ようやく涙が収まって普通に話せるようになった後、私は司さんに優しく促されるままに公園の街灯が暗くなった周囲を明るく照らす下のベンチに座った。
そして司さんは頼んでもないのに自販機で暖かいホットココアを買って私に手渡してきて、それを断りきれず受け取ってしまった私は、仕方なく少しずつ飲みながら、気づけば司さんに今までの身の上話を吐き出していた。
「——そうか、だからお前は咲希達と友達をやめたと言ったのだな」
「はい……そうです。今の私に関わったら一歌も咲希も穂波も、もしかしたら嫌がらせを受けてしまうかもしれません。だから私は、一歌達とはもう会わないようにしようって、そう決めたんです」
何故話したのか自分でもハッキリした理由は分かっていなかった。だけどもしかしたら司さんにはもう、隠しているのがどうでも良くなったからなのかもしれない。
「どうですか……? 司さんは、私が間違ってるって思いますか?」
そして全てを話した後で、つい勢いで私は司さんにそんな問いを投げかけてしまう。
しまった、聞く必要のない意見を求めてしまった。司さんならどうせ、そんな事を一人で悩んでいたのかと言って、今すぐ一歌たちと話し合えって言うに決まってる。
でもそうしたら、一歌に苦労を背負わせてしまう事になる。それだけはどうしても嫌だったからこうするしかなかったっていうのに。
そう思って私は、司さんの返答がない事をいい事に、さっきの問いをなかった事にするために再度口を開く。
「あの……やっぱり今のは無しに——」
「いや……間違ってはいないと思うぞ。友を危険に晒したくないという思いを、どうしてオレが否定できる? 本当に……どこまでも優しい奴だな、お前は」
「——えっ?」
だけど、そんな予想外の返答が返ってきて私は思わず言葉を失う。
「……聞いておいてなんですけど、まさか司さんからそう言われるとは思っていませんでした。単純そうな司さんならきっと、一人で悩んでいないで今すぐ一歌たちに相談してこいって言われるかと」
「おい……オレをなんだと思っている。オレだって人並みに悩むし、単純に話し合いだけで解決しない問題もある事ぐらい理解しているぞ。思い悩み過ぎて非行に走ろうとするなら止めるが、そのつもりが無いのならそのままで良いとオレは思う。時間が解決してくれる問題も、世の中にはあると思うからな」
「そう……ですか。何て言うかその……意外と、大人なんですね司さんって」
私がそう言うと、司さんはどこか切なそうな表情を浮かべた。
「オレが大人、か……オレ自身はそのつもりは全くないのだがな。だが……そうだな、もしオレがそう見えるのならそれは、オレはこの世界が、大切なたった一人の妹の『学校に行きたい』というそれだけの願いを裏切る程に無情なものだと、知ってしまっているからかもな」
「あっ……」
そんな
司さんは本当は、私と同じぐらい——いや、もしかすれば私以上に悩みを抱えているのかもしれない。
それなのに私は、辛いのは自分だけだと決めつけて、今までずっと一方的に司さんに当たってしまった。司さんはそれなのに私の事を見捨てようとしなかった。
私はずっと今まで、そんな司さんの優しさに甘えてしまっていたんだ。
私って……カッコ悪いな。これじゃ司さんに妹扱いされて当然だ。
「その……ごめんなさい。司さんも咲希の事で大変なのに、私は自分の事ばかりで……」
謝る私に司さんは、さっきまでの少し暗い表情からいつも通りの明るい調子に戻って笑う。
「……ハッハッハ! なに、気にするな志歩! 完全無欠のスターが困った者に手を差し伸べるのは当然の事だ! オレはスターとして当然の事をしたまで!」
「いや、でも……司さん、私は……」
