神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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短編⑥ 志歩VS生徒会長!?(前編)

 

 

「暖かい春の日差しに包まれ、桜の花が満開となりました。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。在校生を代表し、心よりお祝い申し上げます」

 

 神山高校の入学式にて、壇上に立った藤紫色のポニーテールのたれ目でおっとりとした顔つきの少女は、同姓ですら見惚れる程のスタイルの良い豊満な胸を張りながら、堂々とスピーチ原稿を読み上げていた。

 そんなここ、神山高校の生徒会長である三年生の古雪(ふるゆき)(かなう)という名の女生徒は、非常に多くの生徒に慕われている人物である。

 

「皆さんが入学されたこの神山高校は、まだまだ歴史が新しい学校です。ですがそれは既存の古い伝統に囚われないという意味でもあります。生徒一人一人が自分自身の考えを持って行動し、新しく輝かしい歴史を積み上げていけるような、そんな自由な校風を持った学校です」

 

 成績優秀、容姿端麗(ようしたんれい)、スタイル抜群、人当たりの物腰も優しく魅力的。まさに非の打ち所の無い完璧超人。

 

「また、クラスで一致団結し勝利を目指す、球技大会や体育祭、クラスのみんなで意見を出し合い完成させる文化祭など、皆さんの学校生活を彩ってくれる行事がたくさんあります。このように、この都立神山高校は充実した三年間を過ごせる場所でもあります」

 

 しかし、そんな一見非の打ち所も見当たらない完璧超人にも見える彼女であるが——そんな彼女にも弱点はある。

 

「ですから私は皆さんにこの三年間の学校生活で——わわっ!? 原稿が……!」

 

 それは、このような大事な場で、あろうことかスピーチ原稿を取り落とし、そのまま壇の下までスーッと紙を飛ばし回収不可能にしてしまったように——彼女には、緊張していたり心身にストレスがかかった時に、高い確率でドジをやらかしてしまうようなうっかり屋である事だ。

 去年の二年生の新生徒会長就任挨拶の際も、彼女は大事な最初の挨拶で思いっきりマイクをキィーンとハウリングさせて音響爆弾を放ってしまったり、終業式に壇上に上がる際も高確率で階段につまずいてしまう。

 彼女はそんな、良く言えばドジっ子、悪く言うならミニトラブルメーカーな人間だった。

 

「——ど、どないしよ……何を言えばいいんやったっけ……全部は覚えてへん……やってもうたなぁ……」

 

 そんな今現在も、壇上の上で盛大にやらかしオロオロと慌てている彼女にどうして、この神山高校の生徒会長が務まり、そしてその上多くの生徒に慕われるような所があるのかというと——

 

「——ま、やらかしてもたもんはしゃあないなぁ! 新入生ちゃん達も形式ばったカチコチの挨拶をこれ以上聞くんも飽きたやろ。ほな、こっからはウチの通常営業でいかせてもらうで!」

 

 この追い詰められたこの局面で、頭を切り替えてはんなりとした言葉使いで、前を向きながら胸を張ってそう宣言できる、土壇場の度胸がある所だったりする。

 そんな彼女は敬語からみんなに向かって語り掛けるような、そんな優しい関西弁訛り風な言葉でスピーチを続ける。

 

「これからこの高校生活の三年間、どう過ごすかはみんなの自由や。勉強に必死に励むもよし、部活に全力を出すもよし、またまた遊ぶのにも全力を尽くすもよし、全部みんなの自由や——でもな、“自由”ってことは同時に、その行動を自分の意志で“選択”するってコトでもある。そして“選択”には“責任”が付きまとう……そこをしっかり忘れたらあかん」

 

 そんな、はんなりした親しみやすい関西弁風の言葉使いから放たれるピリリとした言葉。そのギャップに体育館中の新入生の背筋が引き締まった。

 

「……じゃあ、みんなが果たすべき“責任”とはなんやって事やけど……ウチも含めて子供なみんなはまだ親元で生きてる身や。みんながもしやらかしてもた事があったら、大人である親が君らの代わりに社会的な責任を取る。君ら個人はやれることなんてほぼなんもあらへん。ならみんなは、どうやって“責任”を取るかって話やけど——」

 

 そこで会長が勿体ぶるように壇上で言葉を溜めると、生徒全員は彼女の次の言葉に注目してしまう。

 そして充分に注目を惹きつけた後で——彼女はニッと笑って言う。

 

「自分が高校生活でやってきた事を人生の最期まで後悔せん事、だたそれだけや」

 

 それはどういう意味だ——と、生徒が自身の話に食らいついた空気感を逃さず、会長は畳みかけるように、その声に徐々に熱を乗せるように力を込めながら言葉を続ける。

 

「ええか? 高校生活三年間は長いようで短い、ウチは三年になった今でそれを実感しとる。だからみんなには『あんなことしなかったらよかった』『もっとああしとけばよかった』——なんて情けない事を言えんぐらい、自分自身に胸を張れるような高校生活を全力で生きて欲しいんよ! 君らはこれからこの自由な高校で、“青春”を全力で楽しんで生きる。それが君らに課せられた“責任”で——生徒会長のウチがみんなに求める、この学校の生徒としての素質や!」

 

 会長はそんな真っすぐに輝くような言葉を、その場にいる全員を惹きつけ、魅了するような言葉を堂々と壇上で語る。

 

「せやけど……どうしても何をやったらええかわからん。後悔なく生きろなんて急に言われても無理やし自信ない。もしくは、やりたい事はあるけど前に踏み出すのがどうしても怖いし難しい……そんな悩みを沢山抱えた子達も中にはおるやろ。そんな子がもしおるんやったら——!」

 

 そこまで言って会長は制服の胸ポケットに手を伸ばしてそこから扇子をスッと取り出し、それを勢いよく片手でバッと広げ、扇子に描かれた花吹雪の柄を見せつけながら——宣言する。

 

 

「この、都立神山高校第三代目生徒会長——古雪叶の所に()ぃ! 全員まとめてウチが面倒みたるわ! よろしゅうな!」

 

 

 会長が威風堂々とそう宣言した瞬間、新入生の殆どの生徒は割れんばかりの拍手を彼女に送った。

 そんな新入生達をクスリと微笑んで見た後「以上をもちまして、私からの祝辞とさせていただきます」と粛々と述べ、彼女は入学式の壇上から降りたのだった。

 時間にして僅か約5分。それが彼女が入学式で、新入生の殆どの心をしっかりと掴むのにかかった時間。

 これが、古雪叶という少女。

 神山高校生徒会執行部の現会長職を担う、多くの生徒を惹きつけるカリスマ性を持つ少女である。

 

 だがしかし、そんな皆に愛される生徒会長の事が気に入らない——と言うより最早、敵視していると表現しても良い女子生徒が一人、今ここにいた。

 

「あの人また司先輩にベタベタ引っ付いてる……! 何やってんですか? 生徒会長なんですよねあなた、生徒の模範となるべき人でしょ? なんであなたが率先して風紀を乱してるの……!?」

 

 その女子の名前は、日野森志歩。

 彼女は放課後の廊下の柱の影にて遠目から、司に対してニコニコ笑顔で何やら話しかけて、その肩に許せじも馴れ馴れしく手を置く叶を睨みつけていた。

 まさにその眼光は、自分の(つがい)に手を出す外敵に喉を鳴らし威嚇する狼が如し。

 そんな友人の姿に、今日は一緒に帰ろうと提案し行動を共にしていた杏と瑞希は苦笑を漏らしてしまう。

 

「あちゃ~、今日も会長はお気に入りの天馬先輩に絡んでるねぇ……」

「うわぁ……“あの”生徒会長に凄く気に入られてる生徒がいるって噂は聞いた事あったけど、まさかそれが司先輩だったとはねぇ……ボク信じられないなぁ。まぁ、でも大丈夫だよ志歩! あんな凄い人が司先輩に夢中な訳ないって、きっと先輩をからかって遊んでるだけだよ」

「そうそう、天馬先輩はちょっと変わった人だからさ、それで会長も面白がってるだけだって。志歩も気にし過ぎだよ」

 

 そんな風にお気楽そうに言う二人に、志歩は振り返らないままで一喝する。

 

「瑞希も杏もわかってないっ……! 司先輩はすごい人タラシだから。どんな人も落としてても不思議じゃないの! それは今二人の前に居るこの私が生き証人だから……! それに、大体あの人どこまで冗談なんだか分かったもんじゃ——あっ!? また触ったっ! どうして女性が男性にそうやってベタベタと……はしたなさ過ぎないですか……!? もっと行動に慎みを持ってですねっ……!」

 

 そんな風に目の前の二人を食い入るように見続ける志歩の姿に、瑞希と杏も再度呆れてしまう。

 

「はぁ……全然聞いてくれないや、杏、どうしよこの子」

「瑞希、あきらめよ? 志歩は天馬先輩の事になるといつも周り見えなくなるから……」

「まぁそうだよねぇ。それにしても……司先輩、どうして志歩にここまで好きって思ってもらってるのに、他の人にああやって手を出せるのかなぁ……? ボク、アニメや漫画やゲームでしか見た事ないんだけど、ああいう『女タラシ』って感じの人、本当にいるんだね。ちょっと信じられないよ……志歩一人で満足したらいいのに——羨ましい」

 

 そう言って最後にぼそっと羨む言葉を吐きながら訝し気な目で司を見る瑞希に、今度はその隣の杏が瑞希にジトっとした視線を送る。

 

「へぇー、瑞希は女タラシ野郎が許せないんだねぇ……へぇ~~……」

「……え? 何? どうしたの杏? ボクが何か変な事言った?」

「ふーん、べっつに~、なんでもなーい」

「えぇ……急に不機嫌になるじゃん杏……どうしたの~? 何かしちゃったんだったらボク謝るからさ……」

「……また今度の休みの日に32(サーティーツー)のラムレーズンアイス奢って、一緒にショッピングしてくれたら許す」

「うっ……はぁい……」

 

