神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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3話 叫ぶ“想い”

 

 

 ——だけど、その次の日も。

 

 

「見つけた! 今日こそは逃がさんぞ志歩ぉー-!!」

 

 交番に行って落とし物が届いていないか確認した後に、スクランブル交差点に行った私が遭遇してしまったのは、今度は赤白ストライプのアメリカ星条旗スタイルの衣装に身を包んでポーズをとっていた司さんだった。

 しかも昨日よりも心なしか、写真を撮る人の数が多くなっている気がする。

 私はそんな司さんの叫びを聞いて、反射的にUターンして昨日と同じく全力で猛ダッシュする。

 

「——な、何で今日も居るんですか司さん! 顔も見たくないって言いましたよね!?」

「確かにそう言われたのは覚えているが、それでもオレにはお前の顔を見なければならん理由があるッ!」

「は……? 意味わかんないですって! いいからあっち行ってください!」

「悪いがここは引けん!」

「なんですかそれ……っ!」

 

 そう言い合いながら、私は再び裏路地に逃げこむ。

 

「待て志歩! 話を聞——っ!? どわぁぁぁー――!?」

 

 すると背後からゴミ箱が倒れる音と共に、盛大な転倒音が聞こえてきた。恐らく動きにくい恰好の司さんが引っかかってこけた音だと思いながら、私は逃げ続ける。

 そしてようやく振りきったと安心できる頃には、また咲希フェニーを探す時間じゃなくなっていた。

 

「もう、何でこうなるの……! 明日、明日こそ探そう……!」

 

 内心で司さんに対する文句をありったけ抱えながら、私はこの日も家に帰った。

 ——だけど、そのまた次の日も。

 

「居た! そこを動くなよ志歩ぉー――!!」

「しつこい……! 追ってこないでって言ってるじゃないですかっ……!」

 

 私は、クリスマスツリーに付ける豆電球コードを体中に巻き付けた衣装を着てビカビカに光りながら迫ってくる司さんから逃げ。

 

 

 ——そしてまた次の日も、そのまた次の日も、私と司さんのスクランブル交差点から始まる追いかけっこの日々は続いた。

 私がそんな日々にウンザリし始めていた頃だった。

 

「ふぅ……流石に、朝から来たら居ないよね。よかった……」

 

 週末の日曜日の午前8時頃、ようやく交差点に司さんが居ないタイミングを引き当てる事に成功して私は思わず安堵の溜息をつく。

 思えばここ暫くいらない邪魔が入り過ぎた。このタイミングを何とか生かして、今日こそ咲希フェニーを見つけないと。

 そんな決意と共に、私は広いスクランブル交差点を見渡して自分に気合いを入れる。

 

「よし……頑張ろう」

 

 結局警察には今日も落とし物として届けられてはいなかった。

 だとしたら、どこか道の端とか目立たない所に転がってしまった可能性しか考えられない。

 だから私は全体に目を配りながらもその辺りを重点的に、必死で探し始める。

 だけど——

 

「——っ、みつから、ない……!」

 

 朝から探し始めて、時刻はとっくに昼すら通り過ぎた夕方。私はそう呟いて俯きながら立ち尽くす。

 交差点はもうとっくに探しつくし、私はあの日の最後に司さんと話した公園の中を探していた。

 でも、こんな公園にあったとしたら流石に目立って落とし物として届けられているはず。

 だからこの場所を探すのはダメ元だった。そして今、そのダメ元でも本当にダメだったと分かった。

 私はこの現状に、不思議と笑えてくるような気持ちにもなってしまう。

 

「ははは……何、やってんだろ私。なんで、こんなにショック受けてるんだろ。ここまで探しても無いなら、もうとっくに排水溝とかに落ちたか誰かに捨てられてるだろうから……諦めなきゃ。そもそもさ……最初から捨てるつもりだったんでしょ? それをなんでこんなに必死で探してたんだろ? 本当、馬鹿みたいだな……」

 

 私はそんな、矛盾している今の自分に対する疑問を、そう口に出して自問自答する。

 本当に私って馬鹿だな、もっと早く気づけばよかったのに。手間が省けた事にどうして今まで気づけなかったんだろう。もう……私でも自分がどうしたいのかわからない。

 そんな時、私の疑問に答えるようにこの場に響いたのは、自分ではない他人の言葉だった。

 

