神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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短編⑧ 志歩VS生徒会長!?(後編)

 

 

 

【挿入曲】

『千本桜』 セカイver. 『Shine Blossom(シャイン ブロッサム)

古雪叶・横山実入・矢澤れもん・西木野茉莉

 

 

 

——♬♬♬♬!!!!

 

 

 それはまるで、志歩の視界いっぱいに吹きつける花吹雪のような、熱く勢いのある音の奔流だった。

 その四人同時の演奏は、一切もズレのないぐらいに正確で——それでいてこれ以上ない位に、熱く激しく胸を揺さぶるような高揚感(グルーヴ)を聴く者に与える音楽だった。

 思わず、志歩は絶句する。

 

(な、ナニコレ!? 最初に聞いた会長と西木野先輩の二人のセッションよりも、ずっと遥かに凄い! 呼吸すら忘れそうになる程の花吹雪……! これがこの四人が協力して奏でる、ハイクラスの化学反応(ケミストリー)……!)

 

 息をつかせる間もなく、前奏が終わり叶はスゥと腹から息を吸いこんだ後で大きくその口を開く。

 

「——♬! ——♬!」

 

 その叶の歌声はベースによる正確なリズムを維持したままでも、高く清らかにこの室内に鳴り響き渡る。

 それはまるで、己のベースによって好きに作り上げた曲のスポンジケーキの土台に、自分好みの豪華で日本風の(みやび)なデコレーションを飾り付けるような歌声。

 その歌声に志歩や瑞希や司は勿論、専門の杏ですら言葉を失うしかなかった

 

(この曲のベースを成立させながら、どうしてこんなにも華のある歌い方が出来るのこの人……!? これが……古雪会長の本当の実力っ……!?)

(えぇ……すっごい、凄すぎる。もうとにかくバンドの事よく分かんないボクだけど、とにかく会長の歌が凄い事だけはよくわかる……れもん師匠があんなに自信満々だったのはこういう事だったのかぁ……)

(去年の後夜祭で披露していた時よりも、遥かにレベルが上がっているな……! 凄まじいの一言だ……! この花吹雪が吹きすさぶ方角へ、思わず引き込まれるような感覚を覚えてしまう……!)

(え……うっそでしょ!? この人本気で化け物!? こんな激しい曲のベースを弾きながら、一切リズムを崩すことなく全体の調和を取りながらも、曲全体の完成度に華を勢いよくブッ刺すみたいな歌声……! この人、ベースを弾きながらでも彰人(あきと)冬弥(とうや)クラスの歌い手じゃん……! こんなレベルの実力者が、なんで今まで表で出てこないで高校の部活動に今まで潜んでたの!? こんなの何かのバグだって……!)

 

 そんなこの場全員の注目を集めたベースボーカルは、ここでニヤリと笑みを零しながら左脇に控えるギタリストであるれもんに視線を送る。

 

(ほれ、次はアンタの舞台やで、ギターの音はウチが支えたるわ——自由に踊りぃ)

(さっすがぁ~♡ カナっちイッケメーン、んじゃあ……可愛い弟子ちゃんも見てる事だしぃ~♡ れもんらしく、さいっこーにキュートでポップにカワイクいっちゃお~! 跳ねろっ、れもんの相棒(ギーちゃん)!)

 

 れもんはニッコリ笑い、キラキラのラインストーンで全体をデコレーションしたピンク色のギターを構え直し、そこからピックで弦を勢いよく連続で弾き上げ、高らかにギターの音を響かせる。

 

~~——~~♬!!

 

 そんな彼女が奏でるギターの音は、小さな体躯に似合わず力強い音色で演奏に華を咲かせ、同時にまるで、あっちこっちへと跳ねまわるような自由さがあった。

 それでいて、この世界の全ての法則に囚われないような——この地上に己が定めし意志(ルール)以外を認めず、我が道を歩み続けると決めた者だけが奏でられる、そんな孤高の強さがあった。

 そんな彼女の自由な演奏に、彼女から直接手ほどきを受けていた瑞希は改めて思う。

 

(やっぱり、れもん師匠のギターの音色はボクの胸に強く染みる……何だろうコレ。まるで、周囲に自分の事を理解してもらえないって分かってて、それでも自分の道を歩むって決めた悲壮な決意を感じる。間違いない、この人……()()()()()

 

 そんな確信を持った瑞希の視線を受け、れもんはニッコリ笑う。

 

(ま、そういう事だよ。アキちゃん……キミにとっては良い事か分からないけど、一つだけ教えてあげる。この世界は例え女の子に生まれたからといって——“可愛く生きる”事が無条件で肯定される訳じゃないんだよ?)

 

 

『チッ……矢澤のヤツまた男共に囲われてるんだけど、ウゼー。チヤホヤされてイイ気になってんじゃねーよ。アタシああいう男に媚びた女マジ無理』

『だよね~、男共もどうせ簡単にヤらせてくれそうだからアイツの事を可愛い可愛いって言ってるだけってどうして気づけないかな? ああいう女って頭もガードもユルいよね。別にお前自身が可愛い訳じゃないから、勘違いしてんじゃねーよブス』

 

『え? れもんちゃん、もう帰る感じ? いやいやちょっと……え? 普通男とのデートで、そんな男誘ってるみたいな可愛い恰好して来といて、マジで何もしないで帰るとか……ある? いやいや、本当はそういう事するの期待して来てくれたんだよね? もういいから俺の家に——ちょっ、ふざけんな大声出すなよ! 『そんなつもりじゃなかった』って何言ってんだよ! チッ……クソが! ヤる気ねぇのにそんな恰好してカン違いさせんなよこのメンヘラ女が!』

 

 

(れもんは生きたいように生きてるだけなのに、男の子からも女の子からも嫌われた。れもんはただ、“カワイイ自分”で居たいだけなのに、勝手な想像でみんながれもんを傷つけた。生きたいように生きるれもんの事を——必ず誰かが否定した。)

 

(……れもんの事をよく知りもしないくせに、勝手に水商売の女のように扱って見下して嫌ってくる女共は嫌い。れもん自身が可愛くなりたくてやってる努力を、勝手に自分の為だと解釈して、まるで自分の価値を高めるアクセサリー扱いしてモノにしようとしてくる脳みそを下半身に支配された下衆な男共は……もっと嫌い)

 

(でも……それでもれもんは、自分を変えたくなかった。どうしても、れもんは自分らしく生きたかった。それで例え一人ぼっちになったとしても構わなかった。でも——)

 

 

『レモンはそのままで私は良いと思うよ。むしろ……私は羨ましいな、そこまでして貫ける程に自分に自信があるのがさ。私なんて……つい先週バイトクビになっちゃったし……あはは。だから……気にしないで? これからも私達はレモンと一緒に居るよ? クラスの皆の声なんてもう無視しよ? ね?』

 

 

(そんなれもんの事をカナっちは——幼馴染のみんなは、受け入れてくれた。生きたいようにしか生きれないれもんの事を、肯定してくれた。だから……れもんもカナっち達の事を肯定してあげたいって思ったんだ。だってれもん達はみんなそれぞれ……不器用に人生を生きてるから。だから——!)

 

 内面の叫びをギターに叩きつけるようにれもんは六本弦をかき鳴らす。その音色はより大きく高く、もっと自由に室内を飛び跳ねまわる。

 それはまるで、音符が踊る可愛らしいおゆうぎ会。

 どこまでも無垢で穢れのない——それでいて、どこまでも自由な音の旋律。

 

(だから、れもん達は楽器に想いを込めて叫ぶんだ。こんなれもん達みたいな人間だって生きてるんだって。叫んで認めさせるんだ——こんな“私”で文句あるかって叫ぶんだッ! だから……全人類に告ぐッ! このれもんサマの演奏を聴きやがれぇぇッーーー!!)

 

 

~~——♬!! ~~——♬!!

 

 

 そんな覚悟と共に奏でられたギターの叫びは、どこまで自由でありながらも——強く胸を打つような力強さがあった。

 瑞希はそんな彼女のギターの音色に当てられ、圧倒され、思わず言葉を漏らしてしまう程に胸に熱いモノがこみ上げてきてしまう。

 

「……す、すごい。これが……“バンド”なんだ……ボク達“ニーゴ”が何時もやってる、誰かを幸せにするために作る音楽じゃなくて、どこまでも自分を表現するために、自分自身を証明するために奏でる音楽……そっか、そういう“音楽”も、あっていいんだ……」

「……瑞希、どうしたの急に?」

「あ……ゴメン杏。ちょっと……師匠から最後の教えを受けた気分がしたから、つい……」

「……そ、ならいい。……それよりも、瑞希気づいてる? あの人あんなにギターで滅茶苦茶してるのに、一切曲のリズムがブレてないのを」

「うん……そうだね、しっかり会長がベースの音で支えてるような、そんな感じがする」

「やっぱ瑞希もそう感じるかぁ……本当に厄介だね。矢澤先輩のギターの伸び伸びとした音の良い響きを、会長が何倍にもその良さを引き出してる……あれはまさしくベースの仕事。あの二人の相乗効果がこの曲にどんどん新しい流れを生んで——」

 

 と、杏が瑞希に現状の厄介さを解説していると、その言葉を遮るように志歩は言う。

 

「——いや、曲が安定してるのは古雪会長のベースのお陰“だけ”じゃない」

「「——えっ?」」

「本当の理由は……“あの人”のお陰」

 

 そう言って志歩は、叶達の背後で表情を殆ど変えずにドラムを打ち続ける実入を指さした。

 困惑した顔で杏は言う。

 

「あの人が……? でも、演奏始まってから正直、あの人の印象全然消えた感じがするんだけど……」

「うん。古雪会長の派手なベースの影に潜んでるけど、リズム隊の私の耳は誤魔化せない。このバンドのリズムの要は……古雪会長より寧ろあの人。あの人が、前に居る三人全員の演奏をドラムの音で指揮してる……!」

 

 そんな志歩の刺すような視線を、実入は涼しい顔で受け流す。

 

(……ふむ、やはり蛇の道は蛇か。日野森さんには気づかれるようだね……その通りさ。僕はこのブラックバンドの社畜でね。この三人の気ままな叫びの面倒を一人で見る重労働を科されているんだ。まぁ……でも労働組合に報告する必要はないよ? だって僕は割と、この重労働は気に入っているんだ。なにせ——)

 

 

『はぁ? いや……集合時間に一分遅刻した位で、そんなマジになって謝らなくてもいいって……変な奴だなお前』

『え、髪染めるのは良くないって……この夏休みで薄っすら茶色入れた位だぜ? 普通だって普通。それにお前は思いっきり金髪じゃねぇかよ、髪の事を言われたく——は? 母親がロシア人のクォーターだから遺伝で、証明書は出てるから校則に問題ないって? ……いや、そういう事言いたいんじゃねぇんだよ俺は……』

『おい、なんで歩いてるんだよ横山。急がねぇと食堂の席埋まっちゃうって……! は? 『学校の廊下を走るのは校則違反』って……いや、そうだけどさぁ……はぁ、もういい、先行って席とってるからな!』

『……なぁ……横山。お前は本当に“正しい事”しか言えねぇんだな……俺、もうお前と居るの疲れるわ……じゃあな』

 

 

(こんな僕に——決められた事しか行動できなくて、“間違った事”が出来なくて、周りからどんどん人が離れて行ってしまう僕に、唯一離れていかなかった人との繋がり。それが——僕にとっては、この古なじみ達だった)

 

 

『凄いねぇミハイルは。普通はそこまでキッチリルール守るなんて出来ないよ……私なんて、基本的な社会のルールすらドジして満足に守れないんだよ? それに比べれば全然良いよ、むしろ羨ましい……私も、ミハイルぐらいキッチリ出来たらなぁ……。ま、そういう事だからさ、ミハイルも無理に変わろうとしないで、そのままの性格でいいと思うよ。それで例え、ミハイルが学校中の嫌われ者になったとしても——私は、私たちはずっとミハイルの幼馴染だよ?』

 

 

(……だから僕は決めたんだ。規律を守る事しか出来ないのなら、そのようにしか自分が生きれないのなら——その分、規律から外れたくなくても外れてしまう、そんな不器用な奴らのサポートをしてやろうって。自分に病的に自信が無い奴を、どれだけ嫌われても可愛く振舞う“自分”を曲げようとしない奴を、自分の言いたい事をピアノの音色にしか託せない奴を——そんな三人を、苦労してでも支えてやろうって決めたんだ。だから——)

 

 彼は刻む。その覚悟をビートに変えてリズムを刻む。

 その正確なリズムで暴れ回る音の本流を、そのそれぞれの音の良さを活かしながらも元の規律ある旋律に整え直す。それはまるで生きたメトロノームのように、寸分の狂いもないリズムをただ刻み続ける。

 

(僕のドラムに派手さは不要。舞台の華を飾るアイツらの影に潜む“黒子”のように裏方で、ただ静かにリズムを刻む。それが僕のこのバンドでの役割で——)

 

 しかし、そんな覚悟でドラムを叩く実入に、前に立つ叶はチラリと背後に視線を送った。

 

(——なんや、相変わらずシケた面でドラム叩いてるなぁ。後輩の前やで? 今ぐらい、ちょっとカッコええとこ見せてもバチはあたらんのちゃう? もっと演奏を楽しもうや)

(何を考えてるんだ叶……僕が仕事を放棄したらこのバンドは崩壊するぞ。それが分からないなら、お前とのリズム隊は今日限りで辞表を提出させてもらう。僕は何があっても自分が決めた規律(リズム)を変えないと決めたんだ)

(はぁ……相変わらずやなぁ……ま、アンタが自分を変えん男やって分かっとるけど、でも今ぐらい……ほんのちょっとはええやん……)

 

 そう目で訴えた後で少しだけ消沈する叶に対し、実入は——続く返事を視線で訴える。

 

(……そんな僕に楽しんで演奏をさせたいと、どうしても言うなら……お前の歌とベースで、“黒子”の僕をお前達がいる表舞台に引っ張り上げてみせろ。そうじゃないと——僕は動いてやらないからな?)

(……ミハイル……あははっ! ホンマ昔から相変わらず回りくどい男やなぁ! ええで、それをご所望やったら上等や! たとえ世界の果てまでも——アンタを引っ張って行ったるから覚悟しぃ!)

(——やってみせろよ、泣き虫ドジっ子!)

 

 

————♬!!!

————♬!!!

 

 

 そして同時に響くドラムとベースの衝撃(オト)は視聴覚室中を貫き、見る者全てを驚愕させた。

 中でも志歩は、目をこれ以上ない位に大きく見開く。

 

(——っ!? 嘘!? さっきまで会長達の影に完全に隠れてたドラムの音が、ここに来て一気に前に飛び出してきた!? いや……違う、これは……古雪会長のベースのリズムが、完全に横山先輩のドラムのリズムを捉えて響く音を強化させてる! そんな……幾らリズム隊の同時連携が相乗効果を生みやすいとはいえ……ここまで豹変するなんて! 間違いない……これは、お互いの事を深く理解している二人組じゃないと起こせない超効果的化学反応……! こんなハイレベルの連携が取れるベーシストとドラマーなんて、私は今まで見た事ない……!)

 

 そしてキーボードである茉莉は、そんなドラムとベースの音の躍動を聞き、静かに思う。

 

(いつもいいなぁ……レモちゃんもミハくんも……カナちゃんと“対等”って感じで。やっぱり同い年だからかな? 一つ年下の私は、いつだって皆の一歩後ろ。小学校だって中学校だって、みんなわたしを置いて先に出て行っちゃう。カナちゃん達以外の人とまともにお喋りできないわたしを——いつも一人ぼっちのわたしをみんな置いて行っちゃう。そしてわたしはまた皆の後を追いかける、ずっと、ずっと高校生までその繰り返し)

 

 茉莉は鍵盤に指を走らせ、曲のサビで勢いづいた他三人の演奏を裏でひっそりと支えるように、少しだけ儚げに音を奏でる。

 しかし、その迷いも一瞬。彼女はそこでその目を大きく見開く。

 

(——でも、そんな追いかけっこも今年で終わり。今まで一緒だったわたし達は、大学からはもう別々の道。今年が、今年だけがわたしがみんなと一緒に居られる最後の年……それが分かって悲しんでるわたしの為に、カナちゃんは“あの日”に言ってくれたんだ)

 

 

『茉莉っち……高校生活の最後の思い出に、この四人で思いっきりバカやろう? 茉莉っちは昔からピアノ得意だし、この四人で何か音楽を——そうだ! バンド組もう? この先一生ずっと色褪せないような、そんな鮮やかで眩しい——“青春”の思い出を、思いっきり作ってやろう? ……不安? でも大丈夫! 私達だったらきっと、やろうと思ったら何だって出来るよ! ……出来るって、そう自分を信じろって、眩しい後輩の子が教えてくれたから。だから私はやるって決めた! だから茉莉っちも……一緒にやろ?』

 

 

(——うん、そうだよねカナちゃん。やるよ……わたし。だってみんなで一緒に居られるのは今年が最後だから。だから……この一瞬を、精一杯、刻み込むようにわたしも生きるよ。だってわたしも——みんなと一緒に“青春”がしたいから! ずっと、この一瞬を未来永劫に覚えていられるような——そんな“青春”を思いっきり生きたいから!)

 

 青い春を求める心の情熱が、内気な少女の内心に蓄えられた莫大な心の燃料(ガソリン)に、高純度の熱を放つ青き(ほのお)を灯す。

 

(お願い、私の指先。伝えたい想いを音にして届けて——もうこの先、時を巻き戻したくても二度と戻れない『この今が最高』だって、そんな……わたしからみんなへの、ありったけの感謝の気持ちを——!)

 

 そんな燃える意志を瞳に宿し少女は、曲の二番終了後の間奏部——キーボードのメインパートに入った瞬間に鍵盤に指を叩きつけ、まるで大声で叫ぶ言葉の代わりに圧倒的な指捌きでキーボードの音でその空間自体を支配する。

 それはまるで無風だった筈の視聴覚室に、吹きすさぶ突風を感じさせるような、視聴覚室の窓を震わせる程に吹きすさぶ音圧。

 

————♬♬♬♬♬♬♬!!

 

 そんな茉莉の激しい青い叫びは司たちを圧倒し、それは同じ壇上の叶達ですら目を見開いて驚愕させる程に凄まじかった。

 

「何このキーボード……スノトラさんみたい。高校生でこのレベルの演奏ができる人なんて私知らない……! 西木野先輩、昔はどれだけのピアノ奏者だったの……!?」

「うっわぁ……私今鳥肌立ってるって。すごっ……」

「凄い……まるで叫んでるみたい……ボクの胸に、先輩の心の叫びが痛いぐらいに伝わってくる……『今が最高』だって、そう言ってるみたい……」

「——っ……、なんだこれは、まるで……オレがまだピアノを弾いていた頃を……思いだすようだ……」

(この“風”……! すごい茉莉っち! やっぱり貴女が一番すごいよ! 私も負けてらんないなぁ! いっくでぇ……!)

(ハハッ、この僕の胸ですら熱くさせるか茉莉……! 良いだろう、今日は本当に特別だ。この僕がお前に合わせて音を上げてやる……! だから……思いっきり行け!)

(すっごぉ~い♡ マリー! やるじゃぁ~ん♡ れもんもウキウキしてきたぁ~!)

