そしてその翌日。
私はスクランブル交差点で目の前の光景を、嘘みたいに冷え切った心情で眺めていた。
「ハーッハッハッハ! 皆様こんにちは! オレの名は天馬司! いずれ世界に羽ばたく男、天馬司! そんなオレの姿を今この場でしかと目に焼き付けて欲しい! とくと見よ! このオレの輝きを……! 必殺! スターポーズ変化十連発!」
司さんはそこそこ多い人だかりの中心でそう叫び、白いタキシード姿でおっきな翼を背負いながら、バッバッと無駄に素早くポーズを変えつづける。
主に外国人観光客からパシャパシャとシャッター音とフラッシュが焚かれているのが、その光景のいたたまれなさに拍車をかけていた。
はぁ……うん、やっぱり私が司さんの事が好きだなんて、そんな事あり得ない。
確かにもう今は司さんの事は嫌いじゃないし、昨日聞いた咲希の司さんの自慢話でも、以前より咲希に少しは共感できるようになった。
でも、そんな今でも司さんの言動は本気でナイと思う。多分これは起こり得ないと仮定するけど、もし今以上に私の司さんに対する印象が良くなったとしても、これは一生受け入れられない部分だと思う。
「……おっ! 志歩ぉー-!! ようやく来たか、待っていたぞー-!!」
ほら、しかもあの人そんな注目浴びた状態で私に呼びかけてくるし……最悪。
うん、よかった。昨日感じたドキドキはやっぱり何かの勘違いだった。
デリカシー無し、羞恥心無し、なんだったら常識も無し。
私にとって、人間として生きるなら持っていて欲しいものが全て欠けてるこんな人なんかを——私が守りたい“自分のペース”をいつも乱してくるこんな人なんかを、私が好きになるはずない。
確かに司さんは私にとって恩人で、その恩は出来る限り返したいと思っているけど、それでもこの気持ちは恋なんかじゃ決して、断じて、絶対にない。
そう思いながら私は、走って来る司さんに対して視線を明後日の方に向けて言う。
「……どちら様でしょうか?」
「昨日会ったばかりだぞ志歩ぉ――!?」
そしてオーバーリアクションをする司さんを、昨日と同じ公園にまで引っ張っていくまでが予定通りだった。
そして目的の場所にまで到着し、私は司さんを開放しつつ冗談ですと言うと、司さんは腕を組みながら少し怒ったような表情をする。
「全く、冗談にしてはタチが悪いぞ……」
「あれは……司さんが変な事をするから悪いんです。言いませんでしたか? 私はあんな風に注目されるのが嫌だって」
「っぐ……確かに言われてみればそうだったが……」
やはり私の注意は忘れていたのか、ウッとした表情になる司さんに私はため息をつきながら言う。
「はぁ……まぁいいです。よく考えたら司さんにとって通常営業でしたし、言い出したらきっとキリが無い気がしてきました」
「待て待て、わかった……次こそは覚えておこう。だからそう腹を立てないでくれ……」
神妙な面持ちで頷く司さん。さて本当に覚えていてくれるかどうか……そんな半信半疑の気持ちになった後で口を開く。
「はい、期待はしてませんけど分かりました。まぁ、でもそれにしても……やっぱり連絡先は交換してて良かったです。まさか私がこんなに早く来る事になるなんて……別に私に合わせて、司さんまで早く来てもらわなくても大丈夫だったんですよ?」
私は再度スマホで時間を確認する。現在の時刻は16時。本来の約束していた時間よりだいぶ早い時間だった。
本当は学校の屋上でベースの練習しようと思っていたのだけれど、放課後になって屋上に向かうとまた件の先輩達に占拠されていて、練習場所を失ってしまったのだった。
扉を開ける前に、ケラケラとした笑い声で気づけて良かったと心から安堵する。
どうやらあの調子だと、私が暫く屋上に行っていない間に、完全に先輩達は屋上を占拠してしまっているみたいだった。
だけど、だからといって練習に専念しているかというとそんな事は全然なく、本番までもう2週間だというのに相も変わらず、全然なっていない演奏だった。
アレなら多分、本番の出来も推して知るべしだろう。最早一曲でも曲の終わりまでマトモに演奏出来たら逆に褒めたいレベルだ。まぁ——私にはもうどうでもいい話だけど。
