神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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34話 白馬王子親衛隊No.2 青柳冬弥

 

 

「私、今日こはねと歌った瞬間、とってもすごくドキドキしたの! だから、私はこはねと一緒にもっといろんな歌を歌っていきたいの! だからお願い、私と組んで!」

「ドキドキした……? 私の歌に、杏ちゃんが……?」

「そう! それにこはねも、一緒に歌ってて凄く気持ちよかったでしょ?」

「…………私、人前に立つと緊張しちゃうし、杏ちゃんに迷惑かけちゃうと思うけど……でも、そんな私でも……変われる、のかな? やってみて……いいのかな?」

「うんっ! やろうよ!」

 

『WEEKEND GARAGE』店内では、杏の突然の提案にこはねは当然コンビ結成を渋っていたけれど、諦めず続けられる杏の説得がようやく今実を結ぼうとしていて、それを私は黙って見守っていた。

 こはねが色々“危険”な子かもしれないのに、どうして止めようとしないのかって?

 だってそれはあくまでも、私の印象が勝手にこはねの歌を危険視してしまっただけだったから。

 私とは違って杏は、本当にこはねと歌っていたさっきの時間が楽しいと感じているみたいだし、そんな杏の気分を私の感性で否定出来る訳もない。

 それに杏が“歌の相棒”を求めていたって事はこれまでの付き合いで十分に分かっていたから、そんな杏が見つけた運命の相手に、歌が専門じゃない私が第三者目線でケチなんてつけられる訳がなかったから。

 そんな想いで私が静観していると、杏が少しだけ乗り気になったこはねを見てダメ押しとばかりに続ける。

 

「それに、迷惑だっていっぱいかけていいし!」

「え?」

「お互い困った時は助け合う、みたいな感じでさ。こはねが困ったら私が助ける! だから私が困ったら、こはねが助けてよ!」

「……!」

 

 驚いて目を丸くしたこはねに、杏は昔を懐かしむような——記憶の中で色褪せずに輝き続ける宝石のような思い出を語る表情で続ける。

 

「——父さんにもね、そんな仲間がいたんだ。この街で出会った音楽仲間で、引退の時に父さん、その仲間と一緒に『RAD WEEKEND』ってイベントをやったの……で、そのイベントがね、すっごくカッコよかったの“ ドキドキしっぱなしで、息も出来なくて……もう、本当に、心臓が止まっちゃいそうなぐらい!」

「ドキドキ……」

「私も絶対にあんなイベントをやってみたい! って思って父さんに言ったの。そしたらさ、父さんは『あれはこの街で、音楽を愛する仲間と出会えたからこそできたイベントなんだ。絶対に一人じゃ出来なかった』——って。それを聞いて私もここでそんな仲間に出会いたいって思ったの。それでその仲間と最高のイベントを作る! それが私の夢!」

 

 そう語る杏の瞳の奥には、強く燃える意志の焔が燃えていた。

 杏……そのイベントにそこまでの想いをかけてるんだね。『RAD WEEKEND』か……店長に話だけ聞いた事がある、このビビットストリートで開かれた“伝説”のイベント。

 その凄かったっていう熱を、杏は実際にその現場で味わったんだね。だからそんなに、情熱を燃やして頑張ってるんだ。

 『RAD WEEKEND』それが杏の、歌に対する情熱の想いの根源。

 うん……良いと思うよ。目指す目標に向かって頑張りたいっていうその気持ちは——すごくわかるから。

 

「あはは、ちょっと熱くなっちゃった。でも返事はいつでもいいからさ、もしも、私とやってもいいって思ってくれたら……」

 

 そうやって杏が苦笑した時だった、こはねは暫く悩んだ後で、ついにコクリと頷く。

 

「……やってみたい」

「え?」

「私も、そんなイベントやってみたい。杏ちゃんと一緒に……やってみたい!」

 

 そんなこはねの表情には、なりたい自分を目指して前に踏みだす決意の色があった。

 『変わりたい』っていう単純明快で、それでいて何よりも強い純粋な欲求が。

 

 ——そっか、貴女も……“変わりたい”って思ってるんだね?

今の弱い自分より、もっと強くなるために。私が司先輩の隣に立つに相応しい女の子になるって誓ったように、この子も今、あの時の私と同じ気持ちを感じてるんだ。

 あぁ……まずいな私。この子の事、他人のように感じられない。単純に応援してあげたいって、そう思っちゃうな。例えその才能の奥底でどんな化物(・・・・・)を飼っていたとしても——その意志を止める事なんてできない。

 

「本当!? ありがとうこはね!」

「えっと……うん。どこまで出来るか分からないけど、がんばってみる……!」

 

 そんなこんなで色々考えた結果、結局私は何も言えないままで二人がコンビを結成するのを見守ってしまった。

 本当に……これでよかったのかな? でも……二人ともとっても嬉しそうだし。あの二人の間に今更私が入って止めても、コンビを組むのをやめといた方がいい根拠が、私だけにしか見えなかった恐ろしいあの、こはねの歌のイメージだけじゃ弱すぎる。

 なら、私が今言えるのは——

 

「……よかったね杏、やっと歌の相棒がみつかって」

「うんっ! 本当にそうだよ! これから今まで以上に頑張って、もっともっと実力上げちゃうんだから! 期待しててよね、志歩!」

 

