神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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31話 ボク達の生存闘争

 

 

 

『はぁ!? もう一回アイツの所に行くって言うのAmia!? やめときなさいよ……いくらアイツに……例えどんな事情があったとしても、あんな訳わかんない所にアンタが行く必要なんてないじゃない! 何が起こるかも分かんないのよ? 今度こそ戻って来れなくなっても良いって言うの!?』

 

『Amia……いや、瑞希、本当に行くの? ならわたしも一緒に——え? わたしは雪の為の曲作りを優先して、曲が出来たら後から来てって……? 瑞希……わかった。全力で作るから……だから、それまで——無事でいて』

 

『奏まで……!? っ……私は行かないわよ、そもそも、私が行ってアイツに何が出来るっていうのよ……だから、私はいかない』

 

 

 ボクの頭の中に、この“セカイ”に来る前にボクの身を案じてくれて引き留めてくれた、絵名と奏の声が響く。

 

 絵名……やっぱり君は優しいよ。あんなに冷たくされた相手でも、そんな雪が直前に投稿した曲の動画の痛々しさを聞いて、本当にキミは『OWN』の——雪の事を心配してた。だからボクは君の分まで、絶対に雪をひとりにしない。

 

 奏……君は本当に強いよ。あんなに傷ついていたのに、それでも雪の為に曲を作るって、雪を今度こそ救うために曲を作るって……すごいよ。だから、もしボクが全力でやってもダメだったら……後は、君に託すよ。

 

 そんな思いを胸に秘めてボクは、今も真っ暗な暗闇のような瞳で、ボクを射貫くように睨んで来る雪を真っすぐに見返し、この“セカイ”にボクが来た目的を言ってやる。

 

「ボクの目的は最初からたった一つだ。雪、ボクは君を救いに来た。ただそれだけだよ」

 

 ボクがそう言うと、雪の目がさらに怖くなった。まるでボクを殺そうとしててもおかしくないような、それぐらいに怒りの籠った瞳でボクを睨んでくる。

 

「救いに……来た? 何を勝手に言ってるの? なんで、また来たの? 私は、ひとりにさせてって言ったでしょう?」

 

 そんな敵意剥き出しの言葉に、まるでボクを怨敵でも見据えるような眼差しに、ボクは一切怯む事はなかった。

 だってボクはもう——ここに、最初から雪と戦いに来てるんだから。

 戦う覚悟なんて、とっくのとうに完了していた。今この瞬間だけ、ボクはまふゆに対する気遣いや遠慮を捨てるって決めていた。

 だからボクは、真っ向から雪と対立するつもりで口を開く。

 

「何で来たのって? ボク言ったじゃん、もう一回言わなきゃわかんない? 君を救いに来たって。だから、ボクは今の君を絶対にひとりになんてさせてやらない」

「だからしつこい。何度言ったらわかるの? 私は誰の助けも必要ない、特に……Amia、あなたなんかの助けなんてもっと要らない。身勝手なあなたなんかに、助けてほしいだなんて考えは私には無い——だから、今すぐに帰ってよ」

「帰らないよ。ボクはもう、そんな中途半端な覚悟でこの場所に立ってないんだよ。もし、ボクが現実世界に帰る時があるならそれは、君と一緒だ。それ以外の条件で、ボクが帰る事なんて絶対にない」

「——っ、どこまでも、勝手に……!」

 

 雪は、その瞳に秘める闇の色を更に深くして、ボクを更に睨みつける。

 その表情は、最初にセカイで出会った時とはもう大違いで、あの時のなんの感情も読み取れないような表情とは違って、明らかに苛立ちの色があった。

 雪……とっても怒ってる。

 でも関係ない、知らない、構う事ない。

 だってボクは、この場所に自分の意志(エゴ)を貫きにきたんだから。

 そんな自分の覚悟を伝えるつもりで、ボクは雪の瞳を見て、そして宣言する。

 

「勝手でいいよ、君がなんと言おうとボクはボクだ。どこまでもボクはボクの意志(エゴ)を貫く。だって……貫いて生きて良いんだって、そう教えてくれた人がいるから! それがボクの持つ『強さ』だって、そう教えてくれた人がいるから! だからボクはやめない! 今ボクの目の前で苦しんでる君を、絶対に放っておけない——放っておかないって決めたんだよッ!」

 

 そう言った瞬間、雪は強く下唇を噛んだ。そしてさらに明らかに苛立ちの色を強くしながら言う。

 

「……うるさい! 私はひとりで消えたいの! もう放っておいて!」

「だから、放っておかないって言った! ボクは絶対に君を一人になんかしないって、ひとりで消えさせたりなんかしないって、そう決めたんだよ!」

「うるさい……うるさいうるさいうるさい! さっきから勝手な事ばっかり……! 私のことなんて何も分からないくせにっ……勝手に踏み込んでこないでよ!!」

 

 そんな雪の心の叫びに、ボクは静かに呟く。

 

「………………わかるよ」

「——え?」

 

 そこで初めて、雪はその責めるような眼差しを一瞬素に戻して言葉を漏らした。

 そんな雪に、ボクは心の中を全部曝け出すつもりで言う。もう、自分の事を明かす事に躊躇(ためら)いなんてないから。

 

「ボクさ……こんな格好してるけど、本当は男なんだ」

「——っ」

 

 雪は少し驚いたように目を見開いた。けど、言われてしまえば雪にとってそこまで驚く事じゃなかったみたいで、すぐに納得したように再び目を細くした。

 そんな雪に、ボクは続けて言う。

 