 

 茉莉の灯した青い熱が、他三人にも伝播する。

 次の瞬間に奏でられた音は、今までとは全くの別物のすさまじさがあった。

 聞き入り、引き込まれて、永遠に戻ってこられないような——そんな万人を引き込むような、青く若く激しい情熱がそこにはあった。

 それは、お互いの事を古くから信頼し合い、また互いの実力を認めている四人だからこそ奏でられる——この世界で、この四人でしか奏でられないような熱い演奏だった。

 

 そんな演奏を聴き、志歩は今更ながらに悟る。

 

(ああ……そっかぁ、生徒会メンバーのバンドだって思ってたからつい忘れてたけど……この人達、()()()()()で本気でバンドやってるんだ。そっか、だから……私はこんなにも、胸が痛い程に熱くなっちゃうんだ)

 

 脳裏に浮かぶのは、彼女にとってはつい数日前の記憶。一歌達にバンドの誘いを受けた時の記憶だった。

 

『あ! アタシ、良い事考えちゃった! ねぇねぇ、いっちゃん、しほちゃん! ほなちゃんも誘って一緒にバンド活動しようよ! これだったら、違う学校でも放課後は練習で殆ど毎日一緒に居られるよね?』

『咲希……いいかもね。それ……すごくいいかも……! 穂波は頷いてくれるかまだ分からないけど……でも、それなら学校の外でみんなと一緒に居られる理由、できるよね』

 

(……そっか。この人たちは……私が本当は選びたくて、それでも自分の夢の為に諦めようとしているバンドの姿なんだ。この人達は幼馴染同士で仲良くしながらでも、慣れ合わずに高め合ってる……高め合う事が出来てる……こんなバンドの形が、あっていいんだ)

 

 志歩の目の前に広がる叶達の姿は、彼女にとって一つの決意を後押しする。

 

(だったら、私も……いいのかもしれない。一歌達が私と一緒に本気でバンドをやりたいって言ってくれるのなら、例えプロを目指しながらでも私もまた……本気で一歌達と一緒にバンドを組んで、もっともっと上を目指しても良いのかもしれない……!)

 

 そうして、一人の悩める少女の内心を変革させたことなど露知らず、叶は幼馴染たちと共に奏でる音を——この一瞬を最高の笑みと共に楽しみながら、思う。

 

(ああ……楽しいなぁ……例えミスをしても、レモンがミハイルが茉莉っちが——みんなが私を支えてくれる。だから私はどこまでも真っすぐ上を目指せる……どこまでも、この音楽を最高のモノに高められる……! やっぱり私は、みんなと一緒なら最強だ! もう、誰にも負ける気がしない……! 誰にも、私の理想を拒める人間なんかいる訳ない!)

 

 更に深く深く演奏に没頭していき、まるで全神経が演奏と歌声に集中していくような、まるで自分の意識が演奏に溶け込んでいくような、そんな高揚感に似た全能感。

 まさに、世界が自分の為だけに存在しているような、そんな感覚が全身に満ちていく。

 その抑えきれない胸の衝動と共に叶は——司を見据える。

 

(すごい、なんだろう()()()()……私、今だったら何だって出来そうな気がする。ありがとう……天馬くん。なんにも出来なかった私に、こんなにも自信をくれて、本当にありがとう。だから、貴方のお陰で変われた私を——この先、もっともっと強くなれる私を、私は天馬くんに一番近くで見ていてほしいなって、勝手だけどそう思っちゃうんだ。だから、だから……ッ! この私の演奏で、貴方の心を——今は何処か別の方向に向いてる貴方の心を掴んでみせる!

 

「——っ!」

 

 その内容は分からずとも、彼女の強い意志が伝わったのか目を見開く司。

 そんな彼へ叶はニッコリと無敵の微笑みを浮かべ、心で告げる。

 

せやから聴いてぇな天馬くん……全力全開、今のウチの()()()()()()()()を!!

 

 手に持つベースに、撥を弾く弦の力が籠る。更に麗らかに、もっと絢爛豪華に音の華を咲かせろと彼女の心が轟き叫ぶ。

 仲間と共に奏でるこの最高の音楽を、聴く人間の心の中で永遠にして刻みつけろとその魂が叫ぶ。

 それが——叶のゾーン突入の条件だった。

 

 

「——♬! ——♬♬!!」

 

 

 ベースの弦が揺さぶる大気の音が——彼女の歌声が、今完全に一つになって四人の演奏に多くの花が咲き乱れているような華やかさを添える。

 そんな叶のベースと歌が奏でる歌の華は、聴く者に本物の桜吹雪が舞い散っているかのような映像を幻視させた。

 その桜吹雪は、ただの桜から舞い散ったものではない。まるで彼女自身の心の高純度の熱を表現するかのような、そんな(あお)い炎の色が映った桜——“蒼桜”。

 蒼き炎のような花を咲かせた満開の桜の大樹が、吹きすさぶような突風と共に叶の背後に顕現(げんげん)する。

 

 そんな、先ほどとは演奏のレベルが一段階も二段階も違う、まるで『次元が違う』と称するに正しい叶の歌とベースに、瑞希も杏も、司も——そして志歩ですら息を呑んだ。

 

「な——に、これ……? 急に、なんか変なのが見え——? 青い……桜の木?」

「嘘……こんな急に爆発的に演奏の質が、迫力が変わるなんて——まさか、これって……会長が……“入った”って事!? お父さん達が言ってた“あの状態”に——」

「この感覚は……胸の底から熱くなるような感覚は……覚えがあるぞ……! あのフレイアの時と同じ……! ま、まさか会長……お前は——“入った”のか!? あの状態に至れる次元のアーティストの領域にまで、お前は足を踏み入れたのか……!?」

「ちょっ、“入った”って何に!? 杏も司先輩も、ボクの知らない概念で騒がないでもらっていいかな!? ねぇ、志歩……二人が何言ってるか分かる……!?」

 

 瑞希の問いに、志歩は膝の上で握り拳を震わせ、悔しさを押し殺すように歯噛みしながら解説する。

 

「……っ! 『ゾーン状態』だよ……瑞希。言い換えるなら——『超集中(フロー)状態』。ある特定の精神の条件下でアスリートやミュージシャン、それのみならず他の様々な勝負師達が至る、本来自身が持つ実力より上位のパフォーマンスを可能とする人間の脳の“究極の集中状態”……でもそれは、一流の人達だけが意識して入れる一種の奇跡のようなものの筈なのに……でも、会長はそれを達成した……しかも、それをこの局面で……!」

「ウソ……じゃあつまりさ、この状況ってアニメで例えるなら——僕らの戦うライバルキャラがただでさえ強いのに、この土壇場でさらに“覚醒”したってこと!? なにそれぇ……チートじゃん……!」

 

 そんな瑞希の驚愕の声も知った事かと叶はベースの弦を弾き上げ、全力の歌を歌いあげ、最後までその咲かせた満開の蒼い桜の花吹雪を、仲間と共に奏でる全力の演奏で司たちに聴かせ続けた。

 

 ——そして、ようやく静寂と共に叶達の演奏が終了する。

 

 終了後の余韻を味わった直後、叶以外の三人が興奮気味に彼女に言う。

 

「すごいすごい! カナっち……! 今の青い桜って一体なんだったの!? れもん見た事なーい!」

「成る程……“限界突破”という訳か。いつだって僕の計算を遥かに超えていくな叶は……凄かったよ」

「うんっ! 最高だったよカナちゃん!」

「ああ……せやねぇ。とっても楽しかったわぁ……うん。……ありがとう、みんな」

 

 叶はそう言って仲間達に感謝を告げた後、演奏を聴いて放心して拍手すら出来なくなってしまった司たちを見て、満足そうに笑う。

 

「——どや? もう降参するか志歩ちゃん? ウチは全然かまへんで?」

 

 そんな挑発のような言葉に、志歩は握った拳が震えるのを感じた。しかし、その震えを振り払うようにその手で膝を打ち、志歩は席から立ち上がる。

 

「……っ、行こう……二人とも。絶対にこの勝負……勝つ!」

 

 圧倒的な演奏を見せた叶に対し尚も怯まず前に進む志歩の姿に、杏も瑞希も闘志に火がついたように勢いよく立ち上がった。

 

「……うんっ! よーし、なんだか私も燃えてきたぁ! 敵が強ければ強い程、燃えてくるってもんだからね! やったろうじゃん志歩!」

「よし……ボクもやるよ! だってやる前に諦めちゃったら、努力も全部無駄になっちゃうしね!」

 

 志歩を先頭に三人が舞台に向かい、そして叶は、志歩がすれ違い様に自分に今だ折れない闘志の眼差しを向けて行った事を満足そうに笑って見送った後、司の隣にスッと着席した。

 

「……ホンマ、エエ子やわぁ。天馬くんはあの子のああいう所が気に入ったん?」

「志歩は……どんな時でも己が決めた事は曲げたりはしない。例え……どんなに壁が高くとも、その高さを理由に決して折れない人間だ」

「……へぇ、ウチの壁が“高い”って認識してくれるって事は……天馬くん、ウチの演奏もそんな評価って認識でええ?」

 

 そんな叶の質問に、司は少し押し黙った後でゆっくりと頷いた。

 

「……ああ。志歩には本当に申し訳ないが……思わず、聞き入ってしまった、圧倒された。まさに、今この瞬間以上の音楽なんてこの世にないような、そんな錯覚すら覚えてしまった……素直に、凄かったぞ会長」

 

 司の素直な賛辞の言葉に、叶は少しだけ目を見開いた後——やがて何かを納得したように少し微笑んだ。

 

「…………そっか。なら……その言葉を聞けただけで、私は満足できそうだよ。ありがとう天馬くん……この勝負の結果が、例えどうなっても私は……もうこの瞬間に悔いなんて何も残さないで結果を受け入れられそう。……勿論、私が勝つって信じてるけどね?」

「……いつもの関西弁はどうした? お前の大事な“キャラ設定”じゃなかったのか?」

「あははっ、せやったせやった。ウチまたドジやってもたわぁ……ま、ちょいちょいボロでとるけどなぁ。……さて、じゃあお手並み拝見といこか志歩ちゃん……!」

「……志歩、頑張れ……!」

 

 そう言い司と叶が見守る壇上の上で、志歩は借り物のベースの最終調整を行い、杏は最後の発声練習をしていた。

 そんな中、同じく軽音部の借り物のギターの調整をする瑞希の元に、トコトコと小さなツインテールの影が、ピンク色に煌めくギターを手に持ちながら駆け寄った。

 

「——アキちゃん、はいこれ。れもんの相棒(ギーちゃん)貸してあげる♡ だって軽音部の備品って、初心者用の中古で安物の楽器しか置いてないもん。ヒノっちは全然腕前で音色をカバーできるけど……アキちゃんは不利でしょ?」

「え……れもん師匠、いいの?」

「いいよんっ♡ とっても大事なカワイイ相棒だけど、アキちゃんなら特別っ♡ だってアキちゃんはれもんの同志だしぃ、それにぃ、れもんの大のお気に入りだも~ん♡」

 

 れもんはニッコリと彼女らしい愛らしさの溢れた笑みをした後——やがてフッと、どこか大人びたような微笑と共に言葉を吐き出す。

 

「……それにさ、カナっちはきっと……ヒノっちと全力全開を出し合ったぶつかり合いじゃないと……この勝負の結末に、多分満足出来ないだろうから」

「……そっか、なら……ありがたく借りるね。ありがとう……れもん師匠」

 

 頷き、れもんの大切な相棒を受け取る瑞希。

 そんな瑞希に、れもんは初めて真剣な顔になり、まるで彼自身に期待するような眼差しで彼を見据えながら、告げる。

 

「だから……これを貸す代わりにさ、お願いがあるんだけど。れもんにね、アキちゃんがいつも胸に秘めてる叫びを——キミの(ソウル)を聴かせて? れもんは……君の演奏(生き様)を聴いてみたいんだ」

「師匠……分かったよ。ボク……やれるかどうかわからないけど、精一杯やってみる」

「うん、いいお返事っ♡ この勝負……れもん個人としてはヒノっちやカナっちのどっちでもなくて、アキちゃんの事応援してるからね、ファイトっ♡」

 

 れもんはそう告げると、叶達が座る座席へと上機嫌に戻っていく。

 杏はそんな彼女を見つめながらマイクを強く握り締め、これから挑む勝負に対して更に闘志を燃やしていた。

 

「……絶対負けない、絶対負けない絶対負けない絶対負けない……! 私、絶対に負けないから……!」

「……杏? ちょっと、杏の相手はボーカルの生徒会長でしょ? どうして関係ない人を見てるの……?」

「あっ……! あははは、ごめん志歩……何やってんだろ私……瑞希が例え誰とどうなろうと私には関係ないじゃん……心乱されてる場合じゃないって、集中集中……よしっ!」

「……? ま、まぁ、集中戻ったならいいけど……」

 

 様子のおかしい杏の姿に首をかしげつつも、志歩はベースの最終調整が終わった事を確認して頷く。背後にいる、先ほどの叶の演奏から続けて自分達の演奏も手伝ってくれるドラムの実入の方にも目を向け、彼も準備が整った事を確認する。

 そして志歩は正面を向き、叶達を見据えて口を開く。

 

「……準備、完了しました。これから私達の演奏を始めます——みんな、準備はいい?」

「おっけぇ、いつでも良いよ志歩」

「……ボクも、いいよ」

「——了承した」

 

 志歩はスッと片手を上げ、3カウントを示す三本指を立てて合図をしながら、内心でこの勝負に自分が賭けるものを思い、覚悟を固めていく。

 

 三つ、今まで努力してきたベーシストとしての己の誇り。

 

 二つ、こんな自分の為に力を貸してくれる心強い友人達の自分に対する期待。

 

 そして最後に一つ、誰にも譲れない大好きな人。

 

 そんな己の全てを志歩は勝負の場に全賭け(オールベッド)し、最後の指を折る。

 

 

 それが、志歩と杏と瑞希という本来ならば交わるはずの無かった三人が集って挑む始まりの戦いの合図。

 

 

 相反する二つの”想い”

 

 それは、そんな互いの譲れない“想い”がぶつかり合った時にのみ発生する、二つの集団が奏でる音楽の“想い”のどちらがより強いかを決める合戦——『応援合戦(チアフルライブ)』の開戦の合図——!

 

 

 

【挿入曲】

『東京テディベア』 セカイver. 日野森志歩・白石杏・暁山瑞希

 

 

 

——♬♬♬♬! ——♬♬♬!

「———♬♬!♬♬」

 

 

 演奏のオープニングを飾ったのは、志歩の指先が奏でるベースの連続した重低音の弦の響きと、高く透き通って視聴覚室の広い室内の隅々まで響き渡る杏の歌声だった。

 そんな、急造チームとは思えない程に息の合った二人の、ハイレベルな歌とハイレベルなベース演奏の高次元のコラボに、叶はつい小さく鼻を鳴らしてしまう。

 

(——参ったわぁ、まさかここまで上手いとはなぁ……まぁ、志歩ちゃんの方は大体想像しとった。ウチの前で見せたあの即興演奏——あのベース演奏の技術はウチと比べたらもう月とスッポンや。技術力は重ねた努力の月日がモノを言うからなぁ……そこは負けとるんは納得や。でも——!)

 

 しかしそこで叶は、この場で最も注意の外だった想像外(ジョーカー)の女の方を、冷や汗と共に見据えた。

 

()()()()()()()()()()白石さん……! なんやその歌声……卑怯やでそれ、そない歌えるんやったら先に言ってぇな……! ちょっとカラオケが上手い程度で調子乗ってる女って認識やったわ……! この歌声は、本気で“歌”やっとる人間の歌声——つまり、本職(・・)かアンタ……!)

 

 それは今この瞬間も高らかに歌を歌いあげる力強いボーカル——白石杏。

 彼女の歌声には、例え道端で歌っていたとしても道行く人々を惹きつけ、その足を止めさせるほどの泥臭い情熱があった。

 

 それはまるで、都会の隅のゴミ捨て場を漁り、今日の糧を得る為に必死に生き足掻き、空を飛び力強く鳴く、この都会で泥にまみれても気高く生きる——(レイブン)を彷彿とさせる歌声だった。

 

 叶はそんな杏の歌声に、彼女の周囲で黒い羽が無数に舞い散った後——杏の肩に一羽の烏が現れ、その烏が肩から羽ばたき周囲を飛びながら力強く鳴く姿を幻視してしまう。

 

(やってくれるわぁ、この曲者(カラス)……どこのセミプロの畑から入りこんできてるねん、カァカァ五月蠅くてかなわんわ。ここはあんたレベルの歌い手の餌場とちゃうで……こら厄介やなぁ……さっきのウチの序盤の演奏、志歩ちゃんのベースを意識しすぎてもた。歌の方は若干疎かになっとったかもしれん、これはウチの演奏の明確な弱点——!)

 

 そんな叶の内心の冷や汗に付け込むように、志歩は杏の歌声を支えるようにベースの重低音でしっかりフォローし、杏の歌声を際立たせるようにベースの音でボーカルを引っ張っていく。

 その演奏はまるで、烏と連携を取り、その烏の行き先を遠吠えで指示する一匹の野犬のようだった。

 そんな志歩のベースが奏でる重低音の音の遠吠えに、叶は内心舌打ちする。

 

(まぁ……相手の弱点(いたいトコ)見つけたら突くわなぁ、突けるだけの技量がある犬ッコロやもんな志歩ちゃん……)

 

 しかし、そこまで考えた後でニヤリと叶は笑う。

 

(でもな志歩ちゃん、そない必死になっとったら、()()()()()()()()()()って相手に自分で教えてるみたいなもんや。それに——ウチはそれだけで負けるような、そんな甘い演奏はしとらんで? そんな小手先の小細工だけで……本気でウチを完封できると思っとらんやろうなぁ!?)

 

((——っ!?))

 

 その瞬間、演奏を続ける志歩と杏は、今の自分達の全力の演奏の良さが——先ほどの叶達の演奏が残した余韻にかき消されていくのを感じた。

 

 それはまるでこの視聴覚室内に咲き誇る、桃色の桜の花びらが満開の大きな“桜”が、その花吹雪の防壁で二人が奏でる音を司の元まで届かないように、完全にシャットアウトするような映像。

 そんな叶達の演奏の余韻によって生み出された映像(イメージ)が、志歩と杏の二人の脳内に叩きこまれる。

 

(——っ、やっぱり、初手の前奏のインパクトは遥かに向こうの方が上……! いくら私のベースが音を支えても、このレベルの演奏じゃまだ届かない。でも——!)

(……へぇ、なるほど。歌声単体で見たら私の方が絶対に勝ってるけど、でも会長は一人でベースと歌をやってますもんね……足りない分を自分のベースの音で完璧に補強されちゃったら、流石の私も練度がまだ足りない志歩とのコンビネーションで、その桜吹雪を打ち破れませんよ……でも——!)

 

 そこで二人は心の中で完全に声を合わせながら、歌声とベースの旋律を完全に調和させる。

 

((私達は二人だけで闘ってるんじゃない、勝負は始まったばかりですよ会長……!))

