神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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短編③ 青空歌唱教室

 

 

「~~♪ ~~~♬」

 

 神山高校の昼休憩中、瑞希は一人屋上で美しいボーイソプラノの歌声で歌っていた。

 そして彼はアカペラで一曲分歌い終え、ふぅと一息つく。

 

「うーん……大体こんなもんかなぁ? 次のニーゴの新曲の声録り、上手く歌えたらいいんだけど……」

 

 そんな不安を呟く瑞希だが、彼は普段は新曲の為の歌の練習など滅多にしない。

 だが今の彼にはそんな行動に走らせる、ある理由があった。

 

(……それにしても、雪、あれから全然通話に参加してくれないな。折角志歩に相談して話しようって思ったのに……ほんと、どうしたんだろ雪。あれからもう四日も通話に参加してないし……ああいや、心配してもしょうがないか。今は歌って少しでも気をまぎらわそ……)

 

 雪がニーゴの通話に参加しなくなって四日が経過し、現状何も出来ないモヤモヤが、彼に何かをしていようという気分にさせたのだ。

 そんな思いで瑞希は軽く息を吸い、もう一回歌おうと口を開こうとした時だった。

 屋上の扉がキィと高い金属音を鳴らしながら開かれる。

 

「やっほ瑞希、いい歌だったよ。もう一曲歌うならここで聴かせてもらって良い?」

「——杏っ!? なんでここに?」

 

 驚いて振り向く瑞希に、杏は悪戯が成功した子供のようにニヤリとした。

 

「えへっ、ちょっと風紀委員会の集まりの帰りに廊下歩いてたら、瑞希の良い歌声が聞こえてきたからさ、興味出ちゃって」

「あぁ、そう言えば杏って意外と風紀委員だったよね。杏そこまでキッチリしてる風に見えないんだけどなぁ、ちゃんと出来てる? 迷惑かけてない?」

「別に普通、そもそも友達にどうしてもって頼まれて入っただけだから、そんなに意識も高くないしね~。で、それより話を逸らさないでもらっていい? 私、瑞希の歌を聴きたいんだけど」

「えぇ……いや、でもボク、多分杏と比べちゃったら全然下手だよ?」

「え~、そんな事なかったよ。とっても良い歌だった……思わず私がこうやって声かけちゃうぐらいにはね」

 

 そんな素直な賛辞を贈る杏に、瑞希は少し頬を赤く染めながらそっぽを向いてしまう。

 

「そ……そうかな? なんだかちょっと照れるなぁ……」

「うん、だからさ……聴かせてよ、瑞希の歌」

「うーん……よし、そんなに言われちゃったら、歌わない訳にはいかないよねぇ~! じゃ、ちょっと恥ずかしいけど頑張って歌うよ~! ——♬」

 

 そう言って、一度テンションにさえ火がつけばノリノリの瑞希は、元気よく歌声を屋上に響かせる。

 その瑞希が発する、力強さと儚さが混在するようなソプラノボイスの歌声は、聴く者の心を確かに揺らすような魅力があった。

 だから杏は、目を閉じながら思ってしまう。

 

(へぇ……すごいじゃん瑞希。ちょっと歌声に迷いみたいなのが少しあるけど、それでも透き通るような響きの中性的なボーイソプラノが持つ強み——高音域の歌声と低音域の歌声の両方の良さをしっかり使いこなしてる。聞いてて耳心地が良い歌声……だからこそ……それだけに歌に迷いみたいなのがあるのが惜しいなぁ……何に悩んでるんだろ? それさえなかったら、もっといい歌になるのに)

 

 そんな風に、しっかりと歌声からだけでも彼の悩みを悟る杏。しかし、今はそんな事を言っても仕方ないと、杏は思考を再度巡らせる。

 

(でもそれを差し引いても……やるねぇ。これで瑞希は歌を本格的にやってないの? 何も歌唱テクを知らないで“コレ”? うわ……勉強だけじゃなくてこっちも才能あふれてるなぁ……もしこれで、本格的に歌を勉強させたらどうなるんだろ……ちょっと、興味湧いちゃうかもなぁ……)

 

