志歩がそんな、杏が歌の相棒をやっと見つけられた重要な場面に居合わせていた頃。
ボクこと暁山瑞希はニーゴの記念すべき初オフ会が終わった後、少し気になった事を確かめるために、まふゆを連れて人気のない路地裏へ向かっていた。
「もー、えななんもKも、ちょっとぐらい付き合ってくれてもいいのにさ~、オフ会終わったら速攻で家に帰っちゃうとか、ちょっとさみしくなーい?」
「……絵名は疲れてたみたいだし、Kもすぐに家に帰って作曲の続きをしたかったみたいだから、自由にさせてあげたら良いと思う。それに、瑞希の確かめたい事も二人には興味ない事だと思うから」
そう淡々と言って、ボクの好奇心にニーゴの中でただ一人付き合ってくれたまふゆが小さく首を横に振った。
でもまふゆにそう言われようと、ボクとしてはどうしても確かめたい事だったから、胸を張って言い返す。
「そんな事ないでしょ! だって“セカイ”っていうすごいSFチックな要素がボク達の日常に突然現れたんだよ!? こんなの、ドキドキワクワクして仕方なくない? もう一回行って今度は探検とかしてみたくな~い?」
そう、サブカルチャーが大好きな誇り高きオタクの一人であると自負するボクにとって、セカイっていう明らかな『異世界』の入口っていう響きはそそられるモノがあり過ぎた。
まふゆが消えちゃうかもってなってた時はそんな心の余裕もなかったけれど、今はそんな抑止から解き放たれたボクの好奇心は無限大。ボクはもう一度セカイに行きたくてしょうがなかったのだ。
すると、そんなボクを見てまふゆは変化の薄いその表情で、それでも少しだけ呆れたように見えなくもない顔で、なんでもないようにこう言った。
「やっぱり……瑞希も男の子なんだね。冒険とか好きなの?」
「——っ、えっと……」
その
「……? 瑞希?」
そんなボクに、まふゆは少し目を丸くしてきょとんとしてしまった。
ん……えっと……今のまふゆの発言、どうしよっかなぁ……? まぁそれぐらいなら普通によく聞く表現だし、まふゆならイヤミの意味で言ってる訳もないから、このぐらいは別に聞き流してもいい言葉なんだけど……。
まぁでも、これからこの子とは長い付き合いになりそうだし、ここはひとつ
そんな想いでボクは——ビシッと、指先をまふゆの口に向かってつき出す。
「まふゆ、悪いけど訂正よろしく。あのさ、冒険が好きっていう気持ちに“男”だったりとか“女”だったりとか——関係ないから。あくまでもこの“ボク”が好奇心旺盛な猫ちゃんだから冒険好きなの、オーケー?」
ボクのその言葉に、まふゆは一瞬キョトンとした後、やがてボクの言葉の意味を理解したようにほんの少しだけ眉を下げ、バツの悪そうに見える気がする表情で言う。
「そうだね。関係ないね……『ごめん』って、言った方が良い……よね?」
……よかった。ボクの言いたい事は伝わってくれたみたい。
それなら十分だ。ボクはまふゆにそれ以上を気にさせないようにするためも、ニッコリと笑顔を作って言う。
「ううん、ボクも怒ってないから謝らなくていいよ。ただ……これからボクは君のこれからの自分探しの
「瑞希は……男だとか女だとか、そういう“表現”がとにかく嫌いなんだね?」
まふゆの確認の言葉に、ボクはちょっとだけ自分の気持ちを言い表す言葉の表現に悩んでしまう。
えっと、何て言おうかな……嫌いって言うにはちょっと違うんだけどなぁ……まぁいいや、伝わりにくいかもだけど、とにかく伝える努力はしよう。
「ん~、いやまぁ、そこまですごく怒るって程じゃないんだけど——モヤッってするなって、そんな感覚に近いかな。だってこんな格好してるけどボク、性自認は“男”だって自覚してるし、他の人から男扱いされても全然いいって思ってる……けど、“男”だからどうこう言われるのは……ちょっとヤだなって思うんだ。ボクのことはどこまでも“ボク”として扱って欲しい。ただ、それだけ」
悩みながらそう伝えると、まふゆも少なからず思ってくれる所はあったみたいで、顔をうつむかせながら謝られてしまった。
「……そう、だね。……うん。その気持ち……わかる……ような気がするから。だから……
それは、自分の感情が分からないと叫んでいたまふゆだと思えないぐらい、“気持ち”が籠ったように聞こえる謝罪の言葉だった。
まぁ、まふゆ自身も“優等生”の自分を周囲から押し付けられてる身だから、わかってくれたんだろうな……ありがとう、まふゆ。ボクのことを“理解”してくれて。とっても嬉しいよ。
……あれっ、でもちょっとまってよ? やばっ、なんだかボクが求めてた以上にシリアスな空気になっちゃってる!? どうしよう、ちょっとした注意のつもりなだけだったのに!
