ハローハロー。
みなさん25時からこんばんわ。ボク、暁山瑞希です。
そんな夜中に、突然何言ってんだコイツ? と、思うかもしれませんが、ちょっとボクの話を聞いてください。
ええ、はい。落ち着いて話を聞いてくれる心の準備は出来ましたか?
実際落ち着いてなくても大丈夫です。
何故なら、他の誰に話す相手が居る訳でもないこんな話を、心の中だけでいきなり一人語りでするボクが、一番落ち着いてる訳無いからです。
ええ……じゃあ、心の準備はそろそろ大丈夫そうなんで、言いますよ?
ボク、いきなりですけど異世界転生しちゃったみたいです。
「だれかぁ~~!! お願いですから、誰か居ませんかぁ~~~!?」
ボクはさっきまで居た自分の部屋からいきなり飛ばされた、この“異世界”と表現するのに一番ピッタリな空間で、大声でそう叫んでいた。
目の前に広がるのは、どこまでも広がる薄暗い灰色の空に、大理石の真っ白な床が地平線の見えない先まで広がった空間で、所々三角形の建造物があって鉄骨が不規則に生えている。そんな無機質で広すぎる空間。
そんな空間でたった一人、ボクは自分以外の存在を探していた。
だけど、いくら叫べども何も返事は返ってこない。だからボクはもう、この訳の分からない状況にただ困惑するしかなかった。
「おかしい……これがもし、テンプレ異世界転生物語の導入シーンなら、とっくにボクはこの空間で神様か女神様と会って、転生先の世界で使えるチートスキルの相談をしてるはずでしょ? なのにどうして、そんな存在が居ない訳? おーい神様~、居るんならさっさと出てきてくださーい。今どき導入の遅い異世界転生モノは流行りませんよ~? ボク達Z世代の効率性の重視感ナメないでくださーい」
そう文句を吐き捨てた後で、ボクは気づいてしまう。
そうだもしかして……これはそもそも、物語のジャンルが違うのかもしれない。
異世界転生モノだって思ってたけどそうじゃなくて、SF異世界冒険ファンタジーなのかもしれない。
突然死して転生したんじゃなくて、ついに目覚めたボクの内なる真の力が、ボクをこの異世界に
……オタク趣味をこじらせた、ご都合的な考えだと笑うなら笑え。そうじゃなきゃこの訳の分かんない現状を、どう受け入れろっていうのさ……!?
そんな思いでボクはヤケクソ気味にボクの考えた最高にカッコいいポーズをとり、最近やったお気に入りのゲームのキメ台詞を叫ぶ。
「——来い、ボクの『ペルソナ』ぁ!!」
一秒、二秒、三秒、何秒待っても、ボクに変化なんて何も起こらなかった。
悲しい程に、何も起こらなかった。
「あれ……おかしいな、反逆の心はボク持ってるつもりだったんだけどなぁ、しかも高校の友達には“杏”が居るんだよ……? あれ? ボク、ペルソナ使いとかじゃないの? 『イセカイナビ』をうっかり起動しちゃった訳じゃなくて? ここってもしかして、ゲームの世界でもなかったり……?」
そんな事を呟いていると、ようやくボクは少しずつ冷静さを取り戻してきたみたいで、途端にさっきまでの自分の言動が恥ずかしくなってしまう。
「って……なにやってんだろ、ボク。普通に考えてそんな訳ないじゃん……いい加減、現実逃避するのはやめよ……それにしてもここ、一体どこ……?」
ボクがそう独り言を零しながら、周囲を見回し始めた時だった。
背後からボクに対して気まずそうな表情をしながら近づいて来る、茶色髪のショートカットボブへアでぱっちりとした丸い猫目の女の子が居た。
「……その声もしかして、『Amia』? 何さっきから変な事叫んでるのよ……」
その聞き覚えのある声に、ボクはその子の名前を察する。
ボク達『ニーゴ』のイラスト担当の『えななん』だ。いつもチーム内でボクがよく喋る一番仲良しの相手で、ちょっと性格が志歩に似てる、素直じゃないツンデレ系の女の子だ。
——ってか、もしかして、さっきまでのボクの恥ずかしい言動見られた? うっわぁ……死にたい。でも……ここは冷静に。
「あ……あぁ、も、もしかしてその声……えななん?」
「いや、そうだけど……やっぱり、アンタが『Amia』って事でいいのよね?」
そう言ってえななんは、とりあえずさっきまでのボクの恥ずかしい所は見なかったことにしてくれたのか、ボクに対して本人確認を取ってきた。
まぁ……そっか、お互い顔を合わすのは初対面だからね、いくら声が同じだからって、自信ないもの無理ないかも。
ボクは、SNSでえななんの自撮り垢見つけちゃって、それで加工した顔を知ってるからすぐに分かったんだし。
でも、こうして生で見ると、SNSであんなに顔を加工しなくても全然えななん可愛いと思うけどな——って、馬鹿な事考えてないで、まずは現状を整理しないと。
「うん、ボクがAmiaであってるよ」
「あ、やっぱそうなんだ……ちょっと意外」
そう言って、リアルのボクの姿に納得していないような口ぶりのえななん。
どこか妙な彼女の反応が、ボクは気になってしまった。
「意外って……何が?」
「ああ、いや、別に何でもないわよ。ちょっと自分の思い込みを反省しようかなって、そう思ってたぐらいで……」
「思い込み?」
「いや、だからいいって言ってるじゃない、気にしないで。それより……ここどこ?」
「そんなの……ボクが聞きたいよ」
そう呟いて、ボクはもう一度周囲を見回す。
そこにはただ、真っ白な大理石の地面が地平線の先まで続いていて、時々三角の建造物と、鉄骨が無造作に生えているだけの、そんな無機質な空間が広がっていた。
こんな殺風景な場所に、ボクさっきまで自分の部屋に居たのに、いきなりカワイイ部屋着姿のままで放りだされるなんて……やっぱり現実って理不尽な事ばっかりだなぁ。
ま、ここが現実世界だって、まだ決まった訳じゃないけどね。少なくとも普通の場所じゃない事は確か。
「そうよね……訳わかんないわよね。ねぇ、どうやってここに来たか覚えてる?」
「勿論覚えてるよ——」
そう言って、ボクはここに来ることになった経緯を思い返す。
——それは、雪が25時のナイトコードでの作業通話を無断で休んで、もう今日で一週間が経った作業通話でのこと。
志歩に相談してやっと雪と話す決心がついたけど、その雪と全然話す機会もなくて、ボクはとっても焦っていた。
だから通話中にボクは、えななんやKとも一緒に、来なくなった雪の事を心配していた。
そしてKの提案で、何か雪と連絡を取れる手段を探そうってなって、でもハンドルネーム以外なにも知らないような、そんな雪の個人情報に繋がるものは何もなくて。
だから藁にもすがる思いで、ニーゴのチャットのログとかに雪の情報がないか探していたら、偶然ニーゴの共有フォルダに、雪が居なくなった日がデータアップロード日という、そんな謎の音楽ファイルを発見した。
その名も『
そして、その音楽ファイルが雪へ繋がる手がかりになるかもしれないって、そう思ってボクがひとまず曲を再生する事を提案して、全員で音楽を再生した。
すると、いきなりパソコンのモニターから光が溢れてきて——そして、今に至る。
そんなボクの記憶の限りをえななんに語ると、彼女の方からも同じ経緯だという返事が返ってきた。
——となると、今ボクの目の前に居る『えななん』はボクがよく知ってる子で、偽物とかじゃなくて本物って考えても大丈夫だよね?
まぁこの子が話を合わせてるだけの偽物で、ホントの正体はボクが油断した隙に、何か危害を加えてくるような存在の可能性も消しきれないけど……でも、こんな訳の分からない状況で、そこまで全部疑い続けたらキリがないし、ひとまず、このえななんは本物だって信じよう。
それに。
「……も、もうっ……いっ、いったい何なのよこの状況はぁ……! この場所、何か薄暗い感じがして不気味だし……早く元の家に帰りたい……!」
……この、見るからに今の状況に対して怖がってるこの子を、偽物だって切り捨てて、見捨てたくない。
だから、ひとまずこんな状況で気休めにしかならないかもしれないけど、ボクはえななんに向かって言葉をかける。
「大丈夫だよ、えななん。ボクがついてるからさ、一緒になんとか元の場所に戻れる方法探そう? ね?」
ボクが優しくそう言うと、えななんは暫くボクの顔を見た後、やがてプイッと視線を背けながら素っ気なく言う。
「——ふんっ、あんたに言われても全然安心できないのよ。年下のクセに生意気」
そのえななんの声色からは、さっきまでの怖がってるような感情は消えていて、いつも通話で聞くような、そんないつも通りのツンデレキャラを見せてくれた。
よかった、いつもの調子に戻ったね、えななん。ボクは安心して普段通りの口調でえななんをからかう。
「え~、えななんが怖がってそうだから、ボク頑張って慰めてあげたのに、えななん
「なに勝手に怖がってるみたいに扱ってるのよ、そんなこと無いから。それより、他にアンタ以外に人居ないかどうか探すわよ。ひょっとしたら、Kも来てるかもしれないし」
「……うん、そうだね。この流れからしたら充分ありそう。よっし、ひとまず他に人居ないか探そっか」
そう言ってボク達は協力して、この訳の分からない空間を散策する。
「誰か居ませんかー? 誰か~! ……ねぇ! ちょっと、誰かいないの!?」
「おーい、誰かいたら返事して~!」
そう言って呼びかけながらもしばらく周囲を散策するけど、誰も見つからなくて。段々と絵名の顔からは、また焦りの表情が見えてきていた。
そんな絵名の気持ちを和ませるために、ボクはため息交じりに冗談を口にする。
「はぁ、だーれもいないねぇ。てゆーかこれ、異世界転生モノの冒頭みたいじゃない?」
「Amia……。この状況で、よくそんなのんきな事言ってられるよね」
「え~、でも思わない? こんな状況、そう考えなきゃやってられないよ。あ、そうだ、ねぇねぇ、えななんはもし神様からチートスキル貰えるとしたら、どんなスキルが欲しい?」
「はぁ、何言ってるの? 私そもそもアニメとかよく分かんないし……それに、神様なんて居る訳ないじゃない。馬鹿言わないでよ」
「あちゃ~、そういうタイプだったかぁ~。しょーがない、じゃあそんな話はおいといて、また頑張って地道に歩きましょ~! レッツゴー!」
「はぁ……なんでこんなお気楽なヤツと、二人で訳わかんない場所を探索しないといけないのよ……意味わかんない」
そう言って、えななんはまた少しだけ普段通りのテンションに戻りながら歩き始めた。
ふぅ……よかった。またいつもの調子に戻ってくれたけど……この訳の分からない状況が、どんどんこの子から平常心を奪ってる気がする。
結構……マズイかもこの状況。
パニックホラーモノなら、平常心を失って単独行動をする人間から酷い目に遭っちゃうかからね。
この子が完全にパニックになっちゃう前に、早くこの現状を打開できるような、良い発見が出来たらいいんだけど——と、そう思った時だった。
「ねぇ」
いきなりボク達の背後から、透き通るような綺麗な女の子の声が聞こえて、ボクは思わずその場から飛びあがる。
「わわっ! だ、誰!?」
そう言いながら急いで振り返った時。
ボクの視界の先に——絶世の美少女が居た。
髪色は透き通るような透明感を感じるような銀で、ツヤツヤした滑らかな長髪。
その両眼の瞳には、綺麗な
そして、とっても整った顔のパーツは、志歩と比較しても引けを取らない位に美人。
さらに極めつけは、そんなどこをとっても超絶美人にも関わらず、身長がとっても小さい子で、中学一年生と言われても一切疑う事が出来ない位に小さい。
その容姿と身長のアンバランスさが、その子に対する好印象にこれ以上にないぐらいに相乗効果を生んでいる。
つまり、この子の容姿をそんな風に詳細に分析してボクが、結論として何が言いたいかというと——
この子っ……! ボクの好み超絶的ドストライクなんですけどぉ……!!
いや、え? こんな、ボクの追い求めてた究極の可愛さを兼ね備えた子って、この世に実在したの?
うそ、え? カワイイっ……! え、まって、超タイプなんだけど……!
そんなボクの内心のパニックを知ってか知らずか、ボクの目の前に降臨した天使は続けて言う。
「……えななんと、Amiaでしょ?」
その天使からそう呼ばれた瞬間、ボクはその子の声が、やっと聞き覚えのある声だという事に気付くことができた。
「え? あ……その声!」
「……K?」
ボクの後ろに居るえななんは、ボクと同じ結論に辿り着いたみたいでそう尋ねる。
すると、目の前の天使はコクリと頷いた。
「うん」
瞬間、ボクの頭にガツンと衝撃的な何かが襲い掛かって来た。
え? 嘘……? この子が……K? ボクの中学の頃、どうしようもなかったあの頃に、ボクが心の頼りにしてた曲を作ってくれた子が、この子?