「まったく、人の話を聞かずに突っ走る奴だなお前は。だが——オレはそんなお前を馬鹿とは思わんぞ、志歩」

「——っ!? つ、司さんっ……!?」

 

 顔を見上げるとそこには、中学校の学ラン姿の司さんが、夕日を背に私の事を見据えていた。

 私は条件反射的に逃げようとしたけど、不意にそんな気も何も起こらなくなってしまってその場に立ち、司さんの方を見たままになってしまう。

 

「……どうした志歩、今日は逃げんのか?」

「……司さん相手には、抵抗するだけ疲れるだけだって思い知ったので。それに……もう今はあなたの相手をする気力が無いんです」

 

 私は、もうどうにでもなれという苛立った気持ちで近くにあるベンチに座り込む。

 そして、私は今抱えているどうにもならないモヤモヤした感情を全部、司さんにぶつけるように言葉を紡いでしまう。

 

「で、ここ最近ずっと私に付きまとって何の用ですか司さん? ——いや、別に言わなくてもいいです。わかってますから。どうせ司さんは咲希の為に、特に何も考えず私の事情に足を踏みこんで何とかしようとしてるんですよね? 流石……()()()()()()ですよ司さんは。小さい頃、咲希と穂波が特に懐いてた理由がよく分かります。身体が弱い咲希は勿論、穂波もあの頃は下に生まれたばかりの小さい弟が居て自分は頼られる側に回るばかりで、逆に自分が頼れるお兄さんの存在には憧れがあったみたいですし」

「いや待て、何を勝手に——」

「知ってますか? そういうの……“偽善”って言うんですよ? まぁ、無神経なあなたにはピッタリの言葉だと思いますけど」

「おい……落ち着くんだ、志歩。お前らしくないぞ」

「落ち着け……? 落ち着いてますよ私は? そもそも……司さんが言う私らしさって一体何ですか? 元から私と司さんの関係は“妹の友達”に過ぎないじゃないですか。そんな立場で一体私の何が分かるって言うんですか? 何で、私が司さんに私の事情に足を踏み入れて欲しいって思わないといけないんですか? ハッキリ言っていい迷惑です」

「待て志歩、オレの話を——」

「司さん……私、何であなたが私にこんなに構おうとするのか理由分かりますよ? これもハッキリ言いましょうか?」

 

 私は司さんが言おうとする言葉すらも振り切り、一方的に叩きつけるようにして言う。

 

「司さんは……入院して苦しんでいる咲希に、何も出来ない自分の無力さを実感するのが嫌になったんですよ。それを無理矢理ごまかす為に同じく苦しんでるように見えた私に、咲希の友達である私の悩みを解決する事で、自分の無力さから一時(いっとき)でも目を逸らそうとしてるんじゃないんですか?」

「志歩、お前……」

 

 私がそう言った瞬間、いつも笑顔を絶やさない自信満々の司さんの表情が苦しげに歪んだ。

 司さんを苦しめている。

 分かっていながらも私は、司さんを傷つける決定的な言葉を、心の中で堪えることができずに言ってしまう。

 

「司さん、私は……()()()()()()()()()なんかじゃありません」

「————っ!」

 

 司さんはそこで顔が明らかに苦々しく歪ませ、下唇を噛みながら俯いた。

 そんな顔を司さんにさせてしまった後で、私はまたやってしまった事を悟る。

 

「……それじゃあ、今度こそサヨナラです。もう本当に、これ以上私に関わろうとしないでください」

 

 私はそれ以上、自分が傷つけてしまった司さんの姿を見るのが耐え切れなくなってベンチから立ち上がり、司さんに対して背を向ける。

 そんな私の脳裏に再び浮かんだのは、今も心の奥深くに刻まれた言葉の数々だった。

 

 

『良いでしょ、誘わなくて。あの子すぐに怒るし』

 

『たまに別のクラスから日野森さんに会いに来てる子いるよね。星乃(ほしの)さんだっけ? よく日野森さんと付き合ってられるよね』

 

