週末の日曜日の昼過ぎ。
私は前に
そんな私の元に、いつも良く見る普段着のパーカー姿の一歌が、店頭で注文したコーヒートレイと共にやってくる。
「久しぶり、志歩。元気してた?」
「一歌、久しぶり。私の方は元気だよ。卒業式以来だね」
三週間ぶりに会う私の親友は、不思議となんだか少しだけ大人びているような気がした。
見た目が変わったんじゃない、なんというか、心持ちが少しだけ大人になったような、そんな不思議な感覚。
そんな少しだけ大人になった一歌は、私の事を暫く見つめた後で、クスリと笑みを浮かべながら言う。
「それにしても、暫く見ない間に——志歩、随分可愛くなったね? 一瞬、誰かなって思っちゃうぐらい」
「……え? そんなに?」
「うん、やっぱり“恋は人を変える”っていう言葉はホントだったのかな? だって、いつもは志歩、私と同じぐらいお洒落に無頓着だったのに、今はなんだか……服装とか軽いお化粧とかも全部『頑張ってます』って感じだもん。それに、今だってファッション誌読んでるんだもんね。前までの志歩だったら考えられないよ」
そんな一歌からの純粋な誉め言葉に私は照れてしまって、思わず読んでるファッション誌で、赤くなった自分の顔を少し隠してしまいながらも言葉を返す。
「そ……そうかな? それを言うなら一歌もなんだか、全体的に大人っぽくなった気がするよ」
「え? そうなの? 私全然自覚ないんだけど……」
「ううん、見間違えじゃないよ。なんだか少しカッコよくなったような気がする」
「ええっ……そんなぁ、カッコいいはちょっと大げさだよ。でも……そうだね、私は志歩が学校から居なくなってから、ちょっと……色々頑張ってるつもりだから、もしかしたらその所為かもね」
「へぇ……そうなんだ。一歌も頑張ってるんだね」
私がそう褒めると、一歌はゆっくりと首を横に振った。
「ううん、志歩ほどじゃないよ。だって志歩はイチから違う環境に飛び込んで、周りは本当に誰も知らない人ばっかりの、そんな状況で頑張ってるんだもん。私なんて……全然だよ」
一歌……また自分の事下げてる。折角やれば出来る子なのに、どうして私の親友はこうして自己評価が低いんだろう。もっと、一歌には自分に自信を持って欲しいんだけどな。
そう思いながら私は、一歌が今苦労してるって思いこんでる私の高校生活の事を話そうと思った。
「まぁ……確かに環境はまるっきり変わったって、そう感じるかも。でもね、それ以上に良い人と二人も出会えたんだ。それが、私の今のクラスの友達」
私がそう言った瞬間、一歌がビックリしたように目を開いた。
「——え? 志歩に、同じクラスに友達が……?」
一歌の反応は、見方によっては私には友達なんて出来る訳ないって、そう思ってるように見えるかもしれない。
でも、この子は違う。本気で私の事を分かっててくれて、私が人付き合いが本当に難しいタイプの子だって分かってくれてるからこそ、私に友達が出来たって事が驚きで——それ以上に、嬉しく思ってくれてる。
そんな私の一歌への人物評価論が当たっているかのように、一歌は暫く目を見開いた後で、やがて優しく微笑んでくれた。
「そうか……よかった……本当に、本当に良かったね、志歩。私……実は、志歩が向こうでまた孤立してないかって、そればっかりずっと心配してて……」
「……もう、一歌ったら。まぁでも、偶然キッカケに恵まれたんだよ。受験の日にたまたま話しかけたら、それから縁が繋がっていったみたいな感じで……」
「そっか、ならその運命みたいな偶然に感謝しなきゃね」
「……そうだね、そうかも」
私はそう呟き、頭の中で杏と瑞希の顔を思い浮かべる。感謝しよう、あの人達と出会えた運命のいたずらに。
そう思ってると、一歌は提案するように言う。
「——あ、そうだ。また志歩さえよかったら、私も会ってみたいなその人達と」
「うん、勿論いいよ。とっても明るい人達だから、絶対一歌も仲良くなれると思う」
「へぇ、例えるならどんな感じの人?」
