもして待ってようかなぁ……』

「あ、それだったら私この間、Amiaの役に立ちそうなフリーの素材があるサイト見つけたんだけど、良かったら見てみる?」

『え!? それホント『雪』!? URL送ってよ!』

「うん、これなんだけど……」

『うわぁ……このサイトいい感じ! ありがとう『雪』! 流石ボク達のお姉さん!』

「ふふ……こら、調子いい事言わないの。お礼なら良い動画作ってお返ししてね?」

『りょうかーい!』

 

 

 人数不明、名前不明、年齢不明——そんな全てが闇に包まれた、秘密の音楽サークル。

 しかし、そんな全てがアンダーグラウンドのブラックボックスに秘されたサークルであるが、唯一分かっている事があった。

 

 

『あ、そういえばK! ボク、前あげた動画のコメントチェックしてたんだけど、いつもより反響良いみたいだよ~! 『辛い気持ちが前向きになれた』とか、『救われた』って言ってくれるコメントも沢山来てたしさ、こういうコメント、K的には嬉しいんじゃないの?』

『……そうなんだ。わたし達が作った曲が、少しでも多くの人を救えてるならよかった』

『……はぁ~、やっぱりKって救世主(メシア)っぽい考え方だよねぇ。もう、生まれついての聖人っていうかさぁ……いよっ、流石僕らのリーダー! 救世主系作曲者『K』!』

『救世主系作曲者って……わたしは、そんなにすごい人じゃないよ』

『ちょっとAmia、アンタKの邪魔してるんじゃないわよ。喋ってる暇あるならさっさと手を動かしたら?』

 

 

 それは、一日の時計が24時の針を通り過ぎた深夜にテキストチャットツールを用いた作業通話で集合し、そこで共に音楽を作っているという事。

 

 

『はぁ……えななんは厳しいねぇ。自分の描く絵には評価甘めなのにさぁ……ボクの言った配色の修正部分、これが一番良いって今でも修正受け付けてくれないんだもん』

『はぁ!? いや、だからさ! あの青紫色が女の子の苦悩を表現してるんだって何度言ったら分かるのよ! Amiaは私の芸術が理解できてないの!?』

『まぁ分からなくもないけどさ、君の絵を動画にしてるのボクなんだよ? 動画で表現するとあの部分は逆に()えないの、だからちょっと直してって言ってるだけじゃん』

『絶対にイヤ! というかさ、そこを上手く魅せるのがアンタの仕事でしょうが! その努力をしないで私の方に考えナシに修正求めないでくれる!?』

「まぁまぁ……えななんもAmiaも落ち着いて? どっちの意見を通した方が全体的に良い作品に出来るか、もう一度冷静に話し合ったら答えは見えてくるって私は思うな」

『……むぅ、ボク達のお姉さんにそう言われたら聞いてあげるしかないよねぇ……わかったよ、えななん。さっき雪に紹介してもらったサイトもあるし、もう一回ボクの方でなんとかできないか考えてみる』

『フン! 分かればいいのよ! じゃあ私、絵の作業に戻るから!』

 

 

 その、謎多き音楽サークルの名は——

 

 『25時、ナイトコードで。』

 

 ハンドルネームAmiaこと暁山瑞希が、動画作成担当として所属する音楽サークルだ。

 

 そんな『25時、ナイトコードで。』——通称『ニーゴ』でのいつも通りの作業光景。

 だが、そんなニーゴ内で最近、いつもとは違う変化が起こりつつった。

 それは——

 

『ふぅ~、今日はこんな所かな! ゴメンね皆、ボク明日学校で朝早いからもう寝るね』

「……あれ? 今日は特に早いね。どうしたのAmia?」

『いやさ……明日は日直でさ、万が一でも寝坊すると先生がめんどくさいんだよねぇ……でも雪も明日学校でしょ? キミは大丈夫なの?』

「……うーん、私は家に帰ったら仮眠取っちゃう事が多いから、まだ眠くならないんだよね」

『そうなんだ~、でも無理はしちゃダメだよ?』

「うん、ありがとうAmia。気をつけるね」

 

 Amiaこと瑞希が、平日時のニーゴでの作業時間が大幅に減った事だった。

 その件に関して、前から疑問に思っていたのか『えななん』は瑞希に問う。

 