「雪はさ……ボクに言ったよね? 消えたくないって思ってるのがボクだけだって、ボクじゃ、君の消えたいっていう気持ちは分からないって。……そうだよ、分からなかったよ。でももう今は違う……わかるよ、君の『消えたい』って気持ちは……痛い程に理解できる」

「…………理解、出来るの?」

「出来るよ。そうだよ……ボクもさ、『消えたい』って、そう思ってたよ。多分……君と全く殆ど同じ種類の苦しみを、ボクは背負ってる」

「……え?」

 

 尋ね返すように言葉を漏らす雪に、ボクは自分語りを始める事にした。

 

「ボクはね……可愛いモノが大好きなんだ。見てるだけでふわふわして癒されて、それで幸せな気持ちになれる。そんな可愛いモノが大好きなんだ。だから……ボク自身もそんな風に自分を着飾りたいって、そう思ってるんだ。男だからって、どうして決まった格好をしないといけないんだって、そんな考えを持ってるんだ」

「自分を……着飾る?」

「そうだよ。だからボクは……中学の時、指定の制服があったんだけど、一回だけどうしても我慢出来ない時があってさ、一度だけ、お姉ちゃんの学生時代の制服をもらって改造して、そんな“女の子用”の——って、こういう表現ボク嫌いなんだけどさ。とにかくそんな制服で学校に行ったんだよ」

「……それで、どうなったの?」

「どうなったのって……雪が想像してる通りだよ。クラスの皆にドン引きされた。あはは……笑っちゃうよね? 結構ボクさ……クラスの皆と仲良くできてたつもりなんだけどね、その次の日からボクはみんなから、まるで掌を返すみたいに“いないモノ”扱いされた。今までとは全く態度を変えられちゃったんだよ……その時にさ、もうボクみたいな人間にはこの世界の何処にも居場所はないんだって、無いんだったらいっそ消えてしまいたいって、そう思ったんだよ……」

 

 雪は、そんなボクの語りを黙って聞いていた。そんな雪にボクは言う。

 

「だから……ボクも分かるよ、君の気持ち。君もボクみたいに『こうあるべきだ』って姿を周囲に強制されて……そんな縛りの中で生きて来たんでしょ? ボクは『男としてのあるべき姿を』そして君は……『優等生』としての姿を、かな?」

「——っ、どうして、それを……」

 

 そんな雪の反応に、ボクは推測が当たった事を確信する。

 だからボクはそんな雪を見ながら、本心からの言葉を言う。今の雪の心を包んで、そして慰めてあげられるような言葉を。

 

「やっぱり……そうだったんだね。だったら、ボクは君の気持ちがよく分かるよ。君は……本当に優しい人なんだね。周りから望まれた自分を押し付けられて、それなのにその期待に応えようとして頑張って、頑張って頑張って頑張って……そして、そんな風にボロボロになるまで頑張っちゃったんだ。自分で自分が分からなくなるまで、そうやって生きて来たんでしょ? 凄いよ……雪、君は本当に凄い。……よく、頑張ったんだね」

 

 そんなボクの言葉に、雪は俯いて身体をフルフルと震わせる。

 だけど、次の瞬間に雪は顔を上げてボクをキッとした鋭い目つきで見据え、叫ぶ。

 

「——っ、勝手に……私の事を全部分かったような気にならないでよ……! だからどうしたの!? Amiaが実は男の人で、その所為で苦しんできたからって、私の事を理解したからって……だから何!? そうだよ! 私は“私”が分からない! 何が好きだったか! 何が嫌いだったか! どんな気持ちで笑ってたか! どんな事を面白いって思ってたか! どんな時にどう思えばいいのかっ……何を感じて、何を思っていたのかっ……もう、何もかもが全部全部分からなくなったのッ!! そう! 私は空っぽ! 何を見ても何も感じないし、大好きだったはずの料理の味も何も感じない! 私にはどんな夢があって、それでどんな自分になりたかったか……! 私には何もっ……何も分からないッ……! よくわからないのッ!」

 

 そう叫ぶ言葉は、雪が今まで抱えてきた心の傷だった。生々しい程に血の香りがする、そんな生傷のような言葉だった。

 そんな言葉を吐き散らす雪は、ボクを睨みつけて言う。

 

「そんな私を……よくも分かったような気になって……! 私は……貴方とは違うッ! あなたは自分勝手に生きてッ! 自分が思った事を気ままにするだけの……周囲の迷惑も考えない貴方みたいな身勝手な人間とは違うッ!! ただ気楽に、責任もなしに自由に生きる貴方と、みんなの期待に応える責任を負った私は違うッ!! あなたみたいな“不良”と……“優等生”の私を一緒にしないでよッ! あなたみたいな“不良”なんかに……私を救えるはずなんかないッ!!」

「——っ!」

 

 そんな雪の叫びは、ボクの心の奥深くに刺さった。

 ……そっか、そうかもね。いつも真面目に生きてる雪には、ボクみたいな行動をする人間が、不良に見えても仕方ないかもしれない。だから、そんな不良のボクの言葉なんか受け入れられる訳ないって、そう思ってるかもしれない。

 

 ——でもさ、雪……知ってる? ボク達オタクの常識じゃさ、『不良』と『優等生』って、絶対に切っても切り離せないような、そんなニコイチのセットで何時も扱われるぐらいに、キャラ属性の相性はピッタリなんだよ?