 そこまで考えて思わず彼の友人としての立場を忘れ、純粋にミュージシャンとしての血が(うず)いてニヤリと笑みを零してしまう杏に、一曲を歌い終えた瑞希はキョトンとした顔で言う。

 

「あの……杏? 急に笑ってどうしたの? もしかして……ボクの歌ヘンだった?」

「あっ、ううん! そんな事ないよ! 凄くうまかった……ねぇ、確認なんだけど本当に歌は本格的にやってないの?」

「ううん、やってない。ほら、言ったでしょ? ボク音楽サークルに入ってて、その時に曲に歌声あてる為に練習ちょこっとするだけで、それ以外は全然なにもやった事ないって」

「そうなんだ……いや、素人とは思えないぐらいに上手いからびっくりしちゃって」

「えっ、そんなに? ……ふっふっふっ、本格的に歌やってる人にそこまで言われちゃうと、悪い気はしないかな~?」

 

 杏から贈られる思った以上の賛辞に、瑞希は上機嫌に鼻を鳴らす。

 そんな自慢げな瑞希を見て、杏はふと思ってしまう。

 

(これは……ちょっとだけ、試して(・・・)みちゃおうかな)

 

 そんな決意で杏は、ポケットからスマホを取り出して操作した後、画面を瑞希に見せながら言う。

 

「ねぇ瑞希……この曲知ってる?」

「え? あ~、懐かしい~! 10年以上前の曲じゃん。超有名な曲だし勿論知ってるよ。バーチャル・シンガー『初音ミク』と『巡音ルカ』のデュエット曲でしょ?」

 

 そんな風に頷く瑞希を見て、杏もコクリと頷きを返した後で言う。

 

「うん、そう。だからさ瑞希、この曲もし歌えるなら——今から私と歌ってくれない?」

「えっ? ボクと杏が……この曲を歌うの!?」

 

 突然の提案に目を見開いて驚く瑞希。そんな瑞希に杏はにっこり笑いながら言う。

 

「そうそう! ちょっと一緒に歌ってみようよ瑞希! 二人で歌ったら絶対楽しいよ?」

「えっと……でも、ボクなんて杏の歌の足引っ張るって」

「そんな事ないない! もしそうだとしても、今は私達以外聞く人なんて誰も居ないんだしさ、楽しんでやろうよ?」

「……あはは、わかったよ。じゃ、一緒に歌お、杏?」

「オッケー! そうこなくっちゃ! じゃあ瑞希がルカのパート歌ってね、私がミクのパート歌うから!」

 

 そんな杏の押しに根負けして瑞希が頷くと、杏は上機嫌でスマホから曲を再生する。

 その曲は——

 

 

 

【挿入曲】

『magnet』 セカイver. 暁山瑞希・白石杏

 

 

 

「~~♪! ~~♪!」

「♬ ! ——♪! ——♪!」

 

 瑞希と杏、二人分の歌声が屋上の大気を震わせる。

 そんな二人が歌う、力強く、時には繊細なその歌声は、初めてこの場で声を合わせて歌い合った二人組とは思えない程に、ピタリと息の合った旋律(ハーモニー)を奏でていた。

 そして、歌いながら隣で杏の歌声を実力を初めて実感した瑞希は、驚愕と共に思う。

 

(す、すごい……! これが杏の歌声……綺麗で透き通るような声だけど、同時に引っ張っていくような力強さがある……! これは、ちょっとカラオケでデュエットしようってノリの歌声とは、格が数段も違う……! これが、杏の本気……! 気を抜いたら圧倒されて置いてかれる感じがする……! っ、負けるもんか……!)

 

 そんな思いで声を更に張り上げる瑞希。それに対して杏は、確かな手応えを実感していた。

 

(へぇ……これだけ私が本気出してもついて来れるんだ……! やるじゃん瑞希……! しかも、いきなりのデュエットなのにこんなに歌声がピッタリ合うなんてある? 私の歌のパートの後、入って来てほしいタイミングで声をピッタリ重ねてくれる……すごい、息ピッタリ……! 私の歌いたいイメージにバッチリ追いついてくれる……! まるで私の考えを全部分かってくれてるみたいに——!)