 そんな笑顔を私に向ける杏に、私はたった一つだけ尋ねる。

 

「杏は……どうして歌が好きなの?」

「へっ? 急になに? 言ったじゃん、『RAD WEEKEND』を超える為——」

「いや最終目標を聞いてるんじゃなくて、杏自身がどうして歌ってるのかって、そう言う意味での質問なんだけど?」

「……え? そんなの……今更過ぎて意識した事なかったっていうか……」

「いいから、パッと思いつくのでいいから言ってみてよ」

 

 私が詰め寄って問うと、杏は暫く頭を捻らせてウンウン唸った後で——答える。

 

 

「そんなの……楽しいから(・・・・・)に決まってるじゃん」

 

 

 “楽しいから”。

 それは簡単な言葉であって同時に、杏の心の中で本当に色んな想いが籠っているような言葉に聞こえた。

 

「そっか、じゃあ……その気持ち、絶対にこれから何があっても忘れないでね? これからもし、悩む事があったり苦しい壁に当たってもさ、どうして音楽やってるのか——その理由さえハッキリ頭にあるなら、何度でも立ちあがれる筈だから」

 

 だから私はそんな実体験から得たアドバイスをすると、杏は少し目をキョトンとさせた後で——ニコリと微笑んでくれた。

 

「……ありがと! 理由はよくわかんないけど、志歩は私の事を心配してくれてるって事だけは分かったよ! 大丈夫、例えこの先どんな事があったって私は生まれた時から歌と一緒だったんだもん、歌が好きって気持ち、忘れる訳ないじゃん!

 

 そんな杏の笑顔を、私は信じることにした。

 

「えっと……杏ちゃん、ところで一緒に歌をするって具体的にはどうすれば……?」

「あっ、ごめんこはね! そうそう、とにかく今日はもうこんな時間だし一旦帰ってから、また他の日に一緒に歌の練習やろ? そうだ、日程合わせたいしMINE交換しようよ!」

「——あっ、う、うんっ!」

 

 おっかなびっくりとこはねがスマホを取り出した時だった。

 ——カランコロン、と店の入り口のベルが鳴る。

 思わず音につられて入口の方に目を向けると、二人組の男の子達がいて、しかもその片方は見覚えがあってしまった。

 うわ……あの優男っぽいうさん臭そうなオレンジメッシュ髪の男子は確か——

 

「あ、お客さんだ。ごめんちょっと待っててね。いらっしゃ——あ、彰人(あきと)冬弥(とうや)か!」

「こんにちは白石さん。今日もお邪魔するね」

 

 杏の出迎えに対して、相変わらず人の良さそうな笑顔と態度で答えたのは、入学式の日に私に対して“東雲彰人”と名乗った男の子だった。

——って、待って? 杏が今、もう一人の水色と黒髪のツートンカラーヘアの男子を、聞き捨てならない名前で呼んだ気が……えっと、もしかしてあの人って……。

 そんな記憶を探り始めた私を尻目に、東雲さん達に対し杏は、さっきの営業スマイルとは違った気さくな笑みを返す。

 

「いらっしゃい! いつも来てくれてありがとね!」

「じゃあ注文はいつもの——あれ? 見ない顔が二人……?」

「……っ」

 

 そこで放っておいてくれていいのに、東雲さんは私とこはねの存在に目を向けてきて、私は思わず少し顔をしかめてしまう。

 どうしてだろ……理由は上手く言語化できないけど、なんでか私、この人の事を好きになれないんだよね。杏は人を見る目はある子だし、この人も根は悪い人じゃないはず。

 じゃあ何で? 髪色が明るくて威圧感がある男って感じだから? 別に私って、男の人が嫌いってわけじゃないんだけどな。ならどうして?

 

「……あ、えっと……」

 

 だけど私の隣のこはねは、私以上に東雲さんの事が苦手そうな反応だった。

 そうだ、この子は宮女の子だ。女子高を選ぶ子の理由には男の人が苦手だからって子もいるって聞くし——この子も、そういう子なのかもしれない。

 私はそっとこはねの背中に安心させるように手を添え、小声で言う。

 

「……大丈夫。この人怖そうな見た目はしてるけど、杏の人を見る目は確かだよ。でも、もし男の人自体が無理なら私の後ろに隠れてていいから、安心して?」

「……志歩ちゃん……」

 

 こはねは私の顔を見て少し安心したようにホッと小さくため息を吐き、やがて小さく自分にエールを送るようにヨシッとガッツポーズをすると、東雲さんの顔を見て言った。

 

「は、はじめまして。小豆沢こはねです」

「初めまして、だね。オレは東雲彰人、よろしくね。こっちは相棒の青柳冬弥」

「……敬語は使わなくていい」

 

 勇気を出したこはねを、東雲さんは相変わらず人の良い笑みで応え、そして青柳っていう名前の男の子は——

 ——いや、フルネームまで聞いたらもう私もとぼける事なんてできない。

現実を受け入れよう。この人が司さんの咲希の幼馴染で——『白馬王子親衛隊』っていう、咲希が作ったとんでもなく恥ずかしい名前の司さんファンクラブの会員ナンバー2。

 そんな人が、こはねに対してボソリと短くそう言っていた。

 

 うわ……どうしよう。まさかこんなタイミングで青柳さんと初オフ会をする事になってしまうなんて……最悪。こはねは別に男性恐怖症ってわけじゃないみたいだし、だったら今度は私が男性恐怖症のフリをして隠れようかな? もうそうするしか、この場の切り抜け方はないかもしれない。

 

 え……? どうして私がそこまでして逃げたいのかって?