 原因も分からず不機嫌にしている女子には、とにかく言い返さず要求を全て飲んで服従するのが吉。

 それをサークルメンバーの『えななん』から実践的な形で学び続けている彼は、渋々そう言って頷いたのだった。

 そんな中、志歩はついに動く。

 

「……とにかく、ちょっとここじゃ話してる事聞こえないから行ってくる……! ついでに後文句も言ってくる……!」

「——あっ、ちょっと志歩!?」

 

 杏が止める間もなく、ズンズンと足音を鳴らしながら志歩は突撃を敢行。そんな志歩の耳に、ついに二人の会話が徐々に聞こえてくる。

 それは、志歩も自分の耳を疑うような会話内容だった。

 

 

「何度———ようとオレは————な事はしないと言って——だろ会長……!」

「ねぇ……ええやろ天馬くん? ウチの————中に入ってぇな。————たら、絶対気持ちエエで……? ウチと一緒に気持ちエエ事しよ?」

「だからオレはやらないと言って——!」

 

 

「この神聖な学び舎で、一体どんな会話やってるんですかぁぁーーーー!!!」

 

 

 忠犬シホ、たまらず咆哮。

 そんな志歩に、司と叶の二人はキョトンとした顔を返す。

 

「……志歩? 急に怒ってどうしたんだ?」

「あら、だれかと思たら天馬くんが飼っとる狛犬ちゃんやん。わぁ……久しぶりやわぁ、入学式の日以来やろか。元気しとった~?」

「うるさいですこのハレンチ生徒会長! 私の司先輩を一体ナニに誘おうとしてるんですかッ! 時と場所を考えてください! ——いえ、例え時と場所を考えたとしても許しません! ハレンチですっ!!」

「え? 何に誘うって言われても……」

 

 志歩は脳みそがピンク色の女の言い訳なんて聞きたくないとばかりに首を振り、司に向かって涙目で言う。

 

「貴女はもういいです何も喋らないでください! それにしても司先輩、どうしてあんな話ならすぐに振り切って逃げてくれなかったんですか……? も……もしかして、なんだかんだ乗り気だったんですか……!? 私……今まで怖くて聞けませんでしたけど……もしかして先輩は……実はこういうスタイルの良い女の人が好みなんですか? で、でしたら……私、司先輩の為なら私っ、豆腐は嫌いですけど頑張って豆乳を毎日飲みます! ですから、お願いしますから私の未来の可能性を信じて待っててください……!」

「いや、お前待て、落ちつけ志歩……恐らくだがお前は勘違いをしている……!」

「……え? 勘違い……? ですか?」

 

 司の言葉でようやく頭が冷えたのか、静かになって首を傾げる志歩。

 そんな志歩にため息を吐きながら司は呟く。

 

「やぱりか……そうだと思った。おいどうしてくれるんだ会長、お前のさっきの言い回しがちょくちょく誤解を生む言い方だった所為で、志歩がパニックになってしまったではないか。お前のお得意のドジがまた出ているぞ……?」

「——え? うそん。全然わからへんけど、ウチまたやってもうたん?」

「いいから、今度は誤解のないようにもう一度言ってくれ」

 

 ため息交じりの司に、叶は首を傾げながらも言う。

 

「——? まぁええで……じゃあ改めてウチから天馬くんに頼みがあるんやけど、ウチの軽音部に入部して、ウチが結成してるバンドの中に入ってぇな。天馬君のその大きな声で歌ったら、絶対気持ちエエで……? ウチと一緒に気持ちエエことしよ?」

 

 志歩が盛大に勘違いした話の内容の種明かしをされ、志歩はまるで沸騰したように顔を羞恥で朱に染める。

 

「~~っ! そ、そういう事……って、なんでそんな紛らわしい言い方をしてるんですか!? 私っ……てっきりヘンな話だと思ったじゃないですかっ! そもそも私、貴女が軽音部に入るような人だと思いもしませんでしたからっ……!」

「ヘンな話? あぁ……成る程! 今分かったわ。狛犬ちゃん、なんやぁ……えっちな事やと思うとったん? いや~、気づくん早いの凄いわぁ、狛犬ちゃんはえらい耳年増や~ん。ウチ恥ずかしいわぁ……」

「アンタ……さっきから私に喧嘩売ってるんですか……!?」

「おい志歩!? 頼む落ちつけ……! 会長はこういう人だ、この人の会話のペースに飲まれたらキリがないぞ!」

「——ま、まぁまぁまぁ! 志歩! 落ち付こ!? 喧嘩は良くないから!」

「——ちょ、ちょっと! ボクも流石にやりすぎは良くないと思うよ……!?」

 

 目を吊り上げながら怒りの表情で叶に向かって一歩進み出た志歩に対し、司は当然、後ろで見ていた杏も瑞希も慌てて飛び出し、三人がかりで志歩の行動を制した。

 しかし志歩は、例え自爆だとしてもあまりに恥をかかされた事が許せなかったのか、まだ赤みが引かない顔のままで必死に言う。

 

「止めないでください……! 今度という今度こそは許せないんですっ……! 何時までもそうやって私をオモチャにして遊んで……! そんなに私が憎いですか!?」

「志歩……! ダメだって、見ててボク何となく分かっちゃったけどこの人、素で天然タイプの人だよ! 志歩に喧嘩を売ってるつもりなんて一切無さそうだからこの人!」

「そうそう! 志歩、とにかく冷静になって落ち着こう!? キリないよ絶対に!」

「そうだぞ……! 頼む、オレの顔を立てると思ってだな……!」

 

 そうやっていると、そんな騒ぎは徐々に廊下を通りがかった他の生徒の視線を集め始めてしまい、自分達が悪目立ちをしている事に気づいた叶はぺちんと自分の額を叩いて言う。

 

「あちゃー、こらあかんなぁ。天馬くんも狛犬ちゃんも、そして白石さんと初見ちゃんの子も、今日はこの後時間あるやろか? よかったら、ちょっとウチの軽音部の部室まで来てほしいんやけど」

「「「「——え?」」」」

「まぁ、ええやんええやん、こんな所で続ける話でもないし、それに狛犬ちゃん怒らせてもうたんもウチが悪いみたいなところあるし、ちょっとお詫びさせてぇな。それに何より……こんな場所よりよっぽど落ち着いて話せるで?」

「えっと……ボク達は別に今日は何も予定はないですけど……でも……」

「じゃあ丁度ええやん、よーしほな行こか! 甘―い飴さんも置いとるで? 好きなだけ食べてくれてええし。ほらほら、視聴覚室はあっちやで~」

「あっ、えっ、ちょっと……」

「お、おいっ? 会長……? お前はまた強引だな……!」

 

 そう言って、グイグイと背中を押される形で叶に視聴覚室に押し込められる一行。

 そして四人を押し込んだ叶は、後ろ手に扉をバタンと閉じた後で『計画通り』とばかりにニヤリと微笑む。

 

「ふふっ……我が軽音部の見学会にいらっしゃーい! ウチは四人を歓迎するで?」

「「「——えっ?」」」

 

 一方的な話の流れに司以外の三人は思わず、志歩ですら怒りを一瞬忘れて呆気にとられた表情でそう言葉を漏らした。

 ただ一人、その言葉で叶の全ての魂胆を理解した司は、呆れたように言う。

 

「……はぁ、成程な。おかしいと思ったら最初から、この流れに持っていく事が狙いだったか会長……何処までが計算だ? わざわざ志歩の教室が見える廊下でオレを呼び止めた所からか? それとも、しつこくオレを勧誘し始めた所からか?」

「えぇ……天馬くん、ウチをそない悪女みたいに言わんといてぇな。天馬くんをうちの部に誘っとったんは本当に純粋な気持ちなんよ? ——でもついでに、ウチと天馬くんが話しとる所見せたら、もしかしたら可愛くて忠誠心の高い狛犬ちゃんも捕まえられるかもなぁって期待はしとったけど」

「——ッ、貴女という人はッ……! 何を私をそんな単純な人間だと思って——」

 

 プルプルと握りこぶしを震わせる程に怒りで震える志歩に、叶はそんな志歩ですら恐れる様子など一切見せずニッコリと微笑んだ。

 

「でも、ウチの計算通り来てくれたやろ? 本当に素直で可愛い子やわぁ……ウチ、狛犬ちゃんみたいな素直で真っすぐな子は大好きやでぇ?」

「………………もう限界です。歯を、食いしばってもらって良いですか?」

「ああっ……!? 志歩っ、志歩ぉ!? ステイ! ステイだよ志歩! 流石にさぁ、その振り上げた平手は降ろして!? ボク、そうやって自分から手を出すのは良くないって思うなぁ!?」

「瑞希……どいて、その女叩けない」

「ちょっとちょっと!? 目がマジだよこの子ぉ!? 落ち着いて、司先輩が目の前に居るんだよ? そういう事したら嫌われるよ!?」

「そうだよ志歩! 落ち着いて!?」

「いっ……命拾いしましたね……? ですけど、次はないですよ……?」

 

 完全にブチギレた志歩だったが、瑞希と杏の必死の静止を受けてこの場は司が居る事を心に言い聞かせ、肩で息をしながらなんとか怒りを堪える志歩。

 そんな後輩をからかう叶に司は、何度目か分からないため息を吐く。

 

「はぁ……志歩、すまない。オレの所為でお前にまで迷惑をかけてしまったようだ」

「あ……いえ、司先輩が謝る事ではありません。全てはこの人が——」

 

 相変わらず怒り心頭の志歩に、そこで叶は本当に申し訳なさそうに眉を下げながら両手を合わせる。

 

「でも……ほんまごめんなぁ。ウチ……どうしても一人でも多くの人にウチの軽音部を見に来てほしかってん。ほんまに気分悪くさせてもたんやったら謝るわ……もうせぇへんから許してぇな?」

「——っ、いや、だから何ですかその、こっちが力が抜けるみたいなその言葉使いは! あなた本当に色々な所でズルくないですか……!?」

 

