まふゆの一件がなんとか終結した一週間後の月曜日の放課後、瑞希は先の一件の関係でクラスで出来た、新しい友達である
「いや~、今日も学校終わった終わった~! ねぇねぇ瑞希、今日は特に私ら部活の活動もなくて暇だしさ、よかったら瑞希も一緒にショッピングモール行かない? 最近杏も志歩も何で忙しいのか知らないけど、全然瑞希に構ってないみたいだし、ちょっとたまには私たちに浮気してみるのも悪くないんじゃな~い?」
「そうそう、今日はあたしたちと一緒に行こうよ瑞希。瑞希居たらすっごくコスメ選び楽しくなりそうだしさ~!」
「う~ん、確かに最近二人共なんだか忙しそうだし、それも悪くないお誘いだなぁ~」
そんな風に元気に明るく話を振ってくれる二人に、瑞希はそう言って上機嫌に笑顔を返した後で、申し訳なさそうに両手をパチンと合わせて謝罪する。
「——でもゴメンっ! 今日はボク、先に約束してる友達がいてさ、その子と一緒にゲームセンターに遊びに行くんだ! だから……また今度でいい?」
そんな瑞希に、二人はニンマリと笑みを浮かべてからかうように言う。
「へ~! もう新しい子を捕まえてるとかやるぅ~! プレイボーイじゃん瑞希、ねぇねぇ、良かったらその子私たちにも紹介してよ~! なんだったら私達も一緒にゲーセン行ってもいいよ?」
「うんうん、瑞希の新しい友達ってどんな子? めちゃ気になる~!」
そんな二人の言葉に、瑞希は少しだけ考えるように首を捻った後で言う。
「う~ん……ボクは全然二人にもその子紹介しても良いんだけど、でもちょっとその子は色々事情がある子っていうかさ……そもそも、今日はその子ボクと二人で遊ぶつもりで来てくれてると思うし、断ってばっかでごめんだけど……今日は遠慮してもらってもいい?」
「あはは、いやいや、私達も本気じゃないからいいよ! 気にしないで~。じゃ、瑞希はその子と二人っきりでデートって感じだ~! ヒューヒュー! 熱いね~!」
「あははっ、ちょっと雨、その
「アハハハハッ! 二人共そんなのじゃないってば、ネットの友達とちょっと遊ぶだけでさ——」
と、そんな風に楽しくワイワイ騒ぎながら三人が校門前辺りまで歩いていた時だった。
不意に周囲の生徒が数多く立ち止まり、ヒソヒソと何やら話をしているのに瑞希は気づき、立ち止まる。
「——? ねぇ……雨、有栖、なんかみんなの様子おかしくない?」
「え……? あっ、確かにそうだね。なんか……みんな校門の方見てるけど、何かあったのかな?」
周囲をキョロキョロする雨に、有栖は校門の方を見て何かに気付いて驚き、慌ててズレてしまった自身のメガネをかけ直しながら大声を上げる。
「えっ、嘘っ……ねぇ二人とも、見てよあの子!」
「「——え?」」
有栖が指さす方向を見るとそこには、神山高校に居るのが信じられない位の、大人びた雰囲気を身に纏った宮女の制服姿の美人な女子が校門前に立っていたのだ。
それを見て、思わず雨は口をあんぐりと開けてしまう。
「——うっそ。何あの超絶美人……しかもスタイルも良いし……ボッキュンボンじゃん。何食べたらあんなにおっぱい大きくなってウェスト細くなんの? やっば……さすが“姫”を排出した宮女の生徒だわ。あんなスタイルで私らと殆ど年変わらないとか、信じられないんだけど……」
と、雨がそう呟くのとおんなじ意味の囁き声が、周囲の生徒達にも広がっていた。
どうやらこの騒ぎの原因は、間違いなくあの校門で誰かを待っている様子の宮女生——と、そう瑞希が確信した瞬間、彼は思わず天を仰いでしまう。
(なにやってんのさ、まふゆぅ……!? え? 集合場所はシブヤ駅にあるモヤイ像前って言ったよねぇ? なんで校門でボクを出待ちしてるのかなぁ……!?)
そう、校門前に立ってその超絶美貌を神高生徒全員に振りまき、男女問わず視線を惹きつけているのは、瑞希が本日一緒に遊ぼうと誘った朝比奈まふゆ、その人だった。
急に天を仰いだ瑞希を見て、雨と有栖の二人は心配そうに瑞希の方に視線を向け——やがて、勘の良い彼女達は何かに気が付いたように唖然とした表情になる。
「どしたの? あの子に何か——って、え"っ……!? ま、まさか……!」
「うっそでしょ!? 瑞希が今日一緒に遊ぶって言ってたネットの友達って……!」
「……うん、あの子」
「「うそぉぉぉーー!!??」」
二人はそんな、目先に居る明らかに年上で美女の遊び相手が、自分の友人である瑞希であるという事実に、目を大きくひん剥いて驚愕する。
だがしかし、状況はその場で3人でワイワイ騒いでいられるほどに悠長ではなかった。
何故なら——
(……あぁ、まふゆ。言わんこっちゃないよ。君みたいなすごい美人な子がウチの校門前に来ちゃったら、当然男子からちょっかいかけられるに決まってるじゃん)
瑞希は溜息をつきながら、目の前のまふゆが、男子5人グループに囲まれて熱心に話かけられてしまっている様子に目を向けた。
まふゆは見るからに約束があるからと断っている様子だが、男子達は一向に取り合ってくれる気配はない。その表情には優等生の彼女が作る、目に見えて分かりやすい困惑顔があった。
しかし、その困った表情が
だからこそ瑞希は、雨と有栖に視線を向け、少し困ったように微笑しながらも——キッパリと言う。
「ごめん二人とも。ボクのお姫様が少し困ってるみたいだからさ——ちょっと助けにいってくるよ。じゃ、また明日ね〜!」
瑞希は、彼らしい少し茶化したような言葉選びでそう言い、ニコリと笑顔で二人に別れを告げ、男子5人に囲まれて脅されているようにも見える少女の元へ一切臆さずスタスタと歩いて向かって行く。
そんな瑞希を見て、雨と有栖は少し魂を抜かれてしまったような
「……わーお」
「はぁ……成る程、そりゃあのレベルの年上超絶美女もオチるわ。あんなカッコよかったっけ瑞希……」