『というか最近、Amiaって随分学校に熱心じゃない? 前まで平日でも平気で朝方まで残ってるのが普通だったのに、何か変わった事でもあったの?』

『ふっふっふ……まぁね~、所謂ボク『高校デビュー』っていうやつに大成功しちゃってさぁ~、今中学とは違って高校生活が毎日楽しくてたまらないんだよねぇ~! 不登校生活からオサラバっていうかさ~』

 

 そう楽しげに言う瑞希に、えななんは納得したように頷く。

 

『あぁ……そういえばもうそんな時期だったわね。定時制だったらそんな入学式とかイベント全然関係ないし、季節感消えてたなぁ。ってか……忘れそうになるけど、アンタって私より一個下なのよね、全然そんな感じしないんだけど』

『え~? 年上扱いされたいんですかぁ~? じゃあ、えななんさぁ~ん、ボクの動画見てくださいよ~、えななんさんのコダワリの絵、すっごく綺麗に編集できましたよ~?』

『……ウッザ、やっぱいいわ。いつものアンタに戻って』

『はぁ~い』

 

 そんなやり取りを聞き、普段は雑談の場であまり発言をしない『K』は、珍しく口を開いた。

 

『そうだったんだ……もうそんな時期なんだ。わたし、通信制学校だから学校生活とかよく分からないから……』

『あ~……そういえばKはそうだったね。あ……もしかして自慢してるように聞こえちゃった? それだったらゴメンね?』

『ううん、全然気にしてない。それより……よかったら、Amiaがどんな風に学校生活を過ごしてるか聞かせて欲しい。わたし達の曲を聴いてくれてる人、高校生ぐらいの年の人が多いから……そういう人達の事をもっと知れたら、曲作りの参考になるかもしれないから』

 

 そんな思いもしないKの質問に、えななんは軽くため息を吐きながら言う。

 それは、彼女はAmiaの人間性を一番理解しているつもりだったから。

 

『いや……Kの気持ちは分かるけど、Amiaってあんまり自分の事話したがるタイプじゃないでしょ? だからそういう事聞くのはやめてあげた方が——』

『——あ! いいよ! ボクの学校すっごく楽しい所だから、Kにも知って欲しいな!』

『——えっ?』

『ええっとね、まずボクの学校はね、すっごく綺麗な所でさ——』

 

 しかし、えななんの予想とは全く違い、Amiaは意気揚々と自分の事を語り始める。

 それは、えななんにとって、一番あり得ないと思っていたAmiaの変化だった。

 だからこそ彼女は、暫くAmiaが学校であった事の思い出の話をKに語るのを聞いた後で、その話が途切れたタイミングで言う。

 

『Amia……なんかアンタ、やっぱ変わった? なんていうか……人間性の根っこが変わったっていうか……前までは私達相手でも、何か隠してるのかなって感じだったのに』

『——え? なんかそんな感じだった? ボク全然自覚なかったんだけど』

『そうよ、雪が学校の事話しだしたら急に口数減ったり、なんていうか……実生活に触れて欲しくないみたいな雰囲気出してたじゃない。だから私も……いちおう気を遣ってたんだけど』

 

 そんな敏いえななんの言葉に、思わず瑞希は目を見開いた後で、やがて口元を緩ませながら笑った。

 

『えななん……あははっ! やっぱり君はツンデレだねぇ! 君、実はボクの事大好き過ぎ~?』

『……は? ウザッ、調子乗らないで貰っていい? やっぱアンタなんてどうでも良いわ。はぁ……もしアンタみたいなのが後輩で居たらと思うと、悪夢でしかないわね……ねぇ、私達って意外とシブヤ周辺に住んでるんでしょ? だったらさ……まさかだけど、アンタ都立神山高校に通ってるんじゃないわよね? 私、そこの夜間コースに通ってるんだけど』

『…………えっ!? うっそぉ! えななんもボクと同じ高校!?』

『うーわ、終わった……悪夢だわ……』

 

 最悪の事実を前にそう言って、えななんはパソコンの前で頭を抱える。

 そんな彼女をフォローするように会話に入ったのは雪だった。

 