「いやいやまふゆ! そんな落ち込まなくてもいいってば! さっきぐらいの言葉ならよく聞くし仕方ないって。ボクも普段は悪意ある感じに言われなかったら、スルーするようにしてるから!」
「うん……わかった。でも……気を付けるから。許して……瑞希」
それでもまふゆの謝罪は止まってくれなくて、ボクは無理矢理話題を切り替えるように言う。
「もう、だから暗くなるのちゅーし! 怒るつもりで言ったんじゃないから、重くとらえすぎないで、ね? とにかく、好奇心旺盛な猫ちゃんなボクとしては——セカイにまた行っちゃうんだよねぇ、これが!」
ボクは強引にそう言ってスマホの『キティ』の音楽ファイルをタップした。
同時に、虹色の光の粒子が舞い、スマホを中心としてボクとまふゆを包み込むように光のドームが形成されて、徐々に視界が虹色の光で包まれて見えなくなっていく。
▲ ▼ ▲ ▼ ▲
そして虹色の眩しい光が晴れ、やっと目を開ける事ができると、ボク達二人を出迎えてくれたのは暖かいオレンジ色の光だった。
それが『暁のセカイ』の
と、同時に喜びが湧き上がってきた。
「おぉ……本当にスマホからでも来れちゃった。これなら外出中でもセカイに自由に行き来し放題じゃん! すごっ! ねぇ、これってスゴイ事なんじゃない!?」
「……うん、そうみたい。でも別に外からセカイに来る理由なんてないし、瑞希がどうしてそこまで喜んでるのか、よくわからない」
ボクとは正反対に、まふゆは全然この事の凄さが分かってない様子だった。
もう……分かってないなまふゆってば。ボク達が今手に入れたのは、思った以上にスゴイ
しょうがない、ここはこの悪知恵だけは働くボクが、ここ“暁のセカイ”にスマホから来れるようになったことで、今後日常生活でどうやって便利に使えるのかを教えてしんぜましょ~!
「ふっふっふ……まふゆ、どうして喜んでないの? これってさ、言わば外出中でも何時でも入れる“別荘”を手に入れたみたいなもんなんだよ?」
「別荘……?」
「そうそう! もうこの場所はさ、まふゆが外でどうしても辛い事があったりしたら、すぐさま逃げこめる持ち運び式の“隠れ家”になったんだよ? そう考えたら凄くない? 変な人に追われた時もここに逃げ込めば完全にセーフだしさ!」
「——っ」
ボクの説明でまふゆは、ようやく目を少し丸くする。
よしよし、分かって来たみたいだねぇ……スマホにセカイがある事の、とんでもない日常生活でのアドバンテージを。
「それに、考えたらもっと便利な有効活用方法ってあるって思うんだよね~?」
ボクはさらに考える。
もしこの場所に実際に現実世界からも物が持ち込めて、その上この場所に保管する事ができるのなら。
そして、その物体をこうして外出先でも取りに来れるのなら。
それは最早、ボクの好きな異世界転生モノの小説の表現で例えるとしたら、もうこの場所は実質的に
そう、一時期その設定を使った作品がだろう小説界を席巻した、応用が利く能力ナンバーワンなスキルだ。
つまりそんなチートスキルを使ってこの現実世界で、やりたい放題できるって事なんだよね!
