神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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短編⑦ 志歩VS生徒会長!?(中編)

 

 

古雪(ふるゆき)ちゃ~ん、今年やる文化祭用の資料、まだ三ヶ月先の話だけど今日中に先生の所に持って行かなきゃいけないらしいんだ。でもさ、私悪いけどちょっと外せない用事あってね~。代わりに全部運んどいてくれない?』

 

『えっ? 会長……私が、この量をひとりで……ですか? えっと……ちょっと、流石にそれは、その……』

 

『大丈夫大丈夫! 真面目で頼れる成績優秀なスーパー副会長の古雪ちゃんだったら出来るって~! あ、彼ピから連絡来た~♪ じゃ、悪いけど私行くから! ヨロシク~』

 

『あっ、ちょっと……!』

 

 

 ——私は、古雪(かなう)という女の子は、昔から何をやらせても要領が悪かった。

 何事も『そこそこに頑張る』って事がどうしても出来なくて、ほどほどに肩の力を抜くって事が出来なくて、0か100しか出来ないような、そんな女の子だった。

 

 だったら、ずっと100の結果を出したら良いって他人は簡単に言うけど、現実はそこまで甘くなくて。

 努力だけでどうにかなるテストの成績は100の結果を出せても、それ以外の事は——結果を出す為には、どうしても努力だけじゃどうにもならない要素が関わってきた。

 私は昔から何事も物覚えだけは良かったけど、いざ本番になると必ず焦ってミスをする。

 その結果、私は何をやろうとしてもやる気だけが空回り。

 上手く出来もしないくせに行動力だけは無駄にあるような、そんな女の子だった。

 

 地頭の良さを生かして都内でも超難関クラスの私立高の受験に挑戦したけど面接で失敗し、滑り止めのこの高校に入学。

 

 受験は失敗したけど代わりに、社会勉強を頑張ろうと思って始めたファミレスのアルバイトは、『仕事の段取りが悪い』『もっと他の人とコミュニケーションをとれ』『焦って動いて皿を割るな』『頼むから落ち着いて仕事をしてくれ』って何度も何度も言われ続けて、でも、どうしても直せなくて——結果、どうにもならずにクビになった。

 

 バイトは駄目だったけど、私は歌はうまいんだし音楽をやったら凄い人間になれるって、きっと超人気者になれるって、そんな漠然としたイメージだけで軽音部に入った。でもそこでも、人間関係がどうしても上手くいかなくて。結局部員の誰にも仲間に入れて貰えなくて、私は入部して早3カ月も経たない内に幽霊部員になった。

 

 そんな数々の大きな失敗を経験して、さすがに私は焦った。

 

 これじゃいけない。

 なんとかしないといけない。

 でも頭はそれを分かってるのに、身体や口はどうにも思うように動いてくれなくて。

 

 結果、私は沢山の失敗(ドジ)を重ねた。

 しかも、その失敗のリカバリーをするためにさらなる失敗を重ねるような、そんな最悪すぎる悪循環。

 そんな重ねた失敗は、私にどんどん次の事に挑戦する勇気を奪っていって……結局私は、自分から新しい事を何も出来ないような、誰かから言われた事しか出来ないような、自分の意志なんてあってないような、そんなつまらない人間になってしまった。

 

 そんな人間に、二年になったある日ポンと手渡されてしまったのは、生徒会副会長という立派な肩書き。

 なまじ成績だけは良い私に——テストの点だけ取れて、人間社会で役に立たない人間である私に、それを知らない先生達は推薦という名の白羽の矢を立てた。

 最初はこんな私なんかに……と思って断ろうと思ったけど、それでも刺さってしまった白羽の矢を自分から抜く事が出来なくて、ただそれだけの理由で私は、特に(こころざし)もなく流されるまま生徒会の副会長に就任した。

 

 でも、これは逆にチャンスかもしれないと思った。

 こんな私でも生徒会の、それも副会長にまでなったらまだ変われるかもしれないって、そんな高揚感を覚えた。もしかしたら学校中のみんなから尊敬されるような、そんなすごい人間になれるかもしれないって。

 でも、そんな希望を持って入った当時の生徒会は——やりがいとは全く無縁の、だらけ切った人達が集まった場所だった。

 

 内申点目当ての三年の生徒会長は、生徒会顧問の先生にばっかり良い顔をして、めんどくさい仕事は全部私に押し付けて、自分は彼氏を作って適当に学外で遊び惚け。

 立候補者不足の関係で私と同じく推薦で就任した野球部と兼任の会計は、生徒会の仕事なんかよりも部活に一生懸命。定例会議にも殆ど顔を出さない実質幽霊役員。

 上の内の二人がそんな態度だと必然——庶務の子もなんだかんだで仕事は適当になる。

 

 そして気づけば実質、生徒会は副会長の私一人で回しているような状態になっていた。

 

 そんな状態の私は今日もこうして、いつも通り会長から押し付けられた仕事を、懸命にたった一人でこなしている。

 

「はぁ……はぁ……まだ、文化祭の資料……運ばなきゃ……私しか、いないんだから……私が、やらなきゃ……!」

 

 こんな状況でも、時間さえかければ意外と四人分の仕事も何とか一人で出来る——出来てしまう能力だけはある私は、こんな最悪な環境だけど一人で頑張ろうと思った。

 頑張っても結局全部、生徒会長が頑張った結果にされてしまうけど、それでも私は頑張り続けた。

だって……私は生きてるだけで、他人に迷惑をかける人間だから。

 だから、こんな私は誰にも助けを求める権利はなくて、黙って人より何十倍も努力しないといけないって、そう思ったから。

 そう思って頑張ってたら——きっといつかこんな失敗ばかりの私でも報われる日が来るって、そう信じてたから。

 

「はぁっ、はぁっ、あと……何往復したら全部運べるんだろ……まだ次の会議の資料も作ってないのに——あっ!?」

 

 だけど、焦ってしまった私はいつもの病気(ドジ)を発症し、階段で転んで手に持った大量のプリントを全て、階段の踊り場でぶちまけてしまった。

 ああしまった、またいつものやっちゃった。大丈夫、私は大丈夫。こんな事慣れてる。

 すぐに立ち上がってプリントを全部拾い集めて、そしてまた運べば大丈夫。

 私はまだ頑張れる、頑張れる、頑張れるったら頑張れる。

 がんばれる……がんばれ……がんば——

 

「…っ、……うぇぇぇぇん……! もう私、頑張れないよぉ……! もうやだぁ……!」

 

 ——プツン、と、私の心の線が切れたような気がした。

 感情が自分で制御できなくて、階段につまずいて床にうつ伏せの情けない体勢のままで、涙を零して子供みたいに泣きわめいてしまう。

 もういやだ。こんな私、もういやだ。

 

 だれか……助けてください。

 生きてる価値なんか何もないこんな私に、誰でも良いから『自信』をください。

 こんな私でも生きてて良いんだって、そう思えるような『自信』をください。

 お願いだから、誰か——

 

 

「大丈夫か!? この未来の大スターたるオレが来たからには、もう安心だ! さぁこの手を取れ、起こしてやろう!」

 

「……っく……ヒック…………え?」

 

 

 そんな時に突然、助けを呼んでもいないのに、私の前にキラキラ眩しいお星さまみたいな男の子が、倒れ伏すわたしに手を差し出してきた。

 驚いて見つめるだけの私に、お星さまは——名前も知らない後輩の男の子は、キョトンと目を丸くしながら言う。

 

「……何? どうした、起きんのか? まさかこんなプリントが散らばった床で寝るのが趣味とは言わんだろう? ほら、起こしてやるから共に早く拾い集めてしまおう」

 

 そんな困惑した様子の後輩の男の子の声を聞いて、私はやっと冷静になれた。

 そうだ、私には泣いている暇なんてない。

 私は生徒会副会長、古雪叶。

 生徒会の仕事を関係のない生徒に助けて貰う訳にはいかない。一人で頑張らなきゃ……。

 そんな決意で私は制服の袖で涙を拭いて立ち上がった。

 

「……心配してくれてありがとう。でもいいから……気にしないで行って? これも生徒会の仕事だし……一年生の子に、迷惑をかける訳にはいかないよ」

「ふむ……成る程……そうか。よし! じゃあオレはこっち側から拾っていくぞ。そっちは向こう側から頼む」

「……え? い、いや、要らないって……大丈夫だって……」

「何を言う? 二人で拾った方が早いではないか。このままでは足の踏み場もない状態だからな、他の生徒に迷惑をかける前に早く何とかするぞ」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ、君……話聞いてる!?」

 

 だけど、その子は私の話なんてまるで聞いてくれなくて。ひたすらオロオロする私を尻目に、そのままテキパキとプリントを全て拾い集めてしまった。

 

「——ほら、何時までも拾わんから、結局オレが全部拾ってしまったぞ? ちなみにだが、この大量のプリントを一体どうするつもりだったんだ?」

「え……あ……その……あぅ……」

 

 でもわたしは、いくら遠慮してもお構いなしに矢継ぎ早にグイグイ手助けしてくれるその後輩の子に、言うべきお礼も何も言えずにフリーズしてしまった。

 こんなのはいつもの事。初対面の人にはどうしても緊張して、思っていることが上手く言えなくなってしまうのが私の悪癖。

 特に、後輩とはいえ男の子なんだから尚更。私が緊張せずに話せる男の子は幼馴染のミハイルだけだったから。

 そんなシャイな私が何も言えずにあぅあぅとしていると、その子は思いついたように言う。

 

「……そうか、もしやこのプリントは何処かに運ぶつもりだったのか?」

「えっ? えっ、えっと……そ、そうだよ。職員室にある資料棚の中に一旦全部のプリントを運ぶ予定で……」

「よし、ならばその資料棚に案内してくれ! オレが代わりに運んでやろう!」

「えっ!? あのっ……わ、私、そんなことをしてって頼んだわけじゃ——」

「何を言う? こんな重い物を一人で運ぶ女子を見逃してまうのは、スターとしてあるまじき行為! 心配するな、責任を持ってオレが運び届けてやろう!」

「えっ……? スター? な、何言ってるの君……?」

「ほら! 行くぞ! 職員室はこっちだったな!」

「えっ……あっ、ま、まって……!」

 