ボクの心を救ってくれた曲を作ってくれたのが、この子?
ボクの恩人が、この子? うそっ……そんな事あるのっ……?
そんな、ボクはもともと、Kの事は人間としてとっても大好きな人で尊敬もしてて……その子がまさか、見た目がボクの好みストライク一直線の、こんなカワイイ子?
こんなの、こんなのってまるで運命——
『私にはあなたが居るでしょ、瑞希? 一人ぼっちだなんて言わないでよ』
その瞬間ボクの頭の中に、最高にカッコよくて可愛い、ボクの一番のお姫様の姿が浮かぶ。
Kを見て高鳴りかけた心音は、一瞬で静まった。
……あ、危なかったぁ……! ありがとう志歩、ボクの心の一番にキミが居なかったら、ボクやられちゃってたよ、Kに心取られちゃってたよ……! ありがとう志歩……!
同じサークル内の子との恋愛とか、本気でリスキーだからね。下手したらサークルクラッシャーになっちゃうまである。よかった、本当に良かった。
そんな慌てた内心を押し殺していると、えななんはKの存在に明らかに喜びを露わにした声色で言う。
「よかった! Kも一緒に来てたんだね!」
よし、平常心……平常心……
そんな言葉を胸の中で唱えながら、ボクはえななんにいつも通りの口調を心掛けて言う。
「えー、ボクの時と態度ちがくなーい? もっと素っ気なかったじゃん!」
「……状況を確認させて。ふたりとも、どうやってここに来たの?」
うっわっ……通話越しじゃない声がすごく綺麗……だ、駄目駄目。落ちつけボク、Kに魅了されるな。
ボクには志歩がいるんだ。ボクには志歩が居る、ボクには志歩が——って、一方的な片思いを念じて自己暗示って……ボクちょっと気持ち悪いなぁ。
そう思って冷静になりながら、ボクはえななんと二人で確認した、ここに来た経緯をKにもう一度話す。
ボク達の話をKは時折コクリと頷きながら静かに聞いてくれた。こんな状況でもやっぱりボクらのリーダーは動じなくて凄い。
そうして、ひとしきり話した後で、大好きなKと合流したお陰で少し気分に余裕が戻ったみたいに見えるえななんは、ため息交じりに言う。
「はぁ、せめてスマホがあればな。GPSで場所分かったのに……。あ、あとバズりそうな写真撮れそう」
「……えななんこそ、のんきじゃーん。あーあ。ボク達帰れるのかな? そもそも、ここは本当にどこなんだろ?」
「……たしかに、早く帰り道をみつけなくちゃ。ひとまず、あたりを歩いてみよう」
「ボクもさんせーい」
「うん、気を付けて行こうねK」
そんなKの指示があって、ボク達はこの殺風景な世界を再度探索する事になった。
だけどそれから暫く歩いたけれど、全然新しい発見もなにもないまま時間だけが過ぎていった。
ボクはため息をつく。
「はぁ、もう長い事歩き回ってるのに、何もないし、誰もいないね……」
「でも、まだ一時間も経ってないはず。……この場所に居ると時間感覚が狂う感じがするけど」
「もー、こんな不気味なところいたくないんだけど!」
ついにそう大きな声で叫ぶえななん。でも、ボクも内心それには同意だったりする。
この空間は多分、ボク達以外には人なんていない。そのうえ本当に何もない。
こんな寂しい場所で、長居をしたくないって思うのは当然の意見だと思えた。
「そう? わたしは、居心地はそんなに悪くない」
でも、なぜかKはそうじゃなさそうだった。どうしてなんだろう? 何か、特別な雰囲気をKはこの空間から何か感じてるのかな?
そう思いながらもボクは、この状況に改めて、正直感じてしまった事を口にする。
「えー、悪いでしょ。ボク達以外に人なんていなさそうだし、ていうか何もないし……でも、あーあ、まさかこんな感じで初のオフ会するなんて思わなかったよ。やるんなら、ファミレスとかカフェとかであつまって『本名教えてー?』とかワイワイやりたかったのに~!」
今の状況、本当にコレに尽きる。
最初は訳の分かんない状況で混乱してたけど、状況に慣れてしまえば現状は実質オフ会。
だったらボクはこんな気の抜いた部屋着で……まぁこれでも結構可愛くてお気に入りの部屋着なんだけど、でもこんな服じゃなくて、もっと本気で可愛い恰好をしたかった。
みんな、自分の部屋でリラックスしてる恰好のまま来ちゃってるだろうからなぁ。
えななんは全然可愛い服着てるけど、Kなんて素材の良さを全殺しするみたいなジャージ姿だし……しかも短パンに裸足で生足を全開で外に露出して、真っ白な陶磁器のような肌の細い足を、あろうことか太ももから見せびらかしてて……正直、ボクとしては目のやり場に困る。
だからもっとキラキラした状況で、ニーゴのみんなともっと仲良くなるためのオフ会をしたかったボクとしては、これはやり直し案件だった。
と、思っていると唐突にえななんが言う。
「本名っていえば……Kって、
——え? 何この子、いきなり怖いんだけど。え? Kのリアル特定してるの君?
うわぁ……いくらKの事が大好きだからってさぁ……君、それは一線超えてない?
「うん。でも、どうして知ってるの?」
しかも本当に当たってるし……やばー。ちょっとボクこの子から距離置こうかなぁ、もともと地雷っぽい子の素質が言動の端々から見えてたし、深入りし過ぎると痛い目見る地雷な子かもしれない。
……まぁ、えななんの自撮り垢見つけちゃって、顔特定しちゃってたボクもそこまで言えないか。でも、ハンドルネームと同じ名前で垢運用してるえななんも良くないと思うけどね。
だからまぁ、特定方法によっては情状酌量の余地はあるかな。そう思いながらボクはえななんの弁明を聞く。
「え? メールアドレスにkanadeって入ってるから、きっとそうなんだろうなーって思ってて」
ああなるほど、Kのセキュリティーに問題があったタイプだね。なら、えななん情状酌量の余地アリ。ってか、やっぱりKは実生活はズボラだなぁ……
ま、そんな細かい所を気にしないのが天才の証明ってやつなのかもしれないけど。
——実際、
だからボクはニッコリ笑ってK——いや、
「全然隠せてないじゃん! Kらしいな~。あ、じゃあボク、これからリアルで会う時はKのこと奏って呼ぼうっと♪ ボクの事も瑞希って呼んでねっ!」
「はぁ? Kのこと名前呼びとか馴れ馴れしくない?」
うわっ、Kの番犬えななんが来ちゃった。でも問題なし、ボクが高校生活で杏を見ながら磨き上げた、距離感ゴリ押し接近術をとくと見よ!
「別に、みんなで名前で呼べば良いだけじゃん。ちなみに、ボクの名前は暁山瑞希! よろしくね、奏~♪ で、えななんは?」
「え? あ、わ、私は……
よっし、えななんの本名ゲット、これからは絵名だね、よろしくっ。
というか、案外あっさり押せばオチたねこの子……もしかして、言動がツンツンしてるだけで中身は意外とチョロい?
駅前とかでナンパ師に可愛い可愛いってゴリ押しされたら、ホイホイ付いて行きそうなチョロさを感じる。
というか正直ナンパとか全然興味ないけど、その気になればボクでもこの子は狙えそうな自信がある。……ちょっと心配だなぁ、この子。
と、思っていると奏は、ボク達の名前を聞いて頷きながら言う。
「わかった、瑞希、絵名」
「……な、なんか照れるけど……よろしくね、奏」
あれ~? 絵名ボクに馴れ馴れしいって言っておきながら、自分はあっさりと奏呼びするじゃ~ん。やっぱり羨ましかったんだ~。じゃあボクのお陰で名前呼びが出来たんだし、もっと絵名はボクに感謝するべきだよねぇ~。
ふふっ、こんな状況だけど、ちょっと楽しくなってきちゃった。
始まりがこんな変な感じだったけど、でもこの調子で、ボク達ニーゴはもっと仲良くなれるよね。そしたらボクは——
『——お前って、やっぱ変わってるよな』
——っ。あーあ、ヤな事思い出しちゃったなぁ。
そうだよね……もう、こうなったからには、何時までもネットの関係だからって、ボクの事を誤魔化せる段階じゃなくなってきたのかもしれない。
こうやってる間にも、どんどん絵名と奏の中には『秘密を隠したままのボク』の印象が固まっていってしまう。
だったら……いっそ、ボクの事を話すのなら今このタイミングしかないのかもしれない。
秘密を誤魔化す為に、みんなに対して嘘をつく必要にかられる前に——ボクが、みんなに対してこの先どんどん負い目を感じる前に、正直に今、話したほうがいいのかもしれない。
クラスでの自己紹介で、ボクがクラスメイトに最初にそうしたように。
でも……話したらこの、居心地のいい空間が無くなっちゃうかもしれない。
それは……すごく、怖い。
じゃあ、やっぱりボクは——。
『今日がいい日じゃなくても、明日はいい日になるかもしれないって思えるように』
『ええ、そうですよ。根性論ですよ。だけど……きっと、私達に足りてないのはそういう所なんですよ。私達みたいな人間は、結局沢山色んな人とぶつかっていく必要があるんですよ。私達にとって必要だって思える人は、きっと数限られた貴重な人だから……そんな人に出会う為に、私達は何度も出会いと別れを繰り返さないといけないんですよ。明日こそはいい日に——って、そう思って何度も立ちあがるしかないんですよ』
そんな時、ボクの頭の中で響いたのは、ボクの大好きな
ボクと同類だけど、それでもボクよりもずっと足掻いている子の言葉だった。
『今日がいい日じゃなくても、明日はいい日になるかもしれないって思えるように』……か、良い言葉だな。志歩、誰からその言葉を聞いたんだろ。その子のこと、ちょっと興味あるな。
——うん、そうだね、志歩。
君がまだ、こんなクソみたいな現実で頑張ってるなら、ボクだけが一人諦めてる訳にはいかないじゃないか。
だから、ボクも何度だって、立ち向かってやる。
この子達なら、大丈夫かもしれないって……そう思うから。
「あ~、それとさ、奏、絵名。ちょっとボクの事でさ……聞いてもらいたい話があるんだけど……いい?」
「え? いや……急にちょっとマジな顔してどうしたのよAmia——いや、瑞希」
「……どうしたの、瑞希?」
さっきまでニコニコ笑顔だったボクが、急に真面目な顔になって言うもんだから、驚かせちゃったのか二人は少し困惑顔だ。
「あ~、ゴメン。ひょっとしたらこのタイミングじゃない方が良いのかもしれないけど、今言っとかないと、この先色々誤解が大きくなりそうだからさ、早めに言っとこうと思って」
「な、なんなのよ、前置き長いんだけど……なんか、怖くなってきたから早く言って」
「うん、大丈夫だから言ってみて、瑞希」
そんな二人に、ボクは大きく息を吸った後、気分は断崖絶壁から海に飛び込むような気持ちで言葉を吐く。
「ボク……こんな格好してて勘違いしてるかもしれないけどさ、実は……男なんだ。こういう可愛い服が好きで……いつも家でこんな格好してて。だから、そんな変わった趣味のボクだけどさ……これからも……みんなと一緒に、動画作ってても、いいかな?」
——ついに、言った。言っちゃった。中学一年生の時以来のカミングアウト。
何度も信じて裏切られてきた。でも、今度こそはって、もう一度踏みこんだこの一歩。
一体、どうなるんだろう。こ、怖い——。
そう思って、ボクは思わず目ギュッと閉じて二人の次の言葉を待つ。すると——
「……ああっ! やっぱりそうだったんだ! そうじゃないかなって思ってたのよね」
「……? そう……だよね? 瑞希はどうしてそんな話を今更するの?」
……あれ? え? なんだか、思ってた反応よりずっと軽い……?