やっば……この事実だけでワクワクしてきたかも! どうしようかなぁ……ボクも今後ここを自由に使っていいんだとしたら、遠出をしたショッピングモールでつい服を買い過ぎちゃって持って帰るのがしんどかったら、ここに一旦預けておけば楽チンに運べちゃうじゃん。
さらにもっと考えると、もし今この場所から、帰る時に家に置いてるパソコンの方に入ってる『キティ』の音楽ファイルを出口として扱えるんだったら——えげつない。
それはあの超有名な国民的猫型ロボットアニメで出てくる、秘密道具の『どこでもドア』としての運用も——
と、ボクがよからぬ悪知恵をさらに飛躍させようとした時だった。
ボクの考えを読み取ったのかコツコツとこっちに歩いて来る足音が、否定するように響く。
「瑞希……楽しそうにしてる所悪いけど、そこまで“セカイ”は便利じゃない。瑞希たちの出入口は……入って来た時に使った媒体に限られるから」
そんな声の主は、灰色髪のツインテールで緑と紫のオッドアイを持つ『誰もいないセカイの——いや、今はもう『暁のセカイの初音ミク』だったっけ? とにかく、その子がボクの為にありがたくも解説しにやってきてくれた。
そんなミクに、ボクは盛り上がって来た気分に水を差された気持ちに少しなって、口を尖らせてしまう。
「む、折角ワクワクしてきたのに、途中で夢壊すような事言うのやめてくれる~?」
「……あっ、そ、その……ご、ごめん……なさい? えっと……でも代わりに、この場所で荷物をあずかるぐらいだったら……できるよ?」
「へぇ~! やっぱり出来るんだ! じゃあさじゃあさ! ついでにこのセカイは他に何が出来るのか教えて! お願いミク!」
「えっと……ごめん……あんまり、そういう話はしないでって言われてるから……」
「へぇ~! 言われてるって、
「あっ……えっと……それは……」
「……瑞希、話はよくわからないけど、ミクが答えたくない事みたいだから、聞くのはやめた方がいいと思う」
ピシャリと、ボクのミクへの追求はまふゆによって遮られてしまった。
……む、止められちゃった。ちぇっ、あれだけ凄く迷惑かけられちゃったんだから、もうちょっとこの“セカイ”って場所がどんな所なのか、詳しく知りたかったんだけどな。
だってまふゆ、君もこの場所が最初から無かったら、このセカイに籠って“消える”だなんて事、考えようとしなかったでしょ?
じゃあこの“セカイ”の存在のせいで狂わされてるじゃん、君の人生。
だったらせめてこの場所がどういう場所なのか、なんで“想い”でこんな異世界が出来るのか、その理由みたいなものを詳しく知りたいって思わない?
ま、この場所があったからボク達ニーゴも、まふゆが苦しんでる事を知れたみたいなもんだし、そこは五分五分かもしれないけどさ。
でも結局まふゆの“セカイ”なんだし、まふゆが知らないで良いって思うならボクもそれでいっか。ミクの反応を見るに“禁則事項”っぽい話なんだろうしね、そこら辺って。
「はーい。色々聞きすぎちゃってごめんねミク、ちょっとボクもすっごくテンション上がっちゃってさ」
「ううん、大丈夫。……それにしても来てくれたんだね、まふゆ、瑞希」
「……うん。瑞希がスマホからでもこの場所に来れるか試してみたいって言うから」
「そう……じゃあ、確かめるのは終わったから、もう……帰っちゃうの?」
「ううん、ミクに会えたんだったら流石にそれは寂しいでしょ、それにこのセカイをちょっと調べてみたいって思ってたし、ね、まふゆ?」
「そうだね……ミク、ここって今まで聞いた事が無かったけど……どれぐらい広い?」
そんなまふゆの質問に、ミクは少し考えるような仕草を見せた。
「えっと……正確にはわからない。わたしが“ある”って分かる範囲よりも、もっとこのセカイは広がってるから」
「えっと……ミクが分かる範囲のまふゆのセカイの広さって、どれぐらい? 運動場ぐらいの広さ? それとも……東京ドームレベルの広さだったりして?」
「ううん……もっと広い。わたしの察知範囲は半径二十キロ、まふゆのセカイはそれ以上に広がってる」
想像を超えた規格外の広さに、ボクは目をひん剥いてしまう。
「にじゅっ……!? えっ? もうその広さって都市一つがすっぽり入っちゃうレベルじゃん! しかもそれで最低ラインの大きさなんでしょ? それよりも広いって……どうなってるのこの場所って……」
「だから……ここを調べたいって思うのはいいけど、あんまり遠くに行くとわたしでも二人を見つけられなくなるかもしれないから……おすすめしない」
「へぇ……わかったよ、ありがとミク。にしても……まふゆ、君ってどんだけスゴイのさ。それぐらい広い場所が出来る“想い”を持ってるって、いったい君って何者?」
「……そう言われても、私にはよくわからない」
スンッと、相変わらずの無表情でボクの言葉に応じるまふゆ。
もうまふゆったら、自分がスゴイって事自覚してないのかな? いや、そんなのはどうだっていいのかも? “自分”が見つけられるかどうかが一番大事なんだもんね?