そんな2人の評価なんて聞こえないままに、瑞希は急ぎ足で男子生徒に囲まれてしまったまふゆの元に向かう。
すると、だんだんとまふゆと男達の話し声が瑞希の耳に届いてくるようになる。
「ねぇ、いいでしょ? 一緒に遊びに行こうって」
「『あ、あははは……何度も誘ってもらってもすみません、私……友達と約束してるので行けないんです』」
「良いじゃん、約束とか放っておいてもさ! 俺らと一緒に行く方が絶対楽しいぜ?」
「そうそう! 俺ら今から友達の兄貴が経営してるクラブに遊びに行くんだけど、一緒に遊ぶ約束してた女子グループの方に1人キャンセル出たから、代わりに丁度良いから一緒に行こうよ! 大丈夫大丈夫、女の子君以外もいっぱい来るから怖くないよ〜?」
「『ええっと……でも、私家の門限とかも厳しくて……あんまり遅くまで遊べないので、私以外の方を誘った方が良いと思います……』」
「じゃあそれでも良いからさ! ちょっとだけ、最初ちょっと顔出してくれるだけで俺ら満足するから、それぐらいいいでしょ? ね?」
「『えっと……でも私……』……あっ」
その瞬間、まふゆの表情は男達に囲まれて困り切った『優等生』の仮面から、こちらに向かってくる瑞希を見た瞬間に、まるで仮面を脱ぎ捨てた“素“のような安堵の表情に変わる。
瑞希はそんなまふゆに、安心させるようにニコリと微笑みかけた後で歩を踏み込み、男たちとまふゆの間に瞬時に体を割り込ませた。
『なっ……!?』
突然のことに面食らい、声を上げてしまう男達に対し瑞希は平然と、まるで自己の所有権を誇示するように言う。
「ごめん……悪いけどこの子ボクの大事な
「——っ!?」
「「「「はぁ……!?」」」」
「……お、お前、まさか暁山……っ!?」
その瑞希の宣言にまふゆは目を見開き、男達はさらに困惑の声を上げ……そして、1人だけ彼の名を知っていた男はその名を呼ぶ。瑞希は怪訝な表情でその男を視認し、見覚えのある人間だと確信する。
(あれっ? よく見たらこの男、この間ボクに面倒なちょっかいかけてきて、杏に返り討ちにあった先輩だ……へぇ、丁度いいじゃん。あの時はボク調子悪くて言われっぱなしだったけど……ここで借りを返してやろっと。ボクはもう……お前が知ってるボクじゃない)
そう思って瑞希はスッと目を細め、中学の頃に
今の彼はもう、過去に抱えた己の心の傷ですら利用する事を厭わないような、そんな確かな心の強さがあった。
「そんなわけなんで——邪魔だから退けよ、先輩」
「……!? お前、本当に暁山か……?」
だからこそ、その男の目には瑞希がまるで凶悪に豹変したかのように映ったのか、思わず怯えて数歩後ずさる。
その先輩が空けてくれた道に、瑞希はまふゆの手を引いて行く。
「……さ、行こっか、まふゆ」
そんな瑞希に、まふゆは優等生の仮面を被った笑顔で、瑞希の“設定”に乗る。
「『……うん。ありがとう、
そして二人は、そうやって呆気にとられた男達の虚を突く形で、その場を駆け足で離脱するのだった。
そんな騒動を遠巻きに野次馬していた生徒達は、まふゆを連れ去った瑞希を心無い好奇の目線で見つめながら口々にざわつく。
「——え? あのクッソダイナマイトボディの宮女の子の待ち人が、あのめちゃ可愛い子だって言ったのか? ってか……え? “彼氏”? 彼女の間違いじゃなくて?」
「アイツ……! 俺知ってるぞ……新入生で居るって噂の気持ち悪い“女装男子”の瑞希って奴……あんな彼女居るとか嘘だろアイツ!? 男だったら誰でも良いガチホモじゃなかったのかよ……!? それがなんであんな綺麗な彼女を……はぁ? 羨ましい……!」
「シブヤ裏通りのオカマバーで働いてるって噂は……? アレもガセか!?」
「駅前で夜、その筋の趣味がある変態親父捕まえて、ケツ穴売って援交やってるド変態で真正のゲイって噂を俺は聞いたぜ? それが、え? あのお嬢様校で有名な宮女にあんな綺麗な彼女がいるって!? 嘘だろ!?」
「……………………」
去り際に吐き捨てられるそんな男達の瑞希に対する悪評を、まふゆは冷ややかな目で見ながら、瑞希に手を引かれるままに後を付いて行くのだった。
そして、しばらく走って完全に神山高校が見えなくなった辺りでようやく2人は止まり、瑞希は手を引いて連れてきたまふゆに慌てて謝る。
「……ゴメン! 急にボクの彼女とか気持ち悪いこと言っちゃって! でもあの場じゃ流石にあの方法しか思いつかなくて……もし気分悪くさせちゃったらゴメン……」
そう言って謝罪する瑞希に、まふゆは無表情ながらもふるふると首を横に振って言う。
「……大丈夫、わかってる。それに……別に嫌じゃなかったから、謝らなくてもいいよ」
「そう? ならよかった……でも、約束してた場所じゃなくて、どうして校門前で待ってたの? そのせいで変に絡まれちゃったじゃんまふゆ」
瑞希がまふゆの不可解な行動の理由を尋ねると、まふゆはぽそりと言う。
「——早く、会いたかったから」
「……へ?」
「早く、瑞希に会いたかったから」
「……え、ええっと……ボクに急用があったとか?」
「ううん、違う。よくわからないけど……何となく、少しでも早く瑞希の顔が見たいって思ったから、私はあそこで待ってた。ただ、それだけ」
「へ、へぇ〜! そ、そうなんだぁ……そんなに今日のことを楽しみにしてくれてたんだったら、ボクも嬉しいなぁ〜、なんて……ね?」
そんな、まふゆの無自覚が故のストレートな好意の言葉を受け、思わず瑞希はドギマギとしてしまう。
(ちょっとまふゆ、何なのさそれ……まるでボクのことが好きみたいじゃん……! 違う違う、勘違いするなよ……ボク。まふゆはボクのことを信頼してるからこう言ってくれてるだけで、信頼からくる好意と恋愛的な意味の好意を一緒にしたらダメだって。それはまふゆに失礼じゃん……!)