そんな一歌の質問に、私はニヤリと笑って答える。
「うーん……そうだね、
「あははっ、それは私も楽しみだな。賑やかな話になりそう」
当然、ニコリとした笑みで返してくれた一歌に、私は話題も丁度良いとばかりに本題に入る事にした。
——そう、そもそも今日に私が一歌を呼び出した理由は、なにも近況報告と言う名のお喋りタイムを楽しむ為だけじゃない。
それは、
「——で、一歌。今日一歌を呼び出した本題なんだけどさ」
「え? 何か……あるの? 私、てっきり今日は志歩と二人で学校の事話すのかなって思ってたんだけど……」
「まぁ、先週一歌を誘った時点では、私もそのつもりだったんだけどね。でもちょっと事情が変わってさ。
「……う、うん。一体……何? 今日の……本題って」
私の含みのある言い方に、一歌は緊張したのかゴクリと生唾を飲み込んだ。
そんな一歌を見て、私は丁度良いタイミングだと思って、机の下でその子に連絡を取る。
そうしながら私は、一歌の目を真剣に見つめて緊張感のある間を保つ。
「それはね……」
「……そ、それは……?」
「それは——」
そしてたっぷりと間を取って、一歌の注意を正面の私自身に引き付けた後、一歌の背後に
「——その子が、一歌と会いたいって言ったから呼んだんだよ」
「——えっ……!?」
そう言って一歌が慌てて振り向いた先には——
「やっほーー! いっちゃん! 一ヶ月ぶり~~~!!」
「——え、嘘っ!? 咲希っ!? どうしてここに——わぁっ!?」
満面の笑みの咲希が立っていて、そして咲希は一歌が振り向いた瞬間にガバリと勢いよく一歌に抱きついた。
——はい、ドッキリ大成功。咲希、これがやりたかったんでしょ?
私が呆れながら一歌に抱きつく咲希にアイコンタクトを取ると、咲希は『ありがとしほちゃん! 最高だよ!』と言わんばかりのウィンクを飛ばしてきた。
一歌はそんな咲希の熱い抱擁を引き離し、目を真ん丸にしながら言う。
「どっ、どうして……? 咲希、入院してたんじゃ……!?」
「てへっ♡ いっちゃん達に会いたくて、アタシついに病院から脱走しちゃった~♡」
「えっ、えぇぇぇっ…………!?」
「あはははっ! 冗談だってばいっちゃん。苦節約3年、病気も無事完治しまして、この度アタシ、めでたく退院することになりました~! イェーイ! ピースピース!」
そう言って、元気にダブルピースをする咲希。そんな咲希を見て、一歌は暫くまだ目が点になっていたけど、やがてようやく現実を理解したのか、小さくその場で震えながら目に潤むものを滲ませて言葉を零す。
「——っ、そうなんだ……咲希っ、良かったね。ほんとにっ……よかったねっ……!」
「わわわっ……! ちょ、ちょっといっちゃん……泣かないでってば。アタシが恥ずかしくなっちゃうよ」
「だって咲希、ずっと……ずっと病院に一人で寂しそうだったからっ……グスッ……」
「わ~! な、泣いちゃったよぉ!? ちょ、ちょっとしほちゃん、アタシどうしたらいいの~!?」
そう言って助けを求める咲希だったけど、ドッキリなんて変な事やろうとした罰だ。
私は敢えて無視して雑誌に目を落とす。あ……この服カワイイ、今週明けからライブハウスでバイト始めるし、お金貯めて買おうかな。
「しほちゃ~~ん!?」
咲希の助けを求める叫びを無視し続けて数分後、ようやく泣き止んだ一歌は咲希に言う。
「それにしても、どうして前もって退院するって教えてくれなかったの? ホントにビックリしたよ」
「アタシ実は、少し前から退院する事が決まってて、明日から学校にも復帰する事になったんだけど、いっちゃん達をビックリさせたかったんだ。急になんにも連絡なしに学校に行ったら驚くかなって」
「そりゃ驚くよ……って、あれ? でも、どうして今日なの? 本当なら明日驚かせるつもりだったんだよね?」
そんな一歌の疑問に咲希はため息をつきながら私を見て、今日ここに至るまでの経緯を話し始める。
