神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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36話 弟くん、かわいそ~

 

 

 次の日、私が登校して教室へと向かう廊下を歩いていると、杏の元気な声が私を呼び止めた。

 

「おっはよー! 志歩! 体調は大丈夫?」

 

 そんな杏に、私は一晩寝てもまだ少し疲れが残ってしまった気だるげな身体に何とか気合いを入れながら顔を上げる。

 

「あ……杏、うん。なんとか元気だよ」

「なんとかって……やっぱりまだ、ちょっと調子悪い感じ?」

「えっと……ちょっと、ね?」

 

 どうしてと問われると、昨日の東雲さんとの勝負の件に繋がってしまうから私は話題を避けた。

 けど、杏は『あー、うーん』となにやら悩んだような声を上げた後で、私に対してどこか躊躇うように言う。

 

「あの……さ、志歩がそんなに疲れてるのってもしかして……彰人と昨日、歌の勝負したからだったり……する?」

「——っ!?」

 

 嘘!? なんでバレてるの?

 そんな私の反応は分かりやすかったみたいで、杏は小さくため息を吐いた。

 

「あぁ……そっか、そんな気がしたんだよねぇ。昨日の彰人は唐突すぎたもん……」

「あ、えっと……ど、どうしてその事を知ってるの?」

「いや……実はさ私、夜も父さんのバーの手伝いしてたんだよね。そしたらさ、お客さん達が噂してたんだよ」

「噂って……?」

 

 嫌な予感がしながらも尋ねると、杏の口から飛び出た噂の内容はとんでもない内容だった。

 

「今ノリに乗ってる彰人相手に威勢よく喧嘩を売って、しかも物凄い歌唱力で良い勝負してその場をひっかきまわした挙句、あの“オーナー”を引っ張り出して勝負をなかった事にさせるまでの大事にさせたっていう——謎の銀髪美少女の噂だよ」

「えっ……!?」

「それもね、もう昨日の飲みの席でお客さん達もその話で持ち切りだったんだよ? この街にスゲー奴が流れてきたって感じでさ、しかも話によると、あの“オーナー”に実力を認められた程の実力者だったって噂になっててさ……」

「え、ええっ……!?」

 

 嘘……なんだか、話が盛られてとんでもない噂になってる!?

 っていうかもしかして……その“オーナー”って、昨日意味深な事を言ってたお婆さんの事だったりする? あの人やっぱり、凄い人だったんた。でもそんな人に認められるほどって、そこまで話が盛られてるのは納得いかないんだけど……!?

そう思って目を丸くする私に、杏は確認するように言う。

 

「えっと……それで確認するけど、やっぱり噂の子は志歩って事でいいんだよね? 志歩が昨日、彰人が企んでた事に気付いた志歩が私達に黙って追いかけに行って、それで喧嘩売ったんでしょ? それで歌の勝負になって——志歩は“アレ”を使ったんでしょ? それだったらあんなヘトヘトになってたのも納得だし、そうなんじゃない?」

 

 ……駄目だ、全部察されてる。

 そんな察しの良い杏に降参する気持ちで、私はゆっくり首を縦に振った。

 

「……う、うん。そうだよ、勝手な事して……あと、昨日は迷惑かけてゴメン杏」

「そっか、やっぱりそうだったんだ……」

 

 杏はそう言うと、突然ニヤリと楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「へぇぇぇ~~~! それにしてもまさか志歩が、歌だけでもそこまですごいなんて! もともとサブボーカルはしてるって聞いてたけどさ。ねぇねぇ、また歌ってみよ? っていうか、なんならいっそ私とも勝負してみてよ! あの彰人と実質引き分けた実力聞いてみたいし!」

 

 うわっ、杏の興味に火をつけちゃったみたい。どうしよう、全力で歌うのは昨日で結構懲りたんだけどな、無理しすぎちゃったし。

 それに私はやっぱり、みんなをサポートするベーシストが性に合ってるし、今後もその立場でいたい。

 

「えっと……昨日で分かったんだけど、私は“アレ”を歌で使うとベースとは違ってすぐに体力なくなっちゃうみたいだし……ちょっとしばらくは遠慮したいかな」

「え~、そうなの? 興味あったのにな~。まぁいいや、それなら無理のないときに是非お願いね!」

 

杏はそう言って笑った後、本題はこれからだと言わんばかりに私に対して責めるような目になって言う。

 

「でもさ……それにしても志歩ぉ……! 無茶できるからっていっても一人で勝手な事しないでよ~! 彰人に文句言ったり喧嘩売るつもりだったなら、私をまきこみなよ! ほんと、志歩って友達の事になると後先考えなくなるよね! それで結局倒れてたんじゃ世話ないじゃん!」

「うっ……ご、ごめん、杏」

 

 私はごもっともな杏のご立腹に、素直に謝る事にした。

 すると思った以上にあっさりとお許しの言葉は出る。

 

「まぁ……もう済んだことだし、反省したならよし! それに……こはねの大事な初舞台を台無しにされるかもだったし、それを怒ってくれたんなら……お礼も言いたいしさ。ありがとね、志歩」

「杏……ううん、いや、こっちこそ本当にごめん。次からはこんな無茶は……出来る限りしないように心がけるから」

「え……? いやいや……志歩のそれが心がけて治るものだったら、もうとっくの昔に治ってそうじゃない?」

「うっ……そ、そうかも……で、でも気を付けようとする事は出来るから……」

「はいはい、じゃあこれでとにかくお説教は終わり! もう行こ?」

 

 そう言って杏に誘われて一緒に廊下を歩いていると、階段を上がった踊り場あたりで、どこか妙に疲れた表情をした瑞希を発見した。

 

「おはよう瑞希」

「あ、志歩……杏、二人ともおはよ~」

「おっはよー瑞希! ってあれ? なんだか疲れてるみたいじゃん、どうしたの? 確か昨日ってネットの友達とオフ会しに行ったんでしょ、もしかして……何かあった?」

 

 心配する杏に瑞希は慌てて首を横に振ってニコリと微笑む。

 

「う、ううん、ぜんぜんなんでもないよ、もうすっごく楽しかった! だから今疲れてるのは、はしゃぎ疲れた反動みたいなのが来てるだけだから心配しないで」

「へ~、ほんと? 瑞希って平気じゃないのに誤魔化すクセがあるから、信じていいのか不安だな~?」

「……瑞希? 大丈夫だよね?」

「——ちょっ、いやいや、二人共心配しすぎ! それに……もし本気で困ってたらさ、二人には真っ先に相談するから、ね?」

「むむむっ……よしっ、じゃあそれなら分かった。今言った事忘れないでよね?」

「うん、私もしっかり記憶したから、ちゃんと約束は守ってね?」

「……ちょっともう、二人共ボクに対して過保護すぎだって……困るよ」

 

 そう言いながら困ったように頬を掻く瑞希だったけど、その口元は少し緩んでいて、私達にとても心配されて満更でもなさそうな様子が見て感じられた。

 こういう所を見ていると、最初会った頃はあれだけひねくれ者だった瑞希が、徐々に素直になっていってくれてるみたいで、なんだか嬉しくなってしまうのが彼の友人としての私の感想だ。

 そんな瑞希を微笑ましく思っている時だった、私に対し後ろからやってきた唐突な人物が声をかけてくる。

 

「おっす、日野森。昨日あれから体調は大丈夫だったかよ?」

「おはよう、日野森。無理はしていないか?」

「——っ!? しっ、東雲さんと……青柳さん!?」

 

 ギョッと目を見開いて振り返ると、なんとそこには平然とした顔で片手を軽く上げて挨拶をしてくる東雲さんと、その後ろで私の事を心配そうに見ている青柳さんがいた。

 現れたその二人に、昨日喧嘩を売られたばかりの杏は当然ムッとした顔になる。

 

「ちょっと彰人、私の目の前で何の断りもなしに志歩に話しかけるのやめてくれる? 今の私とアンタの関係わかってんの?」

「——うるせぇな、細かい事はいいだろ。勝負に関する所以外では恨みっこナシみたいな事昨日言ってたクセによ」

「まぁ……確かにそう言ったけど、でもそれにしても遠慮なさ過ぎじゃない!? 友達みたいなノリで関わってこようとしないでよ! 今のアンタは私にとって敵なの! てーき! エネミー! 分かる!?」

「はいはい、うるせぇうるせぇ。オレが用があんのは日野森(コイツ)だけだ、そもお前は関係ねぇだろ」

「ありますぅ~! 私と志歩は超仲いいも~ん! そんな志歩をアンタみたいな得体のしれない男の好きにさせる訳ないじゃん! 全力で首突っ込んでやるもーん!」

 

 私を守るようにして啖呵を切る杏に、東雲さんはゲンナリした顔になった。

 

「うぉ……ウゼェ……」

「彰人、だから俺は今話しかけるのはやめておこうと言ったんだ。こうなる事は目に見えていただろう?」

「いや、だけどよ。一応こっちだって日野森に早めに言っておきたい用件が——」

 

 用件? ……何の話かは知らないけど、杏が良い気分にならなさそうだし今は遠慮してもらおうかな。それに今は予鈴の5分前、長話をしている余裕はない。

 だから私は軽くため息を吐いて言う。

 

「はぁ……東雲さん、何の用かは知りませんが遠慮してもらっていいですか? 私達これから教室に向かう所なので」

「いや心配すんな、大丈夫だ。時間は取らせねぇしお前だけで良いから、ちょっとこっち来い」

 

 けど、しつこい東雲さんは諦める様子はないようだった。

うーん……困ったな、ちょっと面倒だけどこうなったら諦めて話を聞いた方がいっそ早く解放されるかも。

ここは杏と瑞希には悪いけど先に行ってもらって——と、私が諦めて東雲さんの話を聞こうと口を開きかけた時だった。

 

 今までキョトンとした顔で私達の会話の成り行きを静観していた瑞希が、チョンチョンと東雲さんの肩をつつく。

 

「えっとぉ……君の名前って、東雲彰人……っていうんだよね?」

「……あ? そうだけど、お前は誰だよ?」

 

 その肯定の言葉に、瑞希はニンマリと怪しい笑みを浮かべた。

 

「ボクは1年A組の暁山瑞希! それに付け加えるなら……今君が鬱陶しく絡んでるそこの志歩って子と、君が敵(・・・)だって言った杏って子の親友で、あとは——東雲絵名(えな)って言う名前の子と、それなりに深い仲の人間だよ?」

「なっ……!? ど、どうしてオレの姉貴の名前を……!? お前いったい、絵名とどういう関係だよ……!?」

 

 私が知らない名前を瑞希が話題に出すと、途端に東雲さんは動揺し、それを見た瑞希はさらにその怪しい笑みを深める。

 

「あ、やっぱりそうだったんだね! キミが絵名の“弟くん”なんだ~! しかもこの階で出くわすって事は、ボクと同い年なんだよね? も~! そうなんだったら教えてくれたらよかったのに絵名~!」

「おい、どういうつもりだお前……!?」

「君の事は絵名から、色々(・・)聞いてるよ? 今はこうして強引で強気なオレ様系のキャラしてるけど——家に帰ったらお姉さんにはまっっったく頭が上がらなくて、夜中にも平気でコンビニまでチーズケーキをパシらせられてるんでしょ?」

「お前……!? どうしてそんな事を知って……まさか、絵名のヤツが!?」

「うんっ♡ それにね、ボクはもっと君の事は知ってるよ……弟くん(・・・)? キミの苦手なモノとか、嫌いな教科とか、挙句の果てには幼稚園の頃の初恋の人の相手まで——」

「——チッ! 絵名の野郎……アイツ、マジで覚えてろ……! おい、行くぞ冬弥!」

 