 だって。

 青柳さんは、MINEのグループトーク内での私の事を知ってしまっている。

 

 トーク内の全員が司さんの事が大好きな人間で構成されてるアットホームな空間だからこそ、一年前のグループ加入当時にはまだ存在した恥ずかしさをつい全て捨ててしまって、今では熱心な一人の『司さんファン』をやってしまっている私の事を。

 

 私の事を忘れてるなんてあり得ない。だってつい約一週間前だって、こんなやり取りをしてしまっているばかりなんだから。

 

 

 

□ □ □ □ □

 

 

【白馬王子親衛隊】 参加者数——3

 

 

咲希:さーて! 本日の議題は、ついにお兄ちゃんが今日フェニランのアルバイトの面接を受けに行って、公式デビューがいよいよ近くなってきたということで!

 

咲希:『お兄ちゃんがもし舞台に立てば、何日でプロの人からオファーが来るか?』この議題で真剣に話し合いたいと思いまーす!

 

冬弥:咲希さん、折角議題を提示してもらったところ申し訳ないですけど、訂正をお願いします。“もし”という表現は、司先輩という存在が持つ輝く無限の可能性を否定していると思うので。

 

志歩:そうだよ咲希、司先輩に限って面接で落ちるなんてあり得ないじゃん。フェニランの面接は対面なんでしょ? だったら面接官の人が、司先輩と直接会っておいてその魅力に気づかないなんて——あり得ない。絶対にバイトに合格してるに決まってる。

 

志歩:(ウサギのキャラクターが圧をかけるスタンプ)

 

冬弥:流石、分かっているな日野森。司先輩から発せられる隠し切れない、あの輝けるオーラは、万人の瞳を眩ませる素晴らしいモノだ。きっと面接での受け答えも完璧で、面接官の方は涙すら流して拍手喝采で司先輩を受け入れたに決まっている。

 

咲希:うっ……しまったぁ……! アタシとしたことがもしかして、無意識だけどお兄ちゃんの可能性を疑ってた? 訂正します! 『お兄ちゃんが舞台に立てば、何日でプロになれるか?』でお願いします!

 

志歩:ねぇ咲希、訂正して貰って悪いけどさ、それ議論する必要ある? 司先輩が立つ舞台だよ? きっとフェニランの中でも一級のステージの『フェニックスステージ』で、しかも主役に抜擢されてスカウトの目に止まるに決まってる。だから一日でプロになる。それが結論だから——というか、それ以外なんて考えられないし。

 

冬弥:流石だな日野森、俺もたった今、同じ事を打ち込もうとしてやめた。先を越されてしまったな。俺達にとって輝ける存在である司先輩が、舞台に立った上でプロになれない日々を一日でも過ごす事、それを考えること自体が司先輩に対しての冒涜——例え咲希さん相手でも、この意見は譲りません。

 

咲希:しほちゃん、とーやくん……! そうだね、アタシが間違ってた……! お兄ちゃんがやっとアタシの事を気にしないで、自分の道を行ってくれたから……絶対に幸せになってくれなきゃ嫌だって思って、そのせいで弱気になってたのかも……。

 

志歩:ちょっと、しっかりしてよね? 咲希は私達、司さんファンクラブの会長なんでしょ? 私や青柳さんよりも、妹のあんたが信じてあげなくてどうするの?

 

冬弥:ええ、咲希さん……信じましょう。俺達の永遠のスターが、世界に羽ばたくその未来が来る事を。

 

咲希:うんっ! わかった! お兄ちゃんはきっと未来の大スターになる! アタシ達はその日まで精一杯応援、だよね!

 

冬弥:はい咲希さん、俺は言われなくてもそのつもりです。日野森もそうだな?

 

志歩:勿論、いつか世界中の人に司先輩の輝きが届く日が来る事を、私は心から祈ってる。司先輩はきっと——不可能すら可能にできる人だって、誰よりもそう信じてるから。

 

冬弥:流石、よく分かっているな日野森。

 

志歩:分かってるなだなんて……それは私のセリフだよ青柳さん。貴方だってさっきから、ちょくちょく私が書きたかったこと先に書いてるから。私何度打ちかけた文章消したか分からないよ?

 

冬弥:成る程、それはすまない。だが……その考え方といい司先輩を慕う経緯といい、やはり日野森とは他人の気がしないな。またもし会う事があれば、共に司先輩について深く語り合いたいものだ。

 

志歩:そうだね、青柳さん。その時があったら是非私もそうしたい。

 

咲希:じゃあそういう話だったらさ、また今度予定合わせてみんなで一緒に遊ぼうよ! アタシもしほちゃんととーやくんが仲良くなってくれたら嬉しいし!