「はぁ……それがさ、聞いてよいっちゃん。お兄ちゃんがさ、あんまりに嬉しかったのかしらないけど、しほちゃんに全部喋っちゃったんだって。もう……黙っててって言ったのに、しょうがないんだから。だからしほちゃん経由でみんなに伝わる前に、しほちゃんにも仕掛け人になってもらって、この場で言っちゃおうかなって……」
「……まぁ、そういう事。咲希から昨日連絡来た時には驚いたよ。いきなり『ドッキリの仕掛け人』になってって言われて訳わかんなくて」
「あぁ……だから、元々志歩と私が会う約束をしてた今日にって事?」
「うんっ! ピンポンピンポン大正解! さっすがいっちゃん! という訳で、明日から同じ学校でよろしくね! あっ、もう担任の先生から聞いてるんだけど、いっちゃんのクラスにアタシ編入するらしいから!」
「へぇ……そうなんだ。うん、わかったよ、よろしくね咲希」
「うんっ! よろしく~!」
そう言って笑顔で会話を交わし合う二人。そんな一歌と咲希を私は、なんだか心が温まるような気持ちを胸に見つめていた。
すると、咲希がこちらをジッと見てほんの少しだけ拗ねたように言う。
「……ほんとは、しほちゃんにも同じ学校でよろしくって言いたかったんだけどな~」
……ま、言いたい事はそんな所だろうと思った。
でももう、卒業式の日に一歌の手すら振り切った私に迷いはない。
ここはキッパリと言う。
「ま、咲希には少し悪いって思ってるけど、もう私は宮女には未練ないから。それに結構私、今いる神山高校が気に入ってるんだよね。騒がしいけど、みんな明るい人が多くて賑やかって感じで、慣れたら居心地がよくて」
すると、当然咲希は不満そうに頬を膨らませた。
「む~~! 全部お兄ちゃん目当てのくせに~! しほちゃん前に会った時から、すっかり可愛くなっちゃってさ~! アタシ、可愛いしほちゃんにテンション上げたくても、結局全部お兄ちゃんの為なんだよねって思ったら、なんかもう、複雑な気持ちだよ~!」
そんな咲希に、私はスッパリと叩き切るように返す。
「そうだよ、司先輩にどうにかして振り向いて欲しいから私は頑張ってる。メイクとかファッションとかに詳しい友達も出来たし、その人に教わって今いろいろ勉強中だから——司先輩目当てで、悪い?」
「むむむむむ……! しほちゃん、なんだか段々お兄ちゃんが好きっていう態度隠さなくなってきてない!? 前はまだお兄ちゃんが好きって言うの恥ずかしがってたのに! しかも“司先輩”なんて、すっかりお兄ちゃんの後輩気取っちゃってさぁ……!」
「……私、悪いけど最近悟ったんだよね。司先輩を本気で振り向かせるのは簡単じゃないし、少しずつ恥ずかしいのも克服して、どんどん本気でアタックかけていかないと駄目だって。私、司先輩に関しては本気だから」
「むむむむむ……!」
「それにそもそも、今日の咲希の悪ノリに付き合ったのも、未来の私の
「なっ……! まだ諦めてないの!? アタシはしほちゃんを、お
「悪いけど私も譲る気ないから。今は別に認めてくれなくてもいいよ、まぁ……2年か3年か……それよりもっとかな? とにかく、どれだけかかってもいつか認めさせてみせるから、覚悟してよ咲希」
「ぐっ……完全に長期戦見据えてるじゃん! 絶対一生、お兄ちゃんはしほちゃんに渡さないからっ……!」
そんな風に言い争う私達を見て、一歌は胃が痛んでいるのかお腹を押さえながら、遠い目をした。
「あぁ……そっか。咲希が退院したってことは、もうこれからこの言い争いが私の前でしょっちゅうあるんだぁ……常備薬で胃薬買いに行こうかなぁ……うぅ、恨みますよ司さん……自分が落とした女の子ぐらい、ちゃんと自分で管理してください……!」
そうやって、中学生以来久しぶりに病院の外で集合した私達は、久しぶりに騒がしい会話をめいいっぱい楽しんだ。
……ああ、やっぱり、相変わらず咲希が私の事を認めてくれなさそうなのは残念だけど、それでもみんなと、こうして普通に何も気兼ねなく話せてよかった。