ボクは思わず顔を上げて二人を見る。
「え……? 二人共、知ってたの……? ど、どうして……?」
「知ってたっていうか……ほら私、最初アンタ見た時に『ちょっと意外』って言ってたでしょ? 前からアンタの事はずっと男だって思ってたからさ、印象と見た目が真逆過ぎてビックリしてたのよ。勝手に男だって思いこんじゃってて悪かったなぁって、少し反省してたんだから」
「ああっ、確かにそう言えば……え? でも、どうしてそう思ってたの?」
そんな絵名の言葉に、さっきの初対面の時の謎の反応に全て納得が出来た。
思わず問うボクに、絵名は首を傾げながら言う。
「だって……忘れてる? 最初ニーゴで話した時にさ、アンタ普通に声が男の子って感じだったし、一人称もボクだったでしょ? だからずっとアンタは男だって思ってたんだけど」
「あ……」
思い出した、絵名が言ってるのは最初ニーゴに入った時の、まだ少し警戒が残ってる時の尖ってた頃のボクだ。
確かに……あの頃はそこまでカワイイボクで居ようっていう意識が薄くて、そう思われちゃっててもおかしくないかも。
「だから、そんな事わざわざ言われても……って感じが正直な感想。だって、アンタが男でも女でも何か変わる訳でもないでしょ? 逆にそれが理由で、アンタなんか仲間じゃないって言いだす人間に見られてた方がショックなんだけど私」
そう言ってボクを刺すような視線で見つめて来る絵名。
そんな絵名の後に、奏もボクの事を知ってた理由を続けて言ってくれた。それは、とっても奏らしい理由。
「私は……ニーゴの曲で歌の声録りの時、Amiaはわたし達の誰にも出せない声の音域の音を出してたから。あの音程は、女の子の声帯じゃ出せない。だからわたしは、元からそういう音域の曲のパートはAmiaに歌を任せてた。唯一の男の子の、貴方に」
「……あ。そっか……奏、耳いいもんね。そっか……凄いなぁ、やっぱりKは」
「だからわたしは変わらないよ。だってわたしが必要なのは昔も今も、ありのままの瑞希だから。だから、こちらこそこれからもよろしく、瑞希」
そんなKの優しい言葉を聞いた瞬間、ボクはどっと安心の感情が溢れてくる。
「あ、あはははは……そっか、最初から……怖がってたのはボクだけだったんだ」
どうして、ボクはこんなに優しい子達を怖がったりしてたんだろう。
最初からこの子達は、ありのままのボクをずっと見てくれてたのに。
志歩や杏の時と同じだ。ボクには……踏み出す勇気が必要だったんだ。
信じたいって思える相手に勇気を出してぶつかって、そしてその先で例えどんなに関係が変わっても、それでも一緒に居たいって思えるような、そんな、変化を受け入れる自分に変わる勇気が必要だったんだ。
ありがとう、志歩。
君のお陰で、ボクは一番大事な事に気が付けたよ。
本当に、ありがとう。
「——ってか、そんな今更な話よりさ、元の場所に戻れる方法を探す方が先でしょ? 足止めしてないでさっさと探そうよ」
「……うん、そうだね。行こう、瑞希?」
そんな、ボクの事を知っても今まで通りの二人の言葉に、ボクはもう吹っ切れて全力の笑顔で二人に向かって言う。
「ありがと二人共! じゃあこれからは、何が起こるか分からないこんな場所だし、ボクが先導するよ! 二人の事はこの先何があってもボクが絶対守るから安心してね?」
そう言って、二人の前に出て道を先導しようとするボクに、絵名は不満げに言う。
「……ねぇ、何急に男だって明かしたからって、私達の
「まーまー、そんなツンツンしたこと言わないでよ絵名~。それに、別に男だからって二人を守りたいって思ったんじゃなくて、“ボク”が二人を守りたいって思ったからこうしてるの。そこのところ大事だからよく頭に入れといてね~?」
「……む、分かったわよ。そんなに言うならさっさと行ったら? 守らせてあげる。その代わりに私の滑らかな肌に傷一つでも付けたら、アンタを一生恨むからね?」
「え~、ボクも自分のお肌は大切なんだけどな~? 絵名はボクが毎日肌ケアにどれだけ命かけてるか知ってる~?」
「はぁ? 守るって言ったくせに
そんな風に、もう一切遠慮もなく言い合うボクと絵名の姿に、奏はボクが見てもドキドキするような可愛い笑顔で微笑んだ。
「……ふふ。ありがとう瑞希、よろしくね」
「——っ、う、うんっ! ボ、ボクにまっかせといてよ奏!」
「……ねぇ瑞希、今アンタ鼻の下伸びてない? 私の目が黒い内は、奏にヘンな目的で近づけると思わないでよ?」
「のっ、伸びてないってば! デタラメな事言わないでよ絵名! ホラ、脱出する方法探すよ! 二人共レッツゴー!」
そう言ってボクはさっさと道を先導する。でも、心も身体もウソみたいに軽かった。
ああ……よかった、ボクの事をちゃんと言えて。そして変に特別扱いしないでもらえて。
……もし、さっき言えてなかったらどうなってたんだろ? 多分、重ねたウソと誤魔化し続けた罪悪感で、ボクの事を何も話せなくなって、それで結局苦しくなってニーゴの皆から離れるしかなかったかもな……。あぶないあぶない。早めに言えて本当に良かった。
そんな風に、もしもの可能性のボクを想像して少し怖くなってしまいながら、二人の先を歩き、またこの異世界っぽい空間を暫く歩いていた時だった。
「あれ……?」
急に、奏がそんな声を上げた。
「ん? どうしたの、奏?」
「え、どうしたのさ奏?」
立ち止まりながら絵名とボクが奏にそう聞くと、奏は遠くにある三角形の建造物の影の方を指さしながら言う。
「あそこに、誰かいる……」
「「え!?」」
見ると、確かに豆粒みたいな大きさの人影があった。そしてその影は、徐々にこちらに近づいてくる。
一体誰? 僕らに友好的な存在か判断がつかない。どうする、逃げる?
いやそう言っても何処に? どうするのが最善か分からないけど、最悪の事態を考えればまずボクがやるべき事は……!
ボクはすぐさま、その人影から二人を守るように前に立つ。
「——っ、二人共ボクの後ろに下がって!」
「ちょ、ちょっと瑞希、本気? もし危ないヤツだったらどうするの!? 無理に私達を守ろうとしないでいいから!」
「ま、まぁ……ボク昔ちょっとキツイ嫌がらせ受けてた時期に、自分を守れる程度には武道の知識は頭に入れてた事あったから……話してみてもしヤバイヤツだったら、ボクが何とかするよ」
「いや、ちょっと! だからって年上が年下を盾になんか出来る訳ないでしょ! だからアンタこそ私の後ろに下が——」
「大丈夫だから……! 絵名は静かにして……!」
「~~っ、ああもうっ! 弟といいアンタといい、私の周りには言う事聞かない年下の男ばっか……!」
そう言っている間にも、人影はどんどん近づいて来る。あれは……灰色の髪に、ツインテールの……女の子?
すると、ボクの後ろに居る奏が何かに気が付いたように言う。
「……え? あなたは……あの時の映像の……」
——え? 知ってるの奏? と言いかける前に、ツインテールの女の子はボク達の前で立ち止まった。
その子はボク達を緑と紫の二色のオッドアイの瞳で見据えながら、無表情で告げる。
「わたしは、ミク」
そんな端的で機械的な自己紹介に、ボクは目を剥くしかなかった。
——え? “ミク”? それってまさか、バーチャル・シンガー『初音ミク』の事!?
え、ウソ、どういう事? でも……もしホントだったら、そんなすごい事ある!? “あの”初音ミクがボクの目の前に立ってるなんて! 初音ミクって言ったら、オタク界のレジェンドだよ? そんなレジェンドがホイホイ気軽に現れていいの!?
そんな驚愕が、ついボクの口から漏れてしまう。
「え? ミクって、
「……いや、ミクってバーチャル・シンガーでしょ? こんな所に居る訳ないじゃん!」
「いや、わかんないよ。こんな訳わかんない場所だし、普通じゃ会えないような存在が居てもおかしくないかも……」
「うっさい! 私はアンタみたいに、ホイホイ状況に順応出来る訳じゃないのよ!」
そうやって言い合うボク達を無視して、淡々とボクの目の前の“ミク”は言う。
「……あなた達を、待ってた」
「待ってた……? じゃあ、わたし達のことを知って……?」
「うん」
そんなミクと奏の会話を聞いて、段々とボクは状況を飲み込めるようになってきた。
よし……そろそろ冷静になれボク。相手があの“初音ミク”だからって、特別扱いはもうやめた方がいいね。ここからは事情を知ってそうなこの子から、この場所の情報をどれだけ引き出せるかにかかってるんだから。
それを確認する意味も込めてボクはミクに、いくつか質問をすることにした。
「へえ~。じゃあもしかして、ボク達をここに読んだものミクってこと?」
「……半分、そう。呼んだのは、わたしと……そしてあの子」
「あの子? 誰それ?」
でも、そんなボクの疑問を聞いて、ミクはこう言葉を続けた。
「そして、ここはあの子の“想い”で出来た場所。——あの子の、“セカイ”」
……あ~、『あの子』に関しての質問には無回答ね。そっか、了解。
とりあえず君は“案内人”タイプの子だけど、“そっち”にとって都合の悪い事は答えないタイプの子なんだね。ん~。じゃあ根本的な『この世界は何?』って質問にも、100点の解答はもらえなさそうっぽい……よし、君の
ボクが冷静に“ミク”の性格を分析している間に、奏と絵名はミクに話しかけていた。
「“想い”で出来た場所……?」
「ちょっと、もう少し詳しく教えてくれないと分かんないってば!」
うーん絵名、気持ちはわかるけどその質問の仕方じゃ返事は返ってこなさそうだよ。
とりあえず、ボク達にとって最低限必要な情報は——
「でもでも、ボク達が居た場所とは違うってことなら、やっぱ異世界ってことだよね?」
質問を微妙に変えると、思った通りミクは話し始める。
「……そう。“セカイ“は、あなた達の暮らす場所とは、違う。だから、あなた達のいた世界とこの“セカイ”は、『Untitled』で繋がってる」
「『Untitled』って……あの、共有フォルダに入ってた曲?」
「……わたし達は、あの『Untitled』を再生したから、ここに来た……?」
「嘘でしょ……。ねぇ、今の状況って……夢、じゃないよね? 夢じゃないなら、私達が元の世界に戻るには、その曲を止めないといけないってこと?」
あ、絵名気づいちゃった? それボクも同意見。それが本当ならこの状況、正直詰んでるんだよね。
だからボクは、あきれ顔で言う。
「でも、止めるもなにもパソコンがないけどね~」
「じゃあどうすればいいわけ!?」
「だから——」
すると、ミクがボク達の質問に答える以外で口を開いた。
……お、今の会話でイベントフラグ踏んだかな? ミクとの会話が進展した。これは……ボクの予想じゃ、
そんな期待を胸に、ボクはミクが続ける話を聞く。
「——お願い、あの子を見つけて」
はい、大正解。ボク天才じゃない? ……って、そんな事考えてる場合じゃない。話を聞かなきゃ。
「……あの子は、このままじゃダメ。本当の“想い”に気付けないと、あの子は……。あの子を見つければ、あの子を救える。あの子はきっと本当の“想い”に気付ける。そうしたらその“想い”から——あの子の“歌”が生まれる」
そんなミクの矢継ぎ早の専門用語っぽい言葉の羅列に、ボクは思わず頭を軽く抑える。
ん~。やっぱこの子、ここの世界観をボク達に理解させる気ないねぇ~。これがもしSF小説の世界だったら、ちゃんと世界観を読者に提示しないと、小説失格だよ?
絵名も当然話を理解できていないみたいで、眉をひそめながら言う。
「えっと……難しくてよくわからないんだけど……」
「あの子を見つけると、あの子を救える……?」
「……救う……」
——おっと、流石
ボクがそう奏に感心していた時だった。
突然、声が響く。
「……ミク、どうしてここに人がいるの?」
響いたその声は、まるで冷え切った氷のような、そんな人の温かみのある感情なんて全て抜け落ちたかのような声だった。
だけど、その声は人間の口から発されたとは到底思えない位の冷たさだったけど——何故か、ボクには何処かでその声は聞き覚えがあった。
この声は、確か——。と、声の主の方を見ないままで思いだそうとした瞬間、ボクよりも数倍耳が良い奏が声の主をすぐに特定した。
「その声……雪?」
あ……そうだ、雪だ。雪だよこの声!
雪……そっか、どこに行っちゃったのかと思ってたら、ここに居たんだね。
やっと見つけた。ボク、君に会って話したい事があったんだ。
「あ、雪————っ!?」
だけど、そんな安心した気持ちで雪の方を振り返った瞬間、そこにはあんなに優しいお姉さんだった『雪』とは真逆の、まるで冷たい
その子は、恐ろしい程に整った美人系の顔に、薄紫色がかった長い黒髪をポニーテールにまとめたヘアスタイルをしていて、そしてその紫紺色の瞳の奥には、ゾッとする程に底なしの闇が広がっていた。
——あれ? どうしてボクはこんなにも、この子の事が“冷たい”って感じるんだろう。雪はいつもあんなにボク達に対して優しい子だったはずなのに、
そんな事を考えて何も喋れないでいると、絵名も少しだけ雪に疑問を感じたのか、困惑気味に言う。
「え、雪……? 本当に雪? なんかナイトコードで喋ってる時と雰囲気違くない?」
「……雪」
奏の呼ぶ声に、極寒の冷気を身に
「……その声、K?」
「うん。そう」
「うそ……本当に、雪なんだ……」
「……あなたは、えななん?」
「えっ、う、うん……そうよ」
雪の本人確認に、思わず面を食らったようにビックリ反応を見せる絵名。
すると雪は、最後に残ったボクの方に視線を向けた。
「じゃあ、もしかして……あなたがAmia?」
瞬間、ボクを見つめるその雪の冷たい視線に、更に冷気が増した。
な、何……? この、とっても冷ややかな目線は。どうしてボクにだけ、そんなに冷たい視線を送るの? ボクが、君に何かしたの……?