 

 だから……そんな不良のボクがさ、自分が空っぽな存在だって下らない事を(わめ)いてる優等生の君に、君自身でも気づいていない今の君の変化を教えてあげる。

 ——君は全然、“空っぽ”じゃないんだよ。

 そんな覚悟で、ボクは口を開く。

 

「じゃあさ……そんな“優等生サマ”に一つ質問があるんだけどさ、君はどうしてボクみたいな不良の下らない戯言(ざれごと)に、そんなに声を荒げてカッカしてるの? ボクなんて底辺の人間の言葉なんて、優等生サマの君にとって聞く価値もないでしょ? じゃあ放っておいて無視しなよ。なのに、どうして君はそうしないの?」

「無視を……?」

「そもそもさ……最初っから君は、このセカイで最初に出会った時からボクに対する当たりがキツイよね? どうして君は、そんなにボクにムキになってるの?」

「ムキに、なってるの……? 私が……?」

 

 すると、突然ボクの目の前で雪の表情が唖然としてフリーズしてしまう。

 あちゃ~、もしかしてコレ、本人でも無自覚だった感じ? じゃあ、わざわざこんな事をボクの方から言うのはどうかって思うけど……でも、本人が自覚してないんだから言うしかないよね。

 そう思いながら、ボクは恥ずかしいと自覚しながらも口を開く。

 

「そうだよ、君はムキになってるんだよ雪。このセカイで出会った時から君は、ボクの事をずっと目の仇にして、ボクだけに特に当たりが強かった。それって……“執着”から来る行動以外の何物でもないんだよ。君は、ボクに対して異様に執着してるんだよ」

「“執着”……? してるの? 私が……Amiaに?」

「してるしてる。バリバリしてる。もうめっちゃくちゃしてる。自覚ないって嘘でしょ……そっか、本当に雪はそれすらも『よくわからない』んだね? ヤバいじゃん君……本気で重症じゃん。どうしてそうなるまで無茶を……」

「——っ! 馬鹿にしてるのっ……!? もういい、無駄話をするつもりなんだったら私も——!」

「……わかったよ、じゃあ話を続ける。で、そしてどうして君が、ボクなんかに“執着”してるのか、その理由を考えたらやっぱりさ……これも自分で言うのは恥ずかしいけど、やっぱり答えはこれしかないんだよね——」

 

 そう言ってボクは、雪の目の前まで顔をズイっと寄せ、ハッキリと言ってやる。

 

 

「雪……君はボクに、嫉妬してるんだよ」

 

「……しっ、…………と?」

 

 

 予想通り雪がまたポカンとした表情になるのを見て、ボクは一歩雪から距離をとって言う。

 

「そうだよ……雪、君はボクに“嫉妬”してるんだよ。自覚はしてないんだろうけど、きっと、今の君はボクに対してそう思ってるはずだよ」

「嫉妬? 私が……瑞希に……?」

「そうだよ、君はボクの事が羨ましいんだよ。羨ましくて羨ましくて、仕方ないんだよ」

「——っ、そんなわけ、ない……! 私はっ、Amiaの事なんて少しも——」

 

 そんなまふゆのムキになった反論に、ボクはそう思った根拠を話す。

 

「ううん、違うよ。君はさ……きっと、ボクの想像なんだけどさ、楽しそうに学校の事を話すボクの声を聞いて君は、羨ましいって……そう思ったんだよ。だって君にとってボクは、()()()()()()()()()()()()なんだから」

「私が、選択できなかった自分——」

「そうでしょ? ボク達はお互い同じ壁にぶつかって……それで、周囲に適応する道を選んだのが君で、そして戦いぬく道を選んだのがボク。だから君は、自分が選べなかった選択肢の先を生きて、そして幸せになってるボクの事が許せなくてしょうがなかったんだよ。そんな“嫉妬”が、今の君の胸の中にある“感情”の正体」

「私の……“感情”……? そんな、モヤモヤして、グルグルして、Amiaの顔なんて二度と見たくないような、こんな気持ちが……そうなの?」

 

 困惑するように、尋ねるようにボクに向かって言う雪に、ボクは頷いて返してあげる。

 

「そうだよ。その感情が“嫉妬”。だからボクは君に言ってあげられる。雪……君の心は空っぽなんかじゃない。君は“私”が分からないって言うけど……居るじゃん、ちゃんと今の君の胸の中に。今のボクを見てて『許せない』って、そう思ってる君は確かに存在してる——だから、ね? どうせもう探しても無駄なんて諦めないでよ……消えるだなんて、言わないでよ。もう一度頑張って探してみようよ——」

 

 そこまで言ってボクは言葉を区切り、雪の目を見てしっかりと続く言葉を伝える。

 自分の事しか見えていない今の雪に、今のボクの意志を伝えたいって、そう思ったから。

 この言葉が、少しでも雪にとって救いになって欲しいって、そう思ったから。

 

「だって、あんまり居ないんだよ……周りに少しずつ自分の形を変えられそうになる痛みを、分かってくれる人ってさ。だから、そんなボクと同じ痛みを知ってる雪が、このまま消えて居なくなっちゃったら……ボク、寂しいんだよ。どうしても消えたいなら好きにさせてあげたいって気持ちもあるけど、でも……それ以上にボクは寂しいんだよ。雪に、どうしても消えて欲しくないんだよ……だから、お願いだから消えないでよ……雪」

 

 そう言って、必死でボクは雪に自分の意志を届けた。雪に消えて欲しくないって、そんなボクのただのエゴを。

 

「…………っ」

 

