「どうしよう……やっぱり、やめとけばよかったかな……?」
それから数日が経ったある日の朝のHR前。
私は早めに教室についてすぐに、自分の机の上に置いた大きな風呂敷包みの前で、今更になって軽く自分の行動を後悔しつつあった。
すると、そんな私の前に杏と瑞希がやってくる。
「おはよー志歩、どうしたのその包みの前でウンウン唸ったりして?」
「おはよ——って、何なのさその大きな包みは?」
「あ……二人共おはよう。ちょっと実は……私悩んでることがあって」
「え? なになに? 教えて? 私達に何かできそうな事があるなら協力するしさ、ね? 瑞希?」
「もっちろん! 全然話してよ! もう泥船に乗った気で任せてくれていいから!」
「いや、泥船じゃ沈むでしょ……」
「あははっ! 冗談だって杏。ま……とにかく悩んでる事があるなら話してよ、ボク達は志歩の味方だよ?」
「うん……ありがとう、その……コレなんだけど」
そう言って私は風呂敷の包みを開ける。
すると中から、私が朝早くから張り切って用意してしまった、三段重ねの大きな黒光りする
それを見て二人は感嘆の声を上げた。
「……おぉ……すごいねコレ、もしかして志歩が作ったお弁当……? ボク、志歩が自分でお弁当作ってるって聞いてたけど、まさかこんな本格的なのを作って来たの?」
「うーわ……しかもこの重箱、私お父さんが飲食店やってるから少し分かるけど、この光り方、たぶん漆塗りの中でも最高級の“本漆”だよコレ。このサイズなら下手したら五万円……いや、もっとするかも……わざわざお弁当箱で敢えてコレを選んだの?」
「えっと、家にあるので一番良いサイズの物適当に探したらコレだったから、母さんに言って借りただけで、別に高価なものを狙った訳じゃないんだけど……」
「すごっ、こんな高価な重箱が探さなくても普通にあるって事は、志歩の家ってやっぱり結構立派な所だったんだ……で、まさかコレ、自分用って訳じゃないよね?」
そんな全てを見透かしたような杏の問いに、私は顔が熱くなるような恥ずかしさを堪えて、軽く俯きながら答える。
「う……うん。コレ……司先輩に渡そうって思って作ってきたんだけど……渡すかどうか迷っちゃって」
そう言った瞬間、『やっぱりか~』みたいなリアクションをする二人。どうやら私は、この二人にとっては本当に分かりやすい人間みたいだ。
瑞希はそんな私に疑問を持ったように言う。
「いや……じゃあ、ここまで頑張ったんだからさ、渡す以外の選択肢ないでしょ? なんで志歩は躊躇ってるの?」
「……いや、作ってる最中は、沢山食べる司先輩に喜んでもらう事だけを考えてて、全然気づかなかったんだけど……コレ、冷静に考えたら司先輩に渡しに行くんだよね? って、そう考えたら……その、恥ずかしくて……」
「えぇ……? 恥ずかしいって志歩、キミこんなすごい立派なお弁当作ったのに渡せないなんてある? 頑張ろうよ、あと一息だって!」
そんな瑞希の声援に、私は机の上にドンと鎮座した大きな三段重ねの重箱を再びチラリと見て言う。
「いや、でも——“コレ”は、流石に張り切り過ぎじゃない? わ、私、コレを司先輩に渡しに行ったら、ちょっと本気すぎて引かれないかなって思って……後、その……ただの先輩にここまでする後輩の女の子って、ちょっと冷静に考えたら、司先輩に重い女の子って思われないか不安で……」
私がそう言った瞬間、杏と瑞希はキョトンとした顔を互いに見合わせる。
「——え? 杏……ボク、今なにか聞き間違えたかな? 志歩から『重い女の子って思われないか不安』って言葉聞こえた? あれっ? 幻聴?」
「い、いや……聞き間違いじゃないみたいだよ? というか私……志歩的にそこはもう割り切ってるんだって、ずっと思ってたんだけど。だってそれ気にしちゃったらさぁ……中高一貫校から、別に付き合ってるって訳でもないのに、天馬先輩の為にこの高校に来たって時点で志歩、先輩視点から見れば相当
「え? 杏、今何か言った?」
「い、いや!? な、何でもないよ志歩!? いや~、確かにそれは不安だよね~! 私、志歩の気持ち全部分かるよ~!」
私の質問に、急に慌てたようにそう言う杏。
……何だか誤魔化された気がするけど、ツッコむと私自身も火傷しそうな話題だし、ここは敢えてスルーする。
大丈夫だよね? 私……重い子じゃないよね? 司先輩に嫌われたりしないよね?