そんな事を思い返していると、司さんは頷きつつ言う。
「いや全く問題はない。だが、そろそろ文化祭なのだろう? 志歩のクラスの出し物の手伝いはなかったのか? むしろベースの練習よりそっちの用事で遅れるのだと思っていたが?」
そんな司さんの疑問に、私は何だそんな事かと軽く思いつつ答えを返す。
「……司さん、よく考えてください。クラスで絶賛孤立中の私に、回ってくる仕事なんてあると思いますか? 軽い飲食店みたいなのをするらしいですけど、私は食品買い出しチームに回されてチームの他の子から『日野森さんはこういうの苦手そうだから私達がやってあげるよ』と、ありがたい言葉を頂いてます。当然、文化祭当日の店番のシフトも『日野森さんは忙しいよね? 無理しなくていいよ』という暖かい心遣いで外されてます——本当、クラスの結束力って美しいですよね?」
私のその答えに、司さんは何か奥歯にモノが引っかかったような苦い表情をする。
「あ、あぁ……成る程な。その……すまない、少し聞く前に考えるべきだった」
「いえ、別に構いませんし謝らなくても大丈夫ですよ司さん、寧ろ好都合です。向こうは気に入らない存在を排除して楽しい文化祭の思い出を、私はストレスなく気ままに自由に居られる時間を得られる。互いに利のあるウィンウィンの関係ですよ……私、今が一番クラスと上手くやれてる気さえします。まぁ、司さんにはあまり理解できない話だと思いますけど」
それを聞いた司さんは難しい表情で腕を組み、ため息交じりに言う。
「はぁ……そうか、何と言うか……何とも言えん話だな」
「ええそうです。これに関しては本当にどうにもなりませんし、どうにもして欲しくない話なのでそこまで気にしないでください。それより、今日の目的はコレですよね?」
私はこれ以上この話をしていたら変に同情されかねないと思って、早めに文化祭のチケットを取り出して司さんに差し出す。
それを見て司さんは気を取り直したように頷く。
「あ、あぁそうだな。助かるぞ志歩! 折角だから父さんに言って良いカメラでも借りて、写真を沢山撮ってプレゼントしてやろう! そして写真を見せながらオレが体験した事を咲希にも楽しんでもらえるように、劇のようにして語ってやるんだ! きっと咲希のやつ喜ぶぞ……!」
そんな意気揚々と言った様子の司さんに、やっぱり司さんならそうするつもりだろうなと思って、先生に質問した事を忠告するつもりで口を開く。
「あの、写真を撮るつもりなら注意してください。チケット貰う時に先生に聞いたんですけど、ウチの文化祭は前に外部の人が生徒を盗撮したとかいう事件があって、撮影行為の全般に生徒会の許可が必要になってるらしいんです」
「な、なにっ!? そうなのか……それは困ってしまったな」
「ああ、でも司さんの場合は咲希の家族ですし、当日生徒会の人にその事情をちゃんと説明したら快く許可証を発行してくれるだろうって先生も言ってましたよ。ですからしっかり注意してくださいね」
そう言うと、目に見えて司さんは安堵したように胸を撫で下ろし、私にむかって軽く頭を下げながら言う。
「そ、そうか……それは良かった。だが、知らずに文化祭の様子を撮影していたら最悪警察を呼ばれてしまう所だったな。わざわざ細かい事を聞いてくれて助かったぞ志歩、流石頼りになるな。お前には助けてもらってばかりだ、本当にありがたい」
「お、大げさですよ、別に司さんの為というより、咲希の為ですから。そ……それに……つ、司さんに助けてもらったのは私の方ですし……これぐらい力になるのは当然といいますか……その……」
「——ん? すまん、咲希と言った後の言葉が小声で聞き取れなかった。何て言ったんだ?」
「あ……べ、別に何でもありませんっ! もうこれで用はありませんよね? じゃあ私、これで帰らせてもらいますから! また何か文化祭関係の事で困ったことがあったら連絡してください、では……!」
これ以上余計な事をつっこまれる前に、私は司さんの方から顔を背けつつ去ろうとする。
「ちょっと待て、志歩」