 この叶という人物が一言発するごとに怒る気力をごっそりと持っていかれる感覚を覚えてしまい、志歩はこれこそが、色々やらかす癖に何故か敵を作らないこの叶という人物が持つ独特な雰囲気だと、実感を持って悟ってしまった。

 そんなすっかり大人しくなってしまった志歩を見て、瑞希は感心したように声を上げる。

 

「へぇ……あそこまで怒った志歩がもう黙っちゃったよ、ボクこんな志歩は初めて見たかも。流石生徒会長だねぇ……」

「そういえば、そっちの子は初めましてやねぇ。知ってくれとるみたいやけど一応自己紹介するなぁ。ウチは三年の古雪叶、至らん所も多いけどみんなに助けて貰いながらなんとかやれとるポンコツ生徒会長や、よろしゅうな」

「——え? ……あははっ! ポンコツって先輩それ自分で言っちゃうんですか?」

 

 少し変わった叶の自己紹介に噴き出してしまう瑞希。そんな瑞希に彼女は何故かフンスと鼻を鳴らし、胸を張りながら言う。

 

「勿論やで? ウチほど自分を客観視出来てる人はおらんわ。もう迷惑かけてない回数を数える方が難しいぐらいや」

「いや……自覚出来てるんだったら直しましょうよ。私見てましたけど、この前の風紀委員会の会議でも、みんなに配る資料のプリント全部床にぶちまけましたよね……?」

「あの……何で貴女みたいな人が生徒会長やってるんですか? この学校って生徒会長の解任請求制度ってあります? 全力で私解任を申し込みたいんですけど」

 

 ジト目で叶を見つめる杏と志歩に、彼女は詫びるどころか逆に自慢するようにニヤリと笑って言う。

 

「白石ちゃん、狛犬ちゃん……ドジっ子マスターのウチからええ事教えたるわ、ドジは無くそう思ってなくせるもんとちゃう。なら、何が起きてもミスを最小限にリカバリーできる能力を磨いた方がええ——せやろ?」

「「えぇ……?」」

「……プッ、あははははっ! いやぁ、杏、志歩、ここまで居直る事が出来るんだったらもう大物だよこの人ぉ……! フフフフッ……お腹痛い……面白すぎるこの先輩……! あ、ごめんなさい、ひひっ……ぼ、ボク、志歩の友達やってます暁山瑞希って言います。宜しくお願いしまーす……フフッ……!」

 

 こみ上げる笑いを堪えながら、なんとか自己紹介をする瑞希。

 そんな和やかなムードが広がる中、司は話を戻すように叶に言う。

 

「ところで、このような大がかりな事をしてまで、オレ達を軽音部にまで連れて来た理由はなんだ? ——まぁ、目的は大方見えているがな」

「おっ、流石天馬くんやん! ウチの事よう分かってくれとる……これはもう運命とちゃうやろか? なぁ、卒業したら是非ウチの所にオムコに来てくれへん? ウチの家族総出で歓迎するえ?」

「あの……!? 寝言は寝てから言って貰っていいですか……!? だれが司先輩が貴女みたいな人と……!」

「はぁ……志歩、お前がオレの身を案じて庇ってくれるのは嬉しいが、だがこの人の言葉は本気にするなと言ってるだろ? オレも勿論本気になどしていない、いつもの事だ」

「えぇ……乙女の一世一代の告白が袖にされてもうたぁ……シクシク……ウチ悲しいわぁ……」

「ええっと……会長がどこまで本気で言ってるのか分からないので、慰めようにも私も何とも言えないといいますか……それより、本当にどういう理由ですか? そろそろ教えてもらっても良いと思うんですけど」

「ま……それもせやねぇ白石ちゃん。じゃあ……ちょっとこの場でみんなにウチから提案っていうか、一つお願いがあるんやけどぉ……」

 

 叶はそう言った後、急にパチンと両手を合わせて頭をペコリと下げた。

 

「お願いや! 誰でも良いからウチの軽音部を救ってくれへん? 再来月まで最低でも一人は部員が入ってくれへんと、ウチの軽音部が廃部になってまうねん!」

「「「——えっ? 廃部?」」」

「はぁ……やはりその話か……」

 

 思いもよらぬ言葉に声を揃えて呆気にとられる三人に、司はただ一人納得してため息を吐いた。

 杏は叶以外だれも居ない視聴覚室をざっと見渡した後、疑問を持ったように言う。

 

「ええっと……そう言われてしまうと、確かに部室って言うにはこの部屋誰も居ないように見えますね。この学校の軽音部ってそんなに人気無いんですか? 結構人がいるイメージだったんですけど……」

「そうそう、ボクも漫画やアニメとかでも結構バンドが題材な話見てるよ? ちょっとボクも軽音部が不人気とかそんなイメージ全然ないなぁ……」

 

 そんな杏と瑞希に、叶はため息を吐き出した。

 

「はぁ……それがな、全然人が入ってくれへんねん。なまじこの学校が吹奏楽部が結構いい成績出しとるというのもあってなぁ、漠然と音楽やりたいって思ってる子は全員そっちに流れ気味やねん……」

「え……そうなんですか?」

「そうそう、それにイチからベースとかギターとか始めようって子も、あんまり最近はおらんみたいでな。だから現在この部活はウチを合わせて、三年生が三人と二年生が一人の四人のみや。つまり……来年には自動的に今の二年の子一人とかいう素敵な状況やで! どや、ウチの部活は終わっとるやろ? 哀れみとか出ぇへんか?」

 

 そう言ってあっけらかんと胸を張る叶に、おずおずと申し訳なさそうに杏が口を挟む。

 

「あ、あの~……確か私の記憶違いじゃなかったら、この高校って部として認められるのは最低五人以上じゃないと無理だったと思うんですけど……だからこの部ってもう、実質的には“部”じゃない気が……」

 

 そんなそんな正論に、叶はさらに大きく胸を張りながら言う。

 

「白石ちゃん、ウチを誰やと思うとるん? 例えポンコツでも天下御免の生徒会長サマやで? 一人程度の人数不足なんて、2学期が始まるまでの数カ月程度の期間やったら誤魔化せるんよ……!」

「うわぁ、職権乱用だぁ……! ボクそういう無茶な事する生徒会長ってアニメやゲームの中にしか居ないって思ってた……! ちょっと感動……!」

「……という訳で、どやろか? こんな哀れな軽音部の現状を知って、救ったろうって思って気楽に入ってくれる子おらへん? どうかこの通りや……! 頼むわぁ……!」

 

 そんな悲壮な事情を背負った叶の必死の懇願であったが、志歩は真っ先に首を横に振った。

 

「嫌です、私には部活動をしてる暇ないんで。そもそも……どうして私が貴女を助けないといけないんですか……?」

「う~ん。ボクもちょっとバイトとか作業とか色々あるんで……悪いですけど断ります」

「すいません、私もちょっと家の仕事手伝ったり、後それ以外に歌の個人練習もしたいんで……ちょっと難しいですね」

「はぁ、やっぱりかぁ……まぁ軽音部に興味もないのに、少人数でやっとる弱小部にわざわざ入るのはハードル高いもんなぁ……」

 

 志歩に続いて申し訳なさそうに誘いを断る杏と瑞希に、叶はガックリと肩を落とす。

 そんな叶に志歩は暫く黙った後、中学時代に軽音部の人間には一度苦い思いをさせられた所為か、訝しげな目で彼女を見据えてしまいながら言う。

 

「……それに、私はあなたが真面目に軽音部で活動している事自体を疑ってます。貴女の事ですから……どうせ面白半分の思いつき程度の気軽な気持ちで、軽音部を無理して残してるだけじゃないんですか? バンド活動やろうって思いつくのは個人の自由ですけど……悪いですが私は、思い出づくり程度のお遊びで音楽やりたいって言いだす人間は……正直言って大嫌いなので。こんな部活……別に潰れるなら潰れて良いんじゃないんですか? 私達や司さんを……貴女の悪ふざけに巻き込まないでください」

「ちょっ……!? 志歩……? どうしちゃったの?」

「……なんだか、いつもよりイライラしてる感じだね……大丈夫?」

 

 そんないつも以上に攻撃的な志歩の言葉に思わず困惑してしまう瑞希と杏だったが、彼女の事情を全て知っている司は同情的な視線を志歩に向けた。

 

「志歩……お前が軽音部に良い印象を抱いていない気持ちはわかる。だが……お前の知ってる者達と会長は違う。一緒にするのはよくないとオレは思うぞ?」

「……っ、そんなの、言われなくても分かってますよ。……すいません……古雪さん。私、昔ちょっと色々あったので……言い過ぎてしまいました」

 

 司の言葉で冷静になったのか、シュンと反省したように先ほどの暴言を謝る志歩。

 そんな彼女に納得したように叶は、神妙な面持ちで頷いた。

 

「……成る程、なんやようわからんけど、狛犬ちゃんにも何か事情があるみたいやね。『遊びでやってる音楽』……か、確かにそう言われてもたらそうかもしれんな。ウチは将来音楽で食べていくつもりなんて無いし、そんな志もハナからあらへん……だから遊びって言われてしもたらそこまでや」

 

 しかし、そこまで言った後で叶は目を大きく見開きそのエメラルド色の瞳に輝きを灯しながら志歩達を見据え、明るく声を張り上げる。

 

「——でも! 例え遊びでもウチは手を抜くつもりは全くあらへんで! だって——ウチが“今”みんなで音楽やりたいって、そう思うてるこの気持ちだけは、誰にも負けるつもりはあらへんからや!」

「……え?」

「さっきの言い草……狛犬ちゃんは学校の外で何しとんのか知らへんけど、高校の部活動のお遊びバンドも——ナメとったらあかんえ? ちょっとそこで待っときや……茉莉(まり)っち! 隠れとるんやろ? 悪いけど手ぇ貸してぇな! この新入生ちゃん達に目にモノ見せたろ!」

 

