天馬司という生徒は、ここ神山高校では多くの生徒が認める“自称”スターだ。
『ハーッハッハッハ! 何、礼など要らん! 何故ならこの天馬司は未来の大スターだからな! 困った者を助けるのは当然の事だ! では、オレはこれにてさらば!』
困った生徒がいれば颯爽と現れ、そんな風に言い捨てて去っていく神出鬼没の大スター。
意気軒昂、傲岸不遜、口から飛び出す大声は車のクラクション。
そんな、誰もが認める変わり者。
彼の事をいつしか生徒は、もう一人存在する“変わり者”と合わせてこう呼ぶようになった。
——『変人ワンツーフィニッシュ』と。
しかし変人と呼ばれども、もう一人の方は兎も角、彼の方は決して嫌われ者ではない。
話してみれば気さくで明るい性格で、誰に対しても分け隔てなく接し社交的。声がちょっと大きすぎるのが玉に瑕だが、逆を言えば印象に残りやすいそのキャラ性。
しかもそれに加えて、一度彼に対する“変人”というマイナス要素を払拭してしまえば、そのスターを目指すが故の突飛な言動の数々は、見ていると小気味よく面白さすらある。
つまり総評すると天馬司という人間は、圧倒的に多くの人間を惹きつけるような、そんな誰しもに愛されるようなカリスマ性を秘めている存在だった。
そんな彼は今日も大きな声で笑って己の存在を誇示し、多くの人の注目と好感度を集めている。
——が、しかし。それでも人間という生き物は多種多様。
全ての生徒が彼の事を愛しているというわけでは、勿論なかった。
所謂“司アンチ”と呼べる存在の生徒は、少なくも一定数は存在した。
「なぁ……お前どう思う? あのうるさいヤツ」
「あ~、あの大声出す方の変人? まぁ……確かに悪いヤツじゃねぇんだろうけど、でもそれにしても迷惑ではあるよな。一回廊下歩いてるときにすれ違いざまに、たまたまなんだろうけど大声出されてよ、心臓飛び出るかと思ったわ」
「だよな~、だから俺アイツ苦手なんだよ。もうちょっと周囲の迷惑考えて欲しいよな」
だからこそ、こんな風に廊下で司の事を悪く言う二年生の男子二人組が現れることなど、最早必然の事。
そんな風に一度始まってしまった悪口は、最早止まる事を知らない。
「こんな事言うのはアレだけどよ、集団社会生活に向いてねぇんじゃねぇのアイツ?」
「だよな~、何でアレで他のヤツに人気あるのか分かんねぇんだけど」
「な~? やっぱアレじゃね、どうせ顔が良いからだろ? はぁ……これだからイケメンは生きるの楽だよな~? この世の中さぁ、結局顔さえ良ければ何やっても許されるみたいな風潮あるくね?」
「いぇー、顔面格差社会ばんざーい。なぁ俺思うんだけどさ、ニュースとかでよく男女の差別とかセクハラとかジェンダーレス社会の実現とか、色々な差別の事が問題になってるけど、そんなどうでもいい話より、もっと解決してほしい差別問題がここにあるよな~?」
「だよなぁ、俺たちみたいな普通の顔に生まれて来た奴は、一生負け組ってか? はぁ……世の中ってマジでクソだわ」
「言えてる~、だから天馬って結局、顔が良いだけのナルシストだよなぁ。お前なんかがスターなんかになれる訳ねぇだろバーカ」
「ハハハッ! そうそう、ただのビックマウスなだけのナル野郎だってアイツ!」
二人はそんな悪口を言い合い、司という共通敵を作り出して本人の居ない場所で攻撃し、ケラケラと上機嫌に高笑いをする。
するとそんな男子二人の元に、銀髪セミロングヘアで可愛らしい容姿の一年生の少女がつかつかと歩みより、その翡翠色の虹彩に輝く両目を鋭くギラつかせながら口を開く。
「本当にそうですか? そうやって、人の悪口をコソコソ影で言って自分の品格を落とし続けてる限り、貴方達は容姿関係なく一生負け組だと思いますけどね」
「「——っ!?」」
突如割り込まれた声に男子二人が振り向くと、そこには髪を逆立てる勢いで怒り、二人を睨む志歩の姿があった。