 そんなボクの言葉を聞いて、雪は黙って俯いた。

 ——でもしばらくして、ボソボソと小さな声で雪は言う。

 

「————せに、どうして————」

「え……? 雪、今、何て言ったの?」

 

 その声は小さくて、ボクはそう問い返した。

 すると雪は俯かせた顔を上げて、もう一度声を発する。

 ——その声にはどこか、悲しみにくれるような声の震えがあった。

 

「Amiaは……ひとりで勝手に救われたくせに……どうして今更、私にわかったような口をきくの……? 同じ痛みを抱えてるって言うなら、どうして今もっ……私と一緒に苦しんでくれないの? どうして……っ、私を一人で……置いて行ったの?」

「——っ、雪……!」

 

 そんな雪の一人ぼっちの苦しみから出る言葉は、今のボクの心に深く突き刺さった。

 それは、救われてしまったボクと、今も苦しみの中に居る雪との、どうしても埋められない心の距離。その距離を、ボクはまざまざと目の前で見せつけられた。

 そうして言葉を失ってしまったボクに、雪は言葉を続ける。

 

「本当に、Amiaは勝手な事ばっかり……勝手に憐れんで、勝手に共感して、勝手に救おうとして……やめてよ……もう、充分でしょ? 私は、消えたい。それが私の本当の“想い”なの……それ以外にない」

 

 でも、その言葉だけは認められない。ボクは必死でもう一度言う。

 

「それでも……ボクは君を消させない。消えさせなんかしない」

 

 そんなボクの言葉に、雪は下唇を噛み締めて、吐き捨てるように言う。

 

「うるさいっ……! もう私は、疲れたの……! 希望があるかもって……まだ、見つかるかもしれないって思うのが! だったら、最初から見つからないって諦められてた方が楽だった……だから、もう……救われるかもなんて、思いたくない!!」

「————っ」

 

 雪は叫び続ける。彼女自身の心の叫びを。

 誰にも聞かせられなかった、彼女の自身の本当の胸の内を。

 

「もう疲れたの!! 探しても、探しても、探しても探しても探しても探しても!!! 見つからなくって……っ、また探して、違うって、絶望して……もうこれ以上っ、私はどうしたらいいの……っ!? もうわからないッ! 何もわからない! もう、なにもわかりたくない! だからっ……もう私を放っておいてよAmiaッ!!」

 

 その痛々しい程に感情的なその叫びは、ボクの心をさらに深く抉った。

 もう救われてしまったボクじゃ、今の絶望の底に居る雪の心の、その奥底に手が届くわけないって、そう弱気になってしまう程の心の叫びだった。

 

 ダメだ……やっぱり、ボクじゃダメだったのかな……?

 少し前までずっと逃げてばっかりだったボクは、やっぱり重要な場面で逃げる癖がついちゃってるのかな……?

 ボクは結局……どこまでも救われる側の人間だったのかな?

 ボクは結局……志歩や杏が居ないと、何も出来ない人間だったのかな……?

 あれだけ調子いい事言って、結局はKに全部、頼りきるしかないのかな?

 ボクは結局……自分で決めた事もやりきれないような、そんな弱い人間だったのかな?

 そんな思考がぐるぐる頭を回って、気がつけばボクは何も言えなくなってしまっていた。

 そして無言になったボクを見て、やっと黙ってくれたかとばかりに雪は、ミクに視線を送った。

 

「……もういい。これ以上……Amiaと話す事なんてない。ミク、追い出して」

 

 その言葉に、ボクはマズイと直感的に理解する。

 ダメだ……今ここでミクに現実に戻されたら、そこでもうおしまいな気がする。

 もうこのまま、二度と雪と会えないような、そんな気がした。

 ……でも、だからってどうしろっていうのさ。ミクに抗った所で、もうどうせボクはこれ以上、雪にはなにも——!

 そんな気持ちで、ボクは両目をギュッと瞑ってミクの行動を待った。

 

「……………………」

 

 だけど、ミクは雪の言葉には何も答えなかった。

 

「ミク、聞こえないの? Amiaを——」

 

 ボクは何も行動しようとしないミクを疑問に思って、目を開く。

 すると、ミクは小声で何かを小さくボソボソと呟いていた。

 ボクはその声に耳を澄ませる。

 

「……今のまふゆを助けるには、(かなで)が持ってる強い“執念”が必要だって、そう思ってた。あの子は……誰かを“救う”ためなら自分の身をいくらでも削れる子。なら、例えこの場でまふゆをどうにもできなくても、自分の何を捧げてでもまふゆをつなぎ留めようとしてくれてた筈。それでまふゆはまた自分を探せるって、そう思ってた——でも……“違う”の? 瑞希(みずき)なら……このセカイが辿る未来を、違う結末へ導いてくれるの? 分からない……でも、一番まふゆの為を思うなら……」

「ミク……あなた、いったい、何を言ってるの?」

 

 ブツブツ呟き続けるミクに、雪は困惑気味にそう言った。

 でもミクはそんな雪には構わず、ブツブツその後も何かを呟き続け、やがて頭を上げ、ボクの目をジッと見据え——言う。

 その目には確かに、ボクに対する“期待”の色があった。

 

 

「瑞希……あなたに、このセカイの未来を(ゆだ)ねても良い? “呪い”が要らないセカイの未来を……あなたのその意志(エゴ)に、委ねてもいい?」

 

「“呪い”が要らないセカイ……?」

 

 