 そんな叶の呼び声に遠くの座席の影で隠れていた様子の人影が小さく跳ね、やがてビクビク震えながら赤くボサボサとした長い髪が目元も完全に隠してしまったメカクレ少女が立ちあがり、叶に抗議するように言う。

 

「かっ……カナちゃん! や、約束がちがうってぇぇぇ……! きょっ、今日くる予定の見学の子はっ、カナちゃんが全部相手してくれるって言ったのにぃぃ~~!」

「——おわっ!? ほ、本当にもう一人居たぁ!? ボク、完全にここもう誰も居ないって思ってたのに……!」

「……うそっ! 完全に誰も居ないって思ってたのに……! 隠れるの上手っ……」

 

 そう言って、突然現れた少女に驚愕の声を上げる瑞希と杏。

 そんな少女に司はハァとため息を吐く。

 

「……お前、実は居たのか西木野(にしきの)。居たなら早めに出て会話の収拾に務めて貰いたかったのだがな……」

「あっ……あぅあぅあぅ……わ、わわわわっ、わたしには、むっ、無理だよぉ天馬くん……わたしが、そっ、そういうの無理って、知ってるでしょぉ……?」

「……えっ? 司先輩、あの人知ってるんですか?」

「あぁ……アイツはな、オレと同じクラスの西木野(にしきの)茉莉(まり)という者だ」

「司先輩のクラスメイト……」

「それで同じ生徒会で、庶務を担当してる。まぁ……一応、形式上だとオレの上司にあたる人間という事でもあるな」

「……! 司先輩と、同じクラスで、同じ生徒会メンバー……っ!?」

「ピィッ……!? やっ、やややめてくださぁい……! 食べないでくださぁい……!」

 

 そう聞いた瞬間、ギンッと狼を彷彿とさせる眼光でメカクレ少女を睨む志歩。

 そんな視線から逃げるように茉莉は、後ろを向き頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

 そんな茉莉の元へニコニコした笑みで叶は向かう。

 

「悪いなぁ茉莉っち、でもアンタ部長やろ? ちょっとはカッコええ先輩ってトコみせたらな、部員はゲットできひんよ?」

「うっ……うううっ……どうしても、やらなきゃダメ?」

「大丈夫やって、アンタ小っちゃい頃からやれば出来る子やったやん。こんな大勢見に来てくれとるんやで? 運命は今ウチらに味方しとるんや。ウチのお母さんの言葉を借りるなら——“スピリチュアル”ってやつやで? せやから頑張ろ?」

「え!? その子が部長なの!? ボク全然そうは見えない……」

「——せやで暁山君(・・・)、ま、気になるとこも多いやろけど、まずはウチとこの子で即興演奏(セッション)やるから、どうしても聞きたかったら後にしてぇな」

 

 その言葉を聞いて、瑞希は一瞬固まった。

 

「……え? 今、会長……ボクの事を、“君”って——」

「あ~……あちゃぁ……口滑ってもうた……相変わらずアカンなぁウチ……まぁそれは、ウチも伊達に生徒会長やっとらんってだけの話や、気にせんとって。とにかく……茉莉っち、やれる?」

「……う、うん。わたしっ……や、やるよ、カナちゃん……!」

 

 茉莉はそこでようやく決意を固めたように頷き、唇を引き結びながらポケットから髪留めを取り出し、視界を遮る前髪を全てサイドにかき分けて留めた。

 そして現れたその丸くて大きな瞳は、どこまでも澄んだアメジスト色だった。

 そんなやる気に満ちた茉莉の姿に、満足したように叶は頷いて言う。

 

「よっしゃぁ! ほなやるでぇ!」

「う、うんっ……!」

 

 そう言い、まず茉莉はキーボードの前に駆け足で向かって行って立ち、その場でゆっくり深呼吸する。

 そして同じく叶は駆け足で視聴覚室に設置されたアンプの元に向かい、元々置いてあった紫色に輝くボディをしたエレキベースをアンプに接続してそのまま肩にかけ、そしてポケットからピック——ではなく、三味線を弾く時によく用いられる(ばち)を取り出した。

 そんな叶の姿に志歩は思わず驚いて目を剥く。

 

「……も、もしかして……貴女もベーシストなんですか……!?」

「あれって、たしか三味線引く時に使うやつじゃ……? どうしてベースで……?」

「……さっきはちょっとビックリしちゃったけど、そりゃ生徒会長だったらボクの噂は流石に知ってるよねぇ……ま、さておき、ちょっとボクもわくわくしてきた……! 古雪会長~! ボク面白いの期待してまーす!」

 

 そんな言葉を受けながら軽く弦の音を調律している叶を見つめ、司は隣に立つ志歩に対して言う。

 

「志歩……お前は確かにベースのプロになるという夢に向かって、ひたむきに努力を重ねている素晴らしい人間だ」

「え……? 司先輩?」

「だがしかし、時には己の未来を賭けた責任や重圧に囚われない、そんな心から音楽を純粋に楽しんでいる者だけが——今この瞬間だけに全てを賭けた人間だけが奏でられる“音”がある。それを、会長から教えてもらうといい。それ程に……会長の演奏は素晴らしいぞ?」

「そんな、そこまで司先輩が——」

 

 と、志歩が何かを言いかけた所でその言葉は、僅かな時間でベースのチューニングを終えた叶の、後ろに居るキーボードの茉莉に対してかける声で中断される。

 

「——ウチは行けるで? そっちは?」

「……うん、いつでもいいよ、カナちゃん」

「おっけぇや……」

 

 叶は、ニヤリと笑い志歩達を見て言う。

 

 

「ほなウチの演奏の清聴、あんじょうよろしく頼んますわ——()(みだ)れぇ

 

♪——♪——♪! ♪♪♪!

 

 

 志歩はその瞬間、叶が纏う空気感全てがガラッと変わったのを感じる間もなく——叶はベースの弦を撥で素早く連続で叩きつけ、弦の重い音の波で一瞬で視聴覚室を満たした。

 

「——っ!?」

 

 その彼女の独特な演奏方法に、完全に叶の事を侮っていた志歩は思わず目を見張る。

 彼女は三味線の撥をベースの弦に叩きつけ音を鳴らし、本来親指で行うサムピング奏法を完全に撥でこなしていたのだ。これによりもたらされる効果は、単純にパフォーマンスとしての見た目のインパクトだけではない。

 志歩は圧倒的に、自分の奏でるベースの音と叶の音が別モノである事を悟った。

 

(これは……音のキレが、私のベースの音と全っ然違う……! もしかして、指の代わりに撥を使ってるから? そうか、人の親指より撥の方が遥かに材質としての硬質は上——だから、こんなにもこの人の音は固くてキレのある音がベースで出せるんだ……! でも真似しようにも、あんなやりずらい道具でベース演奏なんて普通出来るわけない……この人、どれだけ練習してこの奏法を身に着けたの……!?)

 

 そんな叶のベースの演奏に追従するように、先ほどまでオドオドしていた茉莉という少女は今は打って変わって、真剣な表情でキーボードに指を叩きつける。

 その必死な演奏はまるで、言葉に出せない全ての感情を旋律に託しているかのようだった。

 

(この人も……圧倒的なベースの音に競り負けてない。それどころか、凄く胸に訴えかけてくる何かがある……さっきまであんなに大人しい人だったのに、今は別人みたい——もしかして、ピアノやってた? それぐらい指捌きが完璧で綺麗……)

 

 そんな二人の実力の高さを内心で悟った後で志歩は、しかし今こうして、二人の演奏の中で最も惹きつけられてしまう叶という人物のベースの演奏には、もう一つ違う何かがあると察して分析を継続する。

 

(この演奏、ベースなのにパワフルでエネルギッシュで、常にキーボードの音色を引っ張ってる。こんな演奏……聞いてるとまるで……春一番の風で勢いよく舞い散ってる花びらのような印象がする……咲き誇った後は全て枯れて、ここで全部出しきって終わっても良いみたいな……そんな古雪先輩の一瞬に賭けた覚悟が、演奏から伝わってくる……! しかも、それ程に全てを賭けた熱い演奏なのに、リズムのさっきから寸分狂わず一定……っ、すごい……! まさか、高校の部活動でこんな高いレベルの実力を持ったベーシストが居たなんて……!)

 

 

♪——♪——♪! ♪♪♪!

 

 

 そう悟った瞬間に志歩は、ベースをかき鳴らす叶の背後から大量の桜の花吹雪が吹きつけてくるのを幻視した。

 そんな花吹雪のような音の波は、視聴覚室を縦横無尽に舞い散り、吹きすさび、一斉に志歩の周囲を覆い、彼女は呼吸すら忘れてしまう。

 そんな桜の花吹雪はやがて、志歩達全員の表情を見て満足した様子の叶が、ゆっくりと腕を下げると同時に止んだ。

 叶は再びニヤリと笑って言う。

 

「——ふぅ、どや? ちょいと季節外れやけど……ええ花見は出来たやろか?」

 

 そんな言葉に、志歩と同じく暫く呼吸を忘れていた様子の杏と瑞希は、今気づいたように大きく息を吸った。

 

「——っ、ぷはぁ!? すごっ……私、息忘れてたんだけど……何今の桜吹雪……まさか私が、お父さん達みたいな人の歌以外で、あんな幻覚見せられるなんて……この人、どれだけスゴイの!?」

「——はっ!? はぁ、はぁ、はぁ……ウソ、ボク本気で聞き入っちゃってた……ボク、Kの曲以外で違う景色見えるの初めてだよ? そりゃ面白いの期待してたけど、期待以上過ぎるってコレ……!」

「やはりオレも……何度聞いてもこれには、流石だとしか言う他無いな」

 

 そんな呆気に取られた様子で叶の演奏の感想を口々に呟く三人に、志歩はただ一人、憮然とした顔で叶を暫く見据えたが、やがて改めて頭を下げた。それは今度こそ、本心からの謝罪だった。

 