ボクはそんな思いで、少しだけ怖いと思ってしまいながら返事をなんとか返す。
「う……うん。そうだよ、ボクがAmiaだよ?」
「……………………」
え、無言……? ちょっとちょっと、本当にどうしちゃったのさ雪。
ボクは少しだけ慌ててしまいながら言う。
「あ……あれっ? 雪、大丈夫? もしかしていなかったあいだ、何も食べれてなかったりする? あ、良かったらボク今、ポケットに夜食に食べようと思ってたカロリーメイトがあるんだけど……良かったら食べ——」
「…………うるさい」
「え?」
ボクが言いかけた言葉は、苛立ちに溢れた雪の言葉で無理やりぶった切られた。
雪、もしかして……ボクに怒ってる? え、なんで? どうして?
困惑するボクに対し、雪はスッとその目を細め、まるで睨むようにボクを見た。
「……どうして、
「え……なに? ボクがどうしたの? ねぇってば……雪?」
だけど雪はボクの質問には答える気はないみたいで、淡々と、率直に、自分の意見を押し通すように言う。
その言葉は、ボクだけじゃなくて絵名や奏にも向けられていた。
「このセカイに来ないで。ひとりにさせて」
「……なにそれ、どういう意味? ひとりにさせてって、帰りたくないってこと?」
「……今、言ったでしょ。私は、ここにひとりでいたい」
「……ちょっと、それはわけわかんないんだけど」
そんな絵名と雪の会話を聞きながら、ボクは必死で雪の気持ちを察しようと努力した。
でも、雪の冷たすぎる表情からは、ほとんど何も読み取れる感情なんかなくて。
だからボクは自信がないけれども、端的に理解できたつもりの雪の意図を口にする。
「う~ん……? えっと、じゃあ、もうボク達と一緒に曲を作る気はないってこと?」
「そう。何度も言わせないで」
「——っ」
あまりにも冷酷な刃で切り捨てるような言葉を聞いて、ボクは横目で奏が辛そうな顔をしているのが見えてしまった。
ちょっと、もしそうだとしても、もう少し言い方があるでしょ雪……?
どうしたの、君らしくないよ……? 君はもっと、みんなの事を見守ってくれるみたいな、そんな優しい人だったでしょ? それがどうして……?
「……あー、そんな急に言われても……ねぇ? 奏もびっくりしてるし……って、奏?」
言葉の途中で、ボクは奏が何かに気付いたような表情に変わったのが見えて、奏に会話の主導権を譲る。
奏は、ゆっくりと雪を見据えた。
「……雪」
「……何」
「じゃあ、雪は、ひとりで……、『
——『OWN』? それって、まさかあの? 奏、その言い方ってまさか……!?
絵名もボクと同じ気持ちだったみたいで、目を大きく見開きながら口を開く。
「え? OWN? OWNって、あの? ……え?」
そんなボク達の推察を肯定するように奏は頷く。
「……雪が、OWNだよ」
「……根拠は?」
「……根拠はない。でもわかる。ニーゴで作ってる曲と傾向は全然違うけど、間違いない。そうだよね、雪」
奏の鋭い追及に、しばらくしてコクリと雪は頷いた。——って、え? マジ?
あの『OWN』が、キレッキレで物凄くて痛々しい曲を作ったのが……雪?
「……うん、そうだよ。OWNは、私」
「マ、マジですか……」
「……雪が、OWN? ほんとに?」
「そう言ってる」
雪が絵名にそう返した瞬間、絵名は見るからに眉を吊り上げて怒りの表情を見せた。
……そういえば絵名、この間のナイトコードで雪が居る前でOWNの事を凄く褒めてたもんね。
そりゃ……言いたい事もあるかな。馬鹿にされたって、そう思ってるのかも。
「……じゃあ、なんでこのあいだ、私とAmiaがずっとOWNの事を話してる時に言ってくれなかったわけ……?」
「……別に、言う必要がなかったから、言わなかっただけ。それに——」
雪はそこまで言って言葉を区切り、見るからに怒っている様子の絵名にも構わず、いっそ冷酷な程に切り捨てるように、続く言葉を言う。
「『雪』じゃない私は、あなたと話したい事なんてないから」
「……は? 何それ……? ふざけないでよ! 何も知らないですごいすごいって騒いでる私を、どういう気持ちで見てたの? 馬鹿だなって、そう思ってたわけ!?」
あ、駄目だ。コレ喧嘩になる。ちょっと、どっちも落ち着いてよ……!
「ちょ、ちょっと、落ち着いてよえななん! 雪も、もうちょっとちゃんと話そうよ、ね?」
ボクは気づけば、いつも雪が言い争うボクとえななんの間に入って仲裁してたのと同じように、今度は雪とえななんをボクが仲裁していた。
なにこれ、いつもと役割逆じゃん。もう……一体何が起きてるんだよぉ……ボクでも訳わかんなくなってきた。
混乱しそうになる頭をなんとか正気に保ちながら、ボクは言う。
「ねぇ、雪がOWNだとしてもさ、OWNで曲を作りながらニーゴとしてもやっていくのは無理なの? いくらなんでも急すぎるし、ボク達も……」
「私はもう、ニーゴに居る必要がない」
「えーっ……と……?」
「……ニーゴに居ても、足りなかったから」
そんな雪の言い分に、奏はポツリと尋ねる。
「……足りなかった、って……」
「……初めてKの曲を聴いた時は、少しだけ、救われたような気がした。だから、Kの傍で探せば、見つけられるかもしれないって思った。……でも、それじゃ足りなかった。見つけられなかった」
その言葉を聞いた瞬間、奏は見ていて可哀想に思えるぐらいに身体を震わせながら、言う。
「……
奏、どうしたの? まるで世界が終わったみたいな顔してるよ? そこまで君は『救う』事にどうして固執してるの……?
「Kと一緒に居ても見つからないなら、もう、自分で見つけるしかない」
そんな奏の事も無視して雪はそう言い、ミクに視線を向ける。
「……ミク、もうこれ以上、この人たちと話す事はない。ここから追い出して」
「……そう。……あなたは、本当にひとりで見つけられるの?」
「……ミクが、私が、まだ私を見つけられるっていうのなら、全部を捨ててでも探し出す」
そう言う雪の瞳には、暗闇の中にでもわずかに残る意志の光が、かすかに残っているように見えた。
「……私には、それしか残されてない。もしそれでも見つからないなら、私はもう……消えるしかない」
——え? 『消える』? 消えるって、なにさそれ……物騒だよ雪。絶対、絶対おかしい。
そんな事間違ってるよ。
「だから、あんたさっきから何言ってるのよ! 救われたとか消えるしかないとか、バカじゃないの!?」
「うん。一度、ちゃんと話そうよ。やっぱり……雪ちょっと変だよ」
「——変? おかしい? 私が変なら、あなた達だってそうでしょ」
ボクがそう言った瞬間、また雪はボク達の方にヒヤリとした冷たい視線を向けてくる。
——いや、違う……?
ボク達の方に目を向けてるってわかるのに、でも
そんな目を向けたまま、雪は言葉を続ける。
「だって本当は、Kも、えななんも——誰よりも消えたがってるくせに」
「「……っ!!」」
二人はそう言われた瞬間、まるで図星を突かれたように目を大きく見開いた。
……いや、なにそれ。雪には絵名と奏の心の奥の何が見えてるのさ……!?
そんなボクの焦りも置いて、雪は最後にゆらり、と、ボクに向かって人差し指を向ける。まるで、探偵が殺人犯の犯人を指名するような、そんな仕草で。
それぐらいに、冷たく冷酷に、推理に基づいた客観的事実をハッキリとボクに告げるように——雪は言った。
「この中で、消えたくないって思ってるのは、あなただけだよ、Amia」
「——え?」
……いや、だからさ、『消えたい』って何? さっきから何が言いたいの雪?
ボクが、君に一体なにをしたの? ボクが何かしちゃったのなら、謝るから……だから、お願いだよ雪……そんな事言わないでよ。
そんな考えがグルグル回ってパニックになった思考で、それでもボクは何かがおかしい雪の為に、口から必死で言葉を紡ぐ。
「ま、待ってよ雪。ボク、君が何言ってるのか全然わかんないよ……ねぇ、ボクが何か君にしちゃったの? 教えてよ……」
「……私の言ってる事の意味が分かってないから、だよ」
「——っ、そ、そうだよ、わかんないよ! 降参、もうギブアップ! だから、言葉にして教えてよ。一体ボクの何が気に入らないの? だってボク、君と会えたら話したい事があったんだよ……だから、冷静になって話してよ。こんなの……君らしくないよ雪」
ボクがそう言った瞬間、雪の目がスッと細くなった。
そしてまるで責めるように、それでいて何処かボクに尋ねるように、雪は言う。
「ねぇ、Amia。
「……………………あっ」
瞬間、ボクは肺がキュッと押しつぶされてしまうような感覚を覚えた。
あれっ……? あれあれ? え、待ってよ。今、ボクは何を口走った……?
え、嘘だ……うわ、最悪だ。ボク……無意識のままで、直接会ったこともない雪の性格を、勝手に決めつけてた……?
ボクが思う『理想の雪』を……雪に、押し付けてた……?
そんな……ボクは無意識の内に、勝手に自分の価値感を他人に押し付けるような……そんなボクが一番嫌ってた人達と、同類の行動をしてた?
あんなに、なりたくないって思ってて、そうならないようにって、気をつけようとしてた人達と、同じ行動を……?
嘘だ、ウソだ……。
「……もういい、つかれた。とにかくもう、つかれた」
そう言って俯くボクに同情の視線なんて一切送らず、雪はミクに向かって言う。
「ミク。このセカイに、この人達はいらない。——Amiaは、もっといらない」
「……うん」
雪の言葉にゆっくり頷いたミクは、ボクの元へと近づいて来る。
ミクがボクに何をするつもりなのか、もうどうでも良かった。ただボクは、自分が言ってしまった事を雪に謝ろうとして、口を無我夢中で開く。
「待って、雪っ……!」
だけどボクに送られる雪の視線は冷たいままで、やがてミクがボクに手を触れた瞬間——ボクの視界は、光の粒子に包まれた。
▲ ▼ ▲ ▼ ▲
気付けばボクは、自分の部屋で椅子の上に座っていた。
……さっきのは、夢?
でも、そう疑いたくなる気持ちは、目の前で開きっぱなしのノートパソコン画面に今でも存在し続ける『Untitled』の音楽ファイルが否定する。
どうしよう……ボク、雪に酷い事をしちゃったのかもしれない。
本当は……沢山話したいことがあったのに。話し合って、そして雪の本当の気持ちを聞いてあげたかったのに。
いや……もしかして、今日見た『
あれが、本当の君なの?
ならボクは……結局、雪に何もしてあげられなかった。ボクの大切な“仲間”だって——そう思えるぐらいに仲良くしたいって、思ってた相手だったのに。
ボクは、ボクは——
『……ちょ、ちょっと! ねぇ、“こっち”に戻って来てるAmia?』
そんな時、絵名の声が聞こえた。
ボクはネガティブな気持ちをなんとか表に出さないようにしながら、言葉を返す。
「うん、えななんも……帰って来たんだね」
『あ、よかった……! 無事だったのね。えっと、奏——じゃなくてKは……!?』
「えっと……わかんない、でもえななんが戻って来たならKも戻ってるかも」
『そ……そうよね! K! ねぇ、K! ……奏! 大丈夫!?』
「K、いる? 大丈夫? ……戻ってたら、答えてよ」
そう奏に呼びかけて、ボクは思った以上に声に元気がない事に気が付いてしまった。
まずいな……ボク、雪のこと引きずってる。無理してるって、自分でも分かっちゃう。
そんな時、奏の声がナイトコードから聞こえて来た。
『……ふたりとも……?』
『K! 良かった……!』
「よかった……とりあえず、これでみんな無事に戻って来れたって事でいいね」
『でも、私達一体何されたの? ミクに触られたら、いつの間にかここに戻ってきてたんだけど……』
「……さぁ、わかんないよ。何が起こったのか、全然さっぱり……雪がなにを考えてたのかも、全然……わかんない」
もう……なんだったんだろう。
ボク、いったい、雪にどうしてあげようって思ってたんだっけ。もう、わかんないや。
『Amia……いろいろ雪のヤツに言われてたけど、アンタが気にする必要ないわよ』
「……えななん」
そんな落ち込むボクに、声をかけてくれたのは絵名だった。絵名はそのまま苛立つ気持ちを抑えられないように言う。
『……そもそも、アイツの言ってる事一から十まで全部わかんないのよ。ほんと、なんなの? 雪のヤツ。自分がOWNだって事を隠して、こっちの事馬鹿にして……! すごいすごいって言ってた私が馬鹿みたいじゃない……!』
「いや……馬鹿にしてたかまでは、わかんないじゃん? でも——雪って、実際はあんな感じの子だったんだね。ボク……今まで、雪に無理させてきちゃったのかな?」
『だから、Amiaはあんなヤツ気にしなくて良いって言ってるじゃない! ……そもそも、もう一人でこれからやってくみたいだし。雪は……ひとりでもあんな作品、作れるんだから……』
聞いているだけで、絵名は雪に苛立ちが募っているのが分かった。
なんとか雪のフォローをしてあげたかったけど、でも、ボクは頭が全然はたらかなくて。
そしたら、奏はポツリと呟いた。
『……足りなかった……か』
『え? K、何か言った?』
『…………ごめん、わたし落ちる』
『あ……』
絵名が何かを言う前に、ボク以上に元気をなくしちゃった奏がナイトコードからログアウトしていく。奏も……ボクと同じように何か、心にキツイ一撃もらっちゃったのかな?