 その子は強引にそう言うと、グズな私が何かを言う前に足取り軽くスタスタと早く歩いて、資料を運びこんでしまった。

 

「よし! なんだ意外と近かったではないか。軽いものだな」

「あっ……えっと……その、あ、ありがとう。もういいから……その……じゃ、これで」

「おっと待て、何処に向かうつもりだ?」

「えっ……? まだまだ生徒会室にプリントは残ってるから、また運ばないと……あ、でも、大丈夫だよ、もう——」

「何ぃ!? なぜそれを早く言わんのだ!? どこだ? 急いで全て運ぶぞ!」

「えっ、えええっ……!? だ、大丈夫だよ……も、もう、いいから……」

「何を言う……その話が本当なら、明らかに一人でやるには多すぎる重労働ではないか。何故一人でやると言う? 遠慮なくこのオレを頼れ」

「えっ、な、なんでっ……私、いいって言ってるのにぃ……!?」

「もういい、生徒会室だな。確かオレの記憶ではこっちだったはずだ……」

「あっ……ま、まってっ……!」

 

 その子は私が何を言っても、自分の意見を全然曲げなくて。ひたすらにずっと、自分の意志を真っすぐ貫いていて。

 それでいて、どこまでも自分に対する自信に満ち溢れていた。

 私はそんな彼に手伝われながら、終始振り回されっぱなしだったけど……でも。

 『いいな』って、そう思ってしまった。

 彼みたいに生きられたら、私はもっとこの世界で生きやすくなれるのかなって、そう思ってしまった。

 

 そうだ、そういえば一体いつから……私はこんなになっちゃったんだろう?

 幼稚園の頃はもっと、私は今みたいな感じじゃなかった。

 この男の子みたいに自信満々で、将来私はなんにでもなれるって思ってた。私に出来ない事なんてこの世にないって、本気でそう思ってた。

 

 公園の砂場でぶかぶかのシルクハットを被って女海賊の大船長になって、茉莉っちとミハイルとレモンを仲間にして、七つの海の大冒険を制覇した。

 またある時は地球防衛軍のリーダーになってみんなを率いて、銀河最強の宇宙人の大艦隊を撃退した。

 あの頃の私は、間違いなく無敵だった。なのに……どうして、私はいつからこんなになっちゃったんだろう? 

 あんなにあった自信は、いったいどこに行っちゃったんだろう?

 彼みたいに……私も、なれたらいいなぁ。……なりたいなぁ。

 

「……ね、ねぇ……君は……ど、どうして、そんなに自分に自信を持ってるの?」

「……む? そんな事をいきなり聞いてどうした?」

 

 そう思って気付けば私は、結局全部のプリントを運んでもらった名前も知らない彼に、やっとお礼を言えた後で、初対面の男の子相手に聞くのは恥ずかしいけれど、それでもそう尋ねてしまっていた。

 だって……どうしても気になったから。どうしても、尋ねたくなってしまったから。

 

「い、いや、ちょっと……なんだか君が、とっても……私には眩しく見えるっていうか……だから、なんというかさ、君の事……もっとよく……知りたいっていうか、だから、その……あの……そっ、そういう感じ」

 

 ——あ、マズイ。この言い方……まるで後輩相手に逆ナンしてるみたいになっちゃった。私ってほんとドジだなぁ。

 だけど、そんな私の不安なんか全部吹き飛ばすように後輩の男の子は笑った。

 

「ハッハッハ! そういう事か! このオレのスターとしての輝きを見て価値を見出し、このオレから教えを乞いたいというのだな!?」

 

 うわ、すごい。変な目的とかそんなの全然疑ってない。しかも大体あってるし。この子は本当に気にしてないんだ……本気で自分に、それぐらいスターとしての溢れる魅力があるって、そう信じて疑ってないんだ。

 ……凄いなぁ、憧れるなぁ。

 

「う……うん、そうだよ。私……あんなにみっともない所見せて、部外者の君に手伝ってもらわないと何も出来ないような、そんな駄目駄目な子なんだけど……それでも、私、この学校の副会長なんだ」

「……む? そうなのか? ……おっとそういえば、先輩だというのにオレは先ほどから失礼な態度をしてしまっていたな……すみません。スターとして、手を差し伸べる者に対しては堂々とした姿を見せなければ恰好がつかないと思いましたが……流石に校内の上下関係はしっかりするべきだったかもしれません。気に障ったのなら申し訳ありません」

 

 ああ、やっぱり副会長の私の事を知らなかったんだぁ……ま、会長以外の役員の認知度なんて、そんなものだよね。

 そう思って私は、今も私に対して礼儀正しく頭を下げつづける、尊大なんだか礼儀正しいんだがよくわからない後輩の子に首を横に振った。

 

「……ううん、そんなのいいよ。私なんか……語使われる程偉い人間でもないし……口調とか気を遣わなくてで大丈夫だから」

「おお、そうか! それはよかった。ならばそうしよう!」

「あ……本気でタメ口続けるんだ……いや、まぁ全然いいけどね。すごい度胸……」

「——それで、オレが何故こんなにも自信を持っているか、だったな!」

 

 男の子は胸を張って、思いっきり声を張り上げて言う。

 

「それは! オレがやがて世界的にその名を轟かす大スターになる人間だからだ!」

「……え? 世界的な、大スター?」

 

 それは、まるで小学生の子供が見るような夢だった。だけど、その子はどこまでも本気の目をしていた。まるでその未来が訪れるのを本気で信じているような、そんな自分に対する無限の自信があった。

 

「……本気で、自分がそうなれると思ってるの?」

「ああ! なれるっ! なぜならばこのオレに不可能はないからだ!」

「……でも、難しいと思うよ?」

「だろうな! だが問題ない! オレはどんな困難も乗り越え、その果てに世界をつかみ取るつもりでいるからな!」

「……そう言える、根拠は?」

「ある! なぜならば……このオレがそう決めたからだ! それ以外になんの根拠が必要だという?」

 

 理由を聞いてみたけど結局、そんなの、あってないようなモノだった。

 でもある意味……私は納得していた。だって私は結局、この子とは違う人間だから。

 きっと、この世で成功できる人間は生まれながらにしてそういう素質を持っていて、この子にはそれがあって、私には無い。

 そう、ただそれだけの話。それが分かっただけで私は、心の中で諦めがついた。

 ——でも、その男の子は私にこう言った。

 

「ところでオレにこのような事を尋ねるという事は……副会長は、そこまで自分に自信がないのか? なぜだ? 生徒会の副会長という素晴らしい職に就いているではないか、もっと胸を張るべきだ!」

「……え?」

「それに、こんな重労働を一人で背負わされても、副会長は一度も投げ出そうとはしなかったではないか、それだけで十分に立派な志だとオレは思う。もっと、副会長は自分に自信を持つべきだ」

 

 何も知らない男の子は、こんなダメダメな私にそう言ってくれた。

 ——でも、それでも私はそんな事ちっとも思えなくて、最初から何もかもを持ってる人が勝手に上から目線で言う、何の根拠もない口からデマカセだと思った。

 

「……ありがとう、でもそれは君の思い違いだよ。ただ……副会長になってっていうお願いを、私は断れなかっただけ。私は何事も……流されるままに生きて来ただけ。違うよ、私は君の言うような立派な人間なんかじゃない」

「いや……それでも何の志もなく生徒会に入った訳ではないだろう? あったはずだ、副会長も目指したかった理想の姿が」

「……そうだね、確かにあったよ。でも……そんなの最初から叶わないって分かってた。志とも言えないような——まるで子供が思い描くような理想だよ」

「それでも良いだろう、思い描く理想があるのなら、それを一心に貫けばいい。それだけの事ではないのか?」

 

 ああ——この子はなんにも分かってない。

 そんな言葉にしてしまえば簡単な事が、簡単にできないのがこの現実だっていうのに。

 そっか……君みたいな強い人間には、私みたいな弱い人の気持ちなんて結局……何一つ分からないんだね。

 

「……それは、君がなんでも出来るから言える言葉だよ。君はきっと……今まで人生で何にも悩んでこなかったから……それが簡単だって言えるんだよ」

 

 私がそう言った時だった、彼は無敵な笑顔を浮かべていたのが突然、物憂げな表情に変わってしまう。

 

「……いや、それは違うぞ。オレでも不安や悩みが無い訳では……ない。副会長が思っている以上に……な」

 

 それは、あんなにも自信満々だった彼から出て来た言葉とはとても思えなくて——信じられなくて。だから私は問いただしたくなった。

 

「……え? じゃ、じゃあなんで……? 君みたいな子でも、悩んだりするんだったら……じゃあ、どうやったら私は……君みたいになれるの? こんな情けない私でも、ドジばかりで何もできない私でも……どうやったら君みたいになれるの……!?」

「——なに? オレのようになりたいのか? そうか……ならば簡単な事だ!」

 

 そう言い、男の子は私に向かって胸を張って宣言する。

 

「例え己の事が信じられなくとも——自分の心に描いた理想の自分を信じる事だ!」

「りそうの……じぶん?」

 

 思わず、聞き返してしまう。それは私にとって、裏切られ続けてきた存在だったから。

 

「ああそうだ! 常に思い描く未来の己の姿を、強く信じる事だ! そうすれば必ず、いつだって道は開かれる! そう信じて前に突き進むのだ!」

「……でも、そんなことで本当に……出来るの? 理想ばっかり高くしたら、失敗して落ちた痛みが強くなるだけだよ……そんなの、無理だよ」

「ならば落ちなければ良い。例え落ちたとしてもすぐに戻れるようにすればいい」

「そんなの……もっと無理だよ……!」

「……そうか、そう思ってしまうのだな。ならば、副会長がもっと自分に自信を持てるような人間になるために、オレが言える事は確実に一つある!」

 

 その男の子は私に言う。こんな私にそれが出来ると、疑ってもいないように。

 