 そう捨て台詞を吐くと、クルリと東雲さんはその場から退散していってしまう。

 

「お……おい、急にどこに行くんだ彰人!? あぁ……その……急に彰人が迷惑をかけてすまなかった、また時を改めて謝罪をさせてもらう」

「ううん、いいよ~! 弟くんには、また今度会ったら改めてよろしく(・・・・・・・)って言っておいてね~?」

 

 そう言って瑞希は東雲さんの後を追いかける青柳さんをヒラヒラと手を振って見送り、やがてフゥと一仕事終えた後のようなため息を吐き捨てた後で、私達の方にパチンとウィンクを送ってきた。

 

「——ふぅ、しつこいナンパ男の撃退完了っと。このボクの目の前で二人に手を出せると思わないでよね~? 志歩、杏、大丈夫だった?」

 

 わぁ……なんだか、ちょっとだけ東雲さんには悪い気持ちもあるけど……ナイス瑞希、カッコイイ。助かったよ、ありがとう。

 そう思う私の気持ちを真っ先に伝えるかのように、杏は親指をサムズアップした。

 

「ナイス瑞希! 今最高に私達の騎士(ナイト)してたよ! ありがとう!」

「うん、助かっちゃったよ。ありがとう……もしかして、さっきの出した名前って瑞希の友達の人?」

「へへーん、まぁね、偶然のお陰で追っ払う台詞考えるのが楽勝だったよ。でもところでさ、アイツ(・・・)って一体何? 杏が怒ってたから思わずボクも結構攻撃しちゃったんだけど」

 

 “アイツ”——そう言って東雲さんのフルネームを覚える気の無さそうな瑞希の表現に、瑞希の中で早々に彼は例の群衆(モブ)扱いの枠組みに入ってしまったんだろうと察せてしまう。

 瑞希のこういう所を見る度に、瑞希はとっても優しいんだけどそれは、司先輩のように誰にでも優しい訳じゃなくて、『自分が優しくしたいと思える人』にだけ優しい人なんだと思ってしまう。にこやかな笑顔の裏で厳格にラインをキッチリ引いてるタイプだ。

 でも私は、彼のそういう所も嫌いじゃない。

 

「まぁ杏の事で昨日色々ちょっとね……その話は長くなるから、また後でいい?」

「うんうん……! 昨日瑞希もウチに来てくれてたら話は早かったんだろうけどねぇ……まぁとにかく、今アイツは私の敵ってわけ! だからガンガン行っちゃって問題なし! もし次来た時も同じ感じでよろしく!」

「へぇ……そうなんだ。話は長くなるんだったら今はいいや、とにかく嫌なヤツって分かったらそれで充分(・・)だし」

「いや……瑞希、あの人は——」

 

 私がそう言いかけると予鈴が鳴り、杏は私達を急かす。

 

「おっと、意外と時間余裕なかったか……行こ行こ!」

「えっ……ちょっと杏、廊下はあんまり走らない方がいいよ!」

 

 そう言って走って行く杏を足早に追いかける瑞希の背中を見て、私は説明を諦めて軽くため息を吐く。

 

「はぁ……仕方ないか、東雲さんいったい何の用だったんだろ? ま……あの様子だったら次の休み時間には尋ねて来そうだし、その時にまた聞こうかな」

 

 そう呟き、私も二人を追って教室へと向かう。

 ——けど、予想を反してその後、東雲さんは次の時間の休み時間はおろか、昼休みの休憩時間になった今も、私の所を訪れる気配はなかった。

 どうしたんだろ東雲さん、用事あるみたいな感じだったけどいいのかな?

 まぁ……別に私が気にする事でもないんだけど、やっぱりなんでもないなら別にそれでいいし。

 

 と、そんな事を考えながら私はお弁当をカバンから取り出し、瑞希が何時ものようにニコニコ笑顔でコンビニで買って来た菓子パンを私の席に持ってきて一緒にお昼を食べようとしてくるのを少し待った。

けど、彼はいつの間にか教室から消えていて、トイレかなと思って少し待っていても、何時まで経っても私の席に来る気配は微塵もなかった。

 

 

「……あれ? ……瑞希?」

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 ——と、そんな風に今頃、いつもみたいに来ないボクの事を心配してるんだろうなって、教室に残してきた志歩に対して申し訳なく思ってしまう。

 だけど一応彼女がボクの事を心配しないために、MINEのメッセで今日はボクに用事があるからお昼は別でって連絡はもう送信済み。

 そうやって後顧の憂いを廃しボクは、もはや学校に来る理由の内の四割を占めている志歩との時間を犠牲にしてまでも、目下の重要用件を目の前にして、手を抜くわけには一切いかなかった。

 ボクは両手を組んで不機嫌そうなオーラをこれでもかと程に滲ませまくり、また性懲りもなくまた志歩のところにやってこようとした目の前の不届き者に対し、激しく威圧する。

 

「——で? 性懲りもなく何度も志歩に付きまとおうとして、君はいったいなんなのかな、弟くん?」

「くっ、何度も何度も邪魔してきやがって……! いい加減にしろよお前……!」

 

 絵名の弟くんはそう言うと、苛立ちが募った目つきでボクを睨んでくる。

 まぁ、一限が終わった休み時間の度にボクのクラスにやってきて、志歩に話しかけようとする前に、志歩や一緒に居る杏の視界に入る事すらできずにボクに追っ払われ続けていると、当然の反応かもしれない。けど、ボクにだって譲れない意志がある。

 この身に受けた大きな恩に懸けて、志歩と杏の二人を絶対に守ると決めたこの覚悟が。

 ボクが傍に居る限り、あの二人を害そうとする数多の悪意を跳ねのけてやると決めたこの意志が。

 そんな志で、ボクは弟くんの目鼻に向かって人差し指をビシッと指差し、宣言する。

 

「いい加減にするのはキミの方だよ! 言わなくても分かってるんだからね、キミが志歩に何かよからぬことを考えて近づこうとしてる事はぐらいはね!」

「は? いや、ちょっと話聞けって。別にオレはそんな事を考えようとしてるんじゃなくてだな……そもそも、あの二人から昨日の事は聞いたのか?」

「いや、聞いてないよ……でもね、杏が君の事を“敵”って言ってた。ボクが君を二人に近づけないようにするのに、これ以上の理由って要らないと思うんだよね?」

「お、お前……それだけが理由って、どんだけ過保護なんだよ……」

 

 イライラしてそうな顔をしながらそう吐き捨てる彼に、ボクは両腕を組んでフンッと鼻を鳴らしながら言ってやる。

 

「過保護でいいもん! ボクは決めてるんだよ! とぉぉっても大事なあの二人には、いつも明るく笑っててて欲しい! だから何があってもボクが絶対に守るんだって!」

「なっ……」

 

 ボクの言葉に弟くんは、口をポカンと開いて絶句している様子だった。

 だけど、その数秒後に少し冷静になった彼は、ボクの表情を見て思案するように顎に手を当て、やがてニヤリと笑って言う。

 その彼の笑みにはどこか、この状況への突破口を見出したような意地の悪さがあった。

 

「暁山………お前まさか、あの二人のどっちかに——惚れてんのか?」

 

 ——なっ!? う、嘘っ? ボ、ボクって見た目はどこからどう見てもカワイイ女の子だよ? どうしてその方面の発想になったの? どうしてボクの気持ちがバレ——い、いやっ! 冷静になれ、ここで感情を表に出したら弟くんの思うつぼだ、絶対にバレる訳にはいかない。

折角ボクの方が絵名の存在をチラつかせて、絵名から実際は聞いてもない彼の弱みをさも知っている風に装って優位に立ってるのに、こんな所でボクが志歩の事を好きだっていう弱みを掴まれるなんて事は、あってはならない! 絶対に誤魔化さなきゃ……!

 

「いや、何でそういう話になるのさ。志歩の事は確かに大事な存在って言ったけど、それはあくまでもただの友達として、だよ。ヘンな事を邪推しないで」

 

 よし完璧。ベタなアニメのキャラみたいに分かりやすい焦り顔なんて晒さなかったぞ、これならバレっこな——

 

「へぇ……オレは二人の内の“どっちか”って聞いたのに、お前はどうして日野森の事だけ答えてるんだよ? まるで日野森の方しか意識してねぇみたいだなぁ……?」

「——っっ!!??」

 

 やらかしたっ……!!

 ニヤァと笑みを深めた弟くんを前に、ボクは志歩の事で頭がいっぱい過ぎた所為で杏の事を一瞬でも意識から切り離してしまった己の不覚を悟った。

 ヤバイ、しかも今すごく分かりやすく動揺しちゃった……こ、こんなの、もう、バレバレじゃん……!

 そんなボクに、弟くんは勝ち誇ったような態度で笑う。

 

「ハハッ、なんだよ……一筋縄じゃいかねぇヤツかと思ったら、意外と突ける隙があるじゃねぇかよ。そうかそうか……クラスのヤツらからお前の事を色々聞いて、もしかしたらと思ったらやっぱりそうなんじゃねぇか。しかも日野森の方か……ま、白石のヤツを選ぶよりはいい趣味してるなって言っといてやるよ」

「……ど、どうして、ボクの事を、知って……?」

「どうしてって……お前、自分の名前がこの学年で特に有名だって事を自覚してねぇのか? そんな目立つ格好(・・・・・・・・)してるんだぜ? オレの同クラスのヤツにお前の名前出したら、色々知れるのは当然だろうが——お前、有名人な自覚、持った方が良いぜ?」

「……っ、ボ、ボクが男だけどこんな格好してるのは可笑しいって……お前も(・・・)何か文句言うつもり?」

 

 あまりに悔しくてつい、そう吐き捨ててしまうと、弟くんは呆れたようにため息を吐いた。

 

「はぁ……なんで今、お前の話をしないといけねぇんだよ。重要なのはお前がこれからオレの邪魔をしない事だろ、話逸らすなよ。そもそも——赤の他人のお前がどんな格好して学校に来てようが、オレは一切関係ねぇし興味もねぇから。分かったか?」

 

 …………くそう、複雑だ。

ここでボクの事を『気持ち悪い』って言ってくれたら、ボクはこれから弟くんの事を完全に“敵”として嫌う事ができるのに……そうやって傍観者としてのベストの対応しないでよ。

 そういう理解のある立ち位置で居られるの困るなぁ……意外といいヤツなのかもって、勘違いしそうになるじゃん。

 もうこうなったらごまかしようないし、その方が話も早いだろうし、きれいさっぱり認めちゃおう。

 

「……わかったよ。はいはいそうですよ、ボクは志歩のことが好きですよ~だ。だから君みたいな信用できないやつを志歩に近づけたくないの、わかってくれる?」

「お、話がわかりやすくなったな。それでいいんだよ——で、お前はオレが日野森に変なちょっかいをかけないか余計な心配してるってわけなんだろ? 要するによ」

 

 ニヤニヤと、まるでこっちをからかうように言葉を紡ぐ弟くんに、ボクはついムッとしてしまいながら言葉を返す。

 

「余計な心配って何なのさ。——っていうか、どうせそうなんでしょ? 君も志歩の可愛さにやられてちょっかいかけようとしてる輩のうちの一人なんでしょ?」

 

 睨むボクに弟くんは、ひらひらと手を振りながら否定してくる。

 

「違う違う、お前が心配してるみたいな色恋沙汰の話じゃねぇから安心しろ、オレはあくまでも——日野森(アイツ)の人間性に興味があるんだよ」

「それって何がちがうのさ!」

 

 まったくわかってない弟くんの返しに思わず声を荒げてしまうと、弟くんは困ったように頭を掻いて言う。

 