しかし、そんな私の歩みを司さんは腕を掴んで急に止めてきた。
「な、なんですか司さん?」
「ちなみに今日はこれからどうする予定だ?」
「えっ? えっと……練習する場所もありませんし、もう今日の所は普通に帰ろうかと」
そう私が予定を話すと、なんと司さんは信じられない事を口にする。
「よし、暇なのだな! ならばチケットの礼だ、これから良い場所に連れて行ってやろう!」
「…………は? いや、何言ってるんですか司さん? 別にそんなお礼なんて——」
「なに、遠慮はいらん! この時間なら良い場所を知っているんだ、金の心配なら気にするな! 全てオレが持つ!」
「いや、お金とかどうこう以前の問題でっ……! ちょっ、何で引っ張って……本気ですか!? わ、わかりました! 行きます! 行きますからせめてその目立つ羽の恰好を着替えてからにしてください……!」
強引な司さんに抵抗は無駄だと判断し、私はせめての要求を突きつける。
そして学ランに着替えた司さんに連れられて、私は夕方のシブヤの街を歩くのだった。
■ ■ ■ ■ ■
「……で、司さんが連れて来たい場所が、ここですか?」
「ああ、その通りだ! どうだ良い場所だろう?」
「いや、良いか悪いかと言えば悪くはないんですけど……なんでこの場所なんですか?」
そう疑問を呟きながら、私は再度目の前の光景を眺める。それは噴水に出店にメリーゴーラウンド、少し離れた場所には観覧車やジェットコースターが見える場所。
具体的な名称をあげるとするならば、シブヤにある一大テーマパークである『フェニックスワンダーランド』だった。
ポカンとする私に、司さんは自慢げに笑みを浮かべながら言う。
「はっはっは! 聞いて驚くといい! なんとフェニランは今のシーズン、チケットの夕方割と制服を着ている者に適用される学生割引を併用すれば、一人分の値段で二人も入れてしまうのだ! お得だろう?」
「いや、この時間帯にここに来るメリットを聞きたいのではなくて、なんで私をここに連れて来たんですかって言う話をしたくてですね……」
「——ふっ、そんなもの決まっている!」
そして司さんは夕日に向かって自信満々に指さしポーズをとると、宣言するように言う。
「お前を、元気にしてやる為だ!!」
「——え? いや……はい……?」
理由の説明にもなっていないような言葉に、私は思考が全く追いつくことが出来なかった。
助けて、咲希。あんたのお兄さん本気で意味が分からない。なんで私を元気にすることがこの場所に連れてくることに繋がるのかが、その関係が一切見えてこない。
いや、子供だったら遊園地を無条件に喜ぶだろうと思うのは分かる気がするけど、流石にもう私はそこまで子供なんかじゃない——もしかして私、本気で司さんに子供と思われてる?
そんな若干の苛立ちと共に私は口を開く。
「あの……司さん? どうしてそれがこの場所に連れてくることに繋がるんですか?」
「……志歩、もう隠さなくても良いぞ。お前は……好きなのだろう?」
「——っ!?」
その発言に、私は一切の疑問が氷解すると同時に、冷や汗が全身から噴き出すのを感じた。
え、ちょっと待って。まさか……! 私がフェニランのマスコットのフェニーくんが大好きなのが、司さんにバレたっ……!?
最悪だ、一番バレたくない人に私の柄でもない密かな趣味がバレたかもしれない。
いや、よく考えたら咲希がくれたストラップを買ってくれたのが司さんなんだったら、その関係でバレててもおかしくはなかった……?
「ふっ——その表情、図星のようだな志歩? オレは一向に構わんぞ、この場で童心に戻って素直な心で過ごそうではないか!」
「ぐっ…………!」
不味い、本当に不味い。ここで司さん相手に認めてしまえば、一生からかわれるネタが出来てしまう。
嫌だ。それだけは、どうしても嫌だ。
そんな祈りを捧げる私に、司さんは両手を広げて大きな声で、認めようとしない私にトドメを刺すように言う。
「さぁ! 思う存分に楽しむといい! お前が大好きなこのフェニランをな!!」
「……………えっ?」
——あれ? そっち?