って……あはは、ボクもやっぱりキツイや。
「ごめん、えななん……とりあえずボク達のこれからは、また明日のボク達が話し合うってことでさ。今日は落ちようよ」
『あ……うん、そうね』
「それじゃ、じゃーね~」
そう最後だけ軽口を言って、ボクはナイトコードからログアウトした。
あとは、ボクは部屋の中でたった一人。
あはは……ボク、何がしたかったんだろ。
雪のためにって言って……その肝心の雪の事をボクは最初から色眼鏡で見てたくせに、そんな『雪』っていう、最初から何処にも居なかったボクの空想上の人間の為に、ボクは何をしようとしてたんだろ。ボクが元気づけたかった『雪』って、一体何だったんだろ?
心の苦しみは、勝手に口からポロポロ漏れ出してしまう。
「ボクは……雪の為に何かしたいって、そう思ってたのに。でも結局はそれも、ボクの身勝手な価値観を雪に押し付けようとしてたのかな……? だったら、ボクは一体……どうしたら良かったのかな……? わかんない……わかんないよ……」
そんなボクの痛む胸の中に、たった一人の女の子の姿が脳裏に浮かぶ。
追い詰められた心が勝手に見せてくる、ボクの都合のいい
「ボクは、どうしたらいいの……志歩?」
■ ■ ■ ■ ■
それから、雪がニーゴの作業通話に来なくなって三日以上が経った。
雪が居ないニーゴ内のボク達は最近、少しだけギスギスしている。
『あー……ところでさ、次の曲の作詞って誰がやるの? 雪も……帰ってこなさそうだし、そろそろ決めとかないとなって、ボク思うんだけど……』
『わたしがやる』
『『——え?』』
『歌詞だけじゃない、雪がやってたアレンジもミックスも、わたしがやる』
『いやいや、K、それは流石にキツイよ。ただでさえKは作曲が大変なんだし、いっそ雪の代わりを探した方が』
『そんな時間はない。わたしは……作り続けないといけないの、もっとたくさん、曲を』
『でも、K……私は——』
『——邪魔、しないで』
Kはあれから、何かにとりつかれたように曲作りに没頭し始めた。まるでもう、ボクと絵名の声も聞こえないかのように。
それはなんだか、がむしゃらで無鉄砲で、前に進む事で傷つくことを厭わないかのような、見ていて痛々しい程の作曲への姿勢だった。
そんなニーゴでの作業をボクは、ほんの少しだけ息苦しいなって、そう感じ始めていた。
あれだけ居心地が良いって、そう思って気楽に居られる場所だったのに。
——これも全部、もしかしたらボクの所為なのかもな。
もし、雪がああなっちゃう前に、その前にボクが雪が何かに苦しんでる事に気付けたら……今、こうならなかったのかもしれない。いや、でもそれは違うね、だって。
『この中で、消えたくないって思ってるのは、あなただけだよ、Amia』
『ねぇ、Amia。
……結局、ボクだけ気づいた所で雪の事はどうにもならなかったんだ。
ボクには、雪が何に苦しんでるのか分からない。——いや、違う。考える事が“怖い”って、そう思っちゃってる。
だって、今の雪について考える事は、『ボクが思う雪の姿』を勝手に想像して、それを当てはめて相手に押し付ける事だ。
ボクはもう、雪っていう人間に対して踏み込む事が怖い。
踏み込んで、相手の人生に、感性に、心の中に、勝手に押し入って踏み荒らすのが怖い。
あ~あ……結局、ボクはいつだってそうだ。
『だから
志歩と杏に受け入れてもらった“あの日”もそう。ボクは自分から相手に踏み込んでない。
ボクの心の中に必死になって、自分自身もボロボロになりながら飛び込んでくれて、そうしてボクに向かって必死に差し伸べてくれた志歩の手を、ボクは取っただけだ。
ボクは、自分からはなにもしていない。
——結局、ボクはどこまでも救われる側の人間だったんだ。
雪を何とかしてあげたいって思ってたのも、自分が救われたって勝手に勘違いして、だから他の困ってそうな雪の事も面倒見てあげよう——って、結局そんな程度の認識だったんだろボク? だから、ボクは雪に何も言えなかったんだ。
何様のつもりだよ。救われて心が軽くなったからって、勝手に相手より偉くなったつもりか?
雪は『ボクが要らない』って言った。そりゃそうだよ、雪は見抜いてたんだ。
そんなお気楽なボクの、偉そうな上から目線のご
結局……ボクなんかが誰かを救う側に回ろうだなんて、出来る訳がなかったんだ。
こんなボクなんかが、誰かに何を言おうとしても、結局全部無駄なんだ。
ああ~~~~! やめやめ! 思考ストップ! このまま一人反省会しても暗くなるだけだって。
ネガティブな事ばっか考えてても人生楽しくない、毎日笑って楽しく生きる。これからはそうやって生きていこうって、決めたじゃないか。
もう……雪の事はしょうがなかったんだ。そう思おう、そう思うしかない。
「——ずき、ねぇ……起きてよ、瑞希ってば!」
そんな時、机の上で突っ伏しているボクに、杏の声が聞こえてきた。
……ああ、そうだった。ボク、今日も学校に来てるんだった。って事は……もう午後の授業終わったのかな? 寝ようと思ってたのに、結局考え事してて寝れなかった。
そう思ってボクはわざと今まで寝ていた風を装って、欠伸をしながら起き上がる。
「ふわぁ~おはよ、杏。もう朝?」
「こら~、朝じゃないよ、放課後だよ放課後。もう瑞希ったら……そんなに寝てて成績大丈夫? 来週英語の小テストあるって言ってたよ?」
「え、あ、そうだったっけ? 授業とかボク適当に聞き流してるから知らなかったな~」
「ほら~、言ったでしょ? 瑞希いつも授業中ロクに板書もとってないし、こりゃ赤点で補習間違いなしだね。ま、いまから必死でこの私にお願いしたら、ノートぐらい見せてあげても——」
そう偉そうに言って、ボクにノートでマウントを取ろうとする杏に、ボクはニヤリと笑って言ってやる。
「いや~? いいよ大丈夫。だってボク、小テストぐらいだったら特に勉強しなくても、授業適当に聞き流して聞いてるだけで、大体八割とか余裕だから~」
「——は?」
「まぁ、中学の頃は授業自体サボってたから、テスト前に教科書パラ読みぐらいしないと駄目だったけど、今は毎日学校来てるから余裕っていうか~。そもそも、授業に毎回出席してて点数取れない方がボク理解できないんだけど~?」
「ねぇ……瑞希、今あんた私だけじゃなくて、全国の高校生を敵に回したからね?」
「いや、でもボクも流石に受験の時は勉強したよ? そうだなぁ……1週間前ぐらいから真面目にやったかな?」
「よっし、瑞希、アンタは私を怒らせた。今から廊下出よっか?」
「わ~! 杏が怒った~!」
「こらー! 逃げるなー!」
そんな風に、ボクは暗い気持ちを吹き飛ばす為に杏相手にからかっていると、クラスの女の子二人組が元気よく笑顔でボクと杏の所にやってくる。
「オハヨ~、よく寝てたね瑞希? 今日も杏と仲良しでなによりなにより~」
「いつも二人でラブラブの“姫”がバイトで先に帰ったからって、早速浮気ですか~? やるねぇ、このこの~」
そう言いながらやってきたこの二人は、この前に志歩と一緒にお昼に誘われた時の二人だ。
あれから後日また志歩と一緒にお昼を食べた時に、ファッションの話ですごく盛り上がって仲良くなった、ボクにとって志歩と杏を除いたらクラスで多分一番仲が良い子達だ。
こんな風に、よくボクの事を気にせずに、いい意味で遠慮なく冗談を言ってくれる子たちなので、ボクとしては変に気を遣わずに居られる、とっても話しやすい子達だったりする。
だからニッコリと笑いながら、ボクも軽口を返す。
「あはは~、まぁ、杏みたいに可愛い子に好かれるならボクも光栄なんだけどねぇ~? でも残念ながら、今ヤキモチを焼かれるには焼かれてるけど、ボクの頭の良さに対してだけみたいだからさ~」
「あははは! 瑞希勉強できるもんね~!」
「杏からかわれてやんの~」
「うっ……うるさいなぁもう! みっ…瑞希もこの子達の変なノリに乗らないでくれる? へ、へへへ変に誤解されたらどうするのっ!?」
そう言って、何故か声を動揺したように震わせながら、ボクに注意する杏。
あらら、ボクが『可愛い』って言っちゃった所為かな? 変なタイミングで動揺させちゃったよ。
でもさ、そこで変に動揺したら“ガチ”っぽくなっちゃうから注意した方がいいよ~? ま、ボクの責任だし、二人にその動揺を追求されてさらにからかわれちゃう前に、ちょっと話題そらしてあげちゃおっかなぁ。
「それにしても杏、こんな所でボクに構ってていいの~? 確か今日は、バスケ部の練習試合の助っ人頼まれちゃってるんじゃなかったっけ?」
「あ、そういえばそうだった! まぁでも、まだ今の時間ならゆっくり行けば全然間に合うし大丈夫」
「そんな事言って、忘れちゃってもしらないよ~、杏はそそっかしいんだから忘れない内に早めに行きなよ。ボクもそろそろ帰るしさ」
「ん~、まぁそうしよっかな」
「あ、じゃあ私達も今日は部活だし二人と一緒に出よっか」
「だね、あんまり遅いと部活の先輩うるさいし」
そう言って、ボクは杏とクラスメイトの子達と一緒になって教室を出る。
すると少し廊下の離れた場所で、遠巻きにボクをチラチラと見てくる男子達が居た。
何を話しているのか分からないけど、辛うじて小さく聞こえる単語を拾って内容を推測するなら、どうせこんな感じの会話。
『おい見ろよ、あれが例のヤツだぜ?』
『マジ? オレ見た事なかったんだよね』
『マジで見てみろって、どっちかわかんねーから。あとめちゃくちゃカワイイ』
『うっわマジだ、すげ~。でもいくら可愛くても男なんだから意味なくね?』
あー、うん、やっぱりボクはクラスの外じゃいつもの感じだね。ハイハイ、ボクは世にも珍しい見世物パンダですよーだ。
まぁ、君らは他の人らと違って声のボリューム抑えてる方だから悪質度少ないし、ギリ無罪にしといてあげるよ。ボク以外の皆にも声は聞こえてないみたいだしね。
「ささ、早くいこいこ~」
「あははっ、学校でこれから用事ない瑞希が一番急いでてどうすんの~?」
「…………」
「あれっ、杏どうしたの? 向こうに居る男子達の方に何か用事あんの? 瑞希たち先に行っちゃってるよ?」
「……いや、ゴメン。なんでもない、行こ」
おおっと、流石杏。ちょっとボクの反応でアイツらの会話察しちゃったかな? でも、変に事を荒立てないでくれてありがと。ああいうなにもしてこない奴らだったら、放っておくのが一番良いからね。
対処しないといけないようなタイプの奴は——
「あ、いたいた! なぁ、一年の暁山だよな?」
そんな事を言いつつ向こうから、さっきの奴らと同じような目をしながら歩み寄って来た二年の先輩を見て、ボクは内心ため息を吐く。
——こういうタイプの馬鹿が、対処しないといけない面倒臭いヤツなんだよね。
「……そうですけどー? 何か用ですか、センパイ?」
「いや、用ってワケじゃないんだけど気になってさ。暁山ってなんでそんな恰好してるわけ?」
……直球だなぁ。こういう自分の好奇心に素直なヤツっているよね。自分の興味のある事を相手に聞かないと収まりがつかないんだ。いや、もしかしたらボクが嫌がる質問って分かってての嫌がらせ目的の人間かな?
とにかく、どっちにしても面倒臭いヤツなのは確か。
こういうタイプの
『ねぇ、Amia。
——あれっ? どうして……言う事は決まってるのに、口が動かないんだろ? どうして、何も言えないんだろ。
いや、そうだ。そうだよ……昨日のボクとコイツに、一体なんの差がある?