そう思い、瑞希は無理やりその思考をぶった斬った。
そんな瑞希に、まふゆはどこか躊躇うようにポツリと尋ねる。
「その……瑞希は、いつも学校じゃ“ああ”なの?」
「——え? どういう意味?」
「その……“ホモ”とか“ゲイ”とか……“ド変態”とか、生徒の人に色々……とっても酷い事言われてたから」
「あぁ……
瑞希はまふゆの言葉に困ったように額をおさえながら苦笑する。
「まぁ……君が気にしなくても良いよ、まふゆ。あんな感じで色々言われるの慣れてるからさ。いや、ホント失礼するよねぇ~『男だけど女みたいな恰好してるからホモ』って発想がみんな安直すぎるんだよ。ま、別にボクは好きになりたいって思った人がもし見つかったら、男でも女でも関係ないって考えだけど、仮にボクが男専門だとしても、少なくとも——お前らみたいなのは心配しなくても眼中に入れないから、放っとけって話だよねぇ~?」
「……だとしてもアレは……慣れて良い種類の誹謗中傷じゃないと思う。あんな敵だらけの場所で……瑞希はいつも生きてるの?」
そういって、どこか心配そうな目で見つめるまふゆに、瑞希はまるで、この世界の在り方に対して諦めてしまったかのようにゆっくり首を横に振った。
「あはは……“敵”ねぇ。違うよ……アイツらは、ただボクっていう異端な存在を面白がって勝手にアレコレ言って騒いでるだけ。実際、ボクが本当に男好きかどうかなんて重要じゃない。ただボクっていう存在を、どれだけ面白く話のネタに出来るかどうかさ。確かに腹立つし納得もしたくないけれど……でも、少なくとも今は、あんなのマトモに取り合ってたらコッチが馬鹿を見るだけ。だからボクは平気! それにさ……今のクラスの皆はボクに普通に優しいしね~」
そう言って、最後は前を向いて明るく笑う瑞希に、まふゆは暗く落ち込んだような表情になる。
「そう……。瑞希は、強いね。私にはそんな生き方……絶対に無理」
「……まふゆ」
そんなまふゆの姿に、瑞希はそういえばと思いだす。
彼女は、周りが自分に寄せてくれてる“理想のまふゆ”への期待に応えようとし続けて——失望させないようにし続けて結果心を病ませてしまった子だった、と。
そんなまふゆには、周囲から敵視されても尚、こうして前を向ける自分の姿が信じられないんだろうな——と。
瑞希はまふゆのそんな内心を読んで言葉をかけた。
「……そっか、自分がワガママ言っちゃったら、誰かを傷つけるかも考えちゃって……それが、君はとっても嫌なんだね。やっぱり……君は優しい人だよ、まふゆ」
「そう、なのかな……? 私には……よくわからない」
そんな風に悩み始めてしまったまふゆに、瑞希は今はそんなしみったれた事を考えさせないようにしようと声を張り上げる。
「まぁ、そんな事より気を取り直してゲームセンターへレッツゴー!」
「……うん、わかった」
そう言って、まだ少し考えていた様子を見せた後で従順に頷いてくれるまふゆを引き連れ、瑞希は歩き始めた。
そして2人はやがてスクランブル交差点近くの裏通りにある、寂れたビルの薄暗い地下に続く階段の前にやって来た。
「とうちゃーく! ここがボクの行きつけで穴場のゲーセンだよ」
そんな、見るからに怪しい雰囲気が漂う場所を見て、まふゆは少しだけ眉を顰めながら言う。
「……ここが、瑞希の言ってた場所? なんだか……すごく怪しい場所な気がする」
「あはは……いや、確かにそう言いたくなる気持ちはわかるけどね、でもだからこそ穴場なんだよ! まぁまぁ、中に入っちゃえば意外と広くて内装自体は綺麗だし、とりあえず行こ行こ」
「……わかった。瑞希が言うなら、行く」
そう言ってまふゆは、まず瑞希に誘われなかったら一生入ることは無い場所だなと思いつつ、薄暗い階段を先導する瑞希から離れないように身を寄せながら着いていく。
やがて目の前に見えてくる、賑やかな店内BGMが漏れ出す自動ドアに、まるで秘密基地だという印象を覚えながら瑞希の後に続いてドアを潜る。
すると、そこには少しレトロなゲームの筐体が立ち並ぶ、大きな空間が広がっていた。
その、明らかに寂れた外見に似合わない内装の広さに、思わずまふゆは目を開いて驚く。
「……思ったより、広い」
「でしょ〜? なんだかさ、秘密基地みたいでワクワクしない〜?」
「ワクワク……? よくわからないけど、でも秘密基地みたいだなって、それは思った」
「そうでしょそうでしょ? しかも、こんな場所にあるからみんなここにゲーセンあるって知らないみたいで、ここ来る時いつもほとんど貸し切り状態なんだ〜」
「……経営が成り立ってるからどうか、少し不安」
「まぁ、それは正直ボクも不安だけど……でも、ここの新しい店長さんがすごくやる気ある人でさ、なんでもまた今度大幅リニューアルして、その後宣伝のためにゲーム大会も開くみたいだよ。すごいよねー」
「……そんなことまで知ってるなんて、瑞希はここの店長さんと仲がいいの?」
「まぁ、自慢でもないけどここの常連だからね~。クレーンゲームの景品の相談してるうちに自然と仲良くなったっていうか、そんな感じ」
「……そうなんだ」
まふゆは、それぐらいで普通は仲良くまではなれないと思ったが、この、気付けば人の心の奥深くまでスルスルと入り込んできて、ちゃっかりと居場所を作ってくるような人間である瑞希ならば、それは簡単なことなんだろうと素直に理解した。