「……少し悔しいですけど、先ほどの私の発言は撤回させてください。本当に……すみませんでした。古雪先輩……貴女は遊びに本気で全力(・・・・・・・・)なんですね?」

「狛犬ちゃん……ふふっ、勿論ええで? でも……狛犬ちゃんみたいに外でやっとる人達に比べたら、流石に聞き劣りする演奏やったかもしれんけどなぁ?」

「……まぁ、流石に私が外でバンドやってるのはバレますよね。はい、そうですよ。ポジションは同じくベースです。ですけど……同じベーシスト目線からでも、古雪先輩のベース演奏は凄いと思いました。いつからベースやってるんですか?」

「おお! 狛犬ちゃんもベース弾きなん? 奇遇やわぁ~。えっと、ベース歴やね? 高校一年から軽音部には一応所属しとったけど、ベースを本気で始めたのは二年からやから、今年で多分一年になるやろか? それぐらいやで」

「……一年。そうですか、たったの……」

「ん? どしたん? そない暗い顔して」

「……いえ、なんでもありません……素晴らしい演奏だったと思います」

 

 そう言いつつ志歩は、やはり音楽界は才能の世界だな——と、その無常感を噛み締めた。

 そうしていると、髪留めを外して再びメカクレ状態になってしまった茉莉がおずおずとやってくる。

 

「あの……カナちゃん、演奏終わったし、わたし……もう帰ってもいい? わたしとっても頑張ったし……」

「アカンアカン、この部の長が簡単に自分の城を明け渡したらアカンでぇ? ちゃんと最後までおり」

「え、ええっ……!? だ、駄目だって……それにだって、わたしの演奏、結局全部カナちゃんにおんぶにだっこだったしぃ……褒めて貰えるわけないよぉ……」

「いえ、私は西木野先輩のキーボードも良かったと思いますよ? ね、志歩?」

「うん……私も良かったと思いますよ、西木野先輩」

「ボクもすごく上手だったって思います!」

「あ……え……? ああぅ……あ、ああっ……ありがと……」

「全く……ピアノ経験者のオレですら聞きいる素晴らしい演奏が出来るというのに、どうしてお前はそうも自信なさげに居られるんだ。それがオレには理解できんな……」

 

 そんなため息を吐く司を、目が髪で隠れてどんな表情か分からない顔でしばらくジッと見つめた後、やがて茉莉はポツリと小さな声で言う。

 

「……『ピアノ界の若き至宝』だった貴方に言われても……嫌味にしか聞こえないよ……ま、いいか。どうせ貴方みたいな人は……わたしなんて二流ピアニストは視界にも入ってなかったんだろうしね……最初会った時も、わたしの事なんて全然覚えてないみたいだったし……ムカつく」

「……む? 西木野、今何か言ったか?」

「……別に、なにも……もう……何もかもどうでもいい話だから」

 

 そう言って、茉莉は司の会話の追求を避けた。まるで、これ以上この件を語るのを拒むかのように。そんな、若干悪くなりかけた空気を吹き飛ばすように叶は、再度確認するように三人に対して言う。

 

「じゃ、これでみんなにもこの部の魅力は伝わったと思うし、もう一度聞くけどウチら部活に三人は入ってくれる気は——」

 

 そんな叶に対し、志歩たちはバツの悪そうな表情で言葉を返す。

 

「……それでも私は、もう部活でバンド活動は絶対やらないって決めてるんで……申し訳ありません」

「会長の演奏は本当に良かったですけど……私もあんまり楽器に興味はないので、すいません」

「良かったけど……ボクも以下同文です! ごめんなさい!」

「えぇ~~! 結局変わらんやぁん……! せっかくウチ頑張ったのにぃ……」

「ううっ……わたしも残念だけど……でも、む、無理には言えないよね……」

 

 叶と茉莉はそう言って落胆の声を上げる。

 しかし叶は、それでも諦めず司の方に顔を向けた。

 

「なら……天馬くんはどや!? ずっとウチお願いしとるし……! ここは最後の頼みとしてひとつ……!」

 

 そんな最後の望みを託すような叶の瞳に、司は呆れ顔を一つ返した。

 

「だから……何度も言っている。会長の想いもわかるし申し訳ないと思ってるが、オレにはオレでやるべきことがある。生徒会で行事ごとに時折手伝いをする事は構わないと了承したが……これ以上やる事を増やすのは流石に難しい……悪いな、会長」

「えぇ……そんなぁ……」

 

 最後の望みも断たれ、あからさまにシュンとする叶。

 志歩も申し訳ないとは思ったが、司はそんな返事をすると思っていた。スターとして活動を本格的に始める司に、これ以上やる事を増やせるはずもない。

 だがしかし、叶はそこでポツリと、司を見て切なそうな表情になって、消え入るような弱々しい声で呟く。

 

「天馬くん……ウチに言うてくれたやん。困ったら迷惑かけるかもって悩んでないで、思いきってみんなを頼れって……そしたらみんな力を貸してくれるって……言ってくれたやん。その言葉があるからウチの今はある……天馬くん……ウチは今、『やりたい』って……そう言うとるよ?」

「——っ!」

「お願いや! 本当にウチにはもう天馬くんしかおらへんねん……! どうしても無理なら名前だけでもええ、負担は出来る限り殆どかけへんようにするから、お願いや天馬くん……!」

「…………」

 

 叶の必死の粘り強い懇願に、司は頭に手をやりながら必死で考える表情を見せた。

 そして、暫く黙って悩んだ後で——頷く。

 

「……わ、わかった。名前だけでも……良いんだな……?」

「——っ!? ほ、ホンマ? ホンマにええん?」

「……え? て、天馬くん、本当にわたし達の軽音部にも入るの? い、いいの? 色々忙しいんじゃ……」

「……ああ! 構わんッ! それぐらいお安い御用だ! 未来のスターに二言はないからな! ハーッハッハッハ!」

「~~っ! ありがとう天馬くんっ! やっぱり天馬くんは男前やわぁ!」

「うおっ……!? や、やめろ会長っ!? オレにしがみつくなぁ!?」

 

 そう言って、涙目で司に抱き着く叶。

 そんな一件落着の空気に、杏も瑞希も安堵したように軽く一息ついた。

 

「はぁ……よかった。私正直ちょっと申し訳ない気がしてたけど……やっぱり流石志歩のヒーローだね」

「そうだね、ボクも申し訳ないって思っちゃったしなぁ……悔しいけど、司先輩はやっぱりいい人だよねぇ……」

 

 そんな二人の会話で締めくくられ、この嵐のような会長が引き起こした軽音楽部での一件は、無事幕を下ろす——

 

 

 

——かと思われたが、その結末にただ一人、『待った』をかける者がいた。

 

 

 

 その者は、司に抱きつく叶を引き離しながら言う。

 

 

「そんなの……例え司先輩自身が認めても、この私が認めません」

 

「……なっ? 志歩?」

「こ、狛犬ちゃん……?」

「——!?」

「えっ、志歩っ……?」

「ちょっ、どうしたのさ志歩?」

 

 

 突然の行動に驚く司と叶と茉莉。それは離れた場所で見ている杏も瑞希も同じだった。

 そんなその場の注目を一身に集めた志歩は、叶をキッと睨みつけながら言う。

 

「古雪先輩……貴女はどこまで、司先輩に頼り切るつもりですか? 先輩の優しい心根に、何処まで甘えるつもりですか?」

「甘えるってそんな、ウチは——」

「いえ、甘えています……! 司先輩が自分の言った事を絶対に曲げない事を知っていて、あんな言い方で先輩に自分の頼みを飲ませました……! 司先輩に、また一つ余計な肩書きを背負わせました! それが私には許せませんッ!」

「お、おい、志歩……オレは別に構わんと言っただろう。それに名前を貸す位別に——」

 

 たまらず志歩の意見に口を挟む司だったが、そんな司の意見も制すように志歩は言う。

 

「司先輩……貴方は本当に優しい人です。困っている人がいれば決して見捨てませんし、例え自分の何を犠牲にしてもなんとかしようとしてしまう……ですが……ですがっ! 司先輩はもっと、これからは“自分”の事を考えて欲しいんです!」

「“自分”を……だと?」

「はい。そうです、思いだしてください。もう……咲希は退院したんですよ? いままでずっと、咲希の為に貴方は殆ど自分の全てを犠牲にして尽くしてきました……ですが、もうそんな日々は終わったんです! 司先輩にはこれからはもっと、自分の事だけを……自分の将来の夢の事だけを考えてほしいんです! これはただの、私のワガママです……! 例え名前を貸す程度のだけの事でも、先輩にこれ以上余計なモノは背負ってほしくないんですッ!」

「志歩……」

 

 そんな志歩の意志に思わず言葉を無くしてしまう司。

 そして志歩は叶の方に向き直って再び睨みつけ、自らの背後にいる司の存在を誇示するように——あえて芝居がかった口調で、彼女に告げる。

 

「古雪先輩……このお方を一体誰だと心得ているんですか……!? やがて世界にその名を轟かせる大スター、天馬司その人ですよ? このお方がこれから歩むその王道には……例えどんな些細な障害もあってはならないんです! ですからもし、このお方がそれでも欲しいと言うのなら——この私を倒してからにして貰いましょうか!」

 

 そう言って、キッと叶を睨みつけて威嚇して挑戦状を叩きつける志歩。

 そんな志歩の姿に、叶はやがてクスクスと笑い始めた。

 

「……ふっふっふっ……参ったわぁ。ただの天馬くんの熱心な追っかけファンやと思うとったら……ホンマもんの狛犬を引き当ててまうとは……この場に連れて来たんは失敗やったかもなぁ……でも狛犬ちゃん? ウチがその勝負を受けて、一体なんになるん? もうウチと司くんの間で話はついとるんよ? 世の中の気に入らん事に、外野からただ文句を吠えるだけじゃ現状は何も変わらん——変えたいなら、それに釣り合うモンを提示してもらわななぁ……」

 