「まふゆは……“特別”だから」
だからボクは、ミクがポツリと小さな声で呟いたその言葉を、敢えて聞こえなかったフリをする。
まふゆ自身“セカイ”がどんな存在なのか興味がないのなら、これ以上深くボクこの子の代わりに探っても意味はないし、例えまふゆがどんなに特別な子だったとしても、ボクがこの子の“自分”探しを手伝う事には変わりはないから。
「さーて、じゃあ改めてセカイをちょっと探索しようよまふゆ! まふゆも今のこのセカイを探索した事はないんでしょ? ミクが付いててくれるなら少なくとも遭難はしないんでしょボク達って?」
だから話の流れを切り替えるようにボクが言うと、まふゆはほんの少し首を傾げた。
「うん、そうだけど……ミク、『誰もいないセカイ』から『暁のセカイ』になって、あの太陽以外にこのセカイに変化はあるの?」
「……ううん。わたしが分かる範囲では、なにも変化はない……ずっと、こんな感じ」
ミクは周囲を見回して、無機質で灰色の床、所々に配置されたピラミッド状の白い大理石で出来た建造物、床から無秩序に生える鋼鉄の鉄塔——暁の温かい日の光でライトアップされている以外は何も一切代わり映えのしない今の場所を視線で示した。
どうやら、名前が変わって薄暗い印象は消えただけで、そこまで劇的な変化は何も無かったみたいだった。
そうなると流石にボクの好奇心もそこまでのモチベーションは保てない。
「あぁ……なるほどね? じゃあどこまで行っても同じ光景なのは確定かぁ……それは流石に飽きちゃうかも……」
「でも瑞希、二十キロ以上歩けば何か見つかるかもしれないよ? やる?」
だけど急にそんなアグレッシブな発言をしてやる気を見せるまふゆに、ボクは少し口元が引きつってしまう。
「うぇっ……えっとぉ、今度はまふゆがやってみたくなったって言うなら、勿論ボクも付き合うけど……さすがに今日は遠慮したいかなぁ……」
「そう、なら私もやりたくない」
即決だった。
そんなまふゆの、まるでボクの意志が全てみたいな態度に、ボクは少しだけ今のまふゆが心配になってしまう。
まふゆ……なんとなくそんな気がしてたけど、ボクに判断を依存し過ぎじゃない? 自分の意志がまだよくわからないんだったら、そうなっちゃうのも仕方ないのかもしれないけれどさ、ちょっと心配かも。
ま……いっか、さっきはボクがミクにこのセカイの事を問い詰め過ぎた時に止めてくれたし、完全に自分の意志が無いって訳じゃないと思うから、ちょっとずつボクの事を足掛かりにして、自分の事を思い出していってもらおう。
「よーし、じゃあミクと少しお喋りしてから帰ろっか。ねぇねぇミク、ところでミクってあの“初音ミク”なんでしょ? だったらやっぱり歌うのが好きな感じなの?」
「わたしは……、正確には瑞希がよく知ってる“初音ミク”とは違うから、すこし自信はないけど……でも、前に瑞希とまふゆと一緒に歌った時は……悪くない感じがした」
「えっと……もしかしてその言い方、ミクもまふゆと同じで自分の感情が分からない感じなの?」
「まふゆの影響かどうかは分からないけど、でも……うん、自信は……ない」
「へぇ、そうなんだ……じゃあボクが教えてあげるよ! 歌ってて少しでも胸が軽くなるんだったら、その気持ちは“楽しい”って胸を張って良い気持ちだと思うよ!」
「……そうなんだ。この気持ちが……“楽しい”っていうんだね、ありがとう……瑞希」
「あっ! ミク、いまちょっと笑ってない? 笑ってるよ!」
「えっ……笑ってる、かな?」
「うんうんっ! 口元が少し上がってたよ! すっごく可愛かった!」
「……! えっと……その、あっ……ありが、とう……」
可愛いって褒めると、急に顔を背けてそっぽを向いてしまうミク。
ボクがそんな風に、まふゆに似て感情の自覚が不器用なミクと楽しくおしゃべりをしていると、急に隣に立っているまふゆがボクの袖をクイッと引いた。
「瑞希、感情の話だったらミクだけじゃなくて……私にもして」
袖を引かれて見るまふゆの顔は、何故か唇を少しキュッと引き結んで不機嫌そうに見える表情をしていた。
あれっ? なんだかまふゆ……ちょっと拗ねてる? もしかして自分のミクが取られた気がして、ヤキモチでも焼いちゃってるのかな?
も~、案外カワイイ所あるじゃんまふゆ~! 大丈夫大丈夫、君のミクを取ったりなんてする訳ないのに~!