 

 それと同時に前奏が終わり、今度は瑞希と実入のギターとドラムも追加され、志歩達の演奏は一気に爆発するような音の破裂を見せる。

 先ほどの野犬とカラスの連携に、今度は華々しい音が追加される。

 実入は先ほども見せた、完全にミスのないメトロノームのように正確なリズムをドラムで刻む。

 そこには叶の為に手を抜こうという意志は一切存在しなかった。——否、そうする事を彼の主義が許さないのか。そのどちらであっても彼が今彼の出来る仕事を完璧に果たしているのは事実だった。

 

(……やっぱ持つべき者は幼馴染やなぁ、ウチの事をよう分かっとるわミハイル。ええで、それでええ……八百長で勝ってもウチはなんも喜べん。そのままミハイルの“いつも通り”を貫いてぇや——でも、ちょっと想像外やったのは——)

 

 そう思いつつ叶は、志歩達の急造チームで一番の心配点だった瑞希のギターを見る。

 そこにはなんと、思いもしない事に殆ど完璧に近い演奏の完成度で演奏を奏でる瑞希がいた。瑞希は額に汗を滲ませながらも、激しい曲調のリズムに置いて行かれる事もなくミスの無いギターの演奏を奏でる。

 それは最早、とてもギター歴がたったの数時間とは思えない程の実力。

 そこいらの学生バンドのギタリストが裸足で逃げ出すようなレベルの演奏を奏でていた。

 それを見て叶は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

(——アンタや暁山君。アンタ、ホンマに初心者やったんかぁ? 練習時間たったの数時間でもう、レモンがギター始めて三ヶ月ぐらいの実力しとるやん……マジで初心者やったって言うなら、どんだけ学習能力が高いねん。レモンの手ほどきを受けとったとはいえ、上達速度が鬼早いやん……さてはアンタ、ウチと同じくなんでも物覚えだけは早い天才タイプの人間やろ? やってくれるわぁ……思たより志歩ちゃん達の足手まといになってくれへんやんジブン)

 

 志歩はギターとドラムが加勢し、音の厚みが一気に倍以上に増した演奏を肌で感じながら好機に胸を逸らせる。

 

(……すごい! 最終リハーサルの時よりももっと良い。ありがとうございます横山先輩、そして……ありがとう瑞希! 今の演奏なら一気にあの桜の防壁を突破できる……! ——まだいけるよね? 杏!)

(——うん! そっちもついて来てね!)

 

——♬♬♬♬! ——♬♬♬!

「———♬♬!♬♬」

 

 二人は目線でそんな掛け合いを交わし、志歩はベースの音でドラムとギターの音を支え、杏は曲のサビに向かってさらに声を張り上げ、さらなる勢いと共に二人同時に音を奏でる。

 志歩のベースの遠吠えは追い風を巻き起こし、その風を背に受けて烏は勢いに乗って羽ばたき、叶の桃色の桜吹雪の防壁に勢いよくキリモミ回転をしながら突っ込む。

 

(——でも、()()()()

 

 しかし、叶が不敵な笑みを浮かべると同時に——烏の特攻は再び桜の防壁に弾き飛ばされてしまう。

 杏と志歩は目を大きく見開く。

 

(~~~っ!? 嘘!? これでもまだ足りないの!? 間違いなく今の私の全力と、志歩が出せる出力マックスの演奏のコンビネーションでも……崩せないの!? じゃあどうすれば良いの……!?)

(……クソっ、まだ足りない……! 今の杏と私の演奏にミスなんて一つもなかった。じゃあつまり……今の私の全力と杏の全力でも、古雪先輩達の演奏を超えるには全然届かないって事……!?)

 

 明らかに壇上で狼狽する二人の顔を見て、叶は更に笑みを深める。

 

(残念やわぁ……認めるで。ウチ一人の力だけやったら、アンタら二人——烏と野犬のコンビには敵わんかった。でもな、忘れたらあかんで? これはバンド演奏で、チームの勝負や。そしてベーシストの本領はチーム演奏。だから例えウチが一人で負けてミスしてもたとしても——)

 

 そんな叶の隣で、茉莉は頷く。

 

(うん。まだ()()()()()わたしのカナちゃんが——わたしのキーボードが負ける訳無い。わたしとカナちゃんのコンビネーションに……ぽっと出の即席タッグで勝てると思わないで……!?)

 

 そんな、茉莉が普段は表に出せない口の悪い激情を内心で叫ぶと、それと同時に桜吹雪の防壁が蠢き、剃刀のように鋭い花弁を含んだ突風が、戦場で飛び回る烏を襲った。

 

(嘘っ……なにこれ!?)

 

 (かわ)しきれず切り裂かれ、烏はズタズタになり地に落とされてしまう。

 

(——杏っ!?)

(~~っ!? 今……明らかに私の主旋律(ボーカル)が負けた……!? まさか、たかがベースのサポートを受けただけのキーボードの音の余韻に、私の全力の歌声が負けるなんて……! いや、でもまだだ……まだ、私の歌は死んでないッ……!)

 

 杏は切り換えて再び高らかに歌い上げる。

 それと同時に烏は不屈の闘志で再び飛翔し、大空へと羽ばたく。しかし、その速さは明らかに精細を欠いてしまっていた。

 状況が不利に傾いてきた事に、志歩は焦りながらベースの弦を弾き上げる。

 

(くっ……! やっぱり、足りない……! 私達二人だけの力じゃ、古雪会長と西木野先輩の演奏を超えられない……! どうにかしてあの防壁を突破しないと。とにかく、今は杏のサポートを……!)

 

ん~? ごめんねヒノっち? れもんの事ぉ、忘れられたら困っちゃうなぁ♡

 

(——っ!!??)

 

 しかし、その瞬間だった。油断した志歩の足元から桃色に輝くギターの弦が六本飛び出し、その弦は戦場で凛々しく吠えながら演奏を先導する犬を死角から一気に捕縛する。

 そんな光景を幻視し、堪らず志歩は奥歯を思いっきり噛み締めながら苦渋を飲む。

 

(——っ!? 嘘……杏を助けるのに気を取られすぎて、矢澤先輩のギターの演奏に、私のベースの音の良さが()()()()()()……!)

(あははっ、カナっちとマリーに気を取られすぎぃ~♡ でもぉ、やっとリズムを疎かにしてくれたねぇ? そんなにブレブレの演奏だとぉ……れもんの全力お遊びギターに捕まっちゃうよぉ~♡)

 

 れもんの自由なギターが残した音の余韻が、主旋律をサポートするのに焦り、リズムの屋台骨を疎かにしたベースの失策を狩る。

 それはまるで、土台(ベース)が揺らぎ、無軌道になってしまった演奏ならば——此方の方が迫力は上だと言わんばかりに。

 

(——志歩っ!)

 

 杏が目で彼女に呼びかけるも、もう遅い。

 志歩のベースのリズムは完全に、れもんの無軌道で自由なギターの音色の残滓に狂わされ——囚われ、元の曲のペースに戻る事が出来なくなっていた。

 

(……っ、駄目だ……このままじゃ、身動きが取れない……!)

 

 野良犬を縛る桃色に輝く六本弦は、志歩が抜け出そうと足掻けば足掻く程に深く絡みつき、よりその束縛を強固にしていく。

 それはまるで、れもんが奏でるギターの音色が発生させた可愛らしいキュートでポップな装飾の施されたリボンに自ら絡めとられていき、彼女好みに可愛い置物へ修飾されていく工程のようだった。

 ステージの上で目に見えて焦りながら足掻く志歩を見て、れもんは内心で嘲笑する。

 

(アハハハッ! 残念~! ヒノっちに今更ながらに教えてあげる。カナっち達以外でれもんのギターを聞いた子はさぁ……何でか分からないけど、みんなちょっとリズムが狂って演奏の調子が悪くなっちゃうんだよねぇ~? きっとれもんの演奏が独特すぎるからかなぁ~? でも、そうなっちゃったらもう無理だよっ♡ もう二度と——れもんの“束縛”からは逃れられない)

 

 志歩は幾ら元に正そうとしても戻らない自らのリズムに焦りながら、なんとか正そうとベースをかき鳴らすけれど、どうしても元に戻らない現状に本気で焦りながら歯噛みする。

 

(くっ……そっ……! どうすれば、どうすれば元の曲のリズムに戻れる……!?)

(志歩っ……! ——っ、待ってて、今私が歌で志歩のフォローに——!)

 

 烏は野犬の窮地に、慌てて己の戦場である主旋律を放棄し、志歩の元に旋回し彼女を助けようとする。

 ——しかし。

 

()()()()()()()()。貴女の相手はカナちゃんと——このわたし。今の貴女に、よそ見してる暇なんかあるの?)

(せやで? ジブン……仲間想いなのはええけど、その行動は思いやりとちゃうで? ホンマの“仲間”やったら、自分の仕事は放棄せんとキッチリ果たして——それで仲間が這い上がってくるんを信じて待つもんや! それはアンタの明確な“欠点”やでぇ! この甘ちゃんがぁ!)

 

 そんな烏の向けた背後を好機とばかりに、叶の演奏と茉莉の演奏の残滓が放つ波状攻撃が襲い掛かる。

 烏は再び死の桜吹雪に巻かれ、全身をズタボロに切り刻まれる。

 

(くぅぅぅ……!? 駄目だっ……志歩を助けに行きたいのに、行けない……! 私が主旋律を放棄したら、この二人に一気に全部持っていかれる……! でも、このままじゃ志歩がっ……! でも、このままじゃ私もジリ貧……どうしよう……!)

 

 そんな杏の苦悩をれもんは楽しそうに鼻を鳴らしながら見つめた後で、縛られて身動きがどんどん取れなくなっていっている志歩に対し目線を向ける。

 

(——アハッ♡ 残念だねワンちゃん? お友達の烏ちゃんは助けに来れないってさ~。ねぇねぇ? どうするぅ~? このままじゃ、なんにもできずに負けちゃうよぉ~?)

(……くっ、ま、まだだ……! 私には、まだっ……!)

 

 志歩は折れない心で再び姿勢を正し、視線を後ろに——実入のドラムの方に向けた。

 

(まだっ……ここまで演奏が壊滅的に崩れても、私にはまだ、正確なこの横山先輩のドラムがある……この崩れた曲のテンポを、なんとか横山先輩の正確なドラムの音色を前に押し上げて全体のリズムを修正する事ができれば……私は、この拘束を解ける!)

 

——♬! ———♬!!!

 

 その一心で志歩は、縋る気持ちでベースの音をかき鳴らし、実入に自分のベースの音色に乗って前に出て欲しいと、リボンに縛られながらも必死に(かす)れた鳴き声をあげる。

 しかし——

 

(その程度の演奏で、僕の定めた“規律(リズム)”を乱すな……! この不届き者がぁ!!)

(——っ!?)

 

 一喝。

 まさに、そう叫ばんばかりに実入はベースの誘いを突っぱねる。

 志歩が救いを求める手を払いのけ、その後もただ淡々と自らの世界に——曲のリズムに没頭していき、まるで志歩の現状など意に介さない様子で寸分違わずメトロノームのようなドラムをただ刻み続ける実入。

 それはドラマーとしての仕事は充分に果たすが、しかしそれ以上の事は一切しようとしない、どこまでも事務的な仕事っぷり。

 志歩はそんな実入の、練習では明らかにならなかった絶望的なバンドマンとしての才能の無さに絶句する。

 

(……この人、論外すぎる。バンド演奏は同じメンバーが協力しあって一つの音楽を作り上げるものなのに——この人のドラムの演奏は最初から最後まで()()()()()()()()。演奏中の対話を全部拒絶してる。あの滅茶苦茶だったシェヴンさんですら、私のベースの音色にはノッてくれたのに……この人、全然私の方を向いてくれる気がない……! こ、こんなの……まるで機械(CPU)と演奏してる感覚がする……!)

 

 そんな志歩の冷や汗に、実入の事をよく知る幼馴染三人娘は失笑する。

 

(あ~あ、地雷ふんじゃった~。ミハにアドリブなんて馬鹿な事求めるからだ~。だから練習の時も何度もヒノっちにミハは『変更があれば早めに言ってくれ』って言ってたのにぃ。あれさ、本番で自分がああなっちゃうって分かってるからこその忠告だったんだよ? それを無視するから。でもいいじゃん、ミハは今でも充分な仕事してくれてるよ? ——それとも、本気でれもん達の幼馴染を利用して状況を打開できると思った? 甘いよぉ~?)

 

(——馬鹿じゃん。わたしのミハくんが貴女みたいなワガママ犬の(しつけ)をしてくれると思ったの? ミハくんのドラムの本領を活かせるのは、この世界何処を探してもわたしやカナちゃんやレモちゃんだけだから。……盗ろうとしないでよ、泥棒雌犬め)

 

(残念やなぁ、志歩ちゃん。アンタにミハイルのドラムを動かすのは無理やわ……あの男はウチも何時も苦労させられるからなぁ……気持ちはようわかるで? でも同情はせん。だってウチは別に足手まといになる人間を渡したつもりはないからや。やから——アンタの今陥ってる窮地は、自分でなんとかしぃ?)

 

 そんな志歩は頼ろうとした最後の頼りの綱が、実は演奏開始時から切れていた事に気付き、強く歯噛みする。

 

(……だ、駄目だ……っ! このままじゃ、本当に、私っ——! ま、負ける……い、いや、やだ、やだやだやだ……! どうしよう、どうしよう、どうしよう——!)

 

 結局頼るものも何もなく、志歩はどんどん狂ってしまったリズム感覚の泥沼のドツボの底まで沈んでいってしまう。

 焦る思考、一向に見つからない打開策、狂ってしまったリズム感覚。その全てが志歩の脳裏に“敗北”の二文字を想起させる。

 

(い、いや……いやだ……でも……もう……これ以上、私は——)

 

 そんな絶望に、その瞳からどんどん闘志を失わせていく志歩——しかし、今の志歩の姿を見て司は堪らず、立ち上がって叫ぶ。

 

 

「——志歩! しっかりしろ! お前はこの戦いが、ベースでプロになる為に乗り越えるべき試練だと言っていたではないか! なら……諦めるな! 最後まで足掻けッ!」

 

「……つ、司、さん……」

 

 

 徐々に絶望の暗闇に沈んでいく志歩の思考——その思考を、志歩の最後の闘志を、司の言葉が辛うじて救った。

 

(……っ! 弱気になるな私! 負けない! 私は負けない! 絶対に——諦めない! どんな時だって諦めない事だけが、私の唯一の取り柄でしょ……! だから……例えどんな絶望の中でも、上を向いて足掻く事だけは止めないッ!!)

 

——♬♬♬♬!!! ♬♬♬♬!!

 

 志歩は我武者羅に、暴れればれもんのリボンの拘束が外れる事を——その万が一の可能性が起こる事に賭けてベースの弦をかき鳴らす。

 しかし——それは傍から見ていてもまるで、獣の最期の死に際の足掻きにしか見えないような、そんな痛々しい姿だった。

 

 その死にゆく獣の最期のダンスを見ながら——れもんは、その隣で志歩に心配した表情を向けながらも自身のギターの演奏で必死な瑞希を見据える。

 そして彼に向かって、まるで全てを見透かしたような表情で訴えた。

 

(……さぁ、どうするのアキちゃん? キミの大好きなお友達は——このれもんサマが捕まえちゃったよん? キミはそれでも……まだそうやって(くすぶ)ったままなのかなぁ?)

(——っ!)

 

 れもんの言う通り瑞希は、その志歩の必死の足掻きを、ずっとその隣に立って見ているしか出来なかった。

 瑞希はギターを暗記した通りに鳴らしながらも、この状況に強く歯噛みしていたのだ。

 

——だからこそ、他人の表情からその人の言いたい事を読む事に長けた瑞希は、れもんのその視線から彼女の言いたい事を汲み取り、視線で返す。

 

(そんなのボクだって分かってるよ……! このままじゃ志歩が負けるって事……でも、ここまで総崩れになった演奏の中で、殆ど初心者のボクに……ここから一体何が出来るっていうのさ……!)

(ん~~、そうだねぇ。れもんから見てもアキちゃんは、今この瞬間だって本当に凄いって思うよ? だってベースがこんなに滅茶苦茶なのに、アキちゃんはまだギターの演奏を保ったままじゃん。れもんとの鬼特訓の成果はバッチリだよん? 胸張って大丈夫!)

(大丈夫じゃない……こんな結果、ボクが望んでる事じゃないッ!)

 

 瑞希が拒絶するように強く首を横に振ると、れもんはニンマリと笑みを浮かべた。

 

(じゃあ——“やる”しかないよね? アキちゃん、れもんが言った事覚えてる? キミ……今だにれもんとの約束果たしてくれてないじゃん、れもんは不満タラタラだぞ~?)

(……“やる”って……まさか、あの“ボクの(ソウル)を聞かせて”って……そんな、意味の分からない事? そんなの、どうやってやれば——)

(いや、出来る。キミはもう——そのやり方を知ってるはずだよ? キミが自分で制限をかけてるだけ、だから……その通りにやるんだよ?)

(……っ、そんな、でも……!)

 

 震える瑞希に、れもんは志歩と杏の方に視線を向けて暗に瑞希に表情で告げる。

 

(——出来ないなら、みんなここで負けるだけだよ? アキちゃんの大切なお友達は、ここで失意と共にれもん達に惨敗するの。それで……本当にアキちゃんは良いの?)

(……そ、それは……!)

(……ねぇ、アキちゃんは“こういう表現”はきっと嫌いだろうけど……でも敢えてここは、今だけはこんな言い方をさせてね?)

 

 れもんは、真っすぐ真剣な瞳で瑞希を見据えて勢いよく立ち上がり——言葉に出して大声で叫ぶ。

 

 

()()()()()()()暁山瑞希……! 男なら、大切な友達を救いたいんだったらッ……! 逆境の一つや二つ、自分の手でひっくり返して()せなよッ! れもんは、こんな状況でも躊躇ってるアンタが見たくて相棒を貸したわけじゃない! だから……行けッ!!

 

「——っ!」

 

 

 そんなれもんの——短い間だったけれど、確かに己の師匠だった少女からの魂の叫びに、瑞希は目をこれ以上にないぐらいに大きく見開いた。

 そして、その身を震わせながら、その覚悟の意志の焔を瞳に灯す。

 

(そうだ……そうだよ! ボクはここに……志歩に勝って欲しいから、ボクを救ってくれた恩を……志歩に少しでも返したいから立候補したんだ! それなのにボクは、何を弱気になってたんだ……! やってやる……やってやるッ……!)

 

 瑞希は深く息を吸う。

 れもんの言う“自分の魂”——封じ込めている自分の“本心”。

 それは、瑞希には心当たりがあった。しかしそれは瑞希にとっては、とっくの昔に諦めていた事。向き合う事すら拒否し続けていた、そんな裏切りの記憶。

 瑞希は、そんな自身の心的外傷(トラウマ)である過去に——覚悟と共に向き合う。

 

 

『——お前って、やっぱ変わってるよな。男なのに女モノの服を着たいとか……訳わかんねぇしキモイんだよ。お前の事言ってる事なんて、誰も理解出来る訳ねぇだろバーカ』

 

『ねぇ、どうしてアッキーは女モノの服が好きなの? 女装して喜ぶ変態とか? え? そういう感じじゃないの? 普通に……可愛くなりたいだけ? ……えぇ? 訳わかんない、どういう思考回路してたらそんな結論になんの? 言い訳苦しいっての、本当はさ……ただ女装してる自分に興奮してるだけなんでしょ? 正直に言いなって』

 

『“ボクの考えを分かって欲しい”? いや……別に、女装したいなら勝手にしてりゃいいだろ、何で俺にその行為の理解を求めようとするんだよ……女装仲間でも欲しいのか? 馬鹿言ってるんじゃねぇよ、俺も、もうこのクラス全員も——お前の事を本気でキモいって思ってるぜ? お前に味方なんて誰一人いねぇんだよ……分かったか、変態野郎』

 

 

(中学生のあの頃。まだ世界がボクにこんなに冷たいんだって知らなかった、無垢で純粋だったあの頃——“みんな”と仲良くなれるって、そう信じ続けてた頃のボク)

 

(でも、そんなものはボクの身勝手な幻想だった……現実はいつだって冷たくて、不条理で、残酷で——正しくて。あまりにもただ一つの正義を振りかざし続けるから……ボクは孤独になった。何を言っても聞く耳なんて持ってくれなかった。ただ、『ボクはこれが好き』だって、ただそれだけが言いたかっただけなのに……この世界はボクのそんな簡単な言葉だって認めてくれなかった)

 

(だから……ボクは諦めた。どうせ言っても無駄だって、ボクは他人に本心から会話をする事を諦めた。だって、証明なんてしなくてもボクは“ボク”なんだから……ただ、自分だけがその真実を理解していれば、それだけで良いって自分に言い聞かせ続けてた)

 

 

 手に握るギターに、彼はさらに力を込める。その本来の持ち主の信念が彼の中に燻る、もう火種が消えたはずの炭火に小さなマッチを投下する。

 そして彼は、横目で今も苦しむ大事な友達の姿を見て——唇を強く噛み締める。

 

 

(でも、この子達が友達になってくれたお陰で……やっと分かったんだ。ボクは……本当は諦めたくなんてなかった)

 

(ボクの存在を、“認めて”欲しかった)

 

(いつだってどんな時だって……何も言い返さないボクに、キモイとか変態だとか勝手な言葉を投げつけてくる奴らに——叫びたかった! 言い返したかった! “ボク”は“ボク”だって——!