「じゃ、早速お目当てのクレーンゲームやろっか! こっちこっち」
そう言って瑞希は、まふゆを少し古びたクレーンゲーム筐体が立ち並ぶ方へと連れていく。
そして、一台の筐体に置いてある景品を見てその目を輝かせた。
「あっ、『アンデットわんわん』のぬいぐるみだ! もうどこにも置いてないって思ってたのに……! さすが店長! 痒いところに手が届くラインナップ……!」
瑞希がそう言って、血みどろで舌が垂れ下がり目玉が飛び出した土気色の、見るからに死体同然の犬のぬいぐるみをキラキラした瞳で見つめている事に、まふゆは目を細めて言う。
「なんだか気持ち悪い見た目のぬいぐるみだね。これがいいの? 趣味、悪いね」
「まふゆ知らないの? これはキモカワっていうんだよ? そしてこれは、知る人ぞ知る影の大ヒット動物ぬいぐるみシリーズ『
目を輝かせながら自身の大好きなモノを語る瑞希に、まふゆは『テンション高いね』と思いながらも、静かにコクリと頷く。彼がそれ程に大好きなモノだと言うなら、否定する理由はまふゆにはなかったから。
「そう、瑞希がそんなに言うなら有名だったんだね。私は知らなかった」
どこまでも素直なまふゆに、瑞希は少し苦笑を返す。
「あはは、まぁ知らないのも仕方ないよ。『臓物アニマル』も大分前に発売されてたコアなぬいぐるみシリーズだからね。くぅ~、生産終了してなかったらなぁ~、ボクも欲しかったよ“ハラキリトラ”……今じゃネットオークションで普通に5万以上するから……」
「……物騒な名前なんだね。で、それよりそこにあるぬいぐるみが取りたいの?」
「うんっ! この“ゾンビシバイヌ”を取る以外なにもないでしょ! ちなみにまふゆはクレーンゲームやった事ある?」
「……小さい頃に一度、お父さんがやってくれたのを見てた」
「じゃあ殆ど初心者だ。ならまずボクが取るのを見ててね……」
そう言って瑞希は自身の口元をペロリと舐めて唇を湿らせ、取り出した財布から五百円を機体に投入する。
すると機体は、威勢よくピコピコと電子音を鳴らしながらプレイヤーである瑞希のやる気を鼓舞し、操作盤の手元の小さなモニターには残り6回という数字が踊る。
それを見たまふゆは、首を傾げながら瑞希に質問する。
「……この回数、あの上にある捕る用の金具を操作できるの?」
「そうそう! 大体何となくで分かるでしょ? あの金具は“アーム”って言うんだけど、この直進と横のボタンをそれぞれ一回ずつ操作して、それでぬいぐるみを取るんだよ。まぁ一回やってみるから、ちょっと見てて?」
そう言って瑞希はジッと、その全長25㎝程の中型のぬいぐるみの形状を観察し、横から少し覗き込んで位置を確認した後、意を決してボタンを押し込む。
するとアームは見事ぬいぐるみの真下に操作され、瑞希が最後のボタンを離した瞬間にギューンと盛大な音を鳴らしながらアームは降下していく。
そして二本のアームはガッチリぬいぐるみを掴んだ——かと思えば、アームが上昇すると同時にスルリとぬいぐるみがアームから抜け落ちてしまう。
明らかに景品をつかみ取るにはアームの力が弱すぎる。それに気づいたまふゆは、くるりとその場で踵を返した。
「……この機械は不良品、瑞希のお金が無駄になった。お店の人に文句言ってくる」
そんな、まるで真冬の冷気を感じるような冷たい怒りを露わにするまふゆを、瑞希は必死で制す。
「おおっと! ストップストップまふゆ! これはこの機体の設定だから! ちゃんとこれで景品が取れるようになってるから!」
「……これで?」
訝しげな顔のまふゆに、瑞希は説明するように言う。
「そうそう、だって簡単に景品が取れちゃったら、それじゃお店の人も商売あがったりでしょ? でも、難しすぎてもそれはそれで人なんて寄ってこない。だからこそ、攻略できるかできないかのギリギリの設定でやってるんだよ」
「それじゃあ、店員の人は分かっててこのアームの弱さにしたの?」
そんなまふゆの問いに、瑞希はキラーンと目を輝かせながら意気揚々と解説する。
「そのとーり! クレーンゲームとはまさに、お店側とボク達の謎解き真剣勝負! 向こうが用意した、か細い勝ち筋を見破り攻略して少しでも安い値段で商品をゲットする! それがクレーンゲームの楽しみ方の醍醐味なんだよ!」
そんな楽しそうな瑞希を見て、まふゆは呆れたように言う。
「そう……それが“クレーンゲーム”。分かったけど……なんだか不毛だね。それなら普通に買った方が早い気がする」
「チッチッチッ……まふゆ、言葉で聞くより奥が深いんだよこの遊びは……まぁ、とりあえずあのぬいぐるみを見てよ」
そう言って瑞希が指さす方のぬいぐるみを見ると、アームで少し持ち上げられ落とされて転がり、元あった位置よりも景品の落とし口にまで近づいていた。
「ぬいぐるみが……こっちに近くなってる」
「そうそう、これを繰り返して少しずつ持ってくるんだよ。それにしてもラッキー、思ったより移動してくれたなぁ、これならワンコインでゲットできるかも……! 見てて」
「……うん」
頷くまふゆの目の前で瑞希は、今度はぬいぐるみの中心より少しずれた所を掴み、持ち上げてコロリと転がす。
それを何度も繰り返し、五度目のトライ。
ぬいぐるみはついに、取り出し口に完全に下半身が乗り出した状態になる。