 そんな叶の反論に、志歩はここからが本題とばかりに口を開く。その表情には、自分が勝負の場に出す対価(チップ)に対する確かな自信があった。

 

「では——貴女が絶対に断れないであろう提案を一つ。もし、ここで貴女が私に勝てば……()()()()()()()()()()()()?」

「——っ!?」

 

 場に出したチップに喰らいついたように目を見開く叶に、やっぱりか——と、確信を持ったようにすかさず志歩は、司の方に一瞬チラリと目をやった後で、畳みかけるように宣言する。

 

「やはりそうでしたか……貴女はつかみどころのない人です。中々その本心を見せてくれない。ですが……私はもう誤魔化されませんよ? 女の情けです、()()()()()()()……何をとはハッキリ言いませんが——貴女、“本気”ですね? なら、私はもう個人的にも……貴女に負ける訳にはいかないんです……! 絶対、例え名前を貸すだけの入部であっても、貴方に司さんの事は譲りません!」

 

 叶はその言葉を受け、初めて彼女は——その表情にずっとあった余裕を崩し、対等な挑戦者(チャレンジャー)に対する好戦的な笑みを浮かべた。

 

「へぇ……よう分かったやん。そういう事やったら話は別や、勝負に乗る理由はあるわ。でもアンタ……誰に喧嘩売っとるか分かっとるん? 都立神山高校第三代生徒会長——この学校に居る生徒の中の最高権力者やで? そんなウチに、歯向かうって言うんやな? 負けたら本気で志歩ちゃんには天馬くんの件から手を引いてもらうで……? その覚悟で言ってるんやな?」

 

 その言葉には脅しのようなモノも含まれていた。だがしかし、志歩という少女はそんな程度の脅しでは止まらない。

 真っ直ぐ叶を見据え、真っ向から対峙するように——挑戦状を叩きつける。

 

 

「ええ……そうですよ生徒会長! 司先輩を賭けて——この私と勝負です!」

 

「ふ、フフフッ……! おもろいわぁ……アンタ想像以上におもろい子やわぁ……! ええでぇ()()()()()! ウチも女や、逃げも隠れもせん。天馬くんを賭けて、ウチと勝負やぁ!」

 

 

 そう言って二人は、司の存在を勝負のテーブルに対価(チップ)として叩きつけ、勝負を成立させたのだった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 そして暫くした後、叶が居なくなった視聴覚室にて、瑞希はヨイショっと叶から借りた部室のエレキギターを肩にかけながら、やれやれとため息を吐くように言葉を漏らした。

 

「いや~……こんな事になるとはボクも思ってなかったよ。あの生徒会長がまさか、司先輩に本気だったなんて……」

「ホントだよねぇ……それにまさか私が、志歩のお供とはいえ……生徒会長と真っ向勝負する事になるなんて……」

「うっ……ごめん、瑞希、杏……私の事情に巻き込んじゃって……」

 

 志歩は瑞希と同じく拝借したベースを肩にかけつつ、そう言って申し訳なさそうに小さくなって頭を下げる。

 

 ——そうやって頭を下げながら志歩は、先ほどまで叶と勝負内容を相談していた記憶を回想していた。

 

 

『ほな、喧嘩を売ってきたのはそっちや——勝負内容はウチが決めさせてもらうで? せっかく同じベーシスト同士。ベースの華はバンド演奏——なら、勝負はバンド勝負しかあらへん。今から下校時間ギリギリまで練習時間あげたるわぁ、志歩ちゃんが一番ええ面子揃えて練習した一曲で、ウチのバンドの演奏と勝負——それで、より良い演奏をした方が勝ちという事で……どや? シンプルで単純やろ?』

『——っ、そ、それは……』

『どしたん? バンド組んどる仲間や、頼める友達もこの学校におらへんか? 一人も? ならこの勝負は不成立——』

 

 志歩には組んでいるバンドメンバーも存在しないし、頼れる味方も居ない。そんな彼女に、この場でバンドを組めとはあまりに厳しい条件だった。

 だが——彼女は一人ではなかった。

 すっと彼女の背後から、瑞希が前に進み出る。

 

『志歩……ボク、アニメの影響で一度齧った程度の経験でいいなら、一応ギターちょっと触った事はあるよ……そんなボクでもいいなら、一緒に会長と戦うよ。ボク要領も良い方だから曲もすぐ覚えてみせるし……ボクは君に、それぐらい恩があるしね』

『え……? 瑞希……!』

 

 思いもしなかった助け船に目を見開く志歩。

 そして、それはもう一人。

 

『——ふぅ、私も、無茶な友達持つと苦労するなぁ……しょうがない。志歩、ボーカルで良いなら私もこの勝負に乗るよ? ま、これも……私が何時もやってる部活の助っ人みたいなもんでしょ?』

『……っ、杏………!』

 

 志歩は何も言わなくても力を貸してくれる、そんな友人達の姿に、思わずジワリと涙を浮かべてしまう。

 叶はそれで十分とばかりに手を打った。

 

『へぇ、ええ友達持ったやん志歩ちゃん……じゃ、決まりやね! ギターにベースにボーカルに……うん、ええわ。ウチから提案した勝負内容や、ドラムはちょっと用事やってて今は居らんけど、後から来るウチの他のメンバーからドラム担当を一人貸したろ。リズム隊がしっかりしとったら、ズブの素人がおっても最低限の勝負は成り立つやろしな——昔から心配になる位に堅物でキッチリした奴や、あの男が公平な勝負でウチに特別肩入れする事は絶対あらへん。遠慮なく使ってぇな』

 

 そんな様子を見て、司は何かの覚悟を決めたような表情でコクリと頷いた。

 

『……よし、ならばオレもバンドに参加するぞ志歩! オレは、キ———』

『——野暮(やぼ)はよしぃな天馬くん』

 

 しかしその楽器名を言いかけた司の眼前に叶は、懐から取り出した扇子をバッと広げ、その先の言葉を遮った。

 

『天馬くん……それはアカンえ? 華の乙女が()くと決めた決意の戦道(いくさみち)——ここで天馬くんが手を貸すんはちゃう……そういうモンや。やからここは、大人しゅう黙っとってぇな』

『……司先輩、気持ちはとても嬉しいです……でも、私は大丈夫です』

『……っ、志歩……! どうしてもか、会長?』

『やけど、どうしても天馬くんが志歩ちゃんに肩入れしたいって思うんやったらな——』

 

 そこで叶は司にニヤリと笑って言う。

 

『すまんな、重要な事を言っとらんかったわ。今回、ウチらの演奏の勝敗を決定する大事な審査員は——天馬くんや。せやから……肩入れしたいんやったら志歩ちゃんに思いっきり甘々な審査したらええ』

『——な、なにっ?』

『——なっ……それは、いいんですか?』

 

 あまりのハンデに聞き返してしまう二人だったが、叶は扇子で自らを扇ぎながら笑顔で頷いた。

 

『かまへんかまへん……そも、こっちから一人貸すとはいえ、そっちにはバンド未経験の素人が混ざっとるんや。それにとても短い練習時間……これぐらいやらな公平ちゃうやろ? それに——』

 

 叶はそこまで言ってパチン、と扇子を閉じて口元にやり、ニヤリと笑って続ける。

 

『——男を賭けた女の勝負や……天馬くんの心を、お気に入りの後輩ちゃんからウチが自分の演奏で奪い取らな、ウチが“勝つ”意味はあらへん……せやろ?』

『——っ!?』

 

 その叶の笑みはどこまでも自信に満ち溢れていて、志歩は思わず気圧(けお)されてしまった。

 そんな志歩に、叶はクスクスと笑いながら歩いて視聴覚室を後にする。

 

『ほな、話は終わりやね。制限時間は完全下校時刻18時の——その20分前や。それまでに好きな曲を一曲可能な限り練習して仕上げぇ。楽譜も楽器もウチの部のやつを貸したる……好きなの使い? それまでは……ウチはゆるりと茉莉っちと天馬くんを連れて、他の部活の様子を視察してくるわぁ……ほないこか茉莉っち、天馬くん?』

『あ……ま、まってよカナちゃん……!』

『……志歩! こんな事になってしまって……オレは何といえば良いか……』

『……いいですよ司先輩。こうなったのは全て私の選択の結果です……行ってください。それで……また私の演奏を聴いて欲しいです。他の誰でもない貴方の為だけに——私の演奏を捧げますから』

『……っ、何が何なのかオレには何もわからんが……だが、お前が納得しての結果なら……わかった。頑張れ……志歩!』

 

 

 ——そんな、先ほどの一部始終の回想を終えた志歩は、二人に向かって長い間下げた頭をようやく上げた。

 

「でも……私に力を貸してくれてありがとう、二人共。本当に感謝してる」

 

 そんな感謝を述べる志歩に、杏はニヤリとしながら言葉を返す。

 

「ふふっ……いーよ。だって志歩が天馬先輩を賭けた大勝負に出るんだから、私も全力で力になってあげないとね~? それに、志歩のベースの実力にも興味あったしね。ふっふっふ……私の歌声を飼いならせるか、志歩のお手並み拝見かなぁ~?」

「もう……杏はしょうがないね。だったら……思いっきり暴れてくれても良いよ? どんなに杏が暴れても私が——首輪付けて飼ってあげるから、覚悟してね?」

「——ヒュゥ、志歩いかすぅ~!」

 

 ノリノリのやり取りを交わす杏と志歩に、瑞希はそれにしてもと苦笑を浮かべた。

 

「あはは……にしても、流石生徒会長だねぇ……あの司先輩が一瞬でピーチ姫ポジションだよ。にしても、思わず志歩がピンチだからって後先考えずに前に出ちゃったけど……殆ど素人のボクが足引っ張らないか、実際不安だなぁ……」

 

 心配そうに言葉を漏らす瑞希に、志歩は優しく言葉を返す。

 

「ううん、そんな事ないよ。瑞希……ありがとう、瑞希が最初に出てきてくれた時、私は本当に嬉しかった……大丈夫。例え全然できてなくても私のベースが全部フォローするから、だから瑞希はさ……折角だし、この機会にギターを楽しんで?」