まだ
そんな思いを込めながら、私は暫く咲希と言い合いをした後で、静かに言う。
「……ま、色々言ったけどさ……本当の事言うと、正確には司先輩だけが理由じゃなくて、こうして、普通にまたみんなと話したかったから。だから……咲希が退院してくれたの、本当に嬉しいって思ってるよ。おめでとう、咲希」
「しほちゃん……もう、そんなのアタシも勿論わかってるってば。しほちゃんも……アタシの大好きな親友だもん」
咲希はむくれ顔でツンとそっぽを向きながらも、優しい口調でそう言ってくれた。
やっぱり……咲希も変わってないな。
そう思って咲希と仲直りをしていると、一歌は安心したように言葉を漏らした。
「……ふぅ、よかった。もう本当、ずっと仲良しで居てよ二人共……胃に穴空いちゃう」
「ああっ! いっちゃん……! ゴメンね? しほちゃんがお兄ちゃんを諦めるって言ってくれたら、今すぐにでもアタシ達完全な仲良し大親友だから」
「……ゴメン、一歌。こっちこそ咲希が私の事を認めるって言ってくれたら、もう咲希とは完全に今まで通りだから」
「——むっ! 諦めるのはそっちだよしほちゃん!? アタシ、しほちゃんの事は大好きだけど、お兄ちゃんは誰にも譲る気無いから!」
「そっくりそのまま同じ言葉返すよ咲希。司先輩の事だけは私、誰にも譲らないから」
「もぉっ! しほちゃんは何時まで同じ会話すれば気が——」
「ああっ、またぁ……お願いだから仲良くしてよぉ……! いいの? また泣くよ私? 泣いちゃうからぁ……!」
「……しほちゃん、休戦しよっか」
「……そうだね、やめよう咲希」
私と咲希は休戦協定を結んだ。
いくら司先輩の事は譲れなくても、私達は二人共、一歌の涙には勝てないから。
その後、私と咲希は主に一歌から今の宮女の話を聞いた。
結果分かった事は、宮女は私が居なくなっても、全然何も変わりなく普通に日常を送っているらしい。まぁ別にそれで全然いいんだけど、なんだか複雑だった。
「……そっか、まぁ私が居なくなっても他のみんなにはどうでも良い事だろうしね。別にみんな以外に仲良い子が居た訳じゃないし」
「しほちゃん……」
すると一歌は、そんな私の顔を見て、ポツリと、どこか真剣な顔で言う。
「——でも、
「えっ……?」
私は思わず口をポカンと開いてしまう。
え? 穂波が? 私を……? てっきり、もう私の事なんて忘れてるって思ってたのに。
二年前からそれぐらい、司さんの件もあって意識して避けるようにしてたから。
「……そうなんだ。他に……穂波は何か言ってた?」
「それは……」
そう尋ねると、一歌は咲希の方をチラリと見て言いにくそうな様子を見せる。
ああ……そういえばそうだったね。一歌は穂波と仲直り出来てないって事、まだ咲希に言えてないんだった。
穂波が一歌の事を避けてるって知った日から、密かに一歌からその情報を聞いていた私は、助け船を出すつもりで口を挟む。
「いや、やっぱりいい。あの子の事だから、どうせ聞かなくても良いお節介言ってるだけだろうし」
「志歩……」
「あぁ……ほなちゃんは優しいもんね。でもアタシも今日は、ほなちゃんとも会いたかったな~」
そんな私と一歌の何とも言えない気遣いの場で、何も知らない咲希の気楽な声だけが、カフェのテーブル席内に響いた。
「まぁいっか! ほなちゃんは明日学校に行って、思いっきりビックリさせちゃお~!」
「「………………」」
私は一歌に、どうするつもり? っていう意思を込めて無言で目線を送る。
そんな私の視線に、一歌は目を伏せて首を横に振った。——まだ、伝えるのはやめておくらしい。
そっか、そうするんだ。その判断は咲希のつもりなのかもしれないけど、結局、問題を先送りにしてるだけだと私は思うんだけどな。
まぁ……でも、四人で一緒の学校に居続ける道じゃなくて、司さんと一緒に居る事を選んだ私にはもう、一歌達の学校生活に関して口を挟む権利はない。
