神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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サイドストーリー:暁山瑞希③

 

 

 

 高校に入学してから早二週間。

 最近ボクは、信じられない位に毎日が楽しい。

 

『おっはよ~瑞希! 今日も元気~?』

『……あ、おはよう瑞希。昨日は遅刻するかもって言ってたけど、遅れず来れたんだね、えらいじゃん』

 

 それは間違いなく、こんなボクのありのままの全部を知っても、そう言って今までと変わらず親しく接してくれる、杏と志歩の二人のお陰。

 忘れもしない、あの入学式の日にボクの心に手を差し伸べてくれて、そして受け入れてくれた、ボクが初めて出会ったタイプの子達。

 

 そんな子達とまさかクラスまで一緒だったなんて、入学式が終わった後でクラスに移動した時に初めて知った。だってボクはいつも出席番号は前の方で、同じクラスになりたい人も居ないのが普通だから、新学期のクラス表なんて前の方だけサッと確認するだけの単調作業だったから。

 だから、その時ばかりは流石にボクも驚いたし、でも内心で幸運だと喜んだ。

 これから本当に、ボクの毎日が良い方向に向かっていくかもしれないって思ったから。

 そんな期待がボクの初めてのクラス自己紹介を、少しだけ挑戦的なものに変えてしまったのかもしれない。まぁ、元から男だって事は、後々の面倒考えたら最初に白状するつもりだったしね、だって身体測定の時とかプール授業とかどうにもならないもん。誤差誤差。

 

 そして二人は、同じクラスになってもボクの為に色々してくれた。

 杏はボクの為にクラスのみんなと上手く話して誤解を解きながら、ボクへの変な扱いをなくしてくれた。本人はボクにバレてないって思ってるみたいだけど、バレバレの優しさだ。ありがと、本当に感謝してるよ杏。

 それに志歩は、特にボクに色々とっても優しくしてくれる。もうね、いっそ罪なんじゃないかなって思うぐらいに優しい。

 もう並みの男子だったらワンチャン自分の事好きなんじゃない? って期待してしまってもおかしくないぐらいに優しい。

 ——ま、でもボクは特殊な心の訓練を積んだ人間だから、そんな希望なんて夢にも見ないけどね。

 

 だけどボクは……そこまで二人がボクの為に色々してくれているのに、まだ二人を完全に信用するのが怖いみたいだ。

 心のどこかで、またどうせ裏切られるって疑ってしまう気持ちを、完全に捨てきれない。

 どうしても、過去のトラウマがフラッシュバックしてしまう。

 

 そんな内心を正直に吐露しても、志歩や杏は『それでも待ってる』ってそう言ってくれてて……本当に、ありがたいけど申し訳ない気持ちも、正直ある。

 早くそんなの克服して……素直に二人の事を信頼できるようになれたらいいんだけどな。でも、中々そうはいかないみたい。

 でも、それでもボクにとって二人は恩人だ。この認識は、絶対に揺らがない。

 

 まぁとにかく、そんな二人のお陰でボクは今、学校が最高に居心地がいい場所だった。

 特にクラスの男子の殆どのみんなと、良好な関係を築けているなって思えるのも良い。

 女の子と仲良くするのは趣味も合うし簡単な事だけど、男子の方は決まって、向こう側からボクを避けてくる事が多かったから。

 

 でも、それも今のクラスではすっかりない。

 話を聞けば、男子もボクの事は『もう慣れた』って事らしい。——まぁ正直言えば、ボクの事を志歩や杏みたいに『理解』してほしいんだけど、それは高望みだよね。

 だけど、他のクラスの人にはボクに対する偏見みたいなのは残ってるみたいで、廊下を歩けば嫌でもヒソヒソ声が聞こえてしまう。

 

『見てよ、あれが“例の生徒”だよ』

『うわぁ、“どっち”か分かんねぇ。本当に男なんだよな?』

『どうしてあんな格好で学校来てるんだろ。普通に男の子の恰好したらいいのに』

 