「——ん? あぁ、ちょっと言い方ミスったか。つまりオレはな、アイツの——」

 

 だけど弟くんの言葉は最後まで紡がれることはなく中断される。

 それは、突然バタン!と扉が開き、屋上へと走りこんできてボクと弟くんの間に割り込む新たな人物が発す大声によるものだった。

 

「こらぁ彰人ぉ!! いくら朝の件で腹立ったからって瑞希にインネンつけるのやめなよ! かっこ悪いよ!」

「——えっ、あ、杏!?」

「——は? 白石お前、どうしてここに?」

 

 あまりに突然の杏の乱入に、ボクも弟くんも思わずそう言ってしまうと、杏は憤慨した様子で言葉を続ける。

 

「とぼけようったってそうはいかないよ! 一緒にお昼食べてた子が、屋上に瑞希のことを連行する彰人の姿を見かけたって言ってるんだから! だからこうしてソッコー助けに来たの!」

 

 あぁ……なるほどね、確かにそう聞いたら心配になるかもね。

 でも実際は、ボクが弟くんを連行してる立場なんだけどなぁ……ま、ボクってカワイイし、被害者側に見えてもしょうがないけどね? ま、さすがに弟くんも無実の罪をかぶせられるのはかわいそうだし、そこは訂正しようかな。

 

「杏、逆だから心配しないで? ボクが話があって弟くんを連れてきたんだよ」

「ああ、そうだよ。どっちかっていうと被害者なのはオレの方だ——ま、オレも話があったんだから丁度良かったんだけどよ」

 

 そんなボクたちの様子に、杏はポカンと気を抜かれたように口を開ける。

 

「——へっ? 喧嘩とかじゃ、ないの? 私てっきり朝の件を根に持った彰人が瑞希に仕返ししよとしてるんだと思ったんだけど」

「オレはそんな単細胞じゃねぇよ、なんだと思ってんだよ」

「えっと、じゃあそれなら瑞希は彰人に何の話があったの?」

「……あぁ、えっと……」

 

 まずい、本人を前にしてさすがに君たちを守りたいからって、そんな恥ずかしいこといえるわけない。ここは適当に理由をごまかして、心配してくれた杏には悪いけど一旦お帰りいただいて——

 

「あぁ、それがな……暁山はどうやらオレのことがお前らのことを口説こうとしてる厄介なナンパ野郎に見えたらしくて、今後二度とお前らに近づくなって言われてるんだよ。つまり——『大切な俺の女に手を出すな』って感じだな」

「——ちょっ!? 弟くん!!??」

 

 最悪だ、ごまかす前に全部言われた……! というか、意味は大体あってるけどその言い回しは最悪だよ! 別に二人のことをボクのものって思ったこともないし!

 ボクは弟くんの顔をにらむけど、その表情にはまたニヤニヤとしたからかいの笑みがあった。

 クソ、こいつ確信犯だ……! 今までの鬱憤をボクをおもちゃにして晴らす気だな、最低最悪すぎる……!

 すると、そんな改悪されたボクの行動理由を知った杏は、何故かその顔を真っ赤にして口をぽかんと開いた。

 

「……ふぇっ? 瑞希が……私のこと、自分の女って……?」

 

 やばい、杏がものすごくとんでもない勘違いしてるぅ……! 訂正しなきゃ!

 

「——違う! 違うから杏! 大切な友達って思ってるのは否定しないけど、そんな言い回しなんてしてないから!」

「えっと、じゃあつまり……彰人が勝手に言ってるだけ?」

「もちろんそうだよ! 杏はもっと冷静になって!」

 

 ボクがそうやって落ち着けようと言葉をかけると、また何故か杏は少しがっかりしたような表情で顔を俯かせた。

 

「……あ~、うん。そ、そうだよね~、ごめんごめん。瑞希がそんなこと言うわけないもんね~、私……ヘンな勘違いしちゃった」

「そうそう、わかってくれたら良い——って、杏どうしたの? なんだか急に暗くなった感じするけど」

「う、ううん! なんでもない! ってかそれより彰人は急になにヘンなことを言ってるの! もうホント許さないよ!」

 

 まるで逆ギレするように、顔を真っ赤にしたまた弟くんにむかって指をピッとさす杏。

 なんだか急に様子が変だな……どうしたんだろう杏?

 

 ——すると、そんな杏を見て弟くんは少し思案し、そのあとボクの方に再度目線を戻した後でハッと何かに気が付いた表情で、まるで『うげっ』と見たくもないモノを見てしまったかのような、もしくは今の杏の中にある気持ちで、ボクですら気づけないことに気づいてしまったような表情になった

 

「……白石お前……マジかよ(・・・・)……冗談のつもりだったのに」

「——なっ、ななな、何わけわかんないこと言ってんの彰人!? 聞かなくても分かるけど、その推理絶対間違ってるから! ヘンなこと言って混乱させようとしないで!」

「あ……あの、いったい何の話してるの?」

「なんでもない! 瑞希には関係ない話だから気にしないで! あっ……そういえば瑞希にはまだ彰人と私に昨日できた因縁の話、まだできてなかったよね! 今からざっと説明するから聞いて!」

「えっ、どうして急にそんな話題をそらすみたいに……? もしかして、何かボクに知られたらマズイことでもある?」

「~~っ!!」

「ハァ……ごまかし方へったくそだな……おい暁山、白石の肩持つわけじゃねぇけどよ、今は細かいこと気にしねぇで話聞いてやれよ」

「えぇ……?」

「……っ、ありがとう彰人。悔しいけど……ここは一つ借りにしとくから!」

 

 弟くんの言葉にボクは困惑しながらも、杏がなぜか急に真っ赤になって早口で昨日のことを喋る杏の話の聞き役に回ったのだった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

「……なるほどね、つまり杏と弟くんはそういう経緯で来月の頭に勝負することになったんだね。だから敵って言ったんだ」

 

 それから少しして、話を全て聞き終わったボクは納得してうなずいた。

 なるほどね、これはボクが弟くんがタチの悪い男だって早とちりしすぎたってことなのかな。……いや、まだ完全にそうとは限らないかもだけど。

 そんなボクの様子に、安堵するみたいに杏は胸をなでおろす。

 

「う、うん……そういうこと。あっ、そうだ! 報告するの遅くなってごめん瑞希! 私ね……ついに私の歌の相棒、見つかりました~!」

「うん、それはおめでとう杏! で……だからつまり弟くんとは、そこまで険悪な感じじゃないってこと?」

「まぁそんな感じかな、彰人はだから別に悪い人ってわけじゃないから、瑞希もそこまで心配しなくてもいいっていうか……あっ、でも敵であることには変わらないけどね!」

「言ってることブレブレじゃねぇかよ、めんどくせぇなぁ」

「うるさい! 彰人は黙ってて!」

「理不尽だな……ま、別にいいけどよ」

 

 そう言ってやれやれとため息を吐く弟くんだったけど、今の話を聞いたうえでもボクの中にある懸念は一つだけあった。

 

「でも……今の話だったら、弟くんが志歩に用事があるってのがボクはわからないな。もしかしてやっぱり……志歩のこと狙ってたりするんじゃないの?」

 

 ボクの言葉を聞いた瞬間、杏はさっきまで焦っていたのがまるでなかったかのように、たちまち悪戯っぽい笑みを弟くんに向けた。

 

「……えっ? 瑞希それってホント? へぇぇ……彰人って意外と、志歩みたいな子がタイプだったんだ……! なるほどなるほど……へぇぇぇぇ~~~!」

「はぁ……だから違うって言ってんだろ暁山、そういやその話は途中だったよな。白石はそのウザい笑みやめろ、この場でお気楽な恋愛脳なのはお前だけだよ、一緒にすんな」

「——はっ!? れ、恋愛脳とか何言ってんの……!? 違うって言ってんじゃん!」

「うるせぇ、黙ってろ。そうじゃないとお前が言うオレの“間違った推理”ってやつ、今この場でペラペラしゃべってもいいんだぜ?」

「……………」

 

 弟くんの言葉に、杏は一瞬で静かになってしまった。

 嘘、杏が一瞬で言うことを聞いたなんて……この短時間で弟くんはいったい杏のどんな弱みを握ったんだろう? 気になるなぁ……。

 そんなボクの興味をよそに、弟くんはやれやれといった風に話し始めた。

 

「杏から聞いたと思うが、オレと日野森が昨日勝負して——まぁ、公的には引き分けって事になっただろ? まぁ……実質はオレの負けなんだがな」

「うん、そんな話だったよね、それで?」

「それでな……まぁ……その時にな、偶然今度イベントやるライブハウスのオーナーも見に来てたらしいんだよ。ほら、お前とあの小豆沢ってヤツが参加する予定だったイベントの」

「……あっ! 彰人達と私達が白黒つける日のやつ? それが……え? まさか?」

 

 弟くんの言葉に杏は何かビックリしたような反応を見せ、それに対して弟くんはその予測を肯定するように肩をすくめた。

 

「その通りだよ、そのオーナーがアイツの歌を気に入っちまったんだ。それだけならまだいいんだが……ほら、元々お前らをねじ込む予定だった空き枠あるだろ? その枠にな、日野森を代わりに呼べないかって言われちまったんだよ」

 

 え……それってまさか、志歩のせいで杏がその相棒ちゃんと参加する予定だった歌のイベントに出られないかもって事? そんな、そこのオーナーさんにそこまで言わせる程に、志歩の歌ってすごかったの……?

 その衝撃的な弟くんの発言に、杏は口をあんぐり開ける。

 

「え~~~!! そんなぁ! それじゃ、私達との勝負はどうなるの!?」

「だから、そうならない為に早めに日野森のヤツに話通しておきたいんだよ。オレからもアイツはイベントに出る意志はないと思うって言ったけどよ、オーナーが一応聞いてみてくれってうるさくてな……まぁ、本人に聞いて駄目だったら、オーナーも納得するだろうしな」

「いや……聞かなくても多分、バンドで忙しいって言うと思うよ私……いや、まぁ、流石に勝手に決めつけるのは悪いかもしれないけど」

「だろ? だから一応本人に確認がしたいんだよ、それも出来たら早めにな……まぁ、別に最悪今日が駄目だったら明日でもいいんだけどよ」

 

 成る程ね……なんだ、真面目な話だったんだ。なんだか本当にボク、弟くんの事を誤解してたのかも。

 

「そうなんだ……じゃあ彰人は本当に志歩目当てのナンパじゃなかったんだね? 真面目な話だったんだ……意外」

「ほぉ……白石お前、オレに今この場で弱み握られてるって自覚してねぇな? お~い、暁山ぁ、よかったな、白石のヤツがお前の事——」

「ちょっとぉ!!?? マジでやめて!! たとえ冗談でも言って良い種類のヤツと良くない種類のやつあるんだよ!?」

「うぉっ……うっるせ……わかったよ。でもこれで分かったろ? 今後はオレへの口の利き方には気をつけるんだな」

「ぐっ……ぐぬぬぬぬ……! 彰人ぉ、アンタやっぱり絶対許さないんだからぁ……!」

 

 ボクには杏が何の弱みを握られてるのか一切わからないけど、それでもギリギリと歯ぎしりをして弟くんを睨みつける杏。

そんな小競り合いをする二人を見ながらボクは、なんとなくもう弟くんのことは警戒しなくても良いかもなって気になっていた。だってもう、本当に仲が良さそうだったから。多分この人は悪い男なんかじゃないんだろう。

 

 そう思ってボクは内心でホッと胸を撫でおろしていると、そんなボクを見た弟くんは何故か急にニヤリと笑って言う。

 

「でもよ……まぁ、オーナーの急な頼みには困ったけど、割と結構オレとしては日野森と話す理由が出来て良かったと思ってるところはあるんだぜ?」

「えっ……? そ、それって、どういう意味?」

「まぁ……間違ってもそういうナンパとかヘンな意味とかじゃねぇんだけどよ——」

 

 そんな前置きをした後で弟くんは、ボクの志歩への気持ちを知っていながら、わざとからかうような笑みを浮かべ、こう続ける。

 

「単純に——オレはアイツの性格が気に入ってる。だからこれからは学校で見かけたら絡んでいこうと思ってるんだよな、だからよ——これからよろしくな、暁山ぁ?」

「なっ……!」

 

こいつ……やっぱ信用できない! 駄目だ、駄目駄目駄目ッ! ボクの目が黒いうちは、この学校で志歩には司先輩以外に下心ありそうな男は、絶対に志歩には近づけないんだからね! あの子を守ってあげるのがボクの使命なんだから!