盛大に肩透かしを受けた気分で司さんの顔を見る。
「……む? どうしたその表情は? 志歩はあんなにフェニランのマスコットを大事にしていたではないか。だったらお前はこの場所が大好きなのではないのか?」
「あぁ……成る程。えっと……はい、そうです。お見通しだったんですね、流石司さんです」
「おぉ! やはりそうか! オレの見立てに狂いはなかったのだな! 流石オレだ! そうと決まったら行くぞ志歩!」
「あ、あはははは……はい、この時間帯ですし、出来る限り人が並んでなさそうな遊具を回りましょう……」
私は乾いた笑みを浮かべながら、司さんが抜けてる人で良かったと心から思いつつその後を着いて行くことにした。
——そんな流れで気が付けば私は、司さんといくつもの乗り物に乗る事になったのだけれど、その全てが司さんに振り回される結果になってしまう。
「うぉぉぉーーー! 回せ回せ回せ回せぇぇーーー!!」
「ちょっとっ……! 回転早すぎです! もっと落としてくださいっ……!」
「いいや、まだまだいくぞ!! この程度で満足してしまえば、未来のスターになど到底なれんからな!!」
「コーヒーカップの回転量に、スターとなんにも関係ないですって……!! めっ……目が回るっ……!!」
司さんに乗せられたコーヒーカップで、フラフラになるまで回転数を上げられたり。
「ハーッハッハッハ! どうだ志歩! どれが本物か分からんだろう! この鏡の迷宮に存在する無数のオレの中から、見事真実のオレを見つけ出し脱出する事は出来るか!?」
「はぁ……はい。あなたが本物ですね?」
「なにっ!? 何故すぐ分かった……!?」
「いや、そんな無駄に大きな声で言われたら、流石に何処から声がするのかは聞き分けができますって……それより、恥ずかしいからもうここから出ませんか? ここに入ってるの私達だけじゃないんですよ? 色々限界です私」
「いや待て、もう一度だっ……! 今度こそリベンジだ!」
「えぇ……まだやるんですか?」
鏡の迷路で、無駄に司さんの謎の遊びに付き合わされて恥をかいたり。
「飛ばせペガサス号! わくわくフェニーくんゴーカートのトップの座はオレ達のモノだ! お前もしっかり追って来るんだぞ志歩!」
「……あ、どうぞ勝手にやっててください。というより私に話しかけないでくださいお願いします」
「何故だ! ライバルが居ないと張り合いがないではないか!」
「なんで私が勝手にライバル認定されてるんですかもう……!」
ゴーカートで無駄に騒ぐ司さんに注目する周囲の目線から逃げる為に、必死で他人のフリをしたり。
その他にも色々あり過ぎた事でもうヘトヘトになった私は、最後の乗り物に観覧車を選び、司さんと二人で中に乗りながら疲れ切った溜息を吐く。
「はぁ……短時間ですけど、とっても疲れました……」
「そうだな、今日はとても志歩は楽しんでいたようだし、疲れるのは当然だろう」
まるで一仕事終えたかのような満足げな表情で笑う司さんに、私は思わず少しイラっとしながら口を開く。
「いや……今日の私のどこをどう見れば、楽しんでるように見えたんですか?」
「なに? 大きな声で騒いで、とても楽しんでいるように見えたのだが」
「それは、司さんに怒ってたんですっ! 楽しんでなんか全くいませんから!」
「そうか……成る程、志歩の場合は違いが分かりづらいな」
「あぁ、はい分かりました、私が普段から怒ってばかりの人ですみませんでした……! 誰かさんが怒らせなかったら、全然普通なんですけどね私……!」
分からず屋の司さんを睨みつけながら、私は久しぶりだったフェニランの散々な思い出を振り返る。
絶叫マシーンと化したコーヒーカップ、次乗るなら耳栓必須だと感じたジェットコースター、お化けよりも隣の大声に驚かされたお化け屋敷、司さん当てゲームを延々させられた鏡の迷宮、司さんの独壇場になったゴーカート。
本当に司さんに振り回されっぱなしで、疲れたなんて単純な言葉じゃとても言い表せない程の感覚が、私の身体を満たしていた。
おかしい、フェニランってこんな疲れる場所だったっけ? 前に咲希達と一緒に来た時もそれなりに騒いでいたけど、それがすごく穏やかな時間だったと感じてしまう。
——というか、そもそもどうして司さんとフェニランを回る流れになってしまったんだろう、気が付けばそうなってしまっていた気がする。
はぁ……やっぱり司さんは咲希のお兄さんなんだな。こういう押しが強い所だったり、妙に他人に対してお願いをするのが上手いっていうか……誰かに合わせて生きるのが大嫌いな筈の私に、こうして言う事を聞かせてしまうあたり、本当にズルい性格してると思う。