相手の事を勝手に想像して、本気で深入りする覚悟もないのに興味本位で相手の心の柔らかい部分に突っ込んで、そしてその心にどんな事を抱えているのか尋ねようとする。
すごい、全部同じだ。
この人は……昨日のボク自身だ。
じゃあ、ボクは……この人に何の文句を言えるんだよ。ボク自身の好きなモノを、どうして偉そうに主張できるんだよ。
昨日の雪にはもしかして……ボクが、こんな風に見えてたの? ボクは、こんな最悪な人間になっちゃってたの?
ボクは、知らないうちに雪のことを傷つけてたの? うわ……嫌だ、怖い、最悪、気持ち悪い。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
……どうしよう、頭の中がグルグル回って全然うまく働かない。気分も、なんだか悪くなってきた……。きもち、わるい……息が、苦しい。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」
「あれ、暁山? 聞いてんの? おーい、返事してよ。オレの質問聞いてますかぁ~?」
呼吸が全然整わない。心臓がバクバク鳴る。全身から嫌な汗が噴き出してるのが分かる。
……どうしよう、あれ? あれ? マズイ、ボク、何言おうとしてたっけ?
「……あれ、どうしたの瑞希?」
「ねぇ、ちょっと……瑞希、汗すごいよ? 大丈夫?」
ダメだ。クラスの子達が声かけてくれてるの分かるけど、何言われてるか全然わかんない。
もうわけわかんない。ボクは、どうしたいんだっけ? ボクは、ボクは……何が、言いたかったんだっけ?
誰か、だれか……助けて……。
「え~? 先輩、そんなのも見て分からないんですか~?」
そんな時、杏が小さく震えるボクの肩に、ポンと優しく手を置いてくれた。
震えが、動悸が、呼吸が、全部楽になった。
そんなボクの目の前で杏はボクの隣に立って、先輩に向かって全く
「彼が——私の大好きな親友が、この格好を好きだからに決まってるじゃないですか。ただ、それだけです。文句ありますか?」
——っ……杏。
ジワリと、目頭が熱くなる。目の前が涙でぼやける。心が震える。
どうして、いつも君は本当にボクの事を分かって行動してくれるんだろう。ボクは、君に何も返してあげられてないのに。
そんな彼女は、堂々とした言葉を受けて圧倒されて何も言えなくなってしまってる先輩なんて、最初からいなかったかのようにボクの方を向き、とっても眩しい笑顔で微笑みながら言う。
「さ、行こっか瑞希?」
「……う、うん」
「あ、ちょっと……!」
そのまま、ボクと杏は先輩を無視してその場を急ぎ足で走り去った。
そして、一階の廊下の下駄箱前で杏は軽く息を切らしながら立ち止まり、ボクの方を振りかえって言う。
「——ふぅ、言ってやった。大丈夫だった瑞希?」
「あ、あの……杏。その、ボク……君に何て言ったらいいか……」
「いいのいいの、困った時はお互いさまってやつっていうか? そんな感じだし。それに、私もけっこー腹立ってたしね。思った通りに言えてスカッとした~!」
そうカラカラと明るく笑い、その後で杏はボクの方を見て心配そうに言う。
「……ところで瑞希、いつもだったらあんなヤツ、ズバッとさっきの私みたいな事を言って撃退するのに、どうして何も言えなかったの? 何か、しんどい事でもあった?」
「……そ、それは……」
……どうしよう。せっかく杏が心配してくれてるのにボク、何も言えない。
ボク自身が誰かを傷つけてしまったかもしれないって、そんな自分の醜い失敗をさらけ出せない。
こんなボクの事を“親友”だって、そう言ってくれた子なのに。
そんな優しい子なのにボクは、自分の悩み一つも話せない。
ボクってヤツは本当にどこまで——!
「あ……ううん、やっぱりいいよっ!」
「——えっ?」
そんな時、杏のそんな明るい声がボクの思考を制止する。
杏はまた目を丸くしたボクに、続けて言う。
「だって……仲が良いからって、なんでもかんでも全部隠し事は絶対ナシにしなきゃいけない理由なんてないしね。だから……瑞希が話したくない事なら、無理に聞かないよ?」
「——っ、杏……」
どうしよう、泣きそう。
どこまで君はボクに温かかったら気が済むの?
「……でも、だから私も、今の瑞希に勝手に思った事を一方的に言うね?」
「——っ、う、うん。なんでも言っていいよ」
すると、杏が言ったその言葉でボクは姿勢を正した。何を言われても良い覚悟で。
そんなボクに杏は、ニッコリ笑って言う。
「じゃあ、勝手にアドバイス! 瑞希が何に悩んでるのか知らないけどさ、そんなに難しい事は考えないでいいんじゃない?」
「難しい事……考えてるように見えるの?」
思いもしなかった杏の言葉に、ボクは思わずそう尋ねてしまった。
「うん、まぁなんとなくだけどね、そんな気がするよ? ヘンに頭が良いせいかな? 深く物事を考えすぎて、それで結局答えの出ない問題に行き詰まってる。今の瑞希ってそんな感じ」
「……そう、かな? 考え過ぎてるかな?」
「そ、だからさ——」
そう言って杏は、一歩、二歩とボクの方に近づき、ボクの胸に向かって人差し指をツンと当てて、言う。
「瑞希はあれこれ考えないで、自分の好きな事とやりたい事を、もっと素直に言って良いんだよ? だって、自分のしたい事をしたいって言うのは、何にも悪い事じゃないもん」
「あ……」
そんな杏の言葉で、ボクは雪に言われた事ばかりを気にして、ごちゃごちゃしてしまった頭の中がスッキリとした気がした。
そうだ、そうだった。
ボクはカワイイものが大好きで、そんな自分を曲げたくなくて。そして、そんな変わったボクと仲良くしてくれる貴重な人がもし、辛そうだったり苦しそうにしてたら、なんとかしてあげたいって思っちゃう。たとえ、相手に何を思われても、そうしたいと思ってしまう気持ちは止められない。
それがボクだ。ボクっていう人間の心の根っこ。
見失いそうになってた、ボクっていう人間。杏のお陰で取り戻せた
「ありがとう……杏。ボク、ちょっと自分の事が自分でわかんなくなっちゃってたみたい。おかげで、スッキリした気がする」
ボクがそう言うと、杏は一瞬目を見開いた後で、やがてパッと花が咲くように笑った。
「……えへへ、そっか。私でも……瑞希の役に立てたならよかった」
ああ、杏って本当にいい子だな……キラキラして、まるで太陽みたいに眩しくて。
——いっそ、志歩じゃなくて君の事を好きになれたら、ボクはもう少し楽になれたのかな?
って……何考えてるんだよボク。そんなの、こんないい子を志歩の代役に立てるみたいな考えじゃん。
この子はきっと、そんな浅ましい考えで好きになろうとしちゃいけない子だ。
だから……ボクにこの子は
「あっ、そろそろ時間マズイじゃん! ゴメン瑞希、私バスケ部の助っ人あるから!」
そう言って、杏は慌てて体育館に向かって走っていく。そんな去っていく杏の後ろ姿に、ボクは声をかけた。
「——杏! ボクの事を“親友”って言ってくれてありがと! 嬉しかったよ!」
そんなボクの言葉に杏はピタリと立ち止まり、振り返って悪戯っぽく微笑みながら言う。
「へへーん、どういたしまして! これからもヨロシクね、瑞希!」
それだけ言って、杏は今度こそ本当に走って去ってしまう。——遠目で、彼女が小さくガッツポーズをしながら体育館に入っていくのが見えた。あはは……杏はなにやってんだろ。
そう思いながら杏を見送ってると、背後から遅れてクラスメイトの子達がやってくる。
「あ、いたいた~。上手く撒けてよかったねさっきの先輩」
「杏はもう先に行った感じ?」
「あ……置いて行っちゃってゴメン二人共、大丈夫だった?」
「うん、別に問題なし! ってかさっきの杏、超カッコよくなかった~? 私も胸がキュンキュンしちゃったんですけど~! で、当事者の瑞希選手としてはどうですか? 惚れた? 惚れた?」
「あ~、それどうなんですか瑞希選手~?」
そう言って、さっきボクの所為でだいぶ気まずい思いをさせちゃったにも関わらず、ボクに対して気楽に冗談を言ってくれる二人に、内心でボクはとても感謝しながら同じく軽口で返す。
「ん~、好感度はさらにガン上がりしましたけど、残念ながらそこまでじゃないですねぇ。杏のイケメン度の今後に期待ってところですよ」
「あははっ、瑞希選手厳し~!」
「やば~! 心のガード鉄壁じゃ~ん!」
そう言って二人は笑った後、ボクに対して優しく声をかけてくれた。
「……ま、さっきの先輩ひどかったよね。あんまり落ち込みすぎない方がいいよ? さっきも瑞希、なんだか様子変だったし」
「そうそう、何かあったら言ってね? 私達も話聞くぐらいならできるからさ」
それは簡単な軽い慰めの言葉だったけど、今のボクの心には温かく染みた。
「……うん、ありがとね」
「じゃ、私達も部活行くから。また明日ね~」
「じゃあね~」
そんな会話を交わしてボクは、二人と別れた。
——よし、もう一度、ボクが今の雪に何をしてあげられるか、怖がらずに考えてみよう。
だってボクはもう、一人じゃないんだから。
■ ■ ■ ■ ■
ボクはショッピングモールでアパレルショップの店員のアルバイトをこなしながら、今の雪の事を考えていた。
心当たりにあるのは当然、前に聞いた雪とそのお母さんとの会話。あの時は雪の『気にしてない』って言葉を信じたボクだったけど、もう今はそれを信じるボクじゃない。
——雪、きっとしんどかったんだろうな。
しんどかったけど、それでもお母さんの為に必死で頑張ってきたんだ。誰かが望んでくれる自分であるために、ずっと努力し続けてきたんだ。でも結果疲れて……ああなっちゃった。
でも、それでも雪は『見つける』って言ってた。何度も何度も繰り返し、その動詞を口に出してくりかえしてた。そこまでして雪が見つけたいものは、一体なんだろう。
いや、それは……もう今まで集まった情報からもうわかる。
雪、君は——『自分』を探してるんだね? 周りの期待に頑張って応えるために自分を変えてって、いつしか見えなくなっちゃった『本当の自分』を。
そっか……雪、やっとわかったよ。
ボクと君は、似てるけど正反対の人間なんだ。
周囲に望まれてる
逆に、周囲に望まれてる自分になろうとして、本当の自分を消しちゃったのが雪なんだ。でも、例え正反対の生き方でも、ボクには雪の心の痛みがわかる。
ボク達は互いに『あるべき姿』を押し付けられた、その味わった痛みの種類が同じ。
そう気づいた瞬間、ボクは初めて雪が『消えたい』と言っていた、その言葉の意味が理解できた。
ボクは志歩と杏に出会えて、それで初めて心がとっても楽になった。ずっと欲しかったボクの存在を認めてくれる居場所を、二人から与えてもらえた。
だけど……雪にはそんな救いはないんだ。
そうか……雪、君はボクと違って、まだ苦しみの中で生きているんだね。
と、ボクの中でそんな結論がついた時だった、ショップの店長が裏から出てきてボクに声をかけて来る。
「瑞希ちゃん、今日はお客さん少ないし今居るスタッフで充分お店回せそうだから、悪いんだけど早めに帰ってもらっちゃってもいいかしら?」
「あ、そうですか? なら今日はボク帰りますね」
「ありがと、ごめんね。じゃあ今日はお疲れ様」
「お疲れ様でーす」
店長に頼まれなくても今日は、ずっと雪の事を考えてて集中も出来てなかったボクは、店長のお願いにすぐに頷いて、帰りの支度をしてから店から出た。
「さて……雪が何に苦しんでるのは分かったけど、だからってボクが何をしてあげられるんだって話だよね……」
結局、バイト時間を全部費やしてボクが得た結論はそれだった。
もう居場所を得てしまったボクにはもう、雪の気持ちを理解する事は出来ても、それを現在進行形で共有する事は出来ない。だから今のボクが雪に何を言っても、もうそれは安全圏に居る人間からの、上から目線の説教にしか雪には聞こえない。
つまり結論は……ボクじゃ、雪を助けてあげる事は出来ないって事。
どんなに雪に救われて欲しいって思ってても、雪の事をどれだけ心配でも、もうきっとボクの声は雪の心には届いてくれない。雪が、ボクの存在を受け入れてくれない。
そっか……ボクは結局、無力だったんだ。
「……ま、いっか。例えボクじゃ雪を救えないとしても、ボクにはまだKが居る」
そう呟き、頭の中でKの事を考える。
ボクには分かる。あの子はどんなになっても、苦しんでる人は絶対に見捨てない。……というより、見捨てられないんだと思う。Kが過去に何を抱えてるのか知らないけど、誰かを『救う』って事に強迫観念に近い信念を抱えてる。きっと今の雪に必要なのは、我が身を全部捨てて相手に尽くすような、そんな執念に近い信念を持った人間。
この人に付いて行けば救われるかもしれないって言う、そんな強い『希望』。
だったら……その役目はボクなんかじゃない。ボクみたいな人間に、雪に『希望』は与えられない。
「だから、ボクが雪の事をKに伝えればきっと、Kなら動いてくれる。だから、雪について考えた事は無駄じゃないんだ。後は全部Kに任せて、ボクは二人の会話を取り持つ役目に回ればいい。それで、いいじゃん。それでいいはずなのに——」
——どうして、こんなにも心がスッキリしないんだろう?