「それでも気にしてしまうか……ならば志歩、オレに対して吐く言葉は謝罪ではなく、笑顔での感謝の言葉にしてくれ。スターにとってそれに勝る報酬などありはしないからな!」
「司さん……」
そんな司さんの、どこまでも“スター”であろうとするその口ぶりに私は、司さんが暗くなった私の為に無理をしてくれていると分かってしまった。
——もしかしたらこの人も、私と同じように『自分』を貫いている最中なのかもしれない。
大切な人の為に、傷ついた自分の心を笑顔で覆い隠して、それでもみんなに明るい光を届けようとしてくれているのかもしれない。
私はそんな司さんを見て、まるで今の自分の姿を見ているような気分になった。
もしかしたら司さんも、私と同じように一人になってはいけない人なのかもしれない。
だったら、私が想う一歌達のように、司さんにもそう想える“仲間”が必要なんだろう。
だけど私達は互いにひとりぼっち。
だったらせめて今は私が、司さんにとっての未来の仲間を自称するには役不足だろうけど、それでも今この場にいる人間として、今の司さんの事を励ます存在ぐらいにはなりたい。
この、自身がどれだけ傷ついていても、咲希の為や大切な人の為に虚勢を張ろうとしてしまう人には——私の事を諦めず、思い詰めて辛かった心を救ってくれたこの人には、それぐらいは報いたいと、私は素直にそう思った。
だから私は司さんの思いに応える為に、今この時だけは気恥ずかしさを全て忘れて、司さんが求めていそうな、素直な本心からの笑顔を浮かべた。
「……ふふっ、わかりました司さん、だったら……ありがとうございます。あなたのお陰で私はまだ……みんなの事を諦められない私を、許せそうです」
そんな私の笑顔を見て、司さんはとても満足そうに頷く。
「そうだ、それでいい! だが……一歌たちの件は、本当にオレは何もしなくて良いのか? もしお前が望むなら、オレの方からこっそりとみんなにお前の事情を、お前の意思を含めてうまく伝えて関わらせないようにすることも出来る。それなら学校の中でお前は一歌たちに接触せずに、一歌たちに対して嫌われ役を演じずに済む。お前にとってはそれが一番いいのではないか?」
「……ありがとうございます。ですけど、みんなはとっても優しいですから、事情を知ってしまえば例え司さんがどう説得したとしても、結局は私を心配してなんとかしようとすると思います。ですから、これでいいです。だから司さんも、今日聞いた事は咲希達には絶対に言わないでくださいね」
「……そうか、志歩がそう決めたのならばもう何も言わん。他言無用を誓ったスターに二言は無い。だがしかし……本当に、この世界は単純な事で解決しない事ばかりだな」
司さんは夜空に光る遠い星を見上げながら、そう呟いてため息をついた。
本当に同感だった。現実はどうしても、自分の理想を追い求めてもうまくいかなくて落ち込むことばかりだ。でも——
「だからこそ、どんな時も笑顔にさせてくれるような“スター”が必要なんじゃないですか? その……司さんみたいな人が」
そう言ってしまってから遅れて私は、司さんを励ます為とはいえ恥ずかしい事を言い過ぎてしまった事に気付いて、顔が燃えるような熱さに包まれた感じがした。
司さんは鳩が豆鉄砲を喰らったような表情になって私を見る。
「志歩……っふ、ハーッハッハッハ! その通りだ! よく分かっているじゃないか! オレは未来は世界に羽ばたく大スター天馬司! この先どんな辛い事があったとしても、このオレが全て吹き飛ばす輝きを放ってやろうではないか!」
「……っ、もう司さんっ……やめてください! も、もう夜ですからっ……この辺りの人に迷惑ですよ……!」