それに……穂波は嫌われ者の私じゃなくて、咲希なら普通に学校で仲良くやっていけるかもしれない。
だから、余計な事を言って咲希に気を遣わせない方が良いっていう一歌の判断には、理由は違えども同意は出来た。
「えっ……しほちゃん、いっちゃん、急に黙ってどうしたの?」
「……ううん、何でもないよ咲希。それより、何か頼む? ここ、チーズケーキとコーヒーしかないけどその分、味はオススメなんだ。退院祝いに、私がおごってあげる」
「えっ、いいの!? やった~!」
「……ま、未来の
「——あ、急に何も食べたくなくなった。アタシ、
「……ふふ、冗談だってば。普通に、親友としてのお祝い」
「……む~、最初からそう言ってよ」
「もう……志歩と咲希ったら、またやってるんだから。お願いだから、それぐらいにしといてね」
そう言って少しだけ微笑む一歌を見て、私は咲希の為にコーヒーとチーズケーキをカウンターに買いに行った。
そしてその後も三人で色々他愛のない話をした後、咲希の提案でお店を出て、ショッピングモールに行く事に。そこで咲希は久々の私達との遊びって事もあったのか、すごくはしゃいで付いて行くのにも苦労させられた。
やっぱり、咲希はいつでも元気だな。うん、元気なのが一番良い。
ちなみに、瑞希から布教を任されたカプセルトイの『アンデットわんわん』だったけど、残念ながら二人には不評だった。後日、悪いけど瑞希には
■ ■ ■ ■ ■
「う~ん! 休みの日に友達と遊んだ帰りに、一緒にお店に寄ってタピる! これってまさに青春って感じだよね~!」
ショッピングモールで咲希に散々連れまわされた私は、帰り道で専門店に寄り、そう言って目を輝かせながらタピオカミルクティーに吸いつく咲希を見て、微笑ましい気分になってしまう。
本当に嬉しそうだな……咲希。
そう思っているのは一緒に居る一歌も同じだったみたいで、楽しそうに微笑んでいた。
「ふふっ……咲希、嬉しそうだね」
「そりゃ勿論! これからのアタシの高校生活の第一歩を、この一杯で踏み出したって感じだよ!」
「え、これが……高校生活?」
一歌の疑問に、咲希は元気にニッコリ笑って答える。
「そう。友達と放課後にタピる! 流行には乗り遅れちゃったけど、テレビで見ててすっごくやってみたかったんだよね! ——まぁ本当は、明日の学校帰りの放課後に、タピオカの楽しみは取っておきたかったけど……でも、しほちゃんは今しかいないもん。だからそこは放課後ポイントは妥協って感じ」
「咲希、そんなに羨ましかったの?」
「そうそう! みんながタピオカタピオカって盛り上がってた時に、アタシはずーっと味のうす~い病院食ばっか食べててさ……でも、もう治ったからには、いっぱい美味しいもの食べちゃうんだから!」
「そうなんだ、それはちょっとリベンジしたくなっちゃうかもね」
「——ま、美味しいもの沢山食べるのは良いけど、咲希は調子に乗って食べ過ぎないか心配だな。お腹壊さないでよ?」
「も~! しほちゃんはお節介な事言うの禁止~! せっかく今アタシ“青春”を満喫してるんだから~!」
「はいはい、わかった」
そんな風に話しながら私達は一緒になって、少し時代遅れのタピオカミルクティーを味わっていた。
すると、咲希は何かを思い出したように言う。
「あ、美味しいものって言えばさ、昔みんなで食べたアップルパイも美味しかったよね」
「アップルパイ?」
「……咲希、それいつの話?」
「ほら、しほちゃん覚えてない? 小学生の時だよ。いっちゃんがミクちゃんの歌好きだから、みんなで演奏してみよーってなった時あったでしょ?」
そんな咲希の思い出話に、私は昔の話だけど鮮明に思い出せてしまった。
そうだ、忘れもしない。みんなで一緒に流れ星を見上げたあの日だ。
一歌も懐かしむように口を開く。
「あ、あったね。穂波が吹奏楽部でドラム出来るようになったから、みんなで咲希の家に楽器持って行って……」
「そうそう! みんなでバンドやるぞー! って、はりきってやってみたんだよね! そしたら……」