 

冬弥:それは嬉しい提案ですね。ですが申し訳ありませんが俺は最近色々忙しくて、予定を合わせられそうなのは少なくとも6月になりそうです。

 

志歩:うん、私も同じ感じかな。というか咲希の提案って時点で、ヘンな事考えてないか心配だし私。

 

咲希:え~、そんなぁ~! それは考えすぎだよ、まぁいいや……六月だよね? しっかりアタシ覚えたから、またみんなで集まって遊ぼうね! お兄ちゃんの事いっぱい喋ったりしたいし!

 

咲希:(星型のキャラクターがバイバイするスタンプ)

 

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 

 ——とまぁ、そんな感じで私は、今ではすっかり『白馬王子親衛隊』のメンバーである二人と打ち解けきってしまっている。トーク履歴を遡ってしまうと、私の司先輩に対する熱量は完全に二人と同等だと言われてしまっても一切反論はできないぐらいに。

 

 咲希はまぁ兎も角、最初は知らない男の人だからって青柳さんの事を少し警戒していたけど、その人と司先輩の事を尊敬する理由をやりとりしていく内に、その警戒はいつしか完全に私の中ではなくなってしまっていた。

 だって……中学の頃に色々悩んでいて、そんな時に司先輩に助けてもらったって……そんなのもう、他人の気なんてする訳がないから。もう私は青柳さんの話を聞くたびに共感の嵐だった。そして私の話も青柳さんは深く同情して共感してくれた。

 だから私の中での青柳さんの認識は最早、もう一人の私——というのは流石に言い過ぎだとしても、“同志”と言われても否定する気はない存在になってしまっているし、直接会って沢山司先輩について語り合いたいって話も、凄く同意できる。

 

 でもだからこそ、それをこんな初対面の人もいる場で、私は司先輩大好き会合を開きたくなんて、絶対にない。

 

 そもそも、MINEでしかも長文で司先輩への想いを熱く綴り続けてる私と、現実にいる私を同一人物だなんて思って欲しくない。あのグループに参加してる時の私は身内にしか晒せないノリをしてしまっている。

 なんなら、咲希と青柳さんの二人のテンションに流されて一回、司先輩の事を想って作る『ポエム大会』だなんて馬鹿なノリにも参加させられてしまった事だってあるし、しかもその当時だって私は何をトチ狂ったのかポエムを一つ作ってしまってる。しかも見られて、あろうことか好評まで受けてしまった。

 

 青柳さんはそんな、司先輩の熱心な信者な自分を一切恥じてはいないみたいだけど——私は、違う。

 

 こんな所でリアルバレして、司先輩を想って書いてしまったポエムを『あれは良かった』だなんて杏やこはねの前で暴露されてしまえば——私は、この場で舌を噛み切って死んでしまう自信がある。

 よし、もう男性恐怖症の設定でいこう、それしか私が生きる道はない。

 そう決心し私は、こはねに話しかけている東雲さんと青柳さんを尻目に、そっと一歩後ろに下がって気配を消した。宮女での中学時代に私が身につけてしまった、クラスでの自分の気配の消し方で。

 それは上手く功を奏し、杏はこはねに笑顔で東雲さんと青柳さんの事を紹介する。

 

「こはね、このふたりは私と同じ神高の一年なんだよ。そして父さんのファンなんだ。ふたりは『BAD DOGS』って名前で歌ってるから、近くのハコでやる前とか後とかに、たまにウチに寄ってくるの」

「そう、オレ達は白石さんともこの店とも、中学の頃からの付き合いだね」

「中学……? え、それって、中学の頃からイベントに? すごい……!」

「あはは、出るだけならそんなにすごくないよ。参加すればだれでも出られるからね」

 

 よし、上手く私抜きの四人で会話は回ってるね。今のうちにそっと店の隅の方に行ってこの場から逃げられたら——と、思ったその時だった。

 

「あっ、この子の事も紹介しとくね! 彰人は入学式の時に会ったと思うけど、冬弥は初めてでしょ? この子、私のクラスメイトで最近できた友達なんだ!」

「えっ!? あ、杏っ、ちょっ……!」

 

 杏が、今回ばかりは本当に余計なお節介で私の傍まで寄って来て、私の肩をポンっと叩いてきてしまった。

 そんな彼女は私の目を見てパチンとウィンクし、『確か彰人の事苦手だったよね? うまく話せなくても大丈夫、ここは私に任せて志歩! でも本当に二人共良い人だから、志歩も慣れたら話してくれたら嬉しいな!』

 と、なんとも的外れな気遣いを伝えるアイコンタクトを取って来て、そのまま私が止める間もなく言ってしまう。

 

「ほら、神高でちょっとは噂聞かない? 一年の女子に高嶺の花のマドンナで、銀髪セミロングヘアの超絶美少女がいるって話。それがこの子の事なんだ~! 名前は日野森志歩っていうの! どうどう? すっごく可愛いでしょ?」

「あ、杏!? ちょっと、お願いだからちょっと待っ——あ、あぁぁぁ……」

 

 フルネームをばらされてしまい、私は思わず膝から崩れ落ちかけてしまうところなんとか踏みとどまった。終わった、終わりだ。でももしかしたら、ピンとこない可能性もまだあるかも——

 

「……日野森、志歩? ——! もしかして貴女は……日野森さん?」

「ああ……日野森さんか。そういえば何処かで会ったような気がしてたんだよね。あの時からずっと可愛くなってオレ、君が一瞬誰かわからなかったよ。久しぶりだね、入学式の時以来かな? あれから元気だった?」

 

そんな青柳さんの反応に、私は思わず天を仰いでしまう。一方の東雲さんのとってつけたようなおべっか臭い“可愛い”だなんて褒め言葉は、一切聞こえない。

 あぁ……最悪だ。やっぱりバレた。どうしよう、どうするのが最善?