「よしよし……ここで最後に、こうっ!」
勝利を確信しながらそう呟き、パチンと手元のボタンから手を離す。
するとアームは人形の頭部を持ち上げ、そのまま人形の身体を起こすかのように取り出し口に飛び込ませた。
瑞希はその場で軽く飛び跳ね、喜びの声を上げる。
「やったー! ワンコインゲット達成ー! やっぱボクって最強かも~!」
「……よかったね、瑞希。安く手に入ったの?」
「まぁね、これぐらいのサイズのぬいぐるみなら1500円以内で手に入ったら充分上等かな。まぁ……中にはさっきみたいな弱いアームでも、本気の100円ワンコインでワンパンゲットする化け物もいるんだけど……そんなひと握りの天才とは流石にボクも比べ物になんないよ~。ま、中級者レベルのボクはこれぐらいで充分かな」
「へぇ、そうなんだ。その人達はどうやったら弱いアームでも持ち上げられるの?」
「え……? いや、それはね……聞いてよ、馬鹿みたいな話なんだけどさ、ほんの一握りの天才は、さっきみたいに転がすんじゃなくて……“ココ”を狙うんだよ」
そう言って瑞希は、先ほどゲットしたぬいぐるみの耳の部分についた、アームの先端がようやく通るかどうかのサイズの小さな商品タグが付いた輪っかをチョンと突いた。
「ここに……ひっかけるの?」
「そうそう、こんな小さなわっかに開いたアームを通すんだよ? “タグひっかけ”っていう名前の技術なんだけど……無理無理無理。さっきボクがやってたの見てもらったと思うけど、狙った場所にアームを落とすのってすごく難しいんだよ? しかもこんな所狙って外れたらそのままお金をドブに捨てるみたいなもんだし、余程自信がないと狙えないよ。言っちゃえばもう“神業”だね」
「……へぇ、そうなんだね」
「ま、そんな神様レベルの人達なんてボクらには関係ないし、とにかく次は別の所でまふゆもやってみなよ、初心者でも大丈夫! ボクが色々サポートしてあげるから!」
「……わかった」
まふゆはコクリと頷いた後、その隣にも数多く立ち並ぶクレーンゲーム筐体をじっくりと見まわした後、やがて一つの景品に目をつけて立ち止まる。
そこには『寝そべりにゃんこ』という、ピンク色の猫が寝そべっている様子をモチーフ化した、中サイズのぬいぐるみが景品に置かれていた。暫くその猫を見た後、まふゆはコクリと頷く。
「……これにする」
「お、カワイイ猫ちゃんじゃ~ん。それが気に入ったんだね?」
「……うん。何となく、瑞希みたいだから」
そんなまふゆのドストレートなチョイス理由に、再び瑞希はドキリとしてしまいながらも頷く。
「——っ、そ、そぉ? ま、まぁ、決まったんならこれにしよっか。——あ、これ丁度ボクがさっきやってたみたいな事が出来そうな台だね! ラッキーじゃん! まふゆだったらセンスありそうだし、一発でボクのやってた事真似されちゃうかもな~」
「瑞希、お金ここに入れたらいいの?」
「あ、うんそうだよ。100円で1プレイで、500円だったら6回プレイで一回お得になるんだ~。まぁ、まふゆは初心者だから、とりあえず500円入れといたらお得——」
と、瑞希が言いかけた所で、まふゆは無言でチャリンと100円を投入した。
残り回数1回のデジタル数字が電子板に踊る。
「あ……えっと、ごめんまふゆ。500円入れたら良いって早く言えばよかったね。これじゃお金が無駄に——」
「これで大丈夫」
「——え?」
申し訳なさそうな瑞希に、たった一言そう言って筐体に向き合うまふゆ。
そして人差し指でポチポチとボタンを操作していく。——と、そのアームの位置は、瑞希目線で見るからにぬいぐるみ位置から全くズレた場所に止まってしまった。
「ああっ……! まふゆ、全然違う所に……ま、最初だからね! 気を落とさないで大丈夫だよまふゆ。次こそはしっかり狙えば——」
「もう、これでいい」
「……は?」
無言でスルリとまふゆはその場で仕事が終わったかのように棒立ちになる。
ギューンと効果音を鳴らしながら降下していくクレーン。そのアームは人形の胴体ではなく尻尾に向かい——その先の小さなタグの輪っかに、まるで針穴に糸を通すかのような繊細さで見事に先端が入り込んだ。
そして、唖然とする瑞希の目の前でクレーンは上昇し、ピンク色の猫はアームに引っかかって宙吊りになってしまう。
「——は?」
そのまま、瑞希の先ほどまでの苦労は全部何だったんだと言わんばかりのあっさりさで、ポスンとぬいぐるみは景品口に落とされてしまった。
しかしまふゆは、そんな神業を達成しても無表情でぬいぐるみを取り出しながら言う。
「……意外と簡単だった。瑞希、100円で取れたけど、これで元は取れた?」
「い……いや、え? マジで……? まふゆ、どうやって君さっきのやったの?」
軽く声を震わせながら信じられないかのように問う瑞希に、まふゆは平然と答える。
「的に狙いを定めて、撃つ。私がいつも弓道部でやってる事とコレも殆ど同じ。そして狙いが的なら——私は矢を外した事はない」
「……うっそぉ」
朝比奈まふゆのハイスペックさに、瑞希はついにそれ以外の言葉を失ってしまった。
(そ、そんな……ボクは今日、まふゆにクレーンゲームの達成感とか楽しさを教えようって思ってたのに、まさかここまで楽勝でクリアされる事なんて想定外……!)