 ボクがそんな決意を新たにしていると、杏は別に今の弟くんの発言には別に何も思わなかったみたいで、自慢げに笑って言う。

 

「へぇ、彰人も見る目あるじゃん。志歩って可愛いだけじゃなくてすごくいい性格してるよね! わかるよ~うんうん。でもさ、やっぱり私としてはベース弾いてる時の志歩がイチオシだなぁ、絶対あの子への見方変わるよ~?」

「……そーかよ。まぁ、そうなんだよなぁ……あいつ、アレ(・・)で本気じゃねぇとか言うんだもんな……」

「そう! 志歩のベースはものすごいんだから! 彰人も一度聴いたら胸を撃ち抜かれるよ~! 私が現に志歩のベースのファンだもん!」

「ほ~、そうかよ……そこまで言われたら俄然興味が出てきたな、あんなまっすぐな奴が特に本気で打ち込んでる事なんだろ? 悪いモンなわけねぇだろそんなの」

「おっ、いいね。だったらまた志歩には私からちょっと、ライブハウスで演奏する予定があるか聞いてみるね! だから彰人も来なよ」

「……ま、イベントと被ってなきゃ考える」

 

 杏の誘いに弟くんはぶっきらぼうにそう答えた。

 そんな、志歩の話を共有して少しだけ盛り上がる二人は、傍から見ていたら険悪な雰囲気とは程遠くて、杏が言っていた弟くんが敵という表現もあの場の勢いだったのかなって気がしてきてしまう。

 これだったら確かに、杏に関してはコイツのことを注意しなくてもいいのかもしれない。まぁ、志歩に関してはこれからも警戒は継続していくけど。

 

 ボクがそんなことを思いながら、また何が話題のきっかけになったのか知らないけど、再び口喧嘩を初めてしまった杏と弟くんの会話を聞き流しながら、何の気なしに屋上のフェンス越しに中庭の方を眺める。

 ——すると、ボクの目にとんでもない光景が飛び込んできた。

 

 

「え……!? 志歩!? 誰その楽しそうに喋ってる隣のイケメンは!!??」

 

 

 ボクは思わずフェンスにつかみかかってしまいながら、視覚から脳に入ってきたその情報を反射的に叫んでしまう。

 いや、これは仕方ないでしょ。だって大好きな初恋の女の子が、司先輩(クソ鈍感野郎)でもないボクのまったく知らない青と黒の二色髪のカッコイイ男の子と喋ってるんだよ!? それも、すっごく楽しそうな感じで!

 

 な、なにこれ……? え? 嘘? う、嘘だよね志歩……? 志歩って、どうしようもなく司先輩のことが好きで、司先輩のこと以外もう眼中にない子で……ボク以外の同年代の男の子と喋ることもない子なのに! 

それが! どうしてあんな楽しそうにしゃべってるの!? 嘘じゃん!? なにこれ、ボクの頭が……混乱でパニックだよ!?

 

「え? 急にどうしたの瑞希——って、あ、志歩と冬弥だ。何話してんだろ?」

「なんだよお前、急にうる——あ? あぁ……冬弥じゃねぇか。アイツ……今日は考え事がしたいから一人にさせてくれって言ってたのに、日野森のやつと約束があったなら素直に言えよな」

 

 後ろで杏と弟くんが何かごちゃごちゃ言ってるみたいだったけど、全然気にしてる余裕なんてボクにはない。

え、志歩? まさか……あの司先輩(クソ鈍感系ラノベハーレム主人公)のことはついに見限って、新しい恋に乗り出しちゃったの!?

 え……まって! もしそうなんだったらその新しい相手に、ほんのちょっと頭の片隅レベルには考えてほしい人間が……ここにいるよ!? 待ってぇ!?

 

「志歩っ……!」

 

 ボクはそれ以上その二人の姿を見て居られず、たまらず屋上を飛び出した。勿論行き先は中庭だ。

 

「——って!? おい、暁山お前、急になんだよ!?」

「瑞希!? ——って、あぁ……なんか察した。行こ彰人、たぶん今あんたの相棒がとんでもない勘違いされてるよ」

「は? ……あぁ、なるほどな。アイツそそっかしすぎるだろ、仕方ねぇな——って、アイツ足速くねぇ!? 脚力どうなってんだよクソ!」

 

 ボクは真後ろから聞こえるそんな声を置き去りにして、ひたすら中庭へと走るのだった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

「瑞希……昼休みはいつも私のところに欠かさず来てるのに、今日に限って急用だなんて、何かあったのかな……心配」

 

 一方、屋上でそんな事態が十分後に起こるとは全く知らなかった私は、お昼ご飯を食べた後にそう呟き、瑞希から届いていたメッセージを眺めながらなんとなく手持ちぶさたで中庭を歩いていた。

 なぜこんな事をしているのかというと、こうしていたら偶然でもいいから司先輩に会えないかなって思ったからこそだった。

もちろん二年生の教室に行くのも考えたけど、それはもし居なかった場合の先輩方の視線がいたたまれなく感じてしまうから。

 

 意気地なしだとは言わないでほしい。

だって最近なぜか理由はわからないけども、先輩がたが私へ送る視線が今まで通りの可愛らしい子を見るような好奇のようなモノだけでなく、なんとなく『うわっ……』と言いたげな、何かヤバイ子を見てくるような視線が混ざってくるようになっているのだから。

 なんだろう……あの視線。宮女にいたころみたいに私に対して悪意があるって感じじゃなくて、なんとなく関わり合いになりたくないみたいな感じ。

しかも、そういう人達が私を見たときに話していた、こんなヒソヒソ声も気になる。

 

『ほら、見ろよあの子。あの子が例の天馬の——』

『ああ……あの子が天馬が飼ってるって噂の忠犬ちゃん?』

『忠犬? いい感じの表現だなぁ……俺には“熱狂的な信者”みたいな感じがするわ。だけどあんなにすごく可愛いのに、お目当てのヤツが……“アレ”? 生徒会長といい、どうしてこの学校は美人に限って男を見る目が勿体ない子ばっかりなんだよ……』

『おいそれ以上はやめろって、聞こえるぞ。噂だとあの子の前で天馬をディスったやつは全員例外なく嚙みつかれてるらしいぜ? しかも周囲の迷惑もお構いナシだってよ、あの子』

『ひぇぇ……もうそれって忠犬じゃねぇよ、狂犬じゃん。マジでセコムもびっくりの防衛力だぜ……くわばらくわばら』

 

 ——と、そんな風に、あのヒソヒソ噂話が本物だと仮定するなら、今二年生の先輩方の私に対する印象は一部の人にそんな噂が広がってるみたいで、それもあって私は教室に近づくのが気がすすまない状況にあった。

 まぁ元から司先輩や瑞希と杏以外にはどう思われてもいいし、変な下心を持った知らない人に来られるより、今の方がずっといいから私は全然これでいいんだけどね。

 

「司先輩は……いないか」

 

 そんなことを考えながら司先輩を探すけども、結局は見つからない。

 ……む、司先輩め、いつもはどうして居るの? ってタイミングで私の前に現れるのに、こうして私から探そうとする時に限って見つからないなんて……本当、ずるい人。

 

「……日野森か? どうしてこんなところに?」

「あ……青柳さん? あなたこそ、どうしてこんなところに? 今日は東雲さんと一緒じゃないの?」

 

 そんな私に思いもしない声がかけられる。それは、中庭の片隅の日陰に設置されてるベンチにボーっとした様子で座っていた青柳さんだった。

どうやら私は司さんには出会えなかったけど、代わりに青柳さんには出会えたようだ。

 そんな彼は私の質問に、何やら浮かない顔で答える。

 

「それは……まぁ、少し考え事がしたくて今日は彰人と別行動なんだ」

 

 考え事……? 青柳さん、いったいどうしたんだろう?

 

「考え事って……いったいどうしたの?」

「それは…………まぁ、日野森は気にしなくてもいいことだ。こればかりは……俺の事情だからな」

「……そう」

 

 事情を尋ねてみても青柳さんの反応は薄く、きっと今は聞かずに放っておいて欲しい事情なんだろうって事は、何となく察することはできた。

 でも、だからって浮かない顔をしている人を前に放っておくことは、きっと司先輩なら絶対にしない。だから私は、こうして偶然でも二人で会えたこの幸運を最大減に利用して、今の青柳さんでも高確率で食いつきそうな話題を口にした。

 

「ところで……今は一人だよね? ならもしよかったら、約束してた通り司先輩の話がしたいんだけど、大丈夫? 私、青柳さんが知ってる司先輩の話、聞いてみたい」

「……!」

 

 私の狙い通り、俯いて暗かったその顔に光が差し、先ほどより少し明るい声色になって青柳さんは言う。

 

「あ……ああ……! そうだった、司先輩について深く語り合う約束をしていたな。俺は勿論構わないぞ、何の話が聞きたい?」

「えっと……何の話と限定されると困るんだけど、全部じゃ駄目なのはどうして?」

「それは……いいのか? 俺に司先輩の偉大さを“全て”語れと言われると、日野森の休日を丸一日使わせてしまう事になるぞ?」

 

 司先輩についての話題になった途端どんどんテンションのギアが上がり、ついにはキラキラした瞳で純粋にそう聞いて来る青柳さんに、私は目を丸くしてしまう。

 ま、丸一日……!? へ、へぇ……やるじゃん。MINEでも結構長文で色々綴ってた気がするけど、それでもまだ語り足りてなかったんだ。

さすがあのヤンデレ妹予備軍の咲希(さき)に、“崇拝”とまで言わせた程の司先輩の圧倒的ガチ勢だね青柳さん……!

 そうなんだったら望むところ。私だって司先輩への想いは語っても語り尽くせないような、いわば話題は無限状態。この司先輩への想いの大きさは、この世に存在する人間の誰にも負ける気がしない。貴方が司先輩を崇拝してる教団の信者なら、私はその教団の教祖にだってなる覚悟を持って司先輩を好きだって言える。

だから語って語って語りつくして、一日中とは言わず夜すら徹してやる……!