「あー、もう。切り換えろよボク……雪はKに任せるって結論は出たじゃん。ならこれ以上悩んだって無駄、あとは今日の25時までは楽しい事考えて、雪をKと一緒に説得する為の英気を補充しよっと……」
ボクはそう考えて、ショッピングモールのコスメ売り場へ向かった。
あ、そういえば、前に買えなかったアイライナーこっちのお店に置いてるかも。折角だし他のコスメも見て……って、あれ? あそこに居るのって——。
「ねー、このチークどうかな?」
「いいじゃん、ラメ少なめだから、学校でも使えそ~」
そこには、学校で別れたクラスメイトの女の子二人が楽しそうにコスメを選んでいた。
そういえばあのふたり……時間的に丁度部活も終わったのかな? じゃあ丁度いいじゃん、ボクも混ぜてもらおっと。二人はとっても明るいから、きっと一緒に喋ってたら気分は楽になるはずだよね。
「ふたりとも——」
そう明るく言って、ボクがふたりの所に駆け寄ろうとした時だった。
「ねぇ……そういえばさ、瑞希も言われてイヤなら、学校ぐらい普通の恰好で来ればいいのにね?」
「——っ!?」
そんな声が聞こえた瞬間、ボクは嫌な予感を感じてその場ですぐに歩みを止め、物陰に急いで隠れる。
あ……マズイ……ボク、聞いちゃいけない会話聞いちゃってる。
急にうるさく鳴り始めた心臓を抑えながら、ボクは聞いてはいけないと思いつつも二人の会話を聞いてしまう。
「あ、それは思うなー。他とは違うと、どうしてもみんな気になっちゃうしね」
「本当……いい子なんだけどなぁ、瑞希ってそういう所あるよね」
「わかるー。上手くみんなに合わせらんないっていうか……」
「姫ぐらい心が強かったら別だけど、そうじゃないのに瑞希は無理しすぎだよね。もうちょっと利口なやり方考えたらいいのに」
「だよねぇ~。今日みたいにあんな傷ついた顔見ちゃうと、こっちまでなんだかキツいっていうかさ……」
そんな二人の秘密の会話を聞いて、ボクはどんどん気持ちが冷えていくのを感じる。
……ふーん、そっか。君達二人も、結局そういうタイプの人間だったんだ。あーあ、そんな風に思ってるんだったら最初から……あんなわかったような事言わなくてもいいのに。
……あ~、駄目だ。結構キツイこれ。
志歩と杏みたいないい人過ぎる子達と出会っちゃっただけに、ほんの少しだけ他の人達にも“期待”しちゃってたんだボク。
志歩と杏みたいな人が特別で、普通の人間は息をするように簡単にボクの事を裏切るって、だから信じても無駄だって、そんな自覚が最近薄れてた。
でも……まだよかった。まだ、あの二人なら裏切られてもボクはまだ大丈夫。
もし、あれが志歩と杏だったら今からでもボクは本気で人間不信になって、今後一生外に出ない自信があるけど、あの二人なら全然良い。
こんな時ばかりは、ボクの中学時代からの処世術が役に立ったと思う。
クラスメイトの名前は殆ど覚えないようにするっていう、そんな人間として最低だけど、ボクの心を守る為のセキュリティー。
——だって、どうせ名前もない
だからあの二人もボクは内心で、クラスメイトAとB扱いでずっと呼んでたけど、そうし続けてよかったって心から思う。
……だから、別に心なんて痛くない。
「……本当、くだらない」
最後にそれだけ吐き捨てて、ボクは目の前の二人を置きざりに踵を返して、その場から去ろうとした時だった。
去ろうとするボクとすれ違い様に、銀色の髪をしたボクの良く知っている女の子が真っすぐ二人の元へと歩いて行った。
そしてその子は、ボクを救ってくれた輝く銀色の星のようなヒーローは、まるでクラスメイトAとBを睨みつけるような厳しい目で見据え、口を開く。
「……へぇ、とってもタメになるアドバイスだね。だったらこんな所でヒソヒソやってるんじゃなくてさ、瑞希の前でハッキリ言ってやりなよ——アンタ達も、瑞希の事を本当に友達だと思ってるんだったらさ」
「——え? 姫?」
「……えっ、ちょっと、姫どうしたの? 顔怖くない?」
ヒーローは、志歩はそう言って、困惑する二人を厳しい目付きで睨み続ける。その姿はまるで、怒って外敵を唸りながら威嚇する白銀の毛並みをした狼の姿によく似ていた。
——って、そんなこと冷静に考えてる場合じゃない……! 志歩!? どうしてボクの事に首突っ込んでるのさ! ボクの事を庇ったら、折角君は今みんなに気に入ってもらえてるのに、噂が広がって君の印象悪くなっちゃうよ!? ねぇ、駄目だって!
そんなボクの内心の叫びも構わず、志歩はため息交じりに続ける。
「“姫”ね……二人が私の事をどう思ってるのか知らないけど、私はそんな可愛らしい人間じゃないから。大切な人間が傷つけられたら黙ってられなくて、相手が誰でも噛みつくような、そんな堪え性の無い人間だから、よく覚えといて」
「えっと何? 本気で訳わかんないんですけど……私達が一体何したっていうの?」
「ちょっと、いい加減説明してよ、そんな言い方されたらあたし達も気分悪いって……」
そんな志歩の敵意剥き出しの態度に、クラスメイトAとBも次第に怪訝な顔になっていく。
志歩……! 君の気持ちは十分嬉しいけど、もういいよ! ボクの事なんて放っておいてよ、このままじゃ君が——!
そう思ってボクは思わず、物陰から飛び出す覚悟を固める。でも志歩は、その前にハッキリと宣言した。
「呆れた……まだシラを切るつもりなの? さっきアンタ達が喋ってた事、全部私は聞いてるんだからね? 何が『みんなと合わせられないヤツ』だとか『もうちょっと利口なやり方考えろ』なの? ソレ……アンタらが自覚してないだけで、立派な陰口だから。聞いてて気分悪かったよ? アンタ達みたいな人間が、私は一番ムカつく。そんな事思ってるんだったら……今すぐ、瑞希だけじゃなくて私の周りからも消えてよ。その方がお互いの為だから」
「「……えっ?」」
「志歩……何言ってるの?」
ボクは、思わずそんな志歩の二人への物言いに驚愕するしかなかった。
——いや、正直言って同感だけどさぁ! 相手への言い方悪すぎない!? 相手の神経を逆撫でするような言い方しかしてないじゃん!
志歩……もしかして君、気に入らない相手には喧嘩売らないと気が済まないタイプ? 何ソレ……え、狂犬じゃん。そりゃ志歩、宮女で孤立する訳だよ! そんな敵しか作らない対人コミュニケーションしてたら、女子校だったら一貫の終わりだよ! 志歩……君はどれだけ不器用なのさ……!
——でも、ああ……もう、志歩、君はめちゃくちゃカッコいいなぁ。
そんな風に、どんな時でも言いたい事をハッキリ言えるのって、すごく羨ましいなぁ。
やっぱり、そうでこそ君はボクのヒーローで——ボクの、永遠の初恋の人だよ。
分かったよ……! 君はもうそのままで良い。むしろ変わらないで! 君はこれからも敵を作り続けるだろうけど……ボクが君を絶対に守るから。例え、学校中が君の敵になってもボクだけは君の味方で居続ける。
だから——!
「——志歩っ!」
ボクは構わずクラスメイトAとBと、志歩との間に身を割り込ませる。
もし二人が怒って志歩に手を出そうとしても、代わりにボクが打たれるように。
「えっ……ちょっ、瑞希!?」
志歩は明らかに驚いてるけど関係ない。ボクは覚悟を持って二人を見据える。
さぁ……やるならボクをやれ。志歩には指一本触れさせないぞ……!
——と、そう思っていた時だった。
クラスメイトAとBは、ボクの事を驚いたように見つめた後、困惑したように言う。
「あ……ええっと……今色々目の前で起こっててパニック中なんだけど、一旦話を整理させてね? 日野森さん、もしかして私達……瑞希に何か酷い事言ってた?」
「う、うんっ、瑞希も来てちょっとびっくりしてるんだけど……それより、あたし達にはそっちの方が気になるから。お願い……教えて日野森さん」
「「——えっ?」」
それは、思いもしない言葉だった。
二人はまるで、悪気なんて本気で一切感じていないような、そんな態度だった。
だから志歩も困惑気味に言う。
「……もしかして、本気で分かってなかったの? さっきのが瑞希の事を傷つける言葉だって事」
「うんっ! 当たり前だって、なんで私達が瑞希の事を悪く言わないといけないの? 私達……瑞希の事を本気で気に入ってるから。一緒に喋ってて楽しい友達だって、そう思ってるから……でも私達、本当に瑞希に酷い事言っちゃってたの? だったら……ごめん」
「そうだよ……! さっきだって……瑞希が辛そうにしてたから、だからこうしたらもっと瑞希は学校生活が楽になるのになって思ってただけで……陰口だなんて自覚も全然なくて……でも、そう聞こえちゃったんだったら……ゴメン、本当にゴメン瑞希」
そんな二人が真剣にボクに対して謝るその表情を見て、ボクは悟る。
——あ、この子達は本気だ。本気で、ボクの事を悪く言ってるつもりは無かったんだ。
多分、本当にボクに対面でも言えるようなアドバイスを、二人で一生懸命相談してるつもりだったんだ。
そっか……多分この子達には、『わからない』んだ。『みんなと合わせる事』が、人によっては自分を殺さなきゃいけないぐらい、苦しいものだって事を。
だから……あんなに簡単に、上手い事みんなと合わせたらいいのにって、そんな事を平気で言えるんだ。
でも——それでも、この子達は“悪”なんかじゃない。
本気でボクの事を思って行動しようとしてくれてる……そんな、いい子達なんだ。
そんなボクの気づきは志歩にも伝わってくれたみたいで、志歩は二人へ諭すように言う。
「……あのね、二人とも。二人はみんなに合わせれば良いだけだって、そう簡単に考えてるかもしれない。でもね……瑞希や私みたいに、そんなみんなに合わせるって事が、どうしても耐えられない人が居るんだよ」
「え……? そうなの?」
「そうだよ。まるで自殺するような事に感じて、どうしても耐えられない人が居るんだよ」
「日野森さんや……瑞希も、そうなの?」
そう言って、まるで顔色をうかがうようにボクに尋ねてきた子に、ボクは頷いた。
「……うん、ゴメン。二人の言いたい事も分からなくもないけど……でも、ボクはどうしてもそれが耐えられないんだ。すっごく嫌で……どうしようもなく苦しいんだ」
そう言った瞬間、二人は顔を今度こそ真っ青にしながらバッとボクに頭を下げてきた。
「うそっ……ゴメンっ! 瑞希! 私達、そういう考えとか今までした事なくって……いや、言い訳だよね、イヤな気持ちにさせちゃったのは変わらないもん。だから……ゴメン!」
「あたしもごめん! 瑞希が陰口言ってる人達の事を良く思ってないって知ってるのに、こんな事しちゃって……本当にごめん!」
そう言って真摯に謝る二人に、志歩はボクの方を見て『どうするの?』って言いたげな表情を見せた。
ボクの答えなんて決まってる。これは……純粋に、ボクがまだ分かってなかっただけの話。
人間は誰しも、腹の底は悪意しかないんだって、そうボクが勝手に思い込んでただけの、それだけの話。
だからボクは——
「……大丈夫だよ、二人共。確かにボク傷ついちゃったけどさ、それでも二人がそういう悪気があって言ったんじゃないってわかったから、だから……ボクはもう大丈夫だよ」
「——い、いや、でも……」
「あたし達、瑞希にとんでもなく酷い事を——」
ああ……この子達、許すって言ったのにまだ謝ってる。
そっか……ボクは今まで、この世界を見たいようにしか見れてなかったんだな。
人と向き合う事に疲れて、逃げて、気づかない内にどんどん、こんな良い人達からも自分から逃げて来たんだ。
だったら——ボクが生まれ変わるのは、今この瞬間だ。
「じゃあ、そんなに謝るならボクも、二人に対して謝らないといけない事があるんだ。それでチャラって事でどう?」
「——え? 私達に謝る事?」
「……う、うん、どんな事? あたし、瑞希になにかされたっけ?」
そんな困惑を返す二人に——クラスメイトAとBに対してボクは、笑顔で言う。
「ゴメン! ボク実は、二人の名前ぜんっぜん覚えてないんだ! だから、許すから二人の名前を改めて教えて? これから改めて仲良くしよっ、二人共っ!」
「「————へっ?」」
そう言った瞬間、二人は口をポカンと開けて、そして暫くした後で唐突にクスクスと笑い始めた。