計算外の事態に慌てる瑞希に、まふゆは少しだけ残念そうな表情でポツリと言う。
「別に……景品が一回で取れたからって……やっぱり、何も感じないね」
それを聞いて、瑞希は必死で食い下がるように口を開いた。
「——い、いやっ! まだだよ、まふゆ! クレーンゲームはコレで終わりなんかじゃない! ぬいぐるみの直取り形式を攻略したぐらいで、まだ全部を悟った気でいるのは10年早いよっ!」
「え?」
「ほら! いいからコッチ!」
「……う、うん。わかった」
瑞希は半ば強引にまふゆの手を引き、別の筐体へと向かう。全ては、クレーンゲームでまふゆを苦戦させるために。
だがしかし——
「さぁまふゆ! さっきはぬいぐるみだったけど、今度はフィギュアの箱ものだよ! ペルソナ5の“
「この子、胸がとっても大きいね……瑞希は、こういう子が好きなの?」
「——っ!? ぼ、ボクの好みを今聞くのは違くない? おっ……む、胸とか、そんなのボク関係ないの! この子はとっても可愛いから好きなの! 身体的特徴とか容姿とか関係なく、可愛い人がボクは好きなの! 分かった!?」
「——そう。どうしてかよく分からないけど今……少し残念……な、気がする」
「いや、だからどうして、こんなしょうもない話で何かを感じてるのさ……とにかくやってみて。ほら、箱の上に“ぺラ輪”があるでしょ? あのついてる穴を狙ってアームをひっかけて、少しずつ景品口の方にずらして近づけていけば——」
「……いや、違う。アームのこの形状なら……狙うのは多分、ここ」
「なっ……!? 箱の隙間にブッ刺して持ち上げたぁ……!? え、うそうそうそ……これも一発……?」
「やっぱり……何も感じない。はい瑞希……この子、欲しかったんだよね? あげる。前にセカイで……私を励ましてくれた、お礼」
「……ああもう! そんな事を言われたら悔しくなれないじゃん……ありがとね!」
これならと案内して連れて来た箱モノも苦戦なくクリア。
「じゃあ今度はお菓子タワーだぁ! みてよ凄いでしょ? これ全部ポッキーの箱なんだよ? こんなのちょいっとアームで突けばガラガラ崩れそうな気がしない? でもね! どうやっても上手く崩れてくれないんだよ? 手前の方に穴があるのに全部奥に倒れちゃうんだよ!? 無理だよこんなの!」
「……そんな無理なのを私に勧めるの?」
「——っ、ま、まぁ、ものは試しっていうか……? ま、まふゆ凄くデキるからさ、これもひょっとしたらイケるんじゃないかなって……」
「そもそも、こんなに大量に同じお菓子をとって食べきれるの? 私要らないからまた瑞希にあげるよ?」
「そりゃもちろん! 甘いお菓子は夜の作業の生命線だよ? 全然食べるから沢山取っちゃって!」
「わかった、ならやってみる。……多分、ここだね」
「え……うっそ、全部崩れた……!? どうしてそんなにうまく崩せるの……?」
「……なんとなく、見てたらバランスが悪くて前に崩れそうな所を突いた。それだけ」
「何となくって……! これだからマジモンの天才はさぁ……!」
「……やっぱり、何も感じなかった。はい、全部あげる」
「ちょ、ちょっと待って……! 今お店の人に言って袋もらってくるから」
そして、瑞希が絶対無理だと思ったお菓子モノですらクリア。
そんな最早このゲームセンターにとって、現在進行形で売り上げに大打撃を与え続けている生粋の
(く、くそぉ……何やってもダメだ。ゲームセンターのクレーンゲームで、まふゆに何かを感じて貰おうと思ったボクの考えが浅かったの? いや、もうまふゆの事より最早……中学時代にずっと、放課後で一人ちょくちょくやり続けてたこのゲームで、今日やり始めたばかりのまふゆに、こんなにあっさり実力が抜かれてるって事が認められないっ……! こ、こうなったら……)
そんな負けず嫌いな性格の瑞希は、まふゆにビシっと指を突きつけて正々堂々と宣言する。
「よし……勝負だ、まふゆ!」
「……勝負?」
首を傾げるまふゆに、瑞希は頷いてルールを説明する。
「その通り! これからボク達は千円だけ使って、お互いに送るプレゼントをクレーンゲームでゲットする! そのプレゼントでより凄いモノを送った方が勝ち! そんなルールで勝負だ!」
「その勝負、やる意味あるの?」
「あるよ、大あり! まふゆはこうして友達とゲーセンに来るのも初めてなんでしょ?」
「うん、そうだね。瑞希が初めて」
「でしょ? だったら、折角だし競おうよ! 商品をゲットするのに何も感じなくても、ボクに勝てたら嬉しくな~い? ほら、これでもまふゆにとってボクはゲーセンの師匠なんだよ? 弟子が師匠を超えるって、胸アツ展開じゃない?」
「……いや、私は瑞希を師匠だと思った覚えはないけど」
そんな容赦ない冷ややかな訂正に瑞希は思わずズッコケそうになりながらも、意気揚々と声を張り上げてこう続ける。
「——もう、そこは嘘でも頷いてよぉ! まぁいいよ……とにかく! 君がこのゲーセンのクレーンゲームを通じて、自分の何かを見つけたいと思うのなら……! このボクの屍を超えて見つけてみせなよ……!」
「……別に、瑞希の屍を作る必要性を感じない」
「もう! ノリが死んでる! どうしてそんなにテンション低いの? もっともっとテンション上げてこ? ほら、一緒にこう言ってみて? 『頑張るぞ! いぇ~い!』」
「瑞希がテンション高すぎるだけだと思うけど……はぁ、わかった。言えばいいんだね? ……『がんばるぞ、いぇーい』」
「テンションと表情がまるで
そう言って瑞希は、その場から早足で離脱する。
予算千円で、可能な限り凄いもの……それは最早、瑞希の中では一つしかなかった。
(まふゆに勝つにはもう一発勝負で、それもまふゆでもやった事のないぐらいの超大物を狙うしかない……!)