睨みつける勢いのまま、志歩は言葉を続ける。
「……黙って聞いていれば、司先輩の事をよく知りもしない癖にペラペラと……声が大きいってだけの文句ならまだ聞き流しましたが、それを皮切りにどうして司先輩が社会不適合者の烙印を押されないといけないのか、納得のいく理由を教えてくれませんか?」
「ちょっ、急になんだよお前、一年の女子か? どうして天馬の事で本人じゃなくてお前が怒ってるんだよ……?」
「質問に質問で返さないでもらっていいです? もしかして、人の話を聞く能力が無いんですか? 成程……どちらの方がより社会不適合者か、結論はたった今ハッキリ出たようですね」
「はぁ? お前……何なんだよ一体、勝手に出てきて色々言いやがって……ちょっとばかり可愛いからって、先輩にそんな生意気な口利いて許されると思ってんのか? ウゼェ……」
そんな苛立ちを露わにする男に、もう一方の男は何かに気付いた表情で男の肩を叩く。
「なぁ、もしかしてこの一年、噂で聞いた天馬の後輩で居るっていう、熱狂的信者の女子なんじゃねぇの……?」
「は? もしかして……
「……私の話なんてどうだっていいじゃないですか。今は司先輩の話をしてるんです、話題を逸らそうとしないでください」
「まちがいねぇ、コイツだわ。もう天馬の事以外話そうとしねぇもん。頭の中天馬の事しか考えてねぇよコイツ……ヤベー奴だって。おい、行こうぜ? 絡むだけ無駄だって」
「……チッ、そうだな。行こうぜ」
そう言って諦めて去ろうとする二人組。
しかし志歩は、そんな二人の前方に回り込んで進路を妨害し、尚も会話を継続させる。
「待ってください……話はまだ終わってませんよ。司先輩が何故そこまで言われないといけないのか、理論的に納得のいく説明をください」
「いや、ちょっ、お前邪魔……」
「答えられないんですか? ならあなた達は、都合の良いストレス発散相手として、だれでも良かったけど目立っただけの司先輩を悪口の標的にしただけなんですね? ……許せません。今すぐ本人の所に行って謝罪してきてください、そうするまで私、絶対に貴方達を逃がしませんから」
「——はぁ!? お前……頭おかしいんじゃねぇの!?」
「頭がおかしくなった覚えはありません。私はただ、悪いことをしたら謝るという、貴方達が人間としてやるべき当然の道理を説いているだけです。まさか、そんな人間としての常識すらも分かりませんか?」
「……チッ、マジふざけんなよお前……!」
ついに苛立った男子が、志歩を乱暴に押しのけようと手を伸ばした。
そんな男子の行動を制するように志歩は言う。
「——暴力による対話の放棄ですか? それは大変結構ですけど、反論もせずに手を出す時点でそれは、私を言葉で説き伏せる事が出来ないと、自身の意見が理論的でない事を証明する行動ですよ? それは……仮にも上級生として恥ずかしくないんですか? 下級生にここまで言われて暴力に頼る自分が、人として情けなくないんですか? それでも良いならどうぞお好きに、ですが、例え暴力を振るわれても私は引く気は一切ありませんから」
「……っ、て、テメェ……! マジで知らねぇぞ……!」
「お、おい……もうやめとけって……!」
そんな何があっても一切自分の意見を譲ろうとしない志歩に、ついに青筋を浮かべて本気で苛立ちの表情を浮かべる男。
それを見たもう一人は、もはや洒落にならない事態が起こりそうな空気が漂ってきた事に慌て、急いで宥めようとする。
——その時だった。
志歩は背後から誰かにその行動を制されるように羽交い締めにされ、強引に道を開けさせられる。
「よしっ! もういい志歩! ステイ、ステイだ!」
「~~っ!? つ、司さんっ……!? はっ、離してくださいっ……!」
それは、司だった。
司は男子二人と志歩を引き離し、いきなりの事に驚いて目を丸くする二人に言う。