 ボクは思わずそう聞き返した。

 ミクがボクに何を託そうとしているのか、全く理解できなかったから。

 その翡翠と薄紫のオッドアイの瞳に、一体ボク達の()()()()()()()のか全くわからなかったから。

 でも、こんなボクなんかに期待をしてくれてるのは、それだけはハッキリとわかった。

 だけど……ゴメン、ミク。

 ボクにはもう——

 

「瑞希、大丈夫。今のあなたなら出来る。思い出して。貴方はもう、まふゆが言うように一人じゃないはず。なら……貴方を支えてくれる人を、もう一度思い出してみて。きっと……貴方の意志は、そこにあるはず」

「…………あっ」

 

 そんなミクの、まるで葛藤するボクの内心を読んだようなその言葉に、ボクは頭の中で、こんなボクに出来た初めての友達の声を思いだした。

 

 

『瑞希はあれこれ考えないで、自分の好きな事とやりたい事を、もっと素直に言って良いんだよ? だって、自分のしたい事をしたいって言うのは、何にも悪い事じゃないもん』

 

『頑張って、瑞希。これは、()()()()()()でもあるんだよ』

 

 

 その言葉が、二人の笑顔が心に温かく染みて、そしてボクの胸に再び火が灯るような熱が入るのを感じた。

 ——そうだ、そうだよ。

 雪の事を知らずに勝手に楽になった罪悪感だとか、雪との間に開いた心の距離だとか、そんなのは関係ない。

 ボクはここに、自分の意志を貫きに来たんだ。

 

 今なら分かる。今の雪は、“あの日”のボクなんだ。

 志歩が信じてって言ってくれて、でも、それでもどうしても信じるのが怖くて、また裏切られるかもって思ったら泣きたくなるような気持ちになって、そんな、信じる事にすら希望を持てなくなってた、あの時のボクそのものなんだ。

 

 ならボクも、志歩があの日のボクにしてくれたみたいに、この絶望の中にいる雪に、手を差し伸べたい。『今度こそ大丈夫だよ』って、そう伝えて信じて貰えるように、ボクの手を掴んでくれるように手を差し伸べたい。

 

 ……分かったよ雪。『どうして一人で置いて行ったの?』って君が言うのなら、今からだって遅くない、置いて行ってしまった君の事を、ボクのところまで引っ張って連れてきてやる。

 どれだけ時間がかかっても構わない、絶対に君を置いて行かない。

 これからの君の一生に、全力で首を突っ込む覚悟で君に関わってやる。

 それがきっと……『誰かを救う覚悟』ってやつだと思うから。

 

 だからボクは、あの日ボクの所に来てくれた志歩(ヒーロー)の代わりに、ボクが雪にとっての志歩になってやるって決めたんだ。

 

 ボクはそんな覚悟で再び前を向く。

 そんなボクを見て、ミクは安心したように頷いた後で、雪の方を見て言う。

 

「まふゆ……聞いてあげて、彼の言葉を」

「——っ、訳の分からない事を言ったと思えば、結局それ? どうして、ミクまで私の言う事を聞いてくれないの……!?」

 

ボクは、一歩前に踏み出す。

 

「雪……そうだよね。信じて、裏切られて、その繰り返しをずっとしてたらさ……もう、何も未来に希望なんて持てなくなるよね? 分かるよ、ボクもそうだった」

「Amia、まだ言うの……? もう、貴方も私に話す事なんてないでしょ? 今更分かったような事を言わないで……知らないよ……そんなのもう、私に関係ない。お願いだからもう私を放っておいて……」

「いや、あるよ。まだボクは君に伝えられてない言葉がある」

 

 そう言うと、雪はまるでイヤイヤをする子供のように首を左右に振った。

 

「知らないッ! もう、Amiaの言う事なんて聞きたくないッ!」

「大丈夫だよ、聞いて? ボクも君と同じように苦しんでた。こんな格好をするボクの事を、受け入れてくれる人達をずっと探してた。でも、何度信じても裏切られて、その繰り返しをずっと続けて、ボクはすっかり疲れて何もかもがイヤになってた時があった」

 

 ボクがそう言っても、雪は拒絶するように首をまた横に振る。

 

「——っ、だから何っ!? でも、結局あなたは見つかったんでしょ!? 何も見つけられない私とは違って……自分の居場所を、見つけられたんでしょ!? じゃあ知らないッ! 見つけられた貴方に……! 見つけられない私の苦しみなんて分かる訳ないッ!!」

「“見つけられた”——か。そうだね、確かにそうだ。ボクは見つけられたんだよ、丁度、今みたいに、見つけられる訳ないって、そう思って全てがイヤになってた時……“その子”はボクのところにやって来たんだ。その子が、ボクを見つけてくれたんだ」

「………“その子”……?」

 

 そこで初めて雪は、ボクの言葉に耳を傾けてくれるような様子を見せてくれた。

 だからボクは、頷きながら言う。今の雪にとっての“希望”は、すぐそこにあるんだと伝える為に。

 

「そう……その子は、ボクが何度『放っておいて』って言っても、絶対あきらめてくれなくて……何度もボクに『今度こそ信じても大丈夫だよ』って、そう伝えてくれたんだ。最後に一度だけ、ボクに変わる勇気を出してくれって、そう伝えてくれた子がいるんだ。だから、ボクはその子の——その子達のお陰で救われたんだよ」

「……っ、そう。その子が……Amiaが言ってた大事な恩人なんだね……でも、だからそんな子が居たからって、どうしたって言うの? Amiaが言ってる事は、私には自慢にしか聞こえない。自分を助けてくれる都合の良い人が現れて、その人のお陰で救われるなんて……そんな他人の成功話を聞いた所で、私になんの意味があるの……!?」

