Amiaの今後を巡って睨み合っていた奏とまふゆは10分後にようやく少し落ち着き、瑞希の必死の説得によってようやく二人は議論の矛を収めた。
奏はコクリと頷いて言う。
「結局……Amiaは『OWN』の活動に、『ニーゴ』に居たまま協力するんだね? わかった……Amiaが無理しないなら、いいよ」
「ふぅ……よかったぁ。うん、そこは注意するよ。心配してくれてありがとK」
二人の言い合いを仲裁できて一安心する瑞希に、まふゆは無表情でコクリと頷き『OWN』である自分とAmiaの今後の事について話し始めた。
「よろしく。じゃあ早速来週から、私が放課後に家で作業できるタイミングがありそうなら、事前に私の方からAmiaに連絡する」
「へぇ、早速来週からなんだ」
「うん。Amiaにはこれからは基本、私の都合に合わせて貰う事になる。そして基本的に活動は昼か夕方でまちまち。日によっては出来ない時もある。25時以降はニーゴの作業があるから」
そんな事を言うまふゆに、奏はおずおずと口を挟む。
「えっと……そういう事なら、ニーゴの作業に支障がない程度だったら25時からでも全然『OWN』の仕事をしてくれてもいいよ? 雪が自分を見つけられるなら、わたしも応援したい」
そんな提案だったが、まふゆは眉をひそめながら自身の胸を抑えて少し考える仕草をした後、ゆっくり首を横に振った。
「いや……それは駄目……だと、思う。なんとなく……『OWN』である時の私と『雪』である時の私は……同じにしたくないって感じがする……よく、わからないけど」
「……そうなんだ。じゃあ、そう感じる今の気持ちは大事にした方が良いね。でも、Amiaの負担がその分大きくなりそうだけど」
「……Amiaには、出来る限り負担をかけないようにする」
まふゆは奏に同意するようにコクリと頷き、どこまでも自分の都合で瑞希を振り回している現状に、目を少しだけ伏せて申し訳なさそうに瑞希にそう言った。
しかし瑞希はそんなまふゆに、まるで心配なんて何も要らないと言いたげにニコリと微笑んで答える。
「ううん、良いよまふゆ、迷惑かけても。最初はちょっとびっくりしちゃったけどさ……君がやりたい事を全力で手伝うって、そう言ったボクの気持ちに嘘はないから。だから、何があってもボクと一緒にがんばろうね、まふゆ?」
「………………」
そんな瑞希の笑顔を見て、まふゆはボーっとした眼差しを瑞希に向けて少し黙り、自身の胸を再びおさえた。
「あれっ……? まふゆ?」
返事のないまふゆに瑞希は首を傾げると、まふゆはポツリと呟く。まるで、自身でも理解の及ばない“その感情”に振り回されているかのように。
「なんだか……胸が、あったかい気がする。瑞希と話してたから……? 今の会話で、私が感じる“何か”があったの……?」
「えっ——!? まふゆ、今のボクの話で何か感じたの? 今、どういう感じ?」
「……よく、わからない。でも……悪い気持ちじゃない……気がする」
「……そっか。じゃあ、理解できるようにこれから頑張っていこうね!」
そんな瑞希の明るい笑みに、まふゆはコクリと頷いて言う。
「……わかった。じゃあこれから30分でも時間が空いたら、可能な限り毎日、何度も通話しよう。作業の連絡もしたいから」
「——毎日!? 何度も!? う……うん、わかった。まふゆがそうしたいならいいよ!」
「……ありがとう、瑞希」
鬼のような通話頻度に目を剥いた瑞希だったが、すぐさま覚悟を決めたようにコクリと頷いた。
そんな二人をジトッとした目で観察した絵名は、ため息をついた後でアイスティーに口をつける。