 

「——♬! ——!! ——!!!」

「~~♪! ~~♪! ~~!!!」

 

 そのまま、歌い上げる声にさらに心の熱量を込める杏。それにも負けじと追従する瑞希の歌声は更にピタリと重なった。

 そんな歌を瑞希と共に歌う杏の胸には、いつしか悩ましい思いが溢れていた。

 

(ヤバイ、本気で楽しい……! あぁ……どうしようかなぁ。試してみようって軽い気持ちだったけど……これ、割と本気で“アリ”かも。瑞希と一緒にチームを組む、いいかもそれ。二人で一緒に『RAD WEEKEND』を超える……瑞希が、ずっと探してた私の“相棒”……?)

 

 杏が歌う自身の心に、瑞希に向けてそんな思いを抱き始めた時だった。

 瑞希と見つめ合い、今も高鳴り続ける自分の心臓の鼓動が、その考えを冷静にさせる。

 

(い、いや……待て私。確かに楽しいけど、一緒に歌ってて胸がドキドキするけど……このドキドキは多分、歌ってて楽しいからって理由とは……なんだか“違う”気がする。多分これって……あれだ。私が瑞希にヘンな気持ちになっちゃってるからってのもある? ——じゃあ、ちょっと冷静になった方が良いね私……そ、それに……よく考えたら、恋愛的に好きかもしれない相手を相棒に選んじゃったら……それこそ公私混同じゃん! ち……違う! 私はそんなんじゃない! そもそも、瑞希の事も恋愛的に好きって訳でもないしっ! 伝説を超えるまで、私は恋愛にうつつを抜かしてる暇はないんだってっ……!)

 

 そんな思いで必死に頭を振るい、杏はその考えを振り払った。

 振り払い、最後の一小節を歌いきり、曲は終了した。

 杏は隣で肩を大きく上下させながら息を切らせる瑞希を見て、先ほどまでの自分の葛藤を一切表に出さない元気な笑顔で言う。

 

「お疲れ! いや~最高だったよ! ありがと瑞希!」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……しんどっ……本気で歌うとこんなに疲れるの……!?」

「まぁね、ミュージシャンも意外と体力勝負なんだよ? 特にボーカルメインだとなおさら。肺活量が違うんだよ肺活量が~」

「はぁ、はぁ、はぁ……むぅ……なんか杏のペースにずっと引っ張られちゃってる感じがしたなぁ……ちょっと負けた気がして悔しいかも」

「まぁね、流石に小学生の頃からやってる私が、ポッと出の瑞希にホイホイ負ける訳ないでしょ? でも、ちゃんとついて来てるし凄かったよ。ちゃんと歌うコツとか勉強して、鍛えたらもっとよくなるかも……瑞希は伸びしろの塊だよ」

「あははははっ……ありがと。それにしてもまさか、学校で歌の練習してたらこんな事になるとは思ってなかったよ。杏と一緒にデュエットなんて」

 

 瑞希はそう言って感慨深く笑みを浮かべると、同意とばかりに杏は頷いた。

 

「あ~、そうだね。話の流れもあったけどさ、まさか瑞希と歌えるなんてね!」

「アハハッ、ボクもびっくりだよ。でも……ボクも楽しかったよ、ありがとね杏」

「えへへっ、どういたしまして」

 

 そう言って杏は少しはにかんだ後、少しだけ視線を斜め上に逸らしながら、まるで探りを入れるように話を切り出す。

 

「それにしても……瑞希はさ、こんな所で歌の練習するって事は、歌が上手くなりたいの?」

「え? あぁ……うん、そんな感じかな。最近ちょっと居ても立っても居られなくて……」

「へ、へぇ……じゃ、じゃあさ……その……」

 

 杏はそう言って、少し頬を赤らめながら言いずらそうにした後、意を決して提案を投げるように言う。

 

「そ、その……み、瑞希さえ良かったらさ、毎日は無理だけど、週に何回かで良ければこの屋上で、瑞希の歌のコーチやってあげるけど……どう?」

 