 

 

 小さな火種はやがて、彼の内心の奥底で消えた筈の炭火に小さく火を灯す。

 その再び燃え盛り始めた火の熱を、叩きつけるように瑞希は——ギターの弦を弾く。

 

 

~~——~~♬!!

 

 

 そんな想いで奏でた音は、今までのどの音色よりも力強く、高く室内に鳴り響いた。

 ギターを持つ手に、指先に、そして自らの想いを込めながらさらに没頭していくこの演奏という行為に——瑞希はどんどん頭の中の思考が鮮明(クリア)になっていくのを感じた。

 まるでギターを弾いているこの時だけ、世界が自分中心に回っているような——そう感じてしまう程の強い錯覚。

 そんな想いが、自身の意志(エゴ)が、どんどんさらに強くなっていくのを彼は実感するのと同時に——彼は決意した。

 

 

なら……ボクはもう一度叫んでやるッ! 誰よりもボクの大切な友達の為に——ボクは叫んでやる! この世界に対して、言葉の代わりにボクのギターで『ボクはボクだ』って、叫んでやる——!

 

 

 強い“想い”が弾ける。

 指先で奏でるギターの音色が炸裂(スパーク)する。

 今までこの世界の全てを諦め、嘘だらけの理論武装でその体を守り、現実に対して全て達観していた少年は——今この瞬間にもう一度だけ、その胸に抱いた無垢な理想を信じて立ち上がった。

 

 己という人間の存在証明を、否定する全ての人間に黙れ(shut up)と叫び散らす——!

 

 

~~♬♬! ——~~♬♬!!

 

 

 そんな今までとは質そのものが変貌した瑞希のギターに、誰よりも一番早く気付いたのは志歩だった。

 

(——っ!? なに、この目が覚めるような激しいギターの音色は……瑞希!? これが本当に、瑞希のギターなの!?)

 

 彼の奏でるギターの音色は、縦横無尽に室内を跳ねまわる。

 世界が定めたルールの何にも従わない、その自由気ままな気質をそのままに体現する。

 

 それはまるで、れもんのギターの音色とよく似ていて——それでいてより縦横無尽にしなやかで美しくて力強く、まるで冷たい都会の雑踏で煤だらけに塗れて汚れても、その気高い志だけは失わない——野良猫(ストレイ・キャット)のようなギターの音色だった。

 

 そして今、この瞬間に覚醒した野良猫は、真っすぐにれもんを見据える。

 

(さぁ……ボクのお姫様を開放させてもらうよ、師匠! キミの演奏の余韻なんて、ボクの音楽が切り裂いてやるッ!)

 

 

————♬!

 

 

 ギターの音の咆哮と共に、一閃。

 野良猫の鋭い爪が、志歩の演奏を拘束していたリボンを全て切り裂いた。

 そんな演奏の質が跳ね上がった瑞希のギターに、志歩は目を丸くする。

 

(すごい……より自由で、より鋭いエッジの効いたギターのリズム。頭の中にこびりついてた矢澤先輩のギターの演奏が、たった今全部上書きされた……! 凄い……ありがとう瑞希……! 今なら、崩れたリズムを立て直せる……! ありがとう……!)

 

 大きな感謝と共に、志歩は必死でベースのリズムを再び整え始める。

 そして、そんな彼の演奏に目を丸くしていたのは、れもんも同じだった。

 

(ウッソぉ……! れもんのギターの音色が全部喰われちゃったぁ……! 練習中れもんの演奏をずっと傍で見てたからって、完全コピー……いやこれは、れもんの弾き方を自分流にアレンジした演奏……! れもんの演奏が、全開じゃなかったとはいえ完全に押し負けた……!?)

 

 しかし、その直後に彼女はニンマリと満面の笑みを浮かべた。

 

(最ッ高ぉ……! それだよそれ! れもんが見たかった君の叫び! おめでとうっ、これで晴れて免許皆伝だよアキちゃん! さぁ、そのまま行って! この世界に刻み込んでやるんだよ、キミの存在証明を! それが……れもん達の生き様だって、証明して!)

 

 そんなれもんに隣に座る茉莉はジト目を送り、叶はクスリと微笑した。

 

「ホンマ……ずっとあの男の子にご執心やねぇレモン、妬けるわぁ」

「レモちゃん……さっきからずっと誰の味方してるの? それに負けたのに全然悔しそうじゃないじゃん……なんで?」

「え~、言ったじゃーん、あの子はれもんの“お気に入り”だって。それに二人共知ってるでしょ? れもんは何時だってぇ、“れもん”の味方だよんっ♡」

 

 ニコッ♡ と悪びれもせずに愛らしい笑みを振りまくれもんに、茉莉はため息を吐いた。

 

「……はぁ、それだからレモちゃんは女の子達からもイジメられちゃうんだよ……わたし、レモちゃんの事心配……」

「え~、でもぉ、マリーはそんなれもんの事、それでも大好きでしょ?」

「……っ、もう……わたし知らないっ」

「アハハッ! あんたはやっぱり、どこまでも食えん女やなぁ……レモン」

「まぁね~。そういう訳だし、気にせずいけいけアキちゃ~ん!」

 

 そんな師の声援を受け、瑞希はギターの演奏を止めないまま、さらにさらにギターの演奏に、自分の表現したい“想い”の内側に集中して沈んでいく。

 

(……どんどんギターがボクの身体の一部になっていく感覚がする。今これ以上にないぐらいに演奏に“集中”できてる。まさか……これが志歩の言ってた『ゾーン状態』? いや、違う気がする。だって……まだ、もっとボクは“集中”できる。だって……見えるんだ、目の前にさらに深く潜る為の“扉”があるって。()()()()、きっとこの扉の先が——!

 

 その扉に手をかけようとした時——ふと瑞希の視界の横で、叶と茉莉の主旋律組にたった一人で立ち向かい、苦い顔で歌を歌い続ける杏の姿が見えた。

 

(杏!? そうだ、今はこんな扉を気にしてる場合じゃない。志歩だけじゃなくて、杏もマズイんだ……今行くよ杏!)

 

 そこで瑞希は、もう目の前で手が届きかけていた己の更なる“進化”の扉から惜しむ事なく引き返し、野良猫は主旋律の戦場へと一直線へと駆ける。

 リズムの方を気にしている余裕もない程に必死で歌う杏は——ボロボロで孤軍奮闘する烏は、今にも墜落しそうになっていた。

 そんな弱った烏に向かって、花弁を纏ったつむじ風が迫る。

 

(そろそろ堕ちてよ、烏さん!)

(……っ、くそっ……もう限界……ゴメン志歩! 私の所為で負け——)

 

 ——しかし、風に切り裂かれそうになる烏の真横から一匹の野良猫が飛びかかり、猫はそのまま烏を咥え去り、つむじ風を完全に回避させた。

 自分のボーカルがギターにサポートされたと気づいた杏は、瑞希を驚いた顔で見る。

 

(瑞希……? もしかして、私を助けに来てくれたの……!?)

(ゴメンね……遅くなっちゃった。だってキミのレベル高すぎるんだもん、ここまで来るのに時間かかっちゃったよ)

(時間かかったって……たった数時間じゃん。そもそも私、そこまで無理して欲しいって頼んでないのに……!)

(ううん、ボクがキミの事を助けたかっただけだから、それにそもそも——ギターは主旋律が本業でしょ? ボクのお株返してよ、杏)

(瑞希…………あははっ! うん、ありがと……カッコいいじゃん! じゃあ……二人で反撃、行っちゃう?)

 

 そうして、言葉も交わさずに二人はそんな目線だけで通じ合い、桜を守るように吹き荒れる暴風壁を見据える。

 ——そして、野良猫と烏は並び立ち、心の中だけで通じ合うように言葉を重ねる。

 

 

(うん……ボクの演奏で想いが届くなら)

(大丈夫、ちゃんと届くって! もし届かなくても届かせてあげるよ、一緒に!)

 

 

~~♬♬! ——~~♬♬!!

「——♬! ——! ——!!」

 

 

 そんな掛け合いを心の中で交わしたと同時、野良猫と烏は縦横無尽に、主旋律の戦場(フィールド)を共に飛び回る。

 そんな野良猫と烏を捉えようとつむじ風は激しく吹き荒れるが、二匹はまるで示し合わせたかのようなコンビネーションで協力し、風の刃を次々に躱していく。

 

(くそ、わたしのキーボードの音が置いて行かれる……! なんなのこの二人……! 特に(カラス)の歌声はさっきまで死にかけだったのに、あの野良猫のギターに助けられてから一気に元気になった……! なんなの!? どうして……!)

 

 疲弊していた杏のボーカルは、今完全に瑞希のギターによって息を吹き返した。

 そして二人は、互いの演奏の良さをサポートするようにギターの演奏を、歌を歌う。

 そんな二人の完全に息の合った演奏は、茉莉のキーボードによる音の厚みの良さを確実に削り始めていた。

 

(だ、だめだ……このギターとボーカルの息がピッタリすぎる! まるで双子みたいなコンビネーション……! このままじゃ、私のキーボードの音圧が負ける……!)

 

 そしてついに目に見えて風の勢いが弱まった暴風壁に、野良猫と烏は同時に飛びかかる。

 

((——これで、トドメだ!))

 

 そのまま野良猫と烏は同時に風の壁を、爪と翼でXを描くように切り裂いた。

 桜を守る暴風壁は切り裂かれた衝撃に、力なく霧散していく。

 完全に自分のキーボードが瑞希と杏の演奏に負けたと分かった茉莉は、その前髪の奥に隠れた瞳からポロリと、一滴の涙を零した。

 

(……ごめん、カナちゃん。わたし……まけちゃった。カナちゃんの事……カナちゃんの想いを、守れなかった……)

 

 そんな茉莉の頭を優しく撫で、叶は慈愛の笑みを浮かべる。

 

(……いいよ、ありがとう。充分だよ茉莉っち、後は私が——いや、ウチが何とかする)

 

 主旋律側の決着がついたと同時、志歩はようやくベースのリズムを取り戻し、杏と瑞希の演奏に合流した。

 

(二人共……ごめん、ありがとう。本当に私……二人に何て言ったら良いか……)

(へへ、いいよ志歩。あの突風バリアは私と瑞希の仲良しパワーで切り裂いたから!)

(あと残ってるのはあの大きな桜の木一本、会長の演奏だけだね)

(うん。杏、瑞希……お願い、二人の演奏を——私に託して!)

((——了解!))

 

——♬♬♬!!! ♬♬♬!!

~~♬♬! ——~~♬♬!!

「——♬! ——! ——!!」

 

演奏はもう佳境。

三人は初めて音を揃えるように演奏を奏で、同時に犬も猫も烏も、風の守りが消えた大きな桜の元に突撃する。

息を合わせて襲い掛かってくる三人の演奏を聴き、叶はクスリと不敵な笑みを浮かべた。

 

(……野良犬、野良猫、烏。集い揃って鳴きおって……なんやここ、ゴミ捨て場か? ええで……三匹まとめてかかって()ぃ、そんな汚ったない演奏で……汚されるウチの(想い)とちゃうわぁ!

 

 

 それと同時、志歩達の目の前の桜の大樹の花びらが一斉に——(あお)く染まる。 

 

 その桜は古雪叶という名の少女が——この“今”を全力で生きる少女が、その命を残さず燃やし尽くす覚悟で、そんな全てを賭けて注いだ演奏で——“魂”で、咲かせた桜。

 

 その桜の輝きはまさしく、彼女自身が至った——生死の境(Border of Life)の生命の煌めき——!

 

 

(——ッ! 来たッ……演奏の最終場面! 古雪会長の『ゾーン状態』の演奏と正面からぶつかる! みんな、注意して!)

 

 志歩は備えるようにベースの音をさらに強め、しっかりと杏と瑞希の道を先導する。

 しかし、次の瞬間に襲い掛かった衝撃は、志歩達の想像を遥かに超えていた。

 叶の演奏の余韻によって作られた、舞い散る青い桜の花びら一枚一枚が——その全てがまるで激しい弾幕のような音撃(ノーツ)となって、意志を持つように志歩達に向かって一斉に殺到する。

 そんな、近づこうとする者を一切許そうとしないような凄まじい演奏に、杏も瑞希も完全にパニックに陥ってしまう。

 

(くっ!? やっぱり、凄すぎる……! これが『ゾーン』状態に入れるクラスのミュージシャンの歌声なの……!? この歌声はもう、今はアメリカに行ってる(あらた)さんクラスじゃん……! こんな化け物、どうすんの……!?)

(うわっ!? なにこの襲い掛かってくるベースの重低音と音のキレ……! こんなの、一発でも演奏ミスしてマトモに喰らったら胴体真っ二つどころの騒ぎじゃないって……!)

 

 ——しかし、そんな激しい桜吹雪の音撃(ノーツ)の中、志歩はただ一人冷静だった。

 

 それもその筈。

 三年前より『Asgard(アースガルズ)』のメンバーの——ファン達の一部の間では彼女達四人を総称して『四元素の女達(エレメンツ・ガールズ)』と呼ばれる異名を持つフレイア達の激しい『ゾーン』状態の中で、そんな厳しい環境でも必死にベースを奏でてきた彼女だからこそ——圧倒的な格上を相手し続けた時の経験値が生きる。

 

(みんな……私のベースが先導する! 自分の演奏を見失わないで! 可能な限りミスしないように!)

(わ……わかった、私いくよ!)

(うん……志歩も気を付けて!)

 

 そんな志歩のベースの遠吠えは叶の圧倒的な演奏の中でも潰されず、続く烏と野良猫の演奏を守るように、演奏を聞く者に失敗(MISS)だと思われないように——その“判定”を“強化”するようにベースの音で補強する。

 そのまま、激しい音撃(ノーツ)の嵐の中を掻い潜り二人を引き連れ、“蒼桜”の下まで野良犬は走り抜けようとする。

 しかし、叶はそんな志歩の小手先の小細工をせせら笑った。

 

(さか)しい女やわぁ……そない逃げ回られたら、悲しくなってまうやん。折角のウチの全てを賭けた音楽勝負(ゲーム)や……もっと正面からぶつかって来てぇな……なぁ、志歩ちゃんッ!)

(——ッ!!??)

 

 その瞬間、志歩達に降り注ぐ桜の音撃(ノーツ)の密度が一気に上がる。まるで叶の演奏が、曲の終盤に行くにつれてさらにノリが上がるかのように。

 息もつかせぬ音の展開の数々。志歩に先導されてギリギリを進軍してた烏と野良猫だったが、ここで二匹にはついに限界が訪れる。

 それはまるで、この先に行くにはまだお前達では“格”が足りないと、叶のその迫力のある演奏で分からされるかのようだった。

 

(あっ、クソ……ゴメン志歩っ……!)

(杏——って、ああもうボクもダメだぁ!)

(杏! 瑞希っ……!)

 

 杏も瑞希も堪らず演奏で失敗(MISS)をしてしまい、叶のベースと歌が放つ青い桜の音撃(ノーツ)にぶっ飛ばされてしまう。

 それを見た叶は、後はたった一人になった志歩にニヤリと笑った。

 

(——さ、もうアンタだけやでぇ志歩ちゃん。そろそろ小細工ナシで……正々堂々とやり合おうや……!)

(——っ、上等ですっ……やってやる!)

 

 志歩は覚悟と共にベースの弦をかき鳴らし、野良犬は桜吹雪のど真ん中を——叶のベースの演奏での一番の強みである、主旋律ベースでの戦いにその身を投じる。

 叶の奏でるベースの旋律と歌声のコンビネーションが放つ密度の高い桜の音撃(ノーツ)の波状攻撃を、長年の経験だけで音が潰されないようになんとか全て対処し、志歩はその上から自分のベースの旋律の咆哮で、叶の音の残響をかき消しにかかる。

 

(——へぇ、やるやん志歩ちゃん! まだや、まだもっとこの勝負(ゲーム)で遊ぼうや! 全力で遊びながら捻り潰したる!)

(遊んでる余裕が、何時まで続くか見物ですねッ……!)

(ははっ……舐めんなや、ウチの遊びは“全力”やって教えたったやろ! そっちこそ気ぃ抜いとったらあかんわ!)

 

 互いの演奏が交差(クロス)する。

 叶の蒼い桜の花びらが、志歩の野良犬の咆哮が互いにぶつかり合い火花を散らし、その衝突の音色はまた新たな音色となってその場に響き渡る。

 

 そんな、この視聴覚室で繰り広げられる二人のベース使いの、この世で二人にしか踊る事を許されない戦いの舞踏(ワルツ)に、一瞬が永遠にも感じられるような濃密な時間に——それをこの場で“審査”する立場に立ってしまった司は、自らの唇を強く強く噛み締め、その目に堪えきれず涙を滲ませていた。

 その内面の感動と苦悩は、口から小さく漏れてしまう。

 

「なんだこれは……なんて美しい旋律なんだ。だがやはり……志歩が徐々に押されている。ならオレは……どちらに判定を……オレの過去の責任……だが志歩の願いは……オレは、オレは、どうすればッ……!?」

 

 瑞希と杏とそして茉莉は、そんな叶と志歩のハイレベルな戦いに圧倒されるのみ。

 

(何これ……ボク、弾幕シューティングゲームの戦いでも見せられてるの? 生徒会長も志歩も、どっちも物凄い……いや、でもやっぱり徐々に志歩が押されてきてる! クソッ、ボクはどうしてあの戦いについていけないのさ……!)

(志歩っ……頑張って! 私もなんとか出来る限り精一杯全力で歌うから……!)

(カナちゃん……すごい……わたしじゃ、全然もう手が届かない所で踊ってる……でも、あそこで踊ってるカナちゃん、なんだかすごく楽しそう……)

 

 しかし、そんな二人の全力の舞踏も永遠ではない。

 志歩の経験でもカバーしきれない地力の“差”が、明確に現れてきてしまう。

 

(——っ、やっぱりダメ……! 私のベースには古雪会長に比べると音の爆発力がなさすぎる……! メインに立つと、どうしてもその差が浮き彫りになる……! 音の厚みは、圧倒的に向こうが上! ダメだ、このままじゃ押し負ける……!)

(どしたんや!? 元気無くなって来てるでぇ! もうこれ以上なんにも出来ないんやったら、もう終わりにしたるで!?)

 

 さらに放つ桜の音撃(ノーツ)を密度を上げる叶に対し、志歩は苦渋を飲む覚悟で決意する。

 

(……やっぱり、私はこの場で“使える”ようにならないと! 練習でどれだけやっても無理でも、この本番で『ゾーン状態』に、自分の意志で入れるようにならなきゃ。そうじゃなきゃ、この人には勝てない……!)