咲希が言いかけた言葉を継ぐように、私はため息交じりに言う。
「みんな、ビックリするぐらいバラバラだった。私が今でもアレは酷いって思えるぐらい」
「あ、あははは……そうだよね。あの時は志歩が一番怒ってたよね」
「うんうん、しほちゃんがムキになって大変だったよね~。完璧に出来るまでやる! って言って聞かないしさぁ」
「当然でしょ、やるんだったら中途半端な事したくないし私。その時から私は今でも変わってないよ」
「うん……そうだね、志歩は昔も今も、根っこの部分は何も変わってないよ。司さんの事が好きになっても、そこは同じ」
「……ま、そうだよ。よく分かってるじゃん一歌」
そう言って、よく私の事を分かってくれている親友に笑みを返していると、咲希は少し脱線した話を戻すように言う。
「で、みーんなヘトヘトになった時に、ほなちゃんがアップルパイみんなで食べようって言ってくれたんだよ。それがもうすーっごく美味しくて……」
「うん、そうだね。穂波が作ってくれるアップルパイは何時でも美味いから…」
「……同感、お腹もすいてたからさらに美味しかったかも」
「うんうん、ほなちゃんはもう、アップルパイでお店を開けるよね~!」
そう言って明るく咲希は微笑み、まるで誰かを探すようにその場をキョロキョロする。だけど、まるでお目当ての人が居なかったかのように少し落ち込んだ。
「……あはは。なんだか……ひとり足りないって思っちゃうと、いっちゃんもしほちゃんも居てくれるのに、どうしても寂しくなっちゃうなぁ……今ここに、ほなちゃんも居てくれたらなぁって、そう思っちゃう……アタシって欲張りだなぁ……」
「……咲希」
「ねぇ……しほちゃん、アタシ達、四人で集まって遊べるようになるのは……今度はいつになるのかな? 次は、予定を合わせて四人でって言うけど、でも、しほちゃんは別の学校だし……これからは、難しくなっちゃうかな?」
そんな咲希の切実な問いに、私は少し顔を背けた。
勿論、私はこれからも一歌達との交友を途絶えさせるつもりはない。もう私の存在がみんなに迷惑にならないし、私からみんなに会いに行く事に躊躇いはもうない。
でも……どうしても違う学校っていう事情がある限り、そこには必ず限界がある。もう、以前と同じようにって、そんな咲希の願いには簡単には頷けなかった。
……どうしたら良いんだろう。
これからも、咲希と一歌と……そして、また穂波とも、一緒に居られるような“方法”があったらいいのに。
——と、そう思った時だった。
咲希は私の顔を見てまるで天啓を受けたかのように、その場で目を大きく見開いて言う。
「あ! アタシ、良い事考えちゃった! ねぇねぇ、いっちゃん、しほちゃん! ほなちゃんも誘って一緒にバンド活動しようよ! これだったら、違う学校でも放課後は練習で殆ど毎日一緒に居られるよね?」
「えっ……みんなと一緒に、バンドを?」
咲希のそんな提案に、私は思わずそう言葉を漏らしていた。
隣を向けば、一歌は目を大きく開いて咲希の提案を聞いていた。
まるで『その手があったか』みたいな、画期的な方法を思いついたような明るい顔だ。その表情のままで、一歌は少し頷きながら言う。
「咲希……いいかもね。それ……すごくいいかも……! 穂波は頷いてくれるかまだ分からないけど……でも、それなら学校の外でみんなと一緒に居られる理由、できるよね」
「うんそうだよ、理由がないなら作っちゃえばいいんだ! みんなでバンドを組んで、小さい頃にやってたみたいに、学校終わって放課後は一緒にバンドの演奏をする! 絶対楽しいよね!」
「うん……うんっ……!」
そう言い合って咲希と一歌は互いに頷きあった後、私の方に期待に満ちた目を向ける。
「しほちゃん……! どう? アタシ達と一緒に、バンドしよ?」
「志歩……どうする? 私は……志歩と一緒に、バンドがしたいよ」
期待のバトンは二人から私に託されてしまった。