「一人で抱え込み過ぎるな! みんなを頼れ!」

「みん……なを……? そんな……無理だよ。こんな迷惑かけてばかりの私が、誰かを頼るなんて……そんなの、出来る訳ない」

「問題解決の為に、誰の力を借りてもいけないと思っているのか?」

 

 男の子は分からないと言った風に眉を顰める。でも……そうなんだよ。こんなドジな私が、今更誰かに助けて貰おうなんて甘い話なんだよ。

 自分の失敗は自分で取り戻さないといけないのが当然。それにどうせ……助けを呼んだって、私なんか今更誰も助けに来てくれるわけがない。

 だからそれは、私がとっくの昔に捨てたはずの希望だった。

 

「だって……私、どうしようもない位おっちょこちょいだもん……そんな私が誰かに頼れるはずがないよ……だから、もういいんだよ……それに、どうせ私なんかが助けを求めても誰も来てくれない——!」

 

 でも、そんな私なんかに後輩の男の子は言うのです。

 高らかに声を張り上げて、私の暗い心に自分の意志の輝きで光を灯すかのように——こう、言ってくれたのです。

 

「——いや違う! どうにもならない時、誰かの助けを頼る事は何も恥ではない! オレにだって……辛かった時に共に居てくれた大切な友が居た! だからオレは……そんな友がオレに向けてくれる信頼の為に、オレを追ってこの高校に入ってくれる未来の大事な後輩の為に——もっと尊敬できる先輩になりたいと思って、今もこうして胸を張って生きている!」

「……っ!?」

「だから、お前も恥じることなく助けを求めろ! お前の理想を助けてくれる存在は、必ず存在する! いないなんて事は、絶対にあり得ない!」

 

 その言葉は、あまりにも力強くて、眩しくて。

 そして——泣きたくなってしまいたくなるぐらいに、暖かくて。

 

「それでももし、誰も助けてくれる者が誰も居ないと言うなら——その時はオレが副会長の元に駆けつけてやる!」

「……ほんと? 本当に……助けに来てくれるの?」

「ああ! だからもう一度だけ、“なりたかった自分”を目指して頑張ってみろ! ……自分に期待を出来ない人生ほど、辛いモノはきっとないからな!」

 

 まるで煌めく宝石箱のように美しい綺麗事で——でも、最後に一度だけ、縋ってもいいかもしれないって思える正論だった。

 

「……うん。そうだね……そうかもね。ありがとう。私、もう一度だけ……やってみるよ。そしたらさ……君みたいな素敵な人間に、私もなれるかな?」

「ああ、勿論なれるとも。努力は必要だろうけどな」

「あははっ……ハッキリ言うね。分かったよ……キミがそれだけ言ってくれるなら……私、もう少しだけ頑張ってみる」

「ああ! 楽しみにしているぞ! それでは、オレはこれで失礼する!」

 

 そう言って、まるで嵐のようにその男の子は私の前から去って行こうとした。

 でも私は最後に一つだけ、その子に聞きたいことがあった。

 

「——まって! お願い……最後に、君の名前を教えて?」

「——む? ああ、そうか! 成る程な……そういえばオレとした事が大事な名乗りを忘れていたようだ。分かったぞ、名を教えて欲しいと乞われて全力で応じないのはスターの恥だからな!」

 

 そう言って後輩の子は、その瞳に無敵の星の輝きを宿しながら宣言する。

 きっと、いずれ未来で世界中に知れ渡るんだろうなって、そう思ってしまう程に堂々としたその名を。

 

 

天翔(あまか)けるペガサスと書き、天馬! 世界を司ると書き、司! その名も——天馬(てんま)(つかさ)! 未来は世界に羽ばたく大スターとなる男ッ!!」

 

 

 ——今更ながらに思う。

 きっとこの瞬間に、私の心はその眩い星の輝きに奪われてしまったんだって。

 だって私は、彼みたいな人になりたいって、心の底から強く思ってしまったから。

 

 だから私は、名前だけ言って去っていく後輩の子そ——天馬くんの背を見ながら誓った。

 今度こそ私は生まれ変わって——自分が好きでいられるような堂々とした自分になろうって。

 そう誓ってからの私の行動は早かった。

 

「ただいま……! お母さん、私お父さんから聞いた事あるんだけど、お母さん昔、女子校通ってた頃に京都の人でもないのにエセ関西弁喋るキャラ作ってはっちゃけてたんだよね? よかったら私にも関西弁教えて!」

「——えっ、ちょっ……あの人、娘に余計な事をぉ……!?」

 

 お母さんの黒歴史を思いっきり掘り返しながら関西弁を学び、彼のような堂々とした立ち振る舞いが出来るような強いキャラを作り上げた。

 美容院も予約して、今まで図書館に住み着いている森の妖精みたいな無駄に伸びきったボサボサ文学少女ロングヘア―から、髪も整えて綺麗なポニーテールにしてもらった。

 人前で猫背になってしまいがちだったのを、背筋を張って立てるように改善した。

 そうやって私は、もう人前で絶対に怯えないような、そんな無敵の“私”を作り上げた。

 もう二度と、後悔が残るような生き方をしないために。

 

 そして、生徒会に入ってから心配されるのがイヤでずっと連絡を取っていなかった大好きな幼馴染たちのグループMINEに私は、勇気を持って『ゴメン、助けて』って送った。

 そしたら、レモンもミハイルも茉莉っちも、怒りのスタンプ爆撃の後で『『『遅いっ!』』』って言われて怒られてしまった。

 

 天馬くんが言ってくれた通り、私にも助けてくれる人達はちゃんといた。

 最初から私が誰にも助けを求めちゃ駄目だって、意地になってただけだった。

 天馬くんの言葉がなかったら、馬鹿な私はずっと気づかないままだった。

 

 そこから、思っているより何十倍も頼れる存在だった幼馴染たちは、私と一緒に生徒会の問題点をどんどん改善していってくれた。

 会長の日ごろの悪行をレモンが隠し撮って先生に密告し、会長は厳重注意処分を受け内申点もだだ下がり。

 会計にはミハイルが六法全書みたいな厚さの説教原稿を持って、当時は生徒会役員でもなかったのに現生徒会会計に生徒会役員としての心得をガチ説教。三年が二年に理詰めで詰められて小さくなっている所を私は初めて見た。

 私と性格も似ていて小さな頃から一番仲良しだった茉莉っちは、引っ込み思案だったのに私を見捨てた庶務の子に私の為にとても怒ってくれて——それで、私は以前よりずっと生徒会の仕事がやりやすくなった。

 

 私たち四人はそんな、まるで小学生の頃に戻ったみたいに大立ち回りの滅茶苦茶をした結果、来期の生徒会選挙の期間では前の生徒会メンバーは全員消え、生徒会は私達仲良し幼馴染四人組が占拠してしまった。

 今から思えばこの一連の騒動は、俗に言ってしまえば“神高生徒会ハイジャック”というのに近かったかもしれない。

 そんな四人で、たった数カ月で大改革を成し遂げて、再び自分に自信を取り戻して私は本当に無敵になった。

 落ちついて回りを見回せば、私に力を貸してくれる人は沢山居る。

 それに気づいて、落ち付いて何事にも本気で取り組めるようになった私は、実は案外、普通の人よりも色んな事が出来る器用さがある事に気付いてしまった。

 まぁ、そもそも生徒会で四人分の仕事をたった一人で全部出来てたんだから、その時から気づいてればよかった話なんだけどね。

 

 そしてそんな、今度こそ本当に無敵になった私は、先生達やみんなに生徒会の人手不足を力説して新しい役職を作ってもらった。

 先生達は問題なく説得できたけど、幼馴染のみんなには私の裏の思惑なんてバレバレだった。でも、結局優しいみんなは私を許してくれた。

 

 そんな大義名分を持って私は、意気揚々と彼と再会した。

 

「——久しぶりやな天馬くんっ! ウチの事覚えとる~?」

「……? す、すみません……どこかで会った事があったでしょうか?」

 

 そんなすっかり様変わりしてしまった私の事を、彼は一目では分かってくれなかった。

 でも、今はそれでも構わない。だって——正体を明かした時にビックリする顔を想像したら、その方がずっと楽しいから。

 だから、今は後回し。

 

「あちゃ~、忘れられてもうたかぁ~。ま、無理もあらへんかぁ、ウチすごいイメチェンしたもん……ま、そないな事より君、なんかえらく校内で色んな人を助け回っとるらしいなぁ。生徒会まで君の噂は届いてきとるで?」

「む、生徒会の人間……そういう事か! ハーッハッハッハ! このオレの活躍はついにこの学校中に広まる事となったのか! で、ついに生徒会の人間が直々に感謝状をオレに届けに来たというのだな!? 目立つ事であればオレは大歓迎だ! で、表彰の場はいつにする? 冬休み前の終業式か? それとも来週の全校集会の場か……!?」

「その話やねんけどなぁ——」

 

 そう言って私は、彼に見せつけるようにポケットから新しく買った扇子を取り出し、バッと勢いよく目の前で広げながら、カッコよく見えるように堂々と胸を張って宣言する。

 

 

「ウチ、君の事気に入ったわ! そない目立ちたいんやったら——ウチの生徒会に来たらどうや? 今生徒会はメンバー総入れ替えがあってお手伝いさんを募集しててな、だからウチは……是非君にウチの生徒会に来てほしいねん!」

 

「……な、何ぃぃぃ~~!!??」

 

 

 これが、私と天馬くんの馴れ初めの記憶。

 この先の人生でずっと大切に保管すると決めた、青く輝く刹那の春のような記憶。

 

 未来に悔いなんて残さないように走り抜けると決めた——私の“青春”の始まりの記憶。

 

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 

「……ちゃん……ねぇ、カナちゃん、起きてってば」

 

 夕暮れのグラウンドのベンチにて、サッカー部のランニングの掛け声を子守歌代わりにいつしか寝てしまっていた叶は、茉莉に肩を揺り起こされる刺激で慌てて目を覚ます。

 

「——っん? あ、あぁ……茉莉っち、もしかしてウチ寝てもうてた?」

「そうだよぉ……部活動の視察してるんでしょ? 寝てたら怒られちゃうよ……い、一応部長さんや顧問の先生への挨拶は、わたしの代わりに天馬くんがやってくれたから助かったけど……」