 ——とかまぁ、そんな感じの、ある意味予想通りの下らない戯言。

 というか、他のクラスまでボクの噂届いてるとか何事かって思うんだけどね。

 そして、わざわざそんな悪口言う為にボクに構うとか、時間の無駄してるな~って正直いつも内心思いながら、ボクはそいつらをやり過ごしてたりする。は~、やだやだ。

 

「ふぅ、今日もおつかれ~」

 

 そう言って、今日も学校生活を頑張った自分を労いながら、ボクは椅子の上に座る。

 目的は勿論ニーゴでの動画編集作業。今日はバイトもなくて早めに帰れたから、少しでも作業を進めておかないと。

 

 ——にしても結局、今日杏はあれから保健室から帰ってこなかったな。

 まったく、風邪ひいてたのに無理するからだよもう……明日はちゃんと、元気になって学校に来てくれたらいいな。

 ま、今は杏よりも作業作業。

 

「あ、そうだ。作業BGMで『OWN(オウン)』の曲かけちゃおうかな~」

 

 パソコンを操作してYoursTubeを開き、ボクはお目当ての投稿者である『OWN』のチャンネルページを開く。

 『OWN』はクラスのコアなオタク男子から最近教えてもらった動画投稿者で、なんでも二週間前に動画サイトに彗星のように現れて、初投稿の動画で一気に動画再生数を20万という驚異の数字を稼ぎ出した、鬼才の作曲者で動画投稿者だ。

 ボクも最初はオススメしてもらって聞いただけだったけど、今じゃすっかり『OWN』の作る曲の(とりこ)だったりする。

 ホント、曲調やリズムがキレッキレで、聞いてるだけで心が抉られるような感覚で、気づけばすっかり聞き入ってしまう。そんな痛々しいけど人を惹きつける危ない魅力が、その音楽にはあった。

 

「ま、あの“天才嫌い”の『えななん』ですらも、手放しで褒めてたぐらいだもんね~。すごい人が出て来たもんだよ……っと、よーし、キレッキレの音楽を聴きながら、作業もキレッキレに進めていこっと」

 

 そう言葉に出して宣言し、ボクは動画編集作業を開始していく。

 そして暫くするとナイトコードに、この昼間の時間にしては珍しい人がインしてきたのをボクは発見した。だからボクはひとまず聞いていたOWNの曲を停止した後で、ボイスのミュートを解除する。

 

「あれ、『雪』? 来たんだ。お疲れー」

『Amia? この時間に居るなんて珍しいね』

 

 そう言って、いつも通りのお姉さんっぽい包容力を感じる声で、『雪』はボクに挨拶を返してくれる。

 雪はボク達『ニーゴ』の作詞担当で、その上ボク達全員のお姉さん的なポジションの子だ。ボクとえななんはお互いの拘りで言い争う事が多いんだけど、その度に仲裁してくれるような、そんな周りを見てくれる優しい子だ。

 勿論、ボクにとっても大切な仲間——って、そう胸を張って宣言できる関係だったら良いんだけどね。志歩たちですらまだ信用しきれてないボクにとっては、それはまだハードルが高い事だった。

 だって、あんまり踏み込みすぎて……その人がボクにとって代えの効かない存在になるのが怖いから。失いたくない人を作るのが、怖いから。

 そんな内心を秘めながら、ボクは雪の質問に答える。

 

「まぁ、いつもはバイトなんだけどねー。シフト、明日に変わったから作業してたんだ。そういう雪も、この時間に居るのは珍しいね?」

『うん、今日は学校が早く終わったから。平日できない分やっておこうって思って』

「ん~。雪ってほんと真面目だよね~」

『そんな事ないよ。みんなが頑張ってるから、私も頑張らなきゃって思ってるだけ』

 