「まぁまぁ、よかったんじゃない? 同じ学校に仲間がいるって良い事でしょ?」

『そうだよ~! ねぇねぇ、えななんせんぱぁ~い! ボクに焼きそばパン買って奢って下さいよぉ~!』

『ざけんな! なんで私がアンタにパシられなきゃいけないのよ! 逆でしょうが!』

『えぇ~! えななん先輩のケチ~!』

『……ねぇ、気持ち悪いから先輩呼びやめてくれない……!? 次呼んだら無視するから本気で……!』

『はぁ~い』

「ふふっ……Amiaとえななんは本当に仲がいいよね、私、なんだか二人が羨ましいな」

『雪……こんな事いうのはあれだけど、この会話が仲良いように聞こえるなら、耳鼻科行った方が良いんじゃない?』

「えぇ、そんな事はないと思うけどな。二人共、本当に仲が良いと思うよ?」

『はぁ、話にならないわね……』

 

 そんな雪とえななんの会話を聞きながら、瑞希はしみじみと感慨深げに呟く。

 

『そっかぁ……えななんと同じ学校かぁ……だったら、放課後とかボク残ってたら、生のえななんと会える可能性あるんだよね?』

 

 そんなAmiaの発言に、今度はえななんが目を丸くした。

 

『え? まぁ、そういう事になるわよね。って……え? どうしたの? もしかしてリアルで会おうって、そういう感じの誘い? いや……別に私は全然いいけどさ……だったらニーゴの皆でオフ会みたいにしようよ。なんだか……二人だけで会うとか変な感じするし』

 

 そんな、どこか警戒するようなえななんの態度に、瑞希は慌てて言う。

 

『いやいやいや! 誤解しないで! そんな変な誘いじゃなくてさ! ただ……もし、そういう機会があるんだったらさ、ボクの友達を紹介したいな~って……つい、そう思っちゃって……』

『Amiaがそこまで言うって……そんなに、良い人達なの?』

 

 えななんの真面目な質問に、瑞希はポツリと、その声に志歩と杏への万感の感謝の想いを込めながら、言う。

 

『うん……高校に入ってボクに初めて出来た、本当に、本当に大切な友達なんだ。可愛くて、それでいてヒーローみたいにカッコいい……そんな、お節介で優しすぎる子達なんだ』

 

 えななんはそんな、Amiaという生意気な年下の後輩が初めて発する、そんな優しげな声を聞いて、本当に良い出会いがあったんだなと、そう実感した。

 

『…………そう。なら、また機会があったら是非会ってみたいわね、その子達と』

『うん、ありがと、えななん』

 

 そう言い合った後で、えななんは改めて提案するように言う。

 

『ってかその出会いを果たす前にさ、やっぱり私、前から思ってたんだけど、ニーゴのみんなでオフ会とかやってみない? 私達が集まってからもうすぐ2年ぐらい経つでしょ? そろそろ私、良い時期なんじゃないかなって思うんだけど』

『——あ! それボクも賛成! みんなでさ、ファミレスとかで集まって動画投稿した後にお疲れ様会みたいなのしようよ! 絶対楽しいって!』

『よし、アンタはそう言うと思ってたわAmia、で、Kもどう? 私、特にKとは一度会ってみたいってずっと思ってて……!』

 

 そう言ってKに甘えた声色で話すえななん。そんな彼女にKは困ったように言う。

 

『ええっと……誘ってくれたのは嬉しいけどごめん。わたし、曲作りに関係ない事はあんまりしたくなくて……』

『あ~……そうなんだ。まぁ、ちょっと残念だけどそれでこそKらしいって感じするし、分かったわ。あ、じゃあ雪はどう?』

「私? ええっと……誘ってくれるのは嬉しいけど、私は学校とか部活とか予備校で忙しいから……少し難しいかも」

『えぇ~! じゃあ結局、私とAmiaしか集まらないじゃない……じゃあこの話ナシ』

『え~、ボクと二人じゃえななんは不満なの~?』

『当たり前よ、アンタと二人でなんて、絶対疲れそうに決まってるじゃない!』

『そんなぁ……ちぇ~』

 

 瑞希はそんな不満そうに声を漏らした後、思い出したように口を開く。

 

『あ、そういえばボク早く寝なきゃだった。楽しそうな話するからつい忘れちゃってたよ』

『——ん、高校の話してくれてありがとうAmia、お陰で少し普通の学校生活の事がよくわかった気がする』

『うん! ボクもKの役に立てたなら良かったよ! それじゃ、お休み!』

『うん、お休み』

『ハイハイ、お疲れ様~。早く寝なさいよね』

「うん、お疲れ様Amia。また明日ね」

 