「あぁ、そうなんや。ごめんごめん……ちょっと休むだけのつもりやったのに、ウチまたやってもうたわぁ、天馬くんも茉莉っちをサポートしてくれてありがとなぁ」

「…………」

 

 しかし、叶に話を振られた司だったが、その表情は何処か固かった。

 そんな司の様子に、彼が何を心配しているかなど一目瞭然かのように叶はニヤリと笑みを零す。

 

「その顔……ひょっとして今、志歩ちゃんの心配しとるやろ?」

「——っ!? な、何故分かった……!?」

「あはははっ! やっぱり天馬くんは分かりやすいわぁ……そろそろ約束の10分前ぐらいやもんな。どや、天馬くん? 志歩ちゃん達は無事曲を一曲弾けるレベルにまで完成させられたと思う?」

「……別に、心配しているのはそっちではない」

「——およっ?」

 

 物憂げな司の顔から予想外の言葉が飛び出し、思わず叶は疑問符を浮かべた。

 司は重い溜息を吐き出した後で続ける。

 

「……なぜ、志歩はオレの事をあんなに必死になって守ろうとするのだ? オレが……そんなに不甲斐ないのか? なぜだ? オレは……お前の為に必死で、頼れる先輩になろうと努力してきたつもりだ。だが……それは違ったのか?」

 

 心から残念そうな声色で吐き出されたその司の悩みは、それを聞く叶にとって苦笑を浮かべずにはいられないモノだった。

 

「ふふっ、なーんやジブン。さっきから気にしとるのはそっちかいな。そんなん……決まっとるやろ? 志歩ちゃんは大好きな先輩である君の為に、少しでも尽くしたいんやろ。それだけの事や」

「……そんな理由で?」

「そうやで、ウチは志歩ちゃんの気持ちよぉわかるわ。それだけ……君は志歩ちゃんに大切にされてるんやで? それだけは分かってあげ?」

「…………オレが、大切に……か」

「天馬くん、気に入らん事でもあるみたいな顔やなぁ……どしたん? 話聞こか?」

「……カナちゃん、その言い方ちょっとチャラ男のナンパの定例文っぽい……」

「えっ……? あっ! ちょ……茉莉っちやめてよ! わ、私、今のウケ狙った訳じゃないから普通に恥ずかしい……!」

 

 茉莉に不意を突かれて思わず真っ赤になって反論する叶を見て、司は物憂げな顔から少し表情を和らげながら言う。

 

「……ハハハッ、いつも見ていて思うが、相変わらず仲が良いのだな会長たちは」

「……ん? まぁね、ウチら幼稚園の頃から仲良し四人組やもんなぁ、茉莉っち?」

「う……うん、わたし達のお母さんが同じ女子高で仲良しだったみたいで……その繋がりで、レモちゃんとミハくんとカナちゃんとわたしは一緒に、小っちゃい頃から同じ公園で遊んでたんだ」

「成る程、母親繋がりの絆という訳か。この辺りの女子高なら……もしや宮女か?」

「ううん、宮女じゃないで。ウチらのお母さん達の母校はここシブヤから少し離れた秋葉原の方にある——って、ウチらの馴れ初めの話はどうでもええやん。天馬くん、話題逸らそうとしとるやろ~?」

 

 そんな叶の悪戯っぽい笑みに、司は『別にそんなつもりは無いのだがな』と苦笑した後、ポツリと呟く。

 

「なぁ……オレは……“大切”にされるべき存在なのか?」

「へぇ……それはいったい、どういう意味での台詞なん?」

 

 そんな司の発言の真意を探るような叶の問いに、彼はポツポツと言葉を続ける。

 

「……オレは、未来の大スターだ」

「せやなぁ、天馬くんはずっとそれ言っとるなぁ」

「“スター”とは……いつ何時でも人々に夢や希望を与えられるような、そんな眩い存在であるべきだ……と、オレは考えている」

「……意識高いなぁ、天馬くん。そんなに気負わんでもええのに。まぁでも……せやから君は、昔のダメダメなウチの事も放っておかれへんかったんやろけどなぁ……あの件は、今でもウチは感謝しとるけど……」

 

 そんな司の高すぎるスターへの理想論に、叶は思わずため息を吐いてしまう。

 司はそんな叶にゆっくりと視線を向け、問いを投げかけた。

 

「……会長、“守りたい”という感情を向けられてしまう存在は……果たして、多くの者に希望を与えるべき“スター”として、相応しい存在なのだろうか? 今のオレは……スターとして相応しい存在だと言えるのか?」

 

 そんな切実な司の問いに、叶は少しだけ黙って何かを思案した後——やがて、その考えに自分で結論をつけたようにポツリと呟く。

 

「……そっか。成る程ね……君はひょっとしたら……()()()()……」

「……む? どうした? 何か言ったか?」

「ううん、何でもあらへんよ……せやね、確かに現状は君の意に沿わん状況かもしれん。守るべきやと思っとった存在に庇われるって状況……苦手なんやろジブン?」

「……苦手とは言わんが……居ても立ってもいられない気持ちになってしまう……オレは、本当に今もこうしていていいのか? なぜだ志歩……何故オレの為にこんな勝負を……オレのことなど放っておいてくれれば、それで済む話だったではないか……」

 

 その司の表情には、今もなお現状を受け入れきれていないような、そんな苦悩があった。

 叶はそんな司に対し、優しく気遣うような言葉を投げかける。

 

「そっか……なら天馬くんは……“そこ”から始めたらええ。君の事を守りたいって思ってくれてる人の事を、君自身が受け入れる事から始めるんや。あの日……キミがウチに言ってくれたようにな」

「……何? それは、どういう意味だ?」

 

 司のそんな問いを、叶は意味深に笑って誤魔化すようにベンチから立ち上がる。

 

「フフッ……よいしょっと、詳しい事は乙女の秘密や。どうしても知りたいんやったら答えは自分で考えや? その答えが分かった時こそきっと……天馬くんだけのスターへの道が開ける時やで?」

「な……! お、おい、会長! あなたは一体オレの何を分かったというのだ!? 教えてくれ!」

「ダーメ、だって……言ってもたら……ちょっとなんか悔しいもん。これはウチからの志歩ちゃんへのちょっとした嫌がらせやね。わぁ、ウチったらとんだ悪女になってもたわぁ」

「お、おい! お前はまたオレをからかうつもりか!? 変な事を言ってないで教えろ!」

 

 司の追及を軽く無視し、叶は少し伸びをしながら欠伸をしつつ茉莉に尋ねる。

 

「ふわぁ……さて、そろそろ時間やろか? ミハイルとレモンが大体回っとってくれたおかげで、予定してた部活の視察はもう全部終わってもたし、ウチ暇やねんけど」

「あ……うん、もうすぐ五分前……そろそろいい時間だし、行っても良いと思うよ」

「よっしゃ、腕が鳴るわぁ……! ウチらを所詮部活動レベルのバンドグループやってタカ括っとるあの狛犬ちゃんを、全力の演奏でけちょんけちょんにしたろやん……」

「うん。ちょっと気は進まないけど……カナちゃんの為だしね、わたしもやるよ」

「おい!? だからオレの話を聞けぇ!」

「さぁ、言いたい事は色々あるんやろけど……こっからは悪いけど天馬くん、ウチと志歩ちゃんの合意で一度始まった勝負や……この後に及んでごちゃごちゃ言うのはやめてもらおか……信頼して見守るのも、器量の一つやで?」

「…………くっ」

 

 ようやく静かになった司を引き連れ、叶達はゆっくりとした足取りで視聴覚室に向かう。

 そして丁度約束の時刻に辿り着いた叶は扉の前に立ち、扉を開こうとする——が、その直前で、まるで扉を開ける手を躊躇うように止める。

 やがて、微かに震える声で叶は言葉を漏らす——まるで、さっきまでの強い自分なんて何処にも居なかったかのように。

 

「……ごめん天馬くん。やっぱり私……さっきは強がってあんな偉そうな事言ったけど……実はね、ほんのちょっとだけ怖いんだ。この扉を開けて……そして私がする演奏で、天馬くんに私の事を選んでもらえなかったら……私は天馬くんを諦めないといけない。勝つ自信は勿論あるけど……でも、もしもの可能性を考えちゃうと……私は怖い。……あははっ、おかしいよね……? 勝っても負けても後悔のないルールを私自身が決めたのにさ……どうして、こんなに弱気になっちゃうんだろ……」

「…………!」

 

 司はそんな叶の、一年前に出会ったあの日から今日まで、二度と聞く事の無かった彼女の本気の弱音に、思わず目を見開く。

 やがて彼は、まるで言葉を選ぶように口を開いた。

 

「……それは、オレを軽音部に入部させるのを諦めないといけない……という意味か?」

「…………そうだね。()()()()()()()()()()()()んだったら……好きにしていいよ?」

 

 そんな会長の真意の全く読めないようなはぐらかした言葉に、司は渋い顔をした。

 

「……っ、わからんな。そもそも正直言ってオレは以前から会長の真意がまったくわからん。何故……オレなのだ? オレが……お前に一体何をした? お前に、そこまでさせる価値が今のオレに——『スター』でもなんでもないオレに……あると言うのか? オレは……」

 

 その言葉は、まるで彼自身の苦悩が滲み出ているような言葉で——それを聞いた叶は、司という人間の内面の苦悩の中身を察し、心の中だけで小さく嘆息を吐く。

 

(……そういう所だよ、天馬くん? あーあ……成る程、だから君は色々と鈍感なんだね。志歩ちゃんは本当に苦労する男の子に引っかかっちゃったねぇ……ま、私も人の事言えないんだけど?)