(アホらし、それ雪がAmiaの声を少しでも多く聴きたいって思ってるだけでしょ? なに胸があったかい気がするとか、コントみたいな事言ってるのよ。さっさとAmiaが好きって言ってストレートにぶつかったらいいじゃん……イライラする。しかもAmiaもコイツ意外と女タラシだし……なんで攻略完了した女をさらに口説いてんのよ。バッカじゃないの? その行動は雪のアンタへの依存度高めてるだけだから。夜道で刺されても私知らないわよ。は~、やだやだ。同じサークル内での恋愛の痴情のもつれとか勝手にやってなさいよ……お願いだから私を巻き込まないでよね)
絵名はそう思いながら、一人窓の外を眺め我関せずを貫くのだった。
そんな中、ふとまふゆは思いだしたように瑞希に言う。
「……瑞希はいつも学校でどんな風に過ごしてるか、知りたい」
「え? それ前にボクが奏が教えて欲しいって言われて話した記憶あるんだけど……」
「興味ないから、聞き流してた」
もはや無情とも言えるぐらいにサラッとそう言うまふゆに、瑞希は思わずクスリと笑ってしまいながら応じる。
「あははっ、スッパリ言うじゃん。でも……今はボクの話を聞きたいって、そう思ってくれてるって事で良い?」
「うん、知りたい」
コクリと、まるで聞き分けの良い子供のような素直さで瑞希に対して頷くまふゆを見て、絵名はさらに内心のため息を吐く。
(はぁ……。ねぇ、なんで目の前で二人がイチャついてる所を見せられないといけないの? なんか私、もう帰りたくなってきたんだけど)
しかし、そんな絵名の内心なんて無視するかのように二人の会話は続く。
「よーし! じゃあまふゆにボクの学校での話と、ボクの友達の話をもう一度全力でしてあげるね~!」
「うん、よろしく瑞希」
再び素直にコクリと頷くまふゆ。
すると、瑞希が話そうとしているのが以前にした“あの話”だと気づいた絵名は、そこでヒヤリとして冷や汗を一筋流す。
(あれっ……? 待って? 瑞希が話そうとしてるのって、まさか“あの話”? え、あれを今のまふゆに聞かせるの? ちょっと、それはマズい気が……いや、流石に瑞希も同じ話を何度もしないよね? だから、だ、大丈夫……)
「えっとね、ボクの学校にはね——」
しかし、そんな絵名の心配は見事に的中してしまい、口を開いた瑞希は数十分後——
「——でね! その時の
——そこには、大好きな女の子の事を延々と褒め称え続ける瑞希の姿があった。
そんな瑞希に、まふゆは律儀にコクコクと頷きながらも反応を返し続ける——が、その瞳にはいつしか、一切の輝きを失ったような黒々とした暗黒の瞳が広がっていた。
「……うん、そう。…………へぇ、そんなに……その志歩って子が好きなの?」
「うんっ! すっごく大好き! ボクが見つけた永遠のヒーローなんだ!」
「……へぇ、そうなんだ」
そんな返事を真っ黒な瞳の無表情で返し続けるまふゆを見て、絵名は内心でダラダラと冷や汗を滝のように流し続けていた。
(うっわ、まふゆ完全に目のハイライト消えてるんですけど……怖っ。誰だか知らないけどその志歩って子がご愁傷様すぎる……)
ヒヤヒヤする絵名の内心を知らぬのは当人のみ。瑞希は相変わらずの上機嫌な笑みで尚もその話題を継続する。
「でね! 志歩の話まだあるんだよ? 聞いて聞いて?」
(おいぃ………!? 瑞希アンタ!? まだその志歩って子の話続ける気!? もういいから! アンタがその志歩って子にゾッコンってことは十分伝わったから! アンタ今、地雷原の上でコサックダンスしてるのに気づかないの!? 洒落抜きでアンタ死ぬわよ!? アンタが口説いた女に夜道で背後から刺されるわよ!?)
「……うん、分かった。聞かせて瑞希」
(……ああもう! 仕方ないわねぇ……!)