「志歩……うん、ありがと。でも、やるからには精一杯がんばるからね! ボクの隠された潜在能力に期待しててよ~?」

「ふふっ……わかった。じゃ、期待しとく」

 

 笑顔で志歩にそう言う瑞希に、杏はそっと近づいて志歩に聞こえないように耳打ちする。

 

「それより……瑞希、もしかしてヘンな事考えてないよね?」

「——え? ヘンな事って?」

「だって……この勝負負けたら志歩は先輩を諦めるって言ってるんだよ? だから……わざと志歩を負けさせようとか、そんなの考えてないよね?」

 

 そんな杏の心配に、瑞希は溜息を吐いて答える。

 

「杏……ボクを何だと思ってるの? 負けて抜け殻になった志歩を手に入れてもなんにも嬉しくないし——それにそもそも、ボクは生粋のオタクだよ? 『推しCP』を自分の手で破局させたいって思うオタクが居ると思う? ——あ~、中にはそういう希少な(へき)を持ったオタも居るけど、少なくともボクは違うから。……だから、恩人の志歩を勝たせたい気持ちは杏と一緒。わかった?」

 

 そう言って、せっかく自らに巡ってきた千載一遇のチャンスを、志歩への義理の為に平気で捨てる瑞希の姿に、杏は少し心臓の鼓動が早くなるのを感じてしまいながら笑った。

 

「……ふふっ、そっか。やっぱり……瑞希はカッコいいね」

「あはは、カッコいいって言われるのも悪くないけど……どっちかって言うとカワイイって言われる方が嬉しいんだけどね~、まぁいっか。最近はそっちもちょっと嬉しかったりするし。ありがと杏……じゃ、一緒に初めてのバンド頑張ろっか!」

「——うん! 瑞希のギターの音はしっかり私がボーカルでカバーするから、思い切ってドーンと任せてよ」

「へ~、さっすがボクの歌のお師匠様~! じゃ、大きく胸を借りようかなぁ……」

「こら、二人共。コソコソ話もその辺にして早くやる曲決めるよ? えっと……今回は瑞希をフォローする為に出来る限り私のベースと杏の歌声が目立つような曲を——」

 

 と、志歩がそう言って曲の相談をしようとした時だった。

 バタンと音を立てながら視聴覚室の扉が開き、背の高い金髪碧眼の男子と背が非常に低い黒髪ツインテールで赤目の少女という、どこまでも正反対の男女コンビが志歩達の前にツカツカと早足で現れた。

 そして、金髪碧眼の外人のようにも見える青年は、三人の眼前で思いっきり勢いよく腰を90度直角に曲げ、一言一句聴き間違えられないような聴きやすい発声の日本語でキッチリと言う。

 

「まずこの度は、うちの生徒会長があなた達に多大なご迷惑をおかけした事、心からお詫びさせて貰います——誠に、申し訳ごさいませんでした」

「え……あの……急にどうしたんですか?」

 

 唐突な謝罪に思わず面食らって聞き返してしまう志歩に、その金の短髪碧眼の青年は言葉を継ぐ。

 

「僕は三年の生徒会副会長——横山(よこやま)実入(みはいる)です。そして、この軽音部の部員でドラムを担当させてもらっています。会長からは、今回の勝負であなた達のバンドでドラムを担当しろと言われて来させていただきました。迷惑をおかけした分全力でお力添えをさせていただきますので、何卒……よろしくお願い致します」

「え? 古雪先輩が言ってたドラムの人も生徒会の人間なんですか……!?」

 

 そんな思わぬ事実に、つい驚いてしまう志歩。

 すると、いつの間にか彼の背に隠れていた身長150センチにも満たない、小さな黒髪ツインテール赤目で童顔の可愛らしい少女がひょっこりと顔を出し、実入(みはいる)に文句がありげな表情で口を開き、まるで人に甘えるような猫なで声で言う。

 

「ちょっとちょっとぉ~、ミハってばカタぁ~い。そんなんじゃこの子達がカチカチに委縮しちゃうよ~? 仮にもミハが一時的に一緒にバンドする子達でしょぉ? もっとフレンドリーにいかなきゃ~」

 

 そんな甘えた雰囲気を滲ませる黒髪ツインテールの少女に、実入はキッと責めるような目つきで言う。

 

「……とは言うけど、この子達は叶が迷惑をかけた子達だ。経緯はまだ詳しくは知らないけど、どうせ叶が困らせたに決まってる。なら、初手はこの対応がベストだ。誠意ある対応で僕達生徒会の印象を少しでもキッチリしたものにしないと、この学校生徒全体の規律意識が乱れるだろ……?」

「え~、カナっちの話じゃ向こうから喧嘩売って来たって聞いたけどぉ~? 困ってるどころかノリノリだよぉ~?」

「なら尚更だろっ……! 叶が喧嘩売られるぐらいやらかしたって事だよ! お前はホントいつも楽観的だなぁ……!」

 

 目の前で少女に対して烈火の如く怒りだす実入に、瑞希はおずおずと尋ねる。

 

「え、ええっと……そこの外人っぽい人は、ボク達の助っ人で入ってくれるドラムの人だって分かったけど……君は?」

 

 そう尋ねた瑞希に、小さな少女は紅い瞳をパッチリ開けてキョトンとしたように言う。

 

「ん? “君”ぃ~? うーん……明らかに先輩って思われてないなぁ……まいっか! 興味あったからついて来ただけだし……おっと、自己紹介だっけ? この金髪堅物と同じ三年で生徒会会計の——矢澤(やざわ)れもん! ついでにこの軽音部のラストメンバーでポジションはギターやってまぁーす! よろしくぅ♡」

「えっ……先輩だったの!? それに、ベースは生徒会長、キーボードは庶務、ドラムは副会長、最後のギターは会計……じゃ、じゃあつまり……ボク達が相手するのって——」

「生徒会メンバーだけで構成されたバンドぉ……!?」

 

 そんな、あまりにも異色すぎるバンドが相手だという事に、杏は瑞希の言葉を継ぐ形で驚愕の声をあげてしまった。

 杏の反応が面白かったのか、ケラケラと上機嫌に少女は笑う。

 

「あはっ、おもしろーい! ほら見たミハ? もっとさぁ、れもん達もこのインパクト路線で売っていけば部員もっとゲットできるんじゃな~い? バンドの名前も『ザ・生徒会!』って感じに変えてさ~、みんなのウケ狙えばよかったじゃ~ん」

「いや……駄目だ。れもん、僕たちは生徒の模範たる生徒会の一員だろ? だったら部活をやるにしたって、そんな一発屋の芸人みたいなやり方で人を増やすんじゃなくて、何処までも演奏の実力で人を引っ張ってくるべきだ……! それでこそ生徒の模範としてあるべき生徒会役員の姿がだな……」

「あ~、はいはい固い固―い。もぅ、見た目はフランクそうな外人のクセにぃ、中身が相変わらず古典的な日本男児なんだもんねミハは、れもんちゃんはお説教が嫌いでーす。……で、れもん達も名乗ったんだしぃ、後輩ちゃん達の名前も聞いていい?」

「……はい、ベースの日野森志歩です。宜しくお願いします」

「えっと……私はボーカルの白石杏です。よ、よろしくお願いしまーす……あはは……」

「ぼ、ボクは暁山瑞希でーす……よ、ヨロシク~」

 

 三人はそう言った後で志歩以外の二人はコソコソと志歩の元に顔を寄せ、ついにその全容が明らかになった、(かなう)の生徒会メンバー兼バンドメンバーの面々のキャラの濃さに面食らったように小さな声で会話する。

 

「ねぇ志歩……この人達大丈夫そう? 西木野先輩を見た時から私正直思ってたんだけど、なんだか会長を筆頭に全員キャラが濃いっていうか……アクが強いって言うか……」

「……いや、別に私は大丈夫だけど? なんだったら私、もっとインパクトが強すぎる人達のバンド知ってるぐらいだし」

「すご……ボクも正直ちょっと不安なんだけど? まぁ、生徒会長がああいう人だからある意味納得の人選だけどさ……でも特に、何故かドラムの人について来てるあの小さな先輩がさ……あの人一人称が自分の下の名前だよ? すごくあざといっていうか……全身から『私ってカワイイでしょ?』って言ってるようなオーラが凄くて圧倒されちゃうっていうか……いや、ああいう子ボクは嫌いじゃないけどさぁ……」

「ん~? 楽しそうな話してるじゃ~ん。何かれもんの事お話ししたいのぉ~?」

 

 ズイッと、突如瑞希の隣に顔を寄せてくるれもんに、瑞希はたまらずその場から飛びのきながら謝罪を口にする。

 

「——いっ!? ご、ごめんなさい! ちょっとボクの周りに居ないタイプの人だったのでつい驚いちゃって……! 決して悪口のつもりは無いんです! あ……いや、それでもそう聞こえちゃって気分を悪くさせちゃったんだったら、ボク本気で謝りますから!」

 

 しかしれもんは、驚きながらも必死で謝る瑞希の顔を値踏みするようにジロジロと眺め、ニヤリと笑って呟くように言う。

 

「へぇ……ふーん……そっか“暁山”かぁ……じゃあキミがさ、あの(・・)すっごく可愛いって噂の“女装男子”クンかぁ……? へぇ~?」

 

 瞬間、瑞希はピタリと謝罪の言葉を止め、暫く黙った後で低い声で威嚇するように言う。

 

「………へぇ、そうですか。ボクが噂のその“女装男子”で合ってますけど……何か?」

「「……!」」

 

 瑞希はこの少女が自分を偏見の目で見てくる人間達と同種の者かと警戒し、同時に志歩と杏もピンと気を張った。

 しかし、そんな彼女は瑞希の顔をさらに至近距離から見上げるように自分の顔を寄せ、ジロジロと観察しながら呟く。

 