 

 でも、ボクがそう伝えても、雪は優等生のくせに全然言いたい事を分かってくれなくて。

 だから、ボクは声を張り上げる。

 

「……っ、だからぁ! 雪は察しが悪いなぁもうッ! ボクが言いたいのは、今の君にだって救いはあるって、そういう事だよッ!」

「——え?」

 

 何も言い返さずにただ、そう呟くだけの雪に、ボクは叩きつけるように、分からせるように大きな声で言ってやる。

 

「君だって勝手だよ! 何を勝手に、ボクが一方的に君の事を見捨てたって思ってるのさ!? そりゃそうだよ! 見捨てるしかないじゃん! だって、ボクは君が苦しんでる事を全然知らなかったんだからッ! いつも、ボク達のことを優しく見守ってくれて、それが君の全てだって、そう思ってたから……ボクは今まで君の、そんな優しさに甘えてたんだよッ……! 辛いんだったら、苦しいんだったら、もっと早く叫んでよッ! そしたらボクは……いや、ボクだけじゃない、ニーゴの皆は、絶対に君の事を救おうとしてくれた! 君がそうまでして追い詰められるまでに、絶対ッ……! 君を何とかしようとしてくれた! だからッ……君に必要だったのは『助けて』って、そう伝える事ができる勇気だったんだよ!」

「——ゆう、き……?」

「そうだよ、そして、それは今だって、絶対に遅くないッ! だから声を上げて助けを呼んでよ! そしたら、それさえしてくれたら、君は絶対に今より良い方向に向かえる! だから、そう信じて声を上げてよ! 君は“自分”を見つけられるって……そう信じてもう一度だけ、声を上げてよッ!!」

「なっ……何を、勝手に……! だから、もう無理って言ってる……! 私にッ……私の事を必死になって助けてくれる都合の良い人なんて現れる訳無いッ! だから……もう遅いんだよ……助けを呼んだって無駄!」

 

そう大声で叫んだ雪に、ボクは大きな声で言い返す。

その“存在”を、雪の目の前で誇示(こじ)してやるように。

 

「何を言ってるの——ボクが居るでしょ!?」

「——っ!?」

 

 雪は、目をこれ以上にないぐらいに大きく見開く。

 そんな雪にボクは、一気に畳みかけるように言葉を紡ぐ。

 

「だって雪……気づいてる? ボクは、君が捨てるしかなかった可能性の先で、自分が一番欲しいものを見つけられたんだよ? だったら……ボクの存在は、君にとっても希望になれるはず!」

「きぼう……?」

「そうだよ……! ボクは君にとって、言うなら『君が見つけたいモノを見つけられた時の自分』だって、そう思えない!? ボクは、君が救われた後の君なんだよ! 君が、自分らしい自分を見つけられた時の、そんな自分の姿がボクだって——そう思えない!?」

「——ッ、Amiaが、私のっ……?」

「そうだよ! だから、君だってまだ間に合うッ! 例えどんなに先が見えない中に居たって、前に向かって手を伸ばす勇気さえあればッ……まだ、どんな時だって希望はあるんだよッ!」

「そんな……だからって、貴方を頼って、それで見つかる保証なんて何処に……?」

 

 そう言って震える声で問う雪に、ボクは言う。

 

「ねぇ、聞かせて? 本当に君は、自分を探す為に“全て”を尽くしたの?」

「え? そんな……尽くしたよ! 尽くしたに決まってる! だから私は——」

「——放課後、センター街の裏路地の奥にある寂れたゲームセンター」

「——え? なに、それ……?」

「あれ? やっぱり行った事ない? あそこってさ、人が滅多に来ないからクレーンゲームコーナーにさ、とってもカワイイ人形やアニメのフィギュアが、誰にも取られずに沢山置いてあるんだよね。それを取ろうとしてついついお金も時間も溶かしちゃうんだけどさ、でも、試行錯誤して狙った獲物を取れた瞬間……あの瞬間に手に入れられる達成感は本当に格別なんだよ? それを……君は試した?」

「………………そんなの、知らない」

「アハハッ! やっぱりそうだよねぇ~、完璧な優等生だったら、絶対に寄り着かない場所にあるからね。未経験も未経験だろうねぇ~。あ、じゃあさ、休みの日にカラオケとかに誰かと一緒に行った事ある!? あれって不思議なんだよねぇ、ただ歌を歌うだけなのに、誰かと一緒だと何倍も楽しくなれるんだ! 行った事ある?」

「……それも、知らない。行った事、ない。だって……誰も、私を誘ってくれないから」

「ほら、全然“全て”じゃないじゃん」

「——っ!」

「だからさ——」

 

 言葉を失う雪に、ボクはそっと手を差し伸べる。

 手を伸ばせば、すぐに届くんだよって。そう伝えてあげるつもりで。

 

 

「雪……もう諦めるなんて言わないでよ。こんなボクにも救ってくれる子はいたんだ……だから、ボクはその子の為に誓うよ。ボクが君を絶対に救うって。ボクが……君の最後の希望になってあげる」

 

 

 そんなボクの差し伸べる手を、雪は揺らぐ瞳で見つめる。

 でもまだ怖いのか、雪は震える声で言う。

 

「……もし、それでも……見つからなかったら? Amiaと一緒に探しても、見つからなかったら……?」

 