そんな死んだ瞳でも瑞希の話を聞く姿勢を尚も崩さないまふゆに、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、絵名は踏ん反り帰って口を開く。
「あ~! 喉乾いた~! ねぇ瑞希、気持ちよく話してる所悪いけどさ、水汲んできてもらっていい?」
「……え? ボク? なんでさ、自分で取りに行きなよ絵名」
「よく見なさいよ、私奥の席に座ってるでしょうか。通路に出るには奏を押しのけないといけないのよ? そんなの私が出来る訳ないでしょ」
「あ……絵名、気にしなくてもわたしは退くよ?」
「いいの、奏は座ってて! 奏は私達の大事なリーダーなんだから!」
「え? う……うん、わかった」
「え~、それを言うならボクも奥の席だよ。まふゆ退かさないと行けないんだけど」
「別にまふゆはどうでもいいの。いいから押しのけてサッサと行きなさいよ」
「はぁ……横暴だなぁ……わかったよ。ボクが行けばいいんでしょ? まふゆ、ゴメン退いてもらっていい? あ、ついでにまふゆの水も汲んできてあげるよ」
「わかった、ありがとう瑞希」
まふゆが頷いて席を立ち、瑞希がやれやれと立ち上がってコップを持って水を汲みに行く。
瑞希の姿が見えなくなった後で、絵名は両手を組んでまふゆに何かを要求するような眼差しでジッと見る。
「よし……行ったわね。ほら雪、私に何か言う事あるでしょ? 早く言ったら?」
「……? 何を?」
訳が分からないと言いたげに首を傾げるまふゆに、絵名はあきれ顔になる。
「いや……だからさ、お礼の言葉はないのって話。瑞希の話を止めてあげたのよ?」
「……え? どうして、そんな事をしたの?」
「はぁ!? アンタねぇ……まさか“それ”すらも『よくわからない』って訳? はぁぁ……面倒すぎる。瑞希よくこんなのを世話しようって思ったわねぇ……」
「……? 絵名は何を言ってるの?」
「もういいっ!」
絵名はプンスカとそっぽを向きながらも、それでも一度世話を焼いたからには、この場だけでも最後まで面倒見るとばかりに続ける。
「——で、とりあえず瑞希帰ってきたら話題を違う話に切り替えるから。アンタは私に合わせなさいよ?」
「どうして? まだ、瑞希の話は終わっていない。私は最後まで聞くって決めた」
「へぇ……すっかり瑞希に懐いちゃってまぁ……そんな瑞希の飼い犬になったアンタに教えてあげるけど、あの先の瑞希の話は、ずっ~~とその志歩って子の話が続くだけだから。そんな話でもアンタは聴きたいの? どう?」
絵名の念押しに、まふゆはそっと自分の胸をおさえながら返事を返す。
「それは……よくわからないけど、嫌……な、気がする。もう……志歩って子の話を、瑞希の口から……聴きたくない」
「よし、それでいいの。じゃあ黙って私に従いなさい? わかったまふゆ?」
「……うん、わかった」
頷くまふゆを見て、絵名は大きなため息を吐きながら机の上に突っ伏した。
「はぁ……巻き込まれたくないのに、結局二人の関係に首突っ込んじゃったぁ……どうして私はいつも放っておくって事が出来ないのよぉ……ねぇまふゆ、お願いだからもしその志歩って子と会う事があっても、絶対に刃物とかで刺したりしないでね? 身内から殺人犯出るとか考えたくないし……!」
「……どうして私がその子を刺すって思ったの? 突拍子のない事を言わないでほしい」
「何となくヤな予感したから言いたくなっちゃったのよ! 今のアンタは、ひょっとしたらやりかねないって思っちゃうから怖いの、分かった!? 自分の気持ちのコントロールちゃんとしてよね!? これ忠告だから!」
「……? 絵名は、変だと思う」
「あぁぁぁ……! アンタ本当ありとあらゆる面でイラつくぅぅ…………!」
机に突っ伏しながらうめき声を上げる絵名に、奏は心配した顔で肩を優しく叩く。
「えっと……えな、大丈夫……? 元気出して……?」
「けっ、Kぇ……! もうKだけが私の心の清涼剤よぉ……!」
そんな騒がしいテーブル席に、コップを持った瑞希があきれ顔で戻って来た。
「はいはい、ご所望のお水を持ってきましたよ絵名女王様……って、なにやってるのさ」
「はぁ……私のことはいいから、とりあえず水置いてさっさと座ったら?」
「りょーかーい。……あ、まふゆの分はここ置いておくね」
「うん、ありがとう」
「で、ボクさっきの話どこまでしたっけ? あ、そうそう、先週の昼休みに——」
「あ、そういえばまふゆ、あの“セカイ”って所は結局なんだったわけ? まふゆの“想い”から生まれる場所って言ってたけど、全然意味わかんないのよ」