 

「——え? まってその反応、もしかして冬弥って志歩の事知ってるの?」

「あれ……? 冬弥? もしかして日野森さんとは友達だったりするのか?」

「ああ……聞いてくれ、彼女は——」

 

 と、青柳さんはその瞳を少し輝かせながら私の事をバラそうとしていると察知した私は、慌ててその口を封じに行く。青柳さんの目を見て視線で『お願いだから私の話に合わせて』と必死に伝えようとしながら。

 

「あ、あぁぁ……! ひ、久しぶりですね青柳さん! 元気でしたか!?」

「……む? どうした日野森? 敬語は要らないぞ、特に俺達の仲だろう? いや、だがこうして直接会うのは初——」

「あぁ、そうだったね! 敬語要らないのはわかったよ青柳さん! いや……杏、えっと、この人はね、私の幼馴染で咲希って子の話したでしょ? その子の友達で、その関係で前に会った事があるんだ!」

「し、志歩……? 急に取り乱してどうしたの?」

「日野森さん……? いったい冬弥と何が?」

「日野森、何故ごまかす? そんな関係ではないだろう? 俺達は(つかさ)先——」

「——ああもう、青柳さんッ! ちょっといいからこっち来て!」

「……む? な、なんだ? いったいどうした日野森?」

 

 アイコンタクト作戦、失敗。

 どこまでも察しが悪くて天然な青柳さんの肩を強引に掴み、私は店の隅にまで彼を引っ張り、そのとぼけた瞳を睨みつけ小声で怒鳴る。

 

「あのね、青柳さん……! 直接会うのは初めましてで悪いけど、少しは察して!」

「あぁ……よかった、やはり人違いではなかったか。もしかしたら別人かもしれないと不安になってしまった。こうして直接会えて嬉しい」

「いや、そうじゃなくて……! あの、会えて嬉しいのは私も……まぁ認めるよ、うん。でも……お願いだから、あそこでの私達の関係は今はバラさないで欲しいの。だって……今は杏やこはねが居るから恥ずかしいし……」

「……何? どうして日野森は恥ずかしく思うんだ? あれだけ俺達は司先輩を生涯追いかけるファンだと誓い合った仲だというのに」

「いやだから……! そういうの、私は普段からそこまでオープンにしてないから! 青柳さんは気にしてないけど、私は気にするの! わかった……!?」

「……む? よく分からないが……?」

 

 コテン、と。青柳さんは本気で分からないと言った様子で首を横に折る。

 こ……この、ド天然……!

 

「ああもうっ……! 青柳さんって、似なくてもいい所が司先輩にそっくり! 察しの悪い所がすごく似てますよ!」

「なに……? そ、そうか……俺は、司先輩に似てるのか……!?」

「どうして少し嬉しそうなの……!? とにかくいいからこの場は、私達は咲希の共通の幼馴染、その関係で一度会った事があるって事にして? わかった?」

「……ああ、わかった。とにかく白石や小豆沢が居る場では、話せない事なんだな? そういう事ならそうしよう」

「……ふぅ、もう、凄くつかれた……!」

 

 やっとわかってくれた青柳さんを見て、私は肩を大きく撫でおろす。そんな所で杏が様子を伺うようにやってくる。

 

「ええっと……急にどうしたの? 二人共?」

「あ……ああ、杏。ちょっといろいろ誤解があったみたいだから解いてた所、そうだよね青柳さん?」

「ああ、以前に日野森とは咲希さんの繋がりで会った事があって、今さっきまでその話をしていたんだ」

「……へ、へぇ……そういう事なんだ。——っていうか、冬弥と知りあいだったら先言ってよ志歩、要らない気遣いしちゃったじゃん私」

「あ、あははは……少し前だったから、私も一瞬だれだったか思い出せなくて……」

 

 そうやって何とか誤魔化し笑いをしていると、東雲さんは苦笑をしながら私を見る。

 

「まぁ……よく分からないけど、とにかく日野森さんは冬弥の友達なんだね?」

「はい、まぁ……そういう事です」

「へぇ、白石さんといい、君とは凄く偶然も重なるね。冬弥の友達だったらオレとも是非仲良くしてくれると嬉しいな」

 

 ニコリ、と、東雲さんは人の良い笑顔を浮かべて私を見た。

その笑顔が私は、とっても気に入らなかった。

 なぜならそれは——ああ、今ならうまく感じてる今の胸の気持ちを言い表せそう。

 ああ、そっか。私がどうしてこの男の事を好きになれないのか、その理由がたった今よく分かったよ。

 

 アンタのその笑顔——穂波(ほなみ)が前にクラスメイトに向けた笑顔と一緒だ。

 

 周囲に無理に自分を合わせて笑ってるような、そんな誤魔化しの仮面の笑顔だ。

 間違いない……この男は……本性を隠して私に接してる。

 そう分かった瞬間、私は速攻で行動に移す。

 