 

 そんな内心は心の中だけに秘め、叶は再びニコリと無敵の笑顔を張りつける。

 絶対無敵の、誰にも負けない最強の自分の仮面を被る。

 

「……まぁ、クヨクヨすんのはウチらしくないか! ほな行くでぇ! 勝つ以外にウチの未来はあり得んわ!」

「——カナちゃん」

 

 瞬間、叶が扉にかけるその手に隣から茉莉の手がそっと添えられる。叶は驚いたように茉莉の方を見た。

 

「……え? 茉莉っち?」

「……大丈夫だよ、カナちゃんは負けない。いや……()()()()()()()()()()()。今ここには、わたししか居ないけど……でもきっと、レモちゃんもミハくんも……わたしと心は一緒なはずだから。だから……自信持って前だけ向いて? わたし達が居る限り、カナちゃんはずっと最強だよ?」

 

 そんな昔からの親友の言葉に、叶は気づけばジワリと目尻に熱いものを感じた。

 

「……茉莉っち……あ、あははっ! そうだよね! 私達……銀河最強の地球防衛軍だもんね? 誰にも負けないもんね! よ~し! 今度こそ本気でやる気出て来たぞ~!」

「うんっ! 行こ、カナちゃん!」

 

 叶達がそんな覚悟と共に扉を開くとそこには、視聴覚室の壇上スペースの真ん中にベースを持って立ち、入ってくる叶達を真っ向から睨みつける志歩の姿があった。

 

「……来ましたか」

 

 まるで敵を迎え撃つ覚悟に満ちた、鋭い狼のような眼光に、叶も今度こそ無敵の仮面を被り直してニヤリと笑いながら言う。

 

「——せや、時間ピッタリに来たったで? どうや、やれそうなん?」

「……ええ、完成度は八割ぐらいで……普段ならこのレベルで絶対妥協はしたくない私ですが……ええ、今回だけはこれで充分です」

 

 それを聞いた瞬間に叶は少し驚いたように眉を上げ、志歩の後ろに立ってハァハァと肩で息を切らせながらギターを構えている、少女のように可愛らしい少年に目を向けた。

 

「へぇ、八割って大口吐けるねんや。一曲通しで出来るレベルでもウチは奇跡やと思うとったのに……ギターにほぼ素人抱えてようやるわ。でも……そこの彼、もう満身創痍(まんしんそうい)やん。相当無理させたんちゃうん? そんなヘロヘロな体たらくで……演奏やって本当に最後までもつんか?」

 

 そう言って瑞希を侮り笑みを浮かべる叶に、揃う声が二人分、その嘲笑を否定した。

 

「「私の自慢の友達を、馬鹿にしたら痛い目見ますよ会長」」

 

 声が揃った事に気付いた志歩と杏は、少し目を見開いた後で互いに少し照れたように微笑んだ。

 そんな志歩と杏が向けてくれる強い信頼に、ブルリと武者ぶるいをした瑞希は——やがてニヤリと笑みを浮かべ、ギターのピックを持ち真っすぐに叶を差す。

 

「……仕方ないなぁ、そんなに期待されちゃったら意地でも応えたくなっちゃうじゃん。さーて、会長サマ? ボクが素人だからって余裕出してたら知らないよ? だって今日がこの『ギタリストAmia』の鮮烈デビューの日だからね! ボクの演奏を……その鼓膜に刻みこんでやるから覚悟しなよ?」

 

 その堂々とした啖呵(たんか)に叶は、その折れない気概を大いに買うとばかりに笑った。

 

「あははははっ! ええやんええやん! 君、可愛いだけと(ちご)ぉて威勢もええ……君も思った以上におもろい子やね、とっても気に入ったわぁ……」

「あ~! 浮気は駄目だよカナっち~!」

 

 そんな風に言う叶に、瑞希の後ろからそう言って小さな黒髪ツインテールがヒョコっと飛び出し、その背後から腰に抱きついて己の所有権を主張するように言う。

 

「カナっちはペガちゃん単推しでしょ~? この子はぁ、れもんのお気に入りだも~ん♡ だからとっちゃダーメ♡」

「おわっ……れもん先輩っ……!?」

「うぇ~ん! それにしてもアキちゃぁ~ん、れもん達、本当に戦わないといけないの? こんなに仲良くなったのにぃ~! やだやだやだ~! もうこの勝負やめにしようよ~! れもんはぁ、アキちゃんと戦いたくないよぉ~!」

「れもん師匠っ……! うぅ……ボクもヤダよ~! 師匠はボクなんかにあんな丁寧にギター教えてくれたのに……!」

「アキちゃんっ……!」

「れもん師匠っ……!」

 

 いつの間にか固い師弟関係を築いていたれもんと瑞希は、涙ながらに互いに熱い抱擁を交わす。

 そんな二人を見て、意外そうに叶は鼻を鳴らした。

 

「はぇ~、これは珍しい事もあるもんやね。『汚い男は所詮全員れもんの財布』とまで言っていつも男を下に見とったレモンが……まさかそこまで暁山くんに懐くとは……キミ、この短時間で一体どんな魔法使って、ウチの大事な幼馴染をたぶらかしてくれたん?」

「あ~! れもんの可愛くない発言の暴露はなしだよカナっち! アキちゃんのれもんへの好感度下がっちゃうじゃ~ん!」

「え……いや、ボク別にれもん師匠をたぶらかしたつもりとか全然ないんだけど……普通に仲良くなっただけっていうか……なんなら、来月あたりに一緒にショッピング行こうって約束したぐらいで……」

 

 そんな困惑する瑞希に対し、志歩はすました顔でポツリと言う。

 

「まぁ……瑞希は前から女タラシだから。会長、瑞希はこれで通常営業なのであまり気にしないでください。この人クラスの女の子にいつも、気軽に“可愛い”とか“お姫様”とか言い回る罪人なので」

「えっ!? 志歩ぉ!?」

「あはは……! そうだねぇ……瑞希は確かに女タラシの困った子だから……!」

「ちょっと、杏まで!? しかも君はなんか怒ってない……!?」

「きゃぁ~♡ れもんはアキちゃんにタラされちゃいましたぁ~♡ ねぇねぇ、れもんたちの結婚生活はどうしよっかぁ……ねぇ? ダ~リン♡」

「れもん師匠も悪ノリやめてよぉ……! ってかいい加減勝負するんだし離れよっか? 充分別れ惜しんだでしょボク達!?」

「え~、やだぁ~! アキちゃん良い香水使ってるから匂いが心地よくてぇ……れもん離れたくないかもぉ~♡」

「……っ、ちょっと、そろそろいい加減にしませんか矢澤(やざわ)先輩? 後輩との距離感考えてください、瑞希が嫌がってるじゃないですか……!」

「あ……杏? いや別にそこまで怒らなくてもいいんじゃないかなぁってボクは——」

 

 そんな風に、僅かに本来の目的から逸れて騒ぎが始まってしまうこの場に、金髪碧眼の男がドラムの前から立ち上がって叶の元に進み出る。

 

「れもん、お前のお気に入りの話は今は後回しで良いだろ。それより、僕の代わりに叶のお守りをしてくれて助かったよ天馬。やはりお前が居てくれると叶は普段より仕事が早い……僕としてはいつも天馬が居なくても、叶には生徒会の机の上でだらけたりしないでほしいのだが」

「ちょ、ちょっとミハイル……? あんまウチのそういう話を天馬くんにバラすんはやめてぇな……!?」

 

 実入(みはいる)の急な暴露話に少し狼狽する叶だったが、当の本人である司は何やら考え事をしていたような面持ちから、ようやく話しかけられているのに今気づいたように顔を上げる。

 

「……む? ああ、すまん副会長……少し考え事をしていた。別にオレは特別な事は何もしていないぞ、ただ西木野のフォローを少々していただけで……」

「うっ……ご、ごめんなさいミハくん……わ、わたしも、いつも頑張ってるつもりなんだけど……どうしても……知らない人とのお話しは無理で……」

「あぁ……そうだった、その件も合わせていつも感謝してるよ天馬。本当は毎日でも生徒会の仕事を手伝ってもらえると、僕としてはとても助かるんだけどな……幼馴染とはいえ、僕一人でこのじゃじゃ馬娘三人組のお守りはいつも手に余るんだ……」

「……それはすまん、オレはバイトをする予定があるからな。顔を出せる頻度はこれまで通りになりそうだ」

「はぁ……まぁ、それもそうだよなぁ……分かった諦めよう。お前の素行は少々派手すぎるが、それを差し引いても有用な人材だと思ったのだがな。そうだ——叶」

「——ん? なんや?」

 

 実入はそう言った後でニヤリと笑い、背後にいる志歩を親指で指し示す。

 

「本気でやる気なら油断するなよ。お前に噛みつくこの狛犬の牙は——少々鋭いぞ?」

「……誰が油断しとるって? アホ抜かしなやミハイル……ウチはいつだって、どんな相手でも全身全霊でぶつかるだけや。それが、ウチが一番後悔のない今この瞬間の生き方やからなぁ……それは、ミハイルもレモンも分かってくれとるやろ?」

「……まぁな、だから言うまでもないとは思ったが、一応の忠告だ」

「うん、れもんも勿論その気だよん? 可愛い弟子と戦うのは本当に気が進まないけど……それでれもんは、ヒノっちとカナちゃんのどっちかって聞かれたら、勿論カナっちの事を選ぶからねぇ~」

「……ありがと、二人共」

 

 そんな会話で、その場の空気はピリリと引き締まった。

 まるで実力者同士の闘いが始まる前の、そんな張り詰めた空気に。

 志歩は鋭い瞳で叶を射貫く。

 

「では、再度ルールを確認します。勝負はバンド演奏、お互いのチームでの演奏を交互に一曲ずつ行い、最終的に私のバンドチームと古雪会長のバンドの演奏の良し悪しを司先輩が判断し……最終的に票を入れてもらった方が勝ちで良かったですよね?」

「そのルールで問題あらへん……あと、もう必要なもんはここに持って来とるで」

 

 そう言い叶は、ドンと、テーブルの上に一枚の用紙を——『入部届』を叩きつけた。

 志歩はそれを見て苦い顔をする。

 

「……随分、用意周到ですね」

「いやいや、こういうのはやっぱ形式は大事やろ? ウチとしても早めに新入部員はゲットしたい所やし……な、天馬くん?」

「……っ。……志歩、やはり今からでも考え直し——」

 

 と、司が言いかけた言葉を志歩は遮る。

 

「大丈夫です司先輩。この勝負は元から、私が避けては通れない道でした。ですから……この争いの発端が自分の行いの所為だと、自身を責めないでください。だって私は……今となっては、司先輩にむしろ感謝したいぐらいなんですから」

「……何?」

「だって——!」

 

 そこまで言って志歩はいきなりベースを構え、白く細いその指先で力強く、銀の四本弦を素早くかき鳴らした。

 

 

——♪! ♪♪♪!!