確かに……二人と一緒にバンドを組めば、また、小学生の頃に練習した時のように、みんなで一緒に居られるかもしれない。穂波とも、また仲直りが出来るかもしれない。
でも、私はもう、ベースで目指したい目標はハッキリ分かってしまった。
司さんの隣で、叶えている自分の夢は、ハッキリともう定めてしまった。
私は……ベースで、プロになりたい。
そんな私が……ここで情に流されて二人の誘いに頷いて、ただの仲良しごっこのバンドを組んでしまったら、私のプロへの道は、閉ざされてしまうかもしれない。
でも……それでも、ここで一歌達と一緒に居られる選択肢を捨てたくないって、そう叫んでる私も確かに心の中に居る。居てしまっている。
どうしよう……私の夢と、親友。どっちかなんて選べない。こんな曖昧な気持ち、二人に何て伝えれば……わからない。もう、とにかくこの場は逃げるしか……。
そんな時、私の脳裏に、瑞希に自分が言った言葉がフラッシュバックする。
『そっか……だったらさ、相手の事だけを考えて遠慮するより、時には思いっきり相手と本心で向き合う事も大事なんじゃない?』
……そうだ。私、自分で瑞希に言ったんだ。
躊躇うよりも、自分の気持ちを伝えろって。だったら……そう教えた私が、ここで二人から逃げる訳にはいかない。
答えなんてまとまってなくても、それでも、二人に対して向き合う事からは逃げちゃいけないんだ。
だったら、私は——!
そんな決意で、私は今だ結論が決まっていない、ごちゃごちゃした自分の気持ちを、全部伝える為に口を開く。
「一歌、咲希……私、分かってるかもしれないけど、バンドをやるんだったら本気でやりたい。中途半端なんかじゃなくて、本気の演奏がしたいの」
「中途半端じゃなくて……」
「本気の演奏を……」
私の言葉を
「だから……そんな、ただ一緒に居たいっていう、それだけの理由でバンドを組むのは……上手く言えないけど、なんか違うって、そう思ってて。だから私は……今の二人とは、一緒にバンドを組めない」
「……しほちゃん」
「志歩……そっか。じゃあ……仕方ないのかな……?」
そう言ってこの場での誘いを、まるで門前払いのように切り捨てた私に、二人はとても悲しそうな顔をする。
そんな二人に向かって私は、最後に今の自分の心の弱さを、二人の事を自分の夢の為に切り捨てきれない迷いを口にする。
それは、今の私が譲歩できる、二人への提案内容だった。
二人へ差し伸べる、私の手だった。
「だから——もし、私の今の考えを聞いて、一度家に帰って考えて、それでも『本気で』私と一緒にバンドがしたいって、そう思うなら……また別の日に誘って? そしたら……今度は私も、みんなで一緒にバンドをするかどうか、本気で考えるから。それでいい?」
そう言った瞬間、二人は悲しんでいた顔から一瞬で喜びに満ち溢れた笑顔に変わった。
「志歩……! うんっ、ありがとうっ……!」
「う……うんっ! 考える! アタシ達、一生懸命考えるから! 本気でバンドをやれるかどうか……考える! そしたらまた、アタシ達と一緒にバンドをやるの考えてね、しほちゃん!」
「……二人共……もう、まだ一緒にやるって決めた訳じゃないんだからね、そこのところ理解してくれてる?」
「勿論! 分かってるよしほちゃん!」
「もう、咲希……そんな満面の笑みで言われても、本気で分かってるのか判断付かないんだけど?」
「あはははっ……!」
私達は最後にそんな会話をして、今日の日は別れた。
あーあ、結局私って、心の甘えが捨てきれないな……本気でプロを目指したいのなら、すっぱり断るのが当然なのに。
でも、もし次に二人が、本気でバンドをやりたいって言ってくれるなら……その時こそ、私は答えを出さないと。
でも、よかった。
ちゃんと私の今の想いは、私の悩みと一緒に二人に伝わってくれたって、そう思う。
瑞希……やったよ、私。親友と、ちゃんと逃げずに向きあったよ。
だから次は……あなたの番だからね?