「……そうですね。まぁ……その機会がもし(・・)あれば、よろしくお願いします」

 

 ギンッ、と。私は眼光で東雲さんを——いや、東雲っていう男を睨みつけ、交友する意志を全力で拒絶した。

 上っ面での慣れ合いの関係は、私がこの世で一番嫌いな概念だ。

 その見た目だけ取り繕った薄っぺらい笑顔をやめない限り、アンタは私と一生仲良くなれると思うな——と、そんな意志を強く視線に込めながら。

 

「あ……ああ……うん……よろしく?」

 

 いきなり私から敵意を向けられて驚いたのか、そいつは少しだけ目を大きくした後で軽く苦笑いを返してきた。

 その後、私とこれ以上会話を続けるのを躊躇ったのか視線を杏に向け、この店に来た本題を思い出したかのように言う。

 

「まぁいいや——そういえば白石さんさ、いい加減、仲間は見つかった? そろそろ誰かと組んだ方が良いんじゃない? ……本気で『RAD WEEKEND』越えを目指すんならさ」

「ふふ、彰人。良いタイミングで聞いてくれるじゃん! 実は見つかったんだ、しかもたった今さっきね!」

「……さっき?」

 

 杏の自信満々な笑みに、青柳さんが不思議そうに聞き返す。

 そして杏は、上機嫌に軽くステップを踏みながらこはねの傍に立ち、その肩にポンっと手を置いて胸を張る。

 

「そう! こはねが私の相棒! 今日、一緒に歌ってみてわかったの!」

 

 その杏の言葉に、東雲って男は興味深そうな目でこはねを見る。

 

「……白石さんがそこまで言うってことは、かなり歌えるのかな? 小豆沢さん、今までどこでやってたの?」

「えっ……? い、いえ……まだイベントとか出た事もなくって……お、音楽の授業でしか、歌ったことが……」

「——え?」

「え、イベントの経験ないんだ! それであんなに歌えるなんて……すごいよこはね!」

 

 ポカンと、彼は唖然としたように目を丸くし、それと反対に、杏は興奮したようにこはねに話しかけた。

 と、その瞬間だった。

 

「……へぇ」

 

 東雲って男の優しい柔和な表情がほんの一瞬だけ——歪に歪むのを私は目撃した。

 へぇ……今さっき見せた顔が、アンタの“本当の顔”ってこと? この男、今から一体何する気なの?

 私が静かに警戒する中で、ソイツは再び薄っぺらい笑顔の仮面をつけ直して言う。

 

「じゃあさ、提案があるんだけど——ふたりとも、イベントに出てみない?」

「え……!? い、イベントに……?」

「うん、小豆沢さん。ふたりともせっかく組んだわけだし、同じ目標を持つ者同士、一緒にイベントに出ようよ。オレ達が来月に出るイベント、丁度出演者が一組出られなくなって、枠が開いてるんだ」

「え、ええっと……その……」

「場所はREDって名前のライブハウスだよ。どうかな?」

「へぇ、あそこかぁ……小さめなハコだし、初めて出るには丁度いいかも……こはね、折角だし出てみない? みんなに私達の歌を聞いてもらいたいし!」

「で、でも来月なんてそんな急に……だ、大丈夫かな……?」

「大丈夫! 来月だったら割と練習できるし、それに私も一緒だからね! 何かあったらもちろんフォローするよ!」

「えっと……うーん……」

 

 こはねはそう言って、不安そうに表情を歪めた。

 でも東雲って男の提案は、私の予想に反してすごく真っ当な提案で、こはねがまだ本番の舞台を経験していないっていうなら、コンビを組んだこの二人の先を考えると、こはねが経験を積む意味では最適な提案だと私は思った。

 もし私が、さっきのこの男が一瞬見せた不穏な顔を見ていなければ、是非やってみたらいいんじゃないって、そう言って怖がるこはねの背を、杏と一緒に押したのかもしれない。

 でも、現実はそうじゃない。

 この男……いったい、何を考えてるの? まさか、そのイベント中に杏とこはねに悪い事をしようとしてるんじゃ……?

 そんな私の懸念をよそに、こはねは杏の言葉を吟味するように唇を引き結んで悩み——結論を下した。

 

「……それなら、できるかも……」

 

 こはねが踏み出したのは、勇気の一歩。

 変わりたいっていう強い意志で踏み出した、他人にとっては小さく見えても、本人にとってはとっても偉大な第一歩。

 

 ——絶対に汚してはいけないような美しい勇気だって、私はそう思った。

 

「じゃあ決まりだね。話は今からオレが通しておくよ」

「オッケー! 誘ってくれてありがとね、彰人」

「どういたしまして。同じイベントに出るのは初めてだし、楽しみだな」

「え、ええっと……ありがとうございます。よ、よろしくお願いします……!」

「あはは、うん。小豆沢さんも勿論よろしくね——それじゃ、オレ達は話を通してくるから、これで。日野森さんも、また」

「…………ああ、俺も邪魔した。日野森、また学校で会ったら是非話そう」

「……はい、ではまた。今度会ったら是非ゆっくり話をしましょう」

 