そんな一心で探す瑞希の目が発見したのは、『デカモフうさぎ人形』という名前の超大型クレーンゲーム筐体。
その中には胴体が紫色のフワフワした毛に包まれ、表情は不愛想にムッとした顔をした、大きさはゆうに60センチはある丸いウサギの人形がそこに鎮座していた。
それに瑞希は天啓めいた直感を感じる。
(こ、これだ……! これしかない! とっても大きいし、すごいし、なによりちょっとだけこのウサギ、まふゆに似てる気がする……! よし! これだ! 勝負に勝てるしまふゆも喜んでくれそう……! これしかない!)
思わず飛びついて値段を確認する。そこには1プレイ300円の2プレイ500円と記されていた。
予算は千円でチャンスは4回のみ、されど瑞希はここで引く選択肢はなかった。
お金を入れる前に瑞希はじっくりじっくり筐体全体を確認する。
ぬいぐるみの位置、重心、取り出し口までの距離、その全てをざっくり長年の経験則も合わせて計算に入れ、最適なコースを導き出す。
そして、覚悟を決めた後に不退の覚悟で500円玉を二連投入する。
「よし……絶対にとってやる……!」
瑞希の闘志は瞳で燃えていた。
慎重にボタンを操作し、少しずつずらして落とす戦法で行こうとアームを運ぶ。
そして、ボタンから手を離すとアームは落下し、やがてウサギは頭の方を持ち上げられて少し移動する——と思われたが、スルリとその頭からアームは抜け、ぬいぐるみは一切の移動を許してくれなかった。
瑞希は、アームの形状を確認して思わず歯噛みする。
(しまった、見落としてた……! アームの先に滑り止めのゴムが無い……! これじゃ滑るにきまってる。それにやっぱり上まで持ち上げるだけのアームの掴む力はこれにはない。これじゃうまく頭やお尻の先を掴めない……予定してた頭とお尻の部分を交互に掴んでずらして持っていく作戦が台無しだ。どうしよう、このままじゃ手ぶらだボク……! いや駄目だ諦めるな、考えろ、考えろ、考えろ——!)
追い詰められて思考を焦らせてしまう瑞希。しかし、そんな窮地でも瑞希は思考を止めない。
そしてそこで瑞希は再度ウサギのぬいぐるみの形状を確認し、新たな突破口を発見する。
(そうだ……ずらすんじゃない、
瑞希は追い詰められた所であらたな攻略法を編み出し、今度は上手く転がせそうな位置にアームを運ぶ。
そして、再び意を決して瑞希がボタンから手を離すと、アームは落下して大きなウサギを今度は胴体からアーム全体でガッシリと少し持ち上げた後にするりと抜け——そして今度は落下の拍子に、瑞希の狙い通りにコロリコロリと転がった。
(よっし……やった! これならいける! いや……あまり喜びすぎるな、チャンスはあと二回しかないんだぞ、ギリギリだ。気を抜かずに頑張るぞ……!)
瑞希は自身にそう喝を入れた後でじっくりと息を整えながら再度チャレンジし、一回、二回、と丁寧にアームを運び、そして——
「~~っ、やった! とれたぁ~~!!」
瑞希は歓喜の雄叫びと共に、取り出し口からゲットした大きな紫ウサギのぬいぐるみを思いっきり抱きしめて、その場でクルクルと回る。
その表情には、まふゆとの勝負に対しての必勝を確信した喜びがあった。
「やった! これでまふゆにも絶対勝った! やっぱりボクって最強~! いくら才能があってもやっぱり、クレーンゲームは頭の回転と経験と技術がモノを言うよねぇ~! そんなボクが新人のまふゆに負けるわけ——」
「おめでとう、瑞希。凄く頑張ってたね」
「——え?」
突然背後から響く、まふゆの淡々としたその声。
ビックリしてゆっくり振り返るとそこには、相変わらず何考えてるのか分からない無表情でパチパチと拍手をするまふゆが居て——そして、その背にドデカイピンク色のライオンのぬいぐるみを、ライオンの前足をリュックのような形で背負って持っていたのだ。
大きさは100センチ級。間違いなく最大サイズのぬいぐるみだった。
思わず瑞希はそれを見て、口をパクパクさせてしまいながら言う。
「ま、まふゆ……その子、なに?」
「……瑞希へのプレゼント」
「い、いや、それは分かってるんだけど! ど……どこに居たのそんな化物?」
「……あっち」
そう言ってまふゆが指さした先は、カプセル専用の小型のクレーンゲーム筐体に真っ黒なカプセルが沢山置かれ、その隣にまた番号札が書かれた棚が別置きされている、いわばクジ形式のクレーンゲームだった。
「え、じゃあまふゆ……まさか?」
「うん、よくわからないけど当たった。最初から質より量で勝負しようと思って残念賞のあるクジを引いてたけど、必要なくなった。あとコレと残念賞のうまい棒も沢山ある」
「よ、よくわからないけど当たったって……何ソレぇ……しかもそんなデカいのとお菓子までついてるとかぁ……何ソレぇ……」
瑞希は大きなウサギのぬいぐるみを抱えながらその場にヘナヘナと座り込む。
運でも発想でも完全に瑞希の惨敗だった。
そんな瑞希はまさに、実に空虚な人生を生きたゴミ山大将の敗北者。
どこかの海にいる炎使いの海賊に、『取り消せよ今の言葉……!』と声も荒げられる事もない敗北者である瑞希は、死んだ瞳で乾いた笑いを浮かべる。
「あはっ……おめでとう、君の勝ちだよ。今日から君がここのゲーセンの海賊王——じゃない、クレーンゲーム王だよ……」