 ——なんだ、そんな心配か。

 そう思ってボクは、ニッコリ笑って雪に言い返してやる。

 

「『見つからなかったら』? 馬鹿言わないでよ雪……どうして、ボクとの自分探しの旅が、全部達成できる前提の話をしてるの?」

「——え?」

「雪……君が思ってる以上に、世界は広いんだよ? やって無い事、試してない事なんて、やっていく内にどんどん増えていく。だから……それ、全部やってみようよ、君とボクの二人でさ」

「全部……? でも、そんなの……」

「大丈夫、出来るよ。君がボクにそうして欲しいって、そう言ってさえくれるなら——まだ行った事ない場所にボクが連れて行ってあげる。見た事が無い景色を君に見せてあげる。どんな些細な事でもいい、やってみたい事を全部やらせてあげる。そしてもし、学校や家族の皆と一緒に居るのがどうしても辛くて耐えきれなくなったら——その時は言って? ボクが一緒に何処までも君を連れて、逃げてあげるから」

 

 そう言ったら、雪の表情こそは変わらなかったけど、それでも確かに、僕を見つめるその瞳の瞼が震えたような気がした。

 そして震える声で、雪はボクに最後にこう問いかけて来た。

 

「……どうして……? 本当に、終わらないかもしれない。私が私の事を見つけられるまで……Amiaはずっと、ずっと私に縛り付けられるかもしれない。なのに、どうしてAmiaは……私に、そこまでしてくれるの……?」

 

 それこそ簡単な質問だ。ボクは迷わず、ハッキリと言ってやる。

 

「言ったでしょ? ボクがそうしたいって思ったから——ボクの、ただのエゴだよ」

「……………………」

 

 雪は言葉を失ったように、黙ってボクを見る。その目には『信じられない』といった、そんな驚きの色があるような気がした。

 だからボクは苦笑する。

 

「あはは……ただのエゴって、何言ってんだって話だよね? でも……ボクは本気だよ。本気で、このエゴは誰が何と言おうと譲らない。例え君がやめてって言ったって、関係ない」

「本気で……言ってるの? 本気で……やる気なの?」

「うん、本気も本気。だってボクは……周りの迷惑を考えない、自分勝手な自我主義者(エゴイスト)だからさ。一度決めた自分の意志は、曲げられないし曲げたくない。ボクは……そんな人間だから」

「…………はは。こんな私のために、そこまで覚悟するなんて、馬鹿みたい。あ、あははは……Amia、貴方、馬鹿だね」

「……あははっ、そうかもね。でも、最初からお利口さんな生き方してたら——まず、今ボクはこんな格好してないよね?」

「あっ……あはは、ははははっ……そっか、それも……そうだね」

 

 そんなボクの言葉に、雪はそう乾いた笑いを絞り出したようにした後で、今度こそ黙る。

 そして、やがてゆっくりと、ボクの差し伸べた手に、自分から手を伸ばし始めた。

 

 ——そして、遂にボクの手に、雪の冷たくて綺麗な真っ白な手が重なった。

 

 雪はボクの目を見て、そしてその瞳に一滴の涙の筋を頬に伝わせながら、絞り出すように言葉を吐き出す。

 

 

「……Amia、私を……『助けて』」

 

「うん、助けるよ。大丈夫……ボクが、ここに居るから」

 

 

 そう言って、やっと雪がボクの手を取ってくれた、その時だった。

 

 ——キラリと、ボクの視界の端にオレンジ色の光が差し込む。

 

 

「え……いったい、なに……?」

「うわ眩しっ……何が起こったのさ……!?」

 

 そう言ってボク達は二人して光の方を向く。

 すると、ボクの視界に飛び込んできた光景はなんと、この“セカイ”全体を覆っていたはずの灰色の空が真っ二つに割れ、そして果てのない地平線の向こうから、燃えるようなオレンジ色に輝く朝日が昇ってきている光景だった。

 

 ——それはまるで、先行きが見えないこの灰色の“セカイ”に、初めて夜明けが訪れたような、そんな光景。

 

 それと共に、どこからともなく音楽が流れて来る。

 その曲は、ボクが今までに一切聞いた事がないような、そんな初耳の曲だった。

 

 そんな朝日の光が照らし、音楽が遠くから鳴り響く中、ミクはゆっくりとボク達の方に近づいて来た。

 そして呆気に取られるボク達を見て、ミクは言う。

 

「……まふゆの“本当の想い”が、少しだけ変わった。だから、この“セカイ”もたった今、少しだけ変わった。そして、まふゆの“本当の想い”から今、歌が生まれようとしている」

「ミク……変わったって、どういうこと? この景色と歌が、私の“本当の想い”……? でも私はまだ、何も見つけられてないのに」

「ううん、まふゆは見つけられたんだよ。このセカイが——『(あかつき)のセカイ』が、そして歌がここにあるのが、その証拠」

「『暁のセカイ』? ……『誰もいないセカイ』じゃなくて?」

「うん、そう。“本当の想い”が変わったから、このセカイの名称も、景色も変わった。ここが、今のあなたのセカイだよ、まふゆ」

「ここが……私の、本当の……」

 

 そう言って雪は、ミクが言っていたこの『暁のセカイ』っていう場所をぐるりと見まわした。

 そこは、鉄塔や白の三角錐の建造物こそ何も変わらない空間だったけど、でも、確かに暖かくも眩しい登りかけの太陽の日の光が、優しくセカイ中を照らしていた。

 そして、ミクは言う。

 

「さぁ、一緒に歌おう」

 