 

 志歩は必死で己に、集中するための自己暗示に入る。

 

 燃えろ、私の気持ち。

 熱く、熱く、燃え滾れ。

 司さんの事が大好きだって、そんな私の魂全部を——この演奏に込めろ!

 

 と、そんな思考で必死に集中しようとするも、その全てが失敗に終わってしまう。

 どうしても集中力が途中で途切れ、志歩の思考のさらに奥底にある、さらに先へ進む為の“扉”に全く手が届かなかった。

 その“扉”は更に遠く奥深く、今の志歩には全く辿り着ける気がしなかった。

 

(やっぱりダメ……! どうして? あの状態になるにはフレイアさん達と同じように、自分の気持ちを高める事が鍵なんじゃないの? 『司さんの事が好き』だって、そんな私の想いを込めればできるんじゃないの!?)

 

 自分に向かって飛んでくる叶の音撃に追い詰められながら、徐々に退路が無くなっていく中で志歩は焦る。

 焦る思考で志歩は、今まで自分がゾーンに入れた時の事を回想する。

 

(最初にフレイアさん達と出会った時のライブの時——あの時は司さんが私に『心で負けるな』って言ってくれたから私は……深く集中することが出来た。そして穂波(ほなみ)に裏切られたって、そう思い込んで沈んでた時だって……司さんの声で私はあの状態に入る事ができた。それからフレイアさん達のライブに出る時は司さんが来てくれるようになって……その時も私は何度も深く集中する事が出来た)

 

(なら私は、司さんの事を一心に考えていたらゾーンに入れるんじゃないかって、そう漠然と思ってた。でも……この本番になって、司さんを目の前にしてもできないって事は……違うの? 私のベースは……司さんが居ないともう、何もできないんじゃなかったの?)

 

(違うなら……もしそうなら、じゃあ私のゾーン状態に入る為の気持ちの(トリガー)って一体なに!? ……わからない。やっぱり、まったくわからない……! 私は、一体どうしたら……っ、不甲斐ない後輩ですみません。司先輩、助けてください……!)

 

 そんな思いで志歩は、司の方に視線を送る。

 ——すると、志歩の視界に映ったのは。

 

(……え? 司さん……泣いてる……?)

 

 それは両目いっぱいに涙を溜め、とても苦しそうな表情を浮かべる司の姿だった。

 今まで滅多に見る事が無かった、そんな辛そうな表情をする司の姿だった。

 それはまるで、過去に咲希の入院が長期化した事が決まった時のような——それぐらいに苦しみを背負った司の表情だった。

 

(……司さん、どうしてそんな顔をしているんですか? 私は……貴方の笑顔の為に頑張ってるのに。どうして……そんな顔をしているんですか?)

 

 そう思った志歩の脳裏に、司が勝負を受けた自分に対し、何度も思い留まって欲しいと言っていた事を思いだす。

 

(……そうだ。司さんは最初から……この勝負を望んでなかった……どうして? 私が勝手にやってる事なのに……どうして?)

 

 そんな志歩の脳裏に浮かんだのは、助けてくれたお礼を言う昔の自分に対し、司が言っていた事だった。

 

『……ハッハッハ! なに、気にするな志歩! 完全無欠のスターが困った者に手を差し伸べるのは当然の事だ! オレはスターとして当然の事をしたまで!』

 

 そんな過去の記憶を思い出し、志歩は悟る。

 

(……そっか、私……今までなんて思い違いをしてたんだろう。“スター”で在りたいと願ってる司さんは、何時だって誰かの為に一生懸命だった。そんな司さんが……例え恩返しって言っても、自分の為に苦しんでる誰かの姿を——今の私の姿を見るのは、とっても辛い筈。ああ……私、馬鹿だ……!)

 

(……私は、司先輩の為だって言いながら。それが自分の意志だから気にしないでって言っても、それでも気にしてしまう司さんの優しい心を、全く気にする事ができなかった。私は結局、司さんの事を分かったつもりで……それで今も迷惑をかけ続けてるだけ! 司さんを、ただ困らせてるだけ……!)

 

 それを悟った志歩は、今度は今も自分の隣で必死で歌い、ギターを弾いてくれる瑞希と杏に視線を向けた。

 

(そんな私のワガママに、司さんの為だってがむしゃらに突っ込む私に、瑞希と杏も巻き込んだ。私は結局……中学の頃から何にも変わってない。一歌が悲しむ事を考えずに、誰にも相談せずに一人になる道を選んだあの頃から——何も成長できてない……!)

 

 失意。

 絶望。

 悲嘆。

 そんな彼女の内心で生まれてしまった暗い感情が、一気に志歩の心を潰しにかかる。

 迷惑をかけて申し訳ない、恥ずかしい、消えてしまいたい——そんな感情が次々と浮かんでは、それは全て志歩の心に重荷となってのしかかる。

 しかし、そんな志歩の脳裏に浮かんだのは、そんな迷惑者の自分に対し、みんながくれた言葉だった。

 

 

『うんっ! 何言ってるのさ志歩……勿論、ボクは望む通りだよ! その為にボクはあれだけ頑張ったんだから!』

 

『そうだよ、私達は大の仲良し三人組だよ? そんな私達が力を合わせちゃったら——例え生徒会長にだって勝てるに決まってる!』

 

『——志歩! しっかりしろ! お前はこの戦いが、ベースでプロになる為に乗り越えるべき試練だと言っていたではないか! なら……諦めるな! 最後まで足掻けッ!』

 

 

 志歩の目に、溢れる涙が零れ落ちる。

 

(そうだ……! そんな私にでも……みんなは、司さんは、手を差し伸べてくれた。見捨てないでくれた……! なら、もうこれ以上私は今後悔なんてしてられないッ! 反省も後悔も謝罪も、今する事じゃない! だったら——私は、今の私が出来る事は——!)

 

 深く、深く、より深く。

 ただ一心にベースにその想いを叩きつける。

 そして叫ぶように志歩はその心で吠えた。

 

 

(私の為じゃない、みんなの為に……! 今できる、最高の演奏で応えるんだ! それが私を支えてくれるみんなの為に、私が唯一返せる恩返しだから——ッ!!)

 

 

 ——その瞬間だった。

 

 志歩はいつの間にか、先ほどまで遥か遠くにあったはずの“扉”が、今すぐその目の前に立っている事に気付く。

 

(あれっ……? なんで? どうして……? さっきまで、あんなに遠かったのに……どうして今になって……? 私のゾーンの感情の(トリガー)は……?)

 

 少し思考する。だが、辿り着いたその“答え”はあまりに直球で明快で。

 クスリと笑ってしまう。

 何故ならそれは、自分がいくら孤独な一匹狼を気取っていたって——結局、本性は単純な人間だって分かってしまったから。

 

(そっかぁ。私……そうだったんだ……それは、今まで分からなかったはずだ)

 

 それに気づいて志歩は、そのままの笑みと共にその“扉”に手をかける。

 志歩がその手に持つベースに、煌めく星屑が集まるように暖かい光の力が籠る。

 

 全力の音楽を——自分を支えてくれる“誰か”の為に届けろと、その魂が吠え叫ぶ。

 

 それが、日野森志歩という名の少女の『ゾーン』突入の条件——!

 

 

 

(ありがとう……みんな、こんな私の事を応援してくれて。だからお礼に()せるよ。これが私が今できる……全力全開をさらに超えた——“魂の演奏”!!

 

 

 

——♬♬♬!!! ——♬♬♬!!!

 

 

 

 志歩が弦を勢いよく弾いた瞬間、ベースから煌めく星屑のような音が大きく爆ぜた。

 

(——な、なんや……この音は!? さっきまで全然やったのに急に……志歩ちゃんのベースの音に迫力が増した!?)

 

 そんな志歩の演奏に驚愕する叶の目の前で、視聴覚室中に広がった星屑のような志歩のベースの音の煌めきはやがて、蒼桜に向かって疾走する一匹の野良犬に輝きが収束する。

 そして一匹の野良犬はその全身が星屑の光に包まれ——そして、その光の殻を遠吠えと共に勢いよく破り捨てる。

 

 ——するとそこには、夜空のような漆黒の体毛にまるで煌めく星が散りばめられたような、そんな満天の星空色の毛並みをした“大狼(たいろう)”が、星屑(スターダスト)の煌めきを纏いながら神々しく顕現(けんげん)していた。

 

(馬鹿なっ……!? 志歩ちゃんの演奏が、この土壇場で“進化”したやって!? ま、まさかコレは……私と同じ——!?)

 

 目に見えて狼狽する叶に向かって志歩は、感謝するように心の中で告げる。

 

(……ありがとうございます、生徒会長。貴女のお陰で私は沢山の事を学ぶ事が出来ました。とても……感謝してもしきれません。たった今認めます、貴女はまさに——この自由で新しい歴史を築くここ『都立神山高校』の——その生徒の代表に立つに相応しい人間です。司さんの隣に並んでも……全く見劣りしない程に素敵な人です)

 

(でも……例えそうだとしても、やっぱり私は……貴女に司さんは渡せません! だからこそ……今日この日この場では、私の演奏が今——貴女の演奏を打ち破ります!)

 

 そんな決意と共に、志歩は自らの演奏で召喚した星空色の毛並みをした“大狼”に、指示するようにベースをかき鳴らしながら告げる。

 呼ぶその大狼の名は、自分にベースを教えてくれた師であるイズが名付けた名。

 

 

(——吠えろ、“星屑狼(スターダストウルフ)”)

 

 

——♬♬♬!!! ——♬♬♬!!!

 

 

 大狼は高らかに吠える。

 その遠吠えは夜空から流星群を呼び寄せ、視聴覚室内に激しく嵐のように流星の音の衝撃が降り注ぐ。

 そんな映像を幻視させる程に凄まじい志歩のベースの音色に、対戦相手である叶の幼馴染たち全員の目が大きく見開かれる。

 

(何この音色、わたしのキーボードの音がそよ風に感じる程の圧倒的な音圧……!)

(……わーお、ヒノっちやるぅ……これは、れもんも想像外だったかなぁ……)

(……まさかこの僕が……叶達以外の演奏でドラムの音から現実に引き戻されるとはな。そうか、日野森さん……君も“限界突破”したという事か。これは——フッ、もう迫力がないとは言えんな)

 

 そして一人苦悩の中に居た司は、志歩の演奏に目を奪われてしまう。

 

(この音色は……『ゾーン』か! 志歩……まさかお前は、この逆境の中で自分の更なる成長の糧を掴んだというのか!? そうか……やはり……流石だな志歩、お前はオレの自慢の後輩だ。ならオレも……悩んでなど居られない。正解(・・)などまったくわからんが……それでも、せめてオレはオレらしい選択を……貫くのみだ! お前が尊敬してくれるオレの姿を、“スター”であるオレを貫くのみだ……!)

 

 そして、その大狼の遠吠えの一番近くに立っている杏と瑞希の衝撃は、それ以上。

 

(うそ……志歩も“入った”……!? というか……え、ナニコレ、すごい……こ、これが、ミュージシャンが至るべき一つの到達点の、その領域に立った人の演奏……! すごい、すごいすごい! 凄いよ志歩……!! 私、こんなベース聞いた事ない……!)

(……すっご。凄すぎて何も言えないってホントこういう事を言うのかも……なんて綺麗な流星と星屑……まるで流星群でも見てるみたい。こんな演奏聞いた事ない……!)

 

 そして、そんな二人に向かって志歩は目線を送って合図を出す。

 

(——さぁ、いくよ二人とも。今度こそ、あの桜の木を倒す!)

(え……志歩、でも私さっきは全然……)

(ぼ、ボクも……というか正直もう、ボク達って志歩の足手まといじゃ——)

 

 思わず弱気になった二人がそう言うと、志歩は二人に安心させるような優しい笑みをニコリと浮かべる。

 

()()()——だから、今度こそ私のベースを信じてついて来て? 二人の本気の演奏は必ず……私のベースが導くから!

 

 そう内心で宣言すると同時、志歩は再び力強くベースの弦を弾き上げる。

 同時に大狼は再び大きく遠吠えを上げる——すると、その巨躯に身に纏った星屑(スターダスト)の煌めきが、近くにいる烏と野良猫に伝播する。

 それはまるで、力強く鼓舞するような——仲間達を支えるような遠吠えだった。

 そんな志歩の演奏は、杏と瑞希に再び力を与える。

 

(——すごい……! 志歩のベースが勇気をくれるみたい……! 『一緒に歌おう』って、まるで誘ってくれてるみたいな演奏! ヤバイ……ヤバイヤバイヤバイ! やる気がすっごく湧いてきたぁ……!! こんな気持ち、まるで『RAD WEEKEND』を初めて見たあの日の強いワクワク……! 今すぐにでも歌いだしたくなるこの気持ち——!!)

(心が踊る……! 今すぐにギターを鳴らせって心が言ってる……! 誰にも負ける気がしないみたいなこの気持ち! もしかしてこれが……キミの演奏の効果なの!? わかったよ……キミがボクに期待してくれるなら、ボクはもっともっと、“ボク自身”をこの音楽で証明してみせるッ!)

(さぁ……行くよ二人共ッ!)

((——了解!))

 

 そんな大狼の遠吠えに鼓舞されるように、野良猫と烏は星屑の煌めきを纏ったまま、再び青い桜吹雪の音撃(ノーツ)の嵐に突っ込む。

 そんな二匹のあり得ない愚行に、叶は目を見開いた。

 

(馬鹿なんか!? アンタらじゃ役者不足やって教えたったやろ……!? ウチの演奏に当てられてまた失敗(MISS)しぃ!)

 

 叶の放つ勢いの増した桜の音撃(ノーツ)は正確に、野良猫と烏を射貫く。

 そんな叶の演奏に圧倒されるように、二人は演奏に綻び(MISS)を生じさせてしまう。

 

(——()った! これに懲りたら格の違いを弁えて大人しく——って、え?)

 

 しかし、二人はそんな演奏の失敗(MISS)に一切怯む事なく、むしろさらに堂々と演奏を継続させる。

 

 

——それはまるで演奏を聴く(判定する)者に、失敗(MISS)ですら完璧(PERFECT)だと思わせるような、そんな演奏。

 

 

 そんな二人の演奏に、その演奏に力強さを与えたのが志歩のベースの音の効果(スキル)だと気づいた叶は、これ以上ない位に表情に動揺の色を強めた。

 

(アホ抜かしなや!!?? なんやそのベースの演奏は……! 仲間の演奏をその音で支えて、例え失敗(MISS)しても完璧(PERFECT)の演奏にして、連撃(COMBO)継続とか……! なんやその壊れ能力(スキル)! この音楽勝負(ゲーム)のバランスが壊れるわぁ!!)

 

(——さぁ、遊び(ゲーム)は終わりですよ、会長……これでトドメです!)

 

 志歩のベースの音で大狼は吠え、烏と野良猫の後を追うように桜の音撃(ノーツ)の中を突進して突っ切る。

 

(……ま、まだや! まだウチは——私は(・・)、負けない!! 負けたくないッ!!!)

 

 しかし、それでも蒼桜は最後の抵抗とばかりに激しい桜吹雪を散らす。それでも、どうしても今の志歩達の演奏の力強い進軍を止める事は出来なかった。

 そして遂に三匹に射程圏内にまで接近されてしまった桜に——そんな決着の間際の光景を幻視し、激しい激情の裏で叶は、冷静に悟った。

 

(……ま、無理だよねぇ……そりゃダメだよ、志歩ちゃんの今のベース演奏に、熱量まで乗っちゃうんだったら……弱点なんてないじゃん。ただ強がって失敗を取り繕ってるだけのドジっ子の私に、勝ち目なんてないって)

 

 涙が一筋、頬を伝う。

 

(あーあ、駄目だったかぁ……そっかぁ……私も本気、だったんだけどなぁ……本気で天馬くんの事……大好きだったんだけどなぁ……そっかぁ……ダメかぁ……)

 

 それでも叶は、涙を拭いしっかりと前を見据え、志歩達の演奏を正面から受け止めた。

 

(でも、とっても悲しいけど……悔いだけは何にも残ってないや。だって——嬉しいのも、悲しいのも、苦しいのも——そういうの全部ひっくるめて……私は全力で“恋”を楽しんでたって——全力で“青春”したって、そう思えるから。やりたい事を全力でやったって、そう思えるから——だから)

 

——桜の大樹に、野良猫と烏の爪と翼が同時に大きく深い切り傷を与える。

 

——最後に、深い切り傷が入った桜の大樹に向かって、星屑を纏った煌めく大狼が勢いよく突進する。

 

 その大狼の一撃が、決着の証。

 突進の衝撃に耐え切れず、轟音を立てて桜の大樹は、激しい桜吹雪を舞い散らせながら折れて倒れてしまった。

 その光景を幻視しながら——舞い散る青い桜吹雪を頬で受けながら叶は、静かにその結果を受け入れる。

 

(ありがとう……司くん。君に出会えたから私、高校生活がとっても楽しくなったよ。ありがとう——あの日私を助けてくれて、本当にありがとう。キミに出会えて——そして、キミの事を好きになれて、本当によかったよ)

 

 そんな叶の内心と共に志歩達の演奏が終了し——その余韻の静寂が今、完全に終わった。

 開口一番に大声を上げたのは、杏と瑞希だった。

 

「~~っ! やったぁ! 勝ったよ志歩! まぁ……このメンツだもん、当然だよね!」

「勝ったっ……! 本当に勝っちゃった! もしかしてボク達って無敵かも!」

 

 そんな勝利の結果(リザルト)に沸く二人に、志歩はその賛辞は受け取らず、深くお辞儀をした。

 

「——本当にありがとう、二人共。今日はとってもいい演奏だった……二人が居なかったら、絶対に奏でられない演奏だった。そして……ゴメン。私の所為でいっぱい迷惑かけて……本当にゴメン」

 

 そんな志歩の謝罪に、瑞希と杏はお互いにキョトンとした表情で顔を見合わせた後、ニッコリ笑って志歩に言う。

 

「いいよ、だって私……志歩の本当に最高の演奏が聞けて、とっても感動したから! あの演奏が聞けて、それで会長みたいに本当に凄い人と戦えて、また一つ経験積めたもん。むしろ圧倒的にプラス! それに志歩のベースでボーカルやるの、最高に楽しかったし!」

「うん、ボクもいいよ。だって何度も言ってるけどボクは志歩に大きな恩があるし——それにさ、ギターの楽しさも今日で分かった気がするから」

「……二人共、本当にお人好しだね。ありがと」

 

 そう言って話がまとまったのを見て、実入はスッと立ち上がって志歩の下へと向かった。

 

「……すまない日野森さん、やはり僕は悪い癖が出てしまったようだ。もし不快にさせてしまったのなら謝罪をここに」

「あ……いえ、大丈夫です。横山先輩はたった一人でも最後までミスなく完璧(ALL PERFECT)でしたから。ただ……私が貴方の演奏を活かせなかっただけなので」

「それと……君の最後のベースは……とても胸が躍った。君のベースに魅力がないと言った言葉は撤回しないといけない」

「はい、ありがとうございます。横山先輩も二組分の演奏お疲れ様でした」

 

 志歩と実入がそんな会話をしている最中、満面の笑みでドーンと小さなツインテールの影が瑞希の胸元にロケットダイブし、そのまま彼女は腰に手を巻いてギュッと瑞希を抱きしめる。

 