 そう言って私は、店を後にする青柳さんの言葉にだけハッキリ返事を返しつつ、ペテン師の男の背中を見送った。

 ……よし、行ったね。

 ちょっと卑怯かもしれないけど……こっそり後をつけて、あのペテン師が何を考えてるのか突き止めてやる。いや、もう直接問い詰めてやってもいい。

 それでもし、何か悪意のある裏があるようだったら……私がやめさせてやる。

 

「よーし! イベントに出ることになった訳だし、まずは急いで歌う曲決めよっか!」

「……うん、そうだね!」

「そうだ! よかったら折角だしさ、志歩も私達の初デビューのイベント観に来てよ! 絶対ソンさせないから!」

 

 そんな明るい笑顔で誘う杏に、私は当然とばかりに笑顔を返してあげた。

 

「——まぁ、ここまで話聞いちゃったら、応援しにいかない訳ないからね——うん、来月のバイトのシフト見てからの返事になると思うけど、観に行けたら絶対行くよ」

「ほんと!? やった! じゃあこはね、沢山練習して志歩もびっくりさせてやろ!」

「わかった……私、杏ちゃんと一緒に、すごく頑張るから……見ててね志歩ちゃん?」

「……うん、本当に頑張ってね、こはね。私、あなたの事応援してるから」

 

 前向きな意思表示を私に向かってするこはねに対し、私はエールを送りながらそっと今日のコーヒー代をカウンターに置いて、帰る意志表示を杏に示す。

 私がこれから、さっきの二人を追いかけに行くつもりだと悟られないようにするために。

 

「じゃあ、今日のお代はここに置いておくから、私はこれで。二人はこれから私抜きでしたい話も色々あるだろうし」

「へへーん、まぁそうかな! 私達がどんな歌を歌うかは、当日の楽しみにしてて!」

「うん、じゃあ二人とも頑張ってね——それじゃ」

 

 私はそう言って、明るく話し合いを始めた杏とこはねを横目に見ながら店を出る。

 そして青柳さん達の気配を探る私は、幸運にも近くから二人の声が聞こえてくるのを耳で捉えた。小さな声だけど、『白石』って言葉が聞こえて、二人が丁度私が聞きたい杏とこはねの話をしている事はすぐに分かった。

 コソコソと近づき、薄暗い路地裏の影に隠れて、私はその話し声に耳を澄ませる。

 ——すると、東雲って男はさっきの気持ち悪い優男風の声色を完全に投げ捨て、明らかにこっちのほうが“本性”だと察せるような荒々しい男性っぽい話し口調で、こんな事を喋っていた。

 

「……あんなヘラヘラした、半端な素人と一緒にやって、あの夜を超えられる訳ねぇだろうが……」

「彰人……」

「だから——目の前で教えてやる。『お前らじゃムリだ』ってな。今度のイベント、オレ達の歌で、圧倒してやる」

「待て……、あいつらが半端な気持ちでやっていると決めつけるのは、まだ早いんじゃないか?」

「じゃあお前は、あのチビが本気に見えたのかよ? 『音楽の授業ぐらいでしか』レベルのヤツだぞ? そんなぬるいヤツには『RAD WEEKEND』を口にする資格すらねぇ。だってよ……あの夜を超えるって事は——半端な覚悟で、言っていい事じゃない。だからあいつらは——オレ達の歌で()()()()

 

 

 そんな話を聞いて私は——彼の事をペテン師扱いまでしてしまった自分を、恥じた。

 

 理解できてしまった。

 何も知らない素人が、自分の大事な領域に踏み込んできて好き勝手されるのが気に入らないっていう気持ちは——すごく、共感できてしまった。

 その言葉を吐くに至って、彼が今までどれだけ情熱をもって目標に突き進んできたのか、彼がしてきたであろうその努力も、苦労も、悩みや葛藤も、その全てを伺い知れて——深く共感出来てしまうものだった。

 そして、そんな相手をあくまで自分の実力で黙らせてやるって気持ちも、すごく好感が持ててしまった。

 

 なんだ……東雲さん、あの外見だけ良い噓っぱちの外面の笑顔の奥に、そんな熱い信念持ってるんだったら早く言ってよ。

 正直私、嫌いじゃないよ、今のあなたの事。

 そんな性格してるって分かったら私は、貴方の事を誤解したりなんてしなかった。

 今のあなたとだったら私は、仲良く出来そうだって本気で思う。

 

 ——だけどね。

 

 こはねが実戦経験のない素人だからといって、最初から実力も見ずに本気じゃないって決めつけて、あまつさえそんな不意打ちみたいな形でいきなり襲い掛かるだなんてやり方は——絶対に認めない。

 私はそう決意し、物陰から姿を出して堂々と言ってやる。

 

 

 

「話は聞かせてもらいましたよ、東雲さん。そんな卑怯なやり方は、私が絶対に認めませんから」

 

「なっ……!? お、お前はっ……!」

 

「……!? まさか、俺達の話を聞いていたのか、日野森……!?」

 

 

 突然の私の登場に、驚愕する二人。

 だけど東雲さんが冷静に戻るのは早く、まるで開き直ったような態度で軽く舌打ちすらしながら言う。

 

「チッ——なんだよお前、文句あんのか?」

「……やっぱり、今の貴方の態度の方が本性だと思ってよさそうですね。一つ今後の為に言わせてください、今後は二度と私に、あんな気持ち悪い優男みたいな態度はしないで欲しいです。ハッキリ言って、吐き気がしましたので」