 

 

「——っ!?」

 

 

 その志歩のベースが放つ音は、まるで夜空から降り注ぐ星屑(スターダスト)のような煌めきが爆ぜ、その煌めきは視聴覚室中に広がった。

 そんな志歩のベースの即興演奏の、その短い演奏の中に詰め込まれたプロレベルの超絶技巧の数々に叶は思わず、目を剥いて驚いてしまった。

 そんな叶を見て志歩は、その声に熱く燃ゆる闘志を滲ませながら言う。

 

「だって……この勝負に勝てば、私はベーシストとしてもう()()()()()()()()に行けるような……そんな予感がするんですから。これは……私がベースでプロになる為に乗り越えるべき試練でもあるんです。ですから、相応しい相手にこうして導いてくれた事に——ただ今は感謝を」

 

 そんな志歩を見て司はやがて深く息を吐いた後で、ようやく自分が取るべき態度が定まったとばかりに胸を張った。

 そして、そんな志歩を鼓舞するように司は言う。

 

「ならわかった、オレは見届けよう! だから——刮目させてやれ、お前の魂の演奏で!」

「ふふっ、そういうの……最高ですね」

 

 志歩は司とそんなやり取りを交わして上機嫌にニヤリと笑い、叶に向かって言う。

 

「さぁ……良い花見をさせてもらった礼はしましたよ? 会長は——天体観測はお好きでしたかね?」

「………あ、アハハハハッ! ウチの前で随分いろいろ()せつけてくれるやん! 上等やでぇ……! こっちも相手にとって不足なしや!」

 

 叶はそう笑った後で頷き続ける。

 

「ほな、ええ流れ星を見せてくれたお返しや、先手はウチらのバンドが貰ったろ……開幕ド頭から戦意ゴッソリ削ったるから覚悟しぃや? いくでミハイル、レモン、茉莉っち!」

「——了解した」

「おっけぇ♡」

「……うんっ!」

 

 料理、漫才、音楽。その他の様々な芸術の世界での勝負事において——先行は不利。

 そんなハンデなど意にも介さないとばかりに悠々と叶は、信頼する仲間を引き連れ志歩達が立ち退いた壇上へと登って準備を整えていく。

 それを見ながら志歩達は審査を務める司と共に、叶達の演奏が始まるのを視聴覚室の席に着きながら待つ。

 杏の表情は少しだけ険しかった。

 

「……さーて、志歩の先制攻撃は成功したみたいだけど、この勝負に勝てるかどうか……本番はこっからだよね。生徒会長達のバンドがどれだけの実力かって問題だし……」

「ごめん、悪いけどボク……あの四人の演奏って……絶対弱いわけ無いって思うよ? だって練習してた時に聞いたけど、実入先輩もれもん師匠も……凄かったじゃん?」

「だよねぇ……どんだけ四人で練習したのって感じ。横山先輩と矢澤先輩、個人技でもアレなら……四人で息を合わせた演奏とか考えたくもないレベルかも。でも審査する天馬先輩が私達に味方してくれるなら、話は別かもしれないけど——」

 

 そんなささやかな杏の希望を、スッパリと断ち切ったのは志歩だった。

 

「杏、悪いけどそれは私からお断りだから。司先輩なら……私の事は良く知ってくれてますよね?」

「……ああ、勿論分かっている。お前は忖度(そんたく)の類が大の嫌いだからな……だからオレは……純粋に勝ちだと思った方に票を入れるぞ。——それで、良いのだな?」

「ええ……ありがとうございます。私の事をよくわかってくれてて本当に嬉しいです」

「……だよねぇ、志歩ならそう言うと思ったよ私……でも、覚えてる? 練習の時に横山先輩が言ってた事をさ」

「……うん、勿論」

 

 志歩はそう呟き、先ほど練習していた時の事を脳内で回想する。

 

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 

 それは勝負の時刻の30分前。

 視聴覚室でようやく完成にこぎつけた志歩達の演奏が終了した。

 瑞希のギターの弦が震わせる音の余韻が完全に消え去った後、目をキラキラと輝かせながら杏と瑞希は大興奮で歓声を上げる。

 

「……や、やったぁぁぁーー!! すごいよ志歩! 瑞希! ホントに私達2時間で一曲演奏マスターしちゃったよ!? しかもさっきの演奏超良くなかった!? 瑞希も初心者と思えないぐらいギターの上達早かったし、特に志歩のベースがヤバい! ずっと引っ張って行ってくれて私超歌いやすかったもん!」

「すごい……! ボク、まだミスしてる所何個かあるけど、それでも通しで弾けるぐらいには一曲マスター出来ちゃったよ! ありがとう志歩、杏! 志歩のベースと杏の歌が本当に凄くて、全然自分のミス気にならなかったし……! ねぇねぇ、これってひょっとしてボク達って最強かも~!? 案外会長との勝負も楽勝で勝てちゃうんじゃな~い!?」

「うんっ♡ 良かったねアキちゃん! ま、これもれもんの指導の賜物だけど~?」

「そうだね! 本当にありがとうれもん先輩——いや、師匠! ボクがここまでギター弾けるようになったのも、全部れもん師匠の分かりやすい指導のお陰だよ~!」

「うんうん! 物覚えが良くて可愛い弟子を持てて、れもんも嬉しい~♡」

 

 そんな風に演奏の完成に喜ぶ杏達の声とは対照的に、志歩の表情は険しかった。

 実入はドラムのスティックを下ろし、そんな彼女に言葉をかける。

 

「……どうした? 何か納得のいかない所でもあったか? 僕のドラムに修正が必要なら早めに言ってくれ、リズムを調整するのにボクは時間がかかるんだ」

「——あ、いえ……横山先輩のドラムに全然文句はありません。……いえ、むしろ無さ過ぎて怖い位です。まるで機械みたいにリズムが一定で……終始リズムが狂う気が一切しませんでした。先輩——ひょっとして体内にメトロノームでも仕込んでるんですか?」

 

 そんな志歩の例えを面白がるように実入は笑った。

 

「ははっ、僕の数少ない取り柄をそこまで評してくれるのは嬉しいね。恥ずかしながら、幼い頃から親の言いつけや決まり事を守る事しかできない人間でな、道を外れる事が大の苦手なんだ。曲のリズムもそれと同じ事、だたそれだけさ」

「そうですか……貴方は融通がきかない性格なんですね。もしかしたら……私以上に」

「そうかもしれないね。だけど……だからこそ、そういう社会の規律に良い意味で囚われないで生きる事が出来る人間には憧れている。それは……僕が逆立ちをしたって出来ない生き方だからね」

 

 そう言って実入は静かに瑞希を見据えた。そんな視線に気づいて瑞希は少しギョッとした反応を見せる。

 

「——えっ? ええっと……ボクに、何か用ですか横山先輩?」

「いや……君の事をれもんが気に入るのも理解できるって、そういう話さ。暁山君……君の事を色々言う人間はいるだろう。だが、君は決して校則を破っている訳じゃないんだ、だから誰が何と言おうと君はそのままでいい。もし生徒から悪質な嫌がらせがあれば、遠慮なく生徒会の名前を抑止力として使え、僕が許可する。生徒の自由な学校生活を守るのも——僕らの役目だからな」

 

 そう堂々と言い切った実入に、瑞希はやがてクスリと笑った。

 

「先輩……え、えへへ……なんかボク、生徒会の後ろ盾貰っちゃった感じ~? ボク、ちょっと調子乗っちゃうよ~? ……いや、ありがとうございます実入先輩。貴方みたいな先輩がいるなら、ボクも……この学校の事を好きなままで居られそうです」

「あ~、もしかしてミハもアキちゃんの事気に入っちゃった感じ~? しょうがないにゃぁ……じゃあ二人でアキちゃんファンクラブでも立てちゃう? という訳でファンサイトの開設はミハよろしく~! プログラミング得意でしょ~?」

「はぁ……れもん、お前は本当に昔からノリだけで生きてるよなぁ……まぁいい、それより暁山君、僕はかねてより君と話す機会があればぜひ一つ、頼みたい事があったんだ。聞いてくれないか?」

「——え? うん、ボクに出来ることなら何でも言ってよ実入先輩」

 

 瑞希はそう言って、完全に警戒心を解いた柔らかな笑みで実入に言う。

 そんな瑞希に彼は、唐突に目を吊り上げながら苛立ちを露わにした表情で口を開いた。

 

「噂では君……神代(かみしろ)(るい)という名の二年の生徒と懇意にしているらしいな? 二人で話している所を目撃したという証言をいくつか聞いているんだが……」

「あっ……」

 

 その実入の表情に瑞希は頼みの内容を全て察した顔をし、同時に杏は目を剥いて瑞希の方を見る。

 

「……あっ、あの風紀委員でも問題になってる先輩の事ですね……! って……え? 瑞希あの先輩の事知ってるの!? 知り合い!?」

「えっとぉ……そ、その、ちょっと……何というか……友達……? いや、腐れ縁……? えっと、前の中学の先輩っていうか……まぁ、うん、大体そんな感じの人で……」

 

 しどろもどろな瑞希に対し、実入は腹の底からこみ上がる怒りを理性で押し殺しているような震え声で言う。

 

「……転入初日から無許可での校内のドローン使用。公共スペースである筈の校内の廊下を無断で占拠し、小型ロボットを操作して騒ぎを起こした事案が多数頻発。そして挙句の果てには、学校内の備品を無断で改造……最早あの男が違反している校則の数は10や20では遥かに足りん! アイツの所為で僕が常日頃、先生方への事態の事後報告にどれだけ奔走させられてるか……! 風紀委員会では最早手に追えんと判断し、副会長である僕が直々に注意勧告の為に生徒会へ召集令状を出しているのだが……野郎、それら一切合切を無視してくれやがるッ……!」