『……あーあ、こんな空気になるなら誘うんじゃなかった。元々こっちはベースが弾けるなら誰でも良かったし、不満があるなら出て行ってよ』

 

 

 そうだ。やっとこれで私は一人になれる……本当は寂しいけれど仕方ない。だって……もう分かってしまったんだから。

 私は結局自分に近づいて来る人を、それがどうでもいい他人でも例え大切な友達であったとしても関係なく、全員傷つけてしまう人間だったんだから。

 

 あーあ……こんな私、本当に嫌だな。もうこうなったらいっそ、みんなから離れる為に来年お母さん達に頼んで高校は外部受験させてもらおうかな。それなら流石にもう諦めがつくはず。

 それに——宮女(あんな所)に居たい理由なんて、今の私には本当にもうない。

 だったらいっそ……ああ、店長から聞いたあの高校がいいかもしれない。

 確か名前は『神山高校』だった。最近出来た共学校で、生徒の多様性を重視した自由な校風がウリで、軽音楽部の活動にも割と力を入れているらしい。

 そこだったら、こんな私でも少しは生きやすくなるかもしれない。だから……もうこれでみんなとは本当にさよならだ。

 そんな事を考えながら、私がその場を後にしようとした時だった。

 

 

「待て志歩! オレの話はまだ終わってなどいない!!!」

 

 

 司さんらしい大きな声が、私の歩みを止めさせる。本当にしつこい。そう思いながら私は振り返って言う。

 

「いい加減にしてください司さん。言いましたよね? もう関わらないでくださいって……何でですか? 私が言った事は全部図星だったんじゃないんですか?」

「……確かに、オレは入院している咲希の事を励ましてやる事しか出来ん。いや……それすらも満足に出来ている自信すらない! オレは……無力だッ……! せめて、今苦しんでいる咲希の孤独を吹き飛ばしてやれる程に、オレがスターとして完成されていれば良かったと……オレは思う……! その悔しさを、お前を咲希と重ねて少しでも晴らそうとしている己の弱さを……オレは否定できん……!」

「……っ、わ、分かってるじゃないですか。なら——!」

 

 私がそう言うと、司さんは俯きながらも自身の拳を固く握りしめた後、バッと顔を上げて私を見つめ、その瞳に煌々と輝く星のような意志の光を灯しながら言う。

 

「だがしかし! それでもオレは自分の意思を曲げる訳にはいかん! ここでお前を行かせてしまえば、その瞬間にお前の笑顔は二度と見られなくなってしまう予感がする! それだけはオレは認められん! オレはスターとして、咲希の為にも……何よりお前の為に、お前の事を“笑顔”にしてやると決めたんだッ!」

「なっ……!?」

 

 司さんのその理論は、思わず唖然としてしまう程に滅茶苦茶だった。

どこまでも誰かにとっての(スター)であろうとする司さんの、その強い意思の表れのような言葉だった。

 それは、どこまでも他人の事情なんて意に介そうとしない無神経の極みのような在り方で——最早一周回って神経質でどこまでも他人の事しか考えていないような、そんな言葉だった。

 面食らって何も言い返すことが出来ない私に向かって司さんは歩み寄り、そして自身のポケットから何かを取り出しつつ言う。

 

「志歩、オレの心の脆い部分を言い当てられたお返しだ。オレもお前が、ここ数日の放課後この辺りを歩いていた目的を当ててやろう。お前は、これを探してたんじゃないのか?」

「——そ、それは……!」

 

 私は思わず目を見開く。だってそれは、私がここ数日ずっと探していた咲希フェニーだったから。

 

「その反応……やはりか。実はあの日に志歩が去った後で足元でこれが落ちてるのを見つけたんだ。入院が決まった直後に咲希から、お前へのプレゼントを買いに行けない自分の代わりに、フェニランに買いに行って欲しいと頼まれて買ったから覚えていたんだ。だから、お前に返してやらねばとずっと考えていてな」

「……そ、そうだったんですか。だったら早く言ってくれれば——って、そう言えば司さんの話を聞かずに逃げたのは、私の方でしたね……勘違いして、色々酷い事を言ってしまってすみません」

 

 私は途端に司さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになり、そう言いながら頭を下げる。

 すると、司さんは首を横に振りながら口を開いた。

 