「ふふっ……うんうん。そうだね、ほったらかしにしてゴメンねまふゆ、三人で話しようね。ねぇねぇ、そういえば最初まふゆってどうやってミクと出会ったの?」
「…………なんだか、変に勘違いされてるような気がするけど……うん。瑞希が知りたいなら、いいよ。えっと……」
そう言って、まふゆが思いだすような仕草をした時だった。
—— ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ——
急に、視界に虹色の光の粒子が舞う。
それを見た瞬間、ミクが何かを察知したように目を丸くした後で、だけど首を横に振りまるで
「“来る”……? そんな、
「えっ……ミク? 来るって誰が来るのさ?」
「……ミク、どうしたの?」
ボクとまふゆがそう尋ねた瞬間だった。
——コツ、コツ。
まるで機械的な一定のリズムの足音を響かせ、まるで虹色の光の粒子に包まれつつ導かれるかのように、ボク達の所に新たに、ショートカットボブヘアの大人の女性のような人影が現れた。
そして彼女が身に纏っていた光の粒子が消え、その女性の姿が現れる。それは信じられない事に——ボクが“初音ミク”と同じぐらい知っている“存在”だった。身に纏っている衣装はミクと同じ系統のデザインの灰色ゴシック調ドレスに変わっていたけど、その存在は見間違えようがない。
驚くボクと、隣に居るまふゆも流石にその子の存在には少し驚いたように目を大きくしながらポツリと呟く。
「……MEIKO……?」
「えっ、えっ……ええええ~~!? めっ、めめめめMEIKO~~!? えっ!? セカイって初音ミク以外のバーチャル・シンガーも居るのぉ!?」
コツ、コツ、コツ。
だけど、目の前に居るメイコは驚くボク達に対してなんのリアクションもせず、その表情も一切変えずに、全身からクールな雰囲気を漂わせながら歩みを続ける。
そんな様子からは世間でよく知られる、頼り甲斐がある“大人のお姉さんキャラ”なんてイメージは、一切感じられなかった。
そしてその歩は、ミクもまふゆも無視してボクの目の前でピタリと止まり、メイコはそのまま黙ってボクの顔をジッと見つめ続ける。
……え? なにこれ? 怖いんだけど? なんなのこの子……? ボ、ボクに何の用なんだろ……えっと……聞いていいやつだよね?
そんな想いで、ボクは恐る恐る口を開く。
「え? な、なんなの? えっと……君って、MEIKO……だよね? ボクに一体……何の用なの?」
すると、暫定的にボクがメイコだと判断しているそのショートカットの大人の女性は、ボクに向かって、その冷静でクールな表情のまま……とんでもない発言をしてきた。
「——問わせてください、あなたが私のマスターでしょうか?」
「………………………………は?」
ボクは思考がフリーズしてしまう。
いや……え? なんでこの子はボクをマスターって呼ぶの? え? いつの間にボクってこの子と主従契約結んだの? いやいやいや……この子って多分バーチャル・シンガーなんだから……え? じゃあつまりこの子の言うマスターって——
いやいや、ボクはこのセカイの所持者でもないし、市販の『MEIKO』のソフトですら買った覚えないんだけど!?
「え……ええっとぉ……あれ? ボ、ボクは暁山瑞希、ですけど……え? えっと、何か人違いとかじゃないですか……?」
ボクが戸惑いながらもそう名乗った瞬間だった。
メイコはボクの目の前で瞬時にザッと、綺麗な動作で
まるでそれは、中世のメイドが高貴な位の貴族に対して行う忠誠を示すポーズのようだった。
そのままメイコは、見た目的には年下である筈のボクに、大袈裟に畏まった口調で言う。
「初にお目見え致します
「……は? え? えっと……何言って?」
「私のこの身は爪先から頭の毛先一本に至るまで、すべて
「——つ、使っ……!? はっ!? えっ、えっ!? な、なにぃ!? なに言ってるんだよ君さぁ!!??」
そんなボクみたいな年頃には刺激的過ぎる言葉に、ボクは思わず顔が熱くなってしまうのを感じる。
そんなボクに構わずメイコは、
「では……これからどうかよろしくお願い致します、
と、短く言ってサッとボクの手をとり、そして手の甲に——チュッと口づけをされてしまった。
手の甲に確かにメイコの柔らかい唇の感覚がした瞬間、ボクの顔に更に燃えるような熱さが帯びた。
「——ちょっ!? えっ、な、ななななな何やってんのさ君さぁ!!??」
慌ててボクはメイコの手を払う。
すると同時に、ボクの真隣に立つまふゆの方からまるで——北極のブリザードのような激しく冷たい冷気を感じた。
「…………何、やってるの? 瑞希?」
「——ひぃっ!?」
反射的に見るその瞳には、まるでこの間にこのセカイで対峙したまふゆの冷たく暗い瞳のような色——否、あの時よりも圧倒的に
え? なんで? なんだかわからないけど、すっごくまふゆ怒ってるよぉ……!?