「今だ、早く行けお前ら。すまない……志歩にはオレの方からよく言って聞かせておく。だからここはひとつ穏便に頼む」
そんな司の助け舟に、苛立っていた男の方は苦虫をかみつぶしたような微妙な顔になった後、ズンズンと前に進み、すれ違いざまに吐き捨てるように言う。
「——チッ! 天馬、狂犬飼ってるんだったら、勝手に他人に噛みつかないように首輪でもしっかり付けとけ……!」
そう言って去っていく男子と、もう一人は『悪い、助かった天馬……あとマジですまん』と小声で言いながら、申し訳なさそうに去っていく。
そんな二人が廊下の角を曲がって消えた後、司は安堵のため息を吐きながら志歩を開放する。
「……行ったか。全く……志歩、無茶してくれるなよ。オレが通りかかっていなかったらどうするつもりだったんだ?」
ようやく司の腕から解放された志歩は、不満を爆発させるように司に迫る。
「どうして止めたんですか……!? あの人達、私の目の前で事もあろうか司さんを侮辱したんですよ……!? 絶対謝らせないと気が済みません……!」
そんな志歩に、司は心配するような目で見て言う。
「志歩……お前の気持ちは嬉しい。そしてお前が言ってる事も間違ってるとは言わん。だがな……オレは、オレの為にお前が危険な目に遭うかもしれん事が耐えられんのだ」
「司さん……」
「それに、オレは未来の大スターになる存在だからな! あのような些細な事を言ってくる者達は気にかけんのだ! ああいう輩にはムキに言い返すよりも未来で輝くオレの姿を見せ、昔からオレの事を称えておけばよかったと悔しがらせてみせるからな! それに何より——その方が意趣返しとしては良いだろう?」
そんな司の高潔な意志に、司自身の事よりなによりも自分の事を気遣ってくれようとするその意志に、志歩は暫く黙った後でゆっくりと頷いた。
その目尻には、堪えようとしても堪えきれなかった悔し涙が滲んでいた。
「……わかりました。なら、これからはさっきみたいに必要以上に食い下がる事は止めにします。ですが……これからも司先輩の事を悪く言う人を見たら、私は絶対怒るのはやめませんから……! これだけは、いくら司先輩に言われても絶対に譲れません。だって私……司先輩が悪く言われてるのに黙っているなんて、絶対に出来ませんっ……!」
「志歩……全く、お前はしょうがない奴だな」
そう言い、司は志歩の目元に滲む涙をポケットから取り出した白いハンカチでそっと拭ってあげた後で言う。
「だが……何度も言うが、オレはお前の気持ちは本当に嬉しかったぞ。そこまでしてオレを慕ってくれる後輩が居るというのは……困る事も少しあるが、それでも嬉しいものだな」
「司先輩……」
司は自身を見上げる志歩の頭にポンと右手を乗せ、そのまま優しく撫でながら笑顔で言う。
「だから……ありがとう志歩、オレの事を庇ってくれて。本当に嬉しかったぞ」
そんな司に志歩は胸に言葉では言い尽くせない程の堪えきれない何かの感覚が溢れ、その感情に押されて感極まったように言葉を漏らす。
「~~~っ、司さんっ、本当に、本当に……心の底からお慕いしてますっ……!」
「——ああ! ありがとう、勿論分かっているぞ。オレもお前の事は大好きだ!」
その司の返答には、志歩の心の真意なんて察したような響きは一切なかったが、しかしそれでも志歩に向ける真っすぐな好意と信頼があった。
「だから……決して、オレの為に無茶をしすぎるなよ志歩? 約束だぞ?」
「……わ、わかりました。司さんがそこまで言うなら、可能な限り努力します……」
そしてこの日以降、志歩が起こす司絡みの生徒とのいざこざは頻度をすっかりと減らした。
それと同時に、志歩という後輩の少女の存在は二年生の間で『天馬司の忠犬』として知れ渡り、司アンチはその存在に抑止されるように激減していったのだった。