 

——って、冷静になって私。

今は学校で、しかも制限時間は昼休みの残り数十分だから、語ってる時間はないじゃん。

 残念……ここでどっちの方が司先輩の事をより好きか、白黒ハッキリつけるいい機会だと思ったのに。

 私はそんな対抗心を必死で押し殺しながら、話題を削る。

 

「なら……私がよく知らない、小さい頃の司先輩の話を聞かせてほしい。確か咲希と一緒にピアノ教室で小さい頃から交友があったんだよね?」

「……む? そんな話でいいのか? 日野森も司先輩と幼馴染だろう? 今更俺から聞きたい話なんてあるのか?」

「えっと……その頃の私、司先輩の事はあくまで咲希のお兄さんとしてしか認識してなかったから、印象がどうしてもボヤけてるんだよね……咲希を介さない司先輩との思い出が一切ないの。とても……残念な事に」

「あぁ……成る程……それは……とても悔しい事だな……! わかった、男と女、例え性別の垣根はあれど同じ者を慕う同志の頼みだ、幼い司先輩の事を俺の記憶の余す限りを語ろう。そして……司先輩が幼いころから偉大な存在としての器を兼ね備えた、素晴らしい人物だったと、日野森の口からも広く大勢の人に伝えてくれ……!」

「うん、勿論そうする。本当にありがとう青柳さん……!」

 

 青柳さんの温かい言葉に、私は思わず目尻に熱いものがこみ上げてくる。

 ……よかった、この気持ちを共感してもらえる人に、こうしてやっと出会えて。

だって咲希にもしこんな事言ったら、小さい頃の司先輩との思い出のマウント取られて思いっきり煽られそうだから、ずっと今まで誰にも言う事が出来なかったから。

 ああ……『白馬王子親衛隊』に入って、本当によかった。名前は恥ずかしいけど、本当によかった。私の知れない司先輩の事が、もっともっと知れるんだから。

 

「まずはそうだな……! 前にMINEでも言ったかもしれないが、俺と司さん——いや、司先輩との幼い頃の馴れ初めを語ろう! その方が話がスムーズだ、是非聞いてくれ……!」

 

 そのクールな表情に似合わない程の明るい声色で話そうとする青柳さんに、私はさらに親近感を覚えてしまう。

 

「あっ……ふふっ、“司さん”って……もしかして青柳さんもまだ、司先輩への昔の呼び方が元に戻る事がある感じ?」

「あ……あぁ……すまない、恥ずかしい話なんだがな、実はそうなんだ。ずっと心の中であの人の事をそう呼んでいたからな。慣れなければいけないと、分かってはいるのだが」

「いや、私も同じだから気持ちはわかるよ。時々“司さん”って呼んじゃう時あるよね? 中学の頃までは先輩後輩の関係はなかったから、無理もないと思う。なんならさ、私と喋ってる時ぐらいは“司さん”でも別にいいよ? 私は気にしないから」

「そうか……ふふっ、日野森も同じだったか……いや、心遣いは嬉しいが大丈夫だ。あの人を追ってこの高校に進学すると決めた時から覚悟していた事だ、逆に慣れておかないと今後は司先輩への失礼になるかもしれないからな」

 

 成る程……それも言えてるか。同志がここまでの覚悟なら、私もいつまでも中学生の気分のままじゃ居られないよね。

 

「そっか、だったら私も頑張るよ。それで……司先輩の小さい頃の話なんだけど」

「ああ、話の途中だったな……そう、あれは俺がまだ小学一年だった頃なんだが——」

 

 と、そんな会話の切り口で、私は青柳さんがピアノ教室に通い始めた当時の昔の司先輩との思い出話を聞いた。

 それは、小さい頃は引っ込み思案だった青柳さんが、小さい頃の司さんに優しく頼もしく導かれて友達になった話や、幼い青柳さんが厳しい父親に怒られて泣いている時は、勇敢にも大人の目前に立って『冬弥をいじめるな!』と庇った話だったり。

 その他にも色々と、それはそれはとてもカッコいい、私の大好きな司先輩の幼いころの武勇伝を沢山聞かせてもらう事ができた。青柳さんがここまで司先輩の事を敬愛する理由を察する事なんて簡単なぐらいに。

 私だってそうだった、だからこそ今熱く語っている青柳さんの気持ちも深く私は理解できた。

 

 ——いや、周りに今青柳さん以外に人はいないんだ。

だったら、『気持ちを理解できた』だなんて他人事みたいに言わず、クールぶらずにハッキリ言ってしまおう。

 青柳さんが語る司先輩についての演説を聞いて正直……感動で心が震えた。この人はやっぱり私と“同じ”なんだって、そう心から思えるぐらいに。

 だから私は頷いて言う。

 

「へぇ……そうなんだ。やっぱり司先輩は、小さい頃からすごく輝いてる人だったんだね」

「ああそうだ……! 分かってくれるか日野森……! 先輩はまさしくこの世界で、多くの人々の心に光を灯す使命を持って生まれた、生まれながらの(スター)なんだ……!」

「うん……そうだね、分かるよ……その気持ち、本当によくわかる。あの人はそうやって自然に、苦しんでた中学の頃の私の事も救ってくれた……私達の司先輩は、未来の世界に光を灯せるような、そんな永遠のスーパースターだよね」

「日野森……!」

 

 どこまでも同意を示す私に青柳さんは感極まったのか、そう言って私の手を両手で握ってきた。私はその手を握り返す事で青柳さんの想いに応じる。

 これは私からの、深く互いを認め合った同志に送る、固い誓いの握手。

 中学の頃、咲希に無理矢理宣言された時とは違って今は、間違いなくこう言える。

 

今この時こそが——真の意味での司先輩ファンクラブの結成の時だって。

 

「青柳さん……これからも私達で、スターとして世界に羽ばたく予定の司先輩の事を、応援しよう! いつか司先輩の素晴らしさを多くの人に知ってもらえるその時まで……!」

「ああ、勿論だ! その為にまず手始めに、俺達でこの学校に居る多くの生徒に司先輩のスターとしての魅力を発信していこう……! 俺達『白馬王子親衛隊』の名に誓って!」

「うん……! 司先輩のスターとしての輝きは、永久に不滅だから……!」

「その通りだ日野森! 司先輩は最高だ! 完全無欠のスーパースターなんだ……!」

「司先輩は本当に最高! 未来永劫の世界的大スター!」

 

 ——と、そんな風に、私は完全に青柳さんのノリにあてられ、青柳さんと一緒になって司先輩の事を褒め称え続ける。

 MINEでのグループチャットのノリが、今完全にこの場で再現されてしまった。でも私は本当に心から楽しくて、恥ずかしさもこの時ばかりは忘れ、青柳さんとそれからも司先輩の素晴らしさを語り続けたのだった。

 

 ……ふぅ、それにしても本当に今日は瑞希や杏も居なくてよかった。

 普段も結構、司先輩の事が大好きって言動隠せてない気がするけど、それがもう今はこんなレベルで司先輩のファンやってる私を知られてしまったら……明日から二人に学校で会わせる顔がないもん。

 

 と、そんな風に熱く司先輩の素晴らしさを互いに語り合ってる時だった。

 

 

「ほう……! 志歩に冬弥……遠目に見かけて、随分珍しい組み合わせだと思って来てみれば……! 嬉しい事を言ってくれるではないか!」

 

 

 ——瞬間、その声を聞くだけで眩く放たれる光が私の網膜を焼く。きっとそれは青柳さんの網膜も同じだったと思う。

 それ程に会いたかった存在が、今私達の所に歩いてきて降臨してしまった。

 その名を、私と青柳さんは完全にシンクロした状態で呼ぶ。

 

 

「「つ……司先輩……!?」」

 

「ハーッハッハッハ!! その通り! このオレこそが完全無欠のスーパースターにして、未来永劫の世界的大スターである天馬司だ!! おはよう! 志歩に冬弥……二人とも一週間ぶりだな! 元気だったか!?」

 

「「——はいっ!」」

 

 

 私達は司先輩に対して、その立っている背後から差す後光を感じながら、元気よくそう返事をしたのだった。

 

 

 やっぱり私の大好きな司先輩は、今日もすごく輝いている。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

「……あぁ、成程ね。一体どこの馬の骨かと思ったらあのイケメンくんって……志歩と同じく司先輩の大ファンだったんだぁ……そりゃ仲いいよね、納得」

 

 志歩が突然現れた司先輩に目をキラキラさせている一方その頃、ボクは中庭の一角ベンチの影に隠れながら、志歩とそのイケメンくんの話を盗み聞いていた。

 屋上からこの場にカッ飛んで来た最初は、志歩の恋人さんかと思って焦ったけども、話を聞いてすぐにその疑いは霧散し、ボクは落ち着いて二人の様子を観察していた。

 けど、そんな風に二人の話を聞いて落ちついたボクとは正反対に、勝手にボクについて来てこの現場を見て、冷静ではいられない人が一人いた。

 

「は? え……? と、冬弥……? 司先輩って……ま、まさか『変人ワンツーフィニッシュ』の天馬司ってヤツ……今出て来たあのうるさい野郎の事だよな……!? ど、どうしてクールなお前がそこまでなる程に、あの変人野郎の事を推してんだよ……!? い、意味が分かんねぇ……!」

「ちょっ、押さないでよ彰人! これ以上身体出たら居るのバレちゃうじゃん!」

「うるせぇよ白石! 今オレは、目の前の情報を処理するので精いっぱいなんだよ! しかも……日野森お前!? な、なんだよお前……昨日はあれだけ真剣で、一直線で、正直認めたくねぇけど……オレと同じように夢に向かって努力する“カッコイイ”奴だって思ったのに、どうして今そんな変人の前でそんな……はぁ!? ふざけんなよ、どうなってんだこれ!? は、はぁ? と、冬弥……日野森……冬弥……嘘だろ!?」

 

 ……あーあ、かわいそ。

多分普段から仲のいいあそこのイケメンくんと、ちょっと興味があるかもしれない女の子を同時に司先輩に取られて、弟くんが完全に脳破壊されちゃってるよ。

 まぁ気持ちは分かるよ? 志歩って普段ボク達の前じゃあんなにクールでカッコよくてまさしく“一匹狼”って感じなのに、司先輩の前じゃ完全に“飼い犬”になっちゃうもん。それもご主人様の帰宅を玄関で待ち構えて、帰って来たと同時にロケットタイプをする程に懐いたタイプの忠犬。

 正直ボクの目から見て、最大限弁護するとしてもキャラ違うって言われたら何にも言い返せない程に、司先輩の事が大好きなんだもんね志歩。

 さーて、こうなったら弟くんをからかう立場になってやろっと。

 

「まぁまぁ……落ち着いてよ弟くん? “アレ”が君の知りたかった志歩のもう一つの顔だよ?」

「あ、アレが?」

「そうそう……志歩はね、中高一貫の歴史あるお嬢様校から、あそこにいる司先輩の事をおいかけてこの学校に来るほどに先輩の事が大好きな、そんな子なんだよ!」

「なん……だと……」

 

 そう言って弟くんはまるで、過去に連載が終わった某週刊少年誌のオサレ系死神バトル漫画のオレンジ髪主人公のような驚愕顔を晒した。

 やばい、最高に反応が面白いかもしれない、もっとからかってやろっと。

 

「そう! だからぁ、いくら弟くんが興味を持ってあの子に近づこうとしても無駄でぇ~す! 志歩の心は、とっくの昔にあの司先輩のモノなんでぇ~す☆ 残念でしたぁ!」

「そんな……嘘だろ……どうして……あんなヤツが? でも何より、あんな変人ヤローにどうして冬弥が……??」

 

 ……おっと? 意外と志歩の事に関してはそこまでダメージが無いみたい?