 そんな雪の言葉に、ボクは思わず通話のモニター越しなのに雪の背後から後光を感じてしまう。

 たはー、すっごい。本当に雪って人間できてるよねぇ。

 これでボクとは違って学校だけじゃなくて部活も予備校も通ってるなんて、信じられない。ボクだったら確実にオーバーワークでパタンキュー間違いなし。

 雪ってやっぱりハイスペックなんだなぁ……

 

『だから——』

 

 と、雪が続けて何かを言いかけた時だった。雪の方から扉を開く音と一緒に、誰か知らない女の人の声が聞こえた。

 

『買い物に行ってくるわね。お夕飯はシチューにしようと思ってるんだけど、いいかしら?』

『あ、ちょっとごめんねAmia』

「ん、りょーかい~」

 

 そう断りを入れる雪に、ボクは察する。

 あー、雪の方に親フラ来ちゃったか。感じからしてお母さんかな? というか『お夕飯』だってよ、雪のお母さんお上品じゃ~ん。もしかして雪、結構育ちが良いナチュラルなお嬢様系だったりするのかな? じゃあさらに完璧要素増えちゃったじゃん、人間出来てて家までお金持ちって……はぁ~、そんな子アニメやゲーム以外でも実在したんだね。

 

『うん。シチュー嬉しいな。ありがとう、お母さん』

 

 すると、てっきりもう声が聞こえないと思っていた雪の通話越しから、雪の声が聞こえてきてしまってる事にボクは驚いた。

 ——あれっ、雪、マイクとスピーカーの両方ミュートにするの忘れてる?

 おっと、どうしよう。雪のリアルの情報が知れちゃうじゃん。指摘しようにも気づいてないっぽいしな……。これはボクが一旦落ちるべき? いや……でも……うーん、人間の(さが)ってヤツだなぁ。こうなったら雪のリアルに興味出ちゃうよねぇ。

 しょうがない……名前とか聞いちゃったら聞いちゃったで、謝ってボクのリアル本名とか晒そうっと。

 そんな風にボクは思いながら、ついつい雪のお母さんとの会話を聞いてしまう。

 

『じゃあそうするわね。そういえば……今日はお友達の勉強を見てたのよね。どうだったの?』

『楽しかったよ。みんな苦手なところ、解けるようになって喜んでくれたし』

『そう、よかったわね』

 

 へ~、すごいね雪、友達に頼られるぐらい勉強もできるんだ。もう印象そのまま。

 それにしても、聞いてる限りお母さんとの仲も良さそうだし、家族仲も良好で、雪って全部理想的な人間って感じだなぁ。いやぁ、すごいよね——。

 と、ボクが呑気にそう思っていた時だった。雪のお母さんは、まるで雪に諭すように言う。

 

『でも……いくらお友達でも、迷惑だったらちゃんと嫌だって言うのよ?』

『——え?』

 

 ……あれっ? なんだか、風向きが少し変わってきたぞ? あんなに優しそうなお母さんって感じの人だったのに。なんだかこの人、急に気味悪くなってきたような……。

 ボクは嫌な予感を感じながら、続く言葉を聞いてしまう。

 

『だって……教えてもらえないとできない子より、競える子と一緒に居た方が良いでしょう? そういう子と一緒に居ると、自分も勉強になるもの』

 

 その瞬間、ボクは背筋がゾッとするような感覚を覚えた。

 ——は? いや、何ソレ。まるで雪の友達を全員『落ちこぼれの人間』って決めつけたような言い方は……自分の決めつけた価値観を、勝手に自分の娘に強要しようとしてるそのやり方は何なのさ。

 ちょっと、やめてよ……ボク、大嫌いなんだよそういう人間。

 気持ち悪い……気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。吐き気がしそう。

 いくら親とはいえ、それって娘に言っていい言葉なの? いや、娘の事が心配っていう気持ちはあるかもしれないけど……それにしては干渉し過ぎでしょ。

 雪はこんなに出来た子なのに、友達ぐらい自由に選ばせてあげなよ……。

 そんなボクの思いとは裏腹に、雪のお母さんはこれで最後とばかりに言う。

 

『自分の時間を大切にしなさいね』

 

 ——はぁ? なんだよそれ……まるで、雪が友達の為にしてあげた時間が『貴女は今さっきまで無駄な時間を過ごしてたのよ』って言ってるみたいな言い方は。

 しかも、それをいかにも“良い母親(づら)”して言ってるのがさらに気持ち悪い。自分の意志を、まるで雪も共有してるのが当然みたいな言い方が気持ち悪い。

 ……ゔぉぇ。吐きそう。もしかして、反吐(へど)が出るってこんな気分なのかな?