「……そんな名前、要らない」
「いやいや……勝敗とか一目瞭然でしょコレ。ボクのこんな小さいぬいぐるみなんかより、君はそっちを持って帰りなよ……よっぽど、そっちの方が立派だよ……ボクはこの子と一緒に家に帰るよ……ぐすん……よしよし“ウサまふ”ちゃん……君を連れて帰るから、お家でボクを慰めてね……」
そう呟いて、もうすっかり家に連れて帰る気でいるのか、名前まで付けた紫のウサギぬいぐるみを涙目で撫でて抱きしめ可愛がる瑞希。
だが、そんな瑞希の肩を軽く叩いてまふゆは言う。
「——いや、違う。勝ったのは瑞希の方」
「——え?」
聞き返す瑞希に、まふゆは自身の胸をおさえながらポツポツと言葉を続ける。
「だって瑞希は言った、相手に送るプレゼントで凄いモノを取った方が勝ちって。……さっき瑞希が頑張ってそのウサギを取ってた所……私は見てた。私の為に頑張ってくれてるって、そう思ったら……よく分からないけど、ここのあたりが温かくなった。だから……瑞希のプレゼントの方が、私は凄いと思う」
「まふゆ……」
「だから私は、この大きいだけのぬいぐるみより……瑞希のそのウサギの方が、ずっと価値があると思う。理屈なんてぜんぜんよくわからないけど……それでも、そう感じる。だから、勝負は……瑞希の勝ち」
「ま、まふゆぅ……!」
瑞希はポロリと感動の涙を一筋流しながら立ち上がる。敗北者は復活した。
「ありがとう! じゃ、そんなに欲しいなら喜んでこの“ウサまふ”を君にあげるよ! ボクの代わりに可愛がってあげてね!」
「……どうして私の名前がついてるの?」
「え、いや、なんとなくこの子、君に似てるかなぁ~って、そう思って」
「……そう。瑞希には私がこう見えてるんだね」
「あれっ? もしかして嫌だった……?」
急に不安になったのかそう尋ねる瑞希に、まふゆは静かに首を横に振った。
「嫌じゃない。だったら……私のこのライオンも、瑞希みたいな気がするって、そう思った」
「え? このライオンが? いや~、確かに毛色はボクの髪色と似てるけどさぁ……ボクがライオンってちょっとイメージ違うでしょ。まぁボクはカワイイ猫ちゃんだし、一応ライオンもネコ科ではあるけどさぁ」
「でも、何となくそう思った。可愛くて、カッコいい……そういう所が、似てるって思う。だから……受け取ってほしい」
「……可愛くて、カッコいい……そっか。まふゆはボクの事そう思ってくれてるんだね」
「……イヤだった?」
「ううん、ボクも全然いやじゃないよ。むしろ嬉しい、ありがとまふゆ! よーし、ならわかったよ! 君は今日からウチの子だよ、よろしくね~!」
そう言って笑顔でまふゆからライオンを受け取る瑞希。
代わりにまふゆの手には、紫色の不愛想な表情をしたウサギのぬいぐるみがあった。
それを彼女は無表情のままでギュッと抱きしめる。まるで、そのぬいぐるみから温もりを求めるかのように。
そんなまふゆは、ぬいぐるみを抱きしめながら瑞希に向かって、今日の事を振り返るかのように言う。
「今日はありがとう……瑞希。よくわからないけど、私……胸がポカポカした。そう感じてる“私”が確かに居るって……それを見つけられた気がする。こんな気持ち、瑞希と一緒にここに来なかったら、多分ずっと見つからないままだった。だから……ありがとう」
そう言って感謝を告げるまふゆに、そんな彼女の素直な仕草に思わず瑞希は思った。
(よかった、まふゆ今日で何かを掴んでくれたんだ。それに、ボクがとったぬいぐるみをあんなに喜んで大事にしてくれてる。まふゆ、可愛いな……)
と、そう思ってしまってドギマギしてしまう。だがそんな気持ちを表情に出さないように瑞希は、今の彼女に向けるべき優しい笑顔で答えた。
「うんっ! どういたしまして!」
そんな瑞希の笑顔と共に、今日のまふゆと瑞希の自分探しの旅は終了したのだった。
——ちなみに余談ではあるがその後、瑞希は二週間に一度ぐらいの頻度でまふゆにゲームセンターに連れて行って欲しいと言われ、連れていくと必ず瑞希に『欲しいモノがある』と言って、クレーンゲームをやってもらうようになったという。
「……ねぇ、まふゆ、これでボク金額二千円突破したんだけど……絶対これ君が代わった方がいいよね? とっても難しいんだけどコレ……ねぇ、ボクの財布が空になる前に、お願いするから代わって?」
「ううん、瑞希が取って……後で、私がお金を瑞希に払うから、それでいいでしょ?」
「なんでぇ……!? それすっごく非効率的じゃ~ん!」
「いいから、次で獲って。だって……私が獲ったものは、意味ないって分かったから」
「あぁ……成る程、つまりそういう事ね。もぉ……わかったよ! 頑張って獲るから絶対大事にしてよね。あとお金も要らないから、お金貰ったんじゃボクが獲った感が薄れるでしょ? まふゆが今欲しいって思ってるのは多分『ボクが君の為に獲ったもの』だと思うから」
「……! うん。多分……そうだと思う。……やっぱり、瑞希はすごい」
「はい、どういたしまして。じゃあそんなまふゆのご期待に応えますかぁ~! 見ててよ、次で絶対獲るから……!」
そう言って、瑞希はまふゆのために終わりの見えないクレーンゲームの戦いに身を投じるのだった。
頑張れ瑞希、負けるな瑞希。まふゆが“自分”を見つけるその日まで——