 どっちかって言うとあそこにいるイケメンくん——冬弥って子の方が、司先輩に心酔してる風なのがショックみたいだね。へぇ……ま、どっちにしろ反応が面白いからいっか。

 そう思っていると、やれやれと言った風に横に居る杏が弟くんに言う。

 

「まぁまぁ……それだけ、あの二人にとってはあの天馬先輩が大事な存在ってことじゃないの? ってか……冬弥って、あんなイキイキした目が出来たんだ……それに志歩とのつながりも、まさか天馬先輩の関係だったとはねぇ……意外」

「そうだろ? 驚くだろ!? どうしてあんな変なヤツに……日野森……冬弥……?」

「でも、そろそろ現実を受け入れなよ弟くん? 今目の前で起きてる事が現実だよ?」

「くっ……マジかよ……!」

 

 弟くんはギリギリと歯を食いしばり、司先輩を射貫くような目で見た後、ようやくハァァと深いため息を吐き、冷静に戻ってしまった。

 

「……なんだか、相棒の闇の一面を見ちまった気分だぜ……まぁ、どんな感性してようが個人の自由だと思うけどよぉ……でも、マジかよって感じだ……どうして、あんな変人ヤローの事を尊敬してんだよアイツら……」

「おっ、やっと彰人が冷静になった。ねぇねぇ、これからどうすんの? いっそ二人組解散しちゃう? なら私とこはねの勝負も不戦勝ってことに……」

「ざけんな、ならねぇよ……! (しゃく)だが受け入れてやる、あの二人の感性が一般人と大きく外れてるってことをよ……!」

「いやいや、弟くん……そこまで言うのは流石に司先輩に失礼じゃない? いくら先輩だってそこまで常識外れじゃ——」

 

 と、言いかけた時だった。ボク達の目の前で司先輩が高笑いを再び上げる。

 

「ハーッハッハッハ!! それにしても聞け、冬弥、志歩! このオレの事をこの世に存在する唯一無二の大スターの素質を持つ人間として慕ってくれるお前らにとって、喜ばしいであろう報告があるんだ!」

「——ッ!? 俺達に喜ばしい報告……!? なんですか司先輩……!?」

「フッフッフッフ……志歩には以前伝えたな、先週の週末にオレはフェニランの面接を受けに行ったと——その結果が、ついに昨日の夕方に届いたんだ!」

「……! ま、まさか司先輩っ……! 私達にとって良い報告というのは……!?」

 

 目をこれ以上ない位に輝かせた志歩の目の前で、司先輩はそのままビッと天に向かって指を突き出してそのまま——とってもキザっぽ過ぎて、正直ボク目線で言えばナシすぎる決めポーズで宣言する。

 

「その通りッ! このオレ——天馬司は! この度あのフェニランのショースタッフとして、無事! 面接に合格したんだ! これでオレはッ……遂に世界への第一歩を踏み出す時が来たのだぁ——ッ!」

 

 そんな、正直クソダサな司先輩のポーズでも、それを見た志歩とその冬弥って人は目をキラッキラさせながら感激した様子で、志歩は司先輩の右手と、冬弥って人は左手を、それぞれ両手でギュッと握りしめて鼻息荒く称える。

 

「司先輩っ……! やっぱりそうですか、やりましたね! おめでとうございます!」

「やはり……! 流石です司先輩。まぁ俺はもとより……司先輩ほどの人間が、面接程度でつまづく訳はないと思ってはいましたが……ですが言わせてください、本当におめでとうございます」

「ああ! ありがとう二人共……! だがまだこれは、オレの夢へと続く果てしなき(ロード)への、ほんの序章に過ぎない! この機会を足掛かりにして、オレは有名演劇団のスカウトの目にとまり、そしてもっともっと大きい舞台を目指してみせるのだぁ!」

「その通りですよ……! 司先輩はもっともっと上の舞台に羽ばたけるって、私は信じています! こんなの、まだまだ司先輩の実力のほんの一部分ですよ。司先輩の伝説は、今この瞬間に始まったといっても過言じゃありませんから……!」

「……! 素晴らしいです、司先輩。合格したという現状に慢心せず、常に次の目標を見定めることが出来る冷静さ……感服しました。やはり俺は、まだまだ司先輩という人間を過小評価してしまっていたようです……申し訳ありません!」

「ハーッハッハ! ハーーッハッハッハ! おいおいお前ら……それは事実だがやめろ、来年の事を言えば鬼が笑うという(ことわざ)があるぞ、まだ確定していない未来を語って慢心すれば足元をすくわれる。だがしかし……! それを理解していながらあえて言おう——慢心せずして何が未来の世界的大スターかと! オレはッ! フェニックスワンダーランドから——世界を獲るッ!!」

「素晴らしいですっ……! できますよ、絶対に司先輩なら出来ますよ……!」

「クッ……眩しい……! コレが、未来に輝くことがもうすでに確定している大スターの輝かしい宣言……! 俺に出来る事はもう、ただ司先輩に訪れるであろう輝かしい未来を、傍らで見守るのみ……! 頑張ってください、司先輩!」

 

 そんな志歩達の会話を見守り、ボクは思わずボーッとしてしまう。

 ——あれ? ボク、一体今、何を見せられてるの? あの空間がツッコミ不在すぎる。

 やっぱり……司先輩ってちょっとアレな人なのかもしれない。

 そう思ってると、どことなくゲンナリした様子の弟くんと杏の声が聴こえてきた。

 

「……なんだよコレ、誰もあの変人を止める奴は居ねぇのか? ってか日野森お前……昨日は切れたナイフみてぇな奴だったのに、もう今は完全にあの変人の腰巾着と化してるじゃねぇか、キャラ違い過ぎるだろ。一体あのセンパイに何をされたらそうなっちまうんだよお前……」

「その……志歩、もしかしてだけどいつもよりテンション高い? いや、志歩が楽しいならそれが一番だと思うけどさ……さすがにちょっと、アレかもなぁ……?」

「それにしても、あのセンパイすげー気持ちよさそうだな……いや、そりゃあれだけヨイショしてくれる後輩が二人も居れば、さぞ気持ちいいだろうよ。——ってか、ここまで日野森と冬弥のノリがシンクロしてるなら、もう同じ奴が二人いるみたいな状況だな……」

 

 ……うん、ちょっと何だろうなぁって思ってるのはボクだけじゃなかったみたいだね。

どうしようかなぁ……あそこのすごいテンションになってる人達の所為で、司先輩の事を全肯定しかしない空間広がってるじゃん。

 そう思うボク達の目の前で、思いっきり志歩と冬弥って人に神輿に担がれて気分をとてもよくした様子の司先輩は、楽しそうに大笑いしながら言う。

 

「ハーッハッハッハッハ!! という訳で、オレがついに舞台に立つ日は近いぞ! オレが初舞台に立つその日には、是非お前達も招待しよう! 暇だったら来てくれ!」

「司先輩の初舞台……ッ! 俺としては行かない選択肢はない……だが……! ち、ちなみにですが司先輩……その日は何時ぐらいになりそうですか?」

「ふむ……そうだな、順当にいけば練習期間を加味するなら……早ければ来月にある連休あたりになりそうだな!」

「むっ——!?」

 

 あれ……? なんだろう、冬弥って人が難しい顔になった? あのノリだったらもう、予定があったとしてもほったらかしで行くって言いそうだったのに……。

 そんなボクの中の疑問は、隣にいる弟くんの震え声で氷解した。

 

「おい……? 冬弥、嘘だよな? 行くとか言わねぇよな……!? 来月の連休って、それお前、イベントのハコ三つオレ達で制覇する予定だったろ……!? 覚えてるよな? なぁ……なんで悩んでるんだよ……!?」

「あ、あぁ……冬弥がっつり悩んじゃってるよ……どうする彰人? コレあんたの事より天馬先輩の事選んじゃいそうな勢いだよ?」

「なっ……馬鹿な事言うなよ白石! 冬弥に限ってそんな事あるワケねぇだろ!? そう……だよな? そうだって言ってくれよ冬弥……!」

 

 あぁ……成る程、何か予定があるんだね? これは……どうなんだろ?

 そんな思いで冬弥って人を見ていると、その人は下唇をギュッと噛み締め、まるで両親の葬式でもあるみたいなレベルの悔しそうな表情をしながら、口を開いた。

 

「申し訳ありません……! 俺は悔しいですが、司先輩の晴れの舞台を見届けることは厳しそうです……! どうしても外せない、先約がありますので……!」

「む……そうなのか、少し残念だが問題ない! 予定が開いていたらで良いと言っているだろ? 気にし過ぎだ冬弥」

「はい……当日俺はいけませんが、それでも司先輩が無事に舞台で輝けることを、祈っています……!」

 

 その瞬間、心の底から安堵したような明るい声が弟くんの方から聞こえる。

 

「冬弥……! そうだよな……! オレは信じてたぜお前の事をよ……!」

「彰人……アンタ、必死過ぎない? そんな心配だったの?」

「うるせぇよ……! それにしても見たかよ、オレと相棒の固い絆をよ! あんなポッと出のド変態ナルシストに、負けてたまるかよ!」

「いや……でもあの感じ、結構あの冬弥って人悩んでたと思うけど……?」

「——は? 何言ってんだよ暁山、適当言ってんじゃねぇぞ?」

「あー、怖い怖い、もういいから弟くんは目の前に集中してれば?」

 

 そんなやりとりをしていると、がっくり項垂れた冬弥って人の目の前に志歩が歩み寄り、その肩にポンと手を置いて励ますように言う。

 

「大丈夫だよ青柳さん。私は今のところ重要な用事はないし、絶対に何があっても行くつもりだから」

「そ……それは本当か、日野森……!?」

「うん。だから当日参加できない貴方の分の意志も、私は背負って司先輩の初舞台に行くよ。私に……任せて」

「日野森……ッ! そうか、やはり持つべき者は同志だな……! ありがとう、よろしく頼む」

「うん、これぐらいは当然だよ。貴方の気持ち……私はものすごくわかるから」

 

 そんな志歩と冬弥くんの“推し”に対する熱い語り合いに、ボクは二人の熱が理解出来なくて、完全に口を馬鹿みたいにポカンと開けるしかなかった。

 ……わ~、なんだか、二人共信頼し合ってる感じがするな~、この状況はきっと素敵な同志のキズナの一幕なんだろうな~。ボク、感動で涙が溢れそうだな~。

 うーん……どうしよ。ちょっと志歩が遠い人になって良く感じがするぅ……!

 そう頭を抱えていると、目の前で動きがあった。

 

「では……今のところ志歩は来てくれるのだな? 大丈夫か? 誘っておいた手前こんな事を言うのはアレだが、別に無理してまでとは言わんぞ?」

「いえ……! 以前も言わせていただいた通り、私は司先輩のファン第三号として、初舞台は絶対この目で見届けるつもりですから——というか、見届けない選択肢なんて最初からありません! だから先輩はお気になさらないでください……これは、私の意志です」

「そうか……ふふ、そうかそうか! 志歩がそう言うのであればかまわん! まぁ実際はいつになるかはわからんのだが……日程が決まり次第連絡をさせてもらおう!」

「はい、わかりました!」

 

 志歩がそう答えるのを聞いて、司先輩は満足そうに頷いた後で唐突にハッとなりながら、中庭に設置されている時計を確認する。

 

「しまった……! 忘れていた、オレはこれから図書室に用事があるんだった! このままでは昼休みが終わってしまう……!」

「え、なにか図書室に用事でもあるんですか?」

「ああ……早速今週の土曜よりバイトが始まるからな! ステージに立つ前に、改めて演劇のイロハを学びなおしておきたいんだ。そのための参考書を探していてな」

「なるほど、そのために図書室に……」

「そういうわけでオレは行くぞ、今日はお前たちに会えてこの報告が直接できてよかったと思っている! ではまたな、さらばだ!」

「あっ……も、もう行っちゃうんですか先輩?」

「ああ、ぐずぐずしていると昼休みが終わってしまうからな……それにじっくり参考にする本を吟味する時間もほしい……これはスターとして決して手を抜くわけにはいかない、重要な用事なのだ!」

「……そ、そうですか……司先輩のスターとしての大事な用事……なら……はい、仕方ないですね。わかり……ました」

 

 そのまま勢いで去っていきそうな司先輩に、志歩は何とも言えない表情でそう言って俯いてしまった。

 そんな、あまりにも鈍感すぎる先輩の愚行に、ボクは思わず身を乗り出してしまう。

 

「……はぁ!? なんなのさあの朴念仁のクソ鈍感め! 志歩がもっと先輩と一緒に居たいって言う気持ちが……どうして察せないかなぁ!? さっさと察して一緒に連れて行ってあげなよ! はぁぁ……これだから鈍感は困るよ……! あんなに可愛くて、その上かっこいい所も兼ね備えてる志歩って女の子に好かれるだけで、人生の幸運のほとんどを費やしてる事に早く気づきなよ! 勿体ない! ほんっとうに、どうして司先輩はあんなに鈍感なのかなぁ! ねぇ、杏!? 杏もそう思うよね!?」

 

 そう言って、杏の同意を得ようとしたけど——帰ってきた反応はジトっとした責めるような目線だった。

 

「……ごめん、私的にはちょっとさ……瑞希も割と人のこと言えないなって思ってるんだけど……? というか、ずっと私そう言ってるよね?」

「——え?」

 

 あれっ……? なんでかわからないけど、杏の反応が怖い?