 そう言ってログアウトしていくAmiaを送る三人。

 そうした後で、えななんはKに気になった事を尋ねるように言う。

 

『それにしてもK、学校生活の事知りたいって言ってたけど、雪も普通に高校行ってるわよね? どうして雪には聞かなかったの?』

『あ……ええっと……それは……』

「あ、本当だね。K、良かったら私の学校の話も聞く? 曲作りの参考になるなら全然話してあげるよ?」

 

 そんな雪の申し出に、Kは少し迷った後でAmiaにだけ尋ねた理由をポツリと呟く。

 

『……だって、多分だけど、雪はあまり学校の話とかするの好きじゃないよね?』

「——え?」

『だから……Amiaだったら、本当に学校楽しんでるみたいな感じだったから……』

 

 そんなKの論に、えななんはあり得ないとばかりに言う。

 

『いやK、雪が学校嫌だとか、そんな事思ってる訳無いでしょ? だって雪なんて明らかに“優等生”って感じだし。学校でも友達絶対多いよ』

『う……ごめん、何となくそう思っただけだから、気にしないで雪』

 

 そんな会話に、雪は一瞬だけ黙った後で笑って答える。

 

「……あはは、そうなんだ。いや、全然大丈夫だよ。あ……やっぱり私、話してたらだんだん眠くなってきちゃった。Amiaも無理しないでって言ってたから、今日は私もう落ちるね?」

『あ、うん、雪お休み~』

『——ん、お休み雪。また明日の25時にナイトコードで』

「うん、お休み二人共。また明日ね」

 

 そう言って雪は、ナイトコードでからログアウトする。

 二人に別れを告げる彼女の口元には笑みがあったが、しかし、それは通話が終了した瞬間に嘘みたいにスッと消えてしまう。

 そして雪は——本名、朝比奈(あさひな)まふゆは、ポツリと呟く。

 

「……私が学校を楽しんでないって、Kはどうして分かったんだろう」

 

 そう呟く彼女の紫紺(しこん)の瞳には一切の輝きは灯っておらず、それはまるで生きながらにして死人のような、そんな瞳を彼女はしていた。

 

 そんな死んだ目で、まふゆは自分より先に落ちたAmiaが言っていた言葉を思い出す。

 

 

『ふっふっふ……まぁね~、所謂ボク『高校デビュー』っていうやつに大成功しちゃってさぁ~、今中学とは違って高校生活が毎日楽しくてたまらないんだよねぇ~! 不登校生活からオサラバっていうかさ~』

 

『うん……高校に入ってボクに初めて出来た、本当に、本当に大切な友達なんだ。可愛くて、それでいてヒーローみたいにカッコいい……そんな、お節介で優しすぎる子達なんだ』

 

 

 そんな言葉を——本当に楽しそうなAmiaの声を思い返しながら、彼女はポツリと呟く。

 

「Amia……あなたは私と似てるような気がしてたけど、もう()()んだね。Amiaはもう……私とは違って、『消えたい』って、そう思ってないんだね」

 

 そう言って、ここには居ないAmiaに対して一方的に告げ、死人の瞳のままで再びパソコンに向き直る。

 

「私は……見つけなきゃ。早く“私”を……見つけなきゃ」

「見つけられないなら、私は……」

 

 そう呟きながら彼女は一つの音楽ファイルを——『Untitled』という名のファイルを呼び出す。

 

 するとその瞬間まふゆのパソコン画面に、灰色の癖毛ツインテールと緑と紫紺のオッドアイに、灰色のワンピース服姿の少女が出現した。

 

 そして、パソコン画面の少女は無表情で言う。

 

 

『……まふゆ、わたしを、呼んだ?』

 

 

そんな少女に対して、まふゆは静かに言葉を返す。

 

()()……今日も、“私”を探すのを手伝って」

『うん……わかった。まふゆの探し物を、手伝う』

 

 まふゆはそう画面の電脳少女に——“初音ミク”に言い、『Untitled』の音楽ファイルを再生した。

 瞬間、彼女の姿は室内から消える。

 

 後にはもう、暗い静寂の部屋の中で、煌々と灯るパソコン画面しか存在しなかった。

 

 

 

 

Thank you for reading !

To be continued...

 

 

 

 

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