「——っと、そうだったな。すまない、あまりに嬉しい言葉を聞いてしまったからな、つい気分が高揚してしまった……お前も素直で可愛い所があるんだな、志歩?」
「かっ、可愛っ……!? 何言ってるんですかっ……! ぜ、前言撤回しますっ……! やっぱりあなたは無神経な人です! もう私、家に帰らせてもらいます!」
これ以上司さんのにやけ顔を見るのが耐え切れず、私はその場から立ち上がって近くのゴミ箱に空き缶を捨てながら足早に家路につこうとする。
でも、そんな私に当然の如くついて来るような司さんの足音が聞こえてくる。
「よし! 帰るのならばオレが家まで送ってやろう!」
「いっ、要りません! 一人で帰れます!」
「いや、オレの所為で暗くなってしまったからな! スターとして、女子を暗い夜道で一人で帰らせるなんて真似は出来ん!」
そう大声で宣言した後、司さんは悪戯っぽくニヤリと笑いながら言う。
「それとも……また鬼ごっこを始めるか? オレはそれでも構わんぞ、お前の家まで追い立ててしまえば送った事と変わらんからな」
「……はぁっ……! もう……!」
私は大きなため息をつき、足早に歩いていたのを普通の歩く速さに落とす。
「どうした? 逃げないのか?」
「……言ったじゃないですか。抵抗するだけ疲れるって分かったって……ついて来るなら好きにしたらいいじゃないですか」
「よし、ならば好きにさせてもらおうではないか! 行くぞオレについてこい志歩!」
「えっ、ちょっと、勝手に先導しないでください司さんっ……!」
そして私は、そんな強引な司さんに連れられて星空の下を二人で歩く。
暫くして少し落ち着いた所で私は、ほんの少しだけ気になっていた事を口にする。
「……それにしても司さん、少し気になったんですけど、どうして今日は学ランなんですか? 今日は日曜日ですよね?」
「——む? これか? 実は俺の中学が今日文化祭だったんだ、その帰りでな」
「ああ、成程……そういえばそういう時期でした。私の学校も2週間後に文化祭です」
「そうだったな……咲希も、せめて一時退院ぐらいは許してもらえれば当日ぐらいは行けたのだろうがな……」
そう言って表情に影を落とす司さんを見て、私は気づけば反射的にこんな提案をしていた。
「あのっ……もし良ければ、私の文化祭の招待状を司さんに渡しましょうか? 咲希の事だから、自分が行けなくてもせめて、一歌達のクラスの様子とかどんなのだったか知りたがってそうですし、咲希の代わりに思い出話を沢山持って帰ってあげたらどうですか? 3人まで誘えるらしいですけど、どうせ私は誘う人なんていませんし、是非使ってください」
「何っ! 本当か? それは助かる! 実は……咲希にそうしてやろうと一歌に招待状を頼もうと思ったのだが、先週一歌と病院で会った時にその……頼むのを、
「えっ……司さんが、躊躇ったんですか? えっ、えぇ……?」
私は司さんのその言葉が信じられなくて、思わずそう返す。
咲希の頼みでもあったとはいえ、私の事を何日も付け回すストーカーじみた行動力は一体なんだったんだと聞きたくなった所で、司さんはどこか慌てたように言葉を並べる。
「な、なんだその顔は! オレだって人並みに考えたりすると言っただろ! ほら……アレだ、小さい頃はよく遊んだ仲とはいえ、今では病院以外であまり交流のない男子が、例え妹の為とはいえ女子校の文化祭の招待状をくれと頼んだら……何と言うかその、変な目的を疑われてしまうかもしれないではないか! もしそうなったらオレは耐えられん……!」
「は、はぁ……そうなんですか……?」
そんな司さんの理論を聞き、私は思わず嘆息しながらそんな疑問符を呟く。
何だろうこの人、いつも無神経すぎて気にするところが人よりズレてるのかな?