 杏は本当にどうしたんだろう、いつもはわかりやすい性格してるのに、時々ボクにも杏の行動の意味が分からないときがあるんだよね。

最近の例なら休み時間に廊下でれもん師匠にバッタリ出会った時に、

『おっはよう! アッキちゃ~ん♡ 今日もカワイイねっ♡』

 って、そう言われながら正面から思いっきり抱き付かれて焦っちゃった所を見られて、その時も今みたいな感じの冷ややかな対応だった。

まるでボクも、身近な誰から向けられる好意に気づいていないみたいな、そんな反応。

 

 ……いやいや、それはない(・・・・・)

 何度も言い続けるけども、そもそもこんな格好を——いや、“こんな格好”って自分で表現するのはなんだけどさ、それでも世間一般的には受け入れられない思想をしてるボクのことを、志歩や杏みたいに『友達』としては好きって言ってくれる人はいれど、特別な意味で好きになる人なんて——現れるわけなんてないから。れもん師匠のあの大袈裟すぎるスキンシップも、あの人は心を許した人にはよく引っ付く人なだけって話だろうし。

だからボクは、一生を孤独で過ごしても構わないっていう覚悟の上で、この格好で居続けているんだ。

 うん、だから冷静に考えてもやっぱりそうだ、ボクは絶対鈍感なんかじゃない。ボクが好かれる人間じゃないって事は、ボク自身が誰よりも理解している。

 だから、杏のその評価は理不尽としか言いようがない。

 

「えっと……杏? そんなボクがまるで鈍感みたいなこと言わないでよ。もしボクがあの立場なら、志歩の気持ちを一瞬で察せる自信があるよ? 他人の気持ちを察するの敏感な方なんだからさ」

 

 だから自信を持ってそう言ったけど、杏はそれでも同じ表情を崩しもしなかった。

 

「……うん、何を長考してたのかしらないけどさ……やっぱ瑞希に天馬先輩のことを文句言う資格ないよ? だから二度と『鈍感許せない』だなんてセリフを吐かないで? それ以上言われたらちょっと流石に腹立ってくるから……」

「えぇ……?」

 

 ううっ……悲しい、杏がなぜかボクに厳しすぎる。ボクがいったい杏に何したっていうのさ? 本当にもうどうなってんの……?

 

「はぁ……ったく、あほらし」

 

 ボクが軽く泣きそうになっていると、弟くんは呆れたようにそう言って吐いた溜息が、何故かボクの胸に染みてしまった。

一方そんなボクの目先で、先輩に置いて行かれそうになっていた志歩に、まだかの冬弥くんの方から助けの手が伸ばされた。

 

「……日野森、そういえばそっちも図書室に要件があるといっていなかったか? 途中で呼び止めて悪かった。俺の要件は終わったから、先輩と一緒に図書室に行くといい」

「あ、青柳さん……!?」

「なにっ? そうだったのか志歩? なんだ……水臭いではないか、なら遠慮せずに一緒に来るといい! いくぞ!」

「……! は……はいっ!」

 

 志歩は暗い表情からパァァッと花が咲くように顔を明るくして頷き、大股でズンズンと歩く司先輩の後をトコトコと早足で追って行く。

 その最中、志歩がチラリと冬弥くんの方を振り返ると、彼は微笑と共に小さくコクリと頷き返して志歩を送り出していた。その行動をする冬弥くんの意図は明白。

 冬弥くんは間違いなく、志歩の司先輩への想いをアシストしてあげようとしてるって事。

 それを冬弥くんの表情から察した志歩は、感動したように瞳を震わせて感謝を伝えるように小さくペコリと会釈をし、より足早で司先輩を追って中庭から消えてしまった。

 

 へぇ……冬弥くん、君ってもしかしなくてもイイ人でしょ? いいねぇ、ボク君とだったら弟くんよりもっと仲良くできそう。次会う時あったら志歩の友達だって言ってボクも仲良くなっちゃおっかな~!

 志歩が言った青柳ってのが、多分君の苗字なんでしょ? なら青柳冬弥くん、かぁ……よし、君の名前はしっかり覚えとくよ、よろしくね!

 

「ったく……けっきょく日野森はあの変人先輩に付いて行っちまったのかよ、話が終わるの待ってて損した。もうイベントの件の話は今日出来なさそうだな……マジで無駄足だったぜ」

 

 すると、ゲンナリした様子の弟くんの言葉でボクはハッとなった。

 そうだ……弟くんの話って、歌のイベントの件で本当に真面目に急ぐ話だったんだった。それをボクが邪魔しちゃったから出来なくなって……えっと、流石にこれは悪い事しちゃったかもな。

 ちょっと気に入らない相手だけど、こっちが悪いなら謝るのが道理だ。

 

「えっと……ごめん弟くん! 今日はボクの所為で志歩と話できなかったよね? あの、本当に真面目な話と思わなくて……」

「はぁ……分かったなら良い。お前、これからは理由なくオレの邪魔しようとすんなよな」

「それは分かったけど……でも、その上で君が悪い事企んでそうだったら、やっぱりそれはまた止めるからね? 覚悟してよ?」

「はぁ? マジかよお前……しつこいな。オイ杏、お前もうちょっとつき合う相手考えた方がいいんじゃね? オレ視点だとお前も日野森と男の趣味の悪さ、大差ねぇぞ?」

 

 あきれ顔で言う弟くんに、杏はベッと舌を出した。

 

「べーっだ! 彰人が何言いたいのか知んないけど、それでも瑞希はクラスの中で一番気が合って、一番良い最高の男子だと思ってるも~ん! 何言われたって私にとって瑞希はかけがえのない人だって言い張ってやるんだから!」

「杏…………」

 

 そんな杏の宣言に、ボクは心がポカポカとあったかくなった。

 杏……うん、ボクにとっても君は最高の女の子だよ。かけがえのない友達だって、本気でそう思ってるから。

 そんなボク達の固い友情に弟くんは降参したのか、ため息を軽く吐いた。

 

「そーかよ、まぁお前がどういう趣味してようとオレの知ったことじゃなかったよな」

「そうそう、分かったならもう行っちゃえ! あ……それと、彰人の用件は今日中に私の方から志歩に伝えとくから、また返事はMINEで送るね」

「……ま、別にそれで構わないぜ。イベントの件の連絡は早い事に越した事はねぇし。どうせ多分来ないだろアイツ、オレ達が勝負できるかどうかが左右されてるなら尚更」

「そりゃそうでしょ、だから期待はしないでね彰人」

「期待……ま、そりゃそうだな。オレとしてはお前らとやるよりよっぽど歯ごたえがある相手だ。正直日野森が出るって言ってくれた方がやる気も出るってもんだぜ、それにオレにとっちゃリベンジマッチでもあるからな」

「な……! こ、この! 私とこはね相手じゃ余裕だっての!?」

 

 舐めた弟くんの態度に当然の如く憤慨する杏。

 だけども弟くんはそんな杏をマトモに相手せず、逆に冷ややかな目で杏を——それだけではなく、軽くボクの方もチラリと見た後に言い放った。

 

「余裕だろ。だって白石お前——気持ちがまるっきり(うわ)ついてるんだからよ」

「……は?」

 

 そう聞き返す杏に、弟くんは分かってないのかとばかりに呆れた表情で続ける。

 

「お前には——“本気”が感じられねえんだよ、正直昨日からずっとガッカリさせられっぱなしだぜ。ズブの素人を相棒にして、その上で“伝説”を超えるとか大言壮語叩いたり……挙句の果てには、さっきからそこのヤツにアタフタアワアワと……見てられねぇんだよ、今のお前」

「——なっ!? 何ソレ! こはねの事なら……まぁアンタ視点じゃ言いたい事はわからなくもないけど、瑞希の事まで言うのは違くない!? それに……それ(・・)は勘違いだって言ってるじゃん!」

 

 怒る杏のその言葉をマトモに取り合う義務なんてないとばかりに、弟くんはクルリと背を向けて首だけでボク達の方を振り返り、去り際に言い放った。

 

「甘いんだよ、“本気”のヤツってのはな、生きてる間の時間の余す限りを全部使って——その事だけに没頭して努力できる奴の事を言うんだよ。その熱が、お前には全然感じられねぇ。お前がそこのヤツにうつつ抜かしてる間にもな、努力してる奴はしてるんだよ。それも……オレ達なんかよりもずっと才能ある奴がな。なぁ……お前には焦りとかねぇのか? あの夜を目の当たりにしておいて——足りねぇ自分の実力、早く埋めたいって思わないのかよ」

「……!」

「だから——そんな甘い考えのお前に、オレ達は負ける気がしねぇ。それだけだ」

 

 それだけ言った後で前を向き、弟くんは一度もこっちを振り返る事もなく去って行ってしまった。

 杏はその後ろ姿を睨みつけ、うめくように呟く。

 

「言われなくても分かってる……! 私にはそんな事してる暇ないって、分かってる! そもそも……瑞希はそういうのと違う(・・)って、言ってるじゃん……! 分かってるもん私……!」

 

 そう悔しそうに呟いて、ギュッと握りこぶしを作る杏の気持ちを——ボクは完全に理解する事はできなかった。

 けど、そんな苦しそうな顔をする親友を前にボクは、何も言わない選択肢なんてある筈がなかった。

 

「その……ボクには君が何を言いたいのか分かんないけどさ、それでも……これだけは言わせて?」

「……瑞希?」

「杏、キミにはそんな暗い顔は似合わないって思う。だってキミはいつだって前を向いて、真っすぐに突き進んでる時が、最高に輝いてる時だって思うから。そして……そんな君が居てくれたから、ボクは救われる事ができたんだよ? だから……さっき弟くんになんのイヤミ言われたのかわかんないけどさ、ボクと居る事を選んでくれた君自身の事を……後悔なんてしないで?」

「私が……輝いてる? 瑞希は、私がいてよかったって……そう思ってくれてる?」

「うん、思ってるよ。だから、あんな嫌なヤツの言う事に負けないで杏。根拠なんて何もないけど——ボクは君の歌う歌が最強だって、そう信じてるから」

「瑞希……」

 

 ボクがそう言うと、暗かった杏の表情は徐々に明るくなっていった。

 そして暫くして杏は、普段通りの明るい顔に戻って胸を張った。

 

「——よっし、ありがと瑞希! ちょっとメンタルリセットできたかも! そうだよね、彰人のヤツには歌でぎゃふんと言わせてやるんだから!」

「そうそう! 頑張れ杏! ボクすっごく応援してるよ!」

 

 そう言って、ボクは杏が普段通りに戻ってくれた事を心から安堵しながらエールを送る。すると杏は少しだけ照れたようにこう言った。

 

「だったら……その……よかったらでいいんだけどさ、瑞希も……イベントの当日、見に来てくれない? やっと相棒が見つけられた私の、初めてのイベントに」

「え、ボク行ってもいいの?」

「もちろん! むしろその……なんというか私……さ、瑞希が居てくれたら……その、もっと頑張れるような気が……するっていうか? えっと……あははっ、うまく言えないんだけど、そんな感じというか? それで……ど、どうかな?」

 

 ためらいながら言う誘いのその言葉の最後に、ほんの少し期待するような視線を向けてくれる杏に、ボクは笑顔で答える。

 

「もっちろん! 他でもない杏が誘ってくれるなら、当然ボクも応援に行っちゃうよ! だから、あんなヤツに負けないでね!」

「瑞希……! うんっ! ありがとう!」

 

 ボクの言葉に杏はパッと輝くような笑顔で笑ってくれた。

それだけボクの言葉を嬉しく思ってくれたんだんだなって、そう感じるぐらいの満面の笑みで。

 

 よーし! それだけボクの応援を期待されちゃってるんだったら、杏の為に予定空けて、当日は全力で応援するぞー!