「え? いや、ちょっとボクまだ話の最中なんだけど……?」
「……いや、私も詳しい事は知らない。ミクがそう言ってるだけ」
「まふゆまで? いや……まぁ、ボクも正直言えば気になるけどさぁ……考えてもしょうがなくない?」
「でも瑞希、アンタが一番セカイの事で迷惑かけられたじゃない。そう簡単に思考放棄してもいいの?」
「放棄もなにも、あそこまでワケ分かんないともう『そういうモノ』なんだって受け入れるしかないじゃん……」
そう言って瑞希は、絵名の追求に自分のしていた話を忘れてため息を零す。
絵名のゴリ押しによる話題すり替えは上手く行ったようだった。
だが、そうやってまふゆの為に色々世話を焼く絵名だったが、逸らしたそのセカイに関する話題で、思いもよらぬ新たな真実が発覚してしまう事となってしまう。
瑞希は思いだしたような気軽さで、こう提案した。
「あ、じゃあさ、ちょっと早めにファミレス出てまたみんなで“セカイ”に行く? 教えてくれるかどうかわかんないけど、ミクに直接聞いてみようよ」
「——はぁ?」
絵名は瑞希の提案に眉をひそめる。何故なら、絵名の認識している限りでは“セカイ”に行くには家のパソコンから『Untitled』を再生しないと向かえない場所であったからだった。
「いや、なんでそんな面倒臭いこと今しないといけないのよ。今は外よ? 家のパソコンからじゃないとあの場所には行けないじゃない」
「——え? 違うよ? ホラ見て」
「え……?」
そう言って瑞希は平然とスマホの画面を絵名に向ける。するとそこには一つの音楽ファイルが——『キティ』と
それは、間違いなくセカイの入口となる音楽ファイル。それが瑞希のスマホに存在することに思わず絵名はギョッとする。
「え、嘘っ!? スマホにもあるのコレ!?」
「いや……朝起きたらなんか勝手にボクのスマホにダウンロードされてて……って、多分みんなもそうなんじゃないの?」
「そういうもんなの? ちょっと探してみる……!」
「え、探してみてよ、ボクだけってことは無いと思うんだけど……奏も探してみてよ」
「——ん、わかった」
瑞希に言われるままに『キティ』の音楽ファイルを探す絵名と奏だったが、スマホのホーム画面のどのページにも存在しなかった。
絵名は訝しげに再度瑞希のスマホ画面を見る。そこには平然と輝く『キティ』の音楽ファイル、目の錯覚でもなんでもなく、間違いなくそこにあった。
そして絵名は次にまふゆの顔に目をやる。そこには無表情で『よくわからない』と言いたげに、首をコテンと横に可愛らしくかしげるまふゆの姿があった。
——この女……やってる。
ブチッと、脳の血管が切れるような感覚が絵名にはした。
「まぁ~~ふぅ~~ゆぅ~~? どうして瑞希にだけセカイ行きのショートカット入口を用意しといて、なんで私と奏にはそれが無い訳? 差別? ちょっとこれは瑞希に対する
「贔屓……? よくわからない。ただ……瑞希にはこれからよくセカイに来てもらう事が多くなりそうだから、瑞希にはあったら便利だなって、そう思ったけど。だって、瑞希にはこれから“私”を探すのを手伝ってもらうから」
「それよそれ! その気持ちが私と奏にショートカット入り口が無い理由なんじゃないの!? サラッと仲間外れにするのやめてくれる!?」
「……? 奏は兎も角、絵名は私には興味ないと思ってた。入り口、必要なの?」
「なに人を冷酷な女みたいな扱いしてるのよ! 私にもできる事があるなら手伝いぐらいはしてあげようって思ってたから! ってかこんだけ巻き込んどいて入り口ないとか、なんか寂しいじゃない!」
プンスカ怒り始める絵名に、瑞希は苦笑いを浮かべながら言う。
「あ、アハハハ……まふゆ、君の為にも色々役に立ちそうだしさ、みんなであの場所に手軽に行ける入口があるのは良い事だと思うよ」
「……分かった、瑞希がそう言うなら」
「はぁ!? 判断を瑞希に依存してんじゃないわよ! 自分の意志で判断しなさいっての!」
「じゃあ……奏は良いけど、やっぱり絵名は少し嫌かもしれない」
「アンタやっぱ喧嘩売ってる……!?」
「まぁまぁまぁまぁ………! まふゆに悪気はないんだし落ち着いて絵名。ほら、ボクに続いて深呼吸しよ? ほら、ひっひっふー、ひっひっふー、ひっひっふー」
「それはラマーズ法でしょうがぁ!! 誰が妊婦よ誰がぁ!!」
こうして、無事絵名は怒りを火山のように大爆発させ、ニーゴの初オフ会は騒ぎの中で幕を閉じた。
——余談ではあるが、その次の日の朝。絵名と奏のスマホにも無事『キティ』の音楽ファイルは追加されたという。