「——アキちゃ~んっ♡」

「おわっ……!? し、師匠!?」

「お疲れさまっ♡ アキちゃんのギター、れもんとってもシビれちゃったぁ♡ これで完全にれもんがキミに教える事は何もないよんっ♡ 後は興味があったらもっと自分で学んでみてねっ! アキちゃんはもっとギター上手くなれる——ファイトだよっ!」

「師匠……うんっ! ボク、師匠のお陰で……ちょっとだけ、前向きな考え方を取り戻せたかもしれない……だから、本当にありがとう!」

「え~? “ちょっと”? それじゃ、れもんとしては不服なんだけどなぁ~。もっとれもんみたいに吹っ切れよっ? 学校でアキちゃんの事を悪く言ってる奴を片っ端からガツンとやっちゃおっ♡ ムカつく奴をえいっ♡ ってするの最高に気分いいよ? 頑張れアキちゃんっ! 学校での最底辺扱いから一気に支配者にまで成り上がっちゃおっ?」

 

 そんなれもんの更なる反逆の誘いに、流石にそこまでの覚悟は急には決まらないのか、瑞希は曖昧な笑みを返した。

 

「あ~、うん、はい。それは……まぁちょっと、そこまでアクセル踏み込むのはまだ勇気出ないかなぁ……それに、さっきのボクはギター演奏でテンション上がってた勢いもあったと思うし……」

「え~? あんなに凄かったアキちゃんって、もしかしてライブ限定のアキちゃんって事なの? も~、アキちゃんって変に他人に優しすぎるよ~。アキちゃんはもっと自分の事だけを見れるようになれたら、さらに高く羽ばたけるってれもんは思うのにぃ~」

「あはは……それは流石にちょっと……というか師匠、もうそろそろボクの事離してもらっても——」

 

 そんな二人のゼロ至近距離で継続される会話に、不機嫌そうに眉をひそめながら杏が割り込む。

 

「——あの、ちょっと……だから矢澤先輩は後輩との距離感もっと考えてくださいって言いましたよね? いい加減覚えてくれませんか……?」

「うぇっ? あ、杏……? だから君、どうしてそんなに不機嫌なの……?」

「別に……理由とか特にないけど……!?」

「えぇ……? いや、だから」

「えぇ~? カラスちゃんはれもんのする事にぃ、一体何の文句があるのかなぁ~♡ れもん、とっても気になるぅ~♡」

「矢澤先輩って……こんな事言うの申し訳ないですけど、女子に凄く嫌われそうな性格してますよね? 私、人付き合いを選り好みするタイプじゃないんですけど、正直言って先輩の事は苦手かもしれないです」

「きゃぁ~♡ カラスちゃんこわ~い♡ アキちゃん、れもんの事守ってぇ~?」

「えっ、ちょっと待ってっ……!? もう何がなんだか分かんないんだけど!? とりあえずもうこれ以上ボクを挟んでギスギスするのだけは止めてぇ!?」

 

 そんな風に戦いが終わり、互いのチームで健闘をたたえ合っている和やかなムードの中だった。

 茉莉はただ一人、グズグズと鼻水を啜る音を鳴らしながらふくれっ面の涙声で言う。

 

「グスッ……ヒック……レモちゃん、ミハくんっ……どうして敵相手に、そんなに仲良くしてるのぉ……!? わたし達負けたんだよぉ……!? わたし達の所為で、カナちゃんは負けたんだよぉ……!? カナちゃんが可哀想だよぉ……! うえぇぇん……!」

 

 そんなガチ泣き状態の茉莉に、実入とれもんは困った顔を見合わせた。

 

「茉莉……お前……れもん、どうする?」

「あ~……マリー? 少しれもんと向こうでお話ししよっか? とりあえず落ちつ——」

 

 しかし茉莉はそんなれもんの静止も無視し、ビッと勢いよく実入とれもんを指さした。

 

「グスッ……そもそもぉ! ミハくんも馬鹿正直に相手のドラム完璧にやりすぎぃ! 負けそうだったらもっと滅茶苦茶に相手の演奏を妨害してよぉ……っ! 本気でカナちゃんを勝たせる気あったの!?」

「いや……茉莉、そんなことして何になるって言うんだ? 落ちつけ……な?」

「それにぃ……! レモちゃんも相手に肩入れし過ぎぃ! レモちゃんの気持ちはちょっとわかるけどぉ! それでもカナちゃんの為にもっと協力してあげてよぉ……!」

「よ~し! マリー、深呼吸しよっか? ほーら、息を吸ってぇ……吐いてぇ……?」

「——そもそもぉ!」

「えっ!? な、なに? ボク……?」

 

 それでも尚と止まらず茉莉は涙目で、瑞希の方を指さして口を開く。

 

アイツ(・・・)っ……! そもそもアイツさえ居なかったら、あのままカナちゃんが勝ってたもん! この卑怯者! 初心者だなんて嘘ばっかりだぁ! しかも知らない間にレモちゃん口説いて自分の手駒にしてるしぃ……!」

「え、ええっと……いや、本当に本格的に始めたのは今日が初めてで……口説いたとかそんなつもりも全然ないし、仲良くなっただけで……上達は本当にれもん師匠の教えが良かったから……」

「ウソだこの詐欺師! 女タラシ! 救いようのない()()()()()()——」

 

 そう言いかけた茉莉の発言を遮るように背後から叶がそっと近づき、急いでその口を手でふさいだ。

 

「——はーい、その辺でストップやぁ。よしよし……落ち着きぃ茉莉っち。その暴言は流石にライン越えやでぇ?」

「むぐっ……!? ひゃなひゃん(カナちゃん)!?」

「あちゃぁ……ごめんねアキちゃん? この子、普段は虫も殺せないような臆病虫なんだけど、れもん達の事になるといつも頭に血が上っちゃうんだ。……後日落ち着いたらさ、れもんの方からマリーに真面目に謝りに行かせるから」

「僕からも茉莉の代わりに深く謝罪させてほしい……すまない」

「ホンマごめんな暁山くん……この子、本当に悪い子じゃないねん……いや、それも言い訳にならんかもしれんけど……」

「あ……いや、あはは……大丈夫だよ。一般的な価値観から見たら、ボクってそんな感じなんだろうなって思うし……まぁ、本当は慣れたくない言葉だけどさ……」

 

 そんな三人がかりの全力の謝罪に、瑞希は苦笑と共に話を水に流す事にした。

 叶は茉莉がようやく落ち着いたのを見て、フゥと一息をついた後で志歩に涼やかな笑顔で言う。

 

「おめでとさん、アンタの勝ちや……悔しいけどエエ演奏やったわ、清々しい気分やで」

 

 志歩はその笑顔に何とも言えない表情を返しながら、言葉を選ぶように口を開く。

 

「えっと、その……古雪会長の演奏も、本当に物凄かったです。私は今回たまたま良い友達に恵まれたから、あんな演奏が出来ただけで……」

「あぁ……ええで? そない気を遣わんでも。しっかりウチに勝ったことを喜び? あんたがこの高校で一番のベーシストや。しゃんと胸張りぃ?」

「……私の“勝ち”……ですか……あの、その……何と言いますか……」

 

 しかし、『勝ち』という単語に微妙な顔をする志歩に対し、叶はため息をつく。

 

「はぁ……案外あんた、優しい子やなぁ? 志歩ちゃんは立派に狛犬として今回、ご主人様につく悪い虫を追っ払ったんや、ウチの事を気を遣う必要はあらへん。こんな事でいちいち心痛めとったら、この先もたんで?」

「あ……ええっと、古雪会長に気を遣ってるとか、そういう感じでもないんです。ただ……その……」

「——? なんなん? さっきから何が志歩ちゃんの気に入らん所があるん? ウチと志歩ちゃんが全力で戦える勝負内容で……それで志歩ちゃんがウチに勝った。物事はそんな単純な事や……おめでとう志歩ちゃん。ウチはこれで悔いなく——っ、あぁ……まだアカンなぁ、心の整理ついとらんわぁ。ちょっとこれ以上は……今は言わせんとって?」

「……カナちゃん」

 

 言いかけた言葉を溢れそうになる涙で言い澱んだ叶を、茉莉は心から心配そうに見つめていた。

 

「あぁ……ええっと……何て言えばいいんだろ……どうしよう」

 

 しかしそんな二人の姿を見てですら、今だに何かを言いずらそうにする志歩。

 するとそんな中、まるで終わらないやり取りに終止符を打つようにれもんがパンパンと柏手を打ち、口を挟む。

 

「はーい、禅問答(ぜんもんどう)終了―。とりあえずカナっち? このまま……なぁなぁにするんじゃなくってさ、さっきからずっと放置プレイしちゃってるペガちゃんに、ちゃんとれもん達の演奏で、カナっちかヒノっちの演奏、どっちが良かったか判定聞こ?」

「あぁ……そうだぞ叶。お前が勝手に巻き込んでおいた癖に、最後は放置して話を先に進め続けるのは流石に天馬に酷だろ……反省会(・・・)は、その後でも良い筈だ」

「——? なんやレモン、ミハイル? そんなん……天馬くんに聞かんくても、結果なんて分かりきっとるやん。聞く必要なんかあるんか……?」

「レモちゃん? ミハくん? 反省会って……何言ってるの? カナちゃんに反省する“次”なんてもうないのに……! 結果なんて聞かなくても分かり切ってるよ……!」

 

 涙目の二人に、れもんと実入は二人で同時に深い溜息を吐きながら言う。

 

「はぁぁぁぁぁ……そうだねぇ……()()()()()()()()()()()()()()。だからサッサと聞いちゃお? それから放課後ワックで反省会ね~? あ、れもんはストロベリーワックシェイクで! 今日迷惑かけたカナっちの奢りでヨロ!」

「はぁぁぁぁ……そうだな。さっさと早くこんな()()は終わらせよう」

 

 そんな二人の様子を見て志歩は、れもんと実入が今回の件に対し、勝利に対する意欲に何かと言動がちぐはぐだったことに対する謎に答えが出てしまった。

 

「成る程……横山先輩、矢澤先輩、さては最初から分かってましたね? この勝負が一体どうなるのかを。貴方達二人は……最初から本気で勝つ気なんて無かった(・・・・・・・・・・)んですね?」

 

 そんな志歩の穿(うが)った推理に、実入はやれやれとため息を、れもんはニコリと笑みを浮かべた。

 

「……はぁ、だから僕は練習の時に言った筈だぞ? こんなものは茶番(・・)だと」

「おっ、さっすがペガちゃん単推し追っかけ強火同担拒否オタのヒノっちじゃ~ん! だいせいかーい♡ 頭良いね!」

「……いえ、私も最初気づけませんでした。私もこの勝負方法の根本的問題点(・・・・・・)に気づいたのは演奏の終盤です……本当に、司先輩には申し訳ないと思っています」

「成る程成る程……カナっち、どうする? 愛しのペガちゃんの性格理解度二つ年下の子に負けちゃったよ~?」

「……え? え? な、なに……? 一体、どういう事なのレモン?」

「あぁ……相変わらず頭だけは良いのに、慌てた時に限っておバカさんになっちゃうんだからカナっちはぁ~。ま、見たらわかるか。ほらペガっち判定結果だよ! 左手を上げたらカナちゃんの、右手を上げたらヒノっちの勝ちで……さっそく結果発表どうぞ~!」

 

 そんな囃し立てるれもんに対し、この場の全員に確認するように司は言う。

 

「……何度も言うが……オレの主観だぞ? いいんだな?」

「いいよんっ♡ いっちゃえペガっち!」

「はい、司先輩……気にせずにどうぞ」

「……ちょ、ちょっと待ってよ……! 見なくても結果なんて分かって——」

 

——と、そう言いかけた叶の目の前で、司はゆっくりと口を開く。

 

「オレは今回……二人のそれぞれの演奏を聴いて思ったんだ。本当に素晴らしい音楽だと、心を震わせる程に感動した。仲間と共に一つの音楽を作り上げるバンド演奏とは……本当にすばらしいモノなのだと、改めて理解した」

 

 そう言った後で、首を横に振って続ける。

 

「——だが、こうも思う。今日の演奏は……会長と、そして志歩の、それぞれの全力の演奏が互いを高め合ったからこそ生まれたものだと思う。つまり互いの演奏の存在なくして、二人の素晴らしい演奏は無かったという事を意味する。だからこそ、オレは——」

 

 最後にそう締めくくり、そして司は一瞬だけその目に躊躇いを見せた後、しかしそれでもかぶりを振ってゆっくりと判定を下すその手を——“両手”を、上げた。

 

 バンド勝負の結果は——“引き分け”。

 

 それが、天馬司が二人の勝負で悩んだ末に下した結論だった。

 そんなあまりに予想外の結果に、叶と茉莉と瑞希と杏は口をあんぐりと開けた。

 

「えっ……ウソ……なんで? 私のベース……負けてないの? え……?」

「えっ……な、なんで? なんでそうなるの天馬くん……!?」

「は……? はいぃぃ!? それ本気ですか天馬先輩!? あの……すいません、天馬先輩が無神経って私よく知ってますけど……流石に、今この状況で『どっちも選ばない』って解答、中々最低な事してるって自覚あります……!?」

「ウッソ!? えぇ……? 幾ら鈍いって言ってもさぁ……流石にこの場は、どっちかを選ぶのが正解って何となく場の雰囲気で分かるでしょ? ボク信じられない……」

 

 だがしかし、そんな司の判断を最初から分かっていた者達は動じる事は無かった。

 

「……よし、茶番は終わったな。ワックに行くか……奢りなら先に言っておくぞ叶、僕はワックはテリヤキバーガーと決めている。この決定は譲る気はない」

「いぇ~! さっすがペガちゃん! こんなシリアスな真剣勝負の場でも、男としてなら全員に後ろ指差されるレベルでクズな判断をするそのクソ度胸! だれにもきっと真似できないよぉ? そこに痺れる憧れるぅ……!」

「え、まってよ実入先輩、れもん師匠! 二人は最初ボク達の練習に参加してた時から、こんな結果になるって分かってたの? どうして?」

 

 思わず声を上げて説明を求める瑞希に、二人は再びやれやれと視線を交わした。

 

「まぁ、叶から勝負に至る経緯の大まかを聴いて……それで審査員が天馬だという事を知った時点で、最後はきっと勝敗なんて有耶無耶な結果になると僕達は思っていた」

「だよね~? でも本気でそれで勝負になるってみんな信じてたみたいだったから、れもん達空気読んだよね~? だかられもんは今回勝ち負けなんてどうでも良かったっていうか……れもんは正直アキちゃんに夢中だったんだよねぇ。だから、今回本気で志歩ちゃん達をぶっ潰す気だったの、カナちゃんとマリーの二人だけだったよ?」

「え……いや、でも……どうしてそんな確信なんて……?」

「え~? アキちゃん、そんなのちょっと考えればわかる事だよ? だって——」

 

 れもんはそう言い、トコトコと司の目の前にまで歩いて行き——そしてニタァと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ペガちゃんはぁ……“スター”だもんねぇ? どこまでも万人に愛されるような……そんな“スター”として、誰にも嫌われない王道な生き方しかできない子だもんねぇ~?」

 

 まるでどこか、愉悦と嫌味の二つの意味を込めた言葉を刺すれもんに、司は唇を噛んで目を伏せてしまった。

 

「——っ、ち、違う……お、オレは……本心から、先ほどの演奏に優劣なんてつけられないって、そう思った……それは、確かに紛れもなくオレの本心だ……だから…」

「あれあれぇ~? 俯いてどうしたのペガちゃん? お腹痛いのかなぁ~? もしかしてぇ、図星? ねぇねぇ? 図星~?」

「ち、違う……オレは、オレは……」

「え~? それにしてはさぁ——」

 

 そう言って尚も薄ら笑いで司を追及しようとするれもんに、困惑した表情の瑞希と、ため息交じりの実入と、目を吊り上げて怒った顔をした志歩が、三人同時に言葉を差し込む。

 

「あ、あの……れもん師匠? ぼ、ボク……流石にそうやって司先輩を責めるのはちょっと違うかなぁって……」

「……れもん。もう手遅れかもしれんが……お前のお気に入りの暁山君の前だぞ? それ以上可愛げのないお前の姿を見せたら、彼にどう思われても僕は知らんからな?」

「矢澤先輩……流石にそれ以上は、私の司先輩への侮辱行為だとみなしますよ? 私が次に噛みつくのはきっと貴女です」

「…………はーい。れもんの可愛いアキちゃんが言うならそうしまーす。それにしても、ミハもヒノっちも、二人してペガちゃんに甘々だなぁ。ペガちゃんは……本当みんなの人気者だよねぇ~」

 

 れもんはそれ以上興味を失ったように司からパッと離れる。その口で小さく『こんな(ヤツ)の……何が良いんだろ』と、誰にも聞こえないような小声で呟きながら。

 

「オレなりに……考えたんだ。どちらの演奏がオレにとって一番かを」

 

 そんな中、司はポツポツとれもんの問いに言葉を返すように口を開く。

 

「だが……オレの選択によって、オレが優劣を決める事によって、どちらかの演奏は——今日までの全ての努力は否定される。他の誰でもないこのオレが、否定するんだ。そう考えてしまったらオレは……どちらの方が良いと、そんな判断など出来なくなってしまった。だからオレは……例え人としては間違っていたとしても、“スター”としての今までのオレに恥じない選択をしたいと、そう思ったんだ……だから、オレは……例え何と言われようと、今日の勝負に勝者も敗者も居ないと宣言する……! この答えは、絶対に譲らん……!」

 

 その言葉は、彼自身の苦悩が口から滲み出たような言葉だった。

 苦悩に塗れながらも、それでも彼自身が考えて出した結論。

 そんな司に対し、本当に申し訳なさそうな表情をしながら叶が歩み寄る。

 

「……ごめんね天馬くん。君をそんなに苦しめちゃうなんて……私考えてなかった。やっぱり私……ドジだったよ。君に出会ったあの日から、ずっとずっと……私は、志歩ちゃんの言う通り君に甘えっぱなしだったんだね……君のこと、勝手に分かったつもりになってただけだった。本当に……ごめん。」

「……会長」

 

 俯かせていた顔を上げ、叶の顔を見つめる司に対し彼女はニッコリと笑って言う。

 

「だから……今回の勝負は無かった事で良いよ。私のお願いも……聞かなかった事にしてくれていいから」

「……いや、それだと会長……この部は人数不足で廃部になるのではなかったのか?」

「まぁ、それはそうかもだけど……でも、何とかするよ。だから君は別に心配しないで、君がどんな判定をしようと、私個人としては今の勝負は志歩ちゃんの勝ちだったし……だから私はもう……君の事は——」

 

 そうして叶は躊躇いながらも『諦める』と、そう言葉にして司に言おうとした時だった。

 志歩は、その先を言わせないように口を挟む。

 

「ですから——次こそは(・・・・)しっかり公平な決着が着く場で、そして司先輩に今度こそ迷惑をかけない形で、私は貴女と再戦を望みたいと私は考えています」

「——え? 志歩ちゃん……?」

「何っ? 志歩……?」

 

 思いもよらぬ言葉に驚愕するに叶と司に対し、志歩は構わず毅然と続ける。

 

「私は……貴女との勝負に、こんな曖昧な形での決着なんて望んでいません。私が欲しいのは、完全に誰にも文句のつけようのない……完璧な勝利です。それ以外は要りません」

「いや……志歩ちゃん。で、でも私……演奏は貴女に負けたって、そう思うよ? だからこれは文句なく貴方の勝ち——」

「——“勝ち”? まさか……さっきのがですか? そもそも、さっきのが貴女の“全力”だなんて、私は全然納得していません」

「……え?」

 