「いや、志歩の言葉は正鵠(せいこく)を射ていた。オレは、これをお前と再び、個人的に言葉を交わす機会を得るためのきっかけにしようと考えていたからな……そうでなければ、志歩の家に行って親に届ければ済む話だ。そうしなかったのは、お前の抱えている事情を何とかしてやりたいと思ったからだ」

 

 司さんのその言葉に、謝罪の気持ちは一瞬で消えてしまった。

 私はキッと司さんの目を睨みつける。

 

「——っ、そう、ですか……なら、やっぱり余計なお世話だと言わせてください! それに……司さんが拾ってくれてたなら好都合です。それ、咲希に返すか処分するかしてください。もう咲希の友達をやめた私には……不要な物なので」

 

 だけど、そんな私のトゲのある言葉に一切動じず、腕を組んで軽くため息すらつきながら司さんは言う。

 

「……何だ、意外とお前は抜けてる所があるんだな志歩? 今までのお前を見ている身からすれば、そんな言葉を真に受ける者は誰もいないと言い切れるぞ?」

「なっ、どういう意味ですかそれ……!?」

 

 そう強く吐き捨てる私に、司さんは諭すように言葉を紡いだ。

 

「なら、どうしてもっと早く自分のしている事が無意味だと気づけなかった? どうして、今日までずっとその人形に拘っていた? それは、お前が本心では咲希の事を切り捨てたくなかった気持ちの表れではないのか?」

 

 ぐさりと率直に、自分でも本当は分かっていた事実を突きつけられて私は歯噛みする。

 そんな事、本当は分かってる。でも、私はそれでも。

 

「そんなの、私でも分かってますよ! でも、仕方ないじゃないですか! 私はもう、咲希の友達をやめたんです! それに、咲希だってもう私の事なんて顔も見たくないって思ってるに決まって——」

「それは、咲希が言った言葉か?」

「——え?」

 

 きっぱりと、強く私の言葉を否定するかのように司さんはそう言った。

 驚く私に、司さんは再度言う。

 

「もう一度言うぞ? 志歩、お前の顔も見たくないなんて言葉を、咲希が一度でもお前に対して伝えたのか?」

「それは……その……でも、そう思ってるに決まって——」

「なら思い込みだな? だったら、そんな下らない幻想はオレが否定してやる。実はだな、オレが最初にお前に対して無理に声をかけたのは……咲希に頼まれたからなんだ」

「——えっ? 咲希が……?」

 

 司さんの口から飛び出す信じられない事実に、私は思わず驚いてしまう。

 でも、そんな司さんの話は続く。

 

「あの日咲希のお見舞いに行ったオレは、病室から帰る間際に咲希から頼み事をされたんだ。メッセージを送って、既読がついたのに丸一日経っても返信がないお前が、もしかしたら返信を返す余裕が無いほどに何か困った事になっているかもと心配になったから、少し様子を見て欲しいとな。一歌に頼んでも歯切れが悪い返事が返ってくるだけだったから、オレに頼むしかなかったんだそうだ。それで……もし大丈夫じゃなさそうなら、自分の代わりにオレが元気づけてあげて欲しいとな」

「そ、そんな……咲希がそんな事を……? 自分が大変なのに、それでも私の事を……?」

 

 私はそんな咲希の意思を聞いて、あの日の司さんの行動理由が完全に納得のいくものになって、思わず目の端が熱くなるのを感じた。

 信じられない、本当に咲希は、どこまでお人よしなんだろう。

 俯く私に司さんは尚も言う。

 それは、暗い私の心に光を灯すかのような、そんな意思が籠った力強い言葉だった。

 

「……どうだ志歩? オレの妹を舐めてくれるなよ? 咲希は例え自身が弱っていたとしても、簡単にお前の事を諦めるような弱い人間ではない! さっきの話を聞いてもまだ、自分が咲希に嫌われているなどと妄言を吐けるか? そして、お前自身も本当は咲希と、“みんな”と友達をやめたくはないんだろう? ならば……お前はもっと自分自身に素直になるべきだ志歩! 確かに、オレにはお前の抱えた事情など全く分からん! だがそれでも、本当は失いたくないと自覚しているのに、大切な者を自ら手放そうとしているお前の事を、オレは見捨てることなどできん! だからこそッ——!」