「——あっ、あははははははははっ! 何ソレ、最悪じゃ~ん! え、マジで言ってるんだよね? 私達の名前、本気で覚えてないの?」
「あははっ……いやいや、ちょっと待ってよ瑞希。予想外の返しすぎるんだけど……それは流石にぶっちゃけすぎじゃない? も~、あたし達じゃなかったら逆ギレされちゃっててもおかしくないよ~?」
「だから交換条件って言ったじゃん。ボクも最低だった自分を反省するから、それでチャラって事でどうって話」
「ははははっ! やば~、もう一周回ってウケるってそれ。わかったわかった……良いよ! じゃあ……今度こそは私の名前しっかり覚えといてね!」
そう言ってクラスメイトAは、黒髪でスポーティーなショートヘアを揺らしながらニコリと活発な笑みを零し、ボクに向かってピースサインをしながら元気に、しかもわざわざ丁寧な自己紹介を言ってくれる。
「私の名前は、
そんな自己紹介を聞いて、隣に居る茶髪のセミロングヘアのクラスメイトBもクスリと笑い、赤色フレームのメガネをクイっと上げながら続く。
「雨そういうノリ? ふふっ、良いよ、付き合ってあげる。あたしは
そう言い、改めて元気に個性が強めな自己紹介をしてくれる二人を見て、今度こそ、その顔と名前を頭に刻みながらボクは思う。
……なんだ、二人ともぜんぜん
そっか、そうなんだね。ボクが今まで深く興味を持とうとしなかっただけで、そんな意識を変えるだけで、こんなにも世界は違って見えるんだね。よく……わかったよ。
「うんっ! よろしくね、二人共!」
「じゃ、これで本当にお互いチャラって事で。また明日も学校来てね瑞希!」
「うん、あたしも瑞希と話してるの本当に楽しいから、だからこれからもヨロシク」
そう笑顔で答えてボクは二人と仲直りした後、そろそろ帰る時間だからと帰っていく二人を見送った。
その名前を絶対に忘れないように
そしてその後で、ボクは志歩に向かって振り返り、全力で頭を下げた。
「——志歩ゴメンっ! ボクの事情に巻き込んじゃって……それに、今日はバイトだったんじゃなかったの? どうしてここに?」
そう言うと、志歩は少し呆れ顔になりながら、手に持ったビニール袋をボクに見せて来た。
「ここに来たのはホラ、これが理由。バイト先のライブハウスでお客さんに提供するノンアルコールカクテル用の材料を切らしたから、それの買い出し。——で、帰り際に瑞希を見つけて少し声かけようかなって思ったら、あんな場面に出くわしちゃってさ」
「あぁ……成る程、それは尚更タイミング悪くてゴメンね? あははは……」
そうボクが苦笑いをすると、志歩はさっきの二人が去って行った方を見据えながら言う。
「それにしても、瑞希はあの二人を許したんだね。私だったらいくら悪気はなくても少し、今後あの子達とは距離を置きたいって正直思ったよ? やっぱり瑞希は優しいね」
「あぁ……いやそれは、何も知らなかったらそりゃボクもそうしたけど、でも、悪気がなかったんだったら別に良いかなって。それに、元々あの二人は最初から、裏切られても別にどうでも良いって思ってる相手だったし。——もう、今は違うけどさ」
「まぁ、そりゃ……名前もロクに覚える気もない相手だったもんね?」
「あははは……まぁね。でも、もう……これからは違うから」
「……そっか、じゃ、瑞希がそれで良いんだったら私もいい。私も、もうあの二人の事は気にしない」
「……うん、ほんとありがと」
ボクが頷くと、志歩は再びボクの方を見て言う。
「——で、ところで私、瑞希に言いたい事があるんだけどいい?」
「え? ボクに? ……う、うん。一体何かな?」
突然の確認に、思わずドキッとしながらそう答えた。そんなボクに志歩はズイッと距離を詰めながら言う。
「さっき私、瑞希の後ろからずっとあなたの状況を見てたんだけど……どうして瑞希は、あの二人に言われっぱなしで、何も言わずに何処かに行こうとしたの? あんな事言われてて、何も言い返さずに帰ろうとしてたのが私は理解できない。どうして?」
それは、どこまでも強い彼女らしい指摘で、ボクは返す言葉に困るしかなかった。
「それは……志歩が強い人間だからだよ。ボクには無理、どうせ……ボクが何を言ったって、ボクの事を嫌ってる相手がボクの話を聞き入れてくれるわけないじゃん」
「だから諦めるの? そんなの、相手の言い分を全部受け入れるのと同じじゃん。通したい自分の意志があるなら、戦わないと一生瑞希の意志は相手に伝わらないよ? 瑞希はそれでいいの? 私だったら我慢できない。我慢できずに自分の意志を通し続けてきたから、私は今ここに居る。だから……例え瑞希が良くっても、私が“良くない”んだよ。だから、これからも同じ事がもしあったら、例え瑞希が止めても私が何度でも今日と同じ事するから。……わかった?」
あぁ……“強い”なぁ。
どうして君は、ボクと殆ど同じ境遇を背負いながら、そこまで
——ボクには、無理だよ。
「……ははっ、やっぱり……君は最強だよ。ボクにはそんなの出来ない、だって、もう自分の意志が正しく伝わってくれるって信じてた昔のあの頃の純粋なボクが、裏切られて、貶されて、痛めつけられて——そしてもう、死んじゃったんだからさ。だからボクは決めたんだよ。“ボク”が“ボク”である事を証明する必要なんてない。だって、証明なんてしなくても“ボク”は“ボク”なんだから……だからボクは、相手に何を言っても無駄だって、分かってるから……何も期待しないんだ。ボクは……そんな弱い人間なんだよ」
ボクのそんな、今までの傷ついた経験から出た膿のような言葉を、志歩は全部黙って聞いてくれた。
そして、その後で目を吊り上げながら本気で怒ったように志歩は言う。
「違うよ瑞希、あなたもすごく強い人間だよ。どうしてそれが分かってくれないの?」
「——え?」
ボクが……強い?
何言ってるのさ志歩、こんな……言われっぱなしで、相手とロクに向き合う事も出来ないようなボクが、強い人間だって? 馬鹿な事を言わないでよ……。
でも、そんなボクの弱気を吹き飛ばすような声で、志歩は言う。まるでボクの心の闇を照らすような、そんな明るい恒星のような意見を、ボクに伝えてくれる。
「瑞希、貴方は強いよ。だって、そんな考えになっちゃうまで、今までの人生でボロボロに心を痛めつけられてきたのに……でも、まだ瑞希はそれでも抗ってる。自分の意志を今この瞬間にも証明し続けてる。そんな貴方が……どうして“弱い”の? 今してる瑞希のその最高に可愛い恰好が、貴方の心の叫びでしょ?」
「——っ」
「瑞希、私はまだ今でも覚えてるよ。クラスでの自己紹介の時、逃げずにハッキリ自分の事をみんなに伝えられた貴方は——可愛いけど、それと同じぐらい凄くカッコよかったよ? 私は、そんな貴方だから気に入った。これから同じ学校生活で友達として一緒に居て欲しいって、素直にそう思えた。もう……分かってると思うけど、私はこんな気難しい性格だからさ、正直殆ど居ないよ? この私に本気でそう思わせる人なんて。だから……瑞希はもっと、自分に自信を持ってよ——あなたの思う“カワイイ”を貫いてる瑞希が、一番カッコいいよ」
そんな、弱いボクを否定して、ボク自身の強さを必死で説得してくれる志歩に、ボクは杏から言葉を貰った時と同じぐらい、泣きそうになる気持ちを抑えた。
志歩、君は——こんなボクの事を、肯定してくれるんだね。そんなこと言ってくれたの、君が初めてだよ。
「だから言わせて瑞希、貴方は弱くなんてない。だから、怖がらずに相手と向き合って? 大丈夫、貴方の意見は絶対に相手に伝わるから。だから、瑞希の胸の中にある意見を大切にして? ほら、だって、さっきのクラスメイトの子とも、話をしないと一生分かり合えないままだったでしょ?」
「——あ」
「だから、自分を信じてあげて? 瑞希はちゃんと、強い人間だよ。だって、瑞希と殆ど同じ生き方してきた私が認めるんだから。絶対、保証する。周りの人とかを大切にしたい瑞希の気持ちも分かるけど……それでも、瑞希はもっと、怖がらずに自分の意見を相手にぶつけるべきだよ。だって……瑞希が演じてる“人生”っていう名前の物語は、何事も自分から動かないと、プロローグも何も始まってくれないから。だから——」
そして志歩は最後にボクの手を掴んで握りしめ、ボクの目を真っすぐに見て言葉を伝えてくれた。
その言葉は、志歩が司先輩から影響を受けたって一瞬で分かるぐらいに芝居じみていて、それぐらいに、あの日の屋上で司先輩が志歩に、応援としてかけた言葉と殆ど一緒だった。
「頑張って、瑞希。これは、
「——ボクの、物語……」
その瞬間、ボクの頭の中でずっと影を覆っていた何かの暗いモヤモヤとした気持ちが、何処かに飛んで行ってしまったような気分になった。
……そっか、そうなのかな? ボク……もっと、自分の事を信じてあげても良いのかな。ボクの言葉が相手に伝わってくれるって、そう信じてもう一度頑張ってもいいのかな?
だったら、ボクは——
——雪の事を、諦めたくなんてない。
そっか、そうだったんだ、ボク。
そんな、本当はずっと心の中に抱えていたけど、自分から目を逸らしていたその結論に辿り着いて、ボクはようやくスッキリした。
何でボクは、Kだったら何とかしてくれるって、そんな無責任に人任せにしようとしてたんだろ。
雪がボクの事をどう思うかって、そればっかり考えて怖がって何も動けないなんて、なんて馬鹿らしいんだ。
大事なのは今ボクの心の中で燃えてる、この
あの、ボクに似ていて、だけど正反対の人生を生きてる雪を、ボクは助けてあげたい。
どんなに今が辛くても、諦めなければ希望は絶対にあるんだよって、伝えてあげたい。
こんなどうしようもないボクの事を、志歩と杏が救ってくれたように……ボクも、雪の事を救ってあげたい。
そうボクは決意して、志歩の目を見る。すると、志歩はボクの顔を見て察してくれたのかクスリと笑いながら言う。
「その顔、私の言ってる事は分かってくれたって思って良い?」
「……うん、わかったよ。本当にありがとう志歩。——ボク、やってみる」
「そっか、頑張れ。瑞希が何に悩んでたのか知らないけどさ、忘れないでね。なにがあっても私や杏は、瑞希の味方だから」
「——うんっ!」
ボクが笑顔でそう言うと、志歩は安心したようにため息を吐く。
「はぁ……よかった、ならこれで私も心置きなくライブハウスに戻れる。思ったより遅くなっちゃった……店長に怒られなきゃいいけど」
あ、忘れてた。志歩はバイト途中でボクの為に時間を使ってくれたんだった。
「——じゃあ! ボク志歩の買い出しした荷物全部持つよ! これでライブハウスまで急いで戻ろ?」
「いや、別に荷物持って貰わなくてもいいって……これぐらい一人で運べるから」
「大丈夫! ボクの方が体力あるからまっかせといて! 助けてくれたお礼だから」
「はぁ……わかった。じゃあ任せる」
「了解!」
そう言ってボクは、志歩の荷物を運んで急ぎ足で志歩と一緒にライブハウスに向かった。
その歩く最中でボクは、ずっとずっと、今まで志歩を待たせ続けていた事に対して、返事を返そうと思った。
——今なら、自信をもって言えそうだったから。
「志歩……ボク、
そう言うと、志歩は一瞬呆気にとられたような表情になって、だけどその後で、彼女らしい最高に可愛い笑みと共に言ってくれた。
「……そう、思ったより早かったね。ありがとう。私にとっても、瑞希は大事な友達だよ」
「——うんっ!」
ボクはやっと、やっと覚悟を決めることができた。ボクにとって志歩と杏の二人こそ、ボクにとって唯一無二の存在。
例え、どれだけ道に迷っても、戻ってこれる唯一の“居場所”をここに定めた。
信じる事は怖いけど、でも、ボクはもうそれ以上に……二人の事が大好きだから。
信じる覚悟を、ボクは持った。信じて、結果傷ついても構わないっていう覚悟を決めた。
——だからボクはもう、迷わない。
信じるよ、志歩。
ボクが誰よりも愛してる君が信じてくれる、『ボク自身の強さ』ってやつを。
君がそう信じてくれるなら、ボクもこの人生っていう名前の物語の“主人公”だって——そう思って突っ走ってやる。
瑞希はこの話以降からこの物語の裏の主人公として頑張ってもらおうと思います。