ボクはつい反射的に、まるで付き合ってる彼女に浮気現場を見られた彼氏みたいな口調で言ってしまう。
「——いっ、いや待ってまふゆ! こ、これは違うんだって……!! ボク、この子が一体何なのかも知らなくて……!」
「なに言い訳してるの? どうしてそんなに瑞希が慌ててるのか——よくわからない。何か別に私に後ろめたい事情でもあるみたい……ねぇ、何かあったの?」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ……!!」
マズい、殺される。
まふゆのそんな冷たく刺すような視線に、そんな直感を覚えて震えてしまっていると、そんな気遣いなんて一切要らないのにメイコが、ボクとまふゆの間に割り込んで言う。
「まふゆ……貴女がこのセカイの“想い”の持ち主ね?」
「想いの持ち主……言葉の意味がよくわからないけど、ミクからそう言われた。そんなことはどうでも良いからそこを退いて、私は今瑞希と話をしてる」
「そうね、わかったわ。だけど……たとえ想いの持ち主でも、私の
「……へぇ、貴女も……私の言う事を聞かないんだね? 私は瑞希に質問してるだけ、放っておいて……そもそも、“私の”ってさっきから言ってるけど、瑞希はいつ貴女のモノになったの?」
そんなまふゆの、刺すように睨む視線に、メイコは一切動じる事なくクールに言い返す。
「発言の訂正を要求するわ、まふゆ。マスターが私のモノなのではなくて、私がマスターの
「…………よくわからないけど、そう言ってる貴女を見てると……胸がザワザワする。いますぐにやめて」
「——絶対に嫌よ」
そのまま、まふゆとメイコは無言で睨み合いを始めてしまった。
えっと……な、なんなのさこの状況!? さっきから訳が分からなさ過ぎて頭パニックなんだけどボク!? だれか説明して、助けてよ!
ボクはそんな想いを託し、一縷の希望と共にミクの方を見た。すると彼女は——
「どうして? 来る時期だけじゃなくて予定にあったメイコの
そんな訳の分からない言葉を呟き、その頭でピコピコと何かを電算しているような電子音を鳴らしながら目をグルグル回していた。
……えっと? なんだかよくわからないけど、大きく計算狂ってて脳内CPUが大忙しって感じ?
「——ってぇ、何呟いてるのか知らないけど、そんな事はいいから助けてよミク! 二人の喧嘩を止めて! なんだかわからないけど、ボクが言っても意味無さそうだから!」
なりふり構わずボクが助けを求めると、ミクはビクンとビックリしたように震え、ややあってミクは二人の元に歩み寄った。
「えっと……メイコ? まふゆ? お……おちつい、て?」
「ミク……私は落ち着いてるつもりだけど、どうしたの?」
「えっ……う、うん。そうだねまふゆ……怒ってないなら、よかった」
「……あなたが、この暁のセカイの“初音ミク”?」
「うん……そうだよ。貴女がこのセカイに来てくれた、“MEIKO”だよね? えっと……まふゆはこのセカイの持ち主だから……もっと、優しくしてあげて……?」
ミクが間に入ると、まふゆは一瞬で大人しくなったけど、メイコはまだ言いたい事があるみたいで、ボクの方をチラリと見た後でミクに視線を戻して平然と言葉を続ける。
「ミク——そういうのは全て、あなたや私の後に来る子達に任せる。私の役割は、全てをかけてこの人をお支えする事。そうする事がこのセカイの為になると私は考えるからよ」
「……え? それは……どうして?」
「
「う……えっと、それは……」
「ミク、私はこれからこのセカイで、あなた達とはまた違った立場で、このセカイの為に私が出来る事をしていくつもり」
そこまで言ってメイコは一旦言葉を区切り、敢えて強調するようにミクの眼を見つめて言葉を続ける。
「だから——私のことはいないものと思って。私はこれから、このセカイから
そんなメイコの固く強い意志が溢れたような言葉を聞いた瞬間、ミクは降参とばかりにふらりとその体をよろめかせた。
「…………えっと……う、うん。が、頑張ってね……メイコ?」
「ええ。それじゃ、あなたはまふゆの為に、私は
「ちょ、ちょっと!? 何論破されてるのさミク!? 君達の事情とかボクよく知らないけどさ、これってちょっとマズイ事なんじゃないの!? ねぇ、いいの!?」
メイコは話が済んだとばかりにボクの方に向き直り、改まったように言う。
「
「ひっ、光ぃ!? ぼ、ボクそんな、大層な存在じゃないんだけど……?」
「そんな、ご自分を卑下なさらないでください
「あのぉ!? だからさぁ!? ボクを変に神格視するのやめてぇ!? というかさ、さっきから君のその口調なんとかならないの!? まふゆとかミクとかに喋ってたみたいに、もっとぞんざいな言葉づかいでボクに接してよ!」
「そんな事、滅相もございません。私のこの身は貴方様の
そう真剣に考察するメイコのその瞳を、ボクは他人の感情に敏い目で見て判断する。
その目の色には見間違えようもない程に強すぎる——“心酔”の色があった、
もう駄目だこの人……! 設定上は年下の筈のボクに、完全に心酔してる……!?