そんな内心の不安を強引に見ないフリをして、私は杏と瑞希に提案を持ちかける。
「とにかく、だから……二人にお願いしたいんだけど、やっぱり司先輩に渡せなさそうだしコレ、お昼に一緒に食べてもらって良い? 流石に……この量一人じゃ食べきれないから」
「えっ!? わ、私達だけで!? この量は三人でも厳しくない? それに私、母さんからお弁当作ってもらっちゃってるし……それでも手伝うけど正直キツイ……」
「あぁ……やっぱりそうだよね。どうしよう……」
私はそう呟いて、渡すも地獄、渡さないも地獄のこの状況に頭を抱える。
すると、そんな私に明るく言ってくれたのが瑞希だった。
「ん~、まぁボクはカレーも飲み物感覚でイケちゃう系の、結構食べて動く派の男の子だし、これぐらいの量なら全然ボクに任せてくれてもいいんだけど——でも、それよりも簡単な解決方法があるよ?」
「——え? どうするの?」
「大丈夫大丈夫……見ててよ?」
瑞希はそう言った後で、クルリと教室に居るみんなの方に振りかえって、呼びかけるように言う。
「おーいみんなー! もしさ、志歩が手作りのお弁当分けてあげるって言ったら、欲しい人居る~?」
「「「「「食べまぁーす!!!」」」」」
瞬間、教室に居る男子のほぼ全員が総立ちになってズラリと天高く挙手をする。
そしてその直後に男子達は同時に、全員お互い隣に立っている人の胸ぐらを引っ掴んで叫び合う。
「「「僕のだぞッッッ!!!」」」
「「「黙れ俺のだッッッ!!」」」
そんな目の前で、私の手作りの弁当を男子が奪い合う光景にあ然としていると、それ以外にも驚く事に——
「男子ばっかズルーい! “姫”の手作り料理わたしも食べたーい!」
「そういえば“姫”、自己紹介の時に料理も趣味って言ってたよね! やったー! 私も“姫”の手作り料理食べたーい!」
「え~待ってよ! アタシも食べる!」
「ちょっと男子~! 全部食べたらダメだからね! “姫”のお弁当はみんなの共有財産だから!」
なんと、女子達までもがそう言って、次々と男子に続いて元気よく挙手をした。
それは最早、クラスの全員の総意のような感じで、あっという間に私の大きな三段重箱のお弁当なんて売り切れるような希望者の数が殺到した。
——っていうか、え? 今、私『姫』って言われなかった? え? どうなってるの?
そんな疑問符がいっぱい浮かぶ私の目の前で、杏は納得したように頷く。
「あぁ……成る程、流石瑞希。ウチのクラスの志歩人気を利用しようって事だね」
「うん、そうそう! まぁこれも、ボクと杏の地道な布教活動の賜物って訳。でも、まさかこんな形で役に立つとは思わなかったけど」
「え……? なんで私、ここまで皆に良い感じに思われてるの? というか今、“姫”って言われなかった? え? いったいどうなってるの?」
そんな私の疑問に、二人はニッコリと笑顔で言う。
「だって私、クラスの皆から志歩ってどんな子? って聞かれる度に『すごく良い子』ってずっと言ってるもん。みんなに良い印象いっぱい刷り込んどいたから、その結果かな?」
「そうそう、ボクもいっぱい『志歩は人見知りだけどとっても可愛い子』って言ってるよ! そしたらなんだか、みんなの中で気が付けば志歩が、まるでお姫様みたいに可愛い子って感じになっちゃっててさ~、今じゃすっかりアダ名は『姫』で定着したよ!」
「——え゛っ? なっ、何てことしてくれてるの二人共!? 私、そんなお姫様とかっていう感じじゃない……!」
私の当然の抗議に、二人は全く悪びれてない様子で互いに笑い合う。
「だって~、ね~? 私たち別に嘘は言ってないよね~? それに志歩は私が泣いてる時に励ましてくれた恩人だし、そんな恩人を悪く言える訳ないっていうか~?」
「だよね~? ボクにとっても志歩は一生の恩人だし、そんな志歩が嫌われるような印象操作なんて出来る訳ないっていうか~? というかむしろ、もっと評価されるべきって思ってるぐらいだし~?」
そんな、杏と瑞希っていう陽キャ二人が結託してしまった結果に、私は思わず頭を抱える。
「あぁぁ……もう! 要らないってそんな恩義とか! 確かに悪く言われるよりマシだけど、良すぎるのも困る……!」
「大丈夫大丈夫、私それでも、志歩はあんまり急に近づきすぎると、ストレス与えちゃって警戒されるから気を付けてあげてって言ってるし。志歩には迷惑かからないよ?」
「そうそう、ボクもさ、いきなり大声出したら威嚇されるかもしれないから、そこは注意してあげてって言ってるし。ボク流の志歩との接し方もしっかりレクチャーしてるから!」
「な……何それ……私は動物園にいるオオカミとかじゃないんだけど……!?」
「あ! そうだオオカミだ! いや~、ボク実は志歩って何かの動物に似てるなって思ってたけど、やっとわかったよ~! オオカミだよオオカミ! いよっ、一匹狼志歩! カッコいいし可愛いぞ~!」
「瑞希……アンタ、もしかして私に喧嘩売ってる……?」
私が思わず、喉をグルルと威嚇するように鳴らしてしまいながらそう言うと、そこで杏が大きく脱線した話を戻すように口を開く。
「——で、お弁当を渡さないって選択肢が、無理のない選択だって分かった今、志歩はどうしたいの?」
「え……? どうしたいって……?」
「うん、難しい事を聞くつもりじゃないよ? ただ——」
そう言って杏は私の方に顔を寄せ、諭すように優しい口調で言う。
「志歩は、天馬先輩の為に頑張って作った料理を、天馬先輩自身に美味しく食べて欲しいって思わないの?」
「——っ!」
杏のその質問は、あまりにも私にとって心の奥底を見透かしたような問いだった。
そうだ……私は、司先輩に喜んで欲しくて、このお弁当を頑張って作ったんだ。
私は、決意と共に頷く。
「わ……わかった。私……恥ずかしいけど、要らないって言われるのが怖いけど、頑張って司先輩に渡してくる……」
そう決意を口にした瞬間、瑞希と杏は元気よく私の背を押すように言ってくれる。
「いよっ、その意気だよ、頑張れ志歩! 今ならまだ時間あるしさっさと行った方が良いってボクは思うよ~?」
「そうだよ、早くしないと教室の飢えた人達に、天馬先輩の分食べられちゃうよ~?」
「う……うん、分かった。ありがとう二人共……私、行ってくる……!」
そう言って私は二人に見送られながら、決意が鈍らない内に教室を出て、二年生の教室へと出発した。