 

 そこで司さんはさらに一歩前に踏み出し私のすぐ近くまで来ると、私の手を強引に掴んで掌を開かせ、そこに咲希フェニーを握らせた後でドンッと私の胸にその掌ごと強く押し付けた。

 そして、私の心を震わすかのような力強い声で、告げる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()! 古くなったからという理由で身に着けているのを外すのは自由だ! だが、お前にとってこれは捨ててはいけないものだ! だからずっとお前が持っていろ志歩!」

 

 不意に、目からジワリとした熱と共に何かが溢れるのを感じた。それと同時に、視界が何故かぼやける。

 冷えた私の心に、フェニーくんを握った掌から胸を通じて暖かい何かが流れ込んでくる。

 その熱を感じ、私は確信を持って悟った。

 ああ……やっぱり、私は——

 

「さぁ志歩、お前の願いを言ってみろ! この場にはオレ以外の誰もいないしオレ自身も他言無用を貫こう! それならば、例えこの場でどんな事を言ってもお前の抱える事情には何も関係はないはずだ!」

「——私は……私はっ……!」

「そうだ、我慢するな! 全て吐き出せ! 一歌が称えるお前の『芯が通った強さ』が本物だというのならッ! この場でお前が通したいという本当の“想い”をッ! 言葉に変えてこの場で叫べ! その“想い”を全てこのオレが聞き届けてやるッ!!」

 

 私はその司さんの声に思わず乗せられてしまうかのように——または、私自身が本当はそうしたかったかのように、(がら)にもなく大声で、心の中に浮かんだ“想い”を言葉にして叫ぶ。

 

 

「私はッ! みんなと一緒にいたい!! ずっと友達でいたい……! 離れ離れになんてなりたくない! この先ずっと一生ひとりぼっちなんて、そんなの絶対に嫌——ッ!!」

 

 

 そう、今まで胸の中で思うだけだった内心を大声で全て吐き出した後、私はその場で肩で荒く呼吸する。

 それと同時に、胸の中で私が今まで抱えていた何かの薄暗い感情が、さっきより楽になったような気がした。

 そんな、まるで軽い長距離走を終えた後のような小さな達成感を感じている私の頭に、不意にポンっと何かが乗る感覚がした。

 ——それは、司さんの掌だった。

 

「なんだ……言えるではないか。本当に、今までよく頑張ったんだな。オレの存在がお前にとってどれだけの慰めになるかは知らんが……それでも、オレはここに居るぞ志歩。今のお前をひとりぼっちになんか、絶対にしないから安心しろ」

 

 そう言いながら司さんは、私の頭を優しくゆっくりと撫ではじめた。

 ……何やってるんだろう、この人は。私を本当に妹とでも思っているんだろうか……今すぐにでも、やめさせないと。

 そう考えながら私は口を開き、妹扱いするなとハッキリ言ってやろうとする。

 

「つかっ……グスッ、ヒック……つかささんっ……ヒッ、わ、わたしのことっ……妹あつかいっ……グスッ……しないでくださいっ……うっ、ううぅ……!!」

 

 おかしい。私の言いたい言葉に表情と感情が追いついてくれない。

 目から涙が溢れ、口からは嗚咽が漏れて上手く話すことができない。

 ——ああそっか、私、泣いているんだ。

 そんな事を今更ながらに気付くと同時に、私は司さんに撫でられるがままにその場でポタポタと大粒の涙を流し続けた。

 

「よしよし……そうだ志歩、今は思いっきり泣くといい。今まで本当に辛かったんだな……大丈夫だ。オレが一歌の代わりに——とは口が裂けてもおこがましく役不足で言えんが、それでも今この場には、オレがいるぞ志歩」

「う……うぁぁぁぁぁぁ……っ!!」

 

 そして私は気づけば司さんの胸に縋りながら、この時だけは司さんに負けないぐらいの大きな声で、泣き声をあげ続けた。

 

 

 夕日が沈み、宵の頃が見えるその時までの長い時間を、そうしたままでずっと過ごした。

 

 

 

 

 

 

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