というかその論法でいくと、まるで一歌に自分がどう見えているのか気にしていても、私にはどう思われてもいいみたいな口ぶりで……なんだか、ムカつく。
——いや、ムカつくって何? なんで私そんな事思ったんだろ。別に司さんにどう思われようが、私だってどうでもいいのに。
「ふぅ……司さん、一歌はそんな変な事を疑うような子じゃないですよ。普通に頼んだら良かったと思います」
そんな理由のわからない苛立ちを少し込めながらため息交じりに言うと、司さんはまるで正気に戻ったかのようにハッとなった後で頷く。
「そ、そうか……うん……そうだな。そう言われればそうだ……! まったく、こういった事を色々小難しく考えるのは、オレの性に合わんな……」
「……? 何を考えているんですか?」
「……いや、別になんでもないぞ。とにかくだ! ありがとう志歩、お前のお陰で沢山咲希に土産話を持って行ってやれる! 感謝するぞ!」
「……はいはい、分かりました。じゃあ明日に招待券を先生に言って貰ってきます。放課後は残ってベースの自主練やるつもりなんで、17時半にいつもの交差点でいいですか?」
「ああ分かった! そうしよう!」
目を輝かせて意気揚々とそう頷く司さんに、私は内心で激しく葛藤する。
何を悩んでいるのかというと、待ち合わせをするにあたって不足の事態に対応するための“アレ”を司さんと交換するかどうかだった。
——どうしよう、一応集合時間は言ったし要らないかな? でも、一応何かあって遅れる事になったら司さんが困るからやっぱり要るよね? えぇ……でも司さんだしな……。ううん、司さんはそこまで変な人じゃないって事はもう分かったけど、でもなんかこう……長年染みついた無意識に司さんを避ける癖がまだ抜けてないっていうか……いや、でも……。
「志歩……どうした? 急にスマホをポケットから出したりしまったりして……何か気になる連絡でもあるのか?」
最悪だ、見られてる。私は恥ずかしくてスマホを胸に抱えるように隠して反射的に口を開く。
「——なっ、何ジロジロ見てるんですか! 変態ですかっ……!?」
「何だと!? いや目の前で急にごそごそ挙動不審にされたら誰でも気になるぞ! 理不尽ではないか!?」
「うっ……すみません。確かにそうかもですけど……と、というか、見てるんだったら私が何を言おうとしてるのか察して……せ、せめて司さんの方から提案してもらえませんか?」
「悪いが、全くわからん!」
「くっ……この、無神経っ……!」
流石の司さんの朴念仁っぷりに思わず握り拳を固く握りしめる。
だけど文句ばかりじゃいられない、私は変な事を気にするのも馬鹿らしいと思ってため息をつき、少々言葉に詰まりながらも勢い任せに言う。
「はぁ……。その、れっ……連絡先、交換しましょう……って話ですよ。明日急に遅れる事情があったり行けなくなったら、お互い変に待たせちゃうじゃないですか。流石に咲希を通して連絡取る訳にはいきませんし」
「……おお、そうだな! そう言われれば確かにそうだ! 流石志歩はしっかり者だな、オレはつい失念してしまっていた」
「まったく……いい加減なんですから。ほら登録しますよ……あれ? そういえば、友達登録ってどうやるんだっけ……?」
メッセージアプリを起動した後で私は、中学に入った直後にスマホを買ってもらって家族や咲希達の連絡先を登録してから久しぶりに使う機能の事が、すっかり忘却の彼方にいってしまっていた事に気づく。
そんな私に、仕方ない奴だと言いたげな笑みを浮かべる司さん。
「志歩……ふっ、ここはオレに任せるといい! 少しスマホを貸してくれ…………よし、出来たぞ」
司さんは私からスマホを借りると、手慣れた操作でQRコードを表示して自身のスマホで読み取り、ものの数秒で登録を完了させてしまった。とても手慣れている。
……ああそうか。司さん言動はアレだけどそれ以外はただの明るい良い人だから、きっと連絡先を交換する程度の仲の良いクラスメイトは沢山いるんだ。
つまり司さんは私とは違って——
「これが……俗に言う陽キャ……」
「——ん? 何か言ったか志歩?」
今この関係は傍から見れば、
「……いえ別に何でもありません、ありがとうございました。じゃあ家そろそろこの辺りなので、ここで大丈夫です」
「そうか、ならまた明日な志歩!」
「ええ、じゃあ……また明日」
そう言って私は足早に家に帰宅し、『遅かったわね晩御飯が出来てるけどどうするの?』と尋ねてくるお母さんにとりあえず後でと言いつつ、お姉ちゃんが事務所のレッスンからまだ帰って来てないのを確認した。