 その提案は杏の中では、瑞希の歌の上達を見てみたいというミュージシャンとしての純粋な興味と、瑞希と特別な接点を持ちたいという少女的思考が、奇跡的な共存を果たした提案だった。

 そんな提案に、瑞希は目を輝かせながら身を乗り出す。

 

「——えっ!? いいの? 杏さえいいなら是非ボクお願いしたいかも! 歌が上手くなったらサークルの皆の役に立てるかもしれないしさ」

「えっ、い、いいの?」

「へっ? いや、君が言ってくれたんじゃん……こっちこそ良いの? って気持ちなんだけど……」

「あっ、い、いや、あははは……ゴメンゴメン。よっし! じゃあオッケー! これから私が都合良い日を連絡するから、また練習したい日があったら言ってね? 私、いつでも瑞希に歌を教えてあげるから。ビシバシ行くから覚悟してよ~?」

「あははっ! いいよ、上等。やるからにはボクもしっかり教わるつもりでいくからね」

 

 そう言って、新たな約束をこの場で交わした二人はお互い笑顔で笑い合った。

 そんな魅力的な笑顔の杏を見て、瑞希は唐突に思いだす。

 ——そういえば、今日は杏をからかうのを忘れていた、と。

 だから瑞希は、笑みをニンマリと浮かべて言う。

 

「ふふふ……それにしても、ボクにこんなカワイイ歌の先生が専属で出来ちゃうなんて、人生何が起きるかわかんないもんだねぇ~? よろしくね、ボクの可愛い歌の先生ちゃん?」

「えっ……!? へっ……!?」

 

 瑞希からの唐突な『可愛い』攻撃に、杏は顔を紅葉のように赤らめながら慌てる。

 そんなあからさまな反応がお気に召したのか、瑞希はさらにニンマリと笑って言う。

 

「あれあれ~? どうしたのかなぁ杏~? お顔が真っ赤だよ~? もしかして、ボクに可愛いって言われちゃって恥ずかしかったのかなぁ~?」

「ちっ、ちがうっ……違うって……! 私、別に可愛いって言われて喜ぶ人じゃないって何度言ったら分かるのっ……!?」

「え~? ほんとかな~? おっと、よく見たらさ、その肌の色合いってもしかして……この前ボクが貸したコンシーラーと同じタイプの化粧品使ってる? へぇ~、お洒落にもしっかり気を遣ってるじゃ~ん、杏カワイイ~!」

「なっ……こっ、これは、違っ……! べ、別に瑞希が使ってるから同じのに興味出たわけじゃなくて……単純に、その……つ、使い心地がよかったから! それだけだから!」

「え~、どうして恥ずかしがるの? そんな反応してもボクが喜ぶだけなのに~、本当に可愛いね、杏ってさ~」

「~~~っ!!!」

 

 ニマニマとにやけながら自分に『可愛い』と連呼する瑞希に、遂に顔からプシューと擬音が出ていてもおかしくない位に真っ赤になりながら、顔を背ける杏。

 彼女は恥ずかしさと嬉しさでごちゃごちゃになった頭で、瑞希からそっぽを向きながら声を出さない内心で文句を吐き捨てる。

 

(こ、このぉ……女タラシめっ……! 私の事を『可愛い』って言い過ぎっ……そんなに言うんだったらいつかセキニン取らせるぞぉ……! いいの瑞希っ……!? こんな事を本気でずっと続ける気なら、私が突然、婚姻届けに判子押してもらうって言いだしても文句言わないでよっ……!?)

 

 杏がそんな内心を飼っているとは全く知らず、瑞希はニコニコで言う。

 

「あれぇ~? どしたの杏? そっぽ向いちゃってさ~、降参? もしかして降参? えへへ、ボクの勝ち~」

「なっ、なにが勝ちなのかよくわかんないって……! じゃ、じゃあ私もう行くから! それじゃ!」

「あ! 待ってよ杏……! あーあ、行っちゃった……ちぇ~、折角可愛かったのに」

 

 そう言って、自らの罪を自覚出来ないままに、瑞希はひとりきりの屋上で唇を尖らせたのだった。

 

 彼がその罪を数える日が来るのは、近い。

 

 

 

 

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