だけどこんなに疲れる事なんてもう二度とゴメンだ——と、丁度そう思っていた時。
司さんは怒った私を見て、にこやかに笑ってこう言った。
「そうか、すまなかったな——だが良かった。お前の表情から寂しさの色は消えたな」
「……えっ? どういう事ですか?」
思いもしなかった言葉に、私は思わずそう聞き返す。
すると、司さんは思い返すような顔で続ける。
「言っただろう? オレはお前を元気にするためにここに連れて来たのだと。お前が今がクラスと一番うまくやれてると言っていた時、寂しそうな顔をしていたのでな。つい行動せずにはいられなかった……まぁ、我ながら上手くやれていたかどうかは分からんがな」
そんな司さんのまるで訳の分からない言いがかりに、私は思わず眉を潜めてしまう。
「さ、寂しい……? 私が? いや、そんなつもり無いです! 私は本当にあんな人達と仲良くしようなんて思ってませんし、心底どうでも良いんです……!」
「ああそうだな、確かにお前のその結論は本心からの筈だ。別に誰かに解決してもらおうと思ってもいない事だろう。お前のその現状は悔しいがなるべくしてなってしまった事で、例えあの一歌ですら何とかするのは難しい問題かもしれない」
「そうです、分かってるじゃないですか、じゃあ何でまたそんなお節介を——」
そこで司さんは、私の目を真っすぐ見据えて言う。
「だがそれは、仲間外れにされて全く傷つかなかったという訳ではないだろう?」
「——っ!」
スルリと、心の奥深くに入り込まれてしまった感覚がした。
そんな私の内心なんか全く知らないかのように、司さんは尚も続ける。
「人間、頭ではそれがどうにもならない問題だと分かって納得していても、心が傷つくのは防ぐことが出来ないものだ。咲希も……病室で口では大丈夫だと言いながら、よくそんな顔をしているからな。見覚えがあるんだ」
「そんな……私は、別に……」
「認めようとそうでなくてもどちらでも良い。兎に角オレは、今のお前を見て咲希のようだと感じて放っておけなくなったんだ。——おっと“偽善”だという文句は受け付けんぞ? 偽善上等! スターは一度貫くと決めた己の主張を最後まで貫き通すものだからな! ハーッハッハッハ!」
そんな事で大きな声で笑う司さんを見ながら、私は今の今まで司さんの相手に必死で、クラスの事や学校の事なんか全部忘れていた事に気付く。
その頃に丁度観覧車は一番高い所にまで来ていて、そこから見える沈みかけの夕日は水平線に輝いてとても綺麗に見えた。
不思議と、素直に綺麗だと思えた。
「……まったく、本当にお節介な人ですね、司さんは」
だから私は、軽いため息交じりにそう言う事にした。『降参です』なんて言葉は、絶対に言いたくなかったから。
「——お、今ようやく楽しめてるような顔をしているな志歩。まさか、そんな優しげな笑みで怒っているとは言わんだろう?」
「なっ……もう、何見てるんですか司さん! ……それより、夕日が綺麗ですよ? 私なんかよりあっちを見てください」
「むっ……おお! 確かに綺麗だな! だがまぁ、オレの輝きの方が数倍も上の自信があるがな!」
「……ふふっ……もう、どこからその自信は来るんですか」
私はついつい笑ってしまいながら、観覧車の中でずっと夕日を眺めていた。
久しぶりのフェニランの思い出は散々だったけど、でも……少しは悪くなかったかも。
■ ■ ■ ■ ■
そして観覧車から下りる頃には完全に夕日が沈んで暗くなっていたけど、ライトアップされた煌びやかな園内は全く暗くはなく、私と司さんは出口に向かっていた。
歩きながら司さんは、そんな夜でも賑やかな園内を見回して頷きつつ言う。
「うむ……やはり、ここしかないな」
「え、何がここしかないんですか司さん?」
急な発言に思わずそう聞き返すと、司さんはそこで立ち止まり、ビシッと夜空を指さしてポーズをとりながら言う。
「決まっている! ここフェニックスワンダーランドを、オレがスターの階段を駆け上がる為の第一歩にするのだ! ここのショーキャストとして目覚ましい活躍を見せ、オレは国内の有名劇団からのスカウトの目に留まり、役者として電撃メジャーデビューを果たす! そしてゆくゆくは世界に羽ばたくのだ!」
それは、どこまで司さんらしい、何を根拠にしているのか分からないまでの自信満々な言葉だった。
「ふふっ……調子の良い話ですね、そう上手くいくとは限らないと思いますけど?」
「確かに簡単な道ではないのは理解している! だがしかし、それは諦める理由には一切なりはしない! どんな困難が待ち受けていようとも、オレはいつか必ずスターとして世界に羽ばたくのだ!」