よかった。お姉ちゃんには遅い時間に司さんに家にまで送られるという、目撃されたら確実にめんどくさい事になりそうな場面を見られずに済んだみたいだ。
そう安堵し、引き戸を締めて自室に籠ってメッセージアプリを開き、数秒の逡巡の後で特定の人物の連絡先を呼び出し、通話をかける。
目的は、たった一つだった。
数度のコール音の後、驚いたような声と共に相手からの返答があった。
『——し、しほちゃん!? 急に通話なんてどうしたの?』
「……久しぶり。えっと……突然ゴメンね咲希。今日……司さんに会ってさ、咲希が私の事を心配してくれてるって聞いたから。ごめんね、メッセージ返せてなくて……ちょっと最近、色々あってさ」
『う、ううん全然大丈夫だよ! アタシだって久しぶりの連絡で、迷惑だったかなって送った後に少し後悔してたし……でも、うわぁ……しほちゃんの声聞くの本当久しぶり……! ねぇ、元気してた!? アタシは元——いつも通りだけど、そっちは大丈夫!?』
電話の向こう側の咲希の声は跳ねるような明るい元気な声色で、見えていなくても目をキラキラ輝かせているのがわかった。私は思わず口元を緩ませながら答える。
「咲希ちょっと大げさ……でも、うん……まぁ元気だよ。悩んでた事は解決したって訳じゃないけど、それでもとりあえず自分の中でこの問題は、今はずっと抱えて付き合っていくしかないんだなって、そんな心の整理はつけられたつもり。だから咲希に電話かけたんだ」
「……そっか、よかったねしほちゃん。……お兄ちゃんのお陰だったりする?」
「ち……違うよ、少しの間だけ知り合った子がくれたアドバイスが殆どで……でもまぁ……少しは、ほんのちょっとは司さんのお陰って言っても良いけど」
「……そっか、お兄ちゃんが頑張ってくれたんだ。ふっふっふ……しほちゃん暫く会ってないけど、そう言って恥ずかしがって素直じゃないところは分かりやすいね」
「うっ……もう、私の事は良いから、折角電話したんだし咲希の話を聞かせてよ。咲希の方こそどうだったの?」
「あっ……うんっ! いや~もう聞いてよしほちゃん、病院食のおかゆが元から美味しくなかったんだけど、最近はもっと美味しくなくなっちゃったんだよ~! それでね——」
そして私は、咲希が話すとりとめのない日常の話をずっと相槌を打ち、私の方は学校の事は話す訳にはいかないから、主にベースをやっている話やライブハウスでお世話になっている店長の話をしながら、病院の消灯時間になるまで会話を続けた。
咲希の方の話の後の方はもう殆どが司さんの病院のゲリラショーの話と、相変わらずお兄さんの事が大好きな咲希の、司さんがカッコいいという惚気話だったけど、それでも話し終えてすっかり元気になった咲希の声で送られる形で通話を切った。
そして終わった後で私は、もう引き返せない事をしたなと実感する。
あのままメッセージを返信せず放置してたら咲希との関係は自然消滅したかもしれないけど、でも私は返信どころか通話までしてしまった。
これはもう、いつになるか分からないけれど、たとえ何年経っても退院してから咲希は、私に話しかけてくることは確実だろう。もうここからいくらメッセージでの連絡を滞りがちにして、咲希に嫌われようとしてもきっと無駄。
——でも、それでも私は、今の自分の選択に後悔はしていなかった。
久しぶりに咲希の声を聴けて、良かったと思ったのは私も同じだったから。
そう素直に思えるようになったのは、きっと司さんのお陰なんだろう。
本当に……ありがとうございます司さん。
そんな感謝の気持ちで私は、新しく登録された司さんの連絡先を何となく眺めてしまう。
……それにしても、成り行きで仕方なかったけど……お父さん以外で、初めて男の人の連絡先が入っちゃったな——って、え……? 馬鹿、今私何を考えたの……? あり得ないって、“あの”司さんだよ……? 男の人にカウントするのは違うでしょ。
というかそもそも男の人だからって何? 今は恋愛も多様性の時代でしょ、男の人だからって何の関係が、別に女の子でも——
——って、あれ? 今なんで私“恋愛”って単語が頭に浮かんだの!?
いや、待って嘘でしょ。こんなの、まるで私が司さんの事を意識してるみたい。
私……あんなに司さんの事が嫌いだったのに、まさかあれだけでコロっと司さんの事が好きになったの……!?
ないないないないないあり得ない! もしそうだったら
私はたまらず、傍にあった大きなウサギさんのクッションを顔に押し付けながら叫ぶ。
「ぜったいに、そんなわけない——っ!!」
結局私の胸のざわめきは、お風呂に入って眠る時になっても消えてくれることは無かった。