 その視線が、雪だけじゃなくてボクを見ているのに気づき、ボクは慌てて言う。

 

「——えっ? ボクも?」

「うん、そうだよ。“呪い”をかけられないと存続できない宿命にあったこの“セカイ”を、その運命から解放して、誰も悔やむ事のない新しい未来(ミライ)を切り開いてくれたのが貴方だから。だから……ありがとう。最後まで、まふゆを見捨てないでくれて、ありがとう」

「あ、あははは……ちょ、ちょっとそこまで言われちゃうと照れちゃうなぁ~」

 

 相変わらず、ミクは時々何を言ってるのかよく分からなかったけど、でも、確かにミクはボクに感謝してくれてるのが分かった。

 だからボクは、つい照れ臭くなって、誤魔化すように笑いながら雪の手を引いて言う。

 

「よーし! じゃあ雪、一緒に歌おっか! なんだかよく分からないけど、何となくボク、ノリでこの曲歌える気がするんだよね~! 今まで聞いた事ない曲なのに、ふっしぎ~! これもこの『暁のセカイ』って場所の不思議パワーってやつかな? とにかく歌おうよ! ボクわくわくしてきちゃったよ~!」

「Amia…………うん、わかった」

 

 そう頷いた雪と一緒に、誘うミクに連れられた広い場所で、ボクと雪は、不思議と頭に思い浮かんできたメロディーを、ミクと一緒になって三人で歌った。

 歌っている間、衣装と髪型まで何故か変わってて、しかもだだ歌ってるだけのつもりだったのに、体まで自然と雪とミクと息の合ったダンスのように動いていたのは、もう『セカイの不思議パワー』として理解をボクは諦めた。

 でも——歌ってスッキリしたのは変わらないので、それは良しとする。

 

 ちなみに後日。

 この時に歌った曲のタイトルを、思わぬ形でボクは知ることになる。それは『Untitled』の音楽ファイル名が、このタイトルに変わっていたから。

 

 

 

 その曲のタイトルは——『キティ』

 

 

 

「……そうか、わたし」

 

「“誰かと一緒に見つけたい”んだね、ミク」

 

 

 そしてこの日この歌を歌った後、だれに語るでもなくポツリと呟いた雪のそんな言葉が、まるでボクに対する感謝のようにも聞こえて、ボクは内心で暖かい気持ちになった。

 

 こんなボクがこの日少しでも、誰かを心の救いになれたんだって、そう思えてボクはとってもうれしかった。

 

 ——見た? 志歩。

 こんなボクでも最後まで諦めずに向き合ったら、雪の心の支えになれたんだよ。

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

瑞希(みずき)とまふゆがミクと一緒になって歌う光景を、遅れて『暁のセカイ』へとやって来た絵名(えな)(かなで)は、鉄塔の影に隠れながら、どこか安心したような目で見つめていた。

 

 そして、絵名は呆れたようにため息を吐く。

 

「はぁ……やっと一件落着ってわけ? 雪のヤツ……本当に人騒がせなんだから」

「うん……よかった、雪が消えないでいてくれて。でも……それにしてもわたしは、えななんが来てくれた事がびっくりした」

「——え!? あ、あぁ……いや、別に、二人の事が心配だったとか、そんなんじゃないんだから。ただ私は一言、雪のヤツに行ってやらないとムカついてしょうがない事があったから、それを言いに来ただけ」

 

 そう言って、絵名は不満そうに両腕を組んでそっぽを向く。

 しかし、その口の端を少しだけ苦笑するように緩ませながら、瑞希の事を見て彼女は言う。

 

「それにしてもAmia……普段はあんなヘラヘラしてるくせに、ちゃんとやれる時はやれるんじゃない。ちょっと見直したわ」

「うん、そうだね。Amiaのお陰で……雪、なんだか今、楽しそう……な、気がする」

「え? そう? あんな無表情で歌ってる人見た事ないんだけど私。そう感じるのはKだけじゃない?」

「そうかな? でも……そう感じたから、それだけ」

「ははっ……何ソレ、ま、いいわ。なんだかそう言われたらそんな気がしてきたから」

 

 そんな他愛ない会話を交わしていると、ようやく二人と一体のバーチャル・シンガーが歌い終わったのを見て、絵名はやっとかとばかりに言う。

 

「あ、やっと終わった……さ、一言二言、雪に文句言うついでに行こK? だってミクに頼まないと現実に帰れないもん私達」

「うん……分かった。行こう」

 

 奏はそう言って、絵名と共に二人のもとに行こうとして——ふと立ち止まる。

 そして、ポケットからスマホを取り出して電源を入れ、ここに来る前に、まふゆの為に急いで作った音楽データのファイルを見つめる。

 絵名はそんな、いつまでも自分について来ないでスマホを眺める奏の事に気が付き、振り返って言う。

 

「……え? どうしたのK? そんな所に居たら帰れないわよ? 早く行こ?」

「あ……うん、わかった。今行く」

 

 そう呟き、奏はスマホをポケットの中にしまった。その目線は、まふゆに向かって笑いかける瑞希の方に向いていた。

 奏は瑞希に向かって、優しく微笑みながら言う。

 

 

「瑞希……雪を引き留めてくれてありがとう。これからの雪の事を……どうかよろしく」

 

 

 奏はそう小さく呟いて絵名の後を追い、二人の元へと向かう。

 

 

 そうして、彼女達『25時、ナイトコードで。』は、紆余曲折ありながらも無事、再び元の四人で活動を再開するようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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