 ポカンと口を開く叶に、志歩は不服そうに鼻を鳴らし、実入とれもんの方に視線を向けて続ける。

 

「そもそも、さっきの演奏で貴女の仲間の内二人もが、勝つ気なんて全然なかった演奏だったんです。その上、貴女は自分の大事なリズム隊の片腕であるドラマーを、あろうことか私に貸し出しました。結果、貴方達の演奏でドラムの音は相殺されて私達の敵になりませんでした。——そんなの、私との勝負に貴女は片腕で挑んでいたようなモノです。そんなベースの演奏が……どうして全力だって言えるんですか? 貴女の“桜”は……アレが“満開”だったとは到底思えません」

「で、でも——」

「“でも”も、“だって”もありません! 私は……とにかく納得いかないって言ったらいかないんです! そう思ってしまったのなら……私は自分の意見を譲れないんです! ですから今度こそお互いに公平な状況で、ハッキリ勝敗がつく形で勝負がしたいんです! もう一度——ライブ勝負を!」

「——っ!?」

 

 志歩は、高く声を張り上げる。

 己が掲げし、狼のように気高き理想を貫くために吠える。

 そんな狼の姿を見て実入は、まるで最初からこうなる事を想定していたかのように微笑しながら口を開く。

 

「了解したよ日野森さん。今度こそ()()()()()と戦いたいと言うなら——“神高文化祭”はどうだい?」

「……文化祭ですか?」

「ああ、その通りだ。今日からまだまだ先の話だが……その日に軽音部である僕達は体育館のステージでライブを予定している。そのステージに、君が立つんだ。勿論……君が選んだ僕達に勝てると確信する、この校内のベストメンバーを集めたバンドでね?」

「——!」

「そして……我が神高文化祭にはそれぞれの出し物の部門ごとに賞を設けている。その賞の中での『ステージ発表部門』で賞を獲った方の“勝ち”。……どうだい? これ以上ない位に公平な勝負だろう? ——そんな勝負を、僕達とやるか?」

「——ちょ、ちょっとまってよミハイル! そんな……勝手に……」

 

 そんな勝負を勝手に持ち掛ける実入に、思わず叶は口を挟んでしまう。

 しかし、実入はスッと叶を見据え、問いただすように口を開く。

 

「——なら、このまま諦めるか叶? それで、お前の心は本当に納得できるのか?」

「そ……それは……!」

「立て、叶。お前の想いは——お前の心に咲いた桜は、ここで散らしてもいいものではないだろう? お前はその胸の強い想いを本当に——“叶”えたいと思わないのか?」

「——っ!?」

 

 そんな幼馴染の発破に、叶は大きくその目を見開く。そして叶はやがて再び——ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「……ははははっ! 言ってくれるやんミハイル……お陰様で目ぇ覚めたわ。せやな! 一度や二度の失敗(ドジ)ぐらいで、くじけとったらあかんなぁ! 志歩ちゃん、そないに言うんやったらやろうやん! “神高文化祭”の日……それが、ウチらの真の決着の日や!」

 

 そう言って完全に元の調子を取り戻した叶に、志歩も同じく笑みを返す。

 そして——高らかに声を張り上げてその挑戦を受けた。

 

「わかりました! 今度こそ私は、完全に貴女に勝ってみせます! そして神高の文化祭で……『ステージ発表部門大賞』? 何をそんな弱気を、目指すなら完璧に——『文化祭最優秀賞』を獲ってやります! それこそ、誰の文句もない私の勝利です!」

「——!? 最優秀賞……? あははははっ! 大層な大口たたくやん! そんな事言うてええんか? 後で恥ずかしくなるのは自分やで?」

「ええ、問題ありませんよ。何故なら私は……今回だけは妥協しましたけど、本当はバンド演奏なら“完璧(PERFECT)”以外は認めない人間なので」

「へぇ、上等やん! それならウチらも目指すのは『最優秀賞』や! 負けへんで!」

「それはこっちの台詞です……!」

 

 そう言い合って勝負に合意し、バチバチと睨み合う視線で火花を散らす二人に、甘い猫撫で声でれもんが言う。

 

「あ~、でも困ったなぁ~? ヒノっちと今度こそ本気で勝負したいんだけどぉ、れもん達の軽音部さぁ、このまま部員がだれも入らないとぉ、廃部になっちゃうんだよねぇ~? 困ったなぁ~~?」

 

 そんな、いっそわざとらしく聞こえてしまう声に、瑞希と杏はため息交じりに言う。

 

「あぁ……成る程、れもん師匠? もしかしてなんだけど……最初からこの結果に持って行こうとしてた?」

「はぁぁぁ……そういう事ですか? 矢澤先輩も横山先輩も……二人して知将(ちしょう)タイプじゃないですか。最初からハメようとしてたんですね?」

「え~? れもんちゃんおバカだからぁ、ミハの作戦に全部のっかっただけだも~ん。よくわかんなぁ~い♡」

「はいはい、もう信じませんよ? 矢澤先輩は腹黒って事は何となく察したんで。もう私を騙せるとは思わないでください」

「えぇ~、カラスちゃんひど~い! …………まぁね。どうせれもんは何言われてもれもんだしぃ、陰湿な女って言われるのも正直慣れてるっていうかぁ~? それにもう正直……さっき可愛くないれもん見せちゃったから……どうせアキちゃんにも嫌われてるだろうって思うしぃ? れもんの事は好きに思ってくれていいよ~?」

 

 そう言って杏に投げやりな返事を返すれもんに対し、そんな彼女を気遣ったのか優しく微笑みながら瑞希は言う。

 

「……いや師匠。実はボク、なんとなく人の顔見たらその人が何考えてるのかよく分かっちゃうんだけどさ……司先輩を責めてたれもん師匠は……どこまでも会長の事を想ってる目をしてたよ? ……会長の事が大切だから、怒ってたんだよね? だからボクは……師匠が酷い人だとは思わないよ? だから……これからも仲良くしようね、師匠?」

 

 そんな、拗ねた少女の心にそっと寄りそうような思いがけない優しい瑞希の言葉に、れもんは心底キョトンとした表情をした後で——満面の笑みを浮かべた。

 

「——っ!? …………アキちゃん、本気で言って……~~っ! しゅき~~~♡♡ うんうんうんっ! これからもれもんはぁ、アキちゃんと仲良くするよぉ~~♡♡」

「——おわぁっ!? ちょっ、急に抱き着かないでよ師匠っ……!?」

 

 急にれもんに抱きつかれて目を丸くする瑞希に対し、杏はそんな彼に冷ややかな目線を送った。

 

「…………ふ~~~ん。瑞希ってさ……そういう感じで、心に闇抱えてそうな年上の人が好みなんだぁ~? へぇ~~?」

「ああ白石さん、間違いないな。僕の予想ではこの手の人間は、心に安らぎを求める病み気質の人間に酷く好かれるタイプだ。今まさにメンヘラ女を一人口説いたからな、確実だろう」

「ミハぁ~~? 次れもんの事メンヘラって言ったらマジブッコロだよ? アキちゃ~ん? 安心してね? れもんめんどくさい子じゃないからねぇ? ちょっとマイン送って1時間以上未読スルーだったらメッセ連投しちゃう癖あるだけだからぁ~♡ それぐらい普通のラインでしょ?」

「いや、待って!? なんでボク、病み系女の子の年上専みたいな扱いされてるの!?」

 

 そんな風に賑やかに騒ぎ始めた者達を見ながら、志歩は思わず気が抜けたようにクスリと微笑んでしまった。

 そしておもむろに一人で、目的のモノを取る為に歩き始めながら言う。

 

「そうですね。なんだか、すっかり乗せられてしまった気分ですけど……いいですよ。私も……心のどこかで偏見は終わりにしたいと思っていました。部活でバンドをしている人間だからと言って、真剣に音楽をやってないんだっていう、そんな勝手な決めつけを」

 

 

『……あーあ、こんな空気になるなら誘うんじゃなかった。元々こっちはベースが弾けるなら誰でも良かったし、不満があるなら出て行ってよ』

 

 

 中学時代のそんな軽音部絡みのトラウマを振り払い、志歩は机の上に置かれた目的のモノを手に取り——そしてカバンからボールペンをを取り出してサラサラとそこに何かを記入する。

 そして——自分の名前を記載した“ソレ”を、この場の全員に見せつける。

 

 

【入部届】

 

軽音部 入部希望

 

1年A組 日野森(ひのもり) 志歩(しほ)

 

 

「——というわけで、今日からよろしくお願いします、先輩方。言っておきますけど私はあくまで外でバンドやるつもりなので、部活には殆ど顔を出せない日が多くなると思いますけど——それでも良いなら」

 

「……あははっ、ホンマにちょっと律儀すぎんか自分? ……ありがと。勿論歓迎するで、よろしくやん志歩ちゃん!」

「いぇ~!♡ 新入部員ゲットぉ! よろしくねヒノっちぃ~!」

「ああ、ウチの部活動に最低出席義務などは一切ない。好きに振舞うといい、僕も君の事は是非歓迎しよう」

「あ……やった……廃部回避っ……あ、いや……でも、これで放課後のわたしの憩いのスペースが……うぅ」

「志歩……お前……そうか。もう……過去の事はいいのだな?」

 

 そんな志歩の行動を見て、杏はニヤリと笑みを浮かべてスッと志歩の隣に立った。

 

「ねぇ志歩? じゃあ文化祭の日に再戦するんだったら、部活でのバンドメンバーは募集する訳でしょ? だったらさ、一人でこの部に入ってもしょうがなくない?」

「え……杏? まさか……」

「ま、私も何時もはビビットストリートで歌やってるから、もちろんあくまでもついでだけどさ……志歩のベースで歌うの、思ってたより遥かに面白かったから。だから——」

 

 杏はそのままの笑みを崩さず、志歩の手からポールペンを抜き取りサラサラと、もう一枚の入部届に自分の名前を書いてしまった。

 

「同じく入部希望、1年A組の白石杏です。文化祭の日にもっとパワーアップした私の歌で、こんどこそ志歩に頼りきりじゃなくても先輩達を倒したいと思ってますんで、よろしくお願いしますっ!」

「……白石さんまで!? ほ、ホンマ? ホンマにええん?」

 

 そんな行動を起こす友人二人を見てしまえば——必然、瑞希が取る行動も決まっていた。

 

「あーあ、ボクも案外暇じゃないんだけどなぁ~? 志歩と杏がそんな事するんだったらしょうがないじゃん? それに……実はボク、友達と一緒に学校で部活動やるの、ちょっとだけ憧れてたんだよね~」

 

 今度は杏から受け取ったボールペンを手に取り、瑞希はとっても楽しそうな笑みで入部届に自分の名前を記載した。

 そして名前を書かれた用紙を見せつけながら言う。

 

「というわけでセンパイ方、1年A組の暁山瑞希ですっ! ボクも軽音部に入部希望ということで宜しくお願いします!」

「へぇ~! 瑞希も来るんだぁ? じゃあ学校限定のドリームチーム結成じゃん! ま、私は普段殆ど顔出せないと思うけど……それでもよろしくっ!」

「うん、よろしくね杏。それと志歩もね」

「——杏……瑞希……うん。ありがとう、二人が居てくれるなら心強いかも。あ……でも、次やる時は練習、こんどこそキッチリ厳しくいくからね?」

「もっちろん! 私だって歌の事となったら厳しいんだからね~?」

「あははっ、了解。勿論ボクもやるなら二人の足は引っ張りたくないし、精一杯頑張るよ」

 

 そう笑って言い合った後で瑞希は、あっと思いだしたように茉莉の方を向き、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

 

「あ、あと……茉莉先輩? さっきボクの事を“変態女装野郎”って言いかけたの……ボク、きっちり覚えとくんで♡ その辺りも含めてよろしくお願いしますね?」

「——ピィッ!? あ、あわわわわわわわわ……! め、目が笑ってないよぉ……! こ、この子、さっき許したフリしてしっかりわたしの事を根に持ってるよぉぉ……!? ご、ごごごごごめんなさぁい……! 勢いで悪口言ったの反省してますからぁ……!」

「——あ、それと、ボク別に放課後は週3でアルバイト入っている以外、大体放課後ヒマだから……割と部室に顔出すかもしれないかなぁ~? だから、()()()しましょうね茉莉先輩~?」

「ひぃぃぃぃっ……! 許してくれる感じ全然ないよぉ……! れ、レモちゃん……みんなぁ……た、助けてぇ……?」

「あはっ♡ ごめんねマリー? 今回ばっかりは自業自得かなぁ~? まぁいい機会だし、アキちゃんで他人とのコミュ力磨きなよ~? あっ、もちろんれもんはぁ、アキちゃんの事大・大・大歓迎だよぉ~♡ 毎日でも部室来てくれていいから! よろしくねぇ~♡」

「えぇぇぇ……レモちゃぁん……そっ、そんなぁ……!!」

「——あっ、そうだ。ちょっと瑞希……」

「えっ、なに杏……?」

 

 そんな中、話がまとまりかけたのを見て、ふと何かを思いついたような顔で杏が瑞希に向かって何やら耳打ちをする。

 やがて、互いに名案だと思ったのか頷き合い、二人は司の方を見る。

 

「あ~、それにしても~? 今回私達は天馬先輩の関係で迷惑かけられたよね瑞希~?」

「うんうん。本当に苦労したよねぇ……でもその結果、挙句の果てに勝負結果は有耶無耶にされちゃうんだもん……ボク達って、結局殆ど今日は徒労に終わったよねぇ? まぁ……それが司先輩が譲れないエゴだって言うなら、ボクは何も言わないけどぉ……それでも引き分けにした自分の選択に対する責任ぐらいは取るべきだよねぇ~?」

「む……そ、そう言われてしまえば弱いな。分かった……オレは、どう責任を取るべきだろうか」

 

 少し気まずそうに答える司に対し、杏と瑞希の二人はニッコリ笑って言う。

 

「え~、そんなの決まってるじゃないですか、天馬先輩。今回志歩と会長は、勝負の始まりは司先輩の軽音部に入部するしないをかけてたんですよ? その勝負を先輩自身の意志で敢えて“引き分け”にしたって事は——」

「——必然、司先輩も軽音部に入るっていう叶先輩の要求を飲む義務も、ボクは司先輩にはあると思うんだけど……? それはどうかな~?」

「なっ……!?」

「え……? そんな理屈、通ってええの?」

「——えっ、二人共……!? た、確かにそれは一理あるかもだけど、そうなってくると私、何のためにこの勝負したのか本当に分からなくなる気が……!」

「「まぁまぁ志歩……! ちょっとこっち、耳かして……!」」

 

 司と叶は目を大きく開いて驚愕し、志歩は意表を突かれた提案に慌ててそう言い返すが、そんな志歩に二人は速攻で同時にそう言って顔を寄せ、ヒソヒソ声で志歩を説得する。

 

「志歩……分からないの? これってチャンスなんだよ?」

「え、杏? チャンスって……何が?」

「いやいや志歩、ボクも説明するけど……これって結構いい口実だと思うんだよね。だってこの流れに乗れば、普段学年も違って接点が殆どない司先輩と『一緒の部活』に入れるんだよ?」

「——っ!?」

 

 ピクン、と。両耳と尻尾が反応しているように見える程に志歩は身体を揺らしてしまう。

 

「……っ、で、でも……司先輩の夢の負担に……」

「大丈夫大丈夫! 実質名前だけみたいなもんらしいから、それに私も文化祭前に真面目に活動するだけの幽霊部員になる気満々だし。あと志歩も……まさか本気で名前だけでも貸すのがイヤだから会長に勝負を吹っ掛けたわけじゃないんでしょ? 実際は司先輩をかけた二人の勝負で、入部するしないはオマケ扱いだったじゃん?」

「そ、それはそうだけど……」

「そうそう、だから今回はこの流れに乗るのがお得だとボクは思うよ? 『同じ部活動』ってその肩書きがあると無いとじゃ、今後の司先輩との接点の作り方は段違いだよ~? それに上手く立場を利用すれば……文化祭で勝負しなくても会長よりお先に司先輩とゴールインも狙えるかもよ~?」

「~~~っ!」

 

 そんな二人の悪知恵の囁きに、ついに屈してしまった司大好きワンコは何とも言えない表情で司の方を向く。

 

「……ま、まぁ……色々偉そうな事を言って頑張りましたが、結局こんな結果になった訳ですし……私は、司先輩の判断に全て任せます……」

「志歩…………フ、ならば、遠慮なくオレは己の選択の責任を果たすとしよう!」

 

 司は煌めく瞳でそう宣言し、ズンズンと歩みを進めて入部届を手に取って迷いなくポールペンでその名を記入し、堂々と宣言する。

 

「——2年A組の天馬司! 色々あったが軽音部に入部を希望する! よろしく頼むぞ先輩方!」

 

 そんな迷いのない真っすぐな瞳に、そして今まで諦めていた筈の新入部員獲得の連続ゲットの流れに、叶は口をポカンと開いてしまいながら思わず呟いてしまう。その表情には抑えきれない笑みがあった。

 

「——あ、あははは……なにこれ。もう、なんだか私夢見てるみたい……ちょっとびっくりだなぁ……」

「やった……これで、司先輩と同じ部活……放課後、夕方の室内で二人きりで練習……うわぁ……それ、い、いいかも。——っ! だ、駄目だって私……司先輩は部活動なんてしてる暇ないんだって……!」

「いぇ~! よろしくお願いしますね天馬先輩!」

「うん! よろしく司先輩!」

「……別にもう部員足りてるから、ペガちゃんは要らないんだけどなぁ……ま、カナっちが喜んでるからいっか」

「……わたしも、別に天馬くんは要らないけど……カナちゃんが喜んでるならいいよ」

「ふ……こうなる事は想定外だったな。お前は正直入部には乗り気じゃなかったじゃないか? 一体何の心変わりだ天馬?」

 

 そんな実入の質問に、司は条件を言い加えるように続けて言う。

 

「その通り。オレはスターになる為にショーキャストのアルバイトをする予定の身! 勿論ほぼ部活動には参加しないだろう。だから入部の話には辞退したいと思っていた——だが、少しだけ気が変わった」

「……どうしたん?」

「会長……オレはだな、最初お前のバンドにボーカルとして誘いを受けていたが……本当は得意としている楽器があるのだ。だが……その楽器をやる事はスターになるには必要ない事。だからオレはもう、昔を忘れようと思っていた……だがオレは、二人の演奏を聴いて思ってしまったんだ。オレは——もう一度、それをやってみたいとな。その為に入部したいと思ったのだ!」

「……その楽器って?」

 

 司はそう尋ねられた瞬間、大きく胸を張って宣言する。

 

「——“キーボード”だ! オレは一度でいい、誰かと共にバンド演奏でキーボードを弾いてみたい! お前達のように……誰かと共に一つの演奏を作り上げてみたいと、そう思ったのだ!」

 

 そんな高らかな宣言に、叶は少しだけポカンとした後——やがてフッと優しく微笑んだ。

 

「……さよか。それが天馬くんがスターとしてじゃなく、志歩ちゃんの為の人助けでもなく、あくまで()()()()()()()やりたいって言うなら……ウチは何も止められへんなぁ。よっしゃわかった、ならウチのバンドへの勧誘は諦めよ。天馬くんは志歩ちゃんのバンドでキーボードやり。それが一番ええわ」

「——えっ!? つ、つつつつ……司さんとっ……!? バンドっ……ですかっ!? えっ、あっ、そのっ……い、いいんですか!?」

 

 そんなあまりに恵まれた展開に、思わずライバルである筈の叶に尋ねてしまう志歩。

 そんな志歩に叶はニッコリと笑みを浮かべ、隣に立っている茉莉を抱きよせながら言う。

 

「そんなん、ウチは天馬くんをボーカルとして誘おう思うてたもん、キーボード志望やったらしゃぁないわ。だってウチには——最高のキーボード担当が居るんやもん。この子外したバンドなんてウチには考えられへん。せやから、天馬くんは正々堂々倒させてもらうで? な、茉莉っち?」

「か、カナちゃんっ……! う、うんっ! わたしっ……やるよっ! もっともっと頑張るよ! ……小学生の頃は一度も勝てなかったけど、今度こそは天馬くんなんかやっつけてやるんだから!」

「……? 西木野……お前、まさかやはり……昔のオレの事を知っているのか?」

「……し、知らないっ! とにかく、負けないからっ……!」

「な、なんだと言うのだ一体……」

 

 そんな中、唐突に想い人と一緒にバンド演奏が出来るという発想の概念を頭にぶち込まれた志歩の内心は、ただ事ではなかった。

 

(え、あれ? つ、司さんと一緒に……バンド? あの、小学生の頃に一度見て、すごく綺麗だって思って憧れてた、あのピアノ弾いてた頃の司さんと……一緒に、バンドできるの? え、嘘、え? や、やったっ……! 絶対楽しそう……! 本当に、放課後の夕方に教室で二人きりで練習するのも……本格的に夢じゃない! どうしよう、私幸せ——って! だ、駄目だっ……私いま、もう演奏の質なんてどうでもいいかもって思ってない!? 浮つくな、絶対、浮ついちゃだめ……例え司さんといえど、文化祭の日だけの特別バンドで一緒に演奏やるなら練習も厳しく——って、え? ()()()?)