「ふ~む……ファンデーションは校則違反にならない程度に目立たない明るいモノをチョイス、アイライナーも控えめだけどしっかり目元が強調されるような繊細な引き方、グロスも化粧を損なわないような自然な色にして顔全体の完成度を高める選択で……う~ん。なかなか細部まで拘りぬいた素晴らしくイイ仕事してるねぇ……スクールメイクとしては最上級の仕上がり……ここまでメイクを極めてる人間、れもん以外この学校には居ないと思ってた……」

「……えっ? な、何を……?」

 

 想定外の反応に困惑する瑞希に対し、れもんはニカッと笑って言う。

 

「うんっ! キミ、れもん的に合っ格!」

「——へっ?」

 

 そのまま、困惑する瑞希も無視してれもんは、ニコニコ満面の笑みで瑞希の手を取ってブンブン振りながら興奮したように言う。

 

「いや~キミ良いねぇ~! 『女装男子』っていっても、シブヤの街中にたまに居る雑な化粧して雑に似合ってもないワンピ着るだけで可愛くなった気になってる、ファッションとメイクを舐め腐った野郎共とは君、全然ちが~う! 君は“可愛い”をナメてな~い! 本気で超超かわいいじゃ~ん♡ え~、どうしよっかなぁ……カナっちはペガちゃん単推しみたいだけどぉ、れもんはぁ……断然キミの事を推しちゃうかもぉ~♡ ねぇ、MINE(マイン)やってる? よかったら友達登録しよっ? キミのオススメのコスメとかコーデとか教えて欲しいなぁ~?」

「えっと……? 先輩、ボクに何か嫌味とか言うつもりじゃなかったんですか……?」

 

 れもんのテンションの上がり幅に瑞希は困った表情のままそう言うと、れもんは上機嫌の笑みのままで返す。

 

「ないよ~! でも最初噂だけは聞いてて、実物見てキモかったら『舐めんなゲロカス』ってボロックソに言ってやろうって思ってたけどぉ……予定変更ぉ~♡ れもんはぁ、可愛いモノがとぉぉっても大好きなんだぁ~♡ そしてこの世界中の誰よりも可愛いものを愛してる自信があるの! だからぁ、君の事も大好きっ♡」

「えっ……? えっ……?」

「はぁ~、カナっちに“噂の子”が居るって聞いたから来ちゃったけど、それで正解だったぁ……こんなにひたむきに可愛くなろうとしてる子と知り合えないなんて、れもんの人生の損失だも~ん♡」

「つまり……矢澤先輩も、ボクの事をヘンだって言わないんですか?」

「うんっ! だって『可愛い』って最高だよ? 人生賭けて追及する価値あるよね? だからぁ、君の気持ちはとっても分かるなぁ……だって、可愛くなりたいって思っちゃう気持ちは、止められないもんねっ?」

 

 そのれもんという少女の笑みには、何も裏表のない純粋な『可愛い』に対する愛情が溢れていて——瑞希という少年が、この小さな先輩に対して警戒を完全に解くには十分な笑顔だった。

 だからこそ、瑞希はニコリと満面の笑みを返しながら言う。

 

「……うんっ! そうだよね! 『可愛い』ってすっごく最高だよね? この世の真理の全てが詰まってるっていうかさぁ……!」

「あっ……! もしかしてぇ、キミはれもんの話分かってくれるぅ……?」

「うんうん、わかるわかる! ボクすっごくわかるよ! 可愛いものってさ、見てるだけで心がフワフワして癒されるような、そんな最高な概念だよねっ? 世界がもし可愛いもので満たされたら、絶対にこの世から争い事って無くなるよねっ!」

「あ~! れもんの言いたい事ホントにわかってくれてるぅ~~! 嬉しぃ~~♡♡ れもん、キミとだったら何時まででも無限にお話ししてられそぉ~!」

「あ、それとボクとマインID交換だったよね? 是非喜んで! そうだ、そういえば矢澤先輩、ボクさっきからタメ口で喋っちゃってるけど良い?」

「いいよぉ~! ていうかぁ、もう“矢澤”じゃなくて“れもん”って呼んでぇ? 苗字あんまり可愛くないから嫌いなのぉ~。代わりにぃ、暁山くんの事『アキちゃん』って呼んでいい?」

「いいよ~! よろしくね、れもん先輩!」

「うんっ! よろしくね、アキちゃんっ♡」

 

 そんな風に、秒で下の名前とアダ名で呼び合う仲までに打ち解けて、ピコピコとSNSのアドレス交換をする二人の姿を、志歩は気が抜けてしまったような目で見つめる。

 

「はぁ……さすが瑞希。いくら趣味が合うからって言っても、最上級生と打ち解けるの早すぎでしょ……さっきまで険悪になりかけた雰囲気なんだったの?」

「……む。なんか、クラスの子達と仲良くなる時よりもあの先輩距離近くない……? うぅ……瑞希に友達増えるのは良い事だけど、この先輩はちょっと複雑だなぁ……」

「……え? どうしたの杏?」

「……ううん……なんでもない。このモヤモヤは今に始まった事じゃないし……落ちつけ……落ちつけ私……」

「——?」

 

 杏のおかしな言動に思わず首を傾げる志歩だったが、そんな二人の元にズイッと実入(みはいる)は進み出た。

 

「——で、もう演奏する曲は決まったのか? 一応部室に楽譜が置いてある曲は全て叩けるのだが、もし楽譜があって他の曲をやりたいなら早めに言ってくれ。少しでも練習時間を確保したい」

「あ……ええっと、すいません横山先輩。それは今から決めるところなんです」

「成る程……会長から聞いてる話では、ギターをやるのはほぼ初心者と聞いている。ボーカル担当の君は……何かやってるのかい?」

「はい、一応『ビビットストリート』でいつもライブに参加して歌ってます。だから歌なら結構自信ありますよ?」

 

 杏の口からビビットストリートの名を聞いた瞬間、実入は蒼い瞳を大きく見開いた。

 

「……! 成る程、あの(・・)ビビットストリートの住人か君は……! よし、それならボーカルに関しては全力の信頼を置いて良さそうだね……遠慮なく歌唱難易度の高い曲でも大丈夫そうだ」

「あれっ? 横山先輩も私の住んでる街の事を知ってるんですか?」

「当たり前だよ——というより正直、このシブヤで音楽をやってる人間なら知らない奴は正直言ってモグリだ。それ程に有名な、このシブヤの中で歌に最も熱い人間達が集う街と言っても過言じゃない。逆を言うなら——歌えない人間は住んでいられない街。あんな人外魔境の世界に身を置いて今なお、歌い手として生きているのなら……君は相当な実力者だ。叶の奴、天馬のお気に入りの日野森さんに演奏で勝つ事だけ意識して“あっち”を疎かにしたら、意外な伏兵に痛い目に遭うかもな……」

「——“あっち”って……いったいどういう意味ですか?」

「いや、何でもないよ白石さん。僕は公平な立場だ。君達の演奏のヘルプをするけど叶の奴に不利になるような事もしない。僕達のバンドの手の内は伏せさせてもらうよ」

「へぇ……まぁ分かりました。それにしても横山先輩は音楽詳しいですね、私の街が人外魔境とまで言っちゃったら流石にオーバーな気がしますけど……でも……フフッ、それだけ私の歌を信用してくれるのは嬉しいです」

「まぁ、(かなう)……会長に強引に誘われて軽音部に入る事になった時に、一通りはリサーチしたからね。その関係さ、でも——」

 

 実入はそう言いかけた後、フゥとため息を吐きながら小声でその続きを口にする。

 

「——別に僕はオーバーな表現をしたつもりは無いんだけどなぁ……でも、元からあの街に住んでるなら感覚も麻痺するのかもだ。この子の感覚ならそうなのかもしれない」

「——え?」

「ううん、なんでもないよ。さぁ、だったらベースとボーカルが全力で暴れられるような曲が一番だと思うけど——候補は?」

 

 そう言って意見を求める実入に、何かを思いついた後で志歩は部室の奥に行き、やがて一束の楽譜を持って来て言う。

 

「なら——“この曲”はどうですか?」

 

 その場に居た全員が志歩が持って来た楽譜をのぞき込み、その曲名に各々が目を見開いて反応する。

 

「……へ~、案外ハイテンポな曲選んできたじゃん志歩。私は全然歌えるけど志歩この曲のベース弾けるの? 超難しいよ?」

「そこは心配いらない。私はこの曲のベースは中学の頃から譜面覚えてるし、大丈夫」

「ホント? ……あれ? 意外と私が思ってた以上に志歩凄かったりする……?」

「バーチャル・シンガー『鏡音リン』の曲か……ふむ。この曲なら僕も問題ない。叩けるぞ」

「——えっ!? こ、この曲(・・・)っ……? ボク知ってるけど……この曲のギターをボクがやるの? が、頑張ってみるけど自信ないよ~? 完璧にできるかも怪しい……」

「うん……そこは分かってるけど、ベースの音で勝負できる曲にしたかったからコレにした。でも、正直もっと時間さえあったらこの曲でも完璧な演奏目指したいけど……流石にそこまでは今回求めないから。瑞希は可能な限りついて来てくれたらそれでいい。後は私がベースでカバーする」

「うっ……うん、わかった。やるよボク……可能な限り全力で」

「よ~し! だったらトクベツに、この頼れるれもん先輩にまっかせてよアキちゃん! この曲のギターの弾き方教えてあげるよんっ♡ カナっちとの勝負の為とはいえ、折角ギターを本格的にやろうって思ってくれたんだしさ、楽しくやらなくっちゃね~?」

「れもん先輩……! ありがと~!」

「じゃあ早速練習始めるよ。時間は限られてるから……みんな、よろしく」

「「了解っ!」」

 

 そう言って、志歩達は特訓をスタートさせるのだった。

 

 

 ——限られた時間で、強敵である生徒会長に勝つための特訓を。

 

 

 

 






本日の24時に【中編】を更新します。
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