 

 杏の笑顔を前に、ボクの意志は固く決まったのだった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

「それにしても志歩、お前は図書室に何の用事なんだ?」

「へっ? あぁ……それは、その……」

 

 一方、そんな風にこの時、瑞希も杏が出るライブを見に来ることが決まったとは知らない私は、まるで神様みたいに優しい青柳さんのアシストに救われ、司先輩と一緒に図書室に向かっていた。

 それにしても本当に、青柳さんにはお礼を言っても言い足りないぐらいかもしれない。同じファンクラブ会員でも、咲希とは懐の深さが大違いだ……これからも仲良くしていきたい。

 

 けど、そんな優しい青柳さんのフォローで得たチャンスでも、やっぱり司先輩は無神経で、理由なくついてくる私にわざわざそんな無粋な質問をしてきてしまう。

 正直、理由なくあなたに付いて行っちゃダメですか? と、いっそ言ってしまいたいけど、せっかく夢に向かって歩みはじめた司先輩の真面目な用事を、浮ついた気持ちで邪魔したとは思われたくなかった私は、うまくごまかすことにした。

 

「あの……私、手料理のレパートリーを増やそうと思ってまして、でもレシピ本を買うお金の余裕も今は少しなくて……図書室にいいのがないかなと」

「なるほど! 志歩の作る料理は旨いからな! 前に作ってくれた弁当も本当にうまかった……また作ってほしいぐらいだな」

「——っ!」

 

 そんな司先輩の絶好な返しに、私は思わず息をのんでしまう。

 やった……これはチャンスかもしれない。私は緊張しながらも口を開いた。

 

「あっ……だ、だったらその……良ければでいいんですけど私、じつは毎朝自分のお弁当は作ってきてまして……ですから、司先輩の分も毎日作りましょうか? 先輩の教室までお弁当、毎日届けます」

 

 ドクンドクン、高鳴る心臓とともにそんな提案をすると、司先輩は見るからに目をまん丸に丸めてしまう。

 

「なにっ? 毎日オレの弁当を作るというのか? それはありがたい提案だが……その、オレはそこまでの期待をして言ったわけではないぞ? 流石に志歩の負担になるだろう。オレは前のようにまた、たまに作ってくれれば良いなと思ったぐらいで——」

「——いっ、いえっ! 全然負担なんかじゃありません! ど、どうせ一人分作るのも二人分作るのも、同じなので! ですから気にしないでください! それに……その、夢に向かって頑張る先輩のために、少しでも何かがしたいと思いましたので! だから……その……どう、ですか?」

 

 ……マズイ、ちょっと必死すぎたかな?

 断られそうな雰囲気を感じて、思わず言ってしまった言葉の後悔は先に立たず、私は続く司先輩の返答を待った。

 すると、司先輩は眉間にしわを寄せて熟考した様子を見せた後——口を開く。

 

「そうだな……その……心意気はとてもうれしいのだが、すまないが気持ちだけ受け取らせてくれ。さすがに毎日まで甘えるわけにはいかん、作る手間はまだしも、材料費も二倍になるうえに弁当を届ける手間もかけさせてしまうからな……そこまで志歩の厚意(こうい)には、甘えられない」

「あ…………そ、そう……です、よね? 私の考えが足らずに……先輩にご迷惑をおかけして、すみません」

 

 グサリと、心に矢を受けてしまった気持ちを何とかごまかしながら、私はなんとか口元で笑みを作る。

 うぅ……しまった、焦ってしまった。

さすがに毎日お弁当を作るっていうのは、ただの後輩としてはあまりに重い行動だったみたい。どうしよう……これが原因で先輩と気まずくならないかな?

 本当に何やってるんだろ、こんなことなら私……勇気なんて出すんじゃなかった。

 

「——だが! 志歩が新しい料理を覚えるというのなら、是非また食べてみたいと思っているのは本当だ! だから……毎日はさすがに悪いが、志歩がもし自分の料理の上達を確かめたいというのなら、また先日のように作ってきてくれ!」

 

 けど、落ち込んだ私にそんな言葉がかけられ、私は思わず聞き返してしまう。

 

「……え? い、いいん……ですか?」

「もちろんだ! いくらファンとは言え、一方的に尽くされるだけなのは“スター”として失格だからな! その形であれば、オレもその厚意を受け取りやすい。だから……それで構わないか?」

「~~っ! そ、そういうことなら私、また新しい料理を覚えて、先輩に作って持ってきますから……! 是非、待っててください」

「ああ! がんばれ志歩、オレはお前のことを応援してるぞ!」

「はいっ……!」

 

 あぁ……私ってホント、司先輩相手だと単純だな。

 あれだけ落ち込んでたのに、応援してるって言われるだけでこんなにうれしくなってしまうんだから。

 

 よし……今わかった。どうやら献身的に尽くしすぎると、先輩は一歩身を引く傾向があるみたいだ。それをしっかり頭において、今後も司先輩へのアタックを続けていこう。

司先輩は、豪快で猪突猛進な言動とは裏腹に——心の底は、思ってる以上に繊細だ。

 それを知ってるのは私だけ。なら、他のライバルたちに今私は圧倒的に差をつけている。

 この調子で頑張っていつか、私が一番司先輩の隣にいるのにふさわしい女の子になってみせるんだ。

 

 

『せやから、ウチからも志歩ちゃんに一つハッキリ忠告してあげるわ。志歩ちゃん……今のままの貴女やったら、絶対に天馬くんを——“天馬くん自身”を幸せには出来ん。今のアンタは天馬くんにとって……決して解く事の出来ん“呪い”や』

 

『せやから、もし志歩ちゃんが、これからもずっと天馬くんと一緒に居たいのなら……志歩ちゃんはもっと成長せなあかん。この言葉の意味を、しっかり自分の中で刻みぃ?』

 

 

 ——古雪先輩、私は成長できる人間ですよ。

 絶対、あなたにも誰にも、司先輩は譲りませんから。

 

「志歩、どうした急に険しい顔をして? やはり気でも変わったか?」

 

 いけない、いろいろ考えてたらつい険しい顔になってたみたいだ。

 私は気を取り直して小さく咳払いをした。

 

「こほん……すみません。なにを作ろうか考えてただけで」

「そうか、まぁ志歩だったらなんでも美味く作れるだろう、自信もって頑張るといい」

「ありがとうございます。それで……えっと、そうだ。先輩はフェニランのショースタッフとしてバイト受かったんですよね、なら配属先はもう決まってるんですか? 確かフェニランにはいくつかショーステージがあったと思うんですけど……やっぱりその中で一番有名な、あのフェニックスステージですか?」

 

 私が話題を変えるついでに期待を込めてそう尋ねると、先輩は微妙な表情になってしまった。

 

「それがだな……非常に残念だがそういう訳には行かなかったみたいでな。違うステージに配属されるらしい」

 

 あ……しまった、話の誘導先を間違えてしまったかもしれない。そうなんだ……司先輩はフェニックスステージに立てなかったんだ。やっぱり現実はそう上手くいかないみたい。

 でもそんなの関係ない。司先輩ならきっと、例えどんなステージの上でも輝くことが出来るはず。私がそう信じなくてどうするっていうの?

 それに、フェニランの有名なステージは他にもたくさんある。そこに立てるなら全然問題はないはず。

 

「えっ……あ、あぁ……まぁ、そこまでトントン拍子って事にはならないですよね。なら他のどのステージですか? フェニランなら他に私の記憶の限りだと『スワンステージ』や『ホークステージ』に『オウルステージ』がありますけど? どれですか?」

「おお、流石志歩、フェニランが好きなだけあって園内には結構詳しいな。だが……悪いがそのどれでもないみたいなんだ」

「——ええっ?」

「送られてきた合格通知の封筒には、配属されるステージの名前が書いてなくてな、代わりに地図の位置だけが書いてあるんだ。しかもそれなんだが……なんだか……園内でも森だらけの辺鄙な場所にあるみたいでな」

「——え、ええっ? そんな所にステージがあるなんて私、知りませんけど。えっと……先輩は本当にショースタッフとして面接を受けたんですよね?」

「ああ、合格通知にもそう書いてあるんだが……そこだけがよく分からなくてな」

「……ええ……?」

 

 どうしよう、なんだか先輩の夢への第一歩の雲行きが怪しいかもしれない。まさか先輩、まるで島流しみたいな部署で働かされるんじゃないよね?

 い……いや、もしかしたら、最近出来た新しい新設ステージのショースタッフとして雇われたのかも、きっとそうだ。だって寂れたステージに新しい人を雇う余裕なんてないはずだから。

 そう思って悪い考えを振り払っていると、先輩はそんな私に元気をくれるような先輩らしい大声で笑った。

 

「ハーッハッハッハ! 心配するな志歩よ! オレはどんなステージに立っても輝いてみせる! そしてこの機会を足掛かりに、世界への切符を掴んでみせるのだ!」

「司先輩……! はい、そうですね。何はともあれステージに立てたら、先輩なら関係ないですよね……!」

「ああ! 真のスターは輝く場所を選ばない! だから安心してオレの初舞台を見に来るがいい! 世界のスターに成る事が確定しているこのオレが紡ぐ、輝かしい伝説の歴史の一ページ目を、お前の目に焼き付けてやるからな!」

「はい……! 頑張ってください、先輩!」

 

 うん、やっぱり私の心配は気のせいだ。

 司先輩ならきっと、どんな困難も乗り越えてくれるはず。

 

 だから先輩の初舞台も絶対、素晴らしいものになるに決まってる。

 “世界の大スター天馬司”の初舞台と呼ぶに相応しい、最高のものに。

 

 そう信じて私は、そうこう話している内に辿り着いた図書室で、司先輩と一緒に本を選んだりして残りの昼休みの時間を過ごしたのだった。

 

 

 ——ちなみにこの日の夜、杏からMINEで私の歌ってる所を気に入ったという人が、杏達と東雲さん達が勝負するイベントに来ないかと誘いがあったらしいけども、私は丁重にそれをお断わりさせてもらった。

 もしかして、東雲さんの用事もそれだったのだろうか。なら別に早めに聞いてよかったかもね。

 

 

 

 

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