——私は思う。
きっと司さんにとっての“スター”という存在は、私が思うスター像なんかよりも数倍高い理想像なんだと。
一体この人にどんな過去があれば、そこまでスターに信念を捧げられるようになるのだろうと私は思った。
きっと、私なんかじゃ想像もつかない程の大きなモノを、司さんはスターという存在から貰ったのかもしれない。それが今のこの人を動かす主な原動力なんだろう。
ここ数日で司さんと多く関わって、以前よりもずっとこの人を深く知ってしまった今の私。
そんな私にとって、現実は思い通りにならないという事を理解していても、まだそう掲げられる高い夢がある司さんの事は——素直に凄いと思える人になっていた。
そんな司さんの事を見ていたら、何故だか少し心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
これは尊敬……かな? うん、きっとそう。この気持ちはそれ以外あり得ない。
それにしても、私は本当に司さんに
だって、前まで本当にこの人の事はダメだったのに、今ではもう素直に尊敬できる人にまでなってしまった。
今だってハッハッハと目立つ大声で笑っている司さんに対して、そこまで嫌悪感はなくなっていて、むしろこれも司さんの一種の魅力だとも思えてしま——
——って待ってよ! 何で“魅力”なんてまるで好きな人に向けるような言葉を思い浮かべたの私! 違うそんなのじゃない! あくまでも尊敬だから! 司さんの事が好きとかそんなんじゃないんだから! 私は……
そんな内心を抑えながら私はそっぽを向きつつ、司さんにささやかなエールを送る。
「そうですか。まぁ期待はしてませんけど……司さんの事、それなりに応援してますよ」
「なに本当か!? 成る程……ならば志歩もオレのファンという事になるな! 咲希と
「えっ……私が、司さんのファン……!?」
でもこの脳みそポジティブ☆ダンスタイムな司さんには、私の言葉は予想より遥か上の捉えられ方をしてしまい、慌てて私はそれを訂正しようと試みる。
「——い、いや! ファンとかそういうつもりで言ったのではなくて……! そ、それなりにって言ったじゃないですか! そんな、咲希と同じぐらいとかそこまで熱意をもった感じに扱われても困りますって……!」
「いや、スターを称える応援の声に貴賤はない! ファンは誰であろうとオレは等しく感謝し敬うぞ! だからそう謙遜するな志歩! お前はもう立派なオレのファン第三号だ! 栄えあるトップ3入りだぞ! 喜べ!」
「喜べって言われましても……はぁぁぁ……分かりました。もうそれで良いです、疲れましたよ本当に私……」
再びゴリ押してくる司さんに私は観念し、深い深い溜息と共に前を歩く。
——そんな私に、司さんはさらにとんでもない事を言い出す。
「よし決めたぞ! 志歩は明日からも文化祭の日まで放課後は暇なのだろう? ならオレがその二週間の間、色んな場所に付き合ってやろう! 安心しろ、辛い学校のことなど忘れさせてやるぞ!」
私は思わず足を止め、司さんの方を振り返ってその顔を凝視する。
「——は? いや、何言ってるんですか? 大丈夫です。確かにベースの練習場所もなくなってやる事は無くなっちゃいましたけど、毎日が暇というわけでは別に……」
「何を言う! 遠慮はいらんぞ! それにお前は一人はさみしいと言っていたではないか、ならば一歌達の代役で悪いがオレが可能な限りついていてやろう! 週末に咲希の見舞いに行く以外ではオレも特に放課後はすることもないからな! 辛い思いをしているファンに元気と勇気を分け与えるのはスターとしての務めでもある!」
「確かにそんな事は言いましたけど……! いやちょっと、本気ですか……?」
「言ったはずだ! スターに二言はないと! それに、咲希がもしお前の事情を知っていたら、オレにそうしてやってくれと頼むに決まっているからな!」
「いや、そこで咲希の事を引き合いに出すのは卑怯じゃないですか司さん……!? ああ、もう分かりました、どうせ反対してもついてこようとするんですよね? だったら好きにしたらいいじゃないですか……」
「よし、ならば決まりだな! 明日から2週間よろしく頼むぞ志歩!」
「はぁ……なんで、こんなことに……」
私はため息を吐きつつ、明日からも疲れる事になりそうだと思いながら家に帰るのだった。
ちなみに疲れて私が何も言わずにいたら、この日も私は司さんにサラッと家まで送り届けられた。本当に、いろいろちゃっかりした人だと思う。