なんでぇ!? どうしてこうなるの!? ボクはまふゆを助けたい一心で行動しただけなのに、どうして見ず知らずの大人の女の人に忠誠を誓われないといけないのぉ!?
「も~~! フレンドリーに接して欲しいだけなのに、どうしてボクが命令しないといけないのさ~!? この子一体なんなのぉ~~!!??」
とにかくボクはこうして、初めて会うメイコに重すぎる信頼を預けられてしまうことになるのだった——隣に立ってるまふゆから今も向けられる、冷たすぎる極寒の視線を犠牲にして。
「……そうだ、元からメイコは————瑞希への想いが対応——なら、まふゆが今の瑞希に————なら、こうなるのも当然……」
そんなボクの耳に、ミクの方から小声で途切れ途切れに聞こえるその呟きの内容は、きっと深く考察して、聞こえなかった単語の穴埋めをしない方がよさそうだろう。
もう……何だかよくわからないけど、でもここまで期待されてるんだったらこれからまふゆの為に何が出来るか、考えていくしかないよねぇ……うん、頑張ろう。
▲ ▼ ▲ ▼ ▲
そんなこんなで色々な事があったセカイから帰ってきた後、辺りが暗くなってきたからボクはまふゆを家の近くまで送る事にしたんだけども、その道中の空気は——最悪だった。
「……えっと、まふゆ? ボクが何かしちゃったんだったら謝るかからさ、だからその……そろそろさ、お願いだから怒るのやめて機嫌直してくれないかなぁ?」
「…………」
ボクがいくら話しかけても黙ったままで、話しかけるなっていう不機嫌なオーラを全身から発してボクと視線を合わさず、それでもボクと一緒に歩を進めるまふゆ。
さっきから十分以上もこの状態を貫かれたら、流石のボクも気まずさで胃がキリキリと痛み始めてしまう。
ううっ……なんでまふゆ、こんなに怒ってるの? 自分のセカイのメイコが取られちゃったからって、そんなになる? やっぱりまふゆって色々気難しいなぁ……今までボクが接したことのないタイプの女の子だ。
まぁ……れもん師匠も気難しい所があるけど、この子はまた違った気難しさがある気がする。でもとにかく、今は仕方ないからそっとしておいてあげたほうが良いのかな……?
そう思っていた時、やっとまふゆはその重たい口をゆっくり開いて、どこか戸惑っているかのように言葉を発した。
「……瑞希。私……今、“怒ってる”の?」
その言葉はボクにとってあまりに想像外で、思わずポカンと口を開けてしまう。
「え? いや、どう考えてもそう見えるけど……違うの?」
「……私は……そういうの、よくわからないから……」
その言葉だけで、ボクはまふゆの言いたいことを全て察することが出来た。成る程……君ってもうそこからよくわからないんだね……。
本当に重症じゃん……なんとかしてあげたいな。ううん、ボクがなんとかしてあげるって言ったんじゃん。『助けて』って頼まれたじゃん。
だったら、根気強く教えてあげるのがボクの役目だよね。
「……じゃあ今、どんな気持ち?」
「……胸がずっと、もやもやしてヘンな感じがする……それと他の考え事をしようとしても、ずっと頭が重い。気づけばさっきの事をずっと考えてる……」
「……うん、じゃあその気持ちが“怒る”って事だよ。それと、ボクが君を怒らせちゃったんだよね? だから……ごめん、まふゆ」
ボクが真面目にそう言って頭をキチンと下げると、ようやくまふゆはコクリと頷いてくれた。
「うん……いいよ、瑞希。私は瑞希に助けてもらったから……これぐらい、許す」
「ありがとう! もうしないように気をつけるね!」
そんなボクとまふゆのやりとりは、まるでまふゆが感情を思い出したかのように自然なやりとりに、ボクは感じられた。
この調子でひとつひとつ、ゆっくりとまふゆに接してあげて、まふゆが前までのまふゆに戻れるように支えてあげよう。
そんな決意でボクは気を取り直して言う。
「よし、だったらまふゆ! ボクもさっき君にボクのことで注意してほしい事を言ったみたいに、君もボクにこれからこうして欲しいっていう要求とかある? こんなことはしてほしくないってお願いでもいいよ?」
「してほしくないこと……?」
「うん、ほら、これから長い付き合いになるんだしさ、お互い相手に嫌なことはしたくないでしょ? だからまふゆにもボクにしてほしくないことあるかなって思ってさ」
そう聞くと、まふゆは暫く口をつぐんで考えこんでしまった。
そして数分後、ほんの少し眉を顰めてまふゆは言う。
「……瑞希にしてほしくない事、あるけど……多分これは迷惑をかけると思うから、別にいい」
「えっ? いやいや、迷惑かどうかはボクが決めるよ。だから言ってみて?」
「…………本当?」
「うん!」
ボクの勧めに従い、まふゆはゆっくりとその重い口を開き——言う。
「じゃあ瑞希はこれから私と居る時は、絵名と奏以外の女の子の話をしないで欲しい。名前も一切口に出して欲しくない」
「——へっ?」
「あと私の見てる前で、他の人に笑いかけたり優しくしてほしくない。ずっと私のことだけを気にして欲しい」
「——えっ? へっ?」
「……これが、私が今日瑞希にされたら……“嫌”だって思った事。どう……? 迷惑、だよね?」
「…………ええっとぉ……」
ボクは思わず頬を掻いて返す言葉を見失ってしまう。
……え? 何その……幼い子供の好きな相手に対する独占欲丸出しみたいな欲求は。なにそれ、そんな要求をされる事自体がまず恥ずかしいんだけど?