「あ……あははははは……え、ええっとぉ……あの人も、多分きっと何か深い考えがあってというか……?」

「それで……だ。もし、君が彼と友達の類だというなら、是非こう伝えて欲しい……貴様が今も、停学にならずに涼しい顔で平然と校内でテロ行為を行えているのが、一体誰のお陰か……それを恩義に思うなら今すぐ僕の前に顔を出せとなぁ……!」

「おお……いいですね副会長! 是非あの困った先輩に一言ガツンと言ってやってください! よろしくお願いします!」

「あっ……は、はい……分かりましたぁ……ゴメン類、ボク君の事を庇いきれなかったよ。生きて帰ってきてね……?」

 

 そんな瑞希の言葉を聞き、満足したように実入は頷いて志歩に向き直る。

 

「よし……僕の用は済んだ。で……話を戻すが日野森さん、僕らの今の演奏で何が引っかかったって言うんだい?」

 

 実入の改まった問いに、志歩は難しい顔をした。

 

「……横山先輩、正直な話をしてもらっていいですか? 私達のこのままの演奏で……古雪会長が戻った貴方達四人のバンドの演奏に……勝てると思いますか?」

 

 実入はそんな単純な問いに、難しい顔をしながら答える。

 

「それは……仮に“公正なバンド勝負”を行った場合としての意見で構わないか?」

「ええ、貴方のさっきのドラムを聴くだけで、貴方という人間の人どなりがよく分かりました。貴方は……誰よりも冷静で俯瞰的な立場で物事を判断できる人間です。だからこそ、貴方に尋ねたいんです」

「そうか……なら分かった。今の演奏と僕達の演奏のどちらが上か……あくまでも僕の個人的な意見なら、正直に言おう」

 

 実入はそう前置きをした後、その青い瞳で志歩をスッと鋭く見据えながら告げる。

 

「十中八九、僕らの演奏の方が上だ。勿論……練習の練度の話をしている訳じゃない。もし君達の今の演奏から練習不足を補ってあまりある時間を与え、完成度100パーセントにしたとしても……今の君のベース演奏を聞く限り、君は叶に勝てているとは到底思えない」

「「——えっ!?」」

「…………やはり、ですか」

「あーあ、言っちゃった。折角れもんは可哀想だから言わないでおいてあげたのにぃ~」

 

 実入の言葉に杏と瑞希は驚愕し、志歩はため息と共に納得した。最後のれもんの気楽な声が虚しく視聴覚室に響く。

 しかし、実入はそんなのは関係ないとばかりに首を横に振った。

 

「だがしかし、そこまで落胆する事は無いだろ。何故なら……審査をするのは日野森さんの事を眼に入れても痛くない程に可愛がっている、あの天馬だ。演奏を通しで一曲出来た時点で勝敗など目に見えてる。だからこそ僕はこんな勝負——正直言って()()のようなものだと思っているのだか?」

 

 しかし、そんな実入のフォローも気にする事なく志歩は首を横に振った。

 

「……いいえ、そんな勝利なんて元から意味ないんです。これは……司先輩をかけた私と古雪会長の勝負です。なら……先輩の内心が会長の演奏に傾いてしまった時点で、もうこの勝負は私の負け同然なんです。私はこの勝負……完全勝利以外は()()()()んです」

 

 そんな一歩も引くことのない覚悟をその言葉に滲ませる志歩を見て、実入は納得したように頷いた。

 

「そうか……成程な、やっと納得がいったよ。もう君の勝利条件は天馬を軽音部に入れる入れないの話ではない訳だ。部に名前を貸すだけという条件が出た時点で、君が天馬の身代わりになれば良いだけの話。それでもこの勝負を行うのは——どちらが天馬の心を掴めるか、それを競って勝った方が天馬に相応しいと……そういう勝負を、日野森さんは叶としたい訳なのだな?」

「……やっぱり、貴方は頭がいいですね。会長があんな滅茶苦茶で生徒会が回ってる理由が今理解出来ましたよ」

「そう! 頭良いでしょ? ミハは昔かられもん達の参謀役なんだ~。でも……どうすんのヒノっち? ヒノっちがそういう意味で勝つつもりなら、今のままじゃれもん達に負けちゃうかもしれないよ~?」

 

 ニコニコ笑顔で会話に割り込んで来るれもんに対し、志歩はそれは文句はないとばかりにコクリと頷き、再度実入に向き直る。

 

「ええ……勿論手抜き無用で構いませんよ。だだせめて……横山先輩、今の私が会長に勝つために何が足りていないか……貴方の主観で構わないので、何かアドバイスをください」

「へぇ……本番も同じバンドで演奏するとはいえ……仮にも相手の身内を、どうしてそこまで信用できるのかな? わざと不利な情報を渡すかもしれないと疑わないか?」

「そこは……貴方の生徒会役員としての信念を信じます。生徒の自由な学校生活を守るのが生徒会役員の勤め……でしたっけ? そんな貴方が一人の生徒に対し、自分の身内が特をするという理由だけで嘘をつくような人間だとは思えない……そう思っただけです」

「……ははっ、これは一本取られたようだな。分かった、ならハッキリ感じた事を言おう」

 

 そう言って実入は志歩の持つベースに目を落とし、言う。

 

「叶と君のベースの演奏を比べて、確実に君に足りないモノは——“情熱”だ」

「“情熱”……ですか」

「えっ!? ちょっと横山先輩! 志歩の演奏から情熱感じないって嘘ですよね!? 志歩のベースの技術はあんなに凄かったのに……!」

 

 猛烈に抗議する杏を一瞥し、実入は続ける。

 

「ああ……確かに日野森さんのベースの技術は正直言ってもうプロ級だ。指捌きも、ベース奏法も、すべてが完成形に近いと言っても過言じゃない。最早その点で語ってしまえば叶は確実に君に劣る——だがしかし、その足りていない部分を補ってあまりあるモノが、叶の演奏にはあるんだ」

「……それが、“情熱”ですか?」

「ああそうだ……君は……僕と似ている気がする。なら君も、周りを見ながらもしっかりと譲れない自分の芯を持っている人間なんだろう? なら……そんな人間にとって必ず生まれてしまう“欠点”——これは、今後の君が乗り越えるべき課題とも言えるかもしれない」

「……“課題”」

「君の演奏はね、さっきもそうだったけど……ベーシストとして回りを見て帳尻合わせをする事にだけ終始して——結果、君自身の“想い”が演奏から伝わってこないような、まるで周りの顔色をずっと(うかが)うような演奏なんだ。ハッキリ言うよ……日野森さんのベースを聞いて、僕は心が全く踊らない。それが今の君の演奏の唯一の欠点だ」

「——っ!」

 

 そんな厳しい指摘に、志歩は苦虫をかみつぶしたような表情になる。

 それは、以前から『Asgard(アースガルズ)』のベーシストであるイズからベース演奏の手ほどきを受けていた頃から発覚していた、志歩自身の明確な欠点だった。

 

 志歩の過去の記憶の中のイズは、志歩のベースを聞いて難しい顔でこう言う。

 

 

『う~ん……ベースの基本的な技術はもう言う事無いぐらいに完璧だけど……志歩ちゃんはアレだねぇ……なんというか……爆発力が足りないねぇ……』

『爆発力……ですか? それはどういう意味なんですかイズさん?』

『いやね、ほら……志歩ちゃんがさ、前に愛兼ちゃん達のライブに私の代役で上がってくれたじゃん? その時の演奏は凄く情熱が乗ってるなぁ……って感じたけど、でも……今は全然それを感じない。なんていうか……小手先の技術でなんとか誤魔化して頑張ってますって感じで……聞いてて全然ワクワクしないんだよね、今の志歩ちゃんの演奏って』

『……そ、そうですか……じゃあ爆発力って一体、どうやったら身につくんですか?』

『うーん……そうだねぇ、こればっかりは志歩ちゃんの性格上の問題もあるから、簡単に克服できる欠点でもないんだよねぇ。あ……でもただ一つだけ、とっても難しい事だけど、すぐにでも志歩ちゃんが爆発力を得られるような手段があるよ?』

『——!? そ、それはなんですか!? 教えてくださいイズさん!』

 

 目を輝かせてイズの言葉に飛びつく志歩。そんな志歩の肩にポンと手を置いてイズは言う。

 

『それは、志歩ちゃんが私達の前で見せてくれたあの“星屑狼(スターダストウルフ)”を——『ゾーン状態』を自由に使いこなせるようになる事だよ。実際、あの時の演奏には志歩ちゃんの“魂”が籠ってるって感じたもん』

『ゾーン状態? まさかあの、フレイアさんが突然火柱出したりする“アレ”をですか? あの……演奏中に頭がふわっとなるあの感覚を、完全にモノにしろって事ですか!? で、出来るんですかそんなの……?』

 

 そんなイズの言葉に思わず困惑してしまう志歩だったが、イズはニコリと笑って言う。

 

『確かに難しいけど出来る出来る。実際私達『Asgard』は全員出来るしね~、むしろバンドのみならず音楽の世界全体でやっていこうって思うなら、身に着けて不利にはならない技術どころか……カッコイイ言い方しちゃうならもう『必殺技』みたいなモノだから! 頑張って習得しよ志歩ちゃん!』

『ひ、『必殺技』って……マンガじゃありませんし、それに習得しようと思って出来るものなんでしょうか……?』

『やれるやれる! こればっかりは何事も友情、努力、勝利の世界だから! 泥臭く練習しながら感覚掴んでいこ?』

『なんだか、急に少年誌の三大原則みたいな事言ってません? イズさん、その……真面目に言ってますよね? 信じていいんですよね?』

『大丈夫! おねーさんの事を信じて? ほらほら、あの有名な死神バトル漫画に出てきた“卍解(ばんかい)”や、最近ならあの呪術バトル漫画の“領域展開(りょういきてんかい)”を習得する気分でいこっ? 『ゾーン状態』も大体あんな感じだと思えばやる気出るでしょ? こういうの、モチベの問題だよっ?』