 

 と、志歩が思いかけたその時、とある厳しい現実にぶち当たる。それは——

 

『司さん……今の所間違えてます。もう一度やりますよ』

『~~っ! またミスしてますッ! 何度言ったら分かるんですか司さん!? え? 今日のところは疲れたからこの辺で? 何を……言ってるんですか? 当然完璧に出来るまで終わる訳ないじゃないですか! 甘えた事を言わないでください! さぁ、もう一度頭から通しでやりますよ……!』

 

 志歩はそんな絶望的な脳内シュミレーションを終え、勢いよく頭を抱える。

 

(そんな事、私が司さんにっ……司さんに、言えるわけない……! 無理……! そんな鬼コーチみたいな事しちゃったら絶対に私嫌われるっ……! 司さんに可愛くない所見せたくない……! でも私……バンドで完璧な演奏する事を、譲りたくない……! ど、どうしよう……)

 

 志歩がそうやって内心で苦悩している事など露知らず、司は明るい笑みで言う。

 

「ではよろしくだな志歩! 文化祭はまだまだ先の話だが、それでも当日はオレも全力で志歩の力になるぞ! 共にお前が会長に勝つのをサポートしてやるからな! このオレに全て任せておけ! ハーッハッハッハ!」

「あっ……は、はい。まだ先の話ですけど……その、よ……宜しくお願いしますね。あはははは……」

 

 そんな風に冷や汗をダラダラ流しながら頷く志歩の様子を、叶はニコリと意地の悪い笑みで見ながら言う。

 

「じゃあ志歩ちゃん、期間は空くけど文化祭の日まで……お互い()()()()()()?」

 

 その含みのあるような視線に志歩は、叶の魂胆を察して内心で吠える。

 

(成る程……そういう事ですか、このエセ関西弁女狐め……! 私の性格を察してそんな回りくどい絡め手使ってきますか……!? くっ……許せない、許せません……! 私は絶対に勝ってやりますから……!)

 

 そうやって、さっきから喜怒哀楽の表情の移り変わりがコロコロと激しい志歩の様子を見て、杏と瑞希の二人は苦笑をお互いに交わすのだった。

 

「これは……あははは……まぁ、ちょっと思ってたのと違う感じだけどさ、これはこれでよかったよね?」

「あはは、そうだね杏。一応これで今回はひとまず一件落着……でいいよね、うん!」

 

 そんなこんなで話していると、下校時間を知らせるチャイムが鳴り響き、ようやくその場は解散となるのだった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

「——で、本当にカナっちはアレで良かった訳~? なにもわざわざペガっちを志歩ちゃん側に渡さなくてもよかったじゃーん。敵に塩送り過ぎじゃな~い?」

 

 そう気楽そうに言ってれもんは、志歩達と別れた後でそのまま幼馴染四人で、反省会という名目で向かったハンバーガーショップにて、叶の奢りで買ってもらったストロベリーシェイクに吸いついた。

 そのれもんの意見には同意とばかりに、実入も頷きながら先ほどまで齧りついていたテリヤキバーガーから顔を上げる。

 

「ああ……僕もそれは同感だな。幾らキーボードが僕らには不要とはいえ、何も向こうに渡す事を許可するまでもなかったとは思うぞ」

 

 そんな二人の意見に、叶はプライドポテトを一本サクサクと食べきった後で頷く。

 

「——ま、それはな。一応ウチは志歩ちゃんに温情でセカンドチャンス貰っとる立場みたいなもんやからなぁ、これぐらいは譲歩せな公平(フェア)やあらへん。ウチのスタンスは変わらんわ」

 

 そんな叶に茉莉は不満そうに、さっきまで齧っていたアップルパイから口を離して言う。

 

「カナちゃん、でも負けたのはレモちゃんとミハくんが本気出してなかったからでしょ?もう、天馬くんの性格読んで、新入部員ゲットを目的に切り替えてたんだったら言ってよぉ……」

「あはは~、だって二人共さ、部活動の視察から帰って来たれもん達に、一方的に説明するだけして勝手にさっさとペガっち連れて行っちゃったじゃーん。作戦会議もクソもなかったよね?」

「ああ……寧ろ、こんな茶番に最後まで付き合った、心がとても広い僕達に感謝して欲しいぐらいだ」

「あはは……いや、それはホンマにゴメンって……ウチも天馬くん自身の事を考えてなかったのが悪かったわ……」

「いや、いいよん。だってそのお陰でれもんはぁ、アキちゃんと出会えたからラッキーかもぉ♡ はぁ……可愛いしカッコよかったなぁ……しかもとっても優しいし……れもん、男なんて一生無理って思ってたけど、初めて例外の子に出会っちゃったかもぉ~♡ あの子なら、れもんみたいな子でも一生大事にしてくれそう……アキちゃんしゅきぃ……♡」

 

 そんな風に完全に目をハートマークにするれもんに、茉莉は赤い前髪で隠れた瞳の奥でジト目を向ける。

 

「……レモちゃん、本当に運命の出会いをしたんだったらおめでとうなんだけど、次も暁山君にメロメロになっちゃって、今回みたいに変な肩入れはしないよね……?」

「——え? 大丈夫大丈夫、それはしないよ。だってもう弟子は巣立ったからねぇ、師匠としてのれもんの役目はもうおしまい。()()()——」

 

 そう言ってれもんはシェイクをトン、と机の上に置き、その赤い瞳に静かな闘志の光を宿しながら言う。

 

「次は、お互い一人のギタリストとして——本気で()()()()()()から安心してよ。マリー? 少なくとも……まだゴミ捨て場でゴミ漁ってるレベルの子猫ちゃんのままだったら——相手になるまでもなく、あっという間にれもんのギターが飲みこんじゃうから」

「——っ!」

 

 そう言って目を赤く光らせるれもんの気迫に、茉莉はれもんの背後からまるで、わらわらぴょんぴょんと、赤い瞳の白兎達が数えきれない程に湧き出しているようなオーラを幻視する。

 茉莉はため息を吐いた。

 

「……なんだ、やっぱり調子悪くなかったんだ。その“兎”出せるならさ、さっきの演奏の時に出してよ……」

「え~、そんなのしてたらぁ、あっという間にアキちゃんのギターの音色を潰しちゃってたよぉ。れもんのギターの音色(ウサギ)ちゃん達は、とっても大食いだから。アキちゃんの成長の機会なくなっちゃってたよぉ?」

「もう……レモちゃんは仕方ないんだから……で、ミハくんもちゃんと大丈夫? 今度こそ本気出せる?」

「——む? 僕か? そもそも、僕は本気か本気じゃないかと問われれば、いつだって普通だと答えるのが常だ。通常運転、通常営業。己の敷いた規律(リズム)をただ一定に守るのみ。だが(・・)……」

 

 実入はそこでほんの少しだけ、その瞳を大きく開きながら言う。

 その彼の青い瞳はどこまでも冷たく機械的で、その瞳の奥にまるで——0と1の無数の数列の羅列が、プログラムを実行するかのように流れているように見えた。

 

「——日野森さんの言った通り、僕の演奏はどうやら先ほどは相殺されてしまっていたようだ。なら、今度こそドラムの人間を向こうが新しい人間を誰かスカウトするなら——その時こそ、僕の演奏の真の“恐ろしさ”というやつが牙を剥くのではないか?」

「あぁ……そういう事? よかった……ミハくんがいつも通りで」

「あはははは! ほんま、相変わらず頼もしいわぁ二人共。まだ先やけど、また本番もよろしく頼むで?」

 

 そう言った後で叶は一本のフライドポテトを手に取り、揚げたてのそれをサクリと音を立てて半分食べ、その脳裏に司の姿を思い浮かべながらポツリと呟く。

 

「……結局、ウチの演奏も、志歩ちゃんの演奏も……司くんを“スター”から一人の男にする事はできんかった、そういう意味なら……うん。やっぱりウチらは正しく“引き分け”やな」

 

 しかし、そう言って本日の苦い結果をポテトと共に噛み締めた後、叶はもう一本のポテトを取り出してニヤリと笑う。

 

「次やるまでにまだ時間は沢山ある……なら、今度こそウチの演奏が全部を持っていけるように、もっと強くなったるわ……覚悟しぃや? 一度負けたからと言ってめげるウチとちゃうでぇ志歩ちゃん?」

 

 サクリと、フライドポテトを叶はかみ砕いた。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 その頃、すっかり暗くなった学校からの帰り道を、志歩と司は二人で帰っていた。

 本来なら瑞希も杏と一緒にという司の提案だったが、瑞希と杏もそれを志歩に気を回した結果の二人きりでの下校。

 

 そんな月明りが照らす帰り道で、ポツリと志歩は司に言う。

 

「……すみません司先輩。私の所為で……今日は大変迷惑をかけてしまいました」

 

 それは謝罪。

 司の事を想うが故に暴走してしまい、結果要らぬ心労を与えてしまった後悔が、志歩に思わずそうさせた。

 そんな謝る志歩に、司の方もどこかバツの悪そうな表情を返す。彼自身も、志歩に対して思う事は多々あったから。

 

「……いや、それを言うならオレも……今日はすまないと思っている。お前がオレの為に勝負すると言い始めてから……オレは訳も分からず状況にずっと流されたままだった。最後の判断自体は、オレは“スター”として誇れる自分の答えを出したつもりで——その行動をした自分に対して後悔はない」

 

 そこまで言って、司はフゥと重い息を吐いて言葉を続ける。

 

「——だが、果たしてあの選択が客観的に見て“正解”だったかは……まったくわからん。もしかしたらあの選択は……お前の願いを踏みにじってしまっていたかもしれん。つくづく……オレは今日は情けなかったな。お前にとって誇れる“スター”の姿を見せられたかどうか……オレは自信が——」

 

 そう言いかけた言葉を、志歩は強く言い切るように遮る。

 

「立派な“スター”でしたよ。司さんは、どんな時もいつだって私にとって……とっても眩しい一番星です」

「…………志歩」

 

 目を見開く司に、志歩は尚も言う。司に対する正直な自分の想いの丈を。

 

「だって……こんなに迷惑をかけて困らせてしまったのに、司さんは私に心を砕いてくれました。突然無茶な事を言われたにも関わらず、誰も傷づかないで済む方法を——ずっと考えてくれました。それは、ただ割り切るよりもずっとずっと難しい事だったと思います」

「オレは……よかったのか?」

「はい、良かったです。もしかしたら……他の人から見たらまた違った意見も、今日の司さんの事を責めるような意見もあるかもしれません。でも、私は司さんを肯定します。だって……どんな時だって誰かの笑顔の為に頑張る司さんだからこそ私は————いえ、やっぱり……なんでもありません。とにかく今日の司先輩は、今までと何も変わらず私にとって自慢の先輩でしたよ? 本当に、いつもありがとうございます」

 

 そう言って、志歩は改めて司に感謝を告げるように頭を下げた。

 そんな志歩に、司はようやく笑みを浮かべた。

 

「……ふっ、そうか! 志歩がそう言ってくれるならオレはそれで良い! ではまた今度、文化祭の日にオレはお前の為に全力で力になってやるからな! 遠慮なくオレを頼るといい! 今度こそ全力の会長に、オレ達の力を見せつけてやろうではないか! ハーッハッハッハ!」

「——うっ、は……はい。私も……司先輩と演奏はとっても楽しみです。が、頑張りましょうね?」

「……どうした? 何やら元気がないではないか、何か調子でも悪いのか?」

「——い、いえ! 何でもアリマセン! 司先輩に嫌われないように……頑張ります!」

「……む? なんだか引っかかるような表現だが……ああ、よろしくだぞ志歩!」

 

 仲良く会話を交わしながら、二人は月夜に照らされた帰路を歩き続ける。

 そんな志歩の脳裏には、叶に別れ際に少し呼び出され、階段の踊り場で二人きりになって話した会話内容が浮かぶ。

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

 

「なぁ……志歩ちゃん? 志歩ちゃんにとって……天馬くんは一体何や?」

「え……? それは……好きな人に決まってるじゃないですか、今更尋ねる理由はありますか?」

 

 そんな志歩の解答に、叶はクスリと笑いながら首を横に振る。

 

「あはは、そんな分かり切ったことは聞いとらんよ。ウチが言いたいのは、志歩ちゃんにとって天馬くんがどんな存在かっていう話をしたいねん」

「私にとっての……司先輩ですか?」

「せや、張り切って言ってみ? 大丈夫や、ウチら同じ穴の(むじな)やろ? 笑ったりは絶対せぇへんから」

 

 叶の促す言葉に志歩は躊躇いながらもやがて、その頬を赤らめながらポツリと言う。

 

「——永遠の、輝く一番星です」

 

 そんな志歩の言葉を叶は黙って聞き、やがて何かを納得したようにコクリと頷いた。

 そしてその言葉を聞き、返す言葉を告げる叶のその表情には——明確な“敵意”があった。

 

「さよか……ならウチは、やっぱり志歩ちゃんに天馬くんの事は絶対に譲れんわ」

「え…………?」

 

 思わず目を大きく見開いて言葉を漏らしてしまう志歩に対し、叶は真剣な表情で言う。

 

「志歩ちゃん……アンタはウチに、天馬くんに頼り過ぎやって、そう言うてくれたな。あの言葉の意味を……ウチは今日でようやく理解できた。確かに……ウチは天馬くんに、ずっと迷惑かけてたみたいや。せやからウチは今、ものすごく反省しとる。ウチのアカン所に気づかせてくれてありがとうなぁ、志歩ちゃん」

「…………いえ、私は別に……」

 

 そう言って目を伏せる志歩に対し、ハッキリと叶は告げる。

 

「せやから、ウチからも志歩ちゃんに一つハッキリ忠告してあげるわ。志歩ちゃん……今のままの貴女やったら、絶対に天馬くんを——“天馬くん自身”を幸せには出来ん。今のアンタは天馬くんにとって……決して解く事の出来ん“呪い”や」

「——!? “呪い”……?」

「せやから、もし志歩ちゃんが、これからもずっと天馬くんと一緒に居たいのなら……志歩ちゃんはもっと成長せなあかん。この言葉の意味を、しっかり自分の中で刻みぃ?」

「……私が、司先輩の……“呪い”? そんな、そんな訳——!」

 

 その叶の言葉が受け入れられず、思わず声を荒げてしまう志歩。

 だが、そんな志歩の怒りは全く取り合わず、サラリと叶は志歩に背を向けてその場から去りながら言う。

 

「もし気づけんなら、アンタはそこで終わりや。……そしてもし、アンタがずっと本気でこれからも、天馬君にとっての“呪い”で在り続けるのなら——」

 

 そこまで言って叶は立ち止まり、背中越しに志歩の方に振り向いて、激しい敵意の籠った目で見据えながら叶は言う。

 

 

「ウチは全力でアンタという“呪い”を、天馬くんから(はら)ったる——覚悟しぃや?」

 

「——っ!?」

 

 

 そんな言葉を遺し、叶は『ほなサイナラ~』と、飄々と気の抜けた返事を返してその場から去っていくのだった。

 

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 

(………私が、司先輩の……“呪い”? あの人は、一体何が言いたかったんだろう?)

 

 回想を終え、志歩は訳の分からない会長の言葉に内心頭を悩ませる。

 

(もしかして……色々司先輩に迷惑をかけてる事かな? まだまだ大事な所で司先輩に頼りたくなってしまう甘えが、抜けきれてないから? ……分からないけど、とにかく今のままじゃダメだってあの人は言ってた。あの人が本当の事を言ってる保証なんて何もないけど……それでも、あの言葉は嘘じゃない気がする。じゃあ私は、一体何を努力すればいいの……?)

 

「志歩、大丈夫か? 何やら難しい顔をしていたが……」

「——っ、あっ、いえ……なんでもありません」

 

 難しい顔をしていたと指摘され、慌てて志歩はそう言って自分を取り繕う。

 変な事を言われて悩んでいたなんて、そんな事を相談出来る筈など無かったから。だからこそ、志歩は誤魔化す為に口を開く。

 

「も、もしかしたら……ちょっと疲れてしまったのかもしれません。必死で急いで練習していたので……」

「——なにっ!? それはいかんな……! よし——さぁ来い!」

 

 すると、目を剥いた司は慌てて背を向けて自分の目の前に、背中を差し出してしゃがみ込んだ。

 志歩は思わずキョトンとしてしまう。

 

「——え? なんのマネですか?」

「決まっている! オレがお前をおぶって家まで送ってやるのだ! また倒れられたりしたら堪ったものではないからな!」

「……えっ!? お、おんぶ……ですか!?」

 

 志歩は思いがけない司からの提案に、恥じらいで頬を真っ赤にしてしまう。

 だがしかし、3年前にパニックになってショート寸前になりながらお世話になった過去の自分とは違うとばかりに言う。

 

「確かに……倒れたらダメですもんね? でしたら……その……お世話になります」

 

 変に躊躇うのではなく、自分の気持ちに正直に、志歩は司の背中に自分の身を預けた。

 大きな背中、温かい体温、背中から伝わる司の心臓の鼓動。

 その全てが志歩にとって、乱されてしまった心を落ち着ける重要な要素に変換される。

 

「よし! 話が早くてたすかるぞ! では行こう、しっかり捕まっていろよ?」

「はい……宜しくお願いします……その、ゆ……ゆっくりでいいので」

「ああ! わかった! 安全にゆっくり歩いていくから、辛くなったらいつでも言うのだぞ?」

「はい」

 

 そんな言葉を交わし、志歩と司は一つの影となって、星空が輝き始める空の下を歩き始めるのだった。

 

 一歌達との事、これからの事、叶の事、司の事、自分の夢の事。

 

 今の志歩に考える事べき事は山ほどあって、悩めば悩むほどに迷宮入りしそうになる思考だったが——今この時だけは、志歩は司の背に自分の身体を預けて体温をゆっくりと感じながら、徐々に自身の意識を眠りにへと導いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から【Vivid BAD SQUAD 編】の更新を予定してます。

またお待ちして頂ければ幸いです。

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