 こんなの、流石に雪も少しは文句を——

 

『……うん、そうだね』

『それじゃあ、行ってくるわね』

 

 だけど、雪はそんな母親面する怪物(モンスター)に何も言わず、そのまま見送ってしまった。

 え? 何にも言わないの? それで良いの雪? 君は今、友達を大切にしたい“自分”を否定されたんだよ? どうして放っていてくれって、そう言わないの?

 ボクはそんな思いを抱えながら、思わず口を開いてしまう。

 

「……雪、今のって……お母さん?」

『うん。ごめんね、話の途中で』

「ううん、それは全然いいよ。むしろボクが話を聞いちゃってゴメンって感じだけど——でも今のって……勉強できない友達とはあんまり仲良くするなって事だよね?」

『……んー。たまにはできる人と一緒に勉強した方が良いっていう、そんなアドバイスかなって思ってるけど』

「まー、そういう風にも受け取れるけどさぁ……」

 

 そう言ってボクは、この後の言葉選びに少し悩む。

 うーん。この感じ……本当に雪はなんとも思ってないのかな? 絶対、ボクだったら我慢できないのに。

 もし雪が内心で口うるさい母親に文句持ってる感じだったら、雪から愚痴(グチ)を引き出して、ガス抜きさせてあげられたらなって思ってたけど……それでも、()()()()でも、もし雪にとって大切な人なんだったら、悪い事は言い過ぎれないよね。

 そう思ってボクは、言葉を選びながら口を開く。

 

「なんか……『付き合う友達は選べ』って言われてるみたいで、イヤじゃないの? 価値観押し付けられるっていうか……『こうするのが当然』って思われてるみたいで、ボクだったら、ちょっとキツいなって……あ、別に雪のお母さんがそう思ってるってわけじゃなくてね?」

『………………』

「…………雪? 大丈夫?」

『……あ、うん。大丈夫だよ。私、そういうのあんまり気にならないから。そういう考え方もあるんだなって、ちょっと思っちゃって』

「いや、でも——」

 

 そう言って『言いたい事はハッキリ言ってやりなよ』って続けようとした所で、ボクは言葉を止める。

 ……やっぱり、本人の雪がこう言ってるんだから、変に余計な事言わない方が良いかな? 結局、ボクがこうして雪の為に思ってるのも、見方を変えればボクも雪のお母さんと同じような事を——ボクの価値観を、雪に押し付けようとしてるのと同じだ。

 だからボクは、言いかけた言葉を止めた。

 

「——ううん、やっぱりなんでもない。ま、人それぞれだし、雪がいいならいっか。……あ、ゴメン喋り過ぎちゃった。作業に戻るね」

『そうだね、私も作業しなくっちゃ』

 

 ボクはそれ以上、雪には何も言わずにお互い作業に戻る。

 でも、心の中にはまだ、雪に対してモヤモヤとした感覚を感じていた。

 その感覚はずーっと消えず、そのまま夕飯の時間になって雪が落ちた後も、ボクの中に残り続けていた。

 

 やっぱり……気になるな、雪の事。どうしよう……ボク、やっぱり雪に何か言ってあげた方がよかったのかな? いや……でも、それも結局ボクの意見の押しつけだしな。でも——

 そんな思いを抱えながら、ボクも食事の為に作業をいったん中断する。

 

 

 そして、この件と関係はあったかどうか分からないけれど、この日の25時、雪はニーゴの活動を無断で休んだ。

 

 

 

 

 

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