『……あの、やっぱりふざけてません? そもそも私、その漫画知りませんし……』

『さー! とにかく練習練習! 頑張れ私の可愛い一番弟子ちゃ~ん!』

『はぁ……わかりましたよイズさん、とにかくやれるだけやってみます』

 

 

 ——と、そんな師との会話を思いだし、志歩は叶に勝つための唯一の手段を確信した。

 

「……『ゾーン状態』……今までなろうとして一度もなれた試しのないあの状態に……自分の意志で入れないと私は……会長との勝負で勝ち目はない……か」

「——? ぞーん? 急に何を言い出すんだ日野森さん?」

 

 急な知らない単語が飛び出してきた事に疑問符を浮かべる実入だったが、志歩は構わず彼に頭を下げた。

 

「……いえ、何でもありません。ありがとうございます、お陰で私がどうやったら会長に勝てるか……ヒントは得られました。後はとにかく残り時間を練習に当てたいと思います」

「ふむ、よくわからないけど……とにかく何かを掴んだみたいだな」

「そういう訳なので、もう一度通しでやるので協力してください横山先輩。リズム隊の私達がこの曲の要なのは確かなので」

「……わかったよ。君がこの短い時間でどれだけ化けるのか……僕も少し楽しみになってきたよ。よし、やろうか」

 

 志歩は実入とそんなやり取りを交わし、二人で再度練習に入った。

 そんな志歩の様子を見て、瑞希はコクリと何かを決心したように頷いてれもんを見る。

 

「ゴメン……れもん師匠、ボク……もう一度師匠のギター演奏を見せて欲しい」

「およ? もしかしてまだやる気なのアキちゃん? もうアキちゃんは充分以上に仕事してるよ? 全然みんなの足引っ張って無いもん、なのに……どうしてこれ以上がんばるつもりなの? ……何が、君をそうさせるの?」

 

 れもんのそんな純粋な問いに、瑞希は真っすぐその顔を見つめ返し、自分が定めた固い意志をその己の言葉に乗せて言う。

 

「……ボクは、志歩の力になりたいって思ってこの勝負に首を突っ込んだんだ。なら……足を引っ張らない程度に頑張るんじゃ……全然足りない。もっと……時間の許す限り全力で、ボクは演奏の完成度を高めたい。自分の譲れない“想い”に向かって我武者羅に頑張るあの子の為に——ボクは、少しでも貢献したい。ボクを救ってくれたあの子に……ボクのギターで勝利を届けてあげたいんだ。だからだよ……!」

「アキちゃん……」

 

 そんな瑞希の覚悟の決まった表情に、れもんは少しだけ圧倒されたように彼を見つめ——『やば……ちょっと本気でイイかもこの子』と、誰にも聞こえない位の小声で呟いた後で、ニッコリと笑いながら言う。

 

「ふっふ~ん?♡ いいよぉ? ならぁ……今まではれもん、お楽しみ甘々ギターレッスンコースだったけどぉ、ここからは鬼教官モードで行って大丈夫ぅ? アキちゃん厳しくて泣いてもしらないよん?」

「うん……是非、よろしくお願いします、れもん師匠!」

「よーしっ、ならオッケェ! じゃあ残り時間30分、死ぬ気でいってみよっか♡」

 

 そう言い、瑞希とれもんはギターを持って練習に入った。

 そんなそれぞれ最後の追い込みに入るのを見て、杏は先ほど志歩が呟いた言葉を思い返しながら、一人フゥとため息をついて天井を見上げていた。

 

「……『ゾーン状態』かぁ……お父さんや凪さんから昔聞いた事あったっけ。選ばれた一流のミュージシャンしか至る事の出来ない精神の極致(きょくち)……その領域に、志歩はもうその手が届いてるんだぁ……すごいなぁ……私、友達がそこまでの覚悟でこの勝負に臨んでるのに、この後に及んでまだ部活の助っ人やってる時と同じ気分なの……?」

 

 そこまで呟いて、杏は思いっきり自身の両頬をバシンと両手で叩いて気合を入れ直した。

 

「よっし切り替えた! こっからはもう私、イベントの時のガチ気分で歌ってやる! 全力で、全身全霊で、今のこの負けたくないって気持ちを……この歌に乗せてやる!」

 

そう口に出して心に決め、杏は目を閉じ口を開いて本気の歌声を放つ。

 

「——♬!! ——♬!!!」

 

 その歌声は力強く、それでいて繊細で清らかな声の響きとなって視聴覚室中に響き渡る。

 杏の変化に気付いたのは志歩と瑞希だった。

 

(——!? 杏……! すごい、さっきまでとは声の迫力が段違い! これが、貴女の本気なの……!? 間違いない、この歌声を上手く私のベースの音で支えられれば……生徒会長との勝負の勝率をもっと跳ね上げる事が出来る!)

(……さっすが、ボクの歌の先生サマだね。君も、志歩の為に全力出すって決めたんだ……なら、ボクだって負けてられないなぁ!)

 

 杏の歌声に触発され、そんな心持ちで二人はより一層、限られた時間に練習にのめり込むのだった。

 

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 

 ——そんな、ほんの少し前の記憶を遡り、志歩はため息と共に現状の劣勢を把握する。

 

(……結局あれから頑張ったけど、ゾーン状態に入るきっかけを私はつかめないままだった。悔しいけど……でもまだ諦める訳にはいかない。私にはまだ——)

 

 そこまで思考して、志歩は横目で杏と瑞希を見る。そんな視線に気づいて二人はキョトンとした顔を志歩に返した。

 

「えっ……志歩? ボクを見て急にどうしたの?」

「何か私達に気になる事でもある?」

 

 二人に、志歩は真剣な眼差しを送りながら言う。

 

「お願い二人共……この一時だけでいい、私に力を貸して? 悔しいけどそれしか今の私には、あの人に勝つ手段がない……」

 

 それは真摯な志歩の願いだった。そんな友の願いに、二人は満面の笑みで応じた。

 

「うんっ! 何言ってるのさ志歩……勿論、ボクは望む通りだよ! その為にボクはあれだけ頑張ったんだから!」

「そうだよ、私達は大の仲良し三人組だよ? そんな私達が力を合わせちゃったら——例え生徒会長にだって勝てるに決まってる!」

 

 そんな二人の笑顔を見た瞬間に志歩は、元居た宮女を捨てて幼馴染たちとの繋がりを一部失ってしまった代わりに得る事ができた、今この学校での貴重な(えにし)に、心から感謝したい気分になった。

 

「……ありがとう、二人とも。私……二人に会えて友達になれて本当によかったって、心からそう思う」

「あはは! 志歩ってば気が早いよ。そういう言葉は——勝負に勝ってからでしょ?」

「そうだよ志歩、ま……ボクも正直同じ気持ちだけどさ」

 

 三人がそう言ってお互いの結束を再確認した後だった。

 そんな会話をぶった切るように、壇上の叶は口を開く。

 

「——さて、お待たせや。ウチらの準備は整ったで?」

 

 その言葉に全員、叶達がいる壇上に目を向ける。するとそこには、志歩達の目を疑うような光景があった。

 

 それは——叶達のバンドメンバーの立ち位置の異質さ。

 普段は中心に来る事があまり無い立場であるベース担当の叶がステージの中央に立ち、代わりに本来はメインを張るはずのギターがその脇に立つという異例さ。

 そして、叶の空いた左サイドににキーボード担当が控える。そして最後に、その三人全員を視界に入れられるような背後の位置でドラム担当は座っていた。

 

 そして——バンドの顔であるセンタースポットにベースの叶が立つという事の意味。

 その真の意味に気付いた瞬間、志歩は思わず言葉を漏らしてしまう。

 

「まさか貴女……()()()()()()()だったんですか……!?」

「そのおーりや。すまんなぁ……騙し討ちみたいな真似してもて、でも、ベース担当って事は嘘ついとらんからええやろ?」

「——っ!」

 

 志歩は強く歯噛みした。

 元々疑問には思っていた、叶達のバンドメンバーで一体誰がボーカル担当なのかという事を。そして実入が自分に叶には勝てないと言った本当の理由を今悟る。

 何のことはない。なぜなら叶は自分達に最初に見せて驚かせたあの素晴らしい演奏でさえ、()()()()()しか見せてなかったのだ。

 杏はやられたとばかりに歯噛みしながら呟く。

 

「やってくれたね横山先輩……あの時私に、古雪会長の事を誤魔化したのはそういう事だったの? 会長、一人で私と志歩の最強タッグに対抗するって事……? へぇ……上等。歌だったらお手並み拝見といこうじゃん……」

「うっそ、バンドってギター弾く人以外もボーカルってやるもんなの? ボク全然バンドの事わかんないんだけど、てっきりれもん師匠が歌うのかなって思ってた……」

「……ああ、どうやらそうみたいだぞ暁山。オレも知らなかったのだが、ボーカルというのはどのポジションの人間も出来るらしい。ただ……ギターと兼業するのに比べてベースは各段に難易度は跳ね上がるらしいがな。だからやろうとする人間は少ないんだ」

「へぇ……そうなんだ。……ってか、意外と司先輩バンドの事に詳しくない!? ボク今ビックリしたんだけど!」

「まぁな、これでも一応……志歩が立つステージのライブには毎回招待状が届くからな。入り浸って居ればそれなりに知識はつく」

 

 ざわつく四人も無視し、叶は口を開く。

 

「さぁ……もう待ったなしや! そろそろ行くでぇ……!」

 

 そして叶は、目の前のスタンドマイクに声を張り名乗りを上げる。

 それは——自分達が掲げる旗印(ユニット名)

 

 

「ウチらの名前は『Shine Blossom(シャイン ブロッサム)』! 刹那に輝き、咲いて散りゆくその花弁——それが、限りある“今”を生きるウチらの生き様やぁ!」

 

 

 叶がそう宣言した瞬間、四人の音が同時に視聴覚室内で炸裂(スパーク)した。

 

 

 

 

 





【後編】は今日の17時に投稿します。
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