「——なっ!? お、お前……まさか、急にオレの扱いがぞんざいになったのは、それが理由だってのかよ……! ほっとけよ、処世術だろあれぐらい! というか、お前も今の態度は改めてもいんじゃねぇのか? 人間関係で苦労するだろそれは……!」

「別に、変に偽った自分の事を好かれるより、最初から素の自分で嫌われる方が性に合ってるので私。というか……逆に聞きたいんですけど、嫌いな相手にもヘラヘラ笑って仲良くするのって、楽しいですかそんな人生?」

 

 私が腕を組みながらそう言ってやると、東雲さんは握りこぶしを作ってブルブルと腕を震わせた。

 

「——て、テメェ……知らなかったぜ、結構良い性格してるじゃねぇか……! お前も猫被ってやがったな? 学校でお前の外見を見て純粋に『姫』って呼んで、神聖視してる野郎共が今のお前を知ったら泣くぜ?」

「別に、泣くなら泣かせていいんじゃないです? 私、特定の人以外にモテても微塵も一切も興味がないので。というか、私困ってるんですよね。変に高嶺の花扱いされても、迷惑しかないので。そこら辺、言いふらしても構わないので東雲さんが誤解解いてくれません?」

「ほぉぉ……! しかも人使いまで荒いときやがるか……テメェ、姫は姫でもマリーアントワネット系じゃねぇか……!」

「ま……待て日野森、彰人……! 喧嘩はよすんだ……!」

 

 慌てたように私と東雲さんを制する青柳さんに、私はこれ以上無駄話は要らないかと思い直し、気を取り直して言う。

 

「話を戻します。東雲さん——二人の覚悟を問いたいという意図があるのなら、今から杏とこはねが居る店内に戻って、正々堂々と挑戦状を叩きつけてきてください」

「なっ……!? ど、どうしてそうする必要があるんだよ!?」

「なら聞きますが、そんな不意打ちのような形で勝っても、貴方は一体何を二人に教えられるんですか? 戦う準備の出来ていない相手に、予告なしに攻撃を行う——それは立派な暴力です。そんな暴力で、よく『オレが教えてやる』だなんて言葉を吐けましたね? 矛盾してるんですよ、貴方のやろうとしてる事は」

「——っ! うるせぇ! イベントに出るって事は、もうその時点で覚悟を決めて出るって事なんだよ! どんな事があっても、自分の尽くせるベストを尽くして歌うっていう、そんな本気の覚悟をな! それがこの街の——『ビビットストリート』の流儀だ! それが不意打ち程度で出来ないっていうなら、それはもう覚悟が決まってねぇって事だろうが!」

 

 そんな屁理屈をこねてまで不意打ちに(こだわ)る東雲さんに、私は乾いた笑みを一つして、言ってやる。

 

「ははっ……成る程、つまり素人相手に不意打ちでしか勝てないと、そう白状してるとみなしても構いませんか?」

「————あ"っ?」

「そしてそれが、この街『ビビットストリート』の流儀とまで吐きますか……もし、それが本気でこの街の流儀というのなら、この街の民度も底が知れますね。東雲さん、私は純粋に聞きたいんですけど、そんな街が誇る『伝説の夜』は——本当に超える価値があるような、素晴らしいモノなんですか? 私は今のところ、下らないモノ(・・・・・・)にしか感じられませんね」

 

 そう私が言った瞬間——ブチッと、目の前に立つ東雲さんの脳の血管が切れたような音が聞こえたような気がした。

 東雲さんはゴキゴキと拳を鳴らし、今にも私に殴りかかってきそうな程に険しい目で私を睨みつけてくる。

 

「テメェ……! 冬弥の友達だと思って、まだオレが優しくしてる方なのが分からねぇのかよ……!? 今のセリフ、もう一回言ってみろ……!?」

「待て、彰人! 落ちつけ! 手を出すのはよせ! 日野森も……! どうしてお前は、そこまで喧嘩を売るような態度を取る!? 二人とも、頼むから落ち着いてくれ……!」

 

 そんな慌てた様子で制止に入る青柳さんの言葉を——私は待っていた。

 

「そうだよ、青柳さん。私はここに喧嘩を売りに来た」

「「————は?」」

 

 そんな私の言葉を予想もしていなかったのか、二人は口を大きく開けて唖然とする。

 そう、元から私は分かっていた。東雲さんはきっと、私と同じように自分の中に譲れない絶対的なラインがある人間。

 そんな人間が——私が、他人から言われた言葉だけで、ハイそうですかと従う人間であるはずがない。

 そんな人間だったら、私は中学二年生の頃、司さんに酷く噛みつきもしなかった。

 だったら、とる手段はただ一つ。

 私は東雲さんに向かって真っすぐ指を差し、挑戦状を叩きつける。

 

 

 

「東雲さん、私と歌で勝負しましょう。もし貴方が負ければ、素直に私の言った通りにしてください」

 

「な……なんだと……!?」

 

 

 

 私の言葉にさらに驚愕する東雲さんの声が、ビビットストリートの裏路地に響いたのだった。

 

 

 

 






次回『35話 日野森志歩 VS 東雲彰人』


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