というか、なんでまふゆはボクにそんな事を……まさかまふゆって……ボクのこと、す、好き……とか?
えっと……もしそうだったら、その気持ちはちょっと嬉し——
『瑞希……お前って、変わってるよな』
——いや、
あー、あぶないあぶない。危うく勘違いするとこだったよ。
中学の時みたいに、本当のことを隠して周囲に合わせてるボクだったら愛されるだろうけど、さ。
“本当のボク”の事なんて、誰からも愛される訳なんてないんだから。
ボクが愛するんだったらあるけど、その逆なんて起きる訳ないんだから。
そう自分に言い聞かせて、パチンとボクは両手を合わせて謝る。
「ごめん! 言っておいて悪いけどやっぱり……難しそう。でもあんまり君といる時は他の人の話しないようにするからさ!」
「……そう、だよね。わかってる。なら……それでいい」
そんな話をしている内にセンター街を抜け、まふゆからここまでで良いって言われた後の別れ際。ボクはこの日の最後に、まふゆの自分探しの相棒として提案をした。
「じゃあさ、早速まふゆは何してみたい? なんでも一緒につき合うよ?」
「……えっと……」
まふゆは少し悩んだ後、ポツリと呟くように言う。
「じゃあ……瑞希が言ってた、ゲームセンターでのクレーンゲームを……やってみたい、気がする」
「了解! じゃあ早速また予定合わせて、一緒に行こう!」
ボクが笑顔でそう言うと、まふゆはボクに合わせたようにほんの少しだけ柔らかい口調で返してくれた。
「うん……ありがとう。また、よろしくね……『みずくん』」
「——あはっ! なにそれ、また冗談? もしかしてそのあだ名で呼ぶのちょっと気に入ってる?」
「気に入ってるかどうかはよくわからないけど……語呂は悪くないと思う。だから、これからもたまに冗談で呼んでみる」
「いやいや、あははっ! キミって冗談とかいうタイプだったの?」
「……なんとなく、言った方が会話が明るくなるような気が……するから?」
「いや、自信ない感じじゃん。まぁいいけどね、会話の間のジョークって確かに大事かもしれないしね、やってみてもいいんじゃない?」
「うん……わかった」
そんな会話をしてボク達は色々あったこの日を終えて別れるのだった。
——ちなみに、この時のボクはまだ知らない。
この日の一週間後の月曜日、約束通りに一緒にゲーセンに行こうと誘ったまふゆが、なんと校門前でボクの事を出待ちしていて、その結果変な先輩に絡まれてしまったまふゆを助けるためにボクが『彼氏』を名乗ってまふゆを連れ出した結果——ボクが宮女に、とんでもない美少女の彼女が居るっていう噂が学校中を駆け巡ることになるなんて。
その結果、ボクはまた一苦労する事になっちゃうんだけど、それはまた別の話。
原作キャラとオリジナルキャラの間を反復横跳びするニーゴメイコ。
まぁ、原作とは違ってこの世界線で瑞希がまふゆにした功績を考えると、ここから彼女の瑞希への想いを逆算してメイコが生まれると、どうしてもこうなるかなと想像して性格を再構成させていただきました。理由は以上です。
ちなみに、この時の約束を果たした二人のデート回は『短編⑤ “優等生”と放課後デート』
